ダンディ坂野

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ダンディ坂野
本名: 坂野賢一
生年月日: 1967年1月16日(42歳)
出身地: 日本石川県加賀市
血液型: AB
身長: 166cm
方言: 標準語
最終学歴: 石川県立大聖寺実業高等学校
芸風: 漫談
事務所: サンミュージックGET
活動時期: 1996年 - 現在
現在の代表番組: 大爆笑!!サンミュージックGETライブ
クイズ!ヘキサゴンII
過去の代表番組: おはスタ
完売劇場
配偶者: 既婚
公式サイト: 公式ブログ

ダンディ 坂野( - さかの、本名:坂野 賢一 - さかの けんいち、1967年1月16日 - )は、石川県加賀市出身のお笑いタレントである。血液型AB型。所属事務所サンミュージックGET2004年8月22日に入籍し、2009年7月7日に長女が誕生した。

目次

[編集] 人物

1996年大川興業の舞台『すっとこどっこい』でデビュー。テレビ埼玉の番組『パンドラ御殿』内のコーナー『探偵物集(ものたかり)』で松田優作に扮する寺田体育の日とギャグ対決をし、テレビに初出演した。でんでんの芸風を受け継いだため、第二電電とかけた『第二でんでん』が彼のキャッチフレーズであった。

様々な色のタキシードを常に着用し(ネタ以外では黄色のタキシードが多い)、粋なジョークで世の人を笑わせる。とはいうものの、そのジョークのほぼ全てがテーマに沿った駄洒落を連発するだけのものである。ジョークを言った後に苦し紛れでいう決め台詞「Get's!!(ゲッツ)」は若者の間で流行した。ただ、「面白くないネタを披露して、すべって気まずくなった空気の中で使う」のが本来のゲッツの使い方であり、ダンディ坂野の芸風である。しかし人気絶頂の時はしばしばすべるはずのネタがウケてしまい、彼を困惑させたという。

2002年以降のお笑いブームの火付け役となったNHK爆笑オンエアバトル』の第1回に出演し、合格している。番組初期の功労者であり出場回数も多いが、オンエア率(合格率)は約3割と低く、番組歴代最多のオフエア回数15回という不名誉な記録も持っている(後にHi-Hiも記録)。ただし、オフエアとなったネタも極端にKBが低いわけではなく、オンエア率の高い400KB台でオフエアになった時もあった。2000年6月放送分で当時の自己最高KBである393KBを記録したが、6位でオフエアになったため、司会の森下和哉アナウンサーに向かって「超ムカつく!」と嘆いた。ちなみに最高KBは453KBである。オンエア率の低さとは裏腹に番組の枠を超えて人気を博し、彼のブレイクはピン芸人ブームのさきがけとなった。

基本的にネタ芸人であり、お人好しな性格でフリートークが得意でないため、2003年をピークに人気が下降。唯一のレギュラー番組であった『3つのとびら』が2006年3月に終了して以降、テレビ出演の回数はめっきり減っていた。現在は月に数本の深夜番組や地方ローカルの番組、及びライブを主な活動の場としている。だが「アメトーーク」など全国ネット番組に「一発屋芸人」として出演する事も多くなってきており、完全にテレビから消えたわけではない。本人もそのキャラクターに徹しているようで、『たかじん胸いっぱい』(関西テレビ)に出演した際に「お笑いブームで残れないのは分かっていたし、ブレイクした時点で僕の中で何かが終わった気がした。これから頑張るより、一発屋芸人というキャラクターになろうと思った」と語っていた。

