杉本彩

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すぎもと あや
杉本 彩
プロフィール
別名 松山 基栄(本名)[1]
愛称 彩様
彩姐さん
兄貴
杉本さん
生年月日 1968年7月19日
現年齢 46歳
出身地 日本の旗 日本京都府
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 168 cm / 55 kg
BMI 19.5
スリーサイズ 88 - 63 - 88 cm
靴のサイズ 24.5 cm
活動
デビュー 1986年
ジャンル タレント、女優
モデル内容 一般
他の活動 ダンサー、小説家
モデル: テンプレート - カテゴリ

杉本 彩(すぎもと あや、1968年(昭和43年)7月19日 - )は、日本のタレント女優ダンサー小説家実業家である。株式会社オフィス彩所属で代表取締役[1]京都市東山区出身。 本名:松山 基栄(まつやま もとえ)[1]。事業活動などに際しては、本名を使用している。

人物[編集]

生い立ち[編集]

京都市立弥栄中学校を経て、京都府立北稜高等学校中退。

東山区祇園出身。母方の祖父母が着物関係の仕事をしていて母はテーラー、父は洋服の生地を扱うサラリーマンだったが、杉本が中学生の時に父親が脱サラし母もテーラーを辞め小料理屋を始める。 しかし、知り合いの借金の保証人になってしまい、その知り合いが借金を返済しないまま失踪してしまう。悪徳金融業者に借りた借金は、法外な利子で雪だるま式に増えていったという。 住んでいた家は差し押さえられ、金融業者の執拗な催促が連日続いた。杉本は両親と共に悪徳金融会社に連れて行かれ、一緒に頭を下げさせられたこともあったという。 杉本は高校受験をひかえていたが、進学費用の捻出もままならないほど杉本家の経済状況はひっ迫し、母親はそんな父親に愛想をつかし新しい恋人に走り、家庭は崩壊する。

精神的に追い詰められた杉本は15歳のときに刃物で手首を切り、自殺を図るが、母親の発見が早かった為に一命を取り留めた。その後、両親は離婚した。 杉本は母親と母親の恋人が用意してくれた家に住むのは息苦しいと、生活費を稼ぐために16歳のときに家出。高校は1年で中退し京都市でモデルとなる。 モデルやキャンペーンガールなどの経験を重ねるなか、彼女の大人びた容姿に興味を持ち話しかけてきた芸能事務所スターダストプロモーションのスカウトにより全国区のデビューを持ちかけられ、芸能界入りが決定した[2]。当時、芸能界は憧れて入ったわけではなく、「自分が自立して生きていくための一番の近道だった」と語っている[3]

経歴[編集]

東京でも当初はモデルとしてデビュー。スタイルの良さから水着やボディコンシャスな服を着用するキャンペーンガールなどに起用される。 19歳当時には『オールナイトフジ』で中村あずさのアシスタント役に抜擢。堂々とした立ち居振る舞いや媚びのないセクシーさから、女性からの支持も多く集めた。また、音楽活動にも活躍の場を広げ、特に学祭出演が多かったことから「学祭の女王」の異名も持った。

1991年(平成3年)、24歳の時に個人事務所 株式会社 オフィス彩を設立。 1993年(平成5年)の『ENFIN』を皮切りにヘアヌード写真集を多数発表。官能小説を執筆したり、団鬼六の代表作『花と蛇』の映画化の主役に抜擢されるなど「エロスの伝道師」を標榜し[4]バラエティ番組の出演も増えた。

「運命に逆らう」という意味をもつスキンケアブランド『アンデスティノ』、「在る一つの通過点・道」という意味を持つランジェリーブランド『アンパサージュ』、また毛皮に反対していて、フェイクファーブランド『Dear Elsa』を立ち上げた。

また『日本人ラテン化計画』を推し進めていて「生きる喜びや情熱を、もっと皆で分かち合いたい」という信念がこめられている。

2010年(平成22年)8月31日、経営陣に加えていた妹との経営方針をめぐる対立により株式会社アンデスティノの取締役及びプロデューサーを退任(詳細は後述)。同年9月、新たなブランド「リベラータ」を設立しプロデューサーに就任。

私生活、エピソードなど[編集]

