小林幸子
| 小林幸子 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | 小林幸子 |
| 出生 | 1953年12月5日(58歳) |
| 血液型 | A型 |
| 出身地 | |
| ジャンル | 演歌 |
| 職業 | 演歌歌手、女優 |
| 担当楽器 | 歌 |
| 活動期間 | 1963年-現在 |
| レーベル | 日本コロムビア |
| 事務所 | 幸子プロモーション |
| 公式サイト | 幸子プロモーション公式ウェブサイト |
小林 幸子(こばやし さちこ、本名:林 幸子、旧姓:小林、1953年(昭和28年)12月5日 - )は、新潟県新潟市中央区出身の演歌歌手、タレント、女優。既婚。血液型A型。身長165cm。
レコード会社の日本コロムビアに所属。漫画家の小林まこととは親戚である。
目次 |
[編集] 略歴
1963年、9歳の小学4年生の時にTBS『歌まね読本』[1]でグランドチャンピオンとなり、審査委員長の古賀政男にスカウトされる。当時はテレビの音楽番組などは生放送であり、夜7:30のテレビ出演というのは、当時の子供にとっては遅い時間帯であった。この9歳の少女ということも「美空ひばり」を彷彿させ、その「ひばり」の物まねも他の大人の出場者を圧倒する抜群の歌唱力と非常に似ている歌まねの出来で、後に「第二のひばり」といわせるものであった。これが審査委員長の古賀政男を唸らせ文句なくグランドチャンピオンを獲らせたのである。
翌年の1964年には新潟市内で肉屋を営んでいた家族とともに上京して古賀事務所に所属し、古賀作曲の『ウソツキ鴎』で華々しくデビューする。デビュー曲がいきなり20万枚のヒット曲となる。天才少女歌手・「ひばり二世」として、大映映画では子役としても活躍した。当時まだ9歳の子供だったために楽屋内でワイワイ騒いでいたところをある先輩歌手が激怒し、島倉千代子にすぐに注意して来いといわれて島倉が嫌々仕方なしに小林の元へ注意にいったとNHKふたりのビッグショーのトークで語っている。「お幸、楽屋というところはステージに立つ前の神聖な場所なのだから騒いだりするところじゃないのよ。」と注意したそう。その当時から島倉の事を「母さん」と呼び慕い、島倉も「幸」と呼んで、現在まで自分の娘のように可愛がっており公私共に親交が深いという。
1968年にはNET(現・テレビ朝日)で放映、背泳ぎでオリンピックを目指す、スポ根ドラマ『青い太陽』の主役を演じる。しかしヒット曲が続かず、お手本としていたはずの美空ひばりの母親から、あまりにもひばりを模倣されているとの嫌悪感から敬遠され、徐々にスケジュールが空白になって仕事が激減していき15年の長い不遇が続く。当時、興行の世界を牛耳っていた山口組三代目に娘同然に可愛がられているひばりに嫌われることは致命的なことであった。後年、NHK総合テレビの『NHK歌謡コンサート』の美空ひばり特集に出演時、司会者の小田切千から生前のひばりとのエピソードを尋ねられると、『おもいで酒』が大ヒット後に音楽番組共演やドラマ共演などが縁で、後にとても可愛がっていただいたと語っている。ドラマ撮影時はスタジオ以外に街中や繁華街などでも撮影したが、万一ひばりの身に何かあれば大変だと思い、周囲を気にしながら演技をしていたところ、ひばりに感付かれてしまい「幸子ありがとう。私の心配をしなくても全然大丈夫よ!」と言われて、逆に気遣わせてしまったという。
低迷期には15年間に渡って一人で全国各地を行脚し、地方興行の中で人に言われぬ苦労を経験した。昼間は各地の興行を行いながらも地元のレコード店やラジオ局、有線放送局などへ一人でキャンペーン廻りをしていた。夜には毎晩深夜遅くまで飲み屋やキャバレーなどの繁華街を泥酔客に絡まれたりしながらも歌い廻っていた。まだ未成年だった時は20歳といって年齢をごまかして深夜の営業を行っていたと小林本人が『いつみても波乱万丈』で語った。
その間には小林幸子(日本コロムビア)→小林さち子(ビクターエンターテインメント)→岡真由美(テイチク)→小林幸子(ワーナー・パイオニア)と幾度も改名したりレコード会社を移籍した。過去にはサンミュージックプロダクションにも所属していた。
1974年には第一プロダクションに移籍する。1977年には平凡パンチのグラビア内でヌード姿を披露している。 1979年に『おもいで酒』が有線放送から徐々に火がついてついにミリオンセラー(200万枚)に輝く大ヒットをする。この年の暮れ『第30回NHK紅白歌合戦』に出場、紅白初出場を果たす。『全日本有線大賞』グランプリ、『第21回日本レコード大賞』の最優秀歌唱賞に輝く(『おもいで酒』のレコード売り上げ枚数は大賞曲『魅せられて』を上回る。この年の『ザ・ベストテン』(TBS系)年間1位は『おもいで酒』である)。1978年の大晦日は熱海へ興行に来ていて、終了後に小林のマネージャーやスタッフと一緒に紅白を見ながら「来年こそは絶対にヒット曲を出して紅白へ出たいな!」と話したところ、スタッフ達に「幸っちゃん、絶対無理だよ!!」と笑われてしまったが、翌年にまさか本当にヒット曲を出せて初出場できたのが夢のようだったと『いつみても波瀾万丈』内で語っていた。
1980年にはシングル『とまり木』も大ヒットした。その後も『ふたりはひとり』、『もしかしてPartII』(美樹克彦とのデュエット曲)、『雪椿』などの大ヒット作に恵まれ、紅白への連続出場も果たし、1992年以降、紅白での美川憲一との派手な衣装対決は紅白恒例の話題作りとなっていた。美川とは古賀政男の元で2人がデビュー前後から一緒にレッスン指導を受けていた事で、互いの年齢は離れているが45年以上前から公私共に親交が深くて、現在も「憲ちゃん」「幸ちゃん」と呼び合い、歌番組以外にも一緒にバラエティー番組などに仲良く出演するなどデビュー当時からお互いの低迷時の苦労等を全て知り尽くしている。
1983年、5月にはロサンゼルス、ブラジルなどで初めての海外公演を行い、新宿コマ劇場で初の単独座長公演を行った。
1987年には、第一プロダクションから独立して、個人事務所の幸子プロモーションを設立する。
1988年、紅白に10回連続出場。自身初となる紅組トリを務める。
