小林旭

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小林旭
基本情報
別名 マイトガイ
出生 1938年11月3日(75歳)
学歴 明治大学中退
出身地 日本の旗 日本
東京府東京市世田谷区
ジャンル 演歌歌謡曲
職業 歌手俳優
担当楽器
活動期間 1956年 - 現在
レーベル 日本コロムビア
日本クラウン
ポリドール
ソニーレコーズ

小林 旭(こばやし あきら、1938年昭和13年)11月3日 - )は、東京市世田谷区出身の俳優歌手である。身長180cm体重98kg血液型AB型[1]。特技は柔道五段、ゴルフ[1]。愛称は、マイトガイ

人物・来歴[編集]

子役を経て第3期日活ニューフェイスに合格。目黒高等学校を経て明治大学文学部中退。1956年昭和31年)、映画『飢える魂』でデビューした。1959年(昭和34年)公開の映画『南国土佐を後にして』で脚光を浴びる。以降、映画「渡り鳥」シリーズ、映画「旋風児」シリーズに主演。石原裕次郎らとともに日活の黄金時代を築く。しかし興行収入が石原主演作より上だった年もあったが、石原よりギャラは低かった。

1958年(昭和33年)、日本コロムビアより『女を忘れろ』で歌手デビューした。映画の『ギターを持った渡り鳥』、映画『銀座旋風児(ぎんざマイトガイ)』などの主題歌、挿入歌を歌い、ヒットさせる。また、「自動車ショー歌」(2005年平成17年)に放送されたアサヒビールの「カクテルパートナー」のCMソングはこの「自動車ショー歌」をアレンジした「カクパーショー歌」である)、「恋の山手線」などのコミックソング、「昔の名前で出ています」などの演歌も歌っている。これらの楽曲を独特の歌唱で歌いこなす姿から、総称して『アキラ節』と呼ばれることが多い。

1960年(昭和35年)頃に浅丘ルリ子と同棲したが、解消した[2]

美空ひばりと対談をしてから交際を始めるが、結婚はまだ考えていなかったにも関わらず、ひばりの意を汲んだ父親代わりの山口組三代目田岡一雄から強引に頼まれ拒めず、1962年(昭和37年)に結婚した[3][4]。結婚生活でひばりは懸命によき妻を演じようとし、女としては最高だったと徹子の部屋で述懐している。小林とひばりは、ひばりの母の反対で戸籍上は入籍していない事実婚で、戸籍上はひばりは生涯独身であった。1964年(昭和39年)に事実婚を解消。会見の2日前にひばり親子から頼まれた田岡が小林に「おまえと一緒にいることが、ひばりにとって解放されていないことになるんだから、わかれてやれや」と引導を渡され、逆らうことは出来なかったと自著で述べている[3][5]。記者会見は別々に開かれ、小林の会見には田岡と菱和プロ社長・嘉山登一郎が同席した[5]。小林は「本人同士が話し合わないで別れるのは心残りだが、和枝(ひばりの本名)が僕と結婚しているより、芸術と結婚したほうが幸せになれるのなら、と思って、理解離婚に踏み切った」と説明[5]。この「理解離婚」という言葉は当時流行語となった。また「未練はいっぱいある。皆さんの前で泣きたいくらいだ」と自身の本意でなかったと語っている。

1964年(昭和39年)、クラウンレコードへ移籍し、1967年(昭和42年)には女優青山京子と再婚した。

1970年(昭和45年)から1971年(昭和46年)に、すっかり客足の鈍った日活大映ダイニチ映配を発足させ、次々に作品を製作するも、両社ともども迷走し、多大なる赤字を被る。自らが主宰するアロー・エンタープライズが製作、そして主演し、得意のアクションを披露したテレビドラマ『ターゲットメン』などを含めた事業の失敗により、小林は14億円もの債務を背負う。

1972年(昭和47年)に東映入り。1973年(昭和48年)より映画『仁義なき戦い』シリーズの『仁義なき戦い 代理戦争』、『仁義なき戦い 頂上作戦』、『仁義なき戦い 完結篇』の武田明役で出演。1978年(昭和53年)、『多羅尾伴内』のリメイク作に主演した。シリーズ化する予定であったが、2作目が興行不振となり打ち切られた。1979年(昭和54年)にはヤンマー農業用トラクター「ヤンマーディーゼルトラクタ・YM2210」のテレビCMに出演した。

