藤原紀香

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ふじわら のりか
藤原 紀香
藤原 紀香
本名 藤原 紀香
別名義 NORIKA
生年月日 1971年6月28日(43歳)
出生地 日本の旗 日本兵庫県西宮市
国籍 日本
身長 171 cm
血液型 A型
職業 女優、モデル、タレント
ジャンル テレビドラマ、舞台、映画
活動期間 1993年 -
配偶者 陣内智則2007年 - 2009年
公式サイト NORIKANESQUE(ノリカネスク)
主な作品
愛と青春の宝塚』『スタアの恋』
ふじわら のりか
藤原 紀香
プロフィール
別名 NORIKA
生年月日 1971年6月28日
現年齢 43歳
出身地 日本の旗 日本兵庫県]
血液型 A型
公称サイズ(2009年時点)
身長 / 体重 171 cm / 50 kg
BMI 17.1
スリーサイズ 88 - 60 - 89 cm
股下 / 身長比 88 cm / 51.5 %
靴のサイズ 24.5 3E cm
活動
デビュー 1992年 -
他の活動 女優
モデル: テンプレート - カテゴリ

藤原 紀香(ふじわら のりか、1971年6月28日 – )は、日本女優モデルタレント。本名同じ。

兵庫県西宮市出身。高輪エージェンシー→バーニングプロダクションサムデイ所属。西宮市立生瀬小学校、親和中学校・親和女子高等学校神戸親和女子大学文学部英米文学科卒業。

第24回ミス日本グランプリ受賞。

年譜[編集]

人物[編集]

神戸親和女子大学文学部英米文学科卒業。英語検定2級、着物着付け3級の資格を持つ。趣味は、写真釣り、加圧トレーニング、映画鑑賞、タンゴスポーツ全般(特技も)、アロママッサージ。「三分前は過去」「一期一会」「NO PAIN NO GAIN」が彼女自身の好きな言葉だという。

建築設計事務所経営の父、専業主婦の母と3歳下の弟がいる。和歌山県出身の両親が結婚前によく紀ノ川周辺でデートをしており、思い出深い「紀ノ川」の「香り」にちなんで紀香と命名された。父は満州生まれであり、引揚げの際に家族を失っている[4]

小学生時代は、当時男児しか入れなかった少年野球チームに特別に入り、3番ファーストだった[5]。中学・高校時代は阪急電鉄で通学。中学時代はバスケットボール部に所属し、高校時代は落語研究会に所属していた。芸名は「親和亭かつお」だった。

海洋動物が大好きで、小学校の頃の夢はイルカショーのお姉さん。一緒に寝泊りして飼育することに憧れていたという[6]。ほかにも、高校生のときは世界史が好きで歴史考古学者の助手が夢、歌が好きで小学校のころはピンクレディーになるのが夢だったという。

母親は紀香よりも身長が高く、高校時代には、「オリーブ」と呼ばれていた。その後、ミス和歌山コンテストに出場し、最終選考まで残ったが、厳しかった父親に反対され諦めた。娘にその望みを託し、‘お見合いの箔つけにでもなれば’とミス日本グランプリに紀香に知らせず応募。その後、通知が来た際、紀香に伝え、最終選考まで残りグランプリを受賞。が、芸能界入りには両親ともに最初は反対であった。2006年12月10日の結納時に、あまりにも報道陣が取り巻いていたため、タクシーにうつむいて乗車、報道陣に影武者と書かれ、写真を撮られているが、影武者のつもりはなかった。

自著である『藤原主義』によると、芸能界デビュー当初は神戸の実家から新幹線や飛行機で東京などの仕事場に通っていたが、阪神・淡路大震災で知人を亡くして「やり残したことを後悔しながら死ぬのは嫌だ。これからは自分の夢に向かって生きていこう」と決意し、親元から離れて上京することを決意した。その時、家族会議が行われ、母から「あんたの帰るところはここやで。ダメやと思ったら自分で引き際を決めて帰ってきなさい」と言われ、上京。父親は最後まで首を縦に振らなかったとインタビューで答えている。が、上京の際、父がトラックに荷物を積んで無言で東京まで運んでくれたという。

イラク戦争に反対するなど、社会問題に関する発言も多い[要出典]。2013年9月、「特定秘密保護法案」を危惧する発言をブログで行った[7]。それが縁で日本共産党の機関誌しんぶん赤旗にも寄稿している。

