たむらけんじ

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たむらけんじ
本名 田村 憲司(たむら けんじ)
ニックネーム たむけん
たむ
おたむ
生年月日 1973年5月4日(41歳)
出身地 大阪府阪南市
身長 180cm
方言 大阪弁
最終学歴 大阪府立和泉高等学校
出身 吉本総合芸能学院 (NSC) 大阪校11期
コンビ名 LaLaLa(解散)
相方 大北貴洋(元相方)
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1992年 -
同期 ココリコますだおかだ など
現在の代表番組 ちちんぷいぷい
おはよう朝日です
探偵!ナイトスクープ
せやねん!
ビーバップ!ハイヒール
過去の代表番組 ガツン!
他の活動 飲食店経営者
配偶者 独身(離婚歴あり)
公式サイト たむらけんじ 公式サイト

たむら けんじ1973年5月4日 - )は、日本お笑いタレント実業家。本名、田村 憲司(読み同じ)。

大阪府阪南市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属。吉本総合芸能学院(NSC)大阪校11期生。身長180cm、体重83kg。「炭火焼肉たむら」を運営する株式会社田村道場の代表取締役。愛称「たむけん」。

阪南市立貝掛中学校大阪府立和泉高等学校卒業。1男2女の父親であったが、すれ違いにより離婚している。兵庫県西宮市在住。

概要[編集]

NSC大阪校11期生の同期には陣内智則ケンドーコバヤシ中川家ハリガネロック烏川耕一たいぞうなどがいる。NSC出身者以外の同期は藤井隆海原やすよ・ともこなど。

地元の関西で収録される番組では、特にキャラクターを作らず素顔・普通の衣装で出演している。一方、全国ネットを含む東京の番組では、「獅子舞」「ふんどし」「サングラス」という裸芸人姿が定着してしまったため、その格好で出演することが大半となっている。ヘアスタイルは、往年の横山ノックを参考にしたと語っている。スタイルの違いが大きいため、サッカー選手米倉恒貴は、ジェフ千葉からガンバ大阪への移籍に伴い関東より大阪に移り住んだ際、「たむけんが服を着ていることに驚いた」と発言している。

関東におけるスタイルの際は、上半身には旬な一言を書いているが、これはたむらがそのつど「お前字が上手いか?」と聞いて「上手い」と言った芸人に書かせているものである[1]。なお、ときどき全国放送でも素顔もしくはそれに近い格好(サングラスのみ装着して、髪型をピンカールにする)で出演することがある。

この扮装は、アクの強い色物芸人らが多く集う舞台で、そこからさらに目立つにはどうしたら良いかと模索した上で現在のスタイルに行き着いたもので、活動する中で『めちゃ×2イケてるッ!』制作のディレクターの目に止まり、全国区の電波に乗ることになった[2]

放送媒体における芸能活動はパネリストやコメンテーターロケのリポーターなど本業のお笑い活動を踏まえた上での芸能活動に従事。2000年代後半以降は飲食事業に力を入れていることで一般的な認知度を広め、実業の他、淡路島における観光娯楽事業の企画にも参画している。

2012年、芸能活動20周年を機に自身とコネクションが繋がっている人物を可能な限り淡路島に招く「TKF祭」[3]を企画、開催。

ネタ[編集]