1977年(昭和52年)、発売から2年を経た歌『昔の名前で出ています』で、『第28回NHK紅白歌合戦』に初出場し、1996年平成8年)までに7回『紅白』に出場した。

1981年(昭和56年)ポリドールへ移籍し、1985年(昭和60年)に小林の大ファンでもあった大瀧詠一が小林のために書き下ろした(作詞は阿久悠)「熱き心に」がAGFのCMソングとしてヒットし、1986年(昭和61年)の『第37回NHK紅白歌合戦』に2回目の出場を果たす。2002年(平成14年)には大瀧の企画・監修による4枚組CDが発売された。

1988年(昭和63年)、『春来る鬼』で監督業に進出するも、興業不振となる。その後1992年(平成4年)『修羅の伝説』で俳優業に復帰する。

2004年(平成16年)、芸能生活50周年を記念し、石原裕次郎美空ひばりとのことなど、それまでの人生についてに綴った『熱き心に』を出版した。

2006年(平成18年)、本人をモチーフにしたパチンコ機「CR渡り鳥AKIRA」(藤商事)が登場した。

2007年平成19年)2月23日日本プロゴルフ協会(PGA)から、川上哲治羽佐間正雄らとともにPGA名誉会員(2006年に制定)に認定される。名誉という肩書きではあるが、実際にプロの試合に出て賞金を稼ぐことも可能である。プロとしてシニアツアーに2007年に1試合、2008年(平成20年)は4試合に出場したが、暴力団のゴルフコンペに参加したため、同年にPGA名誉会員の資格を辞退した[6][7]

2007年(平成19年)4月、自身のニックネームを冠したマイトガイレーベルという芸能制作会社を設立した。マイトガイレーベル第1弾CDとなる、本人の作詞・作曲による新曲「折紙人生」が、NHKラジオ深夜便』の7月から9月の「深夜便の歌」として採用される。また、同7月には大阪新歌舞伎座で舞台『無法松の一生』にて20年ぶりの座長公演を務めた。

エピソード[編集]

谷村新司は、小林が「渡り鳥シリーズ」でギターを爪弾く姿に憧れ、音楽活動を開始したという。

ある映画の撮影で、小林が崖から飛び降りる場面で代役のスタントマンが大怪我をした。病院に小林が見舞いに行くと病室から「痛てぇ痛てぇ」と聴こえてきたのを耳にして、以来スタントマンを用いずにアクションはすべて自分がやるものとした。

映画『南国土佐を後にして』の撮影では、主人公が博打においてダイスを振って縦一列に並べる場面があり、その撮影には何度も失敗するだろうと長巻のフィルムが用意されたが、小林はなんと二度目にして成功する。共演者の西村晃は驚きのあまりしばらく言葉が出なかったという。

東映に移籍した当初、既にスターであった小林をボコボコにしようと、志賀勝川谷拓三ピラニア軍団が殺気立っていた。それを感じた梅宮辰夫は、彼らの間に立ち、撮影の間はかち合わせないように苦労したという。

14億もの債務の一因として、ゴルフ場を経営したことも要因であった。自らもゴルフ好きだった小林は、「プロでも攻略に困るコースを作ろう」と乗り気だったが、それが災いして、客から敬遠されるゴルフ場となってしまった。そして、借金騒動の記者会見の際、とある記者から「そう言えば、小林さんは新曲が出てましたよね?」と問われ、それが『昔の名前で出ています』だったことから、ジワジワと人気が出だし、小林自身もキャバレー周りなどを拒まずに営業し、ヒット曲となって借金返済になったと、『いつみても波瀾万丈』で語っていた。

