レディー・ガガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Lady Gaga
}
基本情報
出生名 ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ[1]
出生 1986年3月28日(28歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州
ジャンル ポップダンス[2]エレクトロニカ[3][4]
職業 歌手ソングライターミュージシャン音楽プロデューサーダンサー
担当楽器 ボーカルピアノシンセサイザーキーボード
活動期間 2005年 – 現在
レーベル デフ・ジャム(2007-2008年)
インタースコープ・レコード(2008年-現在)
公式サイト

LadyGaga.com


Ladygaga sig.svg
レディー・ガガのサイン

レディー・ガガ (: Lady Gaga)[5](本名:ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ 英:Stefani Joanne Angelina Germanotta、1986年3月28日 - )は、アメリカ合衆国音楽家オーストラリアシドニー名誉市民[6]

19歳の時にデフ・ジャムと契約し、ニューヨーク市の近郊のクラブでダンサーをしながら生計を立てた。また同時期インタースコープ・レコードとソングライターとして契約をし、同レーベルのアーティストを中心に複数のミュージシャンに楽曲提供を行った。その後楽曲提供を行う中でエイコンにガガの歌手としての才能を認められ、エイコン自身のレーベルコンライブとレコード契約し、歌手としてのキャリアをスタートさせた。

2008年に発売したデビュー・アルバム『ザ・フェイム』は商業的に大きな成功を収め、4カ国の音楽チャートで1位を獲得、1500万枚以上売り上げた。米ビルボードのダンス/エレクトロニカ・アルバムチャートでも1位となり、多くの批評家から肯定的評価を受けた。アルバムからの最初のシングル2曲「ジャスト・ダンス」「ポーカー・フェイス」は世界中のチャートで1位を獲得する大ヒットとなり、前者は第51回グラミー賞にて最優秀ダンス・レコーディング賞にノミネートされた。2009年に2枚目のアルバム『ザ・モンスター』を発表した。同アルバムからのシングル「バッド・ロマンス」「テレフォン」はそれぞれ全米チャートTop3に入る大ヒットになる。MTV Video Music Awards 2010では歴代2位となる8冠を獲得した。2011年には3枚目のアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』を発表し28ヵ国で1位を獲得、800万枚以上の売り上げを記録した。アルバムからのシングル「ボーン・ディス・ウェイ」「ジ・エッジ・オブ・グローリー」は世界的ヒットとなった。彼女は現在までに世界中でシングルを8400万枚、アルバムを2500万枚以上売り上げている[7]

ガガはデヴィッド・ボウイクイーンエルトン・ジョンといったグラム・ロッカーのほか、シンディ・ローパーマイケル・ジャクソンホイットニー・ヒューストンマドンナといった複数のポップ歌手から音楽的に影響を受けている。また同時に自身が作詞・作曲とパフォーマンスを行う上で必須の部分であると語るファッションの面からも強い影響を受けている[8]。2010年5月、アメリカの雑誌『タイム』の世界で最も影響力のある有名人を選出する「タイム100」のアーティスト部門の1位に選ばれた[9][10]

Twitterのフォロワー数は2012年現在3000万人を超える。2010年8月にフォロワー数が約568万人に達し、ブリトニー・スピアーズを抜き世界1位となったが[11]、2013年1月21日にジャスティン・ビーバーに抜かれ世界2位となった[12]

来歴

1986 - 2004年:生い立ち

イタリア系アメリカ人でインターネット企業の実業家[13][14][15]の家庭のもと、ニューヨーク州ヨンカーズに生誕。家は裕福で箱入り娘として育てられた。

4歳で楽譜なしでピアノが演奏できるようになった。父親が初めて聴かせてくれたレコードはスティーヴィー・ワンダーであり、その後ブルース・スプリングスティーンの曲などをピアノで練習するようになる。多くの有名アーティストを手掛けた先生からレッスンを受けるようになり、13歳になるころには初のピアノ・バラードを自分自身で作曲。11歳当時にジュリアード学院の音楽部門に合格するも、当時は音楽にさほど興味が無く入学を辞退し、マンハッタンのカトリック系私立学校、聖心女子学院(Convent of the Sacred Heart)へ進学[16]

聖心女子学院はヒルトン姉妹パリスニッキー)も在籍したことで知られるいわゆる“お嬢様学校”であった[17]。パリス・ヒルトンとは年が6歳離れており学年が異なったことから、学校の廊下で見かけたことしかなかったという[18]。伝統的な富豪家庭の令嬢が多く通うなか、自身は一代の成り上がりの家庭であったため周囲に馴染めなかったという。さらにガガは変わった性格で、話し方も大胆で芝居じみていたためいじめに遭い、ロッカーには悪口が書かれ、廊下では常に“売女”と罵られたという。街で男子に同級生の目の前で抱え上げられ、ゴミ箱に捨てられたこともあり、「あんた泣くわけ?かわいそ」などと笑われ、ガガも自分自身を笑うしかなかったという[19]。14歳からニューヨークのクラブでパフォーマンスを開始し、17歳で、それまで世界で20人しか早期入学が許されていなかったニューヨークのティッシュ・スクール・オブ・アート(ニューヨーク大学の芸術学部)に入学。そこで音楽を本格的に学び、エッセイや論文を書くことによって作詞作曲技術を改善した。この頃から地味だったクラブのパフォーマンスも個性を追求するたびに派手になってゆき、大学でも奇抜なスタイルにより周囲から煙たがられる存在となる。周囲から「あんたレズなの?」「そんな格好しててもあんたのこととか誰も見てないから」と言われ続けたと後にインタビューで語っている。結局1年生のときにニューヨーク大学を退学し、薬物中毒に陥ってしまう。しかしブリトニー・スピアーズビヨンセに触発され、スターになるという夢を再確認、自らの意思でドラッグをやめ、芸術活動に専念するようになった。

2005 - 2007年:初期のキャリア

レストランでパフォーマンスをするガガ。

ガガは19歳の時、デフ・ジャム・レコーディングスとの間で契約を結んだ。同じころ、親元を離れストリップクラブで働き出す。このことは特に隠さず、「ストリップクラブで働いていた。私のような裕福なイタリア系の家庭の出では珍しいことだ」と述べ、ストリッパーとして生計を立てていたことを明かしている。ストリッパーとして人気があったようで、ステージでヘアスプレイに火を付けて、狂ったように踊ったという。家族の助けなしに生活することで自由を実感したと語るが、家族は認めてくれなかった[20]。その他、ドラァグ・クイーンゴーゴーダンサーとパフォーマンスを行うためにクラブに出入りしており、このことを知った父は大変なショックを受け、ガガ本人も「あのとき、2、3カ月の間父は私を直視することが出来なかった」と認めている[16]。ガガの初期に制作された楽曲に携わった音楽プロデューサーのロブ・フサーリはガガの声のスタイルをフレディー・マーキュリーのそれと比較し、クイーンの楽曲「Radio Ga Ga」をもじり、現在の芸名"Lady Gaga"を彼女に与えた[21][22][17]。また、ガガがスタジオに来るとき挨拶代わりにフサーリは『Radio Ga Ga』を歌った、それはガガの入場曲のようなものであったという。ある時、フサーリがガガに送ったメールの中で書いた「Radio Ga Ga」という文が、修正機能で「Radio」が「Lady」になり、「Lady Ga Ga」になってしまった。しかし、それを大変気に入ったガガが「二度と私をステファニーと呼ばないで!」と言ったため、以後「レディー・ガガ」と呼ばれるようになった[21]

CDデビュー前のレディー・ガガ(右)とレディー・スターライト(左)。ロラパルーザにて。

2007年にインタースコープ・レコードとソングライター契約し、同レーベルに所属するファーギーブリトニー・スピアーズプッシーキャット・ドールズニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックエイコンといった有名アーティストに楽曲を提供した[17]。制作者として活動を続けていたときにエイコンがガガには制作者としてだけではなく、歌手としての才能もあると認め自身のレーベルコンライブとアーティスト契約を締結。エイコンはガガについて、「類稀な存在」「ダイアモンドの原石」と表現している[23]。ガガはデビュー・アルバムの制作を音楽プロデューサーレッドワンと共に行った。1年ほどスタジオに籠って作詞作曲に専念し、アルバム150枚分ほどの楽曲を制作したという。