  • 大黒摩季とは「のりぞう」「まきぞう」と呼び合う間柄。
  • ラジオDJパーソナリティである玉川美沙と同年齢で同じ関西人という繋がりで親交があり、彼女の番組『玉川美沙 たまなび』(文化放送)にもゲスト出演した[8]
  • ASKAを兄のように慕っており、デビューして間もなく居酒屋でASKAに会い、仕事面で悩んでいた彼女はASKAに相談したところ「必ず売れる」と言われ、その後すぐに主演映画が決まりASKAが舞台挨拶にサプライズで登場した。
  • 「クイズ!紳助くん」の初代アシスタントオーディション参加者の中でも彼女の日本人離れしたスタイルは群を抜いており、会場を覗いた島田紳助に「誰や!ハナテン中古車センターに新車のフェラーリ持ってきたやつは!」と言わしめた。
  • 空腹状態での仕事が苦手。お腹が空きすぎるとなぜか赤ちゃん言葉を発するという[6]
  • 雰囲気、体型が峰不二子に似ていると(『SRS』の番組内でコスプレしたことがあり、自身も50、60歳になっても「峰不二子」の容姿でいたいと2007年2月16日の『スポーツニッポン』のインタビューで語っていた)。
  • 風水を学問として捉えている。
  • 美容と健康のために、アミノコラーゲンを飲んでいる。
  • 入浴時、湯船にはたっぷり日本酒を注ぐ。シャンプーの前にはたっぷりの塩を頭からかぶる。彼女なりの健康法であるという[6]

国際活動や人道支援への協力[編集]

  • 2002年には、韓国の女優キム・ユンジンとともに日韓国民交流年の際、サッカー・ワールドカップ日韓共催大会の親善大使に起用され、両国の交流に貢献し、青瓦台にも訪問。
  • 内乱後のアフガニスタンに赴き、戦災についてのテレビレポートを行ったほか、元々は趣味から身につけた写真技術を駆使して現地での取材を行い、2004年から2005年にはJICA(独立行政法人 国際協力機構)の『ピース・トーク・マラソン』に賛同して、写真展を日本各地で行い、人道支援の寄付募集などのチャリティー活動に努めている。
  • 2006年には、国連スタッフと共に独立運動の混乱の最中であった東ティモールへ向かって写真取材を敢行し、当時のラモスホルタ外相(現在は首相)の家にも招かれた。後にニューヨーク市内で国家支援を訴える写真展を開催し、その開会式においてスピーチを行った。アナン事務総長にも面会。
  • 2007年日本赤十字社の広報特使になり、2008年1月バングラデシュに赴き、ハリケーン被害を受けた村を取材。
  • U2のボノとも親交があり、ボノが来日すると連絡を受け、現在のアフリカや国際貢献に関しての話をする(ボノ作成のサミットへのメッセージビデオにも出演している)。
  • 2009年赤十字広報特使として、ケニアへIHOP事業の視察へ。乳幼児や、5歳未満で死亡してしまう子どもたちの現状を視察。
  • NHK特番「SAVE THE FUTURE」で3年連続司会を務め、その取材で、NYにて環境学者レスター・ブラウンと対談。環境大国スウェーデンや、国土が海に沈んでしまうかもしれないツバル、日本では屋久島へ渡航。環境問題にも精通している。
  • 2009年8月 STC「OPPAIプロジェクト」に賛同し、プライベートでベトナムへ渡航。帰国後、母乳育児をしないベトナムの民族の現状、母乳育児の重要性を表参道のAOビルでチャリティ写真展を通して伝える。
  • 2011年5月「JHP学校を作る会」とともにプノンペンへ行き、自身のNPO「スマイルプリーズ藤原紀香世界こども基金」の活動においてカンボジア二校目の学校の完成セレモニーに出席。カンボジア政府からメダルを贈与される。
  • 2011年7月 自身のプロデュースする番組「地球VOCE」(テレビ東京、テレビ東京系列)で、二度目の東ティモールへ行き、ラモスホルタ大統領と再会。日本と東ティモールの関係における対談をした。

スポーツに対する造詣[編集]

サッカーに関してはW杯の日韓親善大使以外にも、2002年10月から12月に横浜FCのユニフォームスポンサー(NORIKA NET)に就任したこともあった。現在もトレーニングウェアのスポンサーとなっている。

格闘技にも精通し(格闘技そのものより、「精神が男らしい人」が好きという見方もある)フジテレビで放送される『K-1』の中継の司会を務めている。また、2003年から2007年までフジテレビが独占放映中の2年に1度の『世界柔道選手権大会』の司会も務めていた(2007年は「スペシャルサポーター」として出演)。格闘技情報番組『SRS』の初代ビジュアルクイーンだったが、1999年に卒業。その際、藤原の卒業を祝って、アンディ・フグ桜庭和志フランシスコ・フィリォなどの著名格闘家が一堂に会し、それぞれエキシビションマッチや演武を披露した。その際アンディ・フグに「あなたがこの番組を卒業しても、あなたは格闘技の歴史の一部です。いつまでも格闘技を愛し続けてください。」という言葉を贈られ、たいへん心を打たれたという[9]

