都はるみ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 都 はるみ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 北村 春美 |
| 別名 | ミヤコ |
| 出生 | 1948年2月22日(61歳) |
| 学歴 | 洛陽女子高等学校 |
| 出身地 | |
| ジャンル | 演歌 |
| 職業 | 演歌歌手、音楽プロデューサー |
| 担当楽器 | 歌 |
| 活動期間 | 1964年 - 1984年 1990年- |
| レーベル | コロムビアミュージックエンタテインメント |
| 事務所 | コロムビア音楽芸能 サンミュージック プロデュースハウス都 |
| 影響 | 美空ひばり、島倉千代子 |
| 公式サイト | miyakoharumi.net |
都 はるみ(みやこ はるみ、1948年(昭和23年)2月22日 - )は、日本の女性演歌歌手。本名・北村 春美(きたむら はるみ)。京都府京都市生まれ。レコード会社はコロムビアミュージックエンタテインメントに所属。所属事務所は「コロムビア音楽芸能」、「サンミュージックプロダクション」、「プロデュースハウス都」を経て再びサンミュージックに所属。
目次 |
[編集] 略歴
- 芸能好きの母親が、はるみが5歳の時から日本舞踊とバレエを習わせ、6歳の6月6日から母親自ら浪曲と民謡を教え始める。
- 洛陽女子高等学校中退。当時の学校長の話によればいきなり「歌手になります!」と言って中退したそうである。当時似たような若者は多く、そのうちの一人としか思っていなかったが意外に大成功した。在学当時から歌ばかり歌っていて成績はかんばしくなかったと言われている。
- 1964年、『困るのことヨ』で、デビュー。同年「アンコ椿は恋の花」が大ヒット、第6回日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得する。うなり声のような力強いこぶし回しや、声を震わせるような深いビブラートと繊細な歌唱法が独特で、幅広い表現力を持つ。昭和40年代~50年代にかけて数多くのヒット曲を生み、日本を代表する演歌歌手の一人となった。
- 1973年 「サンミュージックプロダクション」に移籍[1]。
- 1976年、『北の宿から』で第18回日本レコード大賞・FNS歌謡祭最優秀グランプリなど数々の音楽大賞を受賞する。
- 1980年、『大阪しぐれ』で第22回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。
- 1984年、人気絶頂で「普通のおばさんになりたい」と引退宣言(キャンディーズ引退時の有名な言葉を引用した)。この年の紅白歌合戦を最後に引退となる。ちなみに引退宣言のフレーズは都はるみ自らのものではなく、リポーターが都はるみとのインタビューで発言した台詞である。
- 1987年、音楽プロデューサーとして活動再開。新人女性演歌歌手大和さくら、キム・ヨンジャのプロデュースを担当する。
- 1989年、サンデープロジェクト(テレビ朝日)に「普通のおばさん代表」として登場。コメンテーター及びスポーツコーナーのレポーターを務めるが、この時期に美空ひばりの訃報に触れ、印象的なコメントを番組内で発表。これを機に歌手復帰を決心する。またこの年の紅白歌合戦に出場し、『アンコ椿は恋の花』を歌唱。引退後、丸5年ぶりのステージだったが、以前と変わらぬ歌声を披露し、復帰の声が一層高まる。
- 1990年、歌手復帰。従来の演歌にとらわれない幅広い作品も歌うようになる。
- 2004年、デビュー40周年を迎え、コンサートなど精力的な活動を続けている。
- 2008年、デビュー45周年を迎え、舞台・コンサートなど精力的な活動を続けている。個人事務所の社長で長年私生活でもパートナーであった中村一好が死去。
- 2009年、個人事務所のプロデュースハウス都から、古巣のサンミュージックプロダクションへ復帰することが発表された。
[編集] エピソード
- 当時西郷輝彦のマネージャーをしていた相澤秀禎は「アンコ椿は恋の花」が大ヒットし、「レコード大賞」に出演していた都を見て、今まで味わったことのない「気」、「オーラ」を感じ、是非ともマネージメントしたいと思ったという。都の母に毎晩電話するなどしてアプローチしこともあり、約9年後に都は相澤の「サンミュージック」に所属することとなった[1]