2008年 - 2010年:ザ・フェイム・モンスター

2008年にデビュー・アルバム『ザ・フェイム』をリリース。彼女自身が全ての歌詞を手がけ、メロディー作曲も自分でこなし、シンセサイザーの部分も自らが演奏している[17]。『ザ・フェイム』は、オーストリア、イギリス、カナダ、アイルランドチャートにて1位を獲得。アメリカ合衆国とオーストラリアでは最高位4位を[24]、日本では最高位6位を記録している[25]。全世界での売上枚数は1200万枚を突破している。アルバムからのリードシングル「ジャスト・ダンス」は2008年4月8日にリリースされ、世界各国で首位を獲得。「ジャスト・ダンス」は、イギリスなど世界5カ国のシングルチャートで1位を獲得し、リリースから半年以上経った2009年1月にアメリカでも1位に到達した[26]。2009年2月に行われた第51回グラミー賞では「ジャスト・ダンス」で最優秀ダンス・レコーディング賞にノミネートされるも、ダフト・パンクの「仕事は終わらない」が受賞し、ガガは受賞を逃している[27]。「ジャスト・ダンス」は全世界で700万枚以上売り上げるヒットとなった。続いて2008年にリリースされた「ポーカー・フェイス」は2009年4月11日付けのアメリカ合衆国のシングルチャートBillboard Hot 100で1位となった。これによりガガは2000年以降、デビュー・アルバムから2枚のシングルを全米チャート1位に送り込んだ初の新人アーティストとなった。1st、2ndシングル2枚で全米1位を達成した女性新人アーティストは3人で、ガガはティファニーマライア・キャリークリスティーナ・アギレラに次ぐ4人目となった[28][29]。この楽曲はイギリス、カナダ、オーストラリアを始めとした世界17の国と地域のシングルチャートで1位を獲得している[26]。また、「ポーカー・フェイス」はヨーロッパ全土を対象にしたシングル・チャートEurochart Hot 100 Singlesでも16週にわたって1位を記録[30]。さらにイギリスのThe Official Chart Companyが発表した"イギリスで最もダウンロードされた曲"では77万ユニットのダウンロード数により1位を獲得している[31]。「ポーカー・フェイス」は全世界で1000万枚以上売り上げ、2000年代を代表する楽曲となった。

Fame Ball tourにて、泡をイメージしたプラスチックの衣装に身を包むガガ

その後、ガガは同じインタースコープ・レコード所属のアイドルグループニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのアメリカ市場でのツアーに同行。ガガは2008年10月8日のロサンゼルス公演から最終日の11月までを彼らと共に回り、またこれがガガにとって初のツアーとなった[32]。なお、ガガは彼らの新作アルバム『ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック』に楽曲「ビッグ・ガール・ナウ」を提供、客演も行っている[33]。2009年1月には、オセアニアヨーロッパの一部の国のみで「エイ、エイ (ナッシング・エルス・アイ・キャン・セイ)」をシングル・リリース。同曲はオーストラリア、ニュージーランド双方でゴールドの認定を受けている[34][35]。ガガ初の自身の北アメリカライヴ・ツアーThe Fame Ball Tourは2009年3月12日からスタートし、このツアーは批評家から賞賛された。5月にはプッシーキャット・ドールズでオープニング・アクトも務めている。その後世界市場に向けての3rdシングル「ラヴゲーム」を発表。この楽曲のミュージック・ビデオは、オーストラリアのテレビ局Network Tenではビデオの内容と楽曲の歌詞が"過激すぎる"ことを理由にビデオの放映が中止され、イギリスでは同じ理由でシングル化自体が見送られている。この楽曲は7月に米ビルボード誌のエアプレイ・チャートMainstream Top 40の2009年7月25日付のチャートで1位を獲得。デビュー・アルバムから「ジャスト・ダンス」、「ポーカー・フェイス」の2曲に続けて3曲を連続で同チャート1位に送り込んだ史上3組目のアーティストとなった[36]

2009年5月、有力な音楽雑誌『ローリング・ストーン』の毎年恒例となっているHOTリスト号の同誌6月号の表紙をセミヌード姿で飾った[37]。この時、ガガは同誌のインタビューの中で、自らをバイセクシャルであるとカミングアウトした[38][39]。ガガは6月にリリースされたラッパーワーレイのシングル「チリン」にも客演で参加している[40]。7月にはイギリスで「パパラッチ」をシングル・リリースしている。MTV Video Music Awards 2009でガガは、この楽曲を含む同年のアワード最多となる合計9部門でノミネートを受け[41][42]、9月に行われた授賞式では『パパラッチ』のライブ・パフォーマンスを披露した他、「ポーカー・フェイス」での最優秀新人アーティスト賞を含む合計3部門で受賞[43]。加えて、米ビルボード誌主催のWomen In Musicアワードでは新人賞にあたるRising Star賞を受賞している[44]

A blond female singing in a microphone in her left hand. She wears white pants and a silvery sparkling top with large shoulder pads. Her golden yellow, blond curls fall on her shoulders. Surrounding her, a number of giant metallic rings are visible. Bluish smoke is visible behind her.
The Monster Ball Tourでパフォーマンスするガガ

11月に2枚目のアルバム『ザ・モンスター』を発表[45][46][47]。全世界で600万枚以上売り上げ、2010年世界で最も売れたアルバムとなった。しかしガガは再発盤のリリースはファンにとってフェアではないという理由から否定的な立場で、そのため『ザ・モンスター』には新曲をたくさん収録する予定であると話している。この再発盤からの1stシングル「バッド・ロマンス」は『サタデー・ナイト・ライヴ』にて初披露されている[48]。同番組ではマドンナとパフォーマンスを披露している。同年10月10日にHuman Rights Campaignのデモ行進に出席。行進前に「音楽業界には未だ多くの同性愛嫌悪が存在する」とスピーチ[49][50]。「今夜は自分の曲は演奏しないの。私のための夜ではない」と述べ、グランドピアノに座る前に「あなたたちのための夜だから」と言って、ジョン・レノンの「イマジン」を一部歌詞とメロディーを変えて披露した。また、1998年に殺害された同性愛者の大学生マシュー・シェパードへのメッセージを込めた[49]。「バッド・ロマンス」はアメリカ、オーストラリア、アイルランドなでトップ10入り、イギリス、カナダ、スウェーデンなどのチャートで1位を獲得し、全世界で980万枚以上売り上げた[51][52]。『ザ・モンスター』の収録曲「スピーチレス」は2009年12月11日に行われたロイヤル・ヴァラエティ・パフォーマンスで披露した。そこでは、エリザベス女王と対面した[53]。2009年の暮れにThe Monster Ball Tourをスタートさせた。

2010年1月14日、Monster Ballツアーのウェストラファイエット公演を体調不良のために中止した。彼女は本番前に呼吸がしにくいことを訴えた。救護隊員はガガは脱水症状と疲労による不整脈で苦しんでいたと発表した。同年1月31日に行われた第52回グラミー賞にて初のグラミー賞を受賞した。「ポーカー・フェイス」で年間楽曲賞、年間レコード賞、最優秀ダンスレコーディング楽曲賞にノミネートされ、最優秀ダンスレコーディング楽曲賞を受賞した[54]。アルバム『ザ・フェイム』は最優秀エレクトロニック/ダンスアルバム賞を受賞した[54]。2010年3月15日、『ザ・モンスター』からのシングル「テレフォン」がイギリスなどで1位、アメリカで3位、アメリカのポップソングチャートにおいて1位を獲得した。これによりガガと同曲でフィーチャーされたビヨンセは6曲の全米1位シングルを持つことになり、過去最多の全米1位獲得シングル保持者であったマライア・キャリーと並んだ[55]。「テレフォン」は全世界で700万枚以上売り上げた。

2010年3月19日、『ザ・フェイム』のプロデューサーでガガの名付け親でもあるロブ・フサーリがアルバム制作に関する報酬を受け取っていないとして、利益の20%を支払うようにガガを訴えた。同年8月にニューヨーク最高裁判所は訴訟を棄却、その後、両者は和解した[56]。同年4月16日、YouTubeにおけるガガのミュージックビデオの累計再生回数が10億回を突破し、同サイトの新記録を樹立した[57]。同年4月、『ザ・モンスター』からの3rdシングル「アレハンドロ」を発表し、ロザリオを口に入れるシーンが宗教冒涜として問題となった。同月、アメリカの雑誌『タイム』が世界で最も影響力のある有名人100人を選出する「タイム100」のアーティスト部門で1位になった[58]。MTV Video Music Awards 2010では9部門にノミネートされ8部門を制する大勝利を収めた。