美空ひばりと結婚していたころ、一緒に清川虹子の自宅へ遊びに行き、そこには田岡一雄江利チエミ高倉健夫妻もいた[8]。酔った小林は高倉に自分の腕時計をプレゼントしようとしたが断られ、当時の小林は映画スターとして高倉より格上だったこともあり、出した以上は引けないから受け取ってくれと迫り、高倉を困らせてしまう[8]。「健さん、もらっとき。気にせんでええ。旭にはワイのをやるよってな」とその場にいた田岡が助け舟を出し、険悪になりかかった雰囲気を丸く収めてもらった[8]

出演[編集]

映画[編集]

  • 飢える魂 正・続篇(1956年、日活)※DVD発売
  • 孤独の人(1957年、日活)
  • 幕末太陽傳(1957年、日活)
  • 霧の中の男 (1958年、日活)
  • 南国土佐を後にして(1959年、日活)
  • ギターを持った渡り鳥 日活 滝伸次 1959.10.11
  • やくざの詩(1960年、日活)
  • 赤い夕陽の渡り鳥 日活 滝伸次 1960.07.01
  • 東京の暴れん坊 (1960年、日活)
  • 大草原の渡り鳥 日活 滝伸次 1960.10.12
  • 都会の空の用心棒(1960年、日活)
  • 都会の空の非常線(1961年、日活)
  • 太平洋のかつぎ屋(1961年、日活)
  • 惜別の歌(1962年、日活)
  • 俺は地獄の部隊長(1963年、日活)
  • 女の警察 (1968年、日活)
  • 唐獅子警察(1974年、東映)
  • あゝ決戦航空隊(1974年、東映) - 児玉誉士夫
  • 日本暴力列島 京阪神殺しの軍団(1975年、東映)
  • 青春の門(1975年、東宝)
  • 実録外伝 大阪電撃作戦(1976年、東映)
  • 広島仁義 人質奪回作戦(1976年、東映)
  • 青春の門 自立篇(1977年、東宝)
  • 多羅尾伴内(1978年、東映)
  • 多羅尾伴内 鬼面村の惨劇(1978、東映)
  • 修羅の伝説
  • 民暴の帝王
  • 修羅の群れ
  • 銀座旋風児シリーズ(日活)
    • 銀座旋風児(1959年)
    • 銀座旋風児 黒幕は誰だ(1959年)
    • 銀座旋風児 目撃者は彼奴だ(1960年)
    • 銀座旋風児 嵐が俺を呼んでいる(1961年)
    • 二階堂卓也銀座無頼帖 帰ってきた旋風児(1962年)
    • 風が呼んでる旋風児 銀座無頼帖(1963年)
  • 渡り鳥シリーズ(日活)
    • ギターを持った渡り鳥(1959年)
    • 口笛が流れる港町(1960年)
    • 渡り鳥いつまた帰る(1960年)
    • 赤い夕日の渡り鳥(1960年)
    • 大草原の渡り鳥(1960年)
    • 波涛を越える渡り鳥(1961年)
    • 大海原を行く渡り鳥(1961年)
    • 渡り鳥北へ帰る(1962年)
    • 渡り鳥故郷へ帰る(1962年)
  • 仁義なき戦いシリーズ(東映)

その他

テレビドラマ[編集]

CM[編集]

NHK紅白歌合戦[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1977年(昭和52年)/第28回 昔の名前で出ています 19/24 石川さゆり
1986年(昭和61年)/第37回 2 熱き心に 09/20 五輪真弓
1992年(平成4年)/第43回 3 さすらい 09/28 八代亜紀
1993年(平成5年)/第44回 4 あれから 20/26 小林幸子
1994年(平成6年)/第45回 5 熱き心に(2回目) 22/25 和田アキ子
1995年(平成7年)/第46回 6 腕に虹だけ 19/25 島倉千代子
1996年(平成8年)/第47回 7 北帰行 19/25 由紀さおり安田祥子

作品[編集]

シングル[編集]

日本コロムビア時代[編集]

