東日本大震災

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東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)は、2011年平成23年)3月11日)に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波、およびその後の余震により引き起こされた大規模地震災害

概要[編集]

地震発生
2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒(日本時間[1]宮城県牡鹿半島の東南東沖130キロメートル仙台市の東方沖70キロメートルの太平洋の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生した[2]。地震の規模はモーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、発生時点において日本周辺における観測史上最大の地震である。震源は広大で、岩手県沖から茨城県沖までの南北約500キロメートル、東西約200キロメートルのおよそ10万平方キロメートルという広範囲全てが震源域とされる[3][4]。最大震度は宮城県栗原市で観測された震度7で、宮城・福島・茨城・栃木の4県36市町村と仙台市内の1区で震度6強を観測した[5]
被害
この地震により、場所によっては波高10メートル以上、最大遡上高40.1メートルにも上る巨大な津波が発生し、東北地方関東地方太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した[6][7]。また、巨大津波以外にも、地震の揺れや液状化現象地盤沈下ダムの決壊などによって、北海道南岸から東北を経て東京湾を含む関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、各種インフラ(人々の生活に必須な所謂ライフライン)が寸断された。
2014年(平成26年)8月8日時点で、震災による死者・行方不明者は18,498人、建築物の全壊・半壊は合わせて40万0,438戸[8]が公式に確認されている。震災発生直後のピーク時においては避難者は40万人以上、停電世帯は800万戸以上[9]断水世帯は180万戸以上[10]等の数値が報告されている。復興庁によると、2014年7月10日時点の避難者等の数は24万7,233人となっており[11]、避難が長期化していることが特徴的である。
日本政府は震災による直接的な被害額を16兆円から25兆円と試算している[12]。この額は、被害が大きかった岩手・宮城・福島の3県内総生産の合計に匹敵する(阪神・淡路大震災では兵庫県1県の県内総生産の半分ほどであった)。世界銀行の推計では、自然災害による経済損失額としては史上1位としている。
福島第一原発
地震から約1時間後に遡上高14-15メートルの津波に襲われた東京電力福島第一原子力発電所は、全電源を喪失して原子炉を冷却できなくなり、1号炉・2号炉・3号炉で炉心溶融(メルトダウン)が発生し、大量の放射性物質の漏洩を伴う重大な原子力事故に発展した(→福島第一原子力発電所事故)。この事故は国際原子力事象評価尺度で最悪のレベル7、チェルノブイリ原子力発電所事故と同等に位置付けられている。同原発の立地する福島県浜通り地方を中心に、周辺一帯の福島県住民の避難は長期化するとともに、2012年からは「帰還困難区域」「居住制限区域」も設定された(→福島第一原子力発電所事故の影響)。その他に火力発電所等でも損害が出たため、東京電力の管轄する関東地方は深刻な電力不足に陥り、震災直後の一時期には日本国内では65年ぶりに計画停電が実施された[13]。計画停電は東北電力管内でも震災直後に実施されたほか、翌2012年の夏前には関西電力管内でも大飯発電所(大飯原発)の再稼働を巡って論議が起き、計画停電の可能性が議論された。
災害対策の動き
日本政府は地震発生から31分後の15時14分に、史上初の緊急災害対策本部を設置した。3月12日夜の持ち回り閣議で、政令により「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震等による災害」を激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律(激甚災害法)に基づく激甚災害に指定し、同じく政令により特定非常災害特別措置法に基づく特定非常災害に指定した(いずれの政令も3月13日公布)。また、青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、栃木県千葉県東京都災害救助法の適用を決定した(適用市町村は都県ごとに指定)。3月22日、青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県、内閣府は、東北地方太平洋沖地震と津波による被害について被災者生活再建支援法を適用することを決定した(適用地域は青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、栃木県、千葉県)。ただし、国および福島県は原発事故に伴う長期避難世帯を被災者生活再建支援法の長期避難世帯と認めず、福島県には適用していない。
問題点・課題
震災後、ボランティア活動に対する保健衛生上の規制や支援車両に対する道路交通法の規制など、現在の法令による制限が復興の障害となっていることが明らかになった。復興の遅れにより経済や生活に二次的な被害が生じているため、関係自治体では災害特区指定や特別立法への期待も大きい。市街地が壊滅した岩手県陸前高田市などでは、集落ごと高台に移転するといった大規模な対策が検討されているが、課題も山積している。
震災以後も、2011年9月には戦後最大級の勢力をもって上陸した台風15号によって被災地が広範囲で浸水し、福島第一原発では汚染水上昇等の被害が起きている。膨大な量のがれき(例えば岩手県では前年1年間のごみ処理量の23倍に上るがれきが発生した)をどのように処理するかについても、がれきに付着した放射性物質の濃度が問題とされ、広域的な処理は進んでいない。
国および福島県は原発事故に伴う長期避難世帯を被災者生活再建支援法の長期避難世帯と認めていないことから、原発事故の長期避難に伴う災害関連死(特に「原発関連死」と呼ばれる)対策や原発避難者生活再建支援施策が求められている。

