男はつらいよ
『男はつらいよ』(おとこはつらいよ)は、渥美清主演、山田洋次原作・監督(一部作品除く)のテレビドラマおよび映画である。テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。毎回旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることが多い。
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[編集] 概要
1968年(昭和43年) - 1969年(昭和44年)に、フジテレビが制作・放送したテレビドラマが最初である。このテレビ版はヒットしたが、最終回で寅次郎がハブを取りに行こうとして、逆にハブに噛まれ、毒が回り死んだと言う結末に視聴者から多数の抗議が殺到して、映画化につながった。
映画シリーズは、松竹によって1969年(昭和44年)から1995年(平成7年)までに全48作が、1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。なお、第1作は1969年8月に上映された。
山田洋次が全48作の原作・脚本を担当。第3作、第4作を除く46作を自ら監督した。第3作の監督は森崎東、第4作は小林俊一である。第5作を山田が再び監督し、シリーズを完結させる予定であったが、あまりのヒットに続編の製作が決定した。
以降、全作品がヒットして松竹のドル箱シリーズとなり、30作を超えた時点で世界最長の映画シリーズとしてギネスブック国際版にも認定された。ただしこれは作品数においてであり、年数では『ゴジラ』シリーズの方が長い。渥美の死去により、1995年(平成7年)に公開された第48作『寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。その後、ファンからのラブコールが多かったとの事で、『寅次郎ハイビスカスの花』を再編集し、新撮影分を加えた『寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』が1997年(平成9年)に公開された。また渥美の死により、第49作および本来の最終作となるはずだった第50作が未撮影になった。
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[編集] 映画概要
| 男はつらいよ | |
|---|---|
渥美清演じる車寅次郎
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| 監督 | 山田洋次(一部作品除く) |
| 出演者 | 渥美清、倍賞千恵子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、 太宰久雄、笠智衆、佐藤蛾次郎など |
| 配給 | 松竹 |
| 上映時間 | 1969年 - 1995年 |
| 製作国 | |
| 言語 | 日本語 |
主人公、「フーテンの寅」こと車寅次郎は、父親、車平造が芸者、菊との間に作った子供。実母の出奔後父親のもとに引き取られたが、16歳の時に父親と大ゲンカをして家を飛び出したという設定。第1作は、テキ屋稼業で日本全国を渡り歩く渡世人となった寅次郎が家出から20年後突然、倍賞千恵子演じる異母妹さくらと叔父夫婦が住む、生まれ故郷の東京都葛飾区柴又・柴又帝釈天の門前にある草団子屋に戻ってくるところから始まる。
シリーズのパターンは寅次郎が旅先や柴又で出会うマドンナに惚れてしまい、マドンナも寅次郎に対して好意を抱くが、それは多くの場合恋愛感情ではなく、最後にはマドンナの恋人が現れて寅次郎は振られてしまう。そして落ち込んだ寅次郎が書き入れ時である正月前、もしくは盆前に再びテキ屋稼業の旅に出て行くという結末で一貫している[1]。
『寅次郎夢枕』の千代や、いわゆる「リリー三部作」[2]のリリーなどのように、寅次郎に恋愛感情を持ったマドンナもいたが、この場合は、寅次郎の方が逃げ腰になり、自ら身を引く形となっている。また、マドンナと「うまくいっている」と誤解している時点で、寅次郎が柴又に帰り、さくら達にマドンナとの楽しい体験を話す場面は、渥美清の語りは落語家のような名調子で、スタッフやキャスト達は「寅のアリア」と呼んでいた。
第42作以降の4作品は、寅次郎の相手となる通常のマドンナに加え、さくらの息子満男(吉岡秀隆)が思いを寄せる泉(後藤久美子)がマドンナとして登場するようになり、寅次郎が満男のコーチ役にまわる場面が多くなっている。渥美が病気になり快活な演技ができなくなったため、満男を主役にしたサブストーリーを作成、満男の恋の相手が必要になったため、当初は予定されてなかった泉が登場することとなる。山田監督の話によれば第49作で泉と満男を結婚させようと考えていたらしいが、渥美の死去により幻になった(『紅の花』で泉の結婚式を妨害し、結婚式を中断させたのは結婚への伏線であったとも考えられる)。