1993年、歌手生活30周年を迎えNHKホールにて記念リサイタルを行う。同年12月、紅白に15回連続出場を果たす。
1996年、ワーナーミュージック・ジャパンが演歌部門を撤退したのに伴い、古巣の日本コロムビアに移籍。
1997年、第9回日本ジュエリーベストドレッサー賞受賞。同年にテレビ東京系アニメ『ポケットモンスター』のエンディングテーマソング『ポケットにファンタジー』を歌い、以後何度かポケモン関連の活動を行っている。『ポケットにファンタジー』がテレビ初放映されたのはポケモンショックの回であった。同年にはイマクニ?、レイモンド・ジョンソンとのユニット・スズキサンとしてシングル『とりかえっこプリーズ』を発売。ポケモンカードゲームのCMソングとして流れた。
1998年、芸能生活35周年を迎える。ジャズの殿堂ブルーノート東京にて、演歌歌手としては初のライブ「35th ANNIVERSARY Boogie&Blues」を開催。『劇場版ポケットモンスターミュウツーの逆襲』のエンディングテーマソング『風といっしょに』を担当。そして、同年の『第49回NHK紅白歌合戦』では『風といっしょに』を熱唱。また、この翌年正月に放送されたポケモンの音楽を紹介するSPでこの時着た衣装の前で同曲を熱唱した。
1999年、覆面歌手『Satchomo(サッチョモ)』としてアイフルのCMソング『お地蔵サンバ』を“お自動さん”キーホルダーつきで発売、暫く正体が明かされなかった。新宿コマ劇場にて「華麗なる幸子の世界」シリーズがスタート。NHK紅白歌合戦に20年連続出場を果たす。
2000年、日本レコード大賞 美空ひばりメモリアル選奨受賞。
2001年、博多座で女性歌手初の座長公演を行う。『夢の涯て~子午線の夢』で、日本レコード大賞編曲賞受賞。 最愛の母親が死去。
2003年、芸能生活40周年を迎える。親友の美川憲一とともに、京楽産業のCR「華王」のキャラクターを務める。新潟県加茂市に「雪椿」の歌碑が建立。藤田まさと賞大賞受賞。紅白に25回連続出場を果たす。
2004年、第55回NHK紅白歌合戦で自身2度目のトリ、初の大トリを務める。
2005年、新潟市、長岡市より特別感謝状を授与。日本レコード大賞特別表彰。
2006年、第27回松尾芸能賞大賞受賞。国土交通大臣より感謝状を授与。紺綬褒章を受章。名古屋・御園座にて初座長公演。
2007年、長岡市に『越後絶唱』の歌碑が建立。新潟市より、「新潟市観光大使」に任命。
2008年、芸能生活45周年を迎え、さらなる活躍が期待されている。全国3劇場で、座長公演を成功させる(御園座、博多座、明治座初座長)。文化庁芸術祭の大衆芸能部門で優秀賞を受賞。『第59回紅白歌合戦』で45周年記念曲『楼蘭』を熱唱。紅白に30回連続出場を果たす。
2009年1月1日、国立競技場にて開催された、第88回天皇杯全日本サッカー選手権大会の開会式に登場。国歌君が代を歌唱した。伊東四朗・熱海五郎一座合同公演「日本映画頂上決戦」にゲスト出演。劇中には大婦人と呼ばれる小林幸子の顔をした高さ7メートルの大人形が登場。大婦人は公演終了後、新潟市のNEXT21に展示されている。『第60回NHK紅白歌合戦』に出場、紅組歌手初の31回連続出場を果たす。
2010年1月16日と翌17日には、台北市の台北国際会議中心でコンサートを行い、1993年と2006年のNHK紅白歌合戦で披露された衣装を台湾の観客に披露した。
2011年4月7日には、東日本大震災で被災して避難所生活を送る被災者を激励するために福島県相馬市を訪問して、自ら用意した無洗米10トンとまんじゅう1万2千個を豪華衣装や舞台装置運搬用でもある自己所有の大型トラックに載せて市内8カ所の避難所へ救援物資を届けた。5月27日にも以前から交流があった大槌町の避難所を訪れて、救援物資などを持参して地元のボランティアと一緒に自ら炊き出しを行い、被災者のために『おもいで酒』などの代表曲を数曲熱唱して激励した。
2011年8月31日、再生医療などを手がける株式会社TESホールディングス代表取締役社長の林明男と年内にも入籍予定だと報じられ[2]、11月15日に婚姻届を提出した[3]。
11月20日には東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手・陸前高田市と宮城・気仙沼市を慰問して2004年に中越地震で被災した故郷、新潟・長岡市(旧山古志村)に所有する田んぼ「幸子田」で10月に収穫した新米「幸子の復興米」2トンを所有する大型トラックに積んで贈呈した。陸前高田市立高田小学校と気仙沼市立唐桑小学校で開かれたイベントを訪れてミニコンサートを開催した。
[編集] 紅白歌合戦に於けるエピソード
2000年代後半以降の紅白にて、演歌歌手はその年の楽曲ではなく過去の楽曲を歌唱することが多くなってきているが、小林は基本的にその年に発表した楽曲を歌唱している。
2000年の紅白に出場した際、「豪華衣装での出演は今回が最後」と公言したが、翌2001年も花をテーマに『Flower of dream』と題し、小林自身が花弁に扮し、自身の下に大人数を据えた豪華衣装を披露した。これは大型舞台装置を止めて人力に替えたというのが真相である。さらに、その次の2002年には大型舞台装置も復活した。
- この時の小林の発言が「豪華衣装封印」とも取れるものであったため、「何故、豪華衣装を止めると言ったのに止めないのか?」「演歌歌手は嘘吐きが多い」と2001年の紅白のリハーサル終了後に記者会見を行った和田アキ子がその場で小林を批判し、話題を集めた。この時は数多くの演歌歌手仲間の他にも松山千春やさだまさしらの大物も小林に同情的な発言をし、この頃から和田の「ご意見番」ぶりに陰りがみえる結果となった。さだは小林、和田の双方と公私共に親交が深く、小林もさだの事を『お兄ちゃん』と呼び慕っている仲でもあり、1993年の『約束』はさだの制作曲である。
