EXILE
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| EXILE | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 別名 | エグ、EX、ザイル |
| ジャンル | J-POP,R&B |
| 活動期間 | 2001年 - |
| レーベル | rhythmzone |
| 事務所 | LDH |
| 公式サイト | exile.jp |
| メンバー | |
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ヴォーカル パフォーマー NESMITH SHOKICHI |
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| 旧メンバー | |
| SHUN(ヴォーカル - 2006年) | |
EXILE(エグザイル)は、日本の音楽(J-POP)とダンスパフォーマンスの融合を目指す14人組のヴォーカル&ダンス・ユニット。「総合エンターテインメント・グループ」と紹介されることもある。音楽に留まらず雑誌・アニメ・劇団・アパレルなど活動を自己制作でする。俳優などのソロ活動をするメンバーもいる。
所属事務所は、リーダーのHIROが社長を務める株式会社LDH。所属レコード会社は、avex(レーベルはrhythmzone)。台湾では「放浪兄弟」の名義となっている。
目次 |
[編集] 略歴
[編集] 2001年~ 第一章
1991年、ダンスグループ「ZOO」のメンバーだったHIROが「JAPANESE SOUL BROTHERS」を結成し、さらに「BABY NAIL」等で活動していたダンサーMATSU、USA、MAKIDAI、RYUZY、NORIが加入した。この時点ではボーカルはいない。その後1999年、HIROを中心にパフォーマーのMATSU、USA、MAKIDAI、ボーカルSASAの5人で新たに「J Soul Brothers」を結成。3枚のシングルを発売するも2001年にボーカルSASAが脱退。さまざまな経緯を経て新ボーカルATSUSHIとSHUNが加入し、「J Soul Brothers」は「EXILE」と改名、再始動を果たす。
2001年9月27日、デビューシングル『Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜』を発売。ドラマ挿入歌に起用されたこのシングルはオリコン最高4位を記録した。同シングルを収録した1stアルバム『our style』はオリコン最高4位を記録、さらに2003年の2ndアルバム『Styles Of Beyond』は自身初のオリコンチャート1位を獲得した。続けて発売された8thシングル『Breezin'〜Together〜』、10thシングル『Choo Choo TRAIN』はヒットを記録し、これらが含まれた3rdアルバム『EXILE ENTERTAINMENT』がミリオンセールスを達成、「Choo Choo TRAIN」では『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。以降紅白歌合戦には2004、7、8年に出場している。
2004年6月、15thシングル『real world』において自身初のオリコンシングルチャート1位を記録。2005年1月1日に発売された自身初のベストアルバム、『SINGLE BEST』『SELECT BEST』『PERFECT BEST』は最高1位を記録し、出荷枚数は200万枚を超えた。2005年7月には、GLAYとのコラボレーションで『SCREAM』を制作、12月には19thシングル『ただ…逢いたくて』は、共にオリコンシングルチャート1位を獲得し、それぞれ年間シングルセールスチャート5位・6位を記録した。
2006年3月、20thシングル『YES!』を発売。アルバム『ASIA』からの先行シングルでありながら、『ただ…逢いたくて』に引き続き2作連続通算3作目のオリコン1位を獲得。 その後3月29日、ボーカルのSHUNがソロ活動移行のため脱退し、同日発売の4thアルバム『ASIA』とライブDVD『EXILE@LIVE TOUR 2005 PERFECT LIVE〜ASIA〜』をもって、EXILEの第一章は完結した。
2006年4月21日、ファンからの強い要望のため「ミュージックステーション」にて6人が一夜限りの再結集、トリで事実上のラストライブを行い、「YES!」と「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜」を披露。
[編集] 2007年~ 第二章
2006年6月、5人目のパフォーマーとしてRATHER UNIQUEのパフォーマーAKIRAを加えた。同年9月22日、参加者約1万人に及ぶオーディション「EXILE Vocal Battle Audition 2006〜ASIAN DREAM〜」において優勝を飾ったTAKAHIROが新ボーカリストとして加入し7人組ユニットとなる。12月に、21stシングル『Everything』を翌年1月には22ndシングル、『Lovers Again』を発売し、活動を本格的に再始動させた。
2007年2月発売の23rdシングル『道』、3月発売の5thアルバム『EXILE EVOLUTION』は共にオリコン1位を獲得。中でも『道』は2007年2月26日付オリコン週間シングルチャートにて、オリコン史上1000曲目の1位獲得した。さらに12月にもオリジナルアルバム『EXILE LOVE』を発売。自身最大の売上枚数を記録した。
2008年1月1日、「EXILE PERFECT YEAR 2008」を宣言&開幕。新録による第一章のヒット曲を含めた3枚のベストアルバムをリリース、アニメ『エグザムライ』本編発売、『月刊EXILE』創刊、『劇団EXILES』5月公演、5大ドームツアー開催の5つを宣言した。3枚のベストアルバムは全て年間チャートTOP10入りを果たし、オリコン初登場1位を記録、うち2枚はミリオンセールスとなった。9月発売の8周年記念シングル『The Birthday〜Ti Amo〜』は2章最大の売上枚数を記録。12月31日の、2年連続4回目の出場となった 『NHK紅白歌合戦』では「PERFECT YEAR」最後の日かつカウントダウンライブでもあったため札幌からの生中継となった。そして同日、『CDTV年越しライブ2008-2009』にも出演。同じ日にライブ会場から番組中継2回を行ったのは史上初。この年はCD、DVDの年間総売上額が約200億円にも達し、『アーティストトータルセールス(ATS)』を初受賞した。
2009年3月1日、「EXILE GENERATION」を宣言&開幕。
[編集] 2009年~ 新生EXILE
2009年3月1日、「EXILE GENERATION」の全容を発表。 2代目J Soul Brothersの7人を新たに加え14人となって新生EXILEをスタートさせた。
2009年4月15日に新生EXILEとしては第一弾となる「THE MONSTER ~Someday~」をリリースした。
同年7月22日、第二弾シングルとなる「THE HURRICANE ~FIREWORKS~」をリリース。
[編集] メンバー
[編集] パフォーマー
[編集] HIRO
ヒロ、本名:五十嵐広行(いがらし ひろゆき)、神奈川県横浜市、1969年6月1日 - 血液型:AB、身長174cm、体重63kg。
パフォーマー兼リーダーで、所属事務所LDHの社長。所属アーティストのマネジメントからダンススクール、アパレルブランドの運営まで、ビジネスの舵取りを担う。元ZOOのメンバー。「絶対負けねぇ」が口癖。
高校を卒業した後、1989年に、テレビ番組「DADA」のダンスコンテストで、LMDに参加した。結果HIROは準優勝を飾り、そのコンテストを観ていたスカウトに声を掛けられ、ZOOの一員となる。
1990年にリリースしたシングル「Careless Dance」でデビュー。当時のダンサー達の生活ぶりは「フリーターよりもヒドい」と、卑下されるほどであった。しかし、翌1991年に「Choo Choo TRAIN」がミリオンヒットしたことで、状況は一変。ダンスが日本に認められ始め、ZOOはスターダムの頂点に君臨することとなる。ZOOとして活動していく中で、ニュー・エディションのベル・ビヴ・デヴォーやボビー・ブラウンにダンスを認められ、踊ったこともある。1992年12月には、初の武道館公演を開催、出す曲も立て続けにヒットし、CMやドラマ、歌番組などの仕事の依頼が次々と舞い込んだ黄金期。HIRO自身も舞い上がっており、仕事が終われば、クラブやディスコ・キャバクラに足を運び、シャンパンなどの高級酒を浴びるほど飲み明かし、ギャラも全てギャンブルに注ぎ込むという放蕩三昧の生活を送っていた。しかしながら1995年、メンバー内にギャラの格差、仕事の進め方、待遇の違いなどに対する不満が爆発し、ZOOは解散。