[編集] 逸話

  • 1998年10月10日放送の日本テレビ系の深夜番組新橋ミュージックホール」(よみうりテレビ制作)の マイナーなタレント芸人を紹介する企画に出演、ビートたけしと共演する。ブレイクの数年前であったが、当時から「ゲッツ!」等のギャグや芸風は確立されており、たけしから好評を得ていた。
  • アレックス・ラミレス東京ヤクルトスワローズ読売ジャイアンツ)が本塁打を打った際のポーズに、「ゲッツ!」のポーズが使われている。その為か島田紳助曰く2008年幼稚園児を笑わせなくてはいけない時がきて、ダンディは、ここは芸人として意地をみせねば、と、気負い込んで”ゲッツ!”というと、「あっ、ラミレスのまねだ。」と一蹴されてしまったというエピソードがある。また、ドランクドラゴン塚地武雅がやる一発ギャグに「100%の力でゲッツをする」というネタがある。
  • 2003年5月28日発売のシングルCD「OH! NICE GET's!!」はオリコンインディーズチャート1位を獲得。
  • 2003年9月ウルフルズの曲「ガッツだぜ!!」をパロディ化した「ゲッツだぜ!!」をリリースしたが、ウルフルズのファンなどからの抗議もあり、その年にブレークしたはなわテツandトモとそろっての紅白歌合戦の出場はならなかった。しかし綾小路きみまろと共に「応援」としての出場を果たした。
  • ブレイク時は10ヶ月間休み無しで早朝から深夜まで仕事をこなしていた。そのため2003年下半期にはプチ鬱になり、身体が追いつかなくなっていったとのこと。ただし、仕事が激減した今もまた若干憂鬱だそうである。(たかじん胸いっぱいより)
  • ブレイクするまで年齢を4歳若く発表していた(テツandトモにネタにされたことがある)。年下の若手芸人と共演する時に気を遣わせないためだったと理由をつけているが、某芸能事務所のタレント養成コースに数十万の授業料を支払ったあげくにカリキュラムを1年延長されて延長料金をとられるなど、ブレイク前には涙ぐましい努力を続けていた。
  • 金沢美術工芸大学彫刻科を卒業して上京」というガセネタが流れているが、実際は石川県立大聖寺実業高等学校卒業後にフリーターとなって金を貯めて上京。上京してからも10年ほどはマクドナルドでアルバイトをしていた。ブレイクするまでは、食費さえ出せば手軽に呼べるタレントだった。ちなみに、ブレイクによる多忙のため、マクドナルドのアルバイトは退職することになったが、ダンディ本人は「いつでも戻ってこられるように、アルバイトの籍は残っている」と語っている。
  • 同じ事務所に所属するカンニング竹山はテレビ番組で最近のダンディ坂野について聞かれた時、「ダンディが『もっと遅くにデビューすればよかった』と嘆いていた」と語った。これは自身がブレークしたことがきっかけになって若手お笑いタレントブームが到来してしまったことを指している。
  • ムーディ勝山とは色違いのタキシードの為、八代亜紀ムーディダンディと間違えられた。
  • 内村プロデュース』では、ネタ帳がプールに水没するという不運に見舞われた。
  • 最近では、野球の送りバントの構えで叫ぶ「二岡!」「江藤!」などの新ギャグの開発にも余念がない。しかし持ちネタのひとつ「ライドオン!」がレイザーラモンHGに流用され、苦渋を味わっている。「サンキュー・ノーベンバー」などのレアなギャグは、着ボイスとして聴くことができる。
  • 2006年6月、『笑っていいとも』内の私服姿のかっこ悪さで対決するコーナーで久々に全国放送の番組に出演した。対決相手は暫定チャンピオンの南海キャンディーズ山里亮太。坂野はかっこ悪い、似合ってないと言われるも、結局判定で山里に敗れ、一度のみの出演となる。
  • 2006年『イマだ!タレント再生工場 「ノムさん」』の企画を兼ねて元祖ムキムキマンと共にEXILEの新ボーカルオーディションに応募、一次予選で落選した。
  • 2006年12月のお笑い芸人大忘年会では師事する(事務所の先輩でもある)ブッチャーブラザーズの2人からの手紙が読み上げられ、ブレイク前の苦労話や励ましの言葉が記されていた。
  • 特捜戦隊デカレンジャー』に悪役として出演した際、役作りのためにヒーロー側のメインキャストとは極力話さないようにしていた。当時ブレイク中の彼に会えることを楽しみにしていたメインキャスト陣はそのことを残念がっていたという。
  • ブレイク前、劇団ひとりが「もしよかったら、俺の愚痴聞いてくれないかな」と言った際「いいよ」と笑顔で即答したことがある。(この模様はDVD「完売地下劇場REVENGE BASEMENT3 我流 BASEMENT4 天命」の天命のほうで見ることが出来る。)
  • 『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』で、カップ焼きそばを食べて銘柄を当てられる特技を披露。
  • 東京腸捻転等ライブでは一人コントを披露する事もある(ダンディNEWSなど)。漫談のイメージが強いためか、暗転直後に客席がざわめいたことがある。(DVD「完売地下劇場REVENGE BASEMENT9 奪取 BASEMENT10 混迷」より)
  • 2008年4月16日放送分の『クイズ!ヘキサゴンII』で司会者の島田紳助が、波田陽区の成績発表後と同時に、その日出演していた事務所の後輩の小島よしおに「ダンディも呼んだろか?」と発言、その日のうちに出演が決まる(ここで、ネタ終わりで見切れるダンディをカメラが追うという展開も提案された)。これがきっかけで翌週の23日放送分に初出演し、それ以降同番組に定期的に出演するようになる。ペーパーテストの成績は優秀で、初出演時は35点で5位だったが、2008年5月28日放送分では37点で3位となり、早抜けリレークイズ第1回答者に(同クイズでも山本モナラサール石井を抑えて最初の問題に正解した)。2008年8月13日放送分に6回目の出演にして、念願の1位を獲得した。2008年9月に小島よしお、波田陽区、金剛地武志の3人と共に一発屋2008というユニットを作ることになった。
  • ヘキサゴンIIで、緑の衣装が縄跳びクイズの跳躍エリアの緑と重なる、白い衣装がトモとスザンヌトモの衣装と重なった事を、それぞれ紳助に突っ込まれる。
  • 2008年3月22日に放送された『お笑いメリーゴーランド』の第1回放送では、何故か後輩である「小島よしおチーム」の一員として出演した(チーム内で芸歴が一番長い芸人がリーダーでなかったのはこのチームのみ)。また、2009年1月6日の第3回ではテツandトモ波田陽区猫ひろしと共に「一世風靡チーム」として出演した。
  • ヘキサゴンの縁で、紳助と食事に行く等の親交を持つ様になるが、紳助曰く「普段は面白くない」との事(紳助は嫌いな人とはトークでネタ振りを余りしない、余り喋らないという性格であり、ダンディを心配しての一種の愛情の裏返しとも取れる)。
  • 前述のカップ焼きそばの他レトルトカレーの種類を、味と匂いだけで当てることができる。『大爆笑!!サンミュージックGETライブ』でも特技として披露したことがある。
  • 近年頭髪が徐々に薄くなってきている。本人は「ハゲッツ!」等とネタにしている。

[編集] 出演

[編集] テレビ

現在の出演番組
過去の出演番組

[編集] ラジオ

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[編集] 映画

[編集] テレビドラマ・特撮

[編集] CD(シングル)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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