「鍛え抜かれた肉体が好き。厚い胸板がたまらない。」と話していたこともあった。

2004年、フジテレビのアテネオリンピックキャスターを務めた。

中央競馬所属の「ロイヤルキャンサー」という馬の名付け親でもある。キャンサーとは蟹を意味し、藤原の誕生星座「蟹座」にちなんでいる。同馬の馬主は、藤原を支援してくれているイザワオフィス代表の井澤健である。

高校時代にMBSの選抜甲子園のセブンティーンリポーターとして出演し、任務終了時に涙を流していた。結婚披露宴にもその映像が流された。現在もMBSに放送資料としてその映像とスチール写真が保存されている。

自身のNPOスマイルプリーズのメンバーには、横浜FC三浦知良選手、阪神タイガース金本知憲選手、横浜DeNAベイスターズ三浦大輔選手、横浜DeNAベイスターズの藤井秀悟選手らが賛同している。

日本ハムファイターズ時代の片岡篤史選手、西武ライオンズ時代の清原和博選手とも仲が良く、深い関係にあったと言われている。

お笑いに対する造詣[編集]

高校生時代、落語研究会に入り、「親和亭カツオ」の名で落語をし、更にデビュー後、ブレイクする前に関西ローカルの『クイズ!紳助くん』の初代アシスタント(1993年10月から1997年12月)を務めたこともあり、その際に司会の島田紳助とトーク中心に絡んでいたことが彼女のお笑いに対する理解や、女優としてコミカルな演技を求められた際の演技力向上に寄与し、プライベートでも深く影響を受けたとされている。上京を決意した時に紳助から「東京は戦う場所や!決して甘く考えたらあかん!」と激励された。

才色兼備の女性がおたく青年と出会い、最初は嫌悪感を示していたものの、その真摯な求愛姿勢に徐々に心を動かされて、ついには結ばれるというドラマ『59番目のプロポーズ』でお笑いタレント陣内智則とともに主役を演じた際、陣内と息のあったコミカルタッチな演技も披露して、このドラマのハッピーエンド同様に交際を始め結婚するに至った。

あなたの人生お運びします!』ではDonDokoDon山口智充、『だめんず・うぉ〜か〜』では雨上がり決死隊宮迫博之、『ツレがうつになりまして。』ではネプチューン原田泰造と、お笑いタレントとの共演が多かった。

フジテレビ警察で、(当時、ドラマ「大奥〜華の乱〜」に出演中)徳川綱吉の正室・信子役で登場した際に、岡村巡査部長の「上様にイカれちゃったの?」発言にも、一緒に居た主演の内山理名や、バラエティ出演の多い小池栄子でさえ答えに窮する中、京言葉で、「この三人は、みーんな上様にイカれちゃってるの」と返し、「お笑いをよく分かっている女優」というテロップまで流された。

結婚披露宴[編集]

2007年5月30日、ホテルオークラ神戸にて結婚披露宴挙行。その模様は日本テレビ系にて特番「完全独占中継!おめでとう!藤原紀香・陣内智則 愛と爆笑と涙の結婚披露宴」として放送。 司会は徳光和夫松本志のぶが務め、乾杯の音頭に宇津井健、その後は郷ひろみの歌のプレゼント、島田紳助からの祝辞、ムーディ勝山からの歌のプレゼント等で盛り上げた。なお、この時列席したはるな愛が二次会の余興で披露した「エアあやや」が受けたことから、はるな愛がブレイクするきっかけとなった。さらに、陣内がコブクロの「永遠にともに」をピアノを弾きながら熱唱した。しかし、2013年11月14日にオンエアしたアメトーークで、陣内がコブクロに謝罪していたことを告白した。また島田紳助の勧めにより、テレビの前で10秒にも及ぶ濃厚なキスを披露した。

視聴率関東地区では24.7%、名古屋地区では31.0%そして2人の地元である関西地区では40.0%という高視聴率となった。

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

  • BAD GUY BEACH(1995年)
  • 花より男子 - 山野美奈子 役(1995年)
  • あやまり屋稼業(1997年)
  • CAT'S EYE - 主演・来生泪役(1997年)
  • GTO - 喜多嶋薫役(1999年)
  • SPY_N - 主演・インターポール 役(2000年)

舞台[編集]

テレビアニメ[編集]

  • 川の光(2009年6月20日、NHK) - スズメの母 役
  • サウスパーク第28話「殺人金魚の事件簿」 - 大阪弁の金魚 役

ゲーム[編集]

  • プロジェクト・ミネルヴァ(2002年) - アリシア
  • プロジェクト・ミネルヴァ プロフッショナル(2003年) - アリシア

吹き替え[編集]