2011年 - 現在:ボーン・ディス・ウェイ

トロントのステージで披露するマリア・アラゴン

2011年2月11日、ガガが絶賛するシングル「ボーン・ディス・ウェイ」が解禁され、世界23ヵ国のiTunes音楽チャートでダウンロード数1位を記録した。特にアメリカでは配信後3時間で1位を獲得した。また、UKアルバム・チャートでは21万5,000枚を売り上げトップを飾った。2011年最速セールス記録となっている(2011年5月現在)。批評家やファンからはマドンナのエクスプレス・ユアセルフ」と酷似しているとの声も挙がったが、ガガは「この曲はマドンナのサポートを受けている。女王様(マドンナ)がいいと言えばそれでいい」と述べた[59]。第53回グラミー賞授賞式ではガガは卵型カプセルに乗ってこの曲を歌い上げた。また、グラミー賞授賞式前には大麻吸引を自ら暴露し「ファンに嘘はつきたくないし、最近は大量には吸引していない」と語った[60]。5月23日には2ndアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』が世界同時発売され、それに先駆けてアルバムからの2ndシングル「ジューダス」が4月16日に、3rdシングル「ジ・エッジ・オブ・グローリー」が5月17日に発売された。『ボーン・ディス・ウェイ』は全世界で800万枚以上売り上げ、2011年世界で2番目に売れたアルバムとなった。ガガはプロモーションとして世界中を飛び回り、6月20日には日本に4回目の来日を果たした。auのCMでガガの曲が使用されたことや、東日本大震災においてチャリティーリストバンドを即座に販売して収益を寄付したことで知名度が急上昇し、ガガの来日は大きく報道された。震災復興イベント「MTV VIDEO MUSIC AID JAPAN」では蜘蛛の巣パフォーマンスでスタジアムを沸かせた。8月23日にはガガが最も尊敬する世界的ロックバンドのクイーンのギタリストであるブライアン・メイとのコラボ作「ユー・アンド・アイ」が4thシングルとしてリリースされ、多くの国でTOP10入りを果たした[61]。MTV Video Music Awards 2011では2冠獲得し、ステージ上でブライアン・メイと「ユー・アンド・アイ」を披露した。この頃、デビュー時からガガと共に仕事をこなしてきた振付師のローリーアン・ギブソンと決別した。ギブソンは振り付け以外にもビデオの監督や楽曲のプロデュースを手掛けていたが、互いの方向性の違いにより距離を置くという選択を下した。11月にはアルバムからのラストシングルとなる「マリー・ザ・ナイト」をリリースし、ガガ自らビデオの監督を務めた。ビデオではガガの半生を描いており、話題となった。

2011 MTV Video Music Awardsで、ガガの心の中にいるもう一人の自分(ジョー・カルデローネ)に扮してステージに登場するガガ

2012年4月の韓国での公演ではパフォーマンスがわいせつだとして、保守的なキリスト教団体韓国教会言論会などが中止を要請、同国映像物等級委員会により18歳未満の観覧が禁止された[62]。 香港から5月8日夜に通算6度目の来日をしたガガは、さいたまスーパーアリーナでワールドツアー「THE BORN THIS WAY BALL」を開催し5月10日から12日の3日間で10万人を動員した。滞在中に東京ディズニーランド、六本木のペットショップ、原宿竹下通りのカフェ、新宿のしゃぶしゃぶ店などに出没し、次の公演先の台湾へ5月16日離日する前夜には「日本のシンボリックな場所から、日本のリトルモンスターたちにメッセージを送りたい」と本人のたっての希望により、特別に開業前の東京スカイツリーに来場、外国人歌手としても初めての来場となった。地上350メートルの天望デッキと450メートルの天望回廊から景色を楽しめるはずだったがあいにくの雨で夜景がよく見えず、それでもカガは「日本の3公演がソールドアウトなんて、皆さん応援してくれてありがとう。最後の夜にスカイツリーに来られて幸せ。雨だけどこんなにすてきな景色は初めてよ」と感謝し、日本語で「アイシテマス、ジャパン」と投げキッスを贈った。 6月3日にインドネシアジャカルタでの公演を予定しており、3月に発売されたチケットは2万5000万が2時間以内で売り切れるほどの人気だったが、過激な露出スタイルの彼女に対してイスラム教の教義に反するハラームであると聖職者から反発があり、同年5月15日現地警察は開催不許可を決定した[63]

この年には『レディー・ガガ・フェイム』(LADY GAGA FAME)と題した香水を発売[64]。自身初の香水プロデュースであった[65]。この香水製品『フェイム』は全世界に先駆けて日本の東京・原宿で発売されることとなり、8月、東急プラザ表参道原宿の3階に設けられた『レディー・ガガ・ハウス・ラボラトリーズ(LADY GAGA HAUS LABORATORIES)』という期間限定の専門店舗にて初売り出しの運びとなった[66]

アーティスト性

音楽性と影響

ガガは主にデヴィッド・ボウイクラウス・ノミクイーンエルトン・ジョンスティーヴィー・ワンダーブルース・スプリングスティーンクラレンス・クレモンズのようなロック・スターや、ポップ歌手のマドンナマイケル・ジャクソンシンディ・ローパーカイリー・ミノーグホイットニー・ヒューストンブリトニー・スピアーズシェールグロリア・エステファンベット・ミドラーバーブラ・ストライサンド、芸術家のアンディ・ウォーホル、詩人のライナー・マリア・リルケ、ファッション・アイコンとエンターテイナーとしてのグレイス・ジョーンズに影響を受けている[2][67]

複数のメディア・評論家達はガガの音楽、ヴィデオ、ステージ・パフォーマンスに至るまでマドンナの影響を指摘している[68] [69] [70]。 そのマドンナの影響について聞かれた時、「私ほどマドンナを尊敬して愛しているファンはいないわ。個人的にもプロフェッショナルな意味でも一番のファンなの。」と語っている[71]

特に下積み時代、ガガがインスピレーションを求めたアーティストの中でもクイーンとデヴィッド・ボウイは重要なお手本となり、「彼らの音楽とステージは、いつも非常にパワフルなイメージを伴っていた。そして一定の演劇性とドラマ性を含んでいて、それが人々を日常生活から連れ出し、彼らが表現しようとしていることの渦中に運んでくれた。つまり“入り口”みたいなもの。それに私は演劇が大好きで何年も学んだし、彼らは私が愛するもの全てを融合させてシアトリカルなポップ・ミュージックを成立させる方法を指し示してくれたってわけ」とガガは語っている。

ガガのボーカルはマドンナやグウェン・ステファニーと頻繁に比較され、音楽の構図は1980年代のポップと1990年代ユーロポップを思い出させると言われている[72]。『サンデータイムズ』は『ザ・フェイム』を批評した際に「音楽、ファッション、芸術とテクノロジーを融合するとレディー・ガガはマドンナ、『ホラバック・ガール』の頃のグウェン・ステファニー、2001年のカイリー・ミノーグまたはグレイス・ジョーンズを呼び起こす」と主張した[73]。同様に『ボストングローブ』の批評家サラ・ロッドマンは「明らかにマドンナとグウェン・ステファニーからひらめきを得ている」とコメントした[74]。彼女の歌詞は知的な刺激に欠いていると言われているが、リスナーを楽しませることが出来る[75]

マイケル・ジャクソンとガガ

彼女はマイケル・ジャクソンの大ファンであることで有名。

2012年には彼のステージ衣装55着を落札。 それらを展示する博物館の建設も計画しているという [76]

さらにはマイケルのかつての自宅、ネバーランドも修復も望んでいる [77]

またマイケルはTHIS IS IT公演でコラボを希望する相手の一人にガガをあげていたという [78]

パブリック・イメージ

トゥデイで「ユー・アンド・アイ」を歌うガガ。

ガガはファッションについて「何よりも大切なもの」でまた「私のすべて」であると話している[79]。そのファッションに対する愛情は母親の影響が大きく「常に身だしなみがよく、美しい」と語っている[13]。また、「私が音楽を書いているとき、私は私がステージで着たい服について考えている。それは、パフォーマンスアート、ポップパフォーマンスアート、ファッションと全てについてである」と主張している。彼女は彼女自身が持つ創造的なチームを『ハウス・オブ・ガガ』と呼んでいる。チームは彼女の服、ステージ、ヘアスタイルなど多くに関わる[80]

また、ガガはドナテラ・ヴェルサーチが自身のミューズであると考えていると述べた[16]。ガガの発言を受けて、『ロサンゼルス・タイムズ』のメリッサ・マグサイサイは「ガガがトップとボトムを同時に着ることを嫌悪する。シャンパンをがぶ飲みし油っぽい男性に仰がれているのは、まさにドナテラ風」というコメントをした[81]

2008年末頃に歌手のクリスティーナ・アギレラとの類似が指摘され始めた。指摘されたのは主にスタイル、ヘアーやメイクアップの類似であるが[16]、これを聞いたアギレラは「ガガを知らない」「ガガが男性か女性かも知らない」と述べている[16]。この発言を受けてガガは「彼女はビッグスター。そして、類似が指摘されるまで多くの人は私を知らなかったから、何かあるとすれば私は彼女に花を送らなくちゃいけない」というコメントを発表した。その後、ガガは「私はこのスキャンダルで記憶されたくない」と付け加えた[82][83][16]。ガガの髪は自然なブルネットである。しかし、それだと歌手仲間であるエイミー・ワインハウスに間違えられるので髪をブロンドに染めた[84]

千葉大学大学院工学研究科の斎藤恭一教授と環境浄化研究所が開発した、放射性セシウムを吸着するナイロン繊維は「ガガ」と名付けられた。この名前はレディー・ガガの髪型と商品の見た目が似ていることに因む[85]