解散後の1996年に「価値観が似通っている」という理由から、女性ボーカルとHIROを含めた2人のダンサーからなるユニット「LUV DELUXE」を結成するも、仕事が来ず、間もなく解散する。HIROは「落ち目の人間に世間は冷たい。芸能界的に言えば俺は死んだも同然だった」と話していた。
そして、現パフォーマーのMAKIDAI、USA、MATSUと出会う。HIROは、この3人の中の1人と組んで、もう一度メジャーデビューをしよう、と計画を練っていた。ただ、それが起因してメンバー内に亀裂が入るようならば、潔く退こうと考えていたが、3人に「HIROさんが選んでください。それが誰でも俺たちは文句ないです」と告げられ、最終的に3人全員を加え、J Soul Brothersを結成することを決意。かつての先輩であった松浦を必死に説得し、ゴーサインをもらったことで正式にデビューが決まった。
デビューしたは良いものの、コアなファンが何人か付く位の鳴かず飛ばずの現実だった。それでも諦めずに、年間で100日以上はステージに立つといった活動をしていく。時には、観客0人のステージで踊ったこともある。苦しい下積み生活の中でHIROは「明日朝起きてCDが100万枚売れてたらどうする?」と、メンバーと冗談を言い合っていたという。そんな中、当時のボーカルであったSASAが「作詞・作曲家としての活動に専念したい」という理由で、脱退する旨をHIROに伝える。HIROは当然受け入れたが、歌い手がいなければダンスヴォーカルユニットとしての存在意義はない。「1ヶ月以内に代わりのボーカルを見つけろ」と、松浦からも圧力を掛けられ、解散の危機に陥ったが、HIROの当時の恋人から「『ASAYAN』に歌の上手い子がいる」と言われ、当時20歳のATSUSHIとの出会いを果たす。そして、山口県のオーディションを見ていたスタッフから「凄いヤツがいた」と連絡を受け、SHUNとも対面する。そして、HIROは彼らの歌声に一発で惚れ込み、新生J Soul Brothersを立ち上げることを機に、夢を追いかける放浪者たちという意味を込め、グループ名を「EXILE」と改名する。
[編集] MATSU
マツ、本名:松本利夫(まつもと としお)、神奈川県川崎市、1975年5月27日 - 血液型:O、身長170cm、体重58kg。
HIROに影響され、16歳のときダンスに出会い、18歳のとき本格的に始めた。1996年、ダンスチーム「BABY NAIL」結成。1998年、「JAPANESE SOUL BROTHERS」加入後「J Soul Brothers」のメンバーとなる。
2005年、東京・中目黒にブランドショップLMD(現・24karats)を立ち上げ、デザイナーを兼務。4thアルバム『ASIA』収録の「Why oh why…?」では初の作詞を手がける。
2007年1月5日深夜にフジテレビで放送された「EXILE〜6年目の真実」の番組内で難病指定を受けているベーチェット病に侵されていることを告白し、左目の視力をほとんど失っていることを明らかにした。高校時代から発病しており、第一章の時点からメンバーも理解はしていたが、具体的な進行具合はこのとき初めて告げられた。HIROはMATSUと話し合い、「俺たちはもちろん、これからもお前と一緒に夢を追いかけていきたいと思ってるけど、これはお前の問題だ。今後のお前の人生において、EXILEだけが全てではない」と今後の選択をMATSU自身に任せた。思い悩んだ末、MATSUはHIROに「EXILE続けます。たとえ失明したとしても後悔はないです」とEXILEの続投を宣言。HIROも「MATSUなら必ず続けるって言うと思ってた」と話している。MATSUは「この病気を持っている自分の姿を見せることによって、自分と同じ病気を持っている人やその他の人たちに勇気を与えられたらと思いますし、自分の使命でもあると思ってます」としている。また、病気を自らの「個性」だと思っていると発言している。
2007年のツアーの初日の前日に父親を亡くしたが、当日は父の死の二日前に実家を訪れた際にもらった指輪をはめ、ステージに立つ。
[編集] MAKIDAI
マキダイ、本名:眞木大輔(まき だいすけ)、神奈川県横浜市、1975年10月27日 - 血液型:O、身長180cm、体重65kg。
中学3年生のときの文化祭にてダンスに目覚める。10代の頃から「アンダーグラウンド・ストリート・キッズ」というグループを結成し、都内の駅前で踊っていたという。HIRO曰く、「BABY NAILイチのダークホース」。ZOOのメンバーが講師をしていたダンススタジオの生徒で、高校生の時からよくクラブやディスコに出入りする。神奈川大学経済学部貿易学科に入学するも2年で中退。1996年、MATSUと共に「BABY NAIL」を結成、ニューヨークへ留学しダンスの修養を積む。アメリカのクラブで黒人のダンスを見て、強い影響を受けたという。MISIAのバックダンサーを務めたりMISIA「つつみ込むように…」のPVにダンサーとして出演している。98年、ダンスチーム「Hip Hop Junkeez」を結成、翌99年「J Soul Brothers」に加入し現在に至る。当初、HIROが「J Soul Brothers」を結成するために「BABY NAIL」に声を掛けたメンバーはMAKIDAIではなくRYUJIというダンサーだったが、RYUJIは事情により辞退、MATSUがMAKIDAIに声を掛けたことで加入が決定した。
Hip Hop/R&Bに精通しており、クラブDJとしての顔も持つ。2008年8月27日にDJ MAKIDAI名義で初となるMIX CD「DJ MAKIDAI(from EXILE)Tresure MIX」(DOUBLEをフィーチャリングに迎えメアリー・J・ブライジの「Real Love」をカバー)をリリースし、MIX史上初となるオリコン3位を記録。MIX CDの歴史を塗り替えた。2009年5月20日には第2弾「DJ MAKIDAI(from EXILE)Tresure MIX2」(青山テルマをフィーチャリングに迎えマライア・キャリーの「Dreamlover」をカバー)をリリースする。2005年からはJ-WAVEのラジオ番組「OH!MY RADIO」の月曜日担当を務めている。
ニューヨークに渡っていた頃、語学学校に行っていたため、英語が堪能である。エグザムライでも少しだが、英語を披露する場面があった。ブラック・アイド・ピーズのファーギーやウィル・アイ・アム、R&Bシンガーのアッシャー、エイメリーとも親交がある。
[編集] USA
ウサ、本名:宇佐美吉啓(うさみ よしひろ)、神奈川県横浜市、1977年2月2日 - 血液型:AB、身長177cm、体重65kg。
「BABY NAIL」加入後、「JAPANESE SOUL BROTHERS」加入。「J Soul Brothers」のメンバーとなる。EXILEでの活動と並行して、2005年にはメンバーであるMAKIDAIと共に、ラップグループ「RATHER UNIQUE」を結成し、MCを務める。
昔から黒人に憧れていたという。保育園および幼稚園には通っていない。現在居酒屋を経営している父親はかつてディスコで「ファンキー・サミー」と呼ばれたほどの人物で、EXILEのリミックス・アルバムのCMに出演し、EXILEとともに歌番組に登場しダンスを披露したこともある。 桜塚やっくんの同級生であり、中学時代は、共にサッカー部に所属していた。またスピードワゴンの井戸田潤はアルバイト先の先輩である(2006年12月4日放送「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」より)。
ダンスのテクニックはEXILEでナンバー1だと言われている。
[編集] AKIRA
アキラ、本名:黒澤良平(くろさわ りょうへい)、静岡県磐田市、1981年8月23日 - 血液型:A、身長184cm、体重74kg。
静岡県磐田市出身で子供の頃はサッカーに熱中したサッカー少年であった。高校ではサッカーの名門校私立磐田東高等学校に進学(1年先輩にJリーガー・藤ヶ谷陽介、古橋達弥が在籍)し、サッカー部に所属しイギリス遠征なども経験した。ひたむきにサッカーに打ち込んだAKIRAはこの経験を『打たれ強い自分、根性の入った自分、負けず嫌いな自分、協調性』など、今の自分が形成されるのに必要な経験だったと語っている。