レギュラーとして登場する人物は、寅次郎、さくらのほか、さくらの夫・諏訪博、草団子店を経営する叔父・竜造と叔母・つね、博が勤務する印刷会社「朝日印刷所[3]」の社長で寅次郎の幼馴染・タコ社長こと桂梅太郎[4]、帝釈天の御前さま、寺男で寅次郎の舎弟・源公などがいた。マドンナとして複数回登場した女優もいるが、リリー、泉、歌子(吉永小百合)以外は、別人の役で出演している。おいちゃんこと叔父・竜造役は初代が森川信、2代目は松村達雄、3代目は下條正巳が演じた。その他、毎回役柄は違うものの、サブキャラクターとしてレギュラー出演する俳優も多く存在した。
青年時代に、実際にテキ屋体験がある渥美ならではの見事な口上も、ファンの楽しみであった。また、このシリーズは原則としてお盆と正月の年二回公開されたが、お盆公開の映画の春から夏への旅は、南から北へ、正月公開の秋から冬への旅は、北から南へ旅することが多かった。画面に映し出される日本各地の懐かしい風景が、シリーズの魅力の一つでもある。
なお、第48作まで一貫してエンドロール表示は設定されず、出演キャストや製作スタッフ等の字幕表示はオープニングでされた。
2011年12月 - 2012年1月に、wowowにてシリーズ全作品が初めてハイビジョン画質で放送された。
[編集] エピソード
- 当初は興行成績よりも評価が優先している傾向があり、不動の大ヒットシリーズとなったのは第5作あたりからである。
- 御前様役を演じていた笠智衆は、第45作終了直後に亡くなっている。しかし、御前様の娘・冬子役としてかつて出演していた光本幸子が第46作で久々に出演、さくらと冬子が二人で御前様の近況の会話をする描写があるほか、さくらが源公に「御前様お元気?」と聞くシーンもあり、笠の死去で出演が不可能になっても、御前様は画面に登場しないだけで健在であるという設定になっている。
- オープニングテーマの前に始まる、寅次郎が旅先で見る様々な夢は、全撮影の最後に撮影されている。夢のシーンは『科学者の寅次郎が怪獣を倒す』等の本編とは全く関係のない話が多い。なお、出演者には直前まで内容は秘密にされていたという。
- 山田洋次が柴又を知ったのは、『下町の太陽』を監督する際、作家の早乙女勝元に教授してもらうために早乙女宅を訪問。早乙女宅からすぐそばにあった帝釈天を、案内されたのが切っ掛けである。
- フジテレビで、登場人物を動物に置き換えたテレビアニメ版『フーセンのドラ太郎』が放送された。また、TBSでもテレビアニメ版が放送され、映画シリーズに出演したことがある岡本茉利がさくら役になっている。それぞれ制作会社も制作時期も異なり、関連性はない。
- 源公役の佐藤蛾次郎は、ファンから全48作すべてに出演した思われている事が多いが第8作のみ、交通事故にあったため出演していない。
- 寅次郎の名は、映画監督の斎藤寅次郎にちなむ。
- 映画の舞台に使用した柴又の団子屋が、実際に「とらや」に屋号を変更した。このため、作中の「とらや」の屋号は、第40作から「くるまや」に変わる。
- 柴又の店舗で撮影されていたのは第4作までで、それ以降は松竹大船撮影所のセットである。
- 出川哲朗は若手時代に、第37作から第41作の5作品に端役で出演し、全ての出演シーンで何故か鉢巻をしている。第37作・第39作では台詞もある。本人のコメントによると、撮影現場で渥美清に「君は普段何をしてるのかね?」と尋ねられたという。又、第37作ではエドはるみも端役で出演している。
- 第46作には、本作と同時上映として製作されていた『釣りバカ日誌』の主人公である、西田敏行演じるハマちゃんがカメオ出演している。釣具を背負ったハマちゃんが釣りに向かう途中、くるまやの前を通って、おばちゃんと会話を交わすというもので、松竹の二大シリーズ間でスター・システムを取り入れている。
- 2001年(平成13年)8月4日、奇しくも渥美清の5回目の命日に、柴又八幡神社古墳において帽子や顔の輪郭などが「寅さん」にそっくりの埴輪が出土した。現在は複製が寅さん記念館に展示してある。このことは、フジテレビのバラエティ番組『トリビアの泉』でも紹介された。考古学者によると、この埴輪は6世紀のものであるといい、この埴輪を見た山田監督は驚いたという。新聞で紹介された時は「君は寅さんのご先祖様かい?」という見出しがついた。
- さくらと博が住む川沿いの家は、毎回同じではなく変わっている。
- 1986年8月は、山田洋次監督のキネマの天地が公開されたため、男はつらいよは公開されてないが、寅さんファミリー総出演である。主人公、小春(演:有森也実)の父親である喜八を渥美清が演じ、親子役で倍賞千恵子が、ゆき(弘吉の妻)、前田吟が弘吉(ゆきの夫、都電の運転手)、吉岡秀隆が満男(息子)。その他でも健二郎(演:中井貴一)の下宿のおかみ、貞子を三崎千恵子、健二郎の父親、島田庄吉を下條正巳、留置場の男、留吉を佐藤蛾次郎が演じている。