ガガは6つのタトゥーをいれていることが確認されている[86]。手首にあるピースシンボルのタトゥーはイギリスのミュージシャン、ジョン・レノンに影響を受けたもので、ガガは『ガーディアン』において彼を「英雄」だと語っている[87]。ガガは「このタトゥーを入れた理由は2つあるの。ひとつはもちろん反戦の意思表示として。そしてもうひとつは……ジョンとヨーコが“Give peace a chance(平和にチャンスを与えて)”と宣言した時、それが具体的に何を意味するのか2人は詳しく説明しようとしなかった。“それだけのシンプルなこと”としか言わなかったわ。つまり、このタトゥーはシンプリシティのパワーを私に思い出させてくれるの。シンプルであれば魔法の薬がなくても誰にでも理解できて、チャンスを与えてあげさえすればいいんだってことを」と語っている。また、オノ・ヨーコとは個人的に親交あり、飼っている柴犬にも「ヨーコ」と名付けている[88]

左腕には詩人のライナー・マリア・リルケの詩が引用されている。ガガはリルケを「一番好きな哲学者」と評しており[89]、自身はドイツ語を解さないものの[86]、毎日その詩のタトゥーを見ることによって、「書き手(ソング・ライター)」[90]としての励みにしているという。2009年の訪日時に競演した写真家荒木経惟に感銘を受けて「TOKYO LOVE」というタトゥーを左肩に入れた。なお、父親の頼みにより、タトゥーは体の左側だけに入れるようにしている[91]

社会貢献活動

ガガは彼女の経歴を通して、いくつかの慈善団体に関与した。2011年、若者たちのボランティア活動を支援する非営利団体「DoSomething.org」が「Top 20 Celebs Gone Good for 2011」と題した慈善活動に貢献したセレブリティのランキングを発表、ガガは2年連続の一位にランクされた[92]

ハイチ地震の復興支援

2010年のハイチ地震の被害者の為にガガは多くの著名人と一緒に働いた。彼女の寄付金の全ては2010年1月14日公演のコンサートの利益(チケット、商品、その他)、彼女自身のオンラインストアから生じている。寄付の総額は50万ドル以上であった。また1月24日のニューヨークでのコンサートで生じた金銭も全額ハイチに寄付された[93]

エイズ撲滅運動

ガガはHIVについて、周りの若い女性達にその認識を上げることに非常に率先的である。歌手シンディ・ローパーとレコーディングすると共にMACエイズ基金「ビバ・グラム・キャンペーン」で協力した[94]。このキャンペーンでは世界中の女性達に病気の認識をもたらすために、1億6000万ドル以上を集めた。ビバ・グラムのリップグロスの売上の全ては病気に感染している人たちを援助するために直接基金に使われる[95]。また、ガガはジャスティン・ティンバーレイクジェニファー・ハドソンなどのセレブたちと共に、アリシア・キーズ主催のエイズのチャリティーに参加することに同意し、100万ドル(約8500万円)の寄付が団体に集まるまで各人のツイッターへの書き込みやフェイスブックの更新をせず、デジタル上で「死亡」した。これはデジタル・ライフ・サクリファイスと呼ばれており、この活動で集まった金はすべてアフリカアジアのHIVに苦しむ子供たちを助ける団体に寄付された。 2011年10月にインドを訪れた際、ガガはHIVに感染した子供たちをケアするNAZ財団に自ら電話して施設を訪問し、事前に子供たちのために購入した食べ物を届けた。ガガはカメラが入ることや用意された椅子に座ることを拒否し、床に座って子供たちと直に触れ合った。財団側は「彼女ほどのスーパースターでこのようなことをする人は、ほとんどいません。HIVについてもちゃんと知識があり、彼女の心からの行動に偽りは全くないです」 と語った。

LGBTへの理解

2009年10月11日、ゲイの人権平等を訴える集会でスピーチするガガ。

ガガは早い段階での成功やメーンストリーム・アーティストになれたのには同性愛者のファンとそのコミュニティでの自身への支持があり、それらのアイコンとなったことが大きいと述べている[96][97][98]。ガガは「私の分岐点は、同性愛者のコミュニティだった。私にはとても多くの同性愛者のファンがいる。そして、彼らは私をとても慕ってくれる。そして、彼らは私を持ち上げてくれた。彼らは私を常に支持してくれてるし、私も彼らを常に支持している。ファンベースを作ることは容易ではない」とコメントしている[99][100]。ガガはマンハッタンに拠点を置くLGBTマーケティング会社『FlyLife』でスタジオ・アルバム『ザ・フェイム』を観客の前で初めて演奏した。そして、「私方はあなたを愛している。あなたはこのプロジェクトの最初の鼓動であった。そして、あなたの支持と輝きは私にとっての世界を意味する。この驚くべきチームと協力し同性愛者のコミュニティの為に戦う」とコメントした[101] 。ガガのテレビ番組での最初のパフォーマンスのうちの1つは2008年5月放送のLGBTテレビジョン・ネットワークLogoのNewNowNext Awardsであり、そこで「ジャスト・ダンス」を披露している[102] 。同年6月にサンフランシスコ・プライドでもパフォーマンスを行っている[103]。2009年5月に『エレンの部屋』にゲスト出演した際に、司会のエレン・デジェネレスを「女性と同性愛者コミュニティのための発想の源」と称賛した[104]。また、MTV Video Music Awards 2009でガガは、「神とゲイに感謝するわ」という受賞スピーチも行っている[105]。2011年7月12日には同性愛者支援の功績がたたえられ、シドニーから名誉市民の称号を贈られた[106]

ファイル:DADT rally Lady Gaga.jpg
「Don't ask, don't tell」撤廃を求めてメイン州で演説するガガ(2010年)

2010年9月20日にはアメリカ軍の同性愛者雇用を容認しない「Don't Ask, Don't Tell(訊かず、言わざる)」のポリシーを撤廃するためにメイン州ポートランドで演説を行った。ガガは「平等とは私たちが国民として支持するプライム・リブなのです。そして、私は祖国が提供する最良の部位の肉を楽しむことができません。私が着ていたような生肉ドレスを着る権利を、誰もが受けるべきではないのでしょうか」と2010年のグラミー賞で大騒ぎになった自身の生肉ドレスと関連させてスピーチした。「議員や大統領が米軍の同性愛者雇用差別撤廃を認めないのならば、軍隊は誰のために戦っていてプライムリブはいくらするのか説明してほしいです。なぜなら、私はこれが“食べ放題”のビュッフェだと思っていたからです。この平等というものは、みんなのためのものだと思っていました。でもどうやら、私はバイセクシャルだから、一部のセットメニューや一部の市民権を得るためには、追加料金を払わなければならないようです。自分の食事を注文する番が来ても、私が戦っている自由に関する憲法の恩恵を受けるときが来ても、私は追加料金を払わなければなりません。本当は追加料金を払う必要があるべきではないのです。仲間の軍人、異性愛者の軍人たちの権利メニューには既に含まれている肉——つまりは権利を楽しむ能力や機会、権利が、私にも与えられるべきです。その肉はプライム・リブで、同じサイズで、同じグレードで、同じ値段で、卸売原価で、憲法に含まれているのです」ガガの熱弁は肉の比喩だけに留まらなかった。「Don’t Ask, Don’t Tellのポリシーは後進的だと思いませんか?同性愛者の軍人を嫌う異性愛者の軍人こそ家に帰すべきではないですか?私は問題のある軍人を家に帰す法律を提案したかったのです。同性愛者が気に入らないのなら家に帰りなさい」そしてこのスピーチから1年後の2011年9月21日、オバマ大統領の「もう同性愛者でないと嘘をつく必要はない」という声明と共に米軍の同性愛者雇用差別は撤廃された。これを受けガガは「涙とプライドを抑えることができません。私たちは成し遂げました。私はアメリカ人であることを誇りに思います」と語った[107][108]。また、2012年5月9日にABCテレビのインタヴューでオバマ大統領が同性婚を支持するコメントをしたのに対し、ガガはTwitterで「平等な結婚を支える、初の現職の大統領となることをお祝いするわ」とツイートした[109]

