近藤真彦
| 近藤真彦 | |
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スーパーGTで監督を務める近藤真彦(2008年)
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| 基本情報 | |
| 出生名 | 近藤真彦 |
| 別名 | マッチ |
| 出生 | 1964年7月19日(47歳) |
| 学歴 | 大和市立渋谷中学校、明治大学付属中野高等学校定時制卒業。 |
| 出身地 | |
| 職業 | 歌手、俳優、レーシングドライバー、レーシングチーム監督、会社役員 |
| 活動期間 | 1979年 - |
| レーベル | RVC(現・Ariola Japan) (1980年 - 1984年) CBS・ソニー (1985年 - 1990年) ソニー・ミュージック (1991年 - ) |
| 事務所 | ジャニーズ事務所 |
近藤 真彦(こんどう まさひこ、1964年7月19日 - )は、ジャニーズ事務所所属の歌手、俳優、レーシングドライバーであり、同事務所の取締役でもある。血液型O型。身長170cm。ニックネームはマッチ(名付け親は事務所の先輩・松原秀樹)。 神奈川県横浜市瀬谷区出身、大和市育ち。大和市立渋谷中学校、明治大学付属中野高等学校夜間部卒業。同級生に野々村真、野村義男らがいる。
また、レーシングチーム「KONDO Racing」を運営する株式会社エムケイカンパニーの、代表取締役社長兼チーム監督としての顔も持つ。
目次 |
[編集] 参加ユニット
[編集] 来歴
[編集] タレント活動
1979年10月、TBSのドラマ、『3年B組金八先生』の生徒役でデビュー。同じく生徒役だった田原俊彦、野村義男とともに「たのきんトリオ」として活躍。
その後ソロ歌手デビューし、1980年代を代表する男性トップアイドルとして君臨し、ザ・ベストテンやザ・トップテンなどの歌謡番組を中心に活躍した。1981年、1983年のブロマイド年間売上成績で第1位を獲得。また、ファンによる数々の“親衛隊”も誕生。(事務所では「応援グループ」という呼び名で統一。親衛隊という言い方はさせなかった) そして、ステージ用の応援コールとして「G・U・T・Sこんどーまさひこアダルトタッチのセクシーボーイ ま~っさひ~こ~」というフレーズも作られた。また男性アイドルとしては珍しく、同年代の男性ファンも多く獲得、歌手活動と並行してテレビドラマや映画などで俳優としても活躍した。
2005年末にデビュー25周年を迎え、ソロとしては7年7ヶ月ぶりに新曲「挑戦者」をリリース(楽曲提供ロクセンチ)し、芸能界への復帰を宣言。復帰の第一弾として25周年記念ディナーショーを開催し、歌手としては約7年ぶりにファンの前に姿を現した(鹿児島、東京公演では少年隊がゲスト出演)。同年以降のジャニーズ年越しライブにもスペシャルゲストとして参加している。現在ジャニーズ事務所に所属するタレントでは一番の年長者である(自称ジャニーズの長兄。次兄は「少年隊」。少年隊に関して厳密なことを言うとメンバー最年長である錦織一清ということになる)。
2007年5月9日に発売されたLIVE DVDについては、映像作品では1987年3月30日付にビデオ『OH!ROCK'A MONO』で獲得して以来、実に20年2か月ぶりの1位獲得となった。2006年9月1日放送の「金曜エンタテイメント『内田康夫旅情サスペンス 岡部警部シリーズ~倉敷殺人事件~』(フジテレビ系)では「ドンウォリー!」以来のドラマ主演を務め、シリーズは2007年8月31日に第2弾として『~多摩湖畔殺人事件~』2008年9月5日に第3弾として『~十三の墓標~』が放送された。
ジャニーズの後輩達に関しては、「本来は同じ芸能界で活動するライバルなので厳しくしなければならないが、自分が一番の年長者で歳も離れているので、慕ってくればつい優しくしてしまう」と発言している。なお、親しい間柄の後輩は東山紀之、木村拓哉、堂本光一と雑誌で語った。東山や光一はマッチの曲(『アンダルシアに憧れて』など)を踊り付きでカヴァーすることがよくある。
芸能記者同士の座談会などで応対の良い有名人の一人に良くあげられている。その理由として、後述のレース活動が大きく影響しているからだといわれている。