- 正月映画としての公開が毎年の恒例だったことから、「寅さん」は冬の季語にもなっている[5]。
- 長野県小諸市には、寅さん会館という、寅さんの記念館がある。
- 京成電鉄は初回より撮影に協力。日本の鉄道事業者で初めて鉄道施設内での撮影を可能とした(当時は日本国有鉄道でも鉄道施設内の撮影は例外を除き認められていない)。
- 渥美の死去により、2代目寅さんの誕生が噂され、片岡鶴太郎や西田敏行らが候補とされた。これは噂の域にとどまらず、実際に報道もされたが、「寅さん=渥美清」という山田監督の意向もあってお蔵入りとなっている。1996年・1997年には、本シリーズに代わる新たな松竹正月映画として、西田主演、山田監督、寅さんファミリーと呼ばれる常連出演者勢ぞろい、男はつらいよとほぼ同じスタッフが参加した『虹をつかむ男』が公開された。しかし。その後の松竹の看板正月映画は、1988年から2009年まで続いた、西田主演で山田洋次が脚本家としても携わる『釣りバカ日誌』シリーズに受け継がれることとなる。
- 全48作中9作がキネマ旬報・ベストテンに入選している。同ベストテンでは、『仁義なき戦い』などの例外を除くと、プログラムピクチャーシリーズ(『駅前』『社長』『若大将』など)やその他時代劇も含め、シリーズ物の映画はほとんど無視される傾向がある。それから考えると、評価の高さがうかがえる。
- 特に、ブラジルのサンパウロにある日本人街「リベルダージ」の映画館では、1990年代に至るまで最新作が毎作上映されていた。なお、ブラジルの法律で「8歳以上指定作品」となっていた。
- また、同じく1990年代までは、日本航空の機内で最新作が上映されていた。また日本航空は海外ロケの製作協力もしていた。
- 北朝鮮の金正日総書記がファンであるとされる。
- 721年(養老5年)に作成された「正倉院古文書正集(しょうそういんこもんじょせいしゅう) 第二十一巻」に収録された下総国葛飾郡大嶋郷戸籍 (しもうさのくにかつしかぐんおおしまごうこせき)の中に、姓は「孔王部(あなほべ)」、名は「刀良(とら)」という33歳の男性と、別の世帯に同姓の「佐久良賣(さくらめ)」という34歳の女性の名があり、話題となったことがあった。
[編集] 登場人物
[編集] レギュラー
- 車寅次郎:渥美清
- 主人公。昭和11年2月26日、柴又で遊び人の父親である車平造と、芸者キクの間に生まれる。14歳の頃(葛飾商業学校在学時)に父とケンカして家を飛び出し、学校を中退。それから20年後、帝釈祭りの日に柴又に帰省し、父の団子屋に戻ってくる。快活で拍子抜けに明るい性格である一方、中身は子供のままで、感情が顔に出やすく、ちょっとしたことで血の気の多くなり喧嘩ざたになる、美女を目にした途端、直ぐのぼせ上がりそれが毎度、色恋沙汰を引き起こす。根は優しく義理堅い面もあり、家族のことも大切に思っているのだが、真面目に孝行しようと必死になる度に、気持ちのすれ違いから空回りして喧嘩が起きることもしばしば。職業は的屋で、学校を中退してから全国各地を回って物を売っている。商売柄、口が非常に上手く、思いつきやデタラメに作り上げた会話で人を笑わせる。腹違いの妹・さくらのことを常に気にかけている。小学校までしかまともに教育を受けておらず、字をまともに書くことができない。好物は芋の煮っころがし。
- 寅次郎の腹違いの妹。性格と容姿は寅次郎とは似ても似つかない。幼い頃、寅次郎が家出をしたとき最後の最後まで引き止めようとし、20年後に再会する。寅次郎の一番の理解者でありながら、毎度ドタバタを起こすことに冷や汗をかく。幼い頃は宝塚の歌劇に入ることを夢見ていた。第一作では高校卒業後、一流企業のOLとして勤務して、上流階級の御曹司とお見合いをしたが、同席した寅次郎の職業と下品なおしゃべりが原因で破談となる。家の裏手の印刷工場で働いている職工の諏訪博と結婚して満男を産む。
- さくらの夫。満男の父。北海道生まれ。父親は大学教授で、博自身は家庭環境としては高等教育を受けられる立場にあったが、父親と対立し高校を中退して家出したことで機会を逸し、職工として生計を立てる。寅次郎に対しては、唯一謙虚で常に謙っている。息子の満男には必要以上の期待をかけている。(第1作より)
- 寅次郎の叔父。兄、平造の後を引継ぎ団子屋を営む。若い頃は満洲に行って一旗揚げることを夢見ていた。基本的な設定は同じものの演じる俳優によって性格がやや異なる。森川信が演じた当初はコミカルなキャラクターで、毎度と色恋沙汰でドタバタを起こす寅次郎に冷や汗を書きつつ、また「バカだねえ…寅は」と口癖にしながら心配しつつも、寅次郎同様に頭に血がのぼってケンカになってしまうこともしばしば。松村達雄になって、やや大人しくなる。下條正巳からは一転してシリアスなキャラクターとなり、妻のつねが母親のように寅次郎に愛情を注ぐのに対し、寅次郎に対しどこか冷めた所がある。