いじめ撲滅運動

手をつなぐ同性愛者のカップル

2011年9月、自身がゲイであることが原因で受けたいじめを苦に14歳の若さで自ら命を絶った「ジェイミー・ロードマイヤー/Jamey Rodemeyer」の自殺事件 (Suicide of Jamey Rodemeyer) の際にガガは、「ここ数日、わたしは泣き叫び続けている。強い怒りを感じているわ。誰かの命が残酷に奪われたとき、愛を感じるのはとても難しい[110]」「14歳のジェイミーは、いじめが原因で命を絶ちました。いじめは、違法にしなければならない。いじめは、憎悪犯罪(ヘイトクライム)です[110](Bullying must become [be] illegal. It is a hate crime.[111])」とTwitterの中で訴えた[110]。ジェイミーは、「It Gets Better Project(ガガら著名人を含め、様々な性的指向により偏見や差別を受けている人々がそれぞれカミングアウトし、「今のこの苦しい環境が、やがて改善されていく」というメッセージを集めた活動)」に賛同する形で、YouTubeに「自身がゲイであること」、それにより『いじめを受け苦しんでいること』、しかし両親やスクールカウンセラーからの支えにより「明日への希望を持ち続けていること」、そして、『ボーン・ディス・ウェイ』を始めとしたガガの作品により「救いや幸福を感じていること」などを生前に告白していた[110][112]。ガガはジェイミーの死から1週間後、ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで行われた『iHeartRadioミュージック・フェスティバル』で自身の楽曲「ヘアー」を歌う際に、スクリーンに映し出されたジェイミーのYouTubeのビデオとTwitterのツイートを見ながら「ジェイミー、あなたは空から私たちを見てるのよね。あなたは犠牲者じゃないわ。私たち全員への教訓よ。」「ちょっと暗い気持ちになっちゃったわよね。でも、時には音楽よりも大切なことがあるわ。ジェイミーに私たちの思いを届けましょう。」と観客に向かって語り、曲の途中で歌うのをやめ「いじめは負け犬のやること。」「ジェイミー、あなたはおかしくなんかないのよ。」と呼びかけた。このいじめ自殺事件に深く心を痛めたことを契機として同年11月、ガガはいじめ撲滅を目指し「ボーン・ディス・ウェイ財団/Born This Way Foundation」を設立した[110][112][113][114]

さらにこの事態を訴える為に、ガガはアメリカ大統領のバラク・オバマの選挙資金集めイベントに274万円支払って参加し、そこでオバマ大統領と対談を行った。オバマ大統領は「ゲイだという理由でいじめられて自殺してしまった少年の話を聞いて、2人の子供を持つ私も大変ショックを受けました。ゲイのみなさんの苦しみは分かってあげられませんが、ゲイだということでいじめられるのは避けて通れない道なのだとか、いじめられる側にも原因があるのだということは間違っていることです。今いじめにあっているあなたは決して1人では無いし、辛いことがあったらあなたを理解してくれるであろう人物に助けを求めて下さい。誰にも理解されないのだと思わないでください。そうしていくことで大人になるにつれ、あなたが人と違うということが誇りとなっていくことに気付くはずです」というメッセージを出した。これらの活動により、ガガはトレバー・プロジェクトのチャリティー・イベント、『トレバー・ライブ』において、LGBTコミュニティーの支援に対する功績を称えられ、ジェイミーの家族から「ヒーロー賞」が手渡された。しかし残酷なことに、ジェイミーの死はガガのアンチと同性愛者を嫌悪する人々によって食い物にされてしまった。2012年2月、Twitter上で「#GagasCareerDiedWithJamey(ガガのキャリアはジェイミーとともに死んだ)」というフレーズがジェイミーの死を面白がったユーザーの間で話題にされた。この騒動に激怒したガガは「私を攻撃するために14歳の子の自殺のことをツイートするの? 亡くなった子の痛みを面白がるなんて、自分の品位を考えたらどうなの!」「侮辱するなら私(@ladygaga)に向けてやりなさい!私が受け止めるわ。亡くなってしまって自分を守れない人たちのことを、とやかく言わないでよ。そんな卑怯なことはやめて!」とツイートした。

貧困、ホームレス問題の支援

ガガは貧困やホームレス問題を支援するニューヨークのチャリティー団体、ロビンフッド財団と手を組み、ソーシャル・メディアにページを立ち上げ、100万ドル(約8200万円)の寄付を募った。その後、ガガは自身のFacebookページを使い、貧困やホームレス問題を支援する慈善団体へのお金の分配金額について意見を集めた。ガガは「ロビンフッド財団と協力して、ニューヨークの若者を支援するための資金を提供できることにワクワクしています。ニューヨークは私の生まれ育った街で、このような子供たちの未来のためにお金を投資することは、大きな効果があると思います。」とコメントし、2011年5月9日、ロビンフッド財団のチャリティーコンサート『2011 Robin Hood Foundation Annual Gala』(2011ロビンフッド財団アニュアル・ガラ)のステージに立った。また、2011年10月1日にニューヨークで開催されたロビンフッドのチャリティコンサート&スティング: 25周年記念/60歳バースデーコンサートにも参加した。

東日本大震災の復興支援

2011年3月11日に発生した東日本大震災に対し、ガガは即座に「WE PRAY FOR JAPAN 日本の為に祈りを」とデザインしたブレスレットを作成し販売。「収益はすべて日本に寄付する。モンスターたちよろしく」と自身のツイッターでコメントした。その後ブレスレットは2週間で1億2000万円以上売り上げ、全額寄付された[115][116]。さらにチャリティー以外で個人的にも1億2000万円寄付したことを明かした[117]。また、ガガやU2エルトン・ジョンクイーンなど38組のトップアーティストの楽曲が収録されたチャリティーアルバム『SONGS FOR JAPAN』が世界18ヵ国のiTunesチャートで1位を獲得した[118]。そして3月26日にガガは「アイシテイマス」と日本にビデオメッセージを送った[119]。日本記者のインタヴューでも「日本のファンとは強い絆を感じる。だからニュースを観るのが辛かった。何かを口にするより、まず行動すべきだと思った」とコメントし、再び日本で歌うことを約束した[120]。 そして2011年6月21日、多くの海外スターが来日をキャンセルする中、ガガは4回目の来日を果たした。放射能は怖くないのかという質問に「平気よ。世界のみんなに日本という美しい国を見てほしいわ」と語った。ガガは10日間の滞在で多くのメディアに出演し、記者会見では自身の手書きで「日本の為に祈りを」と書かれたティーカップに口紅の跡を付け、オークションに出品した。売り上げは全額震災の寄付に充てられる。このカップは宮城県大崎市在住の歯科医師・弓哲玖が落札し、弓によって2013年2月に宮城県に寄贈された(弓は寄贈の翌日に死去)。同年5月1日から6月30日までの予定で同県多賀城市東北歴史博物館(宮城県立)で展示されている。今後は保存処理を行い、他施設への貸出も行う予定である[121]。また、ジョン・V・ルース駐日米大使から「よく来てくれた」と感謝され、日本政府からは震災支援に対して観光庁長官感謝状と福島の玩具「起き上がり小法師」がプレゼントされた。ガガは涙を流し小法師にキスすると「本当はこんなもの(感謝状)、いらないの。だって私の日本への愛は無償のものだから。でもこの感謝状は一生大切にするわ」と語った。復興支援イベントの「MTV VIDEO MUSIC AID JAPAN」では、日本が苦境から脱出することをイメージした蜘蛛の巣パフォーマンスを行った。ガガは次の訪問地の台湾へ出発の際、菅直人総理大臣(当時)からガガをイメージした緑色のバラをプレゼントされ「この名誉をありがとう。日本への支援は継続的に行っていきます」とコメントした[122][123][124][125]。その後2011年12月21日にガガは5度目の来日をし、ミュージックステーションスーパーライブに出演した[126]

収入と支出

2010年、ロシア人の億万長者でガガの熱狂的なファンの男性が、ガガのミュージックビデオに一緒に出演するために用意した100万ドル(日本円で約9000万円)をガガは受け取り、この男性はアルバム『ザ・モンスター』の収録曲「アレハンドロ」のミュージックビデオで黒の革のコートと帽子を着用した警官役で登場した[127]。2010年7月、ガガは、カリフォルニアの高級住宅地ベル・エアにある豪邸に、家賃月225万円の賃貸で入居した。借りているこの邸宅は敷地面積が1エーカー(約4047平方メートル/約1226)あり、ハリウッド太平洋が見渡せる場所にあるという。ただし、こうした高い家賃を払っているものの、ガガは2011年4月までコンサートツアーに出ており自宅に戻ることはほとんどない、とされた。(なお、邸宅の推定価格は500万ドル、日本円で約4億5000万円)。(BANG Media International調べ)[127]。2010年7月、経済誌フォーブス誌が2009年6月から2010年の6月の1年間で「最も稼いだ30歳未満のセレブリティ12人」を発表し、ガガは6,200万ドル(日本円で約55億8,000万円)を稼いで3位にランクインした[128]ビルボード誌による「2010年米音楽業界で最も稼いだアーティスト」ではガガの年収はおよそ25億であり、ボン・ジョヴィテイラー・スウィフトポール・マッカートニーといったアーティストを抑えて第1位であったことが発表された[129]