ジャニーズ系タレントでは珍しくNHK歌謡コンサートやNHKのど自慢への出演経験がある。のど自慢への出演は1997年4月13日に石川県川北町の放送で出演した後、長らく出演が途切れていたが、2010年11月21日の放送(開催地は愛媛県松山市)で13年ぶりに出演した。
2011年、「3年B組金八先生ファイナル」にて「3年B組金八先生第4シリーズ」の第10話以来16年ぶりに「星野清」役として出演。
1回目のレコード大賞受賞に受賞を引き換えに母親の遺骨が墓から盗まれ、返してほしくば、受賞を辞退するよう脅迫される事件があり、マスコミに発表したのは、年明けから。現在も遺骨は返っていない。
[編集] レース活動
[編集] ドライバー
1984年に富士フレッシュマンレース第2戦(現・富士チャンピオンシップレース)に参戦(35400人の観客を動員)したのを皮切りに、「日本一速い男」の称号を持つレーサーの星野一義のもとでレース活動を始め、1988年から1993年にかけては全日本F3選手権に参戦した。94年には、フランスのルマン24時間耐久レースに初参戦、この年、全日本GT選手権で初優勝Pole to Winを飾る。その後、F3000フル参戦、Fニッポン、ル・マン、GT選手権などにも参戦した。
※ドライバーとしてのレース戦歴は以下のとおり
1988~1993年 全日本F3選手権シリーズ参戦 本格的レース活動を開始
1994年 ル・マン24時間耐久レース初参戦、全日本GT選手権 第3戦(初優勝 Pole to WIN)、第5戦(3位)
1995年 全日本F3000フル参戦、全日本GT選手権フル参戦 第5戦(優勝)、ル・マン24時間耐久レース(10位)
1996年 フォーミュラ・ニッポン参戦(シリーズ17位)、全日本GT選手権参戦
1997年 フォーミュラ・ニッポン参戦、全日本GT選手権参戦
1998年 フォーミュラ・ニッポン参戦、全日本GT選手権参戦
1999年 フォーミュラ・ニッポン第1,2,3戦、全日本GT選手権参戦、十勝24時間レース優勝、鈴鹿1000kmレース(3位)、参戦120戦達成
2000年 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン参戦、全日本GT選手権参戦、ル・マン 24時間レース参戦(8位)
2001年 全日本GT選手権参戦、ル・マン 24時間レース参戦
2002年 全日本GT選手権参戦、ル・マン 24時間レース参戦
2003年 ル・マン 24時間レース参戦 13位完走
2004年 鈴鹿1000Km耐久レース参戦
2006年 十勝24時間レース参戦(クラス3位)
2007年 十勝24時間レース参戦(クラス優勝)
2008年 十勝24時間レース参戦(クラス優勝)
[編集] オーナー兼監督
「KONDO Racing」も参照
1998年に、当時所属していた「チームTMS」の協力により、若手ドライバー育成を目的に「KONDO MASAHIKO RACING PROJECT」を設立して全日本F3選手権に1年間監督として参戦し、レーシングチームのノウハウを学んだ。そして2000年に自らのレーシングチーム「KONDO Racing」を設立し、フォーミュラ・ニッポンへの参戦を開始。2006年からSUPER GTへの参戦も開始した。
2007年にはSUPER GT第4戦(マレーシア・セパンサーキット)にて、KONDO Racingとしての初優勝を飾った。2008年もセパンサーキットで優勝し連覇を達成したのに続き、フォーミュラ・ニッポン第7戦(富士スピードウェイ)でも8年目にして初優勝を達成した。2009年は世界的な景気後退の影響を受けてフォーミュラ・ニッポンへの参戦は休止するが、SUPER GTには引き続き参戦した。SUPER GT第1戦(岡山国際サーキット)にて、豪雨を制し国内初優勝を飾った。2010年もSUPER GT第1戦鈴鹿サーキットで優勝し、開幕戦2連覇を達成した。フォーミュラ・ニッポンには第5戦から松田次生を擁して復帰した。
[編集] レース界での交友関係
レース界でも交友関係は広く、レーサーとしての近藤の師匠的存在である星野一義はもちろんのこと、土屋圭市や鈴木亜久里、脇阪寿一とは仲が良い。