名称[編集]

地震発生後、しばらくの間は各メディアや組織・団体において名称は統一されておらず、「東日本大震災」や「東北関東大震災」などの呼称が用いられていたが、日本政府は2011年4月1日の持ち回り閣議で、この地震による震災の名称を「東日本大震災」とすることを了解、発表し[14]、それ以降は各メディアでの呼称も「東日本大震災」に統一された。

政府の閣議了解前に使用されていた主な震災の名称として以下のようなものがある。「大震災」だけではなく、「大地震」や「巨大地震」も震災を指して使われていた。

閣議によって震災の名称が決定したため、日本赤十字社の義援金受付口座名も変更された。

また、この震災で発生した津波について、地元紙を中心に一部で「平成三陸大津波」の呼称が使用されている[44][45][46]。津波そのものに対しては、政府など公的機関は名称を定めていない。

死傷者[編集]

平成23年東北地方太平洋沖地震による都道府県別死者・行方不明者数(2011年7月17日現在)[8]
人的被害
(2014年8月8日 時点)[8]
都道府県 死亡 行方不明 負傷
00/合計 15,889 2,609 6,152 24,650
01/北海道 1 - 3 4
02/青森県 3 0001 112 116
03/岩手県 4,673 1,132 213 6,018
04/宮城県 9,538 1,269 4,145 14,952
05/秋田県 - - 11 11
06/山形県 2 - 29 31
07/福島県 1,611 0204 183 1,998
08/茨城県 24 0001 712 737
09/栃木県 4 - 133 137
10/群馬県 1 - 42 43
11/埼玉県 - - 45 45
12/千葉県 21 0002 258 281
13/東京都 7 - 117 124
14/神奈川県 4 - 138 142
15/新潟県 - - 3 3
19/山梨県 - - 2 2
20/長野県 - - 1 1
22/静岡県 - - 3 3
24/三重県 - - 1 1
39/高知県 - - 1 1

警察庁は、2014年(平成26年)8月8日、者は15,889人、重軽傷者は6,152人、警察に届出があった行方不明者は2,609人であると発表している(ただし未確認情報を含む)[8]。日本国内で起きた自然災害で死者・行方不明者の合計が1万人を超えたのは戦後初めてであり[47]、大津波や大震動に襲われた青森県から千葉県までの太平洋沿岸を中心に、1都1道10県で死者・行方不明者が、また1都1道18県で負傷者が発生した[8]

死者の内訳と死因[編集]

警察庁は2012年3月11日までに、岩手県・宮城県・福島県で検視された15,786人の詳細を発表した。

年齢
  • 0‐ 9歳:2.95%(466体)
  • 10‐19歳:2.65%(419体)
  • 20‐29歳:3.26%(515体)
  • 30‐39歳:5.37%(847体)
  • 40‐49歳:7.07%(1,116体)
  • 50‐59歳:11.93%(1,883体)
  • 60‐69歳:18.66%(2,945体)
  • 70‐79歳:23.81%(3,759体)
  • 80歳以上:21.42%(3,381体)
  • 年齢不詳:2.48%(392体)

男【7,360体 (46.62%)】女【8,363体 (52.98%)】性別不詳【63体 (0.40%)】

死因
  • 水死:90.64%(14,308体)
  • 圧死・損傷死・その他:4.23%(667体)
  • 焼死:0.92%(145体)
  • 不詳:4.22%(666体)

この震災での犠牲者の死因の殆どが、津波に巻き込まれたことによる水死であった。津波の中には、大量の砂や海底のヘドロ、港湾施設の重油などの有害物質などが含まれていた。砂が肺に入れば気管を詰まらせ、有害物質が肺に入れば身体を侵す。水死に至る経緯は、これらで呼吸困難になったり、瓦礫が当たり意識を失ったり、3月の雪の舞う中で低体温を伴ってなど、さまざまな経緯もあったと考えられる。

圧死・損傷死・焼死も、ほとんどが津波による瓦礫が要因となっている。

建造物の倒壊や土砂崩れ、天井の非構造部材の落下、高所からの落下など、地震の揺れそのものが原因による犠牲者は、福島県36人・茨城県18人・宮城県13人・東京都7人など、分かっているだけで90人に上る[48]

また、高齢者を中心に避難所で亡くなる者も相次いでいる[49]。避難所の不衛生や寒さによる死者は、2011年3月末までに280人を超え[50]毎日新聞は2013年12月17日、福島県内の震災関連死による死者数が地震や津波による直接死者数を上回った、と報じた[51]復興庁の2014年3月末時点での集計で震災関連死と認定されたのは3,089人(福島県1,704人、宮城県889人、岩手県441人など)に上った[52]