2011年1月、フォーブス誌がガガの2011年の所得は1億ドル(日本円で約83億円)を超えるであろうと大胆予想をした。ガガは2010年の『The Monster Ball Tour』だけで6300万ドル(日本円で約52億円)を稼いでいるが、2011年の2月から同ツアーが再開されるほかに高額なCM出演料と5月にはニューアルバム『Born This Way』のリリースも控えているために2010年の所得額を上回ると予想されるとした。フォーブスは、アルバムの『Born This Way』関連でガガは1000万ドル - 1500万ドル(日本円で約8 - 12億円)の所得を得るだろうと予想した[130]。2011年3月、パレード誌が前年の稼ぎを発表する「第28回最も稼いだ人々」を発表し、ガガは6200万ドル(日本円で約51億円)を稼ぎ、7位にランクインした[131]。2011年5月、フォーブス誌が毎年発表している「世界で最も影響力のあるセレブ100人」で、2011年はガガが1位に選ばれたと発表した。(このランキングはトム・クルーズとアンジェリーナ・ジョリーがそれぞれ1位になった2006年と2009年を除くと、オプラ・ウィンフリーが2005年から1位をほぼ独占してきたが、2011年は2位落ちの結果になった)[132]。2011年6月、フォーブス誌が「最も稼いでいる30歳未満のセレブ」を発表し、2010年の5月からの1年間で9,000万ドル(日本円で約72億円)を稼ぎトップに輝いた。これは22カ国137公演のコンサート、1,500万枚のアルバム売り上げから算出された数字だという[133]

上記のように「ガガが稼いでいる」との報道がしばしばされているが、実際にはツアーの諸費用PV制作費、衣装代金義捐金などを差し引くと実は大赤字だということをガガ自ら暴露したことがある。2009年からスタートしたThe Monster Ball Tourはツアーの前半ではすでに破産状態で、ガガが関係者に「何で私がお金が無いって言いふらしてるの! 私はナンバー1シングルが5枚もあるのよ! お金が無いわけないじゃない!」と言うと「ガガ、あなたは今借金が300万ドル(約2億4600万円)もあるのよ」と返されたという[134]