ダンスを始めたのはHIROに憧れたのがきっかけで、16歳から本格的に始めた。RATHER UNIQUEの元メンバー(USAとMAKIDAIとは違い、パフォーマーとして務めていた)。RAG POUNDにも所属している。長い手足を使ったパントマイム系のダンスを得意としている。渋谷のクラブで踊っていた時にそれを偶然見ていたMAKIDAIとUSAの目にとまり、「Rather Unique」のパフォーマーとして加入した。その後第二章開幕にあたり2006年6月、メンバーに誘われEXILEに加入する。
MAKIDAIとUSAが初めてAKIRAに会った時、MAKIDAIとUSAはAKIRAのことを黒人だと思い「日本語話せますか?」と声を掛けたという。当時を振り返ってAKIRA自身も自分が黒人だと思いこんでいたと述べている。
2008年、TBS系「Around40〜注文の多いオンナたち〜」でドラマ、「花より男子F」で映画デビューを果たした。
本名ではなく「AKIRA」となったのは「クロサワといえばアキラ(黒澤明)」と言われたため。
[編集] KENCHI
ケンチ、本名:寺辻健一郎(てらつじ けんいちろう)、1979年9月28日 - 、神奈川県横須賀市出身、O型、身長180cm、体重69kg。
J Soul Brothersの中では最年長である。俳優で歌手でもある上地雄輔と幼いころからの友達である。メンバー曰く「器用な性格」とのこと。ダンス甲子園をTVで見て、自分も踊れるようになりたいと思い、18歳の時からダンスを始める。20歳の時に初代J Soul BrothersのLIVEを初めて生で見て、そのパフォーマンスに衝撃を受け、そこからダンスへの向上心はさらに大きくなったという。
2007年1月、新生J Soul Brothersのメンバーに抜擢。
2009年3月1日、EXILE Performerとして加入する。
キマグレンは地元の後輩である。
笑った顔がマクドナルドのドナルドに似ていると言われたことがある(2009年6月25日放送 EXILE GENERATION)
[編集] KEIJI
ケイジ、本名:黒木啓司(くろき けいじ)、1980年1月21日 - 、宮崎県出身、B型、身長180cm、体重69kg。
初代J Soul Brothersに憧れを抱き、19歳よりダンスを始める。そしてJ Soul BrothersはEXILEと改名し、23歳の頃に「EXILEみたいなアーティストになりたい」という想いから上京を決意する。上京後、ダンススクールに通い、ストリートでも連日朝までダンスレッスンに励む。その中で宮崎からの仲間2名とともにダンスチーム「SOUL DEMENTION」を結成し、AKIRAとTETSUYA、NAOKIが所属していた「RAG POUND」とはライバル関係にあるチームに所属していた。AKIRA曰く、「もう本当にバッチバチでした」と言うくらい、お互いに火花を散らし合っていた。2004年7月にはEXILE主演ミュージカル「HEART OF GOLD~STREET FUTURE OPERA BEAT POPS~」のダンサーとして選出され、EXILEのメンバーと身近で接していく中でメジャーデビューへの想いが強くなっていったという。
公演後の2005年1月、このミュージカルで志を共にしたKENCHI、TETSUYAとともにダンスチームFULCRUMを結成し、本格的にメジャーデビューを夢見るようになり、2006年5月~7月、武者修行ツアーに参加し、着実に実力を付けていった。2006年公開映画「バックダンサーズ」に出演した。同年より、ダンススクール「EXPG」にてインストラクターとしても活躍、ダンスチーム「BIG DOGGS」を結成。 2007年1月には昨年の10月にHIROから「EXILEみたいなグループを作ろうと思ってるんだよね」と声を掛けられたことがきっかけで、新生J Soul Brothersのメンバーに抜擢される。
2009年3月1日をもってEXILEに加入。メンバー紹介の時には「情熱の男」と呼ばれていた。
料理が得意。得意料理はオムライスであり、調理師免許を持っている(2009年4月6日放送 月光音楽団より)。
[編集] TETSUYA
テツヤ、本名:土田哲也(つちだ てつや)、1981年2月18日 - 、神奈川県横須賀市出身、O型、身長175cm、体重65kg。
俳優である上地雄輔と幼いころからの友達である。水泳が得意。19歳よりダンスを始める。2002年には地元横須賀にてKENCHIとともに4人グループのダンスチーム「POLY-3」を結成する。KENCHIとはこの頃からの付き合いである。
ダンススクール「EXPG」にてインストラクターとしても活躍しながら、A.Iほか様々なアーティストのPVやTV、ライブにてバックダンサーとして活動をする中で、HIROに呼ばれて行った焼鳥屋にて、「J Soul Brothersと言うプロジェクトに参加して欲しい」と持ちかけられ、2007年1月、新生J Soul Brothersのメンバーに抜擢される。「正直泣きました。あの時にEXILEに憧れてから、必死に走り出して、ようやくHIROさんに必要としてもらえた事が何よりも嬉しかったです」と話している。
2009年3月1日、EXILE Performerとして加入した。
[編集] NAOTO
ナオト、本名:片岡直人(かたおか なおと)、1983年8月30日 - 、埼玉県所沢市出身、B型、身長170cm、体重65kg。
高校3年生のとき、ダンス部の部長になったのをきっかけにダンスに目覚める。「当時は高校生だったからクラブやイベントには行けなかった」という理由でスクールには通わず、先輩から借りたビデオを見ながら、独学でダンスの練習を行った。そんな中、初代のJ Soul Brothersのパフォーマンスを見て衝撃を受け憧れを抱くようになる。
その後はAKIRAがEXILEに加入するという話を耳にし、NAOTO曰く「羨ましくて仕方がなかった」が、「あるダンスボーカルユニットをつくりたいからその一員にならないか」という知人の一言がきっかけとなり、LDHに所属する。そして憧れてやまなかったHIROとの出会いを果たす。HIROからは「親孝行しよう」と言われたという。それに深く感銘を受けるようになり、連れて行ってもらった「EXILE LIVE TOUR 2007 "EXILE EVOLUTION"~SUMMER TIME LOVE~」で更なる衝撃を受ける。それから3ヶ月後の2007年11月10日、HIROから「J Soul Brothersに入ってくれないか。NAOTOにとって絶対にいいことだと思うから信じて欲しい」と言われ、加入することとなる。
2009年3月1日、EXILE加入が決定した。
腹筋がすごいと言われてるNAOKIに対抗して「自分も負けていない」と自らの腹筋を披露することが多々ある。
[編集] NAOKI
ナオキ、本名:小林直己(こばやし なおき)、1984年11月10日 - 、千葉県印西市出身、O型、身長187cm、体重74kg。
高校生の頃はバスケ部に所属していた。この時期にヴォーカリストへの夢を持ち、ボイトレに通う中、リズム感をつけるためダンススクールに通い始めることとなる。 高校卒業後、法政大学に入学するがその日々の中で「ダンスで仕事をする」という夢を追求するため、法政大学を中退し、2005年6月より、あらゆるジャンルのダンスレッスンに励む。
2007年にJ Soul Brothers Performer追加の話が舞い込み、NAOTOとともに2007年11月10日J Soul Brothersに加入。
2009年3月1日、EXILE Performerとして加入。
メンバーに「NAOKIは腹筋が凄いんですよ」と言われ、テレビでよく披露しているが特に鍛えてるわけではないという。首を使った倒立も特技である。
[編集] ヴォーカル
基本的にはATSUSHIとTAKAHIROの2人体制になっているが、場合によってはNESMITHとSHOKICHIも務めることがある。
[編集] ATSUSHI
アツシ、本名:佐藤篤志(さとう あつし)、埼玉県越谷市、1980年4月30日 - 血液型:A、身長175cm、体重67kg。
4歳より高校卒業時までクラシックピアノを習う。中学の頃から周りに「歌が上手いな」と言われていたという。高校在学中に友人からバンドのボーカルとして誘われ活動をする中で本格的なスタジオでレコーディングする機会があったが、スタジオで歌ってみるとカラオケのように上手くいかなかったのが悔しかったという。この時に本気で上手くなろうと決心し、ヴォーカリストを志すようになる。