各自治体と国外の被害状況[編集]

2011年7月14日15時 (JST) 現在、死者・行方不明者数の合計が100人以上の自治体は、岩手県、宮城県、福島県の22市町村に上っている[53]

岩手県の被害[編集]

岩手県の被害は津波によるものが中心であった。

岩手県沿岸は、海岸線近くまで山地が迫り、平地が狭いという地形のため、浸水面積は58km²と3県では最も小さかった。しかし、その狭い平地に漁港と市街地が広がっていたため、浸水域の人口は約11万人であり、浸水域の人口密度は1,900人/km²と3県で最も大きかった。

県中南部は津波高が増すリアス式海岸のため、津波常襲地域であり、津波への対策(防波堤防潮堤)の規模は日本随一であった。過去の津波の伝承や石碑が至る所に残り、住民の防災意識も高く、多くの人々が避難行動を取ったが、想定を大きく上回る規模の津波が押し寄せたため、甚大な被害を受けた。

陸前高田市では、市民会館や市民体育館などの指定避難所の多くがほぼ天井まで水没して避難者の大半が亡くなり、市街地全域が壊滅的被害を受けた。高田病院で4階まで浸水し27人が亡くなるなど、1,800人弱の犠牲者を出した。市職員も1/3弱に当たる113人が犠牲になり、浸水域人口に対する犠牲者率は、宮城県女川町に次いで高く、大槌町と同率の11.72%であった。

大槌町では、役場で災害対策本部の準備をしていた職員60人中、当時の町長である加藤宏暉[54]を含め30人以上が亡くなるなど、1,300人弱が犠牲になった。また、火災も発生した。浸水域人口に対する犠牲者率は、宮城県女川町に次いで高く、陸前高田市と同率の11.72%であった。

釜石市では、本来は災害後の避難生活を主とした施設であった鵜住居地区防災センターで津波避難の訓練も行われていたため(最大の可能性として)244人が避難して210人が亡くなるなど、約1,050人が犠牲となった。元新日鉄釜石ラグビー部の選手で、釜石ラグビー協会会長だった佐野正文[55]や、マスターズ陸上で世界記録を持っていた104歳の下川原孝[56]も犠牲となった。また、ギネス世界記録にも認定されていた世界最深の釜石港湾口防波堤が破壊された[57]。鵜住居地区は、市内の犠牲者の半分以上を占める悲劇の一方で、釜石の奇跡と呼ばれる津波教育の成功例もあった。釜石東中では、地震発生直後に生徒達が自己判断で避難先に各自走り出し、それを見た隣接の鵜住居小の児童も続いた。第一避難先の介護施設に到着して整列点呼で全員の無事を確認したが、想定にとらわれないとの教育の下、中学生が小学生の手を引いてさらに高台へ走り出し、それを見た地域住民も後に続いた。学校は10mを超える高さの津波に襲われ、第一避難先の介護施設も1階が水没したが、当日登校した生徒児童約600人全員が無事であった。また、生徒達がさらに上へと避難していく姿を見た介護施設側は、1階の入所者を3階へ移動させていたため、犠牲者が出なかった。

山田町では、介護老人保健施設「シーサイドかろ」で入所者74人と職員14人が亡くなるなど、750人以上が犠牲となった。また、津波に加えて大火も発生した。

宮古市の田老地区は、総延長2433mのX字型、海抜10mの巨大な防潮堤が城壁のように地区を取り囲んでおり、住民は万里の長城と呼び、「津波防災の町」を宣言するほどであったが、それを破壊、越流した津波により地区全体で185人が亡くなるなど、500人以上が犠牲となった。

大船渡市では、特別養護老人ホーム「さんりくの園」で62人が亡くなるなどし、述べ400人以上が犠牲となった。

この他に、野田村田野畑村でも甚大な被害を受けた。

宮城県の被害[編集]

宮城県は、震源地に最も近く、福島県や茨城県と共に激震であった。津波の被害としては、浸水面積327km²と浸水域の人口約33万人はともに3県最大だったため、宮城県のみで阪神・淡路大震災を上回る犠牲者を出した。

県北部は岩手県中南部沿岸と同様に津波高の増すリアス式海岸のため、津波常襲地域であり、津波への対策(防波堤や防潮堤)が成されていた。過去の津波の伝承や石碑が至る所に残り、住民の防災意識も高く、多くの人々が避難行動を取ったが、想定を大きく上回る規模の津波が押し寄せたため、甚大な被害を受けた。

県中南部は単調な海岸線であったが、水深の浅い仙台湾で津波の速度が落ち、後の津波が追い付いて津波高が増した。速度が落ちたため、襲来まで1時間あったが、北部に比べて中南部は過去の津波が数百年前であり、住民の意識が低い中で想像だにしない津波に襲われた。平野が広がっていたため数キロ内陸まで浸水し、甚大な被害を受けた。