- 寅次郎の叔母。昔ながらの元気なおばちゃん。昔は呉服屋の御曹司と結婚することを夢に見ていた。子どもがないこともあってか、実の母親のように寅次郎に愛情を注ぐ。さくらとともに寅次郎の理解者。泣き虫なところがある。
- 昭和45年生まれ。さくらの長男で、寅次郎からは甥にあたる。両親の期待を一身に受けて育つが、1年間の浪人生活を経て、城東大学に入学、卒業し中小企業の靴メーカーに就職(47作)という平凡な人生を歩むことになる。浪人中に、後藤久美子演じる及川泉に恋をする。晩年のシリーズでは寅次郎より満男と泉の関係にスポットを当てた作品も見られた。
- 桂梅太郎(社長・タコ社長):太宰久雄
- 常に金策に追われる経営者。お人好しな性格でおしゃべりだが、何かとタイミングが悪く、その事で毎度寅次郎の怒りを買っている。毎度トラブルに見舞われた際、「オラ知らねぇよ」が口癖。
- 御前様:笠智衆(第1作 - 第45作)
- 人格者であり、幼いころからの寅次郎の理解者であるが、世間知らずでとぼけたところもある。彼には寅次郎も頭が上がらない。「困ったぁ」が口癖。
- 源公:佐藤蛾次郎(第8作を除く)
[編集] 準レギュラー
- 川又登(寅次郎の舎弟):津坂匡章(現・秋野太作)(第1作、第2作、第4作、第5作、第9作、第10作、第33作)
- 寅次郎を「兄貴」として慕う。しかし、後にテキ屋稼業から足を洗い結婚して所帯を持ち、堅気となって盛岡で今川焼屋を営むようになる。
- 坪内冬子(御前様の娘/第1作のマドンナ):光本幸子(第1作、第7作、第46作)
- 寅次郎の幼なじみ。ヒロインの中で唯一、寅次郎を「寅ちゃん」と呼ぶ。
- 諏訪飈一郎(博の父):志村喬(第1作、第8作、第22作)
- 博の父で大学のインド古代哲学の教授、物静であるが、博の人生選択に強く容喙して反発を受け、家出を招く。博とさくらの結婚式で久しぶりに親子対面し、和解を果たす。第8作では妻を亡くし葬儀がいとなわれる中で放浪暮らしの寅次郎に人間の運命にさからってはいけないと人生を唱える。22作出演後、演じる志村喬が死去と共に設定上でも死去、32作目には三回忌の法要がが行われる。
- 松岡リリー(マドンナ):浅丘ルリ子(第11作、第15作、第25作、第48作)
- スナックやキャバレーなどでドサ回りをしながら活動している三流歌手。気が強いところがあるが心優しい女性。後に歌手を引退して、寿司屋の主人(演:毒蝮三太夫)と結婚しそこの店の女将となるが、堅気の商売が性分に合わず離婚してしまう。寅次郎の理解者であり、マドンナの中で寅次郎とつり合いの地位にあり、相思相愛となる女性の一人。
- お菊(寅次郎の母):ミヤコ蝶々(第2作、第7作)
- 深川の芸者であり、寅次郎の父親と内縁関係で寅次郎を生む。ただし寅次郎の養育には関わっていない。現在は京都で連れ込み宿を経営している。女手一つで世知辛い世の中を生きてきたため気が強く、息子とは顔を合わすたびにケンカをしてしまう。ちなみに演じるミヤコ蝶々は息子役の渥美清とは8歳しか歳の差がない。
- 桂あけみ(タコ社長の娘):美保純(第33作 - 第39作)
- 明るく陽気な娘であるが、少し素っ破なところがある。
- 及川泉(満男の交際相手/マドンナ):後藤久美子(第42作 - 第45作、第48作)
- 及川礼子(泉の母):夏木マリ(第42作 - 第45作、第48作)
- 三平(くるまやの店員):北山雅康(第40作 - 第48作)
- 加代(くるまやの店員):鈴木美恵(第46作 - 第48作)
[編集] サブキャラクター
- 関敬六(第一作ではさくらの結婚式の司会者。シリーズ後半からは、寅のテキヤ仲間・ポンシュウ役)
- 桜井センリ(寅のテキヤ仲間、教会の神父など)
- 松村達雄(おいちゃん役の他、医者、定時制高校の教師、お寺の住職、教授役など)
- 米倉斉加年(交番の巡査、大学教員、寅の恋敵役など)
- 柄本明(現代病のサラリーマンほか多数。)
- 笹野高史(足の速さを見込まれてのコソ泥、役所の事務員、ゲイのライダーほか多数)
- 梅野泰靖(博の長兄・毅)
- 穂積隆信(博の次兄・修)
- 八木昌子(博の姉・信子、菜穂の母役など)
- すまけい(船長役など多数)
- 犬塚弘(同級生役など)
- イッセー尾形(医師、車掌役など)
- マキノ佐代子(朝日印刷所事務員ゆかり役など)
- 谷よしの(初期はご近所さんが多く、他に寅さんが泊る旅館の仲居さん、地方の老婆役)
- 出川哲朗(板前姿の男、小諸での祭りの若い衆、テキヤの若い衆など)
- 吉田義夫(旅の一座の座長、映画冒頭の夢のシーンでの悪役など)
- 岡本茉利(旅の一座の大空小百合、朝日印刷所の事務員役など)
- あき竹城
- 津嘉山正種(オープニングに登場する絵描き役・サックス奏者など。のち本編にも登場)
- 石井均
- アパッチけん(主にオープニングで登場)
- 佐野浅夫(作中唯一登場する悪役)
- 神戸浩
- 寺尾聰(警察官、泉の父役など)