またかつてのチームメイトとして片山右京、木下隆之、影山正彦、鈴木利男、竹内浩典など、監督とドライバーとしてエリック・コマス、佐藤琢磨、土屋武士、立川祐路、金石勝智、荒聖治、山本左近、横溝直輝といった面々とも仲がよく、交友関係は幅広い。2006年から監督としてのSUPER GT参戦が決まった際には星野や長谷見昌弘の同じ日産陣営の監督らに歓迎された。
その広い交友関係を生かし、2006年より東京・お台場で行われているモータースポーツジャパンでは、イベント全体のスーパーバイザーを務めている。
[編集] F1中継
フジテレビのF1中継(F1グランプリ)に1989年日本グランプリでレポーターとして登場し、数年間務めた。その後、2003年からF1中継のレギュラー解説者を務めている。
[編集] その他
- 「マッチ」という愛称は、近藤が3年B組金八先生にデビューした頃髪が短く(坊主頭と言われることもあるが、実際はスポーツ刈りに近い)、事務所の先輩の松原に「お前、マッチ棒みたいだな」と言われたことによる。[1]もっとも、レコードレビュー後の近藤は、一貫して髪を伸ばしており、一番短いときでも角刈りである。短髪を披露したのはは95年夏(同時期に『最後のラヴ・ソング』が発売されている)が最後である。
- 1981年に田原俊彦主演映画「グッドラックLOVE」の撮影中に、田原と共にその場にあった自転車を無断で乗り回し、撮影現地の警察に逮捕された。その事が報道された際、田原は20歳以上だった為実名で表記されたが、近藤は20歳未満だったため「少年A」と表記された。
- 1994年に一般人女性と結婚。その後、2007年10月8日に第一子となる男児が誕生。
- 2004年8月4日の午前和歌山県白浜町の白良浜沖でゴムボートから転落して溺れていた当時小学2年生の男児を近藤が水上バイクで近づいて「大丈夫だ、お兄ちゃん(=近藤)が助けてやる」と海に飛び込み救助[2]。近藤は名前も言わずさりげなくその場を去ったが、少年の父親は後で救助してくれた人物が近藤だったことを知った[3]。この事故の朝日新聞の見出しは自身の歌のタイトルから拝借された「人命救助さりげなく」であった。
- 2009年9月6日、第21回佐渡国際トライアスロン大会、Bタイプ(水泳2km・自転車105km・マラソン20km)に出場[4]。自転車で転倒、右肩甲骨骨折したが完走。7時間13分9秒、順位は、Bタイプ完走者661人中389位。
- 2010年4月18日開催の第26回全日本トライアスロン宮古島大会に参加し、13時間20分0秒で完走を果たした[5]。
- 2010年、NHK教育テレビ「いないいないばあっ!」むけに「GOGO☆パンダ」を作曲した。
- 趣味は自転車 ・ミニカー収集である。
- 自称「日本一の雨男」。特に花火大会を観に行こうとするとなぜか雨天中止になることが多いという。2010年8月に神宮外苑花火大会に出演した際も上空に雲が立ち込め開催が危ぶまれたほど(ただし雨は降らず、大会は無事開催された)[6]。また、2010年のF1日本GPの解説を務めるため、鈴鹿サーキットに赴いたが、豪雨によってレースの予選が中止になるというハプニングに遭遇した(この時すぽると!の取材で現場にいた国分太一を「雨男」と言ったが、すぐに自分のことを「雨男」と訂正して周囲の笑いを誘った)。
- 2010年3月26日に放送されたTBS「波瀾万丈スペシャル」では番組過去最高の19.9%瞬間最高は29.8%を記録し、今なお健在をアピールした。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
(※印はオリコン1位獲得曲)
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- タイアップはジャニーズ タイアップ一覧を参照
- レコード・CDレーベルは「永遠に秘密さ」までがRVC(現・Ariola Japan)で、「ヨイショッ!」からがCBS・ソニー(現・Sony Music Records)、更に「ざんばら」のみ歌詞の権利関係上ジャニーズ・エンタテインメントである。年間順位は各年30位以内のみ表示
- スニーカーぶる〜す(映画『スニーカーぶる~す』主題歌)(1980年12月12日)※
- ヨコハマ・チーク(1981年3月12日)