  • 女を忘れろ/恋に賭ける男(1958年9月20日) 日活「女を忘れろ」主題歌
  • ダイナマイトが百五十屯/俺はこがらしさ(1958年11月15日) 日活「二連銃の鉄」主題歌
  • 真夜中の街角(1958年12月10日) B面はコロムビア・ローズ「すれちがいのブルース」
  • パパの歩いた道/いとしの恋人(1959年1月15日) 日活「嵐を呼ぶ友情」主題歌
  • ホロホロ東京(1959年3月15日B面) A面は島倉千代子「あの人は今日帰る」 雑誌「平凡」募集当選歌
  • 俺に逆らうな/ひとりぼっちの歌(1959年4月20日) 日活「俺は挑戦する」主題歌
  • 地獄船/出船追分(1959年5月1日) 日活「二連銃の鉄」主題歌
  • 十字路/ハイウェイの男(1959年7月15日)
  • 銀座旋風児/銀座の波止場(1959年9月20日) 日活「二階堂卓也 銀座無頼帖 銀座旋風児」主題歌
  • ギターを持った渡り鳥/地獄のキラー(1959年10月20日) 日活「ギターを持った渡り鳥」主題歌
  • 波止場の無法者/いとしあの娘の涙雨(1959年12月1日) 日活「波止場の無法者」主題歌
  • 口笛が流れる港町/泣きたい街角(1959年12月25日) 日活「口笛が流れる港町」主題歌
  • やくざの詩(1960年2月10日) B面はトミー藤山「夜霧に泣いて」 日活「やくざの詩」主題歌
  • ダンチョネ節/おけさ数え唄(1960年3月1日) B面はこまどり姉妹とのデュエット 日活「海から来た流れ者」、「渡り鳥いつ帰る」主題歌
  • 炭鉱もぐら(1960年3月15日) B面は守屋浩「真珠のイヤリング」 雑誌「平凡」懸賞当選作詩
  • 鹿児島おはら節アキラのズンドコ節(1960年6月1日) 日活「海を渡る波止場の風」主題歌
  • アキラの会津磐梯山/アキラのツーレロ節(1960年7月10日) 日活「赤い夕陽の渡り鳥」主題歌
  • ノーチヨサン節/東京かっぽれ(1960年8月1日) 日活「東京の暴れん坊」主題歌
  • さすらい/アキラのホイホイ節(1960年9月10日) 日活「南海の狼火」主題歌
  • アキラのツーレロ節/アキラの会津磐梯山(1960年9月20日)
  • ズンドコ節/鹿児島おはら節(1960年9月20日) 累計売上20万枚以上[1]
  • ダンチョネ節/おけさ数え唄(1960年9月20日)
  • ノーチヨサン節/東京かっぽれ(1960年9月20日)
  • アキラのホイホイ節/アキラのチョンコ節(1960年9月20日)
  • アキラのソーラン節/アキラのチョンコ節(1960年10月5日) 日活「大草原の渡り鳥」主題歌
  • アキラのおてもやん/アキラの炭坑節(1960年11月20日) 日活「歌う暴れん坊」、「大暴れ風来坊」主題歌
  • アキラのブンガワンソロ/アキラの北海盆唄(1960年12月5日) 日活「怒涛を越える渡り鳥」主題歌
  • アキラのデカンショ/太陽はねむっている(1961年4月30日) 日活「でかんしょ風来坊」主題歌
  • 黒い傷痕のブルース/続さすらい(1961年4月30日) 日活「黒い傷あとのブルース」主題歌
  • アキラのまっくろけ節/アキラのおいとこ節(1961年4月30日) 日活「風に逆らう流れ者」主題歌
  • 山の渡り鳥/アキラのチンチロリン(1961年5月20日)
  • アキラのラバさん/アキラのノーエ節(1961年7月20日)
  • 思い出した思い出した/季節風航路(1961年8月5日) 日活「太陽、海をそめる時」主題歌
  • チュンガを踊ろう/恋のチュンガ(1961年9月20日)
  • 流れもの/アキラの伊那節(1961年9月20日) 日活「大森林に向って立つ」主題歌
  • 北帰行/惜別の唄(1961年10月5日) 日活「渡り鳥北へ帰る」、「惜別の歌」主題歌
  • アキラの奴さん/アキラのさのさ(1961年12月10日)
  • 落日のシャイアン/夕やけは赤い幌馬車(1961年12月20日) 日活「高原児」主題歌
  • サーカスの唄/放浪の唄(1962年2月5日) 日活「さすらい」主題歌
  • 郷愁/旅愁(1962年3月20日)
  • アキラでツイスト/ツイスト・ナンバー・ワン(1962年3月20日) 日活「夢がいっぱい暴れん坊」主題歌
  • アキラのええじゃないか/船頭子守唄(1962年4月20日)
  • 渚のチャペル/ひとりぼっちの散歩道(1962年6月20日)
  • ダヒル・サヨ/俺は雑草(1962年7月20日) 日活「遥かなる国の歌」主題歌
  • 俺もゆくから君もゆけ/流浪の唄(1962年8月20日) 日活「渡り鳥故郷へ帰る」、「地獄の夜は真紅だぜ」主題歌
  • 秋の銀座/追憶のブルース(1962年9月20日)
  • 恋の花に気をつけな/黒いシグナル(1962年12月10日)
  • アキラでボサ・ノバ/おけさ恋しや(1963年1月10日) 日活「歌う暴れん坊」主題歌
  • 俺は地獄の部隊長/男なら(1963年5月5日) 日活「俺は地獄の部隊長」主題歌
  • とかくこの世は住みにくい/君恋小唄(1963年10月5日) 日活「銀座の次郎長 天下の一大事」主題歌
  • 男の道/初恋(1963年11月20日) 日活「関東遊侠伝」主題歌
  • 花と怒涛/男一筋(1964年2月20日) 日活「花と怒涛」主題歌
  • 恋の山手線/失恋もまた楽し(1964年3月20日)
  • 知らん顔/君(1964年7月20日)

