黛ジュン
| 黛 ジュン | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 渡邉 順子 |
| 別名 | 渡辺 順子 |
| 出生 | 1948年5月26日(63歳) |
| 出身地 | |
| 職業 | 歌手 |
| 活動期間 | 1964年 - 現在 |
| レーベル | 東芝音楽工業 |
黛 ジュン(まゆずみ じゅん 1948年5月26日 - )は、歌手、女優。東京都調布市出身。本名は渡邊 順子(わたなべ じゅんこ)。1960年代後半を中心に、独特のパンチの効いた魅力的な歌声でヒットを飛ばした。実兄は作曲家の三木たかし。現在は独身、2回の結婚歴が有るものの2回とも離婚している。
目次 |
[編集] 概略
品川区立冨士見台中学校卒業後、本名で各地の米軍キャンプにジャズ歌手として巡る。
1964年に「渡辺順子」の名でデビューするもヒットせず、1967年に石原プロモーションへ移籍する。作曲家の黛敏郎のファンだったこととパンチのある意味合いで黛ジュンと改名し、東芝音楽工業から「恋のハレルヤ」で再デビュー。ミニスカートと共にパンチの効いた歌声で一気に注目を集める。
1968年にリリースされた「天使の誘惑」は更なる大ヒットとなり、その年の第10回日本レコード大賞に輝いた。1967年から1968年の2年間で、レコード売上が500万枚を記録。自身のヒット曲が主題歌となった映画にも出演。「天使の誘惑」「夕月」では主演に抜擢、売れっ子女優にもなった。また年末恒例のNHK紅白歌合戦では、1967年の第18回から1970年の第21回まで、4年連続で通算4回の出場を果たしている。
1970年2月1日を以って、橋幸夫が所属するワールド・プロへ移籍[1]。同年にミュージシャンの江藤勲と結婚し一旦引退する。しかし、江藤の家庭内暴力などが原因で、1973年の離婚。その後本格的に芸能界へ復帰する。しかし以前のような人気は得られず低迷するものの、1980年には「風の大地の子守唄」「男はみんな華になれ」が久々のヒット。さらに、1983年には日活ロマンポルノ「女帝」にも出演する。1993年には久々の新曲「すべてがさよならになる」を発売。2005年には、1970年に東京サンケイホールで行われた『リサイタル'70』などがCD化された。
またドラマーの石田秀雄と2回目の結婚となるが、1994年に再び離婚。2001年、作詞家の里村龍一と婚約を発表し話題を集めたが、里村がその後知り合いのイタコに相談したところ、「二人の相性が最悪。5年後には歌を辞めるように」と告げられたことがきっかけで、里村から別れを切り出され、わずか2か月で婚約破棄される羽目になった。
2009年5月11日、兄の三木たかしが64歳で死去。同年1月13日、『NHK歌謡コンサート』で30年ぶりの兄妹共演を果たしてから、わずか4か月後の悲報だった。実兄の最期を看取ることは出来ず、「兄のギターで歌っていた幼い日々や、初めて兄の作品を吹き込みした時のことが、次々と甦ってきて今は言葉にできません。申し訳ありません」とFAXでコメント。その後、5月19日の通夜の席では「私は兄に褒められたくて一生懸命歌ってきた。兄には『私はこれからどうしたらよいのか教えてちょうだい』と言いたい」と終始大粒の涙を流しながら、悲痛な表情を浮かべていた。
2009年6月16日、『NHK歌謡コンサート -特集・三木たかしの世界-』が生放映。黛は亡き実兄との想い出話を語った後、三木の作曲で大ヒットとなった「夕月」を、哀しみを抑えて歌唱した。
その後も、舞台やディナーショーを中心に歌手として活躍していたが、2011年1月、約5年前に発症した原因不明の喉の病気により歌声が思うように出せなくなったため、歌手業を休養を示唆するコメントを表明している。2月には自らが作曲した「博多山笠女節」を長山洋子に提供し作曲家としてデビュー。
2012年、休業を考えたのどの病気も治り自ら作曲した新曲も発売するなど活動を本格的に再開した。[2]
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
[編集] 渡辺順子名義
| タイトル(A面) | タイトル(B面) | レコード会社 | レコード番号 | 発売日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| ダンケ・シェン | ロリポップ・リップス | ビクター | SPV-3 | 1964.04 | |
| 伊藤アイコ:悲しき水兵さん | ウーキ・クーキ | ビクター | SPV-6 | 1964.05 | |
| あなたを想えば | 恋のうらぎり | ビクター | SPV-17 | 1964.08 |
[編集] 黛ジュン名義
- 恋のハレルヤ(1967.02.15)
- 霧のかなたに(1967.07.05)
- 乙女の祈り(1968.01.05)
- 天使の誘惑(1968.05.01)
- 夕月(1968.09.10)
- 不思議な太陽(1969.02.21)
- 雲にのりたい(1969.06.01)
- 涙でいいの(1969.09.10)
- 土曜の夜何かが起きる(1969.12.20)
- 自由の女神(1970.05.25)