2004年12月、EXILEでの活動と並行して4人組コーラスグループ「COLOR」を結成(2006年12月にメンバーチェンジし自身は脱退、プロデュースに専念)。多くの楽曲を提供している。
坊主頭にサングラスがトレードマーク(2003年5月頃までは坊主頭ではなかった)。坊主にした理由として、格好をつける自分に嫌気がさしたからと述べている。また、髪型を気にしなくて済むからとも話している。サングラスをかけていた理由については、最初「ストレスで顔がむくんだこともあったからそれを隠すため」と話していたこともあった。
2005年の終わり頃から喉の酷使により、ポリープを患い、SHUN脱退後から第二章開幕の間に手術を受ける。ATSUSHIはSHUNの口から脱退を告げられたとき、不安に苛まれ酒を飲まなくては寝られない日々が続いたといい、二日酔いの状態のままステージに立っていたことも原因の一つだろうと語っている。
EXILEの看板を背負う唯一無二のヴォーカリストであり、努力家で完璧主義者である。一年が始まる時は自分自身の全ての課題をノートに書き込み、それを達成できているかどうかを他人にそのノートを見せて評価させたりして、自分自身の糧にしているという。最終的な自己評価は一年の最後に行うという。
[編集] TAKAHIRO
タカヒロ、本名:田﨑敬浩(たさき たかひろ)、長崎県佐世保市 、1984年12月8日 - 血液型:O、身長180cm、体重63kg
沖縄空手を12年やり、(日本武道館の全国大会に団体戦で出場、5位入賞)有段者。高校卒業後は両親が経営する美容室を継ぐために福岡美容専門学校福岡校に入学。書道8段を持っている。学生時代には、福岡県美容技術選手権大会で優勝。賞金100万円を獲得(そのお金でカットモデルをしてくれた妹と一緒にハワイに行った、その妹も同じ美容学校を卒業している。)、卒業後「MINX」で見習いをしていた時期もある。美容学校の先輩には同時に学んではいないがIKKOが居る。 20歳から、よく演歌(主に前川清、五木ひろし)を聞きながら晩酌すると述べている。絵画、書道については月刊EXILEの自身のコーナーにてその実力を発揮しており、定評がある。
デビュー当時からEXILEの大ファン。この頃から歌手への道を志すようになる。
その後、田﨑はSHUN脱退後の総参加者数が1万人に及んだ「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006」の開催を聞き付け、「1秒も迷わなかった」と参加する決意を固めた。7月30日に「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006」 の一次予選東京会場に参戦する。2006年9月22日の最終審査で優勝し、EXILE TAKAHIROとしてメンバーに正式加入した。
選ばれた後、TAKAHIROは「頭がおかしくなりそうなくらい嬉しいです。1万人分の責任を背負って、こいつなら仕方がないなと言って頂けるくらいになりたい」と涙ながらに話しており、現在ではEXILEきっての二枚目ヴォーカリストとして若い女性を初めとする層から絶大な人気を誇っている。普段の低い声からは想像が付かないほどのファルセットには定評がある。
オーディション当時、煙草を吸っていたというが、HIROの「ヴォーカリストは喉が命だから煙草は止めた方がいいよ」と言われ、その日から煙草を止めたという。メンバーはその真っ直ぐな姿勢にも惹かれたという。
[編集] ヴォーカル&パフォーマー
[編集] NESMITH
ネスミス、本名:ネスミス・竜太・カリム(ねすみす・りゅうた・かりむ)、1983年8月1日 - 、熊本県出身、O型、身長181cm、体重69kg
アフリカ系アメリカ人の父と日本人の母親を持つ、黒人のハーフである。幼少期には肌が黒いこともあり、心ない言葉も浴びせられたという。また、日本語しか話せない。
2000年当時は高校2年であり、高校を中退して臨んだテレビ東京系列オーディション番組『ASAYAN』の男子ボーカリストオーディションで最終選考まで残り、落選するも、ATSUSHIとの運命的な出会いを果たすこととなる。
2006年4月12日、『追伸』で“NESMITH”としてソロデビュー。
SHUN脱退に伴う2006年9月22日に行われた【EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 ~ASIAN DREAM~】にFINALISTとして参加する。FINALISTとして残ったTAKAHIRO, JONTE, YUICHIRO, WARNER, TAKAとはこの時からの戦友である。3次で落選したメンバーの中にはRYO, KEISEI, SHOKICHIがいた。最終的にはTAKAHIROにヴォーカリストの座を奪われ、惜しくも敗退。2006年10月にHIROから「実はJ Soul Brothersを再始動させる。ヴォーカルをネスにして、来年のライブで初出ししたい」という話が持ち上がり、2007年1月、新生J Soul BrothersのVOCALとして選出する。
2009年3月1日をもって、EXILEに加入。
[編集] SHOKICHI
ショウキチ、本名:八木将吉(やぎ しょうきち)、1985年10月3日 - 、北海道苫小牧市出身、A型、身長182cm、体重72kg
SHUN脱退後の2006年、「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION~ASIAN DREAM~」の開催を聞き付け、「『EXILEに入りたい』、以前は雲の上の上の存在でしたが、リアルにそう思えることができましたし、歌手を夢見る僕らに夢と希望を与えてくれました。オーディションでは必死に僕の音楽人生、歌、魂、そしてEXILEになりたいという想いをぶつけようと思いました」という想いから、「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION~ASIAN DREAM~」に挑戦する。全国各地から我こそはと集まった強者たちと肩を並べるほどのパフォーマンスを披露するが、惜しくも三次審査にて落選してしまう。だが、メジャーシーンでのVOCALISTという夢を捨てきれず、帰りの飛行機の中で「見てろよ、東京」と再挑戦する決意を固めたという。
そんな姿を見ていたのが、HIROを初めとしたJ Soul Brothersのパフォーマー達だった。そんなSHOKICHIの熱意を見て、「凄いヤツがいるな、会ってみよう」とパフォーマー達がSHOKICHIに声を掛けたことから、新生J Soul Brothers VOCALオーディションの話が舞い込む。そして、2007年1月、J Soul Brothersメンバーに決定し、念願の歌手としてのデビューが決まった。
2009年3月1日、EXILEに加入。
[編集] 旧メンバー/ヴォーカル
[編集] SHUN
詳細は「清木場俊介」を参照
シュン、本名:清木場俊介(きよきば しゅんすけ)、山口県宇部市、1980年1月11日 - 血液型:O、身長173cm、体重63kg。
幼い頃に父親の影響で尾崎豊と、長渕剛の曲に触れ音楽への道を志すようになり、中学生の頃から地元である山口でバンド活動、ギターの弾き語りを行う。高校中退後、19歳の頃に友人と建設関連の会社を設立。会社の社長として働く一方で、仕事が終われば詞を書き溜め、休みの日は路上で語り弾きをしていた。そしてATSUSHI同様「ASAYAN」の男子ヴォーカリストオーディションを受け、第3次審査まで進むも審査員の態度に腹を立て辞退。その後、最後の覚悟の上、地元テレビ局のボーカルオーディションを受け優勝、偶然その場に居合わせたavex社員の目に止まる。その後、HIROは急遽行った「Your Eyes Only~曖昧なぼくの輪郭~」の英語版のレコーディングの時に初めてSHUNの歌を聞き、一発で惚れ込んだという(HIRO曰く、英語版はATSUSHIと初対面の状態でのぶっつけ本番のレコーディングだったようだが、SHUNは英語が不得手ということで、父親にルビを振ってもらいながら一夜漬けで歌詞を覚えてきた)。こうして、当初の予定を変更してボーカルは二人となり、EXILEの「SHUN」としてデビューすることとなった。
2005年1月、本名でソロデビュー。EXILEのSHUNとは異なり、ロック路線へ転向している。 また尾崎豊のトリビュートに参加し、「ふたつの心」を歌った。参加アーティストの中では「尾崎豊の歌い方にもっとも忠実」と評され、EXILEとは別行動のライブではまるで尾崎がのり移ったかのようなステージを行い、EXILEとはまったく別の路線でファンを魅了した。