気仙沼市では、介護老人保健施設「リバーサイド春圃」で59人が、杉の下地区の住民が避難した海抜12mの高台で93人が亡くなるなど、1,350人以上が犠牲となった。また、津波により漁船用燃料タンクが倒壊して広範囲に重油が流出して出火、大火災が発生し夜通し燃え続けた。火が付いた大量の瓦礫が気仙沼湾内を漂い、東北最大の有人島である大島にも燃え移り、島民達が総出で延焼を食い止めた。

南三陸町では、3階建ての防災対策庁舎の屋上まで水没するなど町職員42人が、5階建ての公立志津川病院も4階天井付近まで水没し、入院患者107人中72人と職員3人が亡くなった。また、海抜15mの高台にあった特別養護老人ホーム「慈恵園」も1階が水没して49人が亡くなるなど、850人以上が犠牲となった。

女川町は震源に最も近いリアス式海岸の町の一つであり、猛烈な津波が町を襲い、中心部は海抜20mの高さまでほぼ水没し、強い引き波により鉄筋の建物の倒壊も目立った。指定避難所であった町立女川病院(女川町地域医療センター)は、海抜16mの高台にあったにもかかわらず、1階が完全に水没した。七十七銀行女川支店では屋上に避難していた行員13人が流され12人が亡くなるなど、犠牲者は約900人であり、浸水域人口に対する犠牲者率は当震災において最大の11.97%であった。一方で5階建ての生涯学習センターでは、屋根付近まで水没したにもかかわらず、鉄扉で密閉され窓もなかったボイラー室に避難した30人弱が無事であった。

石巻市は、本震災最多の3,700人以上の犠牲者を出している。

市内北東部、リアス式海岸に当たる旧雄勝町、旧北上町、旧河北町の沿岸はほぼ完全に壊滅した。3階建ての雄勝病院は完全に水没し、入院患者と職員の65人が流されて生存者は3人、北上川の河口北側にあった石巻市北上総合支所では職員と避難者合わせて57人のうち生存者は3人だけだった。津波はその北上川を氾濫させながら猛烈な勢いで遡上し、5キロ上流に位置する石巻市立大川小学校(旧河北町立)では徒歩で避難していた児童78人と職員11人が流され、助かったのは児童4人と職員1人のみであった[58][59]

市内南部が旧石巻市であり、岩手・宮城・福島では最大規模約12万人の市街地が海に面して広がっていた。このため犠牲者数も多く、また市内各地で身動きの取れない渋滞が発生し、そのまま津波に飲まれる者も多かった。前市長であった土井喜美夫[60]も犠牲となった。

東松島市では市域の36%が浸水した。野蒜地区は、東側の仙台湾(石巻湾)から押し寄せた津波が内陸2キロ弱を横断し、西側の松島湾に流れ込み、指定避難場所が津波に飲まれた。その一方で、個人が作った避難所によって約70人が津波の被害を免れた[61]。このほか、特別養護老人ホーム「不老園」の入所者56人が亡くなるなど、野蒜地区や大曲地区が壊滅し、約1,100人が犠牲となった。航空自衛隊松島基地も冠水し、多くの航空機が破損した。

多賀城市は、仙台市のベッドタウンであり、大きな幹線道路2本に沿って郊外型の大型店が建ち並んでいた。海に面しているのは東部の砂押川河口のごく一部であり、市民ですら海の街という認識は薄く、幹線道路を通過する市外の者はさらに認識が薄かった。地震の混乱で道路が大渋滞しているところ、建物の間から突然津波が襲来した。犠牲者は2本の幹線道路の車内を中心に200人弱であり、その半数は市外に住む人であった。

仙台市は104.7万人(2011年3月1日推計人口[62]を擁する政令指定都市であったが、沿岸部の仙台平野の大部分が開発が制限される市街化調整区域であり、田園地帯が広がっていた[63]ため、人口密集地への浸水はほぼなかった。しかし、沿岸部にあった主な集落である若林区荒浜地区や宮城野区中野蒲生地区が壊滅し、また仙台港一帯の工業地域や商業地域を中心に、800人以上が犠牲となった。若林区では区域の60%が浸水し、田園地帯を3 - 4km内陸まで浸水する様子がNHKのヘリコプターからも撮影され、大きく報道された。荒浜にある仙台市消防ヘリポートも被害を受け、津波到達前に離陸した2機のヘリ以外の機材が使用不可能になる被害を受けたため、内陸部への移転が計画されている。

名取市では市域の27%が浸水した。中心市街地は内陸部にあったが、沿岸部にあった閖上(ゆりあげ)地区が壊滅的被害を受けるなど、1,000人弱が犠牲となった。閖上大橋が死亡事故により通行止めとなり、地区内で渋滞が発生し、犠牲者を増やす要因ともなった。仙台空港の滑走路が冠水する様子は、国内外で大きく報道された。