- 和田は続けて「出場歌手が発表されていないにも関わらず、どうして衣装制作ができるのか?」「もし、出場できなかったら、あの衣装はどうするのか?」「あれは衣装じゃなくて舞台装置」などと小林を批判しているが、それに対しては小林本人曰く「(紅白の衣装は)見ている人に楽しんでもらおうと思ってやっている」「(紅白に)もし出場できなかったらコンサートで着ます」「アッコちゃんは私よりも年上だけど、芸能界では私が先輩なんですから、陰でコソコソ言わないで何か意見を言いたいのならば直にはっきりと私に言いに来たらいいのに」などと反論している。小林の個人事務所・幸子プロモーション関係者も一部週刊誌の取材時に、小林が豪華衣装を準備した状態で紅白落選した場合について「こちらが勝手に用意したものなので文句は言えない」とコメントしている。さすがに、豪華衣装があるが故に事実上小林の紅白出場が確約状態にあることに不満を示していると批判された和田は、これらの反論を受けて「週刊誌向けのリップサービスで言っていた」と弁解している。
新潟で発生した新潟県中越地震(2004年)及び新潟県中越沖地震(2007年)に心を痛め、被災者のもとを激励に訪れた。2004年の紅白出場に当たっては「辛く悲しい地震で苦労している方々の気持ちを思うと、自分が煌びやかな衣裳で歌を歌うわけにはいかない」として豪華衣装を着用せずシンプルな和服に身を包み、新潟を舞台にした歌『雪椿』を歌い初の大トリを務めた。この時は先述の確執の相手である和田からも激励されたという。ちなみに紅白において、同年の小林を最後に紅組歌手の大トリ起用はされておらず、且つ2000年代の10年で紅組歌手の大トリは小林のこの回のみ。その後、この紅白で使用する予定にしていた豪華衣装は、2005年1月25日の『NHK歌謡コンサート』で披露された。また、新潟県中越地震の義捐活動を評価された小林は、日本国政府から紺綬褒章を贈られている。
2007年の新潟県中越沖地震の時は、当初はやはり2004年の場合のように封印も考えたそうだが、被災者から小林の元へ「こんな時だからこそ被災地の住民に華麗な姿を見せて楽しませて欲しい」という意見も多数あったそうで、その要望を受け豪華衣装で出演した。
紅白で使用した豪華衣装と大型舞台装置は、後になって地方のコンサートなどでも度々使っている。ただ、規模がNHKホールほど広くはないので、紅白使用時のままのサイズでは入りきらないため、若干小さめに改修した上で使っている。
「紅白で小林さんの豪華衣装をみると試験に落ちない」という噂がネット上などで頻出。受験生の孫や子供を持つ幸子ファンからもマスコットの発売を望まれ、プレ歌手生活40周年と紅白出場25周年にあたる(2003年)商品化された。地方のコンサート会場から販売し始めたところ、300個があっという間に完売。流行に敏感な女子高生が集まるキディランド原宿店に『「幸せを呼ぶ」サッちゃん神社』を作ったことから、小林ファンだけでなく、高校生にまで人気が飛び火した。
2011年も当初は震災の影響から豪華衣装は封印自粛を検討していたそうだが、被災者からの『私達を元気づけるつもりなら豪華衣装をやってください。』との声により、急遽10月1日より製作を開始し12月30日のリハーサル当日の朝に何とか完成したという。
[編集] その他のエピソード
前記の通り小林幸子は本名であるが、デビュー当時、古賀は「歌まね読本」での小林を知らない層を考慮して「夕波千鳥」という芸名を準備していた。
姉御肌であり演歌やポップスなど後輩歌手への面倒見などがとてもよいそうで、中でも後輩歌手の柏原芳恵を実の妹の様に可愛がっており、柏原も小林を姉の様に慕っている。柏原は『ザ・ベストテン2002』など様々な番組の中で「幸子姉さんには落ち込んでいる時に精神的に助けて頂いた」と感謝の念を述べている。また小林も「芳恵ちゃんはデビュー当時から変わらぬ初々しさで、とても可愛く、本当の妹の様に思っている」と返した。
『おもいで酒』がロングヒットになり、『ザ・ベストテン』でも常連出場に成りかけた頃に、視聴者からの葉書で、いつもマイクを持つ人差し指が立っている(他の指は握っているが)という事の指摘があり、本人も何となく以前からそうやっていたという話であったが、今はその握り方ではなく人差し指でも握っている。イケメン合衆国に出たとき、高田純次によって紅白でつかった衣装が被害をくらった。
歌番組だけでなくドリフの大爆笑などのバラエティー番組にも過去に何度か出演しており、清掃員のおばちゃん役など非常にコミカルな中年女性役をこなしている。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- ウソツキ鴎(1964年6月5日)(10歳で歌手デビュー。『第二の(美空)ひばり』として注目を集めるが、その後約15年の間ヒット曲に恵まれず不遇の時期が続いた)
- 母恋いおけさ(1964年9月)
- 私しゃみなしご角兵ヱ獅子(1964年11月)
- 花笠むすめ(1965年1月)
- 小楠公(1965年3月)
- ちびっ子数え唄(1965年5月)
- ちびっ子役者(1965年7月)
- 夕焼け小僧(1965年9月)
- サヨナラ波止場は午后三時(1965年11月)
- 出稼ぎ父ちゃんの歌(1966年2月)
- 山びこ少女(1966年6月)
- 潮来十三夜(1966年11月)
- 太陽は教える(1967年1月)
- たんぽぽの丘(1967年8月)
- 青い太陽(1968年4月)
- お好きな時に(1969年11月)(小林さち子名義)
- わがままな貴方(1970年2月)(小林さち子名義)
- こまらせたいの(1970年8月)(小林さち子名義)
- なぜか恋しくて(1971年4月)(小林さち子名義)
- やがて二十才になる女(1971年9月)(小林さち子名義)
- 気まぐれなわたし(1972年7月)(小林さち子名義)
- 恋地獄未練ばなし/ふるさともんめ(1973年6月)(小林さち子名義)
- 秋(1976年8月)(岡真由美名義)
- 恋文列車(1977年8月)
- 男と女の曲がり角(1977年10月25日)
- 春待ちれんげ草(1978年1月25日)
- お嫁に行くわ(1978年6月21日)
- 六時、七時、八時あなたは…(1979年1月25日)
- おもいで酒(1979年1月25日)(元々は『六時、七時、八時あなたは…』=TBS系ドラマ『母子草』主題歌=のB面曲。しかし『おもいで酒』のほうが有線放送などで注目され始めるとジャケットを変更の上『おもいで酒』をA面として売り出されるようになった)
- とまり木(1980年1月1日)