  • 1992年(平成4年)にミュージシャン音楽プロデューサーの沼田年則と結婚したと『新伍&紳助のあぶない話』出演中に明かしたが、バラエティー番組で“夫とのセックスレス”を告白したあと、2003年(平成15年)7月24日に離婚[5]。「私は自分の奴隷になってくれる人がいい」と発言した。しかしその元夫とは、20歳[6]から4年間の同棲生活を経て11年間の結婚生活を過ごし、のべ15年間も一緒に過ごしてきたことになる。
  • 2011年(平成23年)4月17日に、「オフィス彩」で副社長を務める一般男性と再婚。2月の時点で結婚を決めていたが、東日本大震災を受けて8月31日に発表し、会見を行った。この再婚を機に、東京でのタレント活動・事務所経営を続けながら、生活の拠点を20年振りに京都市内へ移している[7]
    2010年(平成22年)に出版した著書「リベラルライフ」の中で、結婚期間中に当時、二度目の結婚に失敗し、うつ病を患っていた杉本の実母を引き取り、同居していたことが、離婚の引き金になったことを明かした。精神的に不安定だった実母による、夫に対する暴言がたびたびあり、また杉本自身が売れっ子になったことでの夫婦間の感情が悪化したことなどが真の離婚原因だった。
    また同書及びそれに関連する各週刊誌やスポーツ新聞でのインタビューにおいて、その後自身が経営していた化粧品会社「アンデスティノ」の役員となっていた実妹夫婦が同じく同社の幹部の杉本の友人[8]と経営方針を巡り激しく対立したため、母・妹と絶縁し彼女らへの仕送りを中止し「アンデスティノ」の経営権を妹に譲り自身は退社したいきさつや[9]、実母と離婚していた実父は既に別の女性と再婚し、実父及び実父の再婚相手とは良好な関係を保っていることも合わせて公表した。
  • 上記の実母・妹夫婦との対立は杉本の再婚後に彼らが女性週刊誌のインタビューに応じた事で再燃し、ブログで再度上記の経緯を説明したのち、「アンデスティノ」が既に倒産したこと、倒産の際に妹が破産管財人とトラブルを起こした事、幼少時より可愛がっていた猫を実母が勝手に捨てるなどの精神的虐待を受けていた事も明かした[10]
  • 特技はダンス。『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』『ウリナリ芸能人社交ダンス部』などのバラエティ番組の企画で社交ダンスを特訓した際には、バラエティ番組の域を超えて心身ともに徹底的に打ち込んだ。練習中激しい転倒などもあり肋骨と鼻骨を骨折している。
    担当のプロデューサーは最終目標の大会に出場しなくても、すでにその準備の映像で十分ドキュメンタリーとして成立することを理由に、杉本の辞退、静養をすすめたが、本人は激痛に耐えて、ついに大会の最後まで踊り通した。
  • タバコが嫌いで会社の芸能部のスタッフには、給料以外に1万円の‘禁煙手当て’を出している。外見では喫煙者に見られることが多く、レストラン等では黙っていても灰皿を出されてしまうと語っている。
  • 恵昇院檀家で、本能寺が菩提寺である。高祖父はドイツから来た医者であり16分の1ドイツの血が流れている。
  • 木こりがタイプだと発言しており、「妙な魅力を感じる。 木こりはまさに私の求めてる男です。 木こりは体力もあり緻密な計算の元に木を倒すわけです。技術も必要で、自然に立ち向かいながらも自然を崇拝してるわけです。 私は緻密な計算の元に木こりに押し倒されたい!」と語っている[11]
  • 「しっかりした大人の女」のイメージを持たれることが多いそうだが、本人はしっかりしていないと語っており、「移動車と別の車を間違えて乗りそうになったり、方向音痴のためトイレから楽屋まで一人で戻ることができない。」とも発言している。
  • 容姿や外見からサディストに見られやすいが本人はむしろマゾヒストと語っている。
  • 芸能人で唯一尊敬し、影響を受けた人はイタリアの歌手ミルバ
  • 60代70代になる頃には、愛に溢れた女性でありたい。将来的には社会に貢献できる仕事をしていきたいと語っている。
  • 大切にしている事は「愛すること」「情熱を傾けること」「許す(赦す)こと」の3つである。