岩沼市は市域の48%が浸水し200人弱が、亘理町でも町域の48%が浸水し300人弱が犠牲となった。仙台市や名取市同様に中心市街地は内陸部にあったが、沿岸部の集落が壊滅した。亘理町では元女子サッカー選手の佐藤恵利子[64]も犠牲となった。

山元町では町域の38%が浸水した。養護老人ホーム「梅香園」と併設するケアハウスで82人が犠牲に、常磐山元自動車学校の送迎バス5台が津波に飲まれ、教習生と教官の39人が犠牲になる[65]など700人弱が犠牲となった。

この他に、七ヶ浜町でも甚大な被害を受けた。

一方、松島町塩竈市は周辺の自治体と比較しても被害が軽微であった。これは浦戸諸島とその奥にある松島湾内の島嶼群が津波の威力を緩和、分散したためと推測される[66]。ただし、あくまでも周囲に比べれば軽微だったというだけであり、家屋の浸水や犠牲者が発生したことに変わりはない。

福島県の被害[編集]

福島県は、沖合の全域が震源域となり、宮城県や茨城県と共に激震であった。

津波の被害としては、浸水面積は112km²と岩手県を上回っている。しかし、福島県の沿岸部は漁港が少なく、港を中心とした市街地形成が成り立ちにくい県であった(日本の漁港一覧によると、岩手県111箇所と宮城県114箇所に対して、福島県10箇所)。沿岸市町村の中心市街地は、海岸線より数キロ内陸にあったため、浸水域人口は7万人弱、浸水域の人口密度は600人/km²と、ともに3県で最も少なく、犠牲者数も比例して少なく済んだといえる(ただし、浸水域の人口が宮城県の1/5で、犠牲者が1/6であるため、犠牲率で見るとほぼ同じである)。

福島県沿岸は、仙台市以南から千葉県まで続く単調な海岸線で、過去に津波の伝承すら皆無だったために、住民の意識の低い中で津波に襲われた。広大な震源域の中に存在した3箇所の大きな断層破壊の1つが茨城県北部近海であり、県南部のいわき市に最も早く津波が到達して北上し、宮城県沖で発生して南下してきた津波の動きと複雑に交わったとみられる。福島第一原子力発電所付近(大熊町)で15m、隣接する富岡町付近で20mと、周囲に比べても地形に特段の違いがないにも関わらず極端に高い津波高を観測していることから、この付近では南北方向からの津波が増幅し合ったと推測される。

漁港のある自治体で100人以上の犠牲者があり、相馬市で約450人、南相馬市で650人以上、いわき市で約350人以上、浪江町で200人弱、新地町で100人以上が犠牲になるなど、甚大な被害を受けた。

この他に、双葉郡の双葉町大熊町富岡町楢葉町広野町の沿岸も大きな被害が出たが、沿岸集落がごく小規模かほとんどなかったため、それぞれ数十人の犠牲者であった。

双葉郡は漁港が未発達で産業に乏しかった過去から、積極的に東京電力の電力供給地となり、福島第一原子力発電所福島第二原子力発電所広野火力発電所と日本有数の電力供給源になっていた。そこを津波が襲来し、日本がかつて経験したことのない全電源喪失による福島第一原子力発電所事故の発生へと繋がっていく。

大熊町では、双葉病院に入院中の認知症患者と、隣接する老人介護施設の高齢者のうち227人が一時取り残された。原子炉が水素爆発して20〜30キロ圏内の住民10万人以上が周囲に避難する混乱の中、132人は医師・看護師を同乗させないまま観光用バスに乗せられ、13時間かけて200キロ移動した。残りの95人は5日後に自衛隊によって救助されたが、最終的に50人が衰弱死した。

このように、福島県では強制的な避難によって避難所を転々とする中で高齢者の犠牲になる事例が多く、震災関連死の認定者数も最も多い。

また、放射性物質の拡散は双葉郡に留まらず福島県の広範囲に広がった。12日20時には25キロ北の南相馬市で20μSV/h、15日4時には40キロ南のいわき市で24μSV/hの最大値を計測した。晴れていたため風と共に通り過ぎる一時的な上昇であり、時間と共に低減していった。最も深刻な被害を及ぼしたのは、3月15日6時頃に発生した2号機の圧力抑制室の損傷である。9時には正門付近で11,930μSv/hを計測し、最大量の放射性物質が放出されたとみられるこの日は、午後には南東からの風に乗り、北西方面へと流れた。40キロ離れた飯舘村では16時に23μSV/hと急上昇し18時半には45μSV/h、伊達市を経由し、60キロ離れた福島市でも17時に22μSV/hと急上昇し19時半には24μSV/hを計測した。南東の風が長時間続き、高濃度の放射性物質が流れ込んでいる所に、不運な事に17時頃から県内各地で雨(雪)が降り始めたため、放射性物質は地面に落ちて土壌に沈着した。このため、北西方面に伸びるように深刻な土壌汚染を引き起こし、そこから発する放射性物質は長期に渡ってさまざまな被害を及ぼした。