日本クラウン時代[編集]

  • 宇宙旅行の渡り鳥/ギターかかえたひとり旅(1964年10月15日)
  • 自動車ショー歌/ほら吹きマドロス(1964年10月15日
  • 歩道/若き旅人(1964年11月1日)
  • スキー小唄/そんなにお前は(1964年11月10日)
  • 東海節/グングン節(1964年12月10日)
  • 口笛の凍る町/ウィンチェスター73(1965年1月15日)映画「流れ者の群れ」主題歌
  • いろ町小唄/青春哀歌(1965年3月1日)
  • 遠い旅/恋の挽歌(1965年4月1日)
  • アングスティア/バラ色の初恋(1965年4月10日)
  • 男の旅路/東京の子守唄(1965年5月1日)
  • 蒙古放浪記/たすけられたり たすけたり(1965年6月1日)
  • 鳴らないラッパ/東京カミニート(1965年8月10日)
  • 名酒節/なさけブルース(1965年10月10日)
  • 赤い流れ星/泪の終着駅(1965年11月1日
  • 無国籍者の唄/はげしく燃えた恋だから(1965年)映画「野郎に国境はない」主題歌
  • 送春譜/行こうぜここが別れ道(1966年1月1日)
  • 野球小唄/雑俳ソング(1966年)
  • 泣くなさすらい/涙の北風(1966年)映画「俺にさわると危ないぜ」主題歌
  • 旅の灯り/涙は俺のもの(1966年)映画「流し一匹・素敵なあいつ」主題歌
  • ギター片手に/涙の恋の物語(1967年4月1日)映画「命しらずのあいつ」主題歌
  • つらい恋だぜ/おけさ渡り鳥(1967年)
  • 落日/放浪のブルース(1967年9月)映画「対決」主題歌
  • 月に吠える歌/愛の舟(1968年)
  • 恋の世界旅行/身の上ばなし(1968年
  • 泣かせる夜だぜ/北国の夜汽車(1968年)
  • ついて来るかい/すたれ者(1970年12月25日)…累計売上30万枚以上 映画「ネオン警察・女は夜の匂い」主題歌
  • ごめんね/これが愛なのさ(1971年8月25日
  • 純子/夜の阿呆鳥(1971年11月10日)
  • 俺が憎けりゃうらみなよ/北国へおまえと帰ろう(1972年6月)
  • 哀歌/愛してごめんね(1972年8月20日)
  • オロロン慕情/麻衣子(1972年11月)
  • 北帰行/惜別の唄(1973年6月)
  • 夜明けの船で/ゆるしておくれよ(1973年9月)
  • 恋すすき/氷雨(1974年9月)
  • 昔の名前で出ています/夕子(1975年1月25日)…累計売上91万枚以上。オリコンチャートで小林旭最大のヒット曲。
  • ひとり暮らしが淋しくて/ホームシックブルース(1975年9月)
  • 泣いて昔が返るなら/女房きどり(1976年5月25日
  • ショーがないね節/お前ひとすじ(1976年3月25日
  • 北へ/ゆきこ(1977年1月25日)…累計売上21万枚以上
  • さすらいの道/旅路(1977年7月7日)
  • もう一度一から出なおします/俺とおまえ(1977年10月25日)
  • 夢ん中/愁冬歌(1978年2月25日)(朝日放送必殺商売人」・「必殺からくり人・富嶽百景殺し旅」主題歌)
  • 私の名前が変わります/私もいろいろありました(1978年5月25日)
  • 北海岸/岬の秋(1978年9月25日)
  • 霧の都会(1978年)/7のテーマ(映画「多羅尾伴内」主題歌)
  • 赤いトラクター1979年)(ヤンマー農機「ヤンマーディーゼルトラクタ・YMシリーズ」CMソング)
  • おまえに逢いたい/さすらい酒(1979年)
  • 漁港列島/名酒節(1979年)
  • みだれ雲/望郷編(1980年)(「旅がらす事件帖」主題歌)
  • 女房きどり/おれ(1980年)