2006年3月27日、公式ホームページ上で突如EXILE脱退を発表し、2006年3月29日付で正式脱退。2005年の同時期にメンバーに脱退の意を申し出たという。当時HIROは「まだ時期じゃない」とし、メンバーも動揺する一方「いつかSHUNちゃんがEXILEを出て行くであろうことは予想していた」と話していた。脱退後はソロ活動に専念。脱退の動機として「『SHUN』として納得のいく様に唄えなくなった、このままでは自分が自分としてここに居ることが嘘になってしまうと感じた。そんな気持ちのままで歌うのはEXILEのメンバー、ファン、スタッフにも失礼なことなんじゃないかと思った。ただ、一つだけ言っておきたいのは、EXILEが嫌になったわけでもなければ、単純にソロに集中したいから辞めるわけでもない。自分が自分であるために、貫きたいことを貫くために脱退を決意した」と述べている。脱退の理由に関しては様々な憶測が飛び交っているが、音楽性の違いが一番の理由として挙げられている。他にはメンバーとの確執、方向性の違いなどの説が挙げられている。
脱退してからもEXILEのメンバーとは親交がある。TAKAHIROのことも「最高のヴォーカリスト」と認めている。EXILEを脱退した当時は思い出さないようにガムシャラに仕事に打ち込んでいたようだが、時が経ち冷静になると、2007年のEXILEのライブの大阪会場にも顔を出した。ライブの前日は「自分のライブじゃないのに凄く緊張して、睡眠薬飲んで寝たよ」と話しており、大阪に向かう新幹線の中で「EXILE EVOLUTION」を予習の意味を込め、聴いていたという。ATSUSHIはSHUNが脱退してから2年経った2008年現在でもSHUNのことを語る時は涙することがある。最後の出演となったMUSIC STATIONでタモリに「SHUNはどんなメンバーだったか?」と聞かれた時に、「歌手としての相方としてもそうだが、人間的にも凄く勉強になるところがあったし、本当に最高の相方だった」と話していた。第二章開幕前の最終選考も観覧しに来ていたという。
SHUN自身、観客としてEXILEを見たらやっぱり格好良くて、以前より益々ファンになった。自分があんな素晴らしいグループにいたことを誇りに思う」と話していた。脱退してもなお、メンバーとは仲が良く、酒を飲むことがあるという。メンバーも清木場のライブは観に行くようで、TAKAHIROも観に行ったと話していた。
2008年9月17日付けで所属事務所LDHとavexから独立。
[編集] EXILES(エグザイルス)
詳細は「EXILES」を参照
[編集] 音楽性
デビュー当初は、J Soul Brothers時代の路線を引き継ぐように、R&Bテイストのダンスナンバーを数多く取り入れていたが、プロデューサーのMax Matsuuraが離れた後は、ポップス路線に移行していく。特に、「本気で1位を狙った」という2003年の『Together』のヒット以降この傾向は顕著となり、同作品の作曲を手がけた原一博による楽曲が量産されることとなる。この時期に、メンバー達の間でキャッチーなポップス曲のことを指す「エグキャッチー」という言葉が生まれている。音楽性の変化に合わせて、ボーカル2人(特にSHUN)による作詞の曲が占める割合が増していった。ATSUSHIは、女性ファッション誌「vivi」のインタビューにて、「最初はR&Bっぽく歌おうと無理していた。けど、『Kiss you』あたりからいい意味で力が抜けてきて、無理にR&Bを抱えなくても、日本人として伝えなくちゃいけないことがたくさんあると気付いたんだ」と話している。 第二章開幕後は、「エグキャッチー」に加え、「Lovers Again」や「彼方から此処へ」のようなミディアム系統の曲を「エグセツナ」と称するようになった。同時にATSUSHIによる作詞が大幅に増え、第一章最後のアルバム『ASIA』では3曲だったのに対し、5thアルバム「EXILE EVOLUTION」では15曲中5曲、6thアルバム『EXILE LOVE』では12曲中半分を占めるようになった。
曲をレコーディングする際には、方向性をメンバー同士で打ち合わせをし、レコーディングスタジオにも全員が来る。レコーディングしている際に、ダンスの振り付けも考えるという。特にR&BやHIP HOP系の音をベースした曲を作る際は、トラックメイカーにいくつかトラックを用意してもらい、メンバー内でしっくりと来るトラックを選ぶという。その上で歌詞を書いたり、ハモりを積んでいく。よほどのことがない限り、トラックから先に制作を始めるという。曲によっては、海外でレコーディングすることもある(主にGIANT SWING夫妻の拠点であるアトランタ)。なお、第二章以降ボーカルディレクション、TAKAHIROへの指導も主にATSUSHIによって行われている。パフォーマー達も歌うテーマに関しての意見は言うが、歌に関してはボーカル2人に全て委ねているという。
14人体勢になってからも基本はATSUSHIとTAKAHIROのツインヴォーカルだが、曲によってはNESMITHとSHOKICHIを加えた4人で歌うこともあり、コーラスとハモりの幅も広がった。
[編集] ディスコグラフィ
● … Video Clip収録 ● … ライブ映像収録
[編集] シングル
- 規格は全て12cmCD
| リリース | タイトル | 販売生産番号 | 付属(DVD販売生産番号) | ●● | |
| 2001年 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 9月27日 | Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜 | RZCD-45040 | ||
| 2nd | 12月12日 | Style | RZCD-45043 | ||
| 2002年 | |||||
| 3rd | 2月20日 | Fly Away | RZCD-45051 | ||
| 4th | 4月17日 | song for you | RZCD-45058 | ||
| 5th | 8月7日 | Cross〜never say die〜 | RZCD-45062 | ||
| 6th | 11月13日 | EX-STYLE〜Kiss You〜 | RZCD-45067 | ||
| 2003年 | |||||
| 7th | 2月5日 | We Will〜あの場所で〜 | RZCD-45071 | ||
| 8th | 5月28日 | Breezin'〜Together〜 | RZCD-45086 | ||
| 9th | 7月9日 | LET ME LUV U DOWN feat.ZEEBRA & MACCHO (OZROSAURUS) |
RZCD-45094 | ||
| 10th | 11月6日 | Choo Choo TRAIN | RZCD-45101 | ||
| 11th | 11月12日 | Eternal... | RZCD-45104 | ||
| 12th | 11月19日 | ki・zu・na | RZCD-45103 | ||
| 13th | 11月27日 | O'ver | RZCD-45102 | ||
| 2004年 | |||||
| 14th | 5月12日 | Carry On/運命のヒト | RZCD-45127 | ||
| 15th | 6月30日 | real world | RZCD-45135 | ||
| 16th | 8月18日 | HEART of GOLD | RZCD-45138 | ||
| 17th | 12月1日 | HERO | RZCD-45155 | ||
| 2005年 | |||||
| 18th | 8月24日 | EXIT | RZCD-45236 | +DVD(RZCD-45237) | ● |
| 19th | 12月14日 | ただ…逢いたくて | RZCD-45298 | +DVD(RZCD-45299) | ● |
| 2006年 | |||||
| 20th | 3月1日 | YES! | RZCD-45344 | +DVD(RZCD-45345) | ● |
| 21st | 12月6日 | Everything | RZCD-45481 | +DVD(RZCD-45482) | ● |
| 2007年 | |||||
| 22nd | 1月17日 | Lovers Again | RZCD-45519 | +DVD(RZCD-45520) | ● |
| 23rd | 2月14日 | 道 | RZCD-45537 | +DVD(RZCD-45538) | ● |