料理[編集]

バラエティー番組『愛のエプロン』では料理上手という意外な一面をみせた。料理評論家の服部幸應には「塩梅がいい。料理人になってもよかったんじゃないかと思う。プロでも100人中1人いるかいないか」と評される。

恐怖の食卓』では独特な食生活が暴露され、9人の医師から逆パーフェクト(全員から病を宣告される)されたこともあるが、トークショーでは「確かに肉が好きだけど、本当はちゃんと野菜も食べてる。テレビ番組ってそんなもんなんです」と発言した。料理をするようになったのは中学生の頃からである。

を好んでおり、どんな料理を食べても、白いご飯を最後に食べないと食事を終えた気持ちになれない、と語ったことがある。自宅拝見のテレビ番組の中で、米は最高ランクのものを取り寄せ、可能な限りその米の産地の水を使い、土鍋で炊いている、という拘りぶりを語った。また小さい頃からの大好物は卵かけご飯であるという。

動物愛護[編集]

  • 大の好きであり、20歳の時からボランティアで捨て猫の里親探しをしている。「将来は一軒家で、もっと多くの猫達の面倒をみたい。今、手がけているビジネスでも成功したら、私腹を肥やすのではなく、大好きな動物たちに何らかの形で還元したい」と語っている。
  • 最近では、東日本大震災の影響により飼い主と離れ離れになった7匹の猫の里親となる[12][13][14]
  • 現在も多くの猫を飼っており、名前は、アントニオ(近所の人が拾ったのを貰った)、ベティ(大阪の読売TV前で拾った)、コタロウ、マイケル、花子、月子、ダイちゃん(被災地から保護)[15][16]、アストル、ミルバ、小春、さくら(岡崎市の動物保護センター「Animo(あにも)」より里親になる。さくらは猫エイズ陽性で小脳に障害がある)[17]
  • 過去には、モモタロウ(以前住んでいたマンションの前で拾った)、たま(二子玉川で拾った)、ドン(北海道で拾った)、ベベ(北海道で拾った)、トムという猫も飼っていた。
    猫の他に保護施設で部屋の隅にいた老犬を引き取って飼っており、「小梅」と名付けている。[18]。何時も何かに怯え、犬らしい反応を示さない事から『天才!志村どうぶつ園』で動物と話せる女性・ハイジに小梅が何故、怯えているかを聞いてもらった所、前の飼い主から想像を絶する虐待を受けており、そのトラウマから怯えた性格になったと判明した[19][20]
  • 2012年に、大阪の悪質な繁殖場の崩壊から、レスキューされた5歳のフレンチブルドッグ「きなこ」とロングヘアーチワワ「でんじろう」の里親となる。[21][22]
  • 以前飼っていた猫のうち1匹が心臓病で急死し、「もっと出来ることがあったのでは」と後悔したために現在飼っている猫達には留守中にペットシッターを自宅に呼ぶなど彼らの健康や生活のためには手間や投資を惜しまない。
  • 以前に家族で訪れた犬猫専門の動物園の環境が劣悪だったことにショックを受け、これが動物愛護により傾倒するきっかけとなっている[23]
  • 1994年(平成6年)にはフジテレビテレビドラマ裸の大将・イルカに乗った」(関西テレビ制作)で舞台となったみさき公園でイルカショーのトレーナー役を演じ、1日でイルカの背中に乗って水上を滑走する「サーフィン」を披露し、当公園のスタッフから驚嘆された。
  • PETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)の反毛皮広告のモデルに、無償で出演した。上記にある動物保護に対する情熱をPETAは高く評価、同団体で日本人初のヌードモデルとなった[24][25]
    杉本は「ノーファーや動物愛護は強要するものではなく、本人がどう思うか、どう感じるか、そしてどう動くかだ。」と語っており、毛皮の製造過程を知った2006年(平成18年)から毛皮を着用しなくなり、自身がデザインを手がけるファッションブランドも全てフェイクファーを用いている。
  • 杉本彩が取締役及びプロデューサーを務めている化粧品ブランド「リベラータ」では原料の段階から動物実験は行っていない[26]。またブラシは人工毛を使用している。
  • 保健所における動物殺処分にも関心を示している。譲渡先を見つけようと思っても現在は「県外には譲渡できない」などと細かい規則がある為、動きがとりにくい状況にあると述べている。
    多数のペットが飼育放棄されるといった状態が起きた場合などにはそういった規制に阻まれて対応が出来ないため、対応ができるようにルールを見直すべきだと主張している[27]