- 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
- 1981年度年間順位20位(オリコン)
- ブルージーンズメモリー(映画『ブルージーンズメモリー』主題歌)(1981年6月12日)※
- 作詞:松本隆・作曲:筒美京平
- 1981年度年間順位11位(オリコン)
- ギンギラギンにさりげなく(1981年9月30日)※
- 作詞:伊達歩・作曲:筒美京平
- 1981年度年間順位21位(オリコン)
- 第23回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞、第32回NHK紅白歌合戦出場曲
- 情熱☆熱風☽せれなーで(1982年1月7日)※
- 作詞:伊達歩・作曲:筒美京平
- 1982年度年間順位9位(オリコン)
- ふられてBANZAI(1982年3月31日)※
- 1982年度年間順位10位(オリコン)
- ハイティーン・ブギ(映画『ハイティーン・ブギ』主題歌)(1982年6月30日)※
- 作詞:松本隆・作曲:山下達郎
- 1982年度年間順位7位(オリコン)
- ホレたぜ!乾杯(1982年9月30日)※
- 1982年度年間順位26位(オリコン)
- 第33回NHK紅白歌合戦出場曲
- ミッドナイト・ステーション(1983年1月20日)※
- 1983年度年間順位23位(オリコン)
- 真夏の一秒(1983年4月27日)※
- 1983年度年間順位29位(オリコン)
- ためいきロ・カ・ビ・リー(1983年7月15日)※
- 第34回NHK紅白歌合戦出場曲
- ロイヤル・ストレート・フラッシュ(1983年11月1日)※
- 一番野郎(1984年3月1日)※
- ケジメなさい(1984年6月6日)※
- 作詞:売野雅勇・作曲:馬飼野康二
- 1984年度年間順位26位(オリコン)
- 第35回NHK紅白歌合戦出場曲
- 永遠に秘密さ(1984年9月13日)※
- ヨイショッ!(1985年2月13日)※
- 第36回NHK紅白歌合戦出場曲
- 夢絆(1985年6月5日)
- 大将(1985年10月21日)
- 日本歌謡大賞受賞
- 夢絆(1985年12月1日)12インチ
- 純情物語(1986年2月26日)
- 青春(1986年7月4日)
- 第37回NHK紅白歌合戦出場曲
- Baby Rose(1986年9月10日)
- 織田哲郎の曲をカヴァー
- 愚か者(1987年1月1日)
- 作詞:伊達歩・作曲:井上尭之
- 第29回日本レコード大賞受賞、第38回NHK紅白歌合戦出場曲
- さすらい(1987年6月11日)
- 泣いてみりゃいいじゃん(1987年9月18日)※
- 日本歌謡大賞受賞
- 1987 LIVE SINGLES(1987年12月9日)12インチ
- Made in Japan(1988年4月8日)
- あぁ、グッと(1988年9月14日)
- 作詞:康珍化・作曲:吉田拓郎
- 第39回NHK紅白歌合戦出場曲
- 夕焼けの歌(1989年2月3日)
- 作詞:大津あきら・作曲:馬飼野康二
- Just For You(1989年6月1日)
- いいかげん(1989年7月5日)
- アンダルシアに憧れて(1989年11月10日)
- 作詞・作曲:真島昌利
- 気ままにWALKIN'(1990年4月8日)
- Ho Ho Ho・・・(1990年7月12日)
- 好き(1990年10月24日)
- デスペラード-ならず者-(1991年7月19日)
- 無頼派(1991年12月12日)
- 少年のこころ(1992年5月21日)
- 北街角(1993年11月21日)
- 作詞:原真弓・作曲:馬飼野康二
- 最後のラヴ・ソング(1995年7月21日)
- ミッドナイト・シャッフル(1996年2月21日)
- 作詞:沢ちひろ・作曲:Joe Rinoie
- 日本テレビ系テレビドラマ銀狼怪奇ファイルOP
- 第47回NHK紅白歌合戦出場曲
- 愛はひとつ(1997年2月21日)
- KING and QUEEN(1998年5月20日)
- 作詞・作曲:CANNA
- 挑戦者(2005年12月14日)
- 上海慕情/情熱ナミダ(2007年1月24日)
- BANKA 〜男たちの挽歌〜(2008年12月23日)
- -MOTTO-(2009年12月13日)