| 24th | 5月16日 | SUMMER TIME LOVE | RZCD-45590 | +DVD(RZCD-45591) | ● |
| 25th | 8月29日 | 時の描片〜トキノカケラ〜/24karats -type EX- | RZCD-45638 | +DVD(RZCD-45639) | ● |
| 26th | 11月21日 | I Believe | RZCD-45777 | +DVD(RZCD-45778) | ● |
| 2008年 | |||||
| 27th | 2月27日 | Pure/You're my sunshine | RZCD-45862 | +DVD(RZCD-45863) | ● |
| 28th | 9月24日 | The Birthday〜Ti Amo〜 | RZCD-46035 | +DVD(RZCD-46036) | ● |
| 29th | 11月26日 | LAST CHRISTMAS | RZCD-46139 | ||
| 2009年 | |||||
| 30th | 4月15日 | THE MONSTER〜Someday〜 | RZCD-46213 | +DVD(RZCD-46214) | ● |
| 31st | 7月22日 | THE HURRICANE ~FIREWORKS~ | RZCD-46315 | +DVD(RZCD-46314/B) | ● |
[編集] コラボレーションシングル
| リリース | タイトル | 規格 | 販売生産番号 | ●● |
| 2005年7月20日 | SCREAM (GLAY×EXILE) | CD+DVD | RZCD-45257/B (限定盤) RZCD-45238/B (通常盤) |
● |
| 2006年11月22日 | WON'T BE LONG (EXILE&倖田來未) | 12cmCD CD+DVD |
RZCD-45485/B (初回盤) RZCD-45486/B (通常盤) |
● |
| 2007年8月29日 | 24karats -type S- (Sowelu, EXILE, DOBERMAN INC) | 12cmCD | DFCL-1391〜1392 | ● |
[編集] 配信シングル
| リリース | タイトル | 規格 | 詳細 |
| 2009年2月17日 | THE NEXT DOOR THE NEXT DOOR -INDESTRUCTIBLE- |
着うた 着うたフル PC配信 |
着うたは2月2日。着うたフル、PCでは2月17日から配信が開始した。
世界全22ヵ国で配信されている。 |
[編集] アルバム
[編集] スタジオアルバム
| リリース | タイトル | 規格 | 販売生産番号 | ●● | |
| 1st | 2002年3月6日 | our style | 12cmCD | RZCD-45052 | |
| 2nd | 2003年2月13日 | Styles Of Beyond | 12cmCD CD+DVD |
RZCD-45082 | ● |
| 3rd | 2003年12月3日 | EXILE ENTERTAINMENT | 12cmCD CD+DVD |
RZCD-45114 RZCD-45110 |
●● |
| 4th | 2006年3月29日 | ASIA | 12cmCD CD+DVD |
RZCD-45368 RZCD-45369 |
● |
| 5th | 2007年3月7日 | EXILE EVOLUTION | 12cmCD CD+DVD CD+2DVD |
RZCD-45553 (受注限定盤) RZCD-45554 RZCD-45555 |
●● |
| 6th | 2007年12月12日 | EXILE LOVE | 12cmCD CD+2DVD |
RZCD-45805 RZCD-45806 |
●● |
[編集] ベストアルバム
| リリース | タイトル | 規格 | 販売生産番号 | ●● | |
| 1st | 2005年1月1日 | SINGLE BEST SELECT BEST PERFECT BEST |
12cmCD 2CD+DVD |
RZCD-45173 RZCD-45174 RZCD-45175 |
● |
| 2nd | 2008年3月26日 | EXILE CATCHY BEST | 12cmCD CD+DVD |
RZCD-45884 RZCD-45885 |
● |
| 3rd | 2008年7月23日 | EXILE ENTERTAINMENT BEST | 12cmCD CD+2DVD |
RZCD-45998 RZCD-46003 |
● |
| 4th | 2008年12月3日 | EXILE BALLAD BEST | 12cmCD CD+DVD |
RZCD-46089 RZCD-48090 |
● |
[編集] その他
- The other side of EX Vol.1(2003年9月10日)
- リミックスアルバム。
- Appreciation to the million breakthrough(2004年3月31日)
- 3rdアルバム『EXILE ENTERTAINMENT』のミリオン達成を記念に発売された1st、2nd、3rdアルバムの初回盤セット。
- 完全生産限定、”Choo Choo TRAIN”ロゴ入り携帯ストラップ(色違い有)付き。
- HEART of GOLD〜STREET FUTURE OPERA BEAT POPS〜(2004年9月29日)
- EXILES名義のアルバム。
- DJ MAKIDAI (from EXILE) Treasure MIX(2008年8月27日)
- MAKIDAIのDJキャリア初のミックスCD。
[編集] DVD
[編集] ビデオクリップ
- EXPV 1(2002年3月20日)
- シングル「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭〜」から「Fly Away」までのビデオクリップ等を収録。
- EXPV 2(2003年3月5日)
- シングル「song for you」から「We Will〜あの場所で〜」までのビデオクリップを5曲収録。
- 2002年12月6日に行われた赤坂BLITZでのライブ映像3曲を収録。
- EXPV 3(2004年3月31日)
- 「Choo Choo TRAIN(MALAWI ROCKS Remix)」収録のCDと、ビデオクリップ・ライブ映像収録のDVDの2枚組。
- シングル「Breezin'〜Together〜」から「O'ver」までとアルバム曲「New Jack Swing」のビデオクリップ7曲を収録。
- LIVE TOUR 2003 "Styles Of Beyond"からのライブ映像3曲を収録。
[編集] ライブ映像
- EXILE LIVE TOUR 2004 "EXILE ENTERTAINMENT"(2004年9月29日)
- DISC1 - 2004年7月11日に、横浜アリーナで行われたツアー最終公演の模様を収録。
- DISC2 - 舞台裏やインタビュー等を収録。
- EXILE LIVE TOUR 2005〜PERFECT LIVE "ASIA"〜(2006年3月29日)
- 2005年12月18日に、横浜アリーナで行われたツアー最終公演の模様を収録。
- EXILE LIVE TOUR 2007 EXILE EVOLUTION(2007年10月17日)
- 2007年6月17日に、横浜アリーナで行われたライブツアーの模様を収録したDV2枚組と、「EXILE Vocal Battle Audition 2006 〜ASIAN DREAM〜」の武道館ライブとドキュメントを収録したDVD付属の3枚組の2形態での発売(武道館ライブは、アルバム『EXILE EVOLUTION』収録のものと同様)。
- 初回特典で、B2告知ポスター付。
- EXILE LIVE TOUR "EXILE PERFECT LIVE 2008″(2009年3月18日)
- 2008年12月27日に、東京ドームで行われたライブツアーの模様を収録。
- 全国40万人を動員した、EXILE初の5大ドームツアー「EXILE PERFECT LIVE 2008」の模様を収録した2枚組。
- チケットは、入手困難でプレミアム・ライブとなった豪華な演出やサプライズ満載の内容になっている。
[編集] その他
- ZOO→JSB→EXILE(2005年7月6日)