ディスコグラフィ

ツアーでステージ上に立つガガ

シングル

公式シングル

プロモーション・シングル

アズ・フューチャード・アーティスト

アルバム

スタジオ・アルバム

コンピレーション・アルバム

EP

シングル売り上げTOP5

ツアー

賞歴

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ US Copyright Law. “Germanotta,Stefani Joanne Angelina”. 2009年3月31日閲覧。
  2. ^ a b Birchmeier, Jason. “Biography” (英語). オールミュージック. 2009年1月13日閲覧。
  3. ^ Thrills, Adrian (2008年1月9日). “Why the world is going gaga for electro-pop diva Stefani” (英語). Daily Mail. Mail Online. 2009年1月12日閲覧。
  4. ^ Powers, Nicole (2008年7月23日). “Lady Gaga :: The Fame” (英語). URB. 2009年2月20日閲覧。
  5. ^ レディー・ガガ ユニバーサル・ミュージック 2009年5月28日閲覧。
  6. ^ シネマトゥディ映画ニュース2011.7.13「レディー・ガガ、豪シドニーの名誉市民に!同性愛者支援が授与理由」参照。
  7. ^ “Spotted: Lady Gaga Celebrates Success In Los Angeles”. MTV News. (2010年12月8日). http://newsroom.mtv.com/2010/08/12/lady-gaga-los-angeles/ 2011年8月5日閲覧。 
  8. ^ cocoperez (2009年9月8日). “Lady GaGa Loves Her Some Junko Shimada” (English). 2010年2月6日閲覧。
  9. ^ “Lady Gaga makes Time's 'most influential' list”. BBC News. (2010年4月30日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/8653361.stm 2010年4月30日閲覧。 
  10. ^ http://www.time.com/time/specials/packages/completelist/0,29569,1972075,00.html
  11. ^ “レディー・ガガ Twitterのフォロワー数で世界一に”. アメーバニュース. (2010年8月30日). http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20100830/Ameba_79151.html 2013年1月25日閲覧。 
  12. ^ “J・ビーバー、ツイッターのフォロワー数で首位に ガガを抜く”. CNN.co.jp. (2013年1月23日). http://www.cnn.co.jp/tech/35027245.html 2013年1月24日閲覧。 
  13. ^ a b Warrington, Ruby (2009年2月22日). “Lady Gaga: ready for her close-up”. Sunday Times. The New York Times Company. 2009年2月22日閲覧。
  14. ^ ビルボード (2008年1月8日). “Chart Beat: Lady GaGa, Luis Fonsi, Taylor Swift, 'Purple Rain'” (英語). 2009年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月30日閲覧。
  15. ^ Lady Gaga: ready for her close-up” (英語). サンデータイムズ (2009年2月22日). 2009年3月30日閲覧。
  16. ^ a b c d e f Lady GaGa: the future of pop?” (英語). サンデータイムズ (2008年12月14日). 2009年3月30日閲覧。
  17. ^ a b c d ユニバーサルミュージック. “LADY GAGA / レディー・ガガ”. 2009年1月25日閲覧。
  18. ^ Lady GaGa: the future of pop?”. TIME SONLINE (2008年12月14日). 2009年1月25日閲覧。
  19. ^ http://www.ladygagajapan.com/2011/05/20/lady-gaga-japan-7462
  20. ^ 大ブレーク中の歌手レディ・ガガ 「私は元ストリッパー」と赤裸々告白”. サイゾーウーマン (2009年3月). 2009年4月6日閲覧。
  21. ^ a b Rose, Lisa. “Lady Gaga's outrageous persona born in Parsippany, New Jersey”. The Star-Ledger. http://www.nj.com/entertainment/music/index.ssf/2010/01/lady_gaga_her_outrageous_perso.html 2010–01–23閲覧。 
  22. ^ About.com (2008年6月10日). “Lady Gaga Interview - Interview with Lady Gaga”. 2009年1月25日閲覧。
  23. ^ “エイコン、レディー・ガガの成功は「努力の賜物」”. MTV JAPAN. (2009年10月5日). http://www.mtvjapan.com/news/music/16371 2009年10月2日閲覧。 
  24. ^ Lady Gaga - The Fame” (英語). aCharts.us. 2009年8月9日閲覧。
  25. ^ 2009年06月第1週の邦楽アルバムランキング情報”. オリコン. 2009年8月9日閲覧。
  26. ^ a b レディー・ガガ:ザ・フェイム ユニバーサル・ミュージック 2009年5月28日閲覧。
  27. ^ “第51回グラミー賞ノミネート [D&S編]”. HMV. (2009年2月9日). http://www.hmv.co.jp/en/news/article/812040131 2009年6月9日閲覧。 
  28. ^ “HOT100チャートで2曲目の1位獲得”. エンタメニュース (ANAP). (2009年5月27日). http://www.anapnet.com/ent/21247 2009年5月28日閲覧。 
  29. ^ Billboard (2009年4月2日). “Lady GaGa Scores Hot 100 Milestone With 'Poker Face'”. 2009年4月3日閲覧。
  30. ^ “全欧アルバム・チャートで首位ならず”. エンタメニュース (ANAP). (2009年6月26日). http://www.anapnet.com/ent/22523 2009年8月9日閲覧。 
  31. ^ “これまでにUKで最もダウンロードされた曲トップ10”. BARKS. (2009年9月7日). http://www.barks.jp/news/?id=1000052805 2012年9月23日閲覧。 
  32. ^ International Pop Star Lady Gaga Set to Tour With New Kids on the Block” (英語). ロイター (2008年10月3日). 2009年1月8日閲覧。
  33. ^ NEW KIDS ON THE BLOCK :: ニュー・キッズ・オンザ・ブロック”. MSN エンターテイメント. ユニバーサル・ミュージック. 2009年9月24日閲覧。
  34. ^ 2009 Single Accreditatios” (英語). オーストラリアレコード産業協会 (2009年3月31日). 2009年4月30日閲覧。
  35. ^ New Zealand Gold/Platinum Singles”. ニュージーランドレコード産業協会. Radioscope (2009年3月24日). 2011年8月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年5月26日閲覧。
  36. ^ LADY GAGAが「Billboard」にて歴史的な快挙を達成”. bounce.com. タワーレコード (2009年7月14日). 2009年8月9日閲覧。
  37. ^ VIBE-NET.COM (2009年5月29日). “Lady Gaga 『ローリング・ストーン』誌で大胆ヌードを披露!”. 2009年7月24日閲覧。
  38. ^ “The Rolling Stone 2009 Hot List”. ローリング・ストーン. (2009年5月28日). http://www.rollingstone.com/news/story/28455332/the_rolling_stone_2009_hot_list 2009年5月29日閲覧。 
  39. ^ “レディー・ガガ&ダンカン・ジェイムスの衝撃の告白”. ELLE. (2009年7月1日). http://www.elle.co.jp/fashion/feature/celeb09_0731/gossip3 2009年9月24日閲覧。 
  40. ^ “レディ・ガガとのコラボで注目のワーレイ、発売決定。”. notrax. (2009年7月8日). http://notrax.jp/news/detail/0000006890.html 2009年9月24日閲覧。 
  41. ^ “MTV Video Music Awards 2009 全ノミネート作品リスト”. MTV JAPAN. (2009年8月5日). http://www.mtvjapan.com/news/music/16092 2009年8月9日閲覧。 
  42. ^ “VMA 2009 ビヨンセとレディー・ガガが最多ノミネート!”. MTV JAPAN. (2009年8月5日). http://www.mtvjapan.com/news/music/16093 2009年8月9日閲覧。 
  43. ^ “MTV VIDEO MUSIC AWARDS 2009 全受賞作品リスト”. MTV JAPAN. (2009年9月14日). http://www.mtvjapan.com/news/music/16296 2009年9月24日閲覧。 
  44. ^ ビヨンセとレディー・ガガが『ビルボード』誌が選ぶ最もパワフルな女性ミュージシャンに”. TimeWarp (2009年10月2日). 2009年10月5日閲覧。
  45. ^ [CD] ザ・フェイム モンスター・エディション (仮) [5万枚限定盤]”. Neowing. 2009年10月5日閲覧。
  46. ^ ザ・フェイム:-モンスター・エディション- [Limited Edition]”. Amazon.co.jp. 2009年10月5日閲覧。
  47. ^ Fame: Monster Edition”. HMV. 2009年10月5日閲覧。
  48. ^ 村上ひさし (2009年10月5日). “レディー・ガガ、コントでマドンナと対決&新曲披露!”. MySpace. http://news.jp.myspace.com/NewsArticles/4527.aspx 2009年10月5日閲覧。 
  49. ^ a b Fowler, Brand (2009年10月12日). “Kanye Who? Lady Gaga Teams Up With President Obama”. E! Entertainment Television (E! Online). http://www.eonline.com/uberblog/b148428_kanye_who_lady_gaga_teams_up_with.html 2009年12月12日閲覧。 
  50. ^ Zak, Dan (2009年10月12日). “For Gay Activists, The Lady Is a Champ”. The Washington Post (The Washington Post Company). http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/11/AR2009101101892_2.html?hpid=topnews&sid=ST2009101101924 2009年12月12日閲覧。 
  51. ^ Release, Press (2009年10月8日). “Lady Gaga Returns With 8 New Songs on 'The Fame Monster'”. Yahoo! Finance (Yahoo!). http://www.prnewswire.com/news-releases/lady-gaga-returns-with-8-new-songs-on-the-fame-monster-63780227.html 2009年10月9日閲覧。 
  52. ^ Lady Gaga - Bad Romance world charts”. acharts.us. 2009年11月17日閲覧。
  53. ^ Vena, Jocelyn (2008年12月8日). “Lady Gaga Performs For The Queen Of England”. MTV. 2009年12月15日閲覧。
  54. ^ a b List of Grammy winners - CNN.com
  55. ^ http://www.billboard.com/news/lady-gaga-beyonce-match-mariah-s-record-1004075160.story#/news/lady-gaga-beyonce-match-mariah-s-record-1004075160.story
  56. ^ “Lady Gaga and jilted producer drop legal dispute”. Reuters (Thomson Reuters). (2010年9月10日). http://www.reuters.com/article/idUSTRE6895NZ20100910 2010年9月11日閲覧。 
  57. ^ Kooch, Eileen (2010年3月26日). “Lady Gaga becomes a 'billion-hit' artist”. BBC (BBC Online). http://www.bbc.co.uk/worldservice/news/2010/03/100326_lady_gaga_billion_hits.shtml 2010年4月19日閲覧。 
  58. ^ “Lady Gaga makes Time's 'most influential' list”. BBC News. (2010年4月30日). http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1972075_1972078_1972195,00.html 2010年4月30日閲覧。 
  59. ^ “レディー・ガガ、新曲はマドンナのお墨付き”. MTV JAPAN. (2011年2月16日). http://www.mtvjapan.com/news/music/18788 2011年6月1日閲覧。 
  60. ^ “レディー・ガガ、作曲中の大麻吸引を堂々告白!インスピレーションを与えてくれる!?”. シネマトゥデイ. (2011年2月16日). http://www.cinematoday.jp/page/N0030416 2011年6月1日閲覧。 
  61. ^ http://www.ladygagajapan.com/2011/04/19/lady-gaga-japan-6026
  62. ^ レディー・ガガ韓国公演が18禁に…「淫乱文化を助長」=韓国”. サーチナ (2012年4月2日). 2012年5月14日閲覧。
  63. ^ “インドネシア:ガガさん公演「不許可」 警察「イスラムに反する」”. 毎日新聞. (2012年5月16日). http://mainichi.jp/enta/news/20120516ddm007030156000c.html 2012年5月16日閲覧。 
  64. ^ 『LADY GAGA初の香水「FAME」 世界に先駆け原宿で販売』 2012年7月12日 Fashionsnap.com
  65. ^ 『レディー・ガガ初プロデュースの香水「LADY GAGA FAME」 世界初登場 』 2012年7月12日 アパレルウェブ
  66. ^ 『LADY GAGAの黒い香水原宿に世界初登場 発売初日300名が列』 2012年8月1日 Fashionsnap.com