- DELUXE 4 DELUXE とまり木/春待ちれんげ草/おもいで酒/男と女の曲り角(発売日不明)
- ふたりはひとり(1980年6月1日)
- あれから一年たちました(1980年9月25日)
- うしろかげ(1981年2月10日)
- 迷い鳥(1981年6月11日)
- 泣かせやがってこのやろう(1982年1月1日)
- もう一度だけ(1982年6月25日)
- ふたたびの(1983年1月25日)
- もしかして(1984年1月25日)
- もしかしてPARTII(1984年7月10日)(小林幸子・美樹克彦名義)
- 矢車日記(1984年9月25日)
- ひと晩泊めてね(1985年2月25日)
- 夫婦しぐれ(1985年2月25日)
- 別離(1986年2月25日)
- 女の円舞曲/別離(1986年9月10日)
- 雪椿(1987年6月25日)(NHK紅白歌合戦にてトリ、大トリ)
- 恋の曼珠沙華(1988年2月25日)
- 雪椿(1988年2月25日)(再発売)
- 不断草(1988年6月25日)
- 福寿草(1989年2月25日)
- メランコリック・ママ(1989年9月25日)(小林幸子・木の実ナナ名義)
- 故郷(1990年4月10日)
- 天命燃ゆ(1990年11月15日)
- 冬化粧(1991年8月25日)
- 恋螢(1992年6月21日)(作詩・作曲 小林幸子)
- 涙の数だけ着飾って〜こんな私じゃあるまーに〜(1992年7月10日)(SACHIKO de KOBAYASHI名義)
- 一夜かぎり(1993年2月22日)
- 日本列島はな音頭/心は花のように(1993年4月10日)
- 別れて…そして(1993年6月25日)(小林幸子&北大路欣也名義)
- 約束(1993年10月10日)(作詩・作曲 さだまさし)
- 雨の屋台酒(1994年3月25日)
- 母ひとり(1995年6月25日)
- 越後情話(1996年8月30日)
- 幸せ(1997年8月30日)(作詞・作曲 中島みゆき)
- スーパー・セレクトシリーズ おもいで酒/とまり木(1997年12月10日)(新録音)
- スーパー・セレクトシリーズ 雪椿/母ひとり(1997年12月10日)(新録音)
- スーパー・セレクトシリーズ 夫婦しぐれ/矢車日記(1997年12月10日)(新録音)
- スーパー・セレクトシリーズ 福寿草/雨の屋台酒(1997年12月10日)(新録音)
- スーパー・セレクトシリーズ もしかして PARTII/ふたたびの(1997年12月10日)(新録音)
- とりかえっこプリーズ(1998年2月10日)
- 雨月伝説(1998年2月21日)
- 風といっしょに(1998年9月3日)(映画「劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲」エンディングテーマ)
- やんちゃ酒(1999年1月1日)
- 二都物語/蒼のなかへ(1999年9月10日)(小林幸子・平尾昌晃名義)
- お地蔵サンバ(1999年9月22日)
- 泣かせ雨(2000年1月1日)
- さよならありがとう(2000年4月22日)(映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル」主題歌)(こばやしさちこ名義)
- 流氷哀歌(2001年1月1日)
- 命しらずの渡り鳥(2001年1月1日)
- 元気でいてね(2001年4月21日)(映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」主題歌)(こばやしさちこ名義)
- 夢の涯て〜子午線の夢〜(2001年9月1日)
- 雪泣夜(2002年1月1日)
- 雪泣夜(SEセリフ入り)/誰かがそばにいる〜「ほんまもん」より〜(2002年6月21日)
- 待ちわびて〜華王〜(2002年12月5日)(小林幸子・美川憲一名義)
- Ribbon(2003年1月1日)(芸能生活40周年記念曲)
- 孔雀(2003年1月1日)(芸能生活40周年記念曲)
- 春蝉(2003年8月20日)(星野哲郎 作詞家生活50周年記念曲)
- ベスト&ベスト 雪泣夜(SEセリフ入り)/泣かせ雨(2003年9月25日)
- ベスト&ベスト やんちゃ酒(セリフ入り)/越後情話(2003年9月25日)
- ベスト&ベスト おもいで酒/雪椿(2003年11月19日)
- いそしぎ(2004年3月3日)
- 越後絶唱(2005年2月16日)
- 大江戸喧嘩花(2006年6月21日)
- 恋桜(2007年6月21日)
- 悲しみの帳(2008年2月20日)(槇原敬之プロデュース 芸能生活45周年記念曲)
- 楼蘭(2008年8月20日)(小林幸子 With 女子十二楽坊名義 芸能生活45周年記念曲)
- 万葉恋歌 ああ、君待つと(2009年6月24日)
- 白いゆげの歌/母ちゃんのひとり言(2010年1月27日)
[編集] アルバム
- 小林幸子のヒット・ショー(1964年11月)
- 春待ちれんげ草(1978年6月)
- おもいで酒(1979年7月)
- 幸子抄(1979年11月)
- とまり木(発売日不明)
- ふたりはひとり(発売日不明)
- 幸子、懐メロを唄う(発売日不明)
- あれから一年たちました(発売日不明)
- 古賀政男メロディー集(発売日不明)
- うしろかげ(発売日不明)
- 「迷い鳥」有線スタンダートヒット(発売日不明)
- オリジナル・ヒット全曲集〜おもいで酒から迷い鳥まで〜(発売日不明)
- 泣かせやがってこのやろう-星野哲郎オリジナル-(発売日不明)
- 演歌ミリオンヒットを唄う(発売日不明)
- '82ベストヒット 小林幸子全曲集(発売日不明)
- ふたたびの(発売日不明)
- '77〜'83小林幸子大全集(発売日不明)
- もしかして(発売日不明)
- もしかしてPARTII 幸子ベストセレクション(1984年11月28日)
- ひと晩泊めてね 小林幸子全曲集(1985年4月25日)
- 演歌の花道(1985年11月28日)
- 別離(1986年4月25日)
- 艶華抄 小林幸子オン・ステージ(1986年12月10日)
- 雪椿・演歌ヒット集(1987年11月10日)