- リーダーHIROが在籍した、ZOO、J Soul Brothers、EXILEの映像、楽曲のリミックスを収録。
[編集] ライブ公演
● … DVD化されたライブツアー ● … アルバム付属のDVDに収録されたライブ
[編集] 2002年
- EXILE Show Case in velfarre(1月27日)
- Callege Festival Tour(10月16日 - 11月27日)
[編集] 2003年
- EXILE LIVE PRESENTED BY LA SERENA(2月2日)
- SPARKRING LIVE(2月3日)
- EXILE LIVE TOUR 2003 Styles Of Beyond(4月8日 - 7月1日)●
[編集] 2004年
- EXILE LIVE TOUR 2004 EXILE ENTERTAINMENT(5月14日 - 7月11日)●
- Amino Value Presents EXILE SECRET PARTY(6月28日、30日、7月3日、4日)
[編集] 2005年
- EXILE@LIVE TOUR 2005 PERFECT LIVE〜ASIA〜(9月24日 - 12月18日)●
- 最終日にはサプライズゲストとしてGLAYが参加。
[編集] 2005年-2006年
- COUNTDOWN LIVE 2005-2006(12月31日 - 1月1日)
- 初のカウントダウンライブ。幕張メッセの模様を札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡の全国5箇所の会場に衛星生中継で配信。
[編集] 2007年
- EXILE LIVE TOUR 2007 EXILE EVOLUTION(5月11日 - 7月16日)●
- EXILE LIVE TOUR 2007 EXILE EVOLUTION SUMMER TIME LOVE(8月4日、5日)●
- マイクステッキは特殊メイクアーティストのJIROが手掛けた。
- 東京ビッグサイトでの公演最終日にナインティナインの岡村隆史がサプライズゲストとして登場。詳細は「岡村オファーがきましたシリーズ」参照。
[編集] 2008年
- EXILE SHOWCASE LIVE 2008(10月2日 - 10月28日)
- ドームツアーに先駆けて全国9ヶ所で行われるホールツアー。
- EXILE LIVE TOUR "EXILE PERFECT LIVE 2008" ●
- 「EXILE PERFECT YEAR 2008」で掲げた5大ドームツアー。札幌ドーム、東京ドーム、ナゴヤドーム、京セラドーム大阪、福岡Yahoo!JAPANドームにて開催。
[編集] 2009年
- EXILE LIVE TOUR 2009 "THE MONSTER"(5月9日-8月2日)
- 宮城、大阪、愛知、広島、神奈川、北海道、新潟、福岡、東京、埼玉の10か所30公演が行われる。
- 14人体制になってからの、初めてのライブツアーになる。
[編集] メディア出演
[編集] 映画
- 渋谷区円山町(2007年、ヤマケン役 - 眞木大輔)
- 花より男子F(2008年、サニー役 - AKIRA)
- ハンコック(2008年、レイ役日本語吹き替え - 眞木大輔)
- きみに届く声(2008年、眞木大輔)
- 山形スクリーム(2009年、三太郎役 - AKIRA)
- ちゃんと伝える(2009年、史郎役 - AKIRA)
- 白夜(2009年、木島立夫役 - 眞木大輔)
[編集] テレビ番組
- ドラマ
- TBS系「ホットマン2」(2004年、池上オサム役 - 眞木大輔)
- NHK総合テレビ連続テレビ小説「瞳」(2008年、KEN役 - 眞木大輔)
- TBS系「Around40〜注文の多いオンナたち〜」(2008年、緒方達也役 - AKIRA)
- バラエティ
- TOKYO MX系「新・東京百景」(HIROが出演)
- TBS系「日立 世界・ふしぎ発見!」(2009年2月28日~)(準レギュラー解答者・MATSUが出演)
- NTV系「EXILE GENERATION」(2009年1月10日~)(メンバー全員が出演)
- ※EXILE初のプロデュース番組。番組後半にはアニメ「エグザムライ戦国」が放送される。2009年4月より45分に拡大
- TBS系「関口宏の東京フレンドパークII」[1] (2009年4月2日)
- TBS系「EXH」 (4月18日~) (メンバー全員が出演)
[編集] ラジオ番組
- J-WAVE「OH! MY RADIO」(2005年 - 現在。毎週月曜日24時30分 - 26時00分。MAKIDAIが出演)
- InterFM「BLACK room」(2008年 - 現在。毎週木曜日22時30分 - 23時30分。USAが出演)
- JFN系FM27局ネット「One Step Beyond」(2008年 - 現在。MATSUが出演)
[編集] 書籍・楽譜
- 非本人著書
- EXILE―BOND OF SIX / Naoto Ohkawa、Yurie Kimura著(ソニーマガジンズ)
[編集] インターネットネット放送
EXILE MOOLOG(Bee TV)
[編集] 参加作品
- survival dAnce〜no no cry more〜(2002年8月3・4・10・11・17・18・25日)
- TRUE(2002年8月28日)
- 中島美嘉のファーストアルバム。M-5「DESTINY'S LOTUS」にATSUSHIがコーラスで参加
- 99% Radio Show(2003年9月25日)
- rhythm zoneレーベルのコンピレーションアルバム。
- M-2「Be Mine」(99% Radio Allstars名義) M-8「Every-After-Party」(Rather Unique feat.倖田來未名義) M-14「Believe(Radio Edit)」
- Friends(2004年1月28日)
- LUV and SOULのミニアルバム。M-5「Friends」にATSUSHIが作詞で参加
- EPISODE I(2004年1月28日)
- DJ YUTAKAのアルバム。M-6.「Self Belief」(feat.EXILE&Rather Unique名義)
- SOUL TREE〜a musical tribute to toshinobu kubota〜(2004年2月25日)
- 久保田利伸のトリビュートアルバム。M-5.「Cymbals」(ATSUSHI from EXILE名義)
- GREEN” A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI(2004年3月24日)
- M-9.ふたつの心(清木場俊介名義)
- Hey Aniki!(2004年04月28日)
- 長渕剛のトリビュートアルバム。M-8「Jeep(Remix)」(DJ MAKIDAI (from EXILE) feat.Rather Unique名義)
- M-10「しあわせになろうよ'04」(All Cast feat.ZEEBRA)にMAKIDAIがDJとして参加
- ありがとう(2005年3月14日)
- MCUの マキシシングル。M-2「ACT ON MY STYLE」(feat.RATHER UNIQUE&川上次郎名義)
- ケツノポリス4(2005年6月29日)
- ケツメイシの4thアルバム。M-7「NO LADY,NO LIFE」にNESMITHがコーラスで参加。
- DJ SHIBUCHIN presents SHIBUCHIN SUMMIT(2006年7月26日)
- DJ SHIBUCHINの1st アルバム。M-8「BATCH GOO LADY」(feat.MIYABI,ネスミス,S-SKILLAW(WRECK CAMP))名義でNESMITHが参加
- The Remedy(2006年)
- Boyz II Menのアルバム。M-13「Muzak feat. ATSUSHI(EXILE)」(日本版ボーナストラック)
- 涙が落ちないように(2007年4月25日)
- COLORの5thシングル。M-2 「Lost Moments 〜置き忘れた時間〜 feat.ATSUSHI」
- THE NEVER LAND ~光射す方へ~(2007年5月2日)
- NEVER LANDの2ndアルバム。M-2「One for A11 A11 for One 武道館version」(NEVER LAND feat.USA & MAKIDAI from EXILE)名義でUSAとMAKIDAIがラップで参加。