飯舘村や伊達郡川俣町の一部は1ヶ月後、伊達市の一部は3ヶ月後に避難指定を受けたが、福島市などの中通り北部を中心に母子避難や妊婦避難など数万人単位の自主避難者が発生した。

地震の揺れ自体でも、福島県は被害は大きく、犠牲者数も最も多かった。内陸の中通り地方でも被害が目立ち、白河市では六反山が大規模に崩落し13人が犠牲に、須賀川市では藤沼ダムが決壊し土石流となって下流の集落を押し流し8人が犠牲[67]郡山市では市役所の一部が倒壊し1人犠牲になるなどした。

この白河市から郡山市にかけての中通り中南部は他県の内陸市町村に比べて家屋損壊も際立っており、矢吹町では総戸数の30%の家屋が全半壊、鏡石町では総戸数の23%の家屋が全半壊、郡山市では2万戸が全半壊、これらは共に津波被害のない内陸市町村としては最大級であった。

また1ヶ月後の4月11日には、いわき市南部の井戸沢断層付近を震源とする内陸直下型地震(福島県浜通り地震)が発生(震度6弱)した。この地震により、井戸沢断層と塩ノ平断層、また市内中部の湯ノ岳断層が同時多発的に数十キロに渡ってそれぞれずれ動き、市内至る所で断層の出現や土砂崩れ、地割れが相次ぎ4人が犠牲となった。

茨城県の被害[編集]

茨城県は、沖合が震源域となり、そのうえ関東平野の弱い地盤も重なって、宮城県や福島県と共に広範囲で激震を観測した。

地震の揺れ自体による被害としては、震度6以上の揺れを観測した市町村は29市町村であり、これは宮城県26市町村、福島県33市町村と並んで多かった。NEXCO東日本の各ICに設置された震度計で震度6強相当以上を観測したのも、宮城県6地点と福島県6地点に次いで茨城県3地点であり、その中でも最大震度を観測したのは水戸南ICであった。

そのため、揺れによる家屋損壊も福島県と宮城県に次いで大きく、犠牲者数も福島県に次ぐ多さであった。

東海村常陸那珂火力発電所の煙突200m付近で作業員9人が作業中だったが、鋼鉄製の床板とともに転落した4人が犠牲に、行方市では鹿行大橋が崩落し1人が犠牲になるなどした。

津波の被害としては、浸水面積は23㎢であり、福島県と接する北茨城市で犠牲者が出た。また、高萩市日立市ひたちなか市大洗町神栖市などで市街地が浸水した。

液状化現象の被害も広範囲であり、特に霞ヶ浦・北浦南岸から利根川下流一帯の潮来市、神栖市、鹿嶋市稲敷市などで被害が大きく、1万戸弱が被害を受けた。

千葉県の被害[編集]

津波の被害としては、浸水面積は17㎢であり、旭市で犠牲者が出た。また、銚子市山武市など北東の沿岸部が浸水した。

液状化現象による被害としては、東京湾岸の埋め立て地で液状化現象が相次ぎ、特に市域の大部分が埋め立て地であった浦安市では深刻な被害が発生した。

我孫子市布佐(ふさ)東部地区[注 1]液状化では119棟の家屋が全壊扱いとなった。我孫子市は2012年1月時点での倒壊恐れのある約50棟に解体を要請したが、修理して住み続ける人もいた[注 2][68]

香取市佐原にある伊能忠敬旧宅でも震度6の地震動により被害が生じ[69]、歴史的建造物が並ぶ小野川の護岸が一部崩れ、「正文堂書店」のほとんどの屋根瓦が落ちるなど、利根川河川敷など香取市内で大きく液状化被害があった[70]。 「大原幽学遺跡旧宅」(旭市、国史跡)ので敷地の地割れや地盤沈下、「旧堀田家住宅」(佐倉市)では漆喰に亀裂が入り、「法華経寺法華堂」(市川市)で、天蓋の飾りの一部が落ちた[71]


また、市原市にあるコスモ石油千葉製油所では大規模なコンビナート火災が発生した。

その他の都県の被害[編集]

栃木県では、芳賀町にある本田技術研究所が崩れて1人が犠牲に、那須烏山市の夫婦が山崩れに巻き込まれて犠牲になるなどした。益子町地蔵院宇都宮氏の墓所にある戦国大名宇都宮成綱宇都宮忠綱の五輪塔が被害を受けた[72]岩舟町にある霊山岩船山の西側の峰がV字に崩れ、さらに別の部分でも山肌が崩れたりしたが、人や家屋に被害はなかった。