  • 売れている芸人をけなす一言ネタや持ちネタの「ちゃー」を使ったダジャレが多い(「アドベンちゃー」や「ピッちゃー」など)。また、ふんどし姿を使ったショートコントや売れている芸人のネタを「ちゃー」に置き換えたぱくりネタ「他人のギャグを何のためらいもなくパクるシリーズ」もある。他にも「あややや」などのギャグもある。
    • ちなみに「ちゃー」というおなじみの一発芸は、たむらの息子が考案し、たむらが5,000円で買い取ったものである。
    • 探偵!ナイトスクープ』の「エンド5秒」では「ちゃー」を披露するのが恒例となっているが、ごくまれにやらないことがある。
  • 爆笑!ふれあいコメディ こちらかきくけ公園前』では、一歩前に踏み出しながら頭を左にかしげて「あやや」と言うギャグも披露しているが、踏み出そうとするタイミングで陣内智則に邪魔されて、観客からうけなくなるのがお約束となっている。
  • かつては漫談フリップ(吉本劇場のアンケート結果を利用する)を使用するネタもやっていたが、見られなくなった。以後、2002年以来新ネタは作っていないとのこと[4]。これは新ネタを作らないことで吉本直営劇場の舞台出演を避け、テレビ番組のオファーを受けやすくするためである[5]。『オールザッツ漫才』では「陣内死ね!」と叫び陣内智則をはじめ芸人仲間をいじり、最後に1個だけギャグをやるというネタを披露していた。
  • 舌が長く、舌を使って鼻の穴にグリーンピースを入れる一発芸がある。ただし、地味な上に見えづらいためあまりやっていない。
  • 焼肉店経営当時「芸で稼げず事業を興した実業が半端な芸人」というネタで茶化されていたが、事業でかなりの利益があることがオープンになるにつれ、他タレントから「何の肉を使ってるか謎」「肉の仕入先は大同門(同業種の大手チェーン店)からの出前」、さらには客の食い逃げ食中毒騒ぎ等、商売に横槍を入れる洒落で難癖をつけられ声を荒げて反駁するパターンがテレビ番組でまま見られた。稀ではあるが芸人としてのスケジュールの合間を縫って、たむら本人が店内ホールにて給仕を行ったり、タレント仲間や事務所の後輩芸人などに焼肉を振舞っている様子などが目撃されている。
  • 2009年6月19日午後7時「炭火焼肉たむら」にて4度目の食い逃げをされる(高級メニューを中心に18品、13,940円分を注文)。

略歴[編集]

  • 1992年より大阪府立和泉高等学校の同級生である大北貴洋とコンビ「LaLaLa」を組んでプロとして活動していたが、1999年8月に解散。以降はピン芸人として活動している。大北とは高校生のときからコンビを組んでいて、文化祭などに出ていた。同年10月には芸名をひらがな表記にする。
  • 2001年9月にbaseよしもとを卒業後は東京に進出。主にルミネtheよしもとの舞台で、ピン芸をやったり新喜劇に参加していた。しかし2003年に拠点を大阪に戻し、それ以降はうめだ花月を中心に活動中。
  • 2006年には『M-1グランプリ』に山崎邦正(現:月亭方正)と竹山隆範とともに「たむらけんじと竹山崎」として参戦した。結果は三回戦敗退で、加えて時間切れによる強制終了だった。
  • 2006年12月、大阪市城東区蒲生四丁目)に焼肉の店「炭火焼肉たむら」1号店をオープン。
    • 店の看板のロゴ文字は、後輩芸人の中でもかなり絵心のある野性爆弾 川島邦裕による。
    • そもそもは義母が経営していた店舗だったが、諸事情により、本人が経営を引き継ぐことになった(以上、著書『なぜド素人経営者の焼肉屋は繁盛したのか?』より)。
  • 2007年11月1日には、大阪市中央区南船場に2号店をオープン。後輩や同期の芸人から幾度となくネタにされ、「実業家芸人」のイメージが定着する。2008年2月14日放送分のTBS『むちゃぶり!』で、年商6億円であることを明かした。またネタを8年作っていないことも告白した。
  • 2008年6月6日名古屋市の複合施設「サンシャイン栄」6階に、ファッションデザイナーのNIGOがデザインを手がけたVIPルーム完備の焼肉店「炭火焼肉たむら」3号店をオープン。
  • 2008年7月10日神戸市須磨海水浴場内の海の家「fu-rin」に、「炭火焼肉たむら 須磨の海の家店」を8月31日までの期間限定で出店[6]
  • 2008年7月28日、「炭火焼肉たむら」名古屋店が客4名へ食中毒被害を起こし営業停止処分となり、謝罪会見を行った。会見では営業停止令の下っていない3店舗も含めた営業の一斉自粛。この騒動を受け、前年に引き続き予定されていた読売テレビ主催のイベント「わくわく宝島2008」への出店を中止した[7]
  • 2009年6月6日、「鉄板焼たむら」をオープン[8]
  • 2010年秋より、ビジネスの専門知識習得を目的として、関西大学商学部の聴講生として通学することを明らかにした。
  • 2011年9月29日新大阪駅構内のフードコート「大阪のれんめぐり」に「炭火焼肉たむらのお肉が入ったカレー屋さん」をオープン
  • 2012年4月27日、「炭火焼肉たむら」奈良店開店[9]
  • 2012年10月20日、21日、芸歴20周年ライブ「TKF大祭り」を淡路島国営明石海峡公園で開催。所属事務所の枠を超えた芸人や歌手が多数出演。
  • 2013年7月29日、別居中だった妻と7月中旬に離婚したことが判明。約15年間の結婚生活にピリオドを打つ[10]