- BLUE 〜Tears From The Sky〜(2008年1月23日)
- COLORの2ndアルバム。M-7「Since You Went Away feat.ATSUSHI」
- BLACK 〜A night for you〜(2008年7月30日)
- COLORの3rdアルバム。M-5「Buddy」(feat.J Soul Brothers名義)でNESMITHとSHOKICHIが参加。M-8「Just a Little Bit」のPVにMATSUが、M-9「What about us Pt.2」でATSUSHIが作詞で参加。M-11「ain't so easy」のPVにMAKIDAIが出演。
- Treasure MIX(2008年8月27日)
- DJ MAKIDAI名義では初となるミックステープ。M-1.「Real Love」(DJ MAKIDAI feat.DOUBLE名義)
- So Special -Version AI- / おくりびと(2008年9月10日)
- AIのシングル。M-1「So Special -Version AI-」にATSUSHIが参加。
- Love Again(2008/11/26)
- TOKUの8thアルバム。M-4「Again(duet with EXILE ATSUSHI名義)」
- ストリートファイターIV オリジナル・サウンドトラック(2009年2月25日)
- 格闘ゲーム「ストリートファイターIV」のBGMとなったEXILE「THE NEXT DOOR」の日本語ver./英語ver.の2バージョンが収録されている。
- J Soul Brothers(2009年2月25日)
- M-16 「My Buddy part.Ⅱ」(初回限定トラック)(EXILE TAKAHIRO + NESMITH, SHOKICHI(J Soul Brothers)名義)
- Treasure MIX 2(2009年5月20日)
- DJ MAKIDAIとして2枚目となるミックステープ。「Dream Lover」(DJ MAKIDAI feat.青山テルマ名義)
[編集] 受賞歴
- 2001年
- 第34回日本有線大賞:有線音楽賞
- 2004年
- ベストヒット歌謡祭:ポップスグランプリ
- 第37回日本有線大賞:最多リクエスト歌手賞
- 2005年
- ベストヒット歌謡祭:ポップスグランプリ
- 2006年
- 第48回日本レコード大賞:特別賞 - EXILE&倖田來未「WON'T BE LONG」
- 2007年
- 第49回日本レコード大賞:最優秀歌唱賞
- 2008年
- TOKIO HOT 100 AWAD:ベストグループ賞
- 第22回日本ゴールドディスク大賞:アーティスト・オブ・ザ・イヤー/アルバム・オブ・ザ・イヤー
- キッズ・チョイス・アワード:キッズ・チョイス・シンガー賞
- VIDEO MUSIC AWARDS JAPAN 2008:Best Video of the Year/Best Album of the Year/Best Karaokee! song
- ベストヒット歌謡祭:グランプリ/ゴールドアーティスト賞
- 第41回日本有線大賞:有線音楽優秀賞/最多リクエスト歌手賞/日本有線大賞
- 第50回日本レコード大賞:優秀作品賞/大賞
- 第一興商「2008年年間カラオケリクエストランキング」:アーティスト別1位
- YAhoo! JAPAN「2008検索ワードランキング」:著名人総合ランキング1位
- 日経エンタテインメント「2008ヒット番付」:1位
- オリコン年間ランキング2008:アーティストトータルセールスランキング第1位/アルバムランキング1位
- 2009年
- 第23回日本ゴールドディスク大賞:アーティスト・オブ・ザ・イヤー/アルバム・オブ・ザ・イヤー
- 第一興商「男性アーティスト“ラブソング”カラオケリクエストランキング」1位(「Lovers Again」)
[編集] その他
- 初めの頃の給料は、15万円プラス歩合だったという。J Soul Brothersでの売れなかった時期は、給料は6~10万位で、観客0人で生活に困窮する時期もあったという。ひどい時は、メンバーで味噌汁を水で薄めて、人数分で分け合って飲んだり、公園でしわくちゃのシャツを着たまま、ダンスの練習をしていたこともあったという[2]。
- 公式携帯サイト「EXILE mobile」は、更新頻度が高く、ブログなど、メンバー自身のコーナーも充実している。
- 多くのアルバムにインストが収録され、それらはライブでパフォーマーがダンスする際に用いられることが多い。ちなみに『EXILE EVOLUTION』に収録されている「DANCER'S ANTHEM」は、オカザイル効果もあって、着うたランキングでトップ10に入ったことがあった。
- 楽曲やグループとしての方向性を決める際には、メンバーで会議を開いて話し合うという。HIROは「ライブのリハーサルの6,7割が実は話し合いで終わる」と話していた。また、振り付けは自分達で決めているという。
- 脱退したSHUNも含めた初期メンバーの6人全員が50万円ずつ出資し、有限会社エグザイルエンターテイメント(現:株式会社LDH)を立ち上げた。メンバー全員が社員であり、HIROが社長を務めている。初めの頃は、6人全員が出社したら酸欠になるほど狭かったという。2003年末に、株式会社スリーポイントと合併し、現在に至る。
- EXILEのウリは、信頼関係だという。メンバー曰く、「グループとして良い位置に行くのが一番目で、個人として目立つのが二番目。そういう関係が自然とできている」と話している。「解散したら全員でラーメン屋開こう」と言うほど、仲が良いという。
- HIROの提言により、EXPG(EXILE PROFESSIONAL GYM) を開校。ダンスの基礎はもちろん、EXILEの楽曲の振り付けの指導も行っている。
- SHUN脱退後は、ATSUSHI1人で行くかどうか悩みに悩んだと言うが、最終的にはHIROの一言でオーディションを主催することになった。その理由としてHIROは「夢を持った人たちにいいきっかけを作れる場所を提供できたらいいし、ミリオンアーティストがオーディションやるっていうのもEXILEのエンターテイメントとしてのインパクトも強いと思った」と話している。
- グループからの派生ユニットが多く、後述の「EXILES」に加え「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006」出身者5名で構成された「Dreamers」、同オーディション出身者の「JONTE」、EXILEの前身「J Soul Brothers」の名を継いだ同名のグループが存在する(2009年3月、EXILEに吸収合併される形でEXILEに加入)。
- 自身のアパレルブランド、「混じり気のない本物」をコンセプトにした「Gold 24karats Diggers」を展開。現在は、中目黒や渋谷、大阪、心斎橋、福岡の5店舗を構えている。
- SHUN自身は、第一章の曲をカバーすることに対し、「1曲、2曲とは言わず、むしろ全部やって欲しい」とコメントしている。EXILEを脱退してもなお、SHUNとメンバーの親交は深い。メンバーも、SHUNとたまに飲んだりしているという。
- 2008年の暮れに、有線大賞を受賞した際に、他のアーティストと比べ、段違いに歓声が大きすぎたため、会場のデシベルの針が終始振り切れたままだったという。
- 2008年のライブでのチケットは、あまりの人気で入手が困難を極め、プラチナチケットとなった。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- T.KURA
- MICHICO
- h-wonder
- ZOO HIROが在籍していたダンスユニット。
- Dreamers〜EXILE VOCAL BATTLE AUDITION FINALIST〜
- EXILE PERFECT YEAR
- EXILE GENERATION
- 月刊EXILE
- エグザムライ
- EXPG - HIROが提言し、設立したダンススクール
[編集] 外部リンク
- EXILE公式サイト
- 月刊EXILE
- LDH EXILEが設立した会社。
- EXPGHIROが提言し、設立したダンススクール
- Gold 24karats Diggers
- EXILE iD
- EXILE GENERATION
- EXH ~EXILE HOUSE~
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