主な出演作[編集]

映画[編集]

OV[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティー・情報番組[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

PV[編集]

DVD[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  • Boys(1988年04月21日発売) PANAM / CWP-92(C/W)MOON CAT
    「Boys」はイタリアのユーロビート歌手サブリーナ・サレールノの「BOYS(SUMMERTIME LOVE)」のカバー曲。
  • 13日のルナ(1988年12月05日発売) PANAM / CWP-98(C/W)水の中のナイフ
  • 日曜はだめよ(1989年04月12日発売)※赤井電機「A&D」CMソング PANAM / CWP-104 (C/W)退屈が嫌い
  • B&S(1990年1月21日発売)※A&D「P CROSS」CMソング PANAM / ZLS-31(C/W)GIRL FRIEND
  • うさぎ(1990年06月05日発売)※Schick CMソング PANAM / CRDP-2(C/W)Celebration(TAMEIKE LIVE VERSION)
  • ゴージャス(1990年11月05日発売)※Schick CMソング PANAM / CRDP-7(C/W)Fairy of Love
  • 輝いてて…(1991年10月21日発売)※BMGビクター移籍第一弾シングル BVDR-68(C/W) 恋のステップ
  • 愛が知りたい(1992年05月21日発売)※ AURORA「かいへいくん」CMソング、CBC系「GACHA娘」エンディング・テーマ BMGビクター/BVDR-103(C/W)パパは間違ってる
  • Le SOIR 〜永遠の別れ〜(1993年01月8日発売)BMGビクター/BVDR-157(C/W)スター

コラボレーション・シングル[編集]

  • 夜も一生けんめい 'S(逸見政孝・杉本彩)
  1. ナイスチョット(1991年09月25日発売)※黒田アーサー長保有紀ナイスチョット」をカバー。パイオニアLDC/PIDL-1032
  1. 逆にそれって愛かもね(2006年11月22日発売)BMG JAPAN/BVDR-19699

アルバム[編集]

  • 彩(1988年07月21日発売) PANAM / ZA-501
    SHINING/人魚の憂鬱/BOYS(TOKYO MIX)/GUILTY/素肌の夜/STILL
    Boys(Tokyo Mix)は、デビューシングル「Boys」の英語ロングバージョンである。
  • 水の中の小さな太陽(1988年12月16日発売) PANAM / ZL-120
    13日のルナ(EXTENDED MIX)/EVERYTHING IS O.K.NOW/Party Town/水の中のナイフ/ブラック・ベルベット/ゆっくり愛して/月光/流されて・・・楽園/ILLUSION/光の魚たち/Shaker
  • 灼熱伝説(1989年06月21日発売) PANAM / SHD-1
    24時間の媚薬/魔女伝説/惑わせて…/BURN-BURN-BURN
  • BODY&SOUL(1990年01月21日発売) PANAM / CRCP-173
    GIRL FRIEND/Lip Noise/Wanna Do/つまさきの密林(JUNGLE)/Celebration/日曜はだめよ/PRUDENT LADY/Rasgueado/DANCIN' IN THE RAIN/B&S
  • Japanese Dream(1990年11月21日発売) PANAM / CRCP-20009
    GORGEOUS LADY/TWO MOON/Passion/I Need You/星に願いを/Fairy of Love/She・La・La/禁じられた恋/うさぎ/Just Love/ゴージャス
  • 私生活(1991年11月06日発売)BMGビクター/BVCR-63
    輝いてて・・/魔女になりたい/私の嫌いな人間/恋の終わり/素直な悪女/Moi 小ねこ/出会い/Breeding Heart/私の憂うつ/恋のステップ/I KNOW WHAT YOU WANT/ガーターベルトの夜/私生活
  • Femme Fatale(1995年07月01日)日本コロムビア/COCA-12700
    PARDON/KISS/Mon amour/太陽と背中/悪女のブルース/CROSS MY HEART/愛された記憶/Non Non Non…/Romance/悲劇/Memoir/SHAKE THAT BODY