東京都では、千代田区にある九段会館の天井仕上げ材の一部が崩落して2人が犠牲に、江東区の金属加工工場では化学薬品トリクロロエチレンを含んだガスが充満し、吸い込んだ従業員2人が犠牲に、町田市にある大型スーパーコストコの駐車場のスロープが崩落して2人が犠牲になるなどした。

日本国外の被害[編集]

アメリカ合衆国カリフォルニア州クレセントシティでは5人が太平洋を渡った津波にさらわれ、うち1人が犠牲になった[73][74]

インドネシアパプア州でも、津波により1人が犠牲になり、5人が行方不明となった[75]

建造物[編集]

警察庁は2014年8月8日現在、全壊12万7,390戸、半壊27万3,038戸、全半焼297戸、床上浸水3,352戸、床下浸水1万0,218戸、一部破損75万3,599戸の被害が出たと発表している[8]。特に岩手県・宮城県・福島県の沿岸部では、津波によって多くの住宅が流され、全壊戸数は岩手県で1万9,107戸、宮城県で8万2,992戸、福島県で2万1,254戸(いずれも8月8日現在)に上った。

(左)津波の被害を受けた石巻港。写真上部は東松島市大曲地区の冠水した水田(2011年3月20日、宮城県石巻市および東松島市)
(中)被災から1週間後の三陸海岸(2011年3月18日、岩手県上閉伊郡大槌町・吉里吉里駅周辺)
(右)福島第一原子力発電所事故による緊急時避難準備区域が設定された南相馬市内(2011年4月16日、福島県南相馬市原町区)

液状化現象および地盤沈下[編集]

関東・東北地方の広い範囲で液状化現象が発生し、千葉県千葉市美浜区習志野市船橋市市川市・浦安市・香取市・我孫子市、東京都江東区・江戸川区、神奈川県横浜市八景島周辺、茨城県ひたちなか市・潮来市、宮城県大崎市江合川周辺などで、建築物の傾斜や断水・ガス供給停止・水田への土砂の堆積などの被害が生じた[76][77][78][79]。東京湾岸の埋立地や千葉県北東部から茨城県鹿行地域南部にかけてのいわゆる「水郷地帯」での被害が目立ち、特に浦安市では市内の85%が液状化したほか[80]、自治体により液状化の危険度が低いと認定されていた地域でも被害が発生した[76]

東北地方から関東地方北部の太平洋沿岸では地震に伴う地盤沈下により、海岸河口付近などで浸水や冠水のおそれが出ている[81]。石巻市塩富町では、満潮時に町全体が水没している[82]。また津波によって東北・関東の6県で2万3,600ヘクタールの農地が流失または冠水しており、農林水産省は3年後の完了をめどに瓦礫の撤去や土中の塩分の除去を進める方針を固めた[83][84][85]

(左)満潮で冠水する国道398号(2011年3月30日、宮城県石巻市湊町2丁目・吉野町付近)
(中)海水に浸った仙台平野沿岸部の水田(2011年4月6日、宮城県名取市)
(右)東京湾岸で発生した液状化現象(2011年4月1日、千葉県浦安市・新浦安駅前)

各種施設[編集]

千葉県市原市の「コスモ石油千葉製油所」LPGタンクが爆発炎上[86]、この影響で近隣の劣化ウラン保管施設に延焼[87]したほか、東北地方や茨城などでは、多くの製油所工場で被災して操業を停止し、産業界にも幅広く影響が出た。また、北海道・東北・関東の多くの文教施設で、建物の損壊や浸水などの被害が発生した[88][89]。4月6日までに文化庁により被害が確認された文化財は463件に上っている[90]

日本国外[編集]

太平洋の広い範囲に津波が到達したため、日本国外でも建造物の被害が出た。ハワイ諸島ではハワイ島西岸に津波が押し寄せ、浸水等により3軒のホテルが営業不能となるなど、数千万ドルに上る被害が発生した[91]。カリフォルニア州のクレセントシティやサンタクルーズでは港湾が損壊し、停泊していた船舶の損害と合わせて1,400万ドルの被害が出た[92]チリでは数十の住宅が損壊し、200人近くが住家を失った[93]。インドネシアでは、パプア州にあるヨテーファ湾沿岸の複数の村で、住宅が損壊する被害が出た[94]アメリカオレゴン州などに流れ着いた漂流物に付着して、それまで現地では確認されていなかったワカメマコンブノリなどの海藻が漂着し、成長していることが確認されている。これらは漁業や環境に危害を与える心配がある[95]

震災遺構[編集]

主な震災遺構を以下に示す[96][97]

