川島なお美

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川島 なお美(かわしま なおみ、本名は同じ読みで川島尚美、1960年11月10日 - )は、日本の女優タレント愛知県守山市(現・名古屋市守山区)出身。身長158cm。血液型AB型。 愛知県立中村高等学校卒業、青山学院大学文学部第二部英米文学科卒。

目次

[編集] 来歴・人物

  • 青山学院大学在学中に芸能界にデビュー。実父は判事。

当時カンニング事件で週刊誌ネタとなる。そのうえ「カンニングなんてみんなしている」とラジオ出演時に開き直り顰蹙を買う。

  • 文化放送セイ!ヤングの後番組として、1981年10月からスタートさせたミスDJリクエストパレードの初代DJに抜擢される。これにより、深夜の顔となるが彼女の人気により裏番組であるTBSラジオパックインミュージック1982年7月限りで打ち切りに追いやられる。そのため直前頃には永六輔から彼女の真裏の時間に出演されるという形で嫌がらせを受けてしまった。その影響から今でも永の名前を出すのを憚るほど苦手としている。(※ 永は前番組時代にも(裏番組の)レギュラーを持つか、聴取率低迷期に出演して嫌がらせをしている。)
  • 1982年中京テレビ制作(日本テレビ系)『お笑いマンガ道場』の三代目女性レギュラー(初代は元『ゴールデン・ハーフ』のエバ・マリー、二代目は秋ひとみ)となり、プロ顔負けの漫画のうまさと、芸人顔負けのネタの巧みさを披露し、「だん吉・なお美のおまけコーナー」で大ブレークするが、本人は一時この出演歴に触れられるのを嫌がっていた。その理由として、お見合いのときに高飛車な態度を取ったため、相手から「『お笑いマンガ道場』に出ていたくせに」と言われた[1]ことがトラウマになっていたという説があるが、真相は定かではない。一時期、インタビューは、『お笑いマンガ道場』の話をしないことを条件に引き受けていたという[2]

又、降板が決定した矢先、後述の『水戸黄門』の京都撮影中にてロケバスが崖から転落する事故で第七頸椎を骨折する大怪我を負い、急遽週代わりで女性タレントがピンチヒッターを努めたが、そのまま復帰することはなく降板に至った。(後任の四代目は森山祐子) 近年では心境の変化があったのか、『ろみひー』に出演した際、同番組がマンガ道場と同じスタジオで収録されていたことから、懐かしいという話を自分からする等、出演当時の話題にも徐々に触れるようになっており、「あの番組あってこそ今の自分がいる」と答えることがある。なお、公式プロフィールには長期間出演していたのもかかわらず『お笑いマンガ道場』出演経歴は記載されていない[3]

  • キャンパス・クィーンのイメージがいつまでも抜けず、同世代の人間からは人気者だが出る番組は限られた感じで(実際休息期間もある)不遇な時代が長く、現在の様に広い世代で知名度が上がるまでにかなりの時間を要するが、1997年『失楽園』(TV版)主演で、現在の地位を確立した。
  • ベッドシーンでは「子宮が呼吸できない気がする」と撮影中に前張りを取ることを週刊ポスト1997年11月3日号のインタビューで告白。
  • 30代にしてヘアヌード写真集『WOMAN』で復活。裸体も辞さないセクシーな女優として知られるようになった。ヘアヌード黎明期に出版され大ヒットを記録した当作品は、後発のヌード写真集にも大きな影響を与えたと言っても過言ではない。
  • おしゃれカンケイ』にゲスト出演した際、通常スタジオの観客は番組スポンサーの方針で女性と決められているが、川島が出演する回に限り、観客は男性に限られた。
  • ワインと犬(ダックスフント)と葉巻をこよなく愛する。ワインブーム時には、ワインタレントとしても活躍した。川島が飼っている犬の名前は「シナモン」と「ココナッツ」。
  • 1998年、ワインタレントとして活躍中、手に持っていたワインをかばいエスカレーターで転倒し足に縫うほどの怪我を負った事がある[4]
  • 1989年、京都府内で『水戸黄門』の撮影中にロケバスが川底に転落。第七頚椎骨折という全治三ヶ月の重傷を負った。
  • なお、カラオケのバック映像に、川島なお美と思われる女性が出演している作品が多数存在するが、真偽は不明。カラオケ好きでよくよく話題になる。
  • 本人曰く、女優の松嶋菜々子酒井法子と友達だと言う。
  • プロ野球で好きな球団は中日ドラゴンズ
  • 実家は地元では有名な病院という噂もあったが、実父は元簡易裁判所判事である。
  • 料理は非常に得意で、テレビ朝日系『愛のエプロン』では出演の度に高評価を得ている。
  • 自身のHPで、腹違いの14歳年上の姉がいたことを公表した。生後すぐに生き別れており、2006年に46年ぶりの再会を果たした、とのこと。
  • ぼんちおさむとは親戚。『新アップダウンクイズ 新春スペシャル』にペアで出場した際に紹介された。
  • 2007年10月、人気パティシェ鎧塚俊彦と婚約したことを発表。