ベスト・アルバム[編集]

  1. all of me(1991年09月06日発売)※クラウン時代のベスト。 PANAM / CRCP-20023
  2. ゴールデン☆ベスト(2004年09月17日)※レーベルを超えてセレクト。 PANAM / CRCP-20359

脚注・出典[編集]

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  1. ^ a b c オフィス彩オフィシャルサイト. “Company Profile”. 2009年10月1日閲覧。
  2. ^ 2009年12月29日放送回『魔女たちの22時』のコーナー「今週の魔法の扉」より
  3. ^ オフィシャルブログ「杉本彩の Beauty ブログ」 (2009年9月24日). “18歳の頃の私”. 2009年10月1日閲覧。
  4. ^ 週刊アサヒ芸能 2012年6月28日特大号 熟裸身を堪能する映画ベスト10
  5. ^ ZAKZAK (2003年7月28日). “杉本彩「自由と快楽が人生で大事」”. 2010年6月13日閲覧。
  6. ^ 2010年4月22日放送回『極嬢ヂカラ』出演時に発言
  7. ^ 杉本を特集した2012年1月29日放送の『ソロモン流』(テレビ東京)より。同番組では、杉本への密着取材の一環として、新居で夫・7匹の猫・1匹の犬と暮らす様子も紹介している。
  8. ^ アンデスティノの経営が悪化したため、経営再建のため杉本が招きいれていた人物だった。
  9. ^ 妹との対立が深刻化してきた頃、成功しているとある会社経営者の「親族を経営陣に入れるべきではない」との発言を知ったことも退任の決断の一因であったと同書にて明かしている。
  10. ^ 私の結婚を喜ばない家族たち - オフィシャルブログ「杉本彩の Beauty ブログ」2011年9月6日
  11. ^ 2008年(平成20年)2月7日放送の『ダウンタウンDX』で発言
  12. ^ 宮城県へ被災ペットたちを訪ねて5 - 「杉本彩の Beauty ブログ」2011年6月23日
  13. ^ 宮城県へ被災ペットたちを訪ねて6 - 「杉本彩の Beauty ブログ」2011年6月25日
  14. ^ 毎日新聞 2011年7月3日 東京朝刊 (2011年7月3日). “希望新聞:東日本大震災 杉本彩さん、7匹の猫の里親に”. 2011年7月29日閲覧。[リンク切れ]
  15. ^ 犬と猫と私たち・・・ - 「杉本彩の Beauty ブログ」2011年11月15日
  16. ^ ダイちゃんの幸せ!- 「杉本彩の Beauty ブログ」2012年02月23日
  17. ^ 新しい仲間が!- 「杉本彩の Beauty ブログ」2011年04月14日
  18. ^ 新しい家族! - 「杉本彩の Beauty ブログ」2010年10月09日
  19. ^ 小梅の心の声- 「杉本彩の Beauty ブログ」2011年2月18日
  20. ^ 小梅のその後・・・ - 「杉本彩の Beauty ブログ」2011年2月24日
  21. ^ 新しい家族!きなこ - 「杉本彩の Beauty ブログ」2012年7月20日
  22. ^ 息子がきました~ - 「杉本彩の Beauty ブログ」2012年9月23日
  23. ^ 緑書房刊『猫生活』2010年1月号インタビューより
  24. ^ asahi.com (2008年9月18日). “杉本彩ほぼ全裸モデル「大いに注目して」”. 2009年2月9日閲覧。
  25. ^ AFPBB News (2008年9月17日). “杉本彩「毛皮?裸でいいわ」、 動物愛護でヌードに”. 2009年2月9日閲覧。
  26. ^ 杉本彩オフィシャルブログ「liberata」 (2011年2月19日). “リベラータは、動物実験は致しません。”. 2011年7月29日閲覧。
  27. ^ TechinsightJapan (2010年6月12日). “【エンタがビタミン♪】「毛皮なら裸でいい」怒れる杉本彩。テレビから動物愛護の現状を訴える。”. 2010年6月13日閲覧。
  28. ^ 沖縄県のみ沖縄セルラー電話名義。

外部リンク[編集]