エピソード[編集]

  • 笑いの金メダル』での活動で一気にテレビへの露出がアップした芸人である。同番組の「ワンミニッツショー」に出演した当初、奇声で喋るネタやサングラス姿から「HGのパクリ」等と批判されたこともある。
  • 移動には必ず獅子舞を持参するため、空港では搭乗前の手荷物検査を受けるという。また、吉本新喜劇のロサンゼルス公演に向かう際に焼酎が検査に引っかかったが、対応を心配していた獅子舞を出して芸人を名乗るとあっさり通してもらえたとされる。
  • 間寛平テンダラーサバンナとともにユニットコントライブ『宇宙ターザン』を不定期に開催している。DVDも発売された。
  • ライブイベントのグッズでバッジを販売した際、たむらのバッジだけ大量に売れ残り、サバンナの高橋茂雄に影で「バッジさん」と呼ばれていた。
  • リンカーン』に出演した際にレギュラー陣に説教するはずが、「炭火焼肉たむら」の宣伝で終わってしまった。後日『リンカーン』のスタッフが「炭火焼肉たむら」を訪れたところ、番組出演時に撮影したCM(レギュラー陣が「焼肉たむらは超おいしー」と言っている内容)が流れていたという。
  • 高校時代、友人と『平成3年おめでとうスペシャル!欽ちゃんの新春爆笑仮装コンテスト!第32回全日本仮装大賞』に出場。ジャーマン・スープレックスを決めた体勢で空飛ぶスーパーマンを表現した「正義の味方」で合格はしたが、カメラに映らない部分の仮装をちゃんと作っていなかったことを審査員の山本晋也から厳しく突っ込まれた[11]
  • 2007年2月21日放送分の『クイズ!ヘキサゴンII』の予選ペーパーテストでは1位であったが、誰も彼の1位獲得を予想していなかったからか、周囲から「カンニングした」と疑われてしまった。ちなみに、2位はTIMゴルゴ松本、3位がTIMのレッド吉田だったため、「地味な最前列」とまで言われた。
  • 広報担当者いわく「裸でのご来社の方は(半裸であっても)固くご遠慮いたします」ということからか、JTBには出入り禁止になっている[12]。そのことについて2007年11月5日放送の『痛快!明石家電視台』にたむらがゲスト出演した際、「何で入られへんねん、おかしいやろ」と怒っていた。
  • 2008年3月22日に行われた亀田興毅の復帰戦で「炭火焼肉たむら」が亀田のスポンサーについた[13]
  • 2008年6月18日放送分『爆笑レッドカーペット』では、先輩である世界のナベアツの「3の倍数でアホになる」ネタの真似を披露し、番組史上初の「小笑」を記録した。ただし、たむらのネタがもの凄くつまらなかったわけではなく、「小笑を取る奴がいる」と司会が言っているので審査員が空気を読んだ可能性もある。また、同年12月17日放送分では「Mr.小笑い」と紹介され、新ネタを披露するがまたも滑り再び「小笑い」を記録した。この回は普段と異なり観覧客は一般人ではなく芸人達であったため、ほとんど笑いが起きていなかった。2009年1月1日放送分では「伝説の小笑い芸人」と紹介された。同番組では番組史上最低得点記録(7点)を持っている。2009年10月17日放送でついにレッドカーペット賞を受賞したが、この時も「小笑」であり、カムバックレッドカーペットに選ばれた際にも、結果は「中笑」だったため、一度も「大笑」「満点大笑」を出すことなく受賞した初のケースである。
  • 一攫千金!日本ルー列島』の1コーナー「知名度調査」で、波田陽区の19人に敗れ、罰として獅子舞姿の時の前髪を切られてしまい(本人の希望で榊原郁恵が切った)、通常の髪型に戻してみたら前髪が極端に短くなっていた。ちなみに、もしつぶやきシロー(11人)に負けていたら、芸能界を引退するところだった。
  • スポーツに関しては野球が好きで、小学校時代には軟式野球チームに所属し、元埼玉西武ライオンズ谷中真二とバッテリーを組んでいた(たむらは捕手)。プロ野球では以前は巨人ファンであったが、球界再編騒動以降は特にオリックス・バファローズのファンであり、本人の名前入りの特注のユニホームを所持している。またT-岡田にオリジナルのパフォーマンスを伝授した[14]。このほか、ガンバ大阪のファンであり、『GAMBA TV〜青と黒〜』など色々な番組で共演しているためにガンバ大阪の選手やサガン鳥栖播戸竜二(2009年までガンバ大阪に所属)とも仲が良く、選手のブログにも出ている。
  • 吉本同期の陣内智則の披露宴(2007年5月30日)の際、ゲストの一人・郷ひろみのバックダンサーに紛れて獅子舞を披露する予定だったが、警備員により文字通り会場から「つまみ出され」たことがある。
  • 川崎フロンターレ大久保嘉人2010 FIFAワールドカップでゴールを決めれば、ゴールパフォーマンスに持ちネタの「ちゃー」をやる約束をしていた[15]。また、『GAMBA TV〜青と黒〜』で共演していた安田理大が2010年9月18日に開催された大阪ダービー・セレッソ大阪戦でゴールを決めた際に「ちゃー」をした。このゴールは安田にとってリーグ戦初ゴールであった。
  • 関西のバラエティ番組で自己紹介する際、必ず名前の前に自作の冠を付け足す(「笑いの冬将軍」「笑いのポールポジション」など)。ただし、その都度周りの出演者からはツッコミ倒されている。
  • 2011年10月20日放送分『ビーバップ!ハイヒール』中学、高校時代軟式テニスをしていた。大阪一位になったことがある。(共演者の夏川純が中学では軟式テニスだったが大人になってから硬式テニスに変わったことを知り「裏切り者」と憤慨する)
  • レギュラー番組で放送されたバレベルの塔では、2度焼肉賢者と称して出演したものの、2度共2問目の選択問題で最後の部分を間違えてしまい、知ったか以下と称された。
  • 若手時代にデビュー前の鈴木紗理奈と交際していた。その後互いに別の人と結婚・離婚をし、番組の企画で再度交際を求めたが断られた。