[編集] 発言

  • 私の体はワインでできているの[4]
  • 私の血はワインが流れている[5]。 

[編集] 略歴

  • 1979年 - 歌手デビュー。
  • 1981年 - 『ミスDJリクエストパレード』に、DJとして出演。
  • 1982年 - 『お笑いマンガ道場』にレギュラー出演(長期間レギュラーであったにもかかわらず、公式サイトには出演歴として記載がない)。
  • 1999年 - 日本ソムリエ協会ワインエキスパート資格取得。
  • 2001年 - 日本ソムリエ協会名誉ソムリエ

ワインの騎士称号

[編集] 出演

[編集] バラエティ

[編集] ラジオ

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

[編集] Vシネマ

[編集] CM

[編集] 歌手としての代表曲

  • シャンペンNo.5(デビュー曲)
  • いとしのマンドリーノ
  • ラブ・ミー・タイト
  • ASH WEDNESDAY
  • ジェミニ
  • 薔薇の花みだら(『くれなゐ』エンディング曲)

[編集] 書籍

  • シャワーのあとで(1983年、祥伝社)
  • 彼女のスペア・キー(1990年、祥伝社)
  • 私が痩せたやさしいダイエット(1990年、CBS・ソニー出版)
  • フルボディ(1999年、マガジンハウス)
  • 愛して、愛して、癒されて(2003年、朝日出版社)
  • シナココALOHA! (2006年、ゴマブックス)

[編集] 写真集

  • 川島なお美(1982年、篠山紀信撮影、小学館激写文庫)
  • 夢語り(1982年、野村誠一撮影、ワニブックス)
  • 24carat(1984年、武藤義撮影、英知出版)
  • Fastener(1987年、清水清太郎撮影、ワニブックス)
  • WOMAN(1993年、渡辺達生撮影、ワニブックス)
    川島なお美の写真集中最高傑作の評価もあり、売り上げも記録的だったヘアヌード写真集
  • 川島なお美「鍵」(1997年、篠山紀信撮影、朝日出版社)

[編集] 関連項目

[編集]

  1. ^ ナンシー関『ザ・ベリー・ベスト・オブ「ナンシー関の小耳にはさもう」100』(朝日文庫)109ページ ISBN 4-02-261418-8
  2. ^ 竹内義和 『テレビ汁』 ぶんか社、1998-09-10、初版、95ページ。ISBN 4-8211-0619-1
  3. ^ Club Naomist川島なお美 プロフィール
  4. ^ a b 竹内義和 『テレビ汁』 ぶんか社、1998-09-10、初版、99ページ。ISBN 4-8211-0619-1
  5. ^ 日本テレビ「おしゃれカンケイ」にて。ただし、「ワインが・・・」ではなく「カベルネ・ソーヴィニヨン(葡萄品種)が・・・」と発言していた(TBS「2時ッチャオ」調べ)

[編集] 外部リンク

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