- 時は流れる(1970.09.05)
- 憂愁(1971.03.01)
- とても不幸な朝が来た(1971.07.25)
- 裸足の妖精(1972.03.25)
- 途はひとつ(1972.08.05)
- バスを降りたら(1972.12)
- 川岸(1973.5)
- ロリエの傷あと(1973.11)
- 冬化粧(1974.10.10)
- 乾杯(1975.3.10)
- 鎌倉海岸通り(1975.8.10)
- ラブ・トレイン(1977.10.25)
- 風の大地の子守唄(1980.02.25)…映画『象物語』の主題歌
- 男はみんな華になれ(1980.08.21)…ダイエー「ロベルト」CMイメージ曲
- たとえば鳥(1981.02.25)
- 夢追いびとよ(1981.06.21)
- 羅馬の夢(1982.01.21)
- はさんですてろ(1982.05.02)
- 女は○<マル>(1983.07.21)
- ラブ・イズ・オーバー(1983.12.01)
- 愛の眺め(1984.10.21)
- 二度咲きブルース(1986.01.21)
- 女性〜WOMAN〜(1987)
- 小説〜STORY〜(1989.11.08)
- すべてがさよならになる(1993.12.01)
- 真赤な太陽(1994.09.21)
- 天使の誘惑 '95(1995.07.19)
- 恋のハレルヤ '95(1995.07.19)
- ASIAN SUNSET〜アジアにて〜(1997.02.26)
- さくらの花よ 泣きなさい(2008.06.25)
[編集] アルバム
- 恋のハレルヤ(1967.12.01)
- 黛ジュン・リサイタル(1968.06.10)
- 天使の誘惑(1969.02.10)
- ジュンの世界(1969.05.10)
- 或る日のジュン(1969.12.01)
- 黛ジュン・リサイタル '70(1970.03.10)
- 自由の女神(1970.08.05)
- 憂愁 ジュンのお部屋(1971.04)
- 途はひとつ(1972.10)
- 愛情物語(1972.12)
- 黛じゅん・オン・ステージ(1973.02)
- 黛じゅんと浜圭介の世界(1973.12)
- 風雅なる幻想の世界(1974.12.10)
- サバンナ発(1980.11.21)
- 夢追いびとよ(1981.07.21)
- 黛ジュン ベスト30(2001.08.22)
- 黛ジュン ゴールデン☆ベスト(2002.06.19)
- 甦る「真赤な太陽」(2002.07.24)
- ザ・デラックス・ビューティー(2003.09.18)
- 黛ジュン2 ゴールデン☆ベスト(2004.03.24)
[編集] 映画
- 君は恋人(日活映画。目に大けがをして療養していた浜田光夫の復帰第一作。黛は「恋のハレルヤ」を歌う)
- 夜明けの二人(松竹映画。橋幸夫と共演のメロドラマ。ハワイ100年祭記念作品)
- 天使の誘惑(松竹映画。石坂浩二、石立鉄男との共演。同名ヒットソングの映画化)
- 恋の乙女川(松竹映画。橋幸夫、尾崎奈々との共演。BGMとして夕月(唄とセリフ入り)が使われた。
- 夕月(松竹配給。森田健作との共演。森田はこれがデビュー作。同名ヒットソングの映画化)
- 涙でいいの(日活配給。黛の同名曲をタイトルにした作品)
- 東京⇔パリ・青春の条件(松竹配給。橋幸夫の芸能生活10周年記念映画。橋、舟木一夫、西郷輝彦のいわゆる“御三家”が共演した唯一の作品)
- 女帝(にっかつ配給。三越事件に材をとったフィクション)
[編集] テレビドラマ
- てなもんや三度笠(1962年 - 1968年、ABC)ゲスト
- 花の恋人たち(1968年、毎日放送)
- 土曜ワイド劇場 (ABC)
- 女教師 白い肌の記憶(1983年)
- 松本清張の黒い樹海(1986年)
- 火曜サスペンス劇場「姉は二度死んだ」(1984年、日本テレビ)
- 新・事件「断崖の眺め」(1984年、NHK)
- 特捜最前線 第385話「新幹線出張殺人!」(1984年、テレビ朝日)
- 木曜ゴールデンドラマ「暴力中学II・ある教師の詩」(1984年、よみうりテレビ)
- 花へんろシリーズ(1985年 - 1988年、NHK)
- 現代怪奇サスペンス「イジメは高くつく」(1986年、関西テレビ)
- ギャルボーイ!(1997年、テレビ朝日)
- 月曜ドラマスペシャル「早乙女千春の添乗報告書7・函館湯けむりツアー殺人事件」(1998年、TBS)
[編集] 外部リンク
- 黛ジュンオフィシャルサイト
- 黛ジュン引退危機…原因不明の喉の病気発症(スポニチ)
- 青春グラフティ 兄・三木たかしと共に芸能界へ〜黛ジュンさん(1)
- 青春グラフティ 『恋のハレルヤ』で鮮烈デビュー〜黛ジュンさん(2)
- 青春グラフティ 更年期障害に苦しんだ日々〜黛ジュンさん(3)
- 青春グラフティ 65歳まではミニスカート姿で歌いたい!〜黛ジュンさん(4)
- MEG-CD 黛ジュン
[編集] 脚註
- ^ 近代映画 近代映画社 1970年3月号 186頁。
- ^ 黛ジュン 由紀さおり効果?3年ぶり「歌謡コンサート」登場
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