- 芸能生活25周年記念 飛翔(1988年9月10日)
- 艶華撩乱〜最新ベスト・ヒット〜(1989年9月10日)
- 故郷〜オリジナル・ベスト〜(1990年6月25日)
- 小林幸子'90ライヴイン中野サンプラザ〜花から華へ〜(1990年12月21日)
- 天命燃ゆ〜'91幸子選曲ヒット集〜(1991年6月25日)
- 冬化粧〜オリジナルベスト'91〜(1991年12月10日)
- 小林幸子全曲集パートI(1992年10月25日)
- 小林幸子全曲集パートII(1992年12月5日)
- 芸能生活三十周年記念大全集 幸(1993年6月25日)
- 時間をかさねて… 小林幸子30周年記念リサイタル(1993年10月21日)
- 小林幸子全曲集 雨の屋台酒(1994年6月25日)
- 母ひとり〜愛情の玉手箱〜(1995年12月21日)
- 小林幸子オリジナルニュー・ベスト 越後情話(1996年10月19日)
- 小林幸子ベストセレクション'96(1996年10月25日)
- 小林幸子特選集 越後情話(1997年5月21日)
- 小林幸子全曲集 幸せ(1997年10月4日)
- 小林幸子特選集 雨月伝説(1998年4月21日)
- 小林幸子ブギを唄う〜音楽プロデュース:宮川泰〜(1998年6月5日)
- 歌手生活35周年記念ツイン・パック小林幸子 雨月伝説(1998年8月1日)
- 小林幸子全曲集 雨月伝説(1998年11月21日)
- 小林幸子ゴールデンベスト(1999年2月20日)
- 小林幸子特選集 やんちゃ酒(1999年5月1日)
- 小林幸子全曲集'99 やんちゃ酒(1999年8月21日)
- 演歌名曲選-泣かせ雨-(2000年2月19日)
- 小林幸子全曲集2000 泣かせ雨(2000年9月1日)
- 特選ベスト小林幸子 流氷哀歌(2001年1月20日)
- ツイン・パック小林幸子 流氷哀歌(2001年4月21日)
- 小林幸子全曲集 夢の涯て〜子午線の夢〜(2001年11月21日)
- 小林幸子ゴールデンベスト(2002年4月20日)
- 小林幸子全曲集 雪泣夜(2002年10月19日)
- コロムビア音得盤シリーズ 小林幸子(2002年12月4日)
- 芸能生活40周年記念アルバム 孔雀(2003年6月5日)
- 小林幸子全曲集 春蝉(2003年10月22日)
- 小林幸子特選集 いそしぎ(2004年5月19日)
- 小林幸子全曲集 いそしぎ(2004年10月20日)
- 小林幸子スペシャルベスト(2005年7月20日)
- 小林幸子全曲集 越後絶唱(2005年10月19日)
- 小林幸子ゴールデンベスト(2006年6月21日)
- 小林幸子全曲集 大江戸喧嘩花(2006年10月18日)
- 小林幸子名曲選 恋桜(2007年7月4日)
- 小林幸子全曲集 恋桜(2007年10月17日)
- 小林幸子ゴールデンベスト(2008年6月18日)
- 芸能生活45周年記念アルバム 絆(2008年10月1日)
- 小林幸子全曲集 楼蘭(2008年11月19日)
- スーパーベスト(2009年5月20日)
- 小林幸子全曲集 万葉恋歌 ああ、君待つと(2009年10月21日)
- 小林幸子ヒット曲集2010(2010年6月23日)
[編集] 出演
[編集] NHK紅白歌合戦出場歴
1979年・第30回紅白に初出場して以来、2011年・第62回紅白歌合戦に出場して33回連続出場となった。紅組歌手としては歴代単独1位の記録である。また通算出場回数も33回で、紅組の中では島倉・和田アキ子・石川さゆりに次ぎ、現在4位。初トリは出場10回目である1988年・第39回の「雪椿」であり、2回目のトリは16年後の2004年・第55回で同じく「雪椿」で大トリを務めた(ただし、例年の豪華衣装の移動や設置の関係で、他の常連歌手に比べてトリを務めた回数は少ない)。
| 年度/放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1979年(昭和54年)/第30回 | 初 | おもいで酒 | 18/23 | 千昌夫 | |
| 1980年(昭和55年)/第31回 | 2 | とまり木 | 22/23 | 森進一 | トリ前(1) |
| 1981年(昭和56年)/第32回 | 3 | 迷い鳥 | 19/22 | 内山田洋とクール・ファイブ | |
| 1982年(昭和57年)/第33回 | 4 | おもいで酒(2回目) | 20/22 | 北島三郎 | |
| 1983年(昭和58年)/第34回 | 5 | ふたたびの | 20/21 | 森進一(2) | トリ前(2) |
| 1984年(昭和59年)/第35回 | 6 | もしかして | 19/20 | 五木ひろし | トリ前(3) |
| 1985年(昭和60年)/第36回 | 7 | 夫婦しぐれ | 19/20 | 五木ひろし(2) | トリ前(4) |
| 1986年(昭和61年)/第37回 | 8 | 別離(わかれ) | 19/20 | 五木ひろし(3) | トリ前(5) |
| 1987年(昭和62年)/第38回 | 9 | 雪椿 | 17/20 | 新沼謙治 | |
| 1988年(昭和63年)/第39回 | 10 | 雪椿(2回目) | 21/21 | 北島三郎(2) | トリ(1) |
| 1989年(平成元年)/第40回 | 11 | 福寿草 | 18/20 | 森進一(3) | |
| 1990年(平成2年)/第41回 | 12 | 天命(いのち)燃ゆ | 19/29 | さだまさし | |
| 1991年(平成3年)/第42回 | 13 | 冬化粧 | 22/28 | 槇原敬之 | |
| 1992年(平成4年)/第43回 | 14 | 恋螢 | 22/28 | 米米CLUB | |
| 1993年(平成5年)/第44回 | 15 | 約束 | 21/26 | 小林旭 | |
| 1994年(平成6年)/第45回 | 16 | 雨の屋台酒 | 20/25 | 美川憲一 | |
| 1995年(平成7年)/第46回 | 17 | 母ひとり | 18/25 | 美川憲一(2) | |
| 1996年(平成8年)/第47回 | 18 | 越後情話 | 18/25 | シャ乱Q | |