- 石倉三郎
- 大滝秀治(寺の住職、古書店主役など)
[編集] 映画シリーズ一覧
[編集] 未撮影作品
シリーズ第49作のマドンナは田中裕子で、その兄役で西田敏行が出演の予定だった。物語は、妹が中絶した子供の父親が寅さんかと兄が疑い、それから寅さんがこの兄妹の後見人になる、また泉と満男を結婚させる、というものだったらしい。公開日は1996年12月28日と決まり、秋からの撮影を控えていた。「渥美清の伝言」によると、1996年6月28日に秋から始まる撮影に向けて意欲を燃やしていたが、渥美の死去により実現しなかった。 ロケ地となるはずだった高知県安芸市伊尾木地区に2002年に開業した土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線伊尾木駅のイメージキャラクター「いおき トラオくん」が寅次郎をモチーフにしたのはこの経緯によるものである。
[編集] シリーズのロケ地
『男はつらいよ』シリーズの撮影はほぼ全国で行われているが、高知県と富山県と埼玉県では撮影が行われていない[7]。 ただし、高知県では第49作の撮影が決定していた。また、セリフ上では第8作で高知へ行ったということになっている。
高知県と富山県では後に、『男はつらいよ』以後松竹の看板として国民的映画シリーズになった『釣りバカ日誌』において、連続して撮影が行われた。
海外撮影はアメリカ(24作)、オーストリア(41作)で行われた。
[編集] 虹をつかむ男
「花へんろ」公開予定の1996年12月28日にほぼ同じキャスト、ロケ地で『虹をつかむ男』が渥美清への追憶映画として公開された。倍賞千恵子、前田吟、吉岡秀隆の三人はこの映画でも親子役である。渥美清もCGではあるが、1シーンだけ登場している。
[編集] 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇
1997年に公開された『寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』は、根強い寅さん人気に応える形で作られた作品である。満男が寅さんを回想する内容で、タイトルになっている第25作『寅次郎ハイビスカスの花』だけではなく、第11作『寅次郎忘れな草』、第15作『寅次郎相合い傘』のシーンが使われている。映像技術の進歩によって製作できた作品とも言え、満男が見た幻としてCGの寅さんが登場した。主題歌を八代亜紀が歌っている。
[編集] 有名なシーン・セリフ
[編集] 有名なシーン
- 「寅のアリア」(第15作・男はつらいよ 寅次郎相合い傘)
- リリーをキャバレーまで送った寅次郎は、そのあまりの環境の劣悪さに驚き、肩を落としてとらやに帰って来る。「俺にふんだんに銭があったら・・・」寅次郎は大ステージで歌い上げるリリーの姿を想像し、臨場感たっぷりにさくらたちへ語って聞かせる。寅次郎の切ないまでの愛情が渥美清の名演技によって表現されている。山田洋次によれば[8]、後日リリー役の浅丘ルリ子がこのシーンを見て涙を流していたという。このシーンに限らず、渥美清独特の語り口によってなされる“一人語り”はスタッフの間から「寅のアリア」と呼ばれていた。
- 「メロン騒動」(第15作・男はつらいよ 寅次郎相合い傘)
- 寅次郎の世話になった男から高級メロンをもらったとらやの面々。切り分けて食べ始めたところへ寅次郎が外出から戻ってくる。寅次郎の分をうっかり勘定に入れ忘れていたことに気付いた一同は、大慌てで場を取り繕うとする。そんなとらやの人々を心が冷たいと激しくなじる寅次郎だったが、リリーが核心を突いた言葉で一喝してしまう。
- 「ぼたんの涙」(第17作・男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け)
- 芸者のぼたんが200万円の大金を騙し取られるが、法の盲点を突いたやり口になす術が見つからない。悲嘆に暮れるぼたんを横目に寅次郎はすっと立ち上がり、優しく別れの言葉を告げてとらやを飛び出していく。相手のところへ殴り込みに行こうとする寅次郎の捨て身の愛情に触れたぼたんは、幸福の涙を流す。
[編集] 有名なセリフ
男はつらいよシリーズには、繰り返し使用されるセリフが多数ある。以下はその代表例である。
- 「それを言っちゃあお仕舞いよ」
- ケンカの際においちゃんが言う「出てってくれ」に対して寅次郎が返すセリフ。第1作で渥美清がとっさに放ってしまったアドリブだったが、セリフの持つ意味に感心した山田洋次がその後脚本に多用するようになった。[9]
- 「相変わらず馬鹿か?」
- 柴又に帰ってきた寅次郎が、備後屋などの顔なじみと交わすあいさつ。これも、もともとは渥美清のアドリブであった。
- 「貴様、さては(さしずめ)インテリだな?」
- 寅次郎が言い合いで負けたときや、自分が理解できないことを言われたときによく使用する。寅の知識や才覚が、半生の中で身についたことを証明する台詞とも考えられる。
