浅丘ルリ子

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あさおか るりこ
浅丘 ルリ子
『緑はるかに』
緑はるかに
本名 浅井 信子
あさい のぶこ
生年月日 1940年7月2日(69歳)
出生地 満州国新京
民族 日本人
血液型 A型
職業 女優
ジャンル 映画
活動期間 1954年 -
活動内容 1954年:『緑はるかに』でデビュー。
主な作品
渡り鳥シリーズ、憎いあンちくしょう、赤いハンカチ、紅の流れ星、男はつらいよシリーズ

浅丘 ルリ子(あさおか ルリこ、1940年7月2日 - )は、日本女優。本名、浅井 信子。愛称はルリルリ

身長156cm 体重35kg。サイズ B79/W53/H75 血液型はA型。前夫は石坂浩二

目次

[編集] 来歴

満州国新京市(現・長春)に生まれる。実父は満州国経済部大臣秘書官。3歳のときバンコクに軍属として転居。 終戦後、引き揚げ、東京神田に育つ。1954年昭和29年)、千代田区立今川中学校在学中に井上梅次監督の『緑はるかに』のヒロイン役のオーディションに応募し、約3000人の中から選ばれて美少女女優としてデビュー。学校を長期欠席しての撮影だったため、PTA生徒会が奉祝の花輪を出したことで一時物議を醸した。

以後、日活の看板女優として多数の映画に出演し、人気を博する。現在までの映画出演本数は150本以上。

日本映画全盛期に一世を風靡した日活アクション映画における代表的なヒロインであり、小林旭の『渡り鳥』『流れ者』『銀座旋風児』の三大アクション・シリーズや 石原裕次郎のムード・アクション・シリーズ(『赤いハンカチ』(1964年)、『夕陽の丘』(1964年)、『夜霧よ今夜も有難う』(1967年)等)では、ほとんどの作品で相手役をつとめた。

蔵原惟繕監督の『銀座の恋の物語』(1962年)や、『憎いあンちくしょう』(1962年)、『何か面白いことないか』(1963年)、『夜明けのうた』(1965年)の典子三部作により男性スターの彩り的存在から脱皮。 蔵原惟繕とは『憎いあンちくしょう』撮影中から不倫関係となり 浅丘自身も自分を最も美しく撮る監督として 公私にわたり深い関係を築いた。

1964年、100本出演記念映画となった蔵原惟繕監督の『執炎』で、愛する夫を戦争に奪われた女性の姿を哀感たっぷりに演じ、その演技力は誰もが認めるところとなり、同じ蔵原監督の映画『愛の渇き』(1967年)でも熱演を魅せた。

その他にも、『太平洋ひとりぼっち』、『水で書かれた物語』、『私が棄てた女』、『栄光への5000キロ』、『戦争と人間・第一部~第三部』、『告白的女優論』、『鹿鳴館』、『博士の愛した数式』などの映画の話題作に出演した。特に、映画『男はつらいよシリーズ』で演じたクラブ歌手の「リリー」の役は大好評で、マドンナとしてシリーズ最多の4回の出演を数え、最後の作品となった『男はつらいよ 寅次郎紅の花』でもマドンナ役を務めた。この最終作の撮影現場で具合の悪そうな渥美清の姿を見て、「もしかしたらこれが最後の作品になるかもしれない」と思ったという。そのため、山田監督に「最後の作品になるかもしれないから、寅さんとリリーを結婚させてほしい」と頼んだと言うが、山田監督は50作まで製作したかったらしく、浅丘の願いは叶えられず、渥美は映画公開後9ヶ月後にこの世を去り、「紅の花」が最後の作品になってしまった。

1980年代以降は活動の中心を舞台に移し、「泉鏡花」の作品などで高い評価を受けている。

ファッショナブルな女優の代名詞」としても有名。

また、映画の主題歌などを中心に歌手としても多くの曲を発表し、1969年に発表した『愛の化石』は大ヒットした。

1971年石坂浩二に世の男性の羨望を一身に集めさせて結婚したが、程なく別居。石坂によると「浅丘は夫の前でも化粧をしていない顔を一度も見せたことがなかった」とのこと。1972年石原プロモーション退社。2000年に離婚。現在は大衆演劇俳優・松井誠との交際を公にしている。

性格は姉御肌で青春映画全盛期の当時の日活において若手俳優や女優に対する躾が非常に厳しかったという。 麻雀の実力もプロ級といわれる。

[編集] 受賞歴

[編集] 出演

[編集] 映画

*太字はキネマ旬報ベストテンにランクインした作品

[編集] 舞台

[編集] テレビドラマ

[編集] ドラマ以外のテレビ番組

[編集] ラジオ

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

  • 三人姉妹マンボ(withペギー葉山芦川いづみ)(1957年1月)
  • 丘は花ざかり(日活映画「丘は花ざかり」主題歌)(1963年9月1日)
  • 夕陽の丘(デュエット:石原裕次郎)(1963年9月1日)(売上げ143万枚(テイチクによる))
  • 霧に消えた人(日活映画「霧に消えた人」主題歌)(1963年12月1日)
  • 別れのビギン(1964年1月5日)
  • 教えて教えて(1964年1月25日)
  • 伊豆の虹(デュエット:浜田光夫)(1964年3月)
  • 思い出は小雨に濡れて(1964年4月1日)
  • 東京さすらい歌(デュエット:石原裕次郎)(1964年7月10日)
  • 明日も愛す(1964年9月25日)
  • 悲恋(1964年9月25日)
  • 東京の灯(1965年1月15日)
  • こぶしの花の咲く頃(1965年1月15日)
  • 姉弟(デュエット:浜田光夫)(日活映画「流れる雲」主題歌)(1965年7月10日)
  • 青空さんゴメンナサイ(1965年7月10日)
  • 湖畔の慕情(1966年2月)
  • 高原に散る花(1966年2月)
  • 山の湖(デュエット:石原裕次郎)(1966年4月10日)
  • 芦ノ湖哀歌(1966年4月10日)
  • 島原地方の子守唄(1966年6月10日)
  • 宇目の唄げんか(1966年10月10日)
  • 流れる雲(ナショナル・ゴールデン劇場「流れる雲」主題歌)(1968年3月10日)
  • 水色の季節(日本テレビ系連続テレビドラマ「水色の季節」主題歌)(1968年8月)
  • 心の裏窓(1969年4月5日)
  • 愛の化石(1969年8月5日)(オリコンチャート最高位2位)
  • 地獄花(1971年1月)(石原裕次郎)(セリフとして参加)この曲は石原裕次郎の曲(とくに台詞付)の中で秀逸な一つでもある。

[編集] アルバム

  • 歌うスター「ルリちゃんの愛唱歌謡」(1964年5月10日)
  • 浅丘ルリ子のすべて 心の裏窓(1969年8月5日)

[編集] 浅丘ルリ子をモデルにした小説

[編集] 参考文献

[編集] 関連書籍

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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