ポリドール時代[編集]

  • 思いやり/俺の敗けだよ(1981年12月)※『幻之介世直し帖』主題歌
  • お世話になったあの人へ/ふるさと帰行(1982年4月)
  • 泣いた数だけ幸せに/時雨坂(1982年9月)※ニッカウヰスキー「ハイニッカ」CMソング
  • 最后にもひとつ/金鳳花(1983年2月)
  • お前と出直そう/夢帰行(1983年12月)
  • 星海峡/ゆき子は銀座を離れます(1984年4月)
  • 水たまり/波止場にて(1984年11月25日)
  • 望郷さすらい港町/雪子の止まり木あなたです(1985年11月)
  • 熱き心に/さらば冬のカモメ(1985年12月1日)…累計売上37万枚以上
  • 旅空夜空~言うもはずかし~/風の旅人(1986年11月20日)
  • 駅/ハーモニカの詩(1987年2月
  • 古城の月/万寿シャゲ(1987年
  • 五月雨ワルツ/おんなの天気図(1988年4月25日)
  • 夜の旅人/ああ旅路(1989年9月)
  • やどかりの歌/雨の石段(1990年4月)
  • 雪散華/陽だまり(1991年12月)

ソニー・ミュージックレコーズ時代[編集]

  • あれから/ララバイを歌いつづけて(1993年9月)
  • 腕に虹だけ/夕陽(1995年2月)
  • アキラのジーンときちゃうぜ(1995年10月)
  • 乾いた花びら/雨の匂いのする女 (1996年12月)
  • 惚れた女が死んだ夜は/つばめ(1997年6月)
  • どんでん/風花(1999年2月)

ガウスエンタテインメント(現:徳間ジャパン)時代[編集]

  • 昭和恋唄/熱き心に(新録音) (2001年
  • 酒挽歌/夢のあとさき(2002年5月22日) (8cmと12cmの両種類が存在する)
  • からす/無常時代(2003年5月21日)
  • 旅の酒~放浪編~/旅の酒~望郷編~(2003年11月21日) (ガウス在籍中の時期であるが日本クラウンより発売)
  • 翔歌/野生よもどれ(2004年10月)
  • THEアキラ節~マイトガイ伝説~/あなたも歌うTHEアキラ節(2005年)(日本クラウンより発売)
  • アキラのもったいない音頭(2006年6月7日)(徳間ジャパンより発売)(「もったいない」という言葉を主題とした楽曲)

ガウスへの移籍後以降[編集]

  • 折り紙人生(2007年) (マイトガイ・レーベルより発売)
  • 酒場恋歌/いのちの女(2008年6月) (遠藤実・実質的遺作) (日本クラウンから発売)
  • ジダンダ!/福岡帰行(2009年) (インディーズメーカー、たちばな出版