- 「結構毛だらけ猫灰だらけ」
- 商売の啖呵から派生している、寅次郎の口癖。投げやりになったり、すねている際などに吐くこともある。その後にお尻の周りは糞だらけと続く場合が多い。
- 寅次郎が的屋商売でよく使う口上である。
[編集] 主題歌
| 男はつらいよ | ||||
|---|---|---|---|---|
| 渥美清 の シングル | ||||
| B面 | チンガラホケキョーの唄 | |||
| リリース | 1970年2月10日 | |||
| ジャンル | 歌謡曲 | |||
| レーベル | 日本クラウン | |||
| 渥美清 シングル 年表 | ||||
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同名の主題歌レコードは1970年2月に日本クラウンから発売され、シングルで38万枚のセールスを記録した[10]。売り上げこそ1970年代の曲としては平凡だが、映画の主題歌としては息の長い曲となった。
もともとは、後述するテレビ版の主題歌であり、当初の歌い出しは、妹が嫁に行けない事を嘆く内容だった。しかし、妹さくらが結婚したため、自分がやくざ者だと自嘲する歌詞に変更された。
後のアニメ『男はつらいよ〜寅次郎忘れな草〜』でも主題歌として使われた。
第49作『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』では、八代亜紀が主題歌を歌っていた。沢知恵がアルバム『いいうたいろいろ2』の中でカバーしている。
[編集] テレビ版
| テレビドラマ「男はつらいよ」 | |
|---|---|
| ジャンル | テレビドラマ |
| 放送時間 | 木曜日22:00~22:45(45分) |
| 放送期間 | 1968年10月3日 - 1969年3月27日(26回) |
| 放送国 | |
| 制作局 | フジテレビジョン、高島事務所 |
| 演出 | 小林俊一 |
| 脚本 | 山田洋次、稲垣俊、森崎東 |
| プロデューサー | 小林俊一、白川文造 |
| 出演者 | 渥美清、長山藍子ほか |
| オープニング | 「男はつらいよ」渥美清 |
| ドラマ |
|
関連項目
|
映画第1作より前に、フジテレビ系列で山田洋次・稲垣俊・森崎東脚本の連続テレビドラマ『男はつらいよ』が放送された。1968年10月3日から1969年3月27日までの半年間、22時00分 - 22時45分に放送された。全26回。提供はいすゞ自動車、日本石油(現・JX日鉱日石エネルギー)、ニチバン。
[編集] 経緯
1966年にフジテレビで放送されていた、渥美清の連続テレビドラマ『おもろい夫婦』が大ヒットした。これをきっかけに、昭和40年代の同局では、渥美の連続ドラマが毎年のように放送されていた。本作は、フジの渥美ドラマ第3作にあたる。
制作は、フジテレビと当時の渥美の所属事務所の高島事務所。テレビ版は松竹の制作ではない。企画と演出はフジテレビ制作部のディレクター兼プロデューサー(当時)の小林俊一。同局の編成部では白川文造が係わった。
企画段階でのタイトルは『愚兄賢妹』という番組名だったが、フジテレビの営業から「愚兄賢妹では堅苦しくて番組として売り難い」と言われたため、タイトルを変更することになる。そして、北島三郎が唄っていた『意地のすじがね』の中にあった「つらいもんだぜ男とは」という歌詞をヒントに、小林俊一が『男はつらいよ』と命名した。山田は当時、この変更を快く思っていなかったらしい[要出典]。
他にも、同時期にTBS系列で放映されていた渥美清主演のテレビ映画『泣いてたまるか』の、最終回のタイトルが「男はつらい」であり、この回の脚本を山田洋次が書いていたことも決め手となった。タイトル変更の経緯から、『意地のすじがね』の作詞者でもあった星野哲郎に、主題歌の作詞が依頼されることになる。
[編集] 放送とその後
船山馨原作のベストセラー小説をドラマ化した『石狩平野』が不調で、1年の放送期間が半年に短縮された。これにより、秋の番組編成に穴が空いてしまったため、本作の放送時間が木曜夜10時となる。今でこそ木曜夜10時はフジの独擅場だが、当時のこの時間帯は他局が圧倒しており、苦戦のフジは同局の渥美ドラマの人気で打破したい思惑もあった。
放送開始当初こそ視聴率は苦戦を続けたが、回数を重ねる毎に少しずつ上昇していき、番組終了までに最高で20%台を達するまでになった。視聴率としては高いとは言えないが、当時の状況を思えば大健闘の数字である。このため、当初は3か月・13回の放送予定を、半年・26回に延長した。
最終回で寅次郎は、ハブ狩りで一儲けしようと奄美大島に出かけるが、そのハブに噛まれて死んでしまう。寅次郎を死なせたことで、視聴者からはテレビ局に抗議の電話が殺到、これが映画化に繋がった。しかし、当時はまだテレビ番組の地位が、映画から見てかなり低く見られていた時代であった。松竹は、テレビ番組の映画化に難色を示していたが、山田洋次と松竹プロデューサー上村力の説得に折れる形で映画化された。