- ざんばら(2010年2月22日)
- 第52回日本レコード大賞最優秀歌唱賞受賞
[編集] オリジナルアルバム
- Thank 愛 You(1981年3月5日)
- ギンギラギンにさりげなく(1981年12月16日)
- BANZAI(1982年7月18日)
- RISING(1983年4月1日)
- 嵐を呼ぶ男(1983年8月4日)
- WINNING(1984年1月1日)
- Shining(1984年8月1日)
- SUMMER IN TEARS(1985年8月1日)
- 名場面(1986年4月10日)
- DREAM(1986年12月12日)
- FOR YOU 抱擁(1987年11月25日)
- SUMMER COLLECTION(1988年7月1日)
- JAPAN(1988年11月2日)
- 夏のエアメール(1989年7月19日)
- KICKS(1989年12月12日)
- うそのない言葉 -THE TRUTH-(1990年11月10日)
- 無頼派(1991年12月21日)
- 綺麗 KI・RE・I(1992年12月12日)
- 北街角(近藤真彦のアルバム)]](1993年12月12日)
- GET BACK(1997年7月1日)
[編集] ベストアルバム
- THE MATCHY best song for you(1985年4月4日)
- 近藤真彦 THE BEST(1987年6月4日)
- By Your Request(1990年12月12日)新録音ベスト
- THE ROCK BEST(1996年11月21日)新録音ベスト
- MATCHY★BEST(2006年2月8日)
- MATCHY★BEST II(2007年2月7日)
[編集] サウンドトラック/その他
- 17バ-スデー(1981年7月19日)7インチシングル2枚組
- ブルージーンズメモリー(1981年9月5日)
[編集] ライブアルバム
- LIVE10th Anniversary' 90(1990年7月19日)
[編集] CD-BOX
[編集] トリビュート・アルバム
- MATCHY TRIBUTE 25th anniversary(2006年1月25日)
- ケジメなさい -
- 情熱☆熱風せれなーで - Low-Cuts feat. Lori Fine (COLDFEET) and GAKU-MC (from EASTEND)
- 夕焼けの歌 - SOPHIA松岡充
- ブルージーンズメモリー - 玉置成実
- アンダルシアに憧れて - アンダルシアユニット ~東山紀之・赤坂晃・堂本光一・今井翼~
- ミッドナイトシャッフル - 高橋瞳
- スニーカーぶる~す - スクービードゥー
- 愚か者 - ヘビメタサンダーズ ~マーティ・フリードマン + ROLLY + 鮎貝健~
- ハイティーン・ブギ - 吉村由美(PUFFY) *PUFFY, 2002
- ギンギラギンにさりげなく - グループ魂
[編集] MATCHY with O.A.I
- ヨイショ!'02 ~日本の皆さんホメていきまショー~(2002年5月22日)
[編集] MATCHY with QUESTION?
- 目覚めろ!野性(2008年1月23日)
- Question?とのコラボバンドユニット。
[編集] DVD
- '07 Valentine's Day in 武道館[2枚組](2007年5月9日)
- 近藤真彦ライブ 07.12.26-08.02.14[2枚組](2008年7月19日)
[編集] 主な出演作品
[編集] テレビドラマ
- 3年B組金八先生シリーズ(TBS) - 星野清 役
- 第1シリーズ(1979年 - 1980年)
- 第2シリーズ第13話「同窓会・贈る言葉」(1980年)
- スペシャル1「贈る言葉」(1982年)
- スペシャル3「小さな嘘」(1984年)
- スペシャル5「先生の暴力 生徒の暴力」(1986年)
- 第4シリーズ第11話「十五歳の母と父(2)」(1995年)
- スペシャル9「子供を救え! 大人達よ立ち上がれ」(1998年)
- ファイナル~「最後の贈る言葉」(2011年)
- ただいま放課後(1980年5月26日 - 1981年3月23日、フジテレビ)- 主演・岡田達也 役
- 走れ青春42.195キロ(1984年4月11日、テレビ東京)- 主演・真彦 役