| 1997年(平成9年)/第48回 | 19 | 幸せ | 17/25 | X JAPAN | |
| 1998年(平成10年)/第49回 | 20 | 風といっしょに | 18/25 | T.M.Revolution | |
| 1999年(平成11年)/第50回 | 21 | やんちゃ酒 | 23/27 | さだまさし(2) | |
| 2000年(平成12年)/第51回 | 22 | 泣かせ雨 | 23/28 | 郷ひろみ | |
| 2001年(平成13年)/第52回 | 23 | 夢の涯て~子午線の夢~ | 15/27 | Gackt | |
| 2002年(平成14年)/第53回 | 24 | 雪泣夜(せつないよ) | 19/27 | 美川憲一(3) | |
| 2003年(平成15年)/第54回 | 25 | 孔雀 | 21/30 | 美川憲一(4) | |
| 2004年(平成16年)/第55回 | 26 | 雪椿(3回目) | 28/28 | 五木ひろし(4) | 大トリ(2) |
| 2005年(平成17年)/第56回 | 27 | 越後絶唱 | 19/29 | T.M.Revolution(2) | |
| 2006年(平成18年)/第57回 | 28 | 大江戸喧嘩花 | 19/27 | DJ OZMA | |
| 2007年(平成19年)/第58回 | 29 | 恋桜 | 16/27 | Gackt(2) | |
| 2008年(平成20年)/第59回 | 30 | 楼蘭 | 21/26 | EXILE | |
| 2009年(平成21年)/第60回 | 31 | 万葉恋歌 ああ、君待つと | 20/25 | 福山雅治 | |
| 2010年(平成22年)/第61回 | 32 | 母ちゃんのひとり言 | 17/22 | 福山雅治(2) | |
| 2011年(平成23年)/第62回 | 33 | おんなの酒場 | 17/25 | 西田敏行 |
(注意点)
- 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。
- 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
- 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。
[編集] 歴代の衣装
近年はシンプルな黒地や友禅などの豪華な着物を着る事も多いが、普段からなにかときらびやかでゴージャスなファーやドレスなどの衣装を身にまとっており、歌番組などでは衣装を何着も用意してコンサートのように度々衣装チェンジをして着替えている[4]。紅白歌合戦ではさらに趣向を凝らしたゴージャス衣装を数多く用意している。豪華衣装を着始めた理由は「ファンの皆さんに自分の歌以外にも派手な衣装を見ていただいてビジュアル面でも楽しんでいただきたかったから」と語っており視聴者の間で毎年話題となっている。小林自身も今までの衣装代に財産をつぎ込まなければ今頃は大豪邸を建てて住んでいるだろうと冗談で語ったことがある。
「ワイヤーで吊り上げたり、特殊リフトで上昇したりする」「電飾を大量に使用する」「毎年彼女専用に新規に製作される特注品であり、非常に高価なため1着しか存在しない」という特徴を持ち、紅白終了後は1ヶ月公演や全国ツアーでも披露されるのが習わしとなっている。
今までに製作した衣装は処分したりせずに、湯河原の自宅や倉庫などに全て保管しており、維持費だけでも毎年かなりの金額になるとNHK『スタジオパークからこんにちは』のゲスト出演時で語っていた。紅白で使われた歴代の豪華衣装は解体して保管しているそう。
1992年の紅白では推定4億円といわれる電飾衣装で登場したが、本番中にショートしてコンピュータが故障し、約3分の2が点灯しないというトラブルに見舞われている。
映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』では、この派手な衣装を元ネタにした「小林幸子アクションミレニアムビーム発射装置」なる武器が劇中劇に登場。ビーム発射音は小林本人の声だった。また、この映画の主題歌も小林本人が歌っている。
アニメ『ヤッターマン(リメイク版)』2008年12月15日放送の第28話では、この派手な衣装をモチーフとしたドロンボーメカ「サチコDX(ディーエックス)」が登場。声も小林本人が担当しているほか、劇中では小林本人が「天才ドロンボー '08」を熱唱するシーンや2000から2007年までの衣装を再現するという演出があった。また、「ドクちゃんの豆知識」では、2008年の実際の紅白衣装で「世界一軽い布を探しているらしい」というヒントも披露された。
2011年の衣装は震災の影響で自粛を検討していたが被災者の私達を元気づけるつもりなら豪華衣装をやってください。との声により10月1日より製作開始し12月30日のリハーサル当日の朝に完成した。 大きいトラックの荷台に乗せNHKホールの搬入口から搬入しようとしたところ獅子の頭が大きすぎで入らなかったため下ろして搬入した。
衣装には毎年、曲目に合わせたコンセプトから名前が付けられている。衣装デザインは桜井久美子や上迫美恵子、電飾部分に森脇裕之などが歴代参加している。
| 年度 | 衣装名 | 歌唱曲 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1985年(昭和60年) | 『十二単』 | 夫婦しぐれ | |
| 1986年(昭和61年) | 『クレオパトラ・カムバック』 | 別離 | 60本の孔雀の羽根を使用。 |
| 1987年(昭和62年) | 『平安王朝絵巻』 | 雪椿 | |
| 1988年(昭和63年) | 『唐織の壺織装束』 | 雪椿 | 紅組トリ |
| 1989年(平成元年) | 『21世紀の天女』 | 福寿草 | 重さ約10kg。プラチナと金を使用。 |
| 1990年(平成2年) | 『東洋の神秘』 | 天命燃ゆ | 約260センチ、30kg。 |
| 1991年(平成3年) | 『冬の鳥』 | 冬化粧 | 直径5ミリのワイヤーによる宙づり。高さ12mまで上昇。 |