[編集] 映像の現存状況
テレビ版の映像は、フジテレビのライブラリーには第1回と最終回だけしか現存していない。その理由としては、以下の事柄も関係している。
- 当時のVTRの規格が2インチで、機器・テープ共に高価だった。
- 当時は著作権法などの絡みで、番組の資料保存が制約されていた。
- 番組保存の概念が希薄だったことや、白黒番組が二次使用で商売になることは想定しなかった。
そのため当時、ビデオテープは放送後に使いまわされるのが普通であった。現在、全話の再放送および全話収録の完全版映像ソフトの製作・発売は不可能とされている。
現存する第1回と最終回については、ビッグトゥデイにてノーカットで放送されたほか、1997年2月にフジテレビよりVHSで、2008年8月に松竹よりDVDでソフト化された。これらのビデオソフトでは、欠落した回も写真で紹介するほか、スタッフによる企画の誕生などのエピソードが収録されている。また、横浜市にある放送ライブラリーでは、第1回を閲覧することができる。
また渥美清が逝去した際各局のワイドショーで最終回の寅次郎が死ぬシーンと墓地のシーンが何度も流された。
[編集] 出演者
- 車寅次郎:渥美清
- さくら(櫻):長山藍子
- 車竜造(おいちゃん):森川信
- 車つね(おばちゃん):杉山とく子
- 雄二郎(※自称・寅の実弟。タネ違いの弟):佐藤蛾次郎
- 諏訪博士(※医師):井川比佐志
- 坪内散歩(※英語の先生、寅の恩師):東野英治郎
- 坪内冬子(※マドンナ。寅とさくらの幼馴染):佐藤オリエ
- 鎌倉ミチオ(※さくらの恋人):横内正
- 冬子の恋人:加藤剛
- 川又登(※寅の舎弟でとらやの従業員):津坂匡章
| フジテレビ系 木曜22時枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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男はつらいよ
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[編集] アニメ版
渥美清没後2年の命日を記念して、1998年8月7日19時に、高井研一郎作画のコミック版を元に、映画シリーズ第11作の『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』を参考にした『アニメ 男はつらいよ〜寅次郎忘れな草〜』が、TBS『金曜テレビの星!』で放映された。
視聴率は7.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、TBSの予想よりは不振に終わった。
その後、2009年1月25日に、バラエティ番組『快感MAP』(テレビ朝日)で再放送された。
[編集] キャスト
- 寅さん:山寺宏一
- リリー:冬馬由美
- さくら:岡本茉利
- 博:大塚芳忠
- 竜造:矢田稔
- つね:東美江
- タコ社長:峰恵研
- 御前様:槐柳二
- 源公:龍田直樹
- 満男:増田ゆき
- 備後屋:田原アルノ
- 栗原・夫:岡部政明
- 栗原・妻:種田文子
- あや子:荒木香恵
- 進一:津村まこと
- 水原:志賀克也
- めぐみ:菊地祥子
- 良吉:塩屋浩三
- 母親:有馬瑞香
- 司会者:星野充昭
- 社員A:小野塚貴志
- 社員B:鈴木正和
- マサル:喜田あゆみ
- 少年A:黒田やよい
- 隣人:坂東尚樹
[編集] スタッフ
- 原作:山田洋次
- 製作総指揮:村田英憲
- 製作協力:荒井雅樹(大船撮影所)、林律雄、高井研一郎
- プロデューサー:小野辰雄、山村俊史(TBS)
- アニメーションプロデューサー:出崎哲
- 音楽:山本直純
- キャラクターデザイン・総作画監督:小林ゆかり
- 音響監督:加藤敏
- 美術監督:阿部幸次
- 色彩設定:西川裕子
- 撮影監督:岡崎英夫
- 演出:棚橋一徳
- 文芸:小出一巳
- 絵コンテ・総監督:四分一節子
- 原著作・協力:松竹
- 制作協力:マジックバス
- テレビ版アニメ製作:エイケン、TBS
[編集] 小説版
『けっこう毛だらけ-小説・寅さんの少年時代』(けっこうけだらけ しょうせつ とらさんのしょうねんじだい)は、山田洋次による日本の小説。『男はつらいよ 寅さんDVDマガジン』1巻1号より連載される。
映画シリーズの監督や脚本を務めた山田により、執筆される[11]。映画版のストーリーを単純にそのままノベライズ化したものではなく、主人公の車寅次郎の少年時代を描いた完全なオリジナルストーリーとなる。映画でも断片的に語られたことはあったが寅次郎の出生時の逸話が描かれるなど[11]、小説版によって始めて明かされる設定なども少なくない。寅次郎の少年時代を中心にストーリーが展開するため、時代設定は映画版よりかなり前となっている[11]。なお、山田が小説を執筆するのは、本作が初めてとなる[11]。なお、本作は主人公が一人称で語る形式を採るため、山田は他の一人称の作品を参考に研究を重ね、工夫を凝らした[11]。