- これまでは、演歌の場合は“ちりめんビブラート”と呼ばれる細かく、振れ幅の狭いビブラートが主流だったが、彼女は長2度以上、4Hz前後のややゆっくりとした振れ幅が広いビブラートで歌い、聴衆に衝撃を与えた。彼女独特のビブラートの入れ方は、これ以降の演歌のみならず、シャンソン、アイドル歌謡、J-POP等にも大きく影響を与えた。
[編集] NHK紅白歌合戦出場歴
都はデビュー2年目の1965年第16回NHK紅白歌合戦で初出場。以降、1984年第35回NHK紅白歌合戦での引退まで、20回連続で出場した(その間、1976年には「北の宿から」の大ヒットを背景に、それまで美空ひばりと島倉千代子の独擅場となっていた紅組トリの座を、12回目の出場で初めて射止めた)。
1989年、初の2部制が敷かれた際に第1部(第40回の第1部は通常の歌合戦としては扱われておらず、いわば特別企画的な位置づけとなっている)に出演したのをきっかけに、歌手業に本格的復帰となった。その後も9年連続で紅白に出場していたが、通算で29回の出場となる1997年の第48回NHK紅白歌合戦が、現在最後の紅白出場となっている。翌1998年に紅白を辞退してからは一度も出演していない。なお紅白出場29回は、紅組歌手では島倉、和田アキ子 、石川さゆりに次ぎ4位である。
| 年度/放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1965年(昭和40年)/第16回 | 初 | 涙の連絡船 | 02/25 | 春日八郎 | |
| 1966年(昭和41年)/第17回 | 2 | さよなら列車 | 18/25 | 三田明(1) | |
| 1967年(昭和42年)/第18回 | 3 | 初恋の川 | 22/23 | 北島三郎(1) | |
| 1968年(昭和43年)/第19回 | 4 | 好きになった人 | 01/23 | 三田明(2) | トップバッター |
| 1969年(昭和44年)/第20回 | 5 | はるみの三度笠 | 22/23 | 北島三郎(2) | トリ前(1) |
| 1970年(昭和45年)/第21回 | 6 | 男が惚れなきゃ女じゃないよ | 18/24 | 布施明 | |
| 1971年(昭和46年)/第22回 | 7 | 港町 | 20/25 | 三波春夫 | |
| 1972年(昭和47年)/第23回 | 8 | おんなの海峡 | 19/23 | 橋幸夫 | |
| 1973年(昭和48年)/第24回 | 9 | 涙の連絡船(2回目) | 21/22 | 水原弘 | トリ前(2) |
| 1974年(昭和49年)/第25回 | 10 | にごりえの町 | 13/25 | 渡哲也 | |
| 1975年(昭和50年)/第26回 | 11 | 北の宿から | 22/24 | 北島三郎(3) | |
| 1976年(昭和51年)/第27回 | 12 | 北の宿から(2回目) | 24/24 | 五木ひろし(1) | 大トリ(1) |
| 1977年(昭和52年)/第28回 | 13 | しあわせ岬 | 23/24 | 森進一(1) | トリ前(2) |
| 1978年(昭和53年)/第29回 | 14 | なんで女に… | 23/24 | 森進一(2) | トリ前(3) |
| 1979年(昭和54年)/第30回 | 15 | さよなら海峡 | 22/23 | 北島三郎(4) | トリ前(4) |
| 1980年(昭和55年)/第31回 | 16 | 大阪しぐれ | 18/23 | 北島三郎(5) | |
| 1981年(昭和56年)/第32回 | 17 | 浮草ぐらし | 20/22 | 森進一(3) | |
| 1982年(昭和57年)/第33回 | 18 | 涙の連絡船(3回目) | 22/22 | 森進一(4) | トリ(2) |
| 1983年(昭和58年)/第34回 | 19 | 浪花恋しぐれ | 14/21 | 村田英雄 | (岡千秋と共演) |
| 1984年(昭和59年)/第35回 | 20 | 夫婦坂 | 20/20 | 森進一(5) | 大トリ(3) |
| 1989年(平成元年)/第40回 | 21 | アンコ椿は恋の花 | (※1) | (※1) | 第1部大トリ(1) |
| 1990年(平成2年)/第41回 | 22 | 千年の古都 | 29/29 | 森進一(6) | トリ(4) |
