服部幸應

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
はっとり ゆきお
服部 幸應
2009年、ジェームス・ズムワルト(左)と
生誕 1945年12月16日(67歳)
日本の旗 東京都豊島区
出身校

立教大学社会学部卒業

昭和大学大学院医学研究科博士課程修了
職業 服部学園理事長
服部栄養専門学校校長
テンプレートを表示

服部 幸應(はっとり ゆきお、本名: 染谷 幸彦、そめや ゆきひこ、1945年12月16日 - )は、日本料理評論家教育者、男性タレントである。学校法人服部学園理事長服部栄養専門学校校長社団法人全国調理師養成施設協会会長、社団法人全国栄養士養成施設協会副会長、東日本料理学校協会会長、NPO日本食育インストラクター協会代表なども務める。

目次

人物 [編集]

東京都豊島区出身。立教大学社会学部卒業。社会学士医学博士昭和大学2005年[1])。

調理師試験を出題する側の地位にあり、叙勲歴もある。タレント活動では生島企画室のマネジメントを受けており、「食育」をテーマに講演活動なども行っている。

経歴 [編集]

料理学校「服部学園」の創立者である、服部道政こと染谷栄(服部学園創立者)の子として生まれ、道政の英才教育によって産地の異なるフグタイの刺身、カラスミを毎日食べさせられ、「味」に開眼したという。

はじめは、「1561年永禄4年)に発祥し、1885年明治17年)に日本に初めてカレーを紹介した『服部流割烹』[2]17代目家元[3]の孫」を自称していたが、2007年(平成19年)9月に週刊誌 『週刊文春[4]や『日刊ゲンダイ[5]などがそれを虚偽であると報道すると、服部本人も自身に服部家との血縁関係はなく、「服部幸應」の名も芸名のようなものであることを認めるに至った。以降には経歴を修正する一方、自身が経営する服部学園卒業生に対しては、『服部流割烹免許』と題した書状を交付している。

また、これに先立つ2001年(平成13年)には、長年に渡って料理を指導・評論してきた服部が調理師専門調理師・調理技能士ふぐ調理師製菓衛生師栄養士免許など、関連する資格や免許を一切所持していないことが、報じられた[6]。所持していない理由は、調理に関する資格は、服部が出題問題作成もしくは関与しているためである。

家族 [編集]

父親は服部学園の創立者、服部道政(本名、染谷栄)。実妹は、「服部津貴子」の名で活動する料理研究家[7]

その他 [編集]

羽田孜毒蝮三太夫と並んで、人民服マオカラースーツの愛用者として知られる。また、女優・長山藍子の大ファンであるという[8]

出演番組 [編集]

その他の出演 [編集]

  • 料理の鉄人 KITCHEN STADIUM TOUR(博報堂マルチメディアエンターテイメンツ、セガサターン[9]

著書・執筆 [編集]

脚注 [編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 博士論文は、「A study on the relationship between food intake and personality in woman students(女子学生における食品摂取と性格との関連に関する研究) 国立国会図書館 NDL-OPAC(書誌 詳細表示)
  2. ^ 「日本初のカレーライス」(らいふとおく)
  3. ^ 13代目と記述していた時期もある
  4. ^ 「服部幸應の「家柄」は偽装だった!」『週刊文春』2007年9月20日号。
  5. ^ 「詐称疑惑浮上 服部幸應(料理家)を直撃」『日刊ゲンダイ』2007年9月15日配信記事
  6. ^ 「服部幸應さん、調理師免許持ってなかった!」 ゲンダイネット 2001年5月25日
  7. ^ 服部同様、かつては『服部流割烹家元』と名乗っていた
  8. ^ 愛のエプロン』(テレビ朝日)で長山と共演した際の発言から
  9. ^ ただし、内容はこれまで放送した番組データベースソフトである。

外部リンク [編集]