[編集] ラジオ
山田洋次監督50周年プロジェクトと文化放送開局60周年の企画として2011年4月より文化放送他でみんなの寅さんを放送。月曜~水曜は歴代マドンナやファンを招いてのトーク、木曜と金曜は倍賞千恵子によるけっこう毛だらけの朗読を放送。
[編集] パチンコ
[編集] 関連番組
[編集] 本作をもとにしたキャラクターが登場する作品
- フーセンのドラ太郎 - 『男はつらいよ』のアニメ版ということで、同作品のキャラクターを猫と鼠が演じた1981年放映のアニメーション。
- ゲゲゲの鬼太郎 - ねずみ男が、寅さんと同様の格好をして放浪する回がある。その際、寅さんのおなじみのセリフをこぼす。
- ガンバの冒険(11話 ペテン師トラゴローを追え) - 寅さんをモチーフにしている「トラゴロー」というキャラクターが登場。
- きらりん☆レボリューション - 寅さんに似た格好をしている「ふーさん」が登場している。
- ドラえもん - 寅さんをモチーフにしたと思われる虎猫ロボットの「トラえもん」が登場している。またドラえもんも作中で、のび太と喧嘩した際には度々「それをいったらおしまいだよ」と言っている。
- 地獄先生ぬ〜べ〜 - 原作のエピソードで、マウスが増殖し誰も手がつけられなくなるという話で、そのマウスを売る男が寅次郎をモチーフにしている。ただ、諸悪の根源という意味合いから、寅さんというよりも悪魔じみた感じで描かれている。
- かいけつゾロリ - 寅さん、さくら、おいちゃん、おばちゃん、たこ社長を意識したキャラクターが89話に登場した。
- 魔弾戦記リュウケンドー - 随所に本作へのオマージュがちりばめられており、特に登場人物の一人「ガジロー」は、佐藤蛾次郎が演じた源公そのままのキャラクターで、佐藤の実子・佐藤亮太が演じる。
- サラリーマンNEO(NHK) - キャラシリーズに「渥美トラ次郎」という虎模様の猫がいる。これは渥美と寅次郎をかけたものである。
- 超力戦隊オーレンジャー-第43話に登場したマシン獣「バラペテン」は、人間体として寅さんに似た「フーテンの熊」に化けることができる。
- 炎神戦隊ゴーオンジャー - 第21話に登場した「フーセンバンキ」は、公式ホームページによるとフーテンとフーセンをかけており、寅さんに似た言動や帽子、カバンを持っている。その声も、寅さんの物まね芸人である原一平が担当している。
- ぜんまいざむらい - 寅さんの名前を意識した「どろぼう猫の虎次郎」という猫が登場した。(虎も猫科の動物で猫に虎とつける話は本作の映画にもある)
- 天才てれびくんMAX- 天てれドラマ「ダーリンは11さい?!」の最終話に登場した的屋のかっこうおよび口上は明らかに寅さんのものである。
[編集] 脚注
- ^ これについて、寅さんは貴種流離譚でプレテクスト(既存のテクスト)は『坊つちやん』で、「マドンナ」と呼ばせているのも『坊つちやん』が深々と影響しているとも評論されている 『漱石を語る 1』(石原千秋・小森陽一、翰林書房、1998年12月5日) P10。
- ^ 『寅次郎忘れな草』、『寅次郎相合い傘』、『寅次郎ハイビスカスの花』の3作
- ^ 第一作、第二作では共栄印刷
- ^ 第六作のみ堤梅太郎
- ^ 2007年1月8日放送芸能人雑学王決定戦より
- ^ 渥美清没後10年の命日を記念して掲載された2006年8月4日の北日本新聞のコラム「天地人」より
- ^ 2008年12月5日放送のテレビ東京『日本のビックリ新発見!頭が良くなるヘンな地図』より
- ^ 2007年1月6日NHK放送「寅さんレビュー」
- ^ 男はつらいよ 全巻BOX 特典DVD「寅さんが遺してくれたもの」
- ^ 作詞家・星野哲郎氏が語る「男はつらいよ」(インターネット・アーカイブのミラー)
- ^ a b c d e 「監督、『寅次郎少年』を小説に」『毎日新聞』48509号、統12版、毎日新聞東京本社、2011年1月9日、10面。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 公式サイト
- 寅さんの世界 - 松竹
[編集] 関連サイト
- 柴又帝釈天門前 とらやごく初期の頃、撮影に使った和菓子店(撮影当時の屋号は“柴又屋”)
- 高木屋のホームページ映画撮影に積極的に協力していただんご屋
- 葛飾柴又寅さん記念館
- 渥美清こもろ寅さん会館 (長野県小諸市)
- 文化放送みんなの寅さんブログ
[編集] 研究サイト
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