| 1991年(平成3年)/第42回 | 23 | 王将一代 小春しぐれ | 10/28 | 河島英五 | 第1部大トリ(2) |
| 1992年(平成4年)/第43回 | 24 | つくしんぼ | 24/28 | 谷村新司 | |
| 1993年(平成5年)/第44回 | 25 | おんなの海峡(2回目) | 25/26 | 森進一(7) | トリ前(5) |
| 1994年(平成6年)/第45回 | 26 | 古都逍遥(ことしょうよう) | 24/25 | 五木ひろし(2) | 大トリ(5) |
| 1995年(平成7年)/第46回 | 27 | 草枕 | 24/25 | 森進一(8) | トリ前(6) |
| 1996年(平成8年)/第47回 | 28 | 好きになった人'96(2回目) | 10/25 | 森進一(9) | 第1部大トリ(3) |
| 1997年(平成9年)/第48回 | 29 | 海峡の宿 | 22/25 | 細川たかし |
(注意点)
- 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。
- 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
- 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。
(※1)1989年の紅白第1部は紅白40年特別企画として行われたもので、通常の歌合戦とは異なる取扱いが為されており、曲順も男女交互という形ではなかったため、曲順・対戦相手の項は記載していない。
(※2)1996年の歌唱曲「好きになった人'96」は都の代表曲「好きになった人」をロックアレンジしたものであり内容は同一である為、「好きになった人」を紅白で2度披露していることとして「(2回目)」と記載した。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル(主なもの)
『アンコ椿は恋の花』『涙の連絡船』『北の宿から』『大阪しぐれ』『浪花恋しぐれ』の5曲がミリオンセラー(公称セールス)を記録している。
- 困るのことヨ
- アンコ椿は恋の花(1964.10.5)
- 涙の連絡船(1965.10.5)
- 好きになった人(1968.9.1)
- 北の宿から(1975.12.1)
- 歌いだしのメロディがショパンの『ピアノ協奏曲第1番』を連想させることで有名。オリコン1位を獲得。
- 大阪しぐれ(1980.2.1)
- 1981年度年間順位6位(オリコン)
- 浮草ぐらし(1981.1.1)
- ふたりの大阪(都はるみ・宮崎雅、1981.9.1)
- 浪花恋しぐれ(都はるみ・岡千秋、1983.5.21)
- 夫婦坂(1984.9.30)
- ふたりのラブソング(都はるみ&五木ひろし、1984.12.21)
- 小樽運河(1990.6.27 復帰シングル)
[編集] 出演
[編集] 映画
- 馬鹿っちょ出船(1965年)
- アンコ椿は恋の花(1965年)
- さよなら列車(1966年)
- 涙の連絡船(1966年)
- 北の宿から(1976年)
- トラック野郎 望郷一番星(1976年 東映)特別出演・都はるみ役
- 男はつらいよ 旅と女と寅次郎(1983年、松竹)
[編集] テレビ
- 銭形平次 第140話「春姿一番手柄」(1969年、フジテレビ)
- 明日の刑事 第32話「九十九里浜に散る女の涙」(1978年、TBS)
- 男と女のミステリー「カラオケスナック「あんこ椿」の事件簿」(1990年、フジテレビ)
- 女子刑務所東三号棟5(2003年、TBS)※慰問の本人役
- 笑っていいとも! テレフォンショッキング ゲスト(フジテレビ)
- 徹子の部屋(2007年9月6日 テレビ朝日)
- さんまのまんま(フジテレビ)
- 歌謡コンサート(NHK)
[編集] CM
[編集] パチンコ・パチスロ
- CR都物語(2005年)
- やったネ!はるみちゃんシリーズ(2007年)
[編集] 脚注
- ^ a b 相澤秀禎 『人気づくりの法則』(東洋経済新報社 1988年4月23日) ISBN 978-4492553091
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|
|
|
|
|