- ニッポン親不孝物語(1985年4月12日~7月2日、日本テレビ)- 主演・高志 役
- マイフェアねーちゃん(1987年1月18日、TBS、東芝日曜劇場)
- 蛍たちの挽歌(1988年4月8日、フジテレビ)- 主演
- 逃亡者(1988年8月17日~12月16日、NHK)主演
- 大風呂敷(1989年4月10日、テレビ東京) - 主演・後藤新平 役
- 炎の挽歌(1989年5月12日、フジテレビ、男と女のミステリー)- 主演
- 私のカレは三代目(1989年11月27日、TBS、月曜ドラマスペシャル)- 主演
- ある外科医の告白(1990年11月19日、TBS、月曜ドラマスペシャル) - 主演
- 野望の国 嵐の章(1989年10月28日~12月23日、日本テレビ)- 主演・湊屋舟作 役
- 花燃える日日 青春航路(1990年2月17日~24日)
- 戦艦大和(1990年、フジテレビ、終戦45年ドラマスペシャル)
- なんだらまんだら(1991年10月16日 - 12月18日、フジテレビ) - 浜崎英雄 役
- 世にも奇妙な物語 「急患」(1991年、フジテレビ)- 主演
- 拝啓、男たちへ(2)会議が長くて(1992年、毎日放送、東芝日曜劇場) - 主演
- 夏の嵐!(1992年8月13日~9月24日、TBS) - 謙介 役
- 池中玄太83キロ さよならスペシャル(1992年10月6日、日本テレビ)
- おやじのヒゲ13(1992年、TBS、月曜ドラマスペシャル)
- 家族の物語(1993年1月4日~4月2日、TBS、花王 愛の劇場)
- 桃太郎侍II(1993年、テレビ朝日、春の時代劇スペシャル)
- 三匹が斬る!シリーズ!(1993年 - 1995年、テレビ朝日)- 吉良右近 役
- ニュー・三匹が斬る!(1993年12月23日 - 1994年6月2日)
- 痛快・三匹が斬る!(1995年4月6日 - 8月31日)
- 大忠臣蔵(1994年1月1日、TBS、TBS大型時代劇スペシャル)
- 大江戸風雲伝(1994年4月8日~7月15日、NHK、金曜時代劇)- 主演・青山信二郎 役
- ドンウォリー!(1998年4月14日 - 6月30日、関西テレビ)- 主演・吉岡慎太郎 役
- ヨイショの男「第7話」(2002年、TBS)
- 美空ひばり誕生物語 おでことおでこがぶつかって(2005年、TBS)- 杉山先生 役
- エンジン(2005年、フジテレビ)スタッフ(スーパーバイザー)※最終話特別出演
- 岡部警部シリーズ(2006年 - 2009年、フジテレビ)- 主演・岡部和夫 役
- 倉敷殺人事件(2006年9月2日、金曜エンタテイメント )
- 多摩湖畔殺人事件(2007年8月31日、金曜プレステージ)
- 十三の墓標(2008年9月5日、金曜プレステージ)
- シーラカンス殺人事件(2009年11月27日、金曜プレステージ)
- 恋して悪魔〜ヴァンパイア☆ボーイ(2009年7月7日 - 9月8日、関西テレビ) - カイト(ヴァンパイア)役
[編集] 音楽
[編集] 映画
- たのきんスーパーヒットシリーズ(1981年 - 1983年、東宝映画)
- 第1弾・青春グラフィティ スニーカーぶる〜す(1981年2月11日公開、【監督:河崎義祐】) - 主演・金沢昌也 役
- 第2弾・ブルージーンズメモリー BLUE JEANS MEMORY(1981年7月11日公開、【監督:河崎義祐】) - 主演・金田一真 役
- 第3弾・グッドラックLOVE(1981年12月20日公開、【監督河崎義祐】) - 準主演・北野徹 役
- 第4弾・ハイティーン・ブギ(1982年8月7日公開、【監督:舛田利雄】) - 主演・藤丸翔 役
- 第5弾・ウィーン物語 ジェミニ・YとS(1982年12月18日公開、【監督:河崎義祐】) - 準主演・柴田隼人 役
- 第6弾・嵐を呼ぶ男(1983年8月4日公開、【監督:井上梅次】) - 主演・国分良 役
- Love Forever(1983年8月4日公開、東宝)※友情出演
- エル・オー・ヴィ・愛・N・G(1983年12月24日公開、東宝) - 友情出演・海童征人 役
- 愛・旅立ち(1985年1月26日公開、東宝)- 主演・五代誠 役