| 1992年(平成4年) | 『光のファンタジー』 | 恋蛍 | 62,500個のLEDを使用。コンピュータトラブルにより失敗。 |
| 1993年(平成5年) | 『ペガサス』 | 約束 | 高さ8m、横14mの巨大衣装。序盤は青色、終盤は金色の羽になる。 |
| 1994年(平成6年) | 『人間ナイアガラ』 | 雨の屋台酒 | ピラミッド型に4段に積み上げられたボールの最上部で歌唱。2番からはボールが回転、同時にドライアイスが噴射される。高さ6m、横6.5m。 |
| 1995年(平成7年) | 『21世紀の観音様』 | 母ひとり | 1コーラス目が終わると高さ8mにせり上がり、終盤では巨大な傘状のものが回転・収縮を繰り返す。高さ8m、横3.5m、奥行き4m、重さ8トン。 |
| 1996年(平成8年) | 『雪女』 | 越後情話 | 1コーラス目までは黒い着物。間奏で着物が滑り落ち金色の衣装が登場。背後には巨大な雪の結晶が現れる。高さは約6m。 |
| 1997年(平成9年) | 『生命誕生』 | 幸せ | イントロで小林が入った巨大な卵がせり上がり、割れ、銀色の衣装で1コーラス歌い終えると羽根状のものが開く。高さ6m、横9m、光を発するコードの総延長は約30km。 |
| 1998年(平成10年) | 『ヒューマンファンタジー』 | 風といっしょに | イントロで稲妻が走り殻が割れる。36色の光ファイバーを使用。終盤には緑色の衣装が滑り落ちて薄さ0.1mmのボディースーツが現れる。高さは最大約7.5m、横最大約20m。重さ2トン。 |
| 1999年(平成11年) | 『2000年のかぐや姫』 | やんちゃ酒 | 赤い着物で登場。間奏で緑色の着物に早変わりし、回転しながら上昇。同時に背後に竹のイメージのカーテンが出てくる。 |
| 2000年(平成12年) | 『愛×2傘』 | 泣かせ雨 | 10年ぶりに舞台袖から歩いての登場。紅い橋を半分まで登ったところで歌い始める。間奏で下から緑色の幕が出てきて小林を包む。紅い橋は中央から開いてピンク色の花園が現れ、小林はピンクの衣装に早変わり。背後に巨大な傘が開く。高さ8m、横15m。 |
| 2001年(平成13年) | 『Flower of dream』 | 夢の涯て~子午線の夢 | 小林の顔をモチーフにしたマスクをかぶったダンサーが衣装の一部となる演出。 |
| 2002年(平成14年) | 『氷の女王』 | 雪泣夜 | 赤いうち掛で登場。1コーラス歌い終えると、うち掛が滑り落ち、白い衣装に早変わり。背後にはパイプのようなもので形成された巨大なブロックが現れる。 |
| 2003年(平成15年) | 『孔雀』 | 孔雀 | 卵が開いて真っ赤な衣装で登場。電気トラブルで3つある巨大な羽根のうち1つしか稼働しなかった。その後NHK歌謡コンサートにてリベンジ、大成功する。 |
| 2004年(平成16年) | 『アテネの女神』 | いそしぎ | 2004年紅白未発表衣装。2005年1月の『NHK歌謡コンサート』で披露した。炎をイメージした赤い衣装が間奏で滑り落ち、緑色の衣装にチェンジ。背後に羽根が生え背景にはヴィーナスをイメージしたものが現れる。 |
| 2005年(平成17年) | 『冬から春へ』 | 越後絶唱 | 水色の衣装で登場。氷の岩のようなものの上で1コーラス歌い終えると、小林が下降し、つぼみと背景(冬)が上昇。つぼみが開くと小林がピンクの衣装で登場。2コーラス目を歌い終えると背景(冬)が滑り落ちてピンク(春)に変わる。 |
| 2006年(平成18年) | 『火の鳥』 | 大江戸喧嘩花 | 黄金のドレスで登場。間奏でNASAが開発した特殊リフトで高さ8mまで上昇し、同時に青龍も上昇。青龍が倒れると、黄金の巨大ドレスが現れ、回転する。 |
| 2007年(平成19年) | 『桜の万華鏡』 | 恋桜 | 桜の花びらをあしらった黒いうち掛で登場。1コーラス歌い終えると下から黒く光る幕が出てきて、約13秒で青く光るドレスに早変わり、そのまま上昇。と同時に背後には巨大万華鏡が現れ回転。重さ2トン。 |
| 2008年(平成20年) | 『砂漠に突然現れたオアシス』 | 楼蘭 | 砂漠をイメージした黄土色の衣装で登場。1コーラスの途中でオアシスのイメージのピンク・紫・水色の衣装に一瞬にして早変わり。間奏で高さ8mまで上昇。同時に羽根が生える。背景に巨大ジェット4機を使用して世界一軽いといわれる布が浮上。横12m、奥行き4m。 |
| 2009年(平成21年) | 『メガ幸子』 | 万葉恋歌 ああ、君待つと | 本人と同様の衣装を着用した高さ8.5m、横幅8m、奥行き5.4m、総重量3トンの巨大な胸像が登場。 |
| 2010年(平成22年) | 『母鶴』 | 母ちゃんのひとり言 | 歌のタイトルどおり故郷とお母さん という暖かいイメージから鳥をイメージ、歌い始めはテレビ映像ではわかりにくいが約5、5メートルの位置からのスタート。
間奏で黒幕がはずれ、後ろ向きのうずくまった鶴が登場。そのまま鶴のみが回転し前向きに。小林は鶴の背中に乗った状態。 鶴は羽を広げ2番の歌唱中上下左右に動くほか首も動き羽もはばたく。小林幸子がきている着物部分もとても美しい。 鶴は羽を広げると幅13m高さは最高8メートル 今までにない新しく美しい衣装となった。 |
| 2011年(平成23年) | 『五穀豊穣』 | おんなの酒場 | 衣装のテーマは五穀豊穣となっているが2009年に続くメガ第2弾で「メガ獅子」でもある。
例年どおり暗闇に包まれながら一番を歌うと間奏部分で暗幕がはずれ大きく口を開けたメガ獅子が登場。小林さんは獅子の口の中に立った状態になり獅子のみが上昇。 獅子の口に飲み込まれ、口が閉じる。そして獅子の頭部から幸子さんが登場し獅子も後ろの部分が大きく広がる。耳や獅子の顔や口、全体が本物の獅子舞のように動くため迫力があった衣装だった。これも今までになく新しく日本の上品な美しさが演出された。 獅子は高さ6メートル全長8メートル重さ2・5トン。幸子さんの身にまとっている衣装には幸子田で収穫された稲穂がちりばめられている。 |
[編集] 歌手以外の活動