  67. ^ Symonds, Alexandra. “Lady GaGa: "Grace Jones, Androgynous, Robo, Future Fashion Queen"”. Prefix Magazine. 2009年7月11日閲覧。
  68. ^ Herrera, Monica (2010年6月10日). “Lady Gaga 'Alejandro' Video Premieres, Channels Vintage Madonna”. Billboard. 2010年7月9日閲覧。
  69. ^ McCormick, Neil (2011年2月11日). “Is "Born This Way" the gayest song ever?”. The Daily Telegraph (London: Telegraph Media Group). http://blogs.telegraph.co.uk/culture/neilmccormick/100051388/lady-gaga-is-born-this-way-the-gayest-song-ever/ 2011年2月12日閲覧。 
  70. ^ Vaziri, Aidin (2009年12月14日). “Music review: Lady Gaga vamps. Sings, too”. San Francisco Chronicle (Frank J. Vega). http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2009/12/14/DDFF1B3VGA.DTL&type=music 2009年12月15日閲覧。 
  71. ^ THR staff (2011年2月15日). “Lady Gaga: Madonna Approves 'Born This Way'”. Hollywood Reporter. 2011年7月27日閲覧。
  72. ^ Petridis, Alexis (2009-01-09), “Film & Music: Rock & pop: reviews: All you'll hear is Radio GaGa: Pop doesn't have to be clever or original - which is good news for Lady GaGa, says Alexis Petridis: Lady GaGa: The Fame: 3 stars: (Interscope) pounds 10.76”, The Boston Globe, ISSN 02613077 
  73. ^ “Lady GaGa: the future of pop?”, The Sunday Times, (December 14, 2008), http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/music/article5325327.ece?token=null&offset=0&page=1 August 9, 2t009閲覧。 
  74. ^ Rodman, Sarah (October 27, 2008), “Lady Gaga”, The Boston Globe, http://www.boston.com/ae/music/cd_reviews/articles/2008/10/27/lady_gaga/ 2009年8月9日閲覧。 
  75. ^ Sawdey, Evan (2009年1月12日). “Lady GaGa The Fame”. PopMatters.com. PopMatters Media Inc.. 2009年4月30日閲覧。
  76. ^ レディー・ガガ、マイケル・ジャクソン博物館を設立へ”. 2014年6月21日閲覧。
  77. ^ レディー・ガガ、マイケル・ジャクソンのネバーランドの株式取得を熱望。”. 2014年6月21日閲覧。
  78. ^ マイケル・ジャクソン、レディー・ガガとのコラボを希望していた”. 2014年6月21日閲覧。
  79. ^ Harris, Chris (2008年12月9日). “Lady GaGa Brings Her Artistic Vision Of Pop Music To New Album - And A New Kids Song”. MTV. MTV Networks Entertainment Group. 2009年1月8日閲覧。
  80. ^ Garcia, Cathy (2009年3月8日). “Lady Gaga Burning Up Album Charts”. Janmedia Interactive. Korea Times. 2009年3月10日閲覧。
  81. ^ Magsaysay, Melissa (2009年1月29日). “Is Lady Gaga Donatella Versace's doppelganger?”. Los Angeles Times. 2009年1月30日閲覧。
  82. ^ OK! (2008年12月31日). “GAGA: I'M THANKFUL FOR CHRISTINA”. 2009年4月6日閲覧。
  83. ^ デイリー・メール (2009年2月3日). “So who copied who? Lookalikes Lady GaGa and Christina Aguilera embroiled in style row”. 2009年4月6日閲覧。
  84. ^ VIBE-NET.COM (2009年6月16日). “Lady GaGa エイミー・ワインハウスとの差別化で金髪に!?”. 2009年7月24日閲覧。
  85. ^ 朝日新聞デジタル:千葉発 除染技術に注目-マイタウン千葉 吸着繊維は、東日本大震災後に激励のため来日した米人気歌手レディー・ガガの髪に似ているため、復興の願いを込めて「ガガ」と名付けた。
  86. ^ a b Setoodeh, Ramin (2009年9月3日). “Lady Gaga Will Rock the VMAs”. The Washington Post Company. Newsweek. 2009年9月6日閲覧。
  87. ^ Thomson, Graeme (2009年9月6日). “Soundtrack of my life: Lady Gaga”. Guardian Media Group. Guardian.co.uk. 2009年9月6日閲覧。
  88. ^ たい焼きでバンドが解散!? 愛すべき親日家セレブベスト5を発表!
  89. ^ 著名人の一言:レディー・ガガ”. ジャパンタイムズ. 2009年10月5日閲覧。
  90. ^ 英語の「write(r)」には作詞・作曲を行う(者)という意味もある。
  91. ^ ある時、右側にもタトゥーを入れようとしたら、父親に「クレイジーなのは左側だけにしてくれ(右側だけはノーマルにしておいてくれ)」と懇願されたという。Lady Gaga Tattoos Only On Left Side of Her Bodyも参照。
  92. ^ レディ・ガガ、慈善活動に貢献したセレブのランキングで2年連続1位に! 2011年12月29日 ムービーコレクション
  93. ^ “Lady Gaga Raises Money for Haiti Earthquake Victims”. TransWorldNews. http://www.transworldnews.com/NewsStory.aspx?id=171979&cat=0 2010年2月5日閲覧。 
  94. ^ Wilson, Benji (2010年4月10日). “Lady Gaga gets lippy: The pop star teams with Mac to raise Aids awareness”. Daily Mail. 2011年2月13日閲覧。
  95. ^ Segovia, Anj. “Cyndi Lauper and Lady Gaga raise HIV awareness”. THE DAILY INQUIRER. http://www.thedailyinquirer.net/cyndi-lauper-and-lady-gaga-raise-hiv-awareness/029350 2010年2月11日閲覧。 
  96. ^ Thomas, Matt. “Going Gaga”. fab Magazine. 2009年8月11日閲覧。
  97. ^ A fashion-forward diva is driving her fans gaga”. Philadelphia Inquirer (2009年3月25日). 2009年8月11日閲覧。
  98. ^ The Lady Gaga Talks 'The Fame'”. 247Gay.com. 2009年8月11日閲覧。
  99. ^ Vena, Jocelyn (2009年5月7日). “Lady Gaga On Success: 'The Turning Point For Me Was The Gay Community'” (英語). MTV.com. 2009年8月11日閲覧。
  100. ^ “レディー・ガガ、ゲイ・コミュニティーに感謝”. MTV JAPAN. (2009年8月17日). http://www.mtvjapan.com/news/celebrity/16144 2009年9月26日閲覧。 
  101. ^ ザ・フェイム』ライナーノートより
  102. ^ NewNowNext Awards”. 2009年8月11日閲覧。
  103. ^ 2008 Main Stage Line-Up”. 2009年8月11日閲覧。
  104. ^ Lady GaGa's wacky headgear almost knocks out chat show host Ellen DeGeneres”. Daily Mail (2009年5月13日). 2009年8月11日閲覧。
  105. ^ Lady Gaga's Shocking 2009 VMA Fashion Choices” (英語). MTV.com (2009年9月14日). 2009年9月19日閲覧。
  106. ^ http://www.sanspo.com/geino/news/110713/gnj1107130501000-n1.htm
  107. ^ http://www.b7f.org/blog/gossipscoop/12-22-2010-ladygaga/
  108. ^ http://celebrity.aol.jp/2011/06/21/lady-gaga-meat-dress-gay-rights-dadt/
  109. ^ “オバマ大統領の同性婚支持表明、レディー・ガガらセレブからも賛同の声”. シネマトゥデイ. (2011年5月11日). http://www.cinematoday.jp/page/N0042024 2012年5月24日閲覧。 
  110. ^ a b c d e レディー・ガガ、ツイッターでいじめ撲滅を訴え!14歳で自殺したゲイの少年のために立ち上がる!「いじめは、憎むべき犯罪行為」”. シネマトゥデイ (2011年9月22日). 2011年9月22日閲覧。
  111. ^ http://www.huffingtonpost.com/2011/09/22/lady-gaga-vows-to-make-bu_n_975852.html
  112. ^ a b abc NEWS (2011年). “Jamey Rodemeyer Suicide: Police Consider Criminal Bullying Charges”. 2011年9月22日閲覧。
  113. ^ CNN (2011年). “レディー・ガガさん、いじめ撲滅目指し「ボーン・ディス・ウェイ財団」設立”. 2011年11月3日閲覧。
  114. ^ MTV (2011年). “レディー・ガガ いじめ撲滅のために「ボーン・ディス・ウェイ財団」設立”. 2011年11月4日閲覧。
  115. ^ “【災害関連】レディー・ガガのチャリティー・ブレスレット、48時間で25万ドルを集める”. BARKS. (2011年3月16日). http://www.barks.jp/news/?id=1000068376 2011年3月18日閲覧。 
  116. ^ Lady Gaga Japan Earthquake Relief Wristband”. Shop the Lady Gaga Official Store. 2011年3月18日閲覧。
  117. ^ http://www.ladygagajapan.com/2011/04/05/lady-gaga-japan-5471
  118. ^ “世界のiTunes Store のトップは日の丸だらけに 全世界18か国で1位 「SONGS FOR JAPAN」”. シネマトゥデイ. (2011年3月27日). http://www.cinematoday.jp/page/N0031285 2011年6月1日閲覧。 
  119. ^ http://www.youtube.com/user/universalmusicjapan#p/c/0/NFESE4I3wyU
  120. ^ http://www.ladygagajapan.com/2011/04/05/lady-gaga-japan-5471
  121. ^ “ガガさんのカップ展示 東北歴史博物館、来月1日から”. 河北新報. (2013年4月29日). http://www.kahoku.co.jp/news/2013/04/20130429t15029.htm 2013年5月5日閲覧。 
  122. ^ “ガガ、感謝状に涙…長官にはキス!キス!キス!”. デイリースポーツ. (2011年6月24日). http://www.daily.co.jp/newsflash/2011/06/24/0004203277.shtml 2011年12月1日閲覧。 
  123. ^ “ガガ、 日本政府から感謝状「一生大事に」”. 映画.com. (2011年6月23日). http://eiga.com/news/20110623/16/ 2011年12月1日閲覧。 
  124. ^ “「あなたのリトルモンスター」菅首相、ガガさんに花束”. 朝日新聞. (2011年7月1日). http://www.asahi.com/politics/update/0701/TKY201107010456.html 2011年12月1日閲覧。 
  125. ^ “ガガ、 日本政府から感謝状「一生大事に」”. 映画.com. (2011年6月23日). http://eiga.com/news/20110623/16/ 2011年12月1日閲覧。 
  126. ^ “レディー・ガガ再来日! 12月23日放送『ミュージックステーションSPライヴ』に生出演決定!”. CDJournal. (2011年11月17日). http://www.cdjournal.com/main/news/lady-gaga/41597 2011年12月1日閲覧。 
  127. ^ a b “家賃は月額225万円!レディー・ガガが4億5,000万円の豪邸に賃貸で入居”. (2010年7月15日). http://www.cinematoday.jp/page/N0025626 2011年6月22日閲覧。 
  128. ^ “ビヨンセが30歳未満の最も稼いだセレブに!ブリトニー意外に2位でレディー・ガガは3位!-経済誌フォーブス”. シネマトゥデイ. (2010年7月28日). http://www.cinematoday.jp/page/N0025880 2012年12月1日閲覧。 
  129. ^ “レディー・ガガは年収25億円、2010年米音楽界で首位”. ゆかしメディア. (2011年2月14日). http://media.yucasee.jp/posts/index/6642 2011年6月1日閲覧。 
  130. ^ “Lady Gaga 今年の稼ぎは1億ドル!?”. VIBE. (2011年1月14日). http://www.vibe-net.com/news/?news=2005895 2011年5月20日閲覧。 
  131. ^ “2010年最も稼いだ人を発表!東日本大震災のチャリティ活動に励んでいるレディー・ガガは?”. MovieWalker. (2011年3月15日). http://www.news-gate.jp/2011/0315/5/ 2011年5月20日閲覧。 
  132. ^ “フォーブスの「世界のセレブ番付」、1位はレディー・ガガ”. MODE PRESS(AFPBB). (2011年5月19日). http://www.afpbb.com/fashion/7235672 2011年5月20日閲覧。 
  133. ^ “レディー・ガガ「30歳未満で最も稼いでいるセレブ」のトップに!25歳で年収約72億円-米フォーブス誌”. シネマトゥデイ. (2011年6月15日). http://www.cinematoday.jp/page/N0033058 2011年6月17日閲覧。 
  134. ^ “レディー・ガガ、派手すぎるコンサート・ツアーが大赤字なことを告白!”. シネマトゥデイ. (2011年5月30日). http://www.cinematoday.jp/page/N0032681 2011年6月1日閲覧。 

外部リンク