テイチクレコード[編集]

  • 遠き昭和の…/人生なんぼ節!(2010年4月)
  • 昭和・露地裏話(2011年8月)
  • クレオパトラの夢(2012年八代亜紀とのデュエット
  • 昭和・男道(2012年
  • 素晴らしき哉人生(2013年

アルバム[編集]

  • 小林旭 歌のアルバム(1958年
  • マイトガイ小林旭 大いに歌う(1959年
  • マイトガイとびあるく(1960年
  • アキラのズンドコ節(1960年
  • アキラのおてもやん(1960年
  • アキラとウエスターン (1961年
  • 小林旭 ヒットパレード①(1965年
  • 月に吠える歌 港の歌(1970年
  • 純子~小林旭 夜に唄う~(1971年)紙ジャケットCDで発売
  • 知床旅情・北帰行 小林旭・抒情歌集(1971年12月
  • 小林旭 デラックス・アルバム(1973年
  • 昔の名前で出ています~小林旭オリジナルアルバム~(1975年)紙ジャケットCDで発売
  • 小林旭 ベスト・アルバム 男の慕情(1977年
  • 果てしなき旅(1977年
  • さすらいの道・小林旭 オンステージ(1977年)ライブ・アルバム
  • お世話になったあの人へ(1982年
  • 熱き心に オリジナル ベスト ヒット(1986年2月25日
  • 旅空夜空-熱き心に-(1986年)オリジナル・アルバム
  • 日本のうた~あの頃、あの時、懐かしの抒情歌集~(1987年8月25日
  • アキラ節(1996年)ミニアルバム、東京スカパラダイスオーケストラとの共演作
  • 昭和抒情歌集(1999年
  • アキラ 1 (2002年大滝詠一監修、民謡&俗謡集
  • アキラ 2 (2002年)大滝詠一監修、ポップス&カバー集
  • アキラ 3 (2002年)大滝詠一監修、主題歌&ヒット集
  • アキラ 4 (2002年)大滝詠一監修、ユーモア・ソング集
  • GOLDEN☆BEST 小林旭2003年)ユニバーサルより発売
  • GOLDEN☆BEST 小林旭 マイト・ガイ・デラックス2004年)日本クラウンより発売、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.1 (2005年)日本コロンビア編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.2 (2005年)日本コロンビア編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.3 (2005年)日本クラウン編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.4 (2005年)日本クラウン編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.5 (2005年)日本クラウン編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.6 (2005年)ポリドール編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.7 (2005年)ソニー編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.8 (2005年)ガウス編
  • GOLDEN☆BEST 小林旭 ヒット全曲集2009年)ソニーより発売、二枚組
  • 決定盤 小林旭大全集(2009年)コロムビアより発売、二枚組

映像作品[編集]

  • 小林旭50周年記念コンサート(2005年

著作[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 小林旭 - プロフィール” (日本語). YAHOO! JAPAN 人物名鑑. 日本タレント名鑑. 2013年8月5日閲覧。
  2. ^ “浅丘ルリ子が激白! 小林旭と事実婚&石坂浩二と離婚の真相” (日本語). 産経ニュース (MSN). (2010年11月13日). http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110119/ent11011903280022-n1.htm 2011年4月3日閲覧。 
  3. ^ a b 小林旭 『さすらい』 新潮社
  4. ^ 山平重樹 「第五章 落日の「栄光」」『実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界』 取材・写真協力 田岡満双葉社(原著2009年11月22日)、第1刷、260-262頁(日本語)。ISBN 4575301728
  5. ^ a b c 実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界、第五章 落日の「栄光」、267-271ページ。
  6. ^ “小林旭、暴力団とのゴルフでPGA名誉会員を辞退” (日本語). 日テレニュース24 (日本テレビ). (2008年10月18日). http://www.news24.jp/entertainment/news/162378.html 2011年8月25日閲覧。 
  7. ^ “著名人と暴力団との関係が指摘された事例” (日本語). 朝日新聞: p. 39. (2011年8月24日) 
  8. ^ a b c 実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界、第五章 落日の「栄光」、262-263ページ。

外部リンク[編集]