デビュー当時から現在まで女優としても活躍していて座長としての舞台公演はもちろん、テレビの2時間ドラマやNHK大河ドラマ『花の乱』、NHK朝の連続テレビ小説『ほんまもん』、テレビ朝日『OL銭道』などのドラマでも活動している。
[編集] テレビドラマ
- くらやみ五段(1965年9月 - 1966年3月、NET・東映) - マツゲ
- 特別機動捜査隊(1961年10月 - 1977年3月、NET・東映)
- 第313話「佐渡の踊り子」(1967年)
- 第316話「北国の女」(1967年)
- 第451話「雨の中の慕情」(1970年)
- 第548話「影を追う女」(1972年)
- 第556話「若い男と女の坂道」(1972年)
- 第605話「悪魔のような女」(1973年)
- 第612話「誘惑の報酬」(1973年)
- 第645話「ある女子大生・異常の愛」(1974年)
- 青い太陽(1968年4月 - 9月、NET・東映)※主演 - 杉田和世
- 刑事くん(第1シリーズ)(1971年9月 - 1972年10月、TBS・東映)第19話「冬の旅・青春の旅」(1972年)
- 荒野の素浪人(第1シリーズ)(1972年1月 - 1973年3月、NET・三船プロダクション)第30話「緋剣 三匹の女渡世人」(1972年)
- キカイダー01(1973年5月 - 1974年3月、NET・東映)第35話「振袖娘ビジンダー地獄絵巻」(1974年)
- 非情のライセンス(第1シリーズ)(1973年4月 - 1974年3月、NET・東映)第42話「兇悪の新曲」(1974年)
- アイフル大作戦(TBS・東映)
- 第41話「地震・雷・火事・亭主!日本沈没」(1974年)*小林さち子名義
- 第46話 「スキーで婚約殺人旅行」」(1974年)*小林さち子名義
- 旗本退屈男 第22話「潮風に紅い血が騒ぐ」(1974年)*小林さち子名義
- 水滸伝(1973年10月 - 1974年3月、日本テレビ・国際放映)第4話「九紋竜の激怒」(1973年)
- 銭形平次 第738話「晴れ姿神田祭り」(1980年、フジテレビ / 東映) - おさよ
- 大江戸捜査網 第601話「隠密狩り! 殺しに誘う美女」(1983年、テレビ東京 / 三船プロ)
- ハロー張りネズミ(1996年、TBS)
- 火災調査官・紅蓮次郎 第5話「雪が燃える?工場大爆発トリック!・女調査員が見た灰の中の嘘…、燃えない死体と求人情報の謎」(2005年、テレビ朝日 /大映テレビ)
- 女子刑務所東三号棟8(2008年、TBS)
- BS時代劇 テンペスト(2011年7月 - 9月、NHK BSプレミアム) - 花風女将
- 七人の敵がいる!〜ママたちのPTA奮闘記〜(2012年4月 - 6月、東海テレビ) - 上条圭子
[編集] 映画
- 座頭市二段斬り(大映1965年・勝新太郎主演) お鶴(子役)
- ある殺し屋(大映1967年・市川雷蔵主演) - みどり(小料理屋の女中)
- 男はつらいよ 拝啓車寅次郎様(1994年) - 三沢雪子
- 化粧師 KEWAISHI(2002年) - 飛行機
- デビルマン(2004年) - 隣家の中年女(この映画の出演は本人の意思とは全く関係が無く、「突然呼び出されて何が何だかわからない内に出演する事になった」由のコメントを残している[5]。本人のあずかり知らぬ所で動いていたものであるということが露呈した)
[編集] テレビアニメ
[編集] 劇場版アニメ
- 劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲(1998年) - ボイジャー
- クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル(2000年) - ペガサス
- 良寛さん(2003年) - ナレーター
[編集] 吹き替え
- トムとジェリーの大冒険(1992年) - フィックおばさん
- エイセス/大空の誓い(1994年、ゴールデン洋画劇場放映版) - アンナ
- ルイスと未来泥棒(2007年) - ミルドレッド
[編集] バラエティ・生活情報番組ほか
- 『8時だョ!全員集合』、『ドリフ大爆笑』のコントに定期的に出演。
- 1992年にはテレビ東京のバラエティ番組『浅草橋ヤング洋品店』の司会を務めた。
- 『SMAP×SMAP』のルーレットボウリングに出演。
- 他、多数の番組にゲスト出演。
- 2010年4月からUSEN演歌ステーションにて、『小林幸子のハッピートーク』という1時間のレギュラー番組がスタートした。
- 月曜 - 日曜(隔週更新) 5:00-、11:00-、17:00-、23:00-。
[編集] CM
- カップヌードル キムチ
- ピップエレキバン
- オンパックス(マイコール社の貼る使い捨てカイロ)
- ホンダ・エアウェイブ(2007年6月 - )
- 2010年8月下旬より『マルちゃん 四季物語』(「秋のときめき」編のみ。ジェロと共演)のCMに出演予定。
[編集] インターネット動画
- つか金フライデーDOUGA フジテレビ無料動画サイト - 見参楽(みさんが!)(2011年3月31日 - 6月30日 配信)
[編集] 脚注
- ^ 毎週火曜日の夜7時半から30分間の一般視聴者参加の公開生中継番組。その週の出場者の中から挑戦者を決定し、前週からのチャンピオンと対決し、5週連続で勝ち抜くとグランドチャンピオンとなる。番組タイトル中の「読本」は、スポンサーだった製薬メーカー「トクホン」に因んだ。司会者は柳家小ゑん(後の立川談志)。
- ^ “小林幸子、57歳でついに結婚!8歳年下の医療会社社長と”. スポーツ報知. (2011年8月31日) 2011年9月2日閲覧。
- ^ 小林幸子が婚姻届提出「小林から林になりました」 オリコンスタイル 2011年11月15日
- ^ あまりのきらびやかさに、マイケル・ジャクソンの遺品を展示するイベントにおいて小林の紅白歌合戦の時のドレスが飾られていたことがある。
- ^ 第14回東京スポーツ映画大賞特別作品賞の表彰式でのビデオレターより
[編集] 外部リンク
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