- この愛の物語(1987年9月12日公開、松竹)- 大介 役
- 首領になった男(1991年、東映)- 小倉勇武 役
- 極東黒社会(1993年、東映) - 江口信久 役
- 川の流れのように(2000年、東宝)- 友情出演
[編集] 舞台
- 「森の石松」(1985年、大阪新歌舞伎座)史上最年少座長
- 「森の石松」再演(1986年、東京・明治座)
- 「坊ちゃん」(1987年、大阪新歌舞伎座)
- 「イダマンテ」(1988年、東京・中野サンプラザ、名古屋中日劇場)
- 「イダマンテ」再演(1989年、東京・中野サンプラザ)
- 「若親分」(1990年、大阪新歌舞伎座)
[編集] ラジオ
※すべて文化放送製作
- マッチとデート(1980年10月 - 1984年9月)
- 近藤真彦 ベストクルージングミュージック(1984年10月 - 1988年3月)
- 近藤真彦 出逢いから物語へ(1988年4月 - 1990年3月)
- 近藤真彦 SUNDAY MOTOR RADIO
- 近藤真彦 くるくるマッチ箱(2006年4月 - )
- 近藤真彦 くるまっち(2002年 - 2006年3月)
[編集] CM
- ハウス食品「ロッカッキー」(1980年 - )
- 「チョコフレークバー」
- ハウス食品「ククレカレー」(1981年 - )
- 1981年10月からは、ジャニーズ少年隊(錦織・植草・松原の3名)が共演した。
- 不二家 ハートチョコレート
- 大塚製薬「シーマックス1000」
- 松下電器産業(ナショナルブランド)「オーディオテープ」/「レコーディングステレオ jump」/「ステレオミニラジカセ ラブコール」
- 公共広告機構(現:ACジャパン)(1988年)
- 小西六(現:コニカミノルタ)「ピッカリコニカ・カラーハンディ」
- 日産自動車「マーチ」(初代K10型・1982年 - 1991年)
- ポッカコーポレーション「ポッカコーヒー・ファーストドリップ」
- サントリー「夕涼み生ビール」
- Olympic
- トヨタ自動車「カローラセダン/カローラフィールダー」(9代目・E120/E120G系)
- (セダン・2000年)(フィールダー・2000年)
- 首都高「山手トンネル(新宿線) - (池袋線)開通」(2007年12月)
- ケンタッキーフライドチキン「レッドホットウィング」(2009年)
- エイチ・アイ・エス(2009年10月8日 - )
[編集] 紅白歌合戦
- 第32回 (1981年) 「ギンギラギンにさりげなく」
- 第33回 (1982年) 「ホレたぜ!乾杯」
- 第34回 (1983年) 「ためいきロ・カ・ビ・リー」
- 第35回 (1984年) 「ケジメなさい」
- 第36回 (1985年) 「ヨイショッ!」
- 第37回 (1986年) 「青春」
- 第38回 (1987年) 「愚か者」
- 第39回 (1988年) 「ああ、グっと」
- 第47回 (1996年) 「ミッドナイトシャッフル」
[編集] 連載
- Safari 「近藤真彦のつれづれ遊び!」 (日之出出版)
[編集] 主なレース活動
[編集] 脚注
- ^ 関西テレビ『マルコポロリ!』 2010年5月13日放送分
- ^ 47NEWSサイト内“近藤真彦さんが人命救助 和歌山で小2男児を”. 2010年9月12日閲覧。
- ^ ZAKZAKサイト内“あっぱれ!マッチ名乗らず、海で少年を救助”. 2010年9月12日閲覧。
- ^ 佐渡国際トライアスロン大会
- ^ 全日本トライアスロン宮古島大会
- ^ マッチ熱唱!1万2000発花火と真剣勝負 - asahi.com・2010年8月20日
[編集] 関連項目
- 中森明菜
- たのきんトリオ
- モータースポーツ
- 日本人ドライバー一覧
- 小杉理宇造 - RVC時代のディレクター。現ジャニーズ・エンタテイメント代表取締役
- 片岡鶴太郎 - 近藤の物まねが持ちネタだった
- 黒柳徹子
- 森光子
- 新田純一
- メダカ
[編集] 外部リンク
- MK net circuit
- Johnny's net
- 近藤真彦 | Sony Music - ソニーミュージックによる近藤真彦のオフィシャルサイト
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