ラジオ[編集]

バラエティ[編集]

音楽番組[編集]

スポーツ番組[編集]

ドキュメンタリー[編集]

  • 明日のために…今(2008年3月3日、TBS)※ナビゲーター
  • NHK環境特別番組「SAVE THE FUTURE」(2008年6月6日-8日、2009年6月6日 - 6月8日、2009年6月20日・21日、2010年10月11日、NHK総合テレビ)※メインパーソナリティー
  • 地球VOCE(2010年- テレビ東京、テレビ東京系列)※司会
  • 伝説の美女・楊貴妃(2010年11月14日、BS朝日)※ナビゲーター
  • パナソニックプレゼンツ 世界遺産スペシャル(ナショナルジオグラフィックチャンネル)※2011年から月1回ペースで放映。 - 日本語版ナレーション(全9作品)
  • 藤原紀香と辿る〜赤十字とソルフェリーノの戦い(2012年、ナショナルジオグラフィックチャンネル)※ナビゲーター
  • 藤原紀香の"人生を変える旅"南米アマゾン源流を行く 母なる大河と古代文明に挑む(2013年2月9日、BS朝日)※ナビゲーター
  • ファミリーヒストリー(2013年10月11日、NHK)

[編集]

  • 都市桃花源※ジャッキー・チェンとデュエットソングを台湾のみでリリース
  • START YOUR LIFEkom「レオパレス」のCMソング

著書[編集]

  • ココペリ(KOKOPELLI) -藤原紀香フォトエッセイ集-(2000年1月1日 ワニブックス、ISBN 978-4-847-01320-1
  • 藤原主義 -強く美しい人になる61のヒント-(2001年8月20日 幻冬舎文庫、ISBN 978-4-344-00100-8
  • カンダクゥ -笑顔で-(2002年12月31日 日本テレビ放送網、ISBN 978-4-820-39842-4
  • 藤原主義(2003年8月5日 幻冬舎文庫、ISBN 978-4-344-40413-7
  • 風を感じて(Wish books)-紀香のハワイ日記-(2005年2月28日 幻冬舎文庫、ISBN 978-4-344-00737-6
  • 紀香魂-ハッピー・スピリット-(2007年5月30日 幻冬舎、ISBN 978-4-344-01331-5
  • 紀香バディ!(2007年8月21日 講談社・ボーチェ編集部、ISBN 978-4-063-53707-9
  • 紀香バディ2!〜リアル〜(2009年12月10日 講談社・ボーチェ編集部、ISBN 978-4-062-15932-6
  • NORIKA WEDDING STYLE 〜自身初のコンピレーションアルバム〜
  • N.Perfect body (2012年11月28日 講談社、ISBN 978-4-062-18096-2

写真集[編集]

  • NORIKA(1999年)
  • Origin Norika in kenya(2004年2月27日発刊、ワニブックス)
  • 限定盤大型BOX写真集「Imagine」Norika in kenya(2004年、ワニブックス)※B4豪華大型写真集&DVD(スペシャル映像+メイキング)&サファリ写真集(本人撮影のメッセージ入りミニ写真集)
  • KOKOPELLI(ココペリ)藤原紀香フォトエッセイ集 by 紀香
  • N.Perfect body(単行本・写真集 講談社、2012年11月刊行)

雑誌[編集]

  • JJ専属モデルとしてデビュー。神戸代表として活躍しながらも、1995年『CanCam』へ移籍し、表紙を初めとして活躍した
  • MISS※1年間表紙を務めた
  • ジゼル※「紀香ちゃん☆ねる」でエッセイを担当。

音声ガイド[編集]

  • 京都国立博物館「狩野山楽・山雪」(2013年)

CM[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2006年12月10日に結納を済ませたこと、2007年2月17日に生田神社にて挙式を行うことを発表した
  2. ^ 衣裳は十二単おすべらかし、お色直しは白無垢高島田
  3. ^ 京都国立博物館、藤原紀香に広報特使認定証 - SANSPO.COM 2013年3月29日
  4. ^ ファミリーヒストリー「藤原紀香~中国の大地に誓った父の覚悟~」
  5. ^ 哀愁探偵1756〜真冬の懐かし1時間SP』 2011年2月3日
  6. ^ a b c 1億人の大質問!?笑ってコラえて! 2009年4月15日放映分にて
  7. ^ 秘密保全法案って? Norika's Diary 2013年9月13日
  8. ^ 2006年10月13日放送。
  9. ^ ジャンクSPORTS』内で本人談。

外部リンク[編集]

先代:
-
クイズ!紳助くん」アシスタント
初代
次代:
萩原由紀
先代:
-
SRS格闘ビジュアルクイーン
初代
次代:
畑野ひろ子