主な出演番組[編集]

映画[編集]

  • 湾岸フルスロットル1(2008年)辻本(R Magic伝説のチューナー)役
  • 湾岸フルスロットル2(2008年)辻本(R Magic伝説のチューナー)役
  • 新見的おとぎばなし(2013年)

レギュラー出演[編集]

不定期出演[編集]

過去の主な出演[編集]

アニメ[編集]

CM[編集]

PV[編集]


著書[編集]

DVD[編集]

Vシネマ[編集]

  • 湾岸フルスロットル(2008年) 伝説のロータリーチューナー辻本役

脚注[編集]

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  1. ^ 『ミサイルマンのウラモン!』(KBS京都)より
  2. ^ 2012年9月12日放送『Kiss MUSIC PRESENTER』(Kiss FM KOBE)ゲスト出演時の発言。
  3. ^ 「Tamura Kenji Family」の略。
  4. ^ 『せやねん』『ジャイケルマクソン』(いずれもMBSテレビ)はじめ、複数のバラエティ番組での発言による。
  5. ^ たかじん胸いっぱい』での発言。
  6. ^ たむけん 須磨海岸でチャ〜レンジ - スポーツニッポン 2008年6月30日[リンク切れ]
  7. ^ たむけん焼肉、イベント出店取りやめ - サンケイスポーツ 2008年8月1日[リンク切れ]
  8. ^ 発表します!! - たむらけんじのブログ 2009年6月5日
  9. ^ 「大阪のれんめぐり」公式サイト
  10. ^ “子煩悩パパ”たむけんが離婚
  11. ^ 2007年11月12日放送『嵐の宿題くん』より
  12. ^ 2007年10月31日放送分『明石家さんちゃんねる』より
  13. ^ たむけんが興毅復帰戦スポンサー - スポーツニッポン 2008年3月20日[リンク切れ]
  14. ^ T-岡田“たむけんネタ”解禁だ - デイリースポーツ 2010年4月2日[リンク切れ]
  15. ^ 大久保、たむけんに約束し“ちゃ〜”った! - デイリースポーツ 2009年12月23日[リンク切れ]
  16. ^ たむけん本人役でアニメ「プリキュア」出演 - デイリースポーツ 2008年2月29日[リンク切れ]
  17. ^ たむけん「プリキュア」で声優デビュー - スポーツニッポン 2008年5月5日[リンク切れ]
  18. ^ たむらけんじ「プリキュア5GoGo!」でアフレコに挑戦 - サンケイスポーツ 2008年5月5日[リンク切れ]

関連人物[編集]

以下は、たむらがプライベートで交流があることを出演番組で公言した主なスポーツ関係者。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]