  • 釜石市
    • 鵜住居(うのすまい)地区防災センター…2014年2月解体終了[98]
  • 陸前高田市
  • 南三陸町
    • 南三陸町防災対策庁舎…南三陸町は解体方針(事業の関係上2013年度末まで)であったが、宮城県の有識者会議終了(2014年度中)までは解体されないこととなった。
  • 石巻市
  • 大槌町
    • 役場旧庁舎…一部保存の方針[99]を検討。町長室があった部分は2014年4月から解体予定[100]。2014年6月4日、保存検討中である本庁舎以外の解体開始。7月末までの予定[101]
    • 観光船「はまゆり」・・・すでに解体されたが、復元のための寄附を集めている[102]
  • 気仙沼市
    • 漁船「第18共徳丸」…2013年10月24日解体終了[103]
  • 女川町
    • 旧女川交番…保存に向け寄付募集中。公園整備案がある[104]
  • 宮古市
    • たろう観光ホテル…保存

震災から3年の時点で保存が検討されているのは、宮城県で15か所ほど、岩手県では8か所ある[105]。2014年5月現在、宮城県では7市町の12施設が検討対象である[106]

交通[編集]

道路[編集]

崩落した鹿行大橋(2011年3月27日、茨城県行方市)

警察庁は2014年8月8日現在、4,198箇所で道路の損壊があったと発表している[8]。岩手県山田町の船越半島や宮城県の南三陸町、牡鹿半島などに繋がる道路が寸断され、岩手・宮城・福島の3県で少なくとも1万6,000人が孤立した[107][108][109]。また、茨城県では北浦に架かる鹿行大橋の一部が崩落した[110]首都高速道路でも湾岸線を中心に被害が発生し[111]、高架橋に破損箇所が発生した新木場出入口 - 葛西ジャンクション間が3月22日、大黒ジャンクション連絡路が3月27日まで通行止めとなった。

東日本高速道路(NEXCO東日本)管内の高速道路では、広範囲の路線で通行止めとなった。東北自動車道浦和インターチェンジ - 碇ヶ関インターチェンジ間、秋田自動車道釜石自動車道八戸自動車道の一部、常磐自動車道三郷ジャンクション以北[注 3]磐越自動車道津川インターチェンジ以東などが公安委員会により緊急交通路に指定され、緊急車両専用となった[112]。3月24日午前6時に全区間で通行止めが解除され、一般車両の通行が可能となったが[113]、常磐自動車道の広野インターチェンジ - 常磐富岡インターチェンジ間は、福島第一原子力発電所事故の旧警戒区域内だが2014年2月22日に再開通した。当初2011年度に予定されていた常磐富岡インターチェンジ - 相馬インターチェンジ間は、開通が延期となった。なお、旧警戒区域外の南相馬インターチェンジ以北が2012年4月8日に先行開通された。その後、浪江インターチェンジ-南相馬インターチェンジ間は2014年中に、常磐富岡インターチェンジ-浪江インターチェンジ間は2015年のゴールデンウィーク前にそれぞれ開通を目指すことになった。

東北地方整備局は沿岸部の都市への救援のためくしの歯作戦を実行した。

鉄道[編集]

津波により駅舎が全壊した新地駅(2011年4月4日、福島県相馬郡

東日本旅客鉄道(JR東日本)管内の東北新幹線では、仙台駅など5つのが被害を受けたほか[114]電柱架線高架橋橋脚など約1,100箇所が損傷した[115]。また、気仙沼線など在来線7線区で23駅が流失、線路が約60キロメートルにわたって流されるなどの被害が発生した[116]

三陸鉄道北リアス線南リアス線が線路流出や高架橋の決壊などで、一時全線不通となった。その後復旧工事が進められ順次営業を再開[117]し、2014年4月5日に南リアス線、翌6日に北リアス線が全区間で営業運転を再開した[118]。このほか、仙台空港へ押し寄せた津波により仙台空港鉄道仙台空港線仙台空港駅も甚大な被害を受けた。

地震発生直後より、JR東日本は新幹線と在来線の運転を終日運転見合わせ、関東・首都圏では私鉄地下鉄の全線が運行を停止した[119]。このため、職場などから自宅へ帰宅することが困難となった帰宅困難者が首都圏で推計約515万人発生[120]、そのうち自治体が用意した待機場所で11万人以上[121][122]、国などの公的施設も待機場所として開放され、そこでも多数が交通機関復帰まで留まった[123]。また、3月14日からは計画停電の影響などにより、各路線で列車の運休、減便などが行われた[124][125][126]

航空[編集]

津波の影響で泥水が堆積している仙台空港(2011年3月13日、宮城県名取市)

仙台空港滑走路が津波で冠水し、空港ターミナルビルも大きな被害を受けたため、離着陸を停止した[127][128]。津波により1階は完全に水没し、助けを待っていた約1,200人が孤立していたが、13日にほぼ全員が救出された[129]。また、ターミナルビルの他、空港設備・作業車両等も大きな被害を受け、津波により空港に駐機、及び地上施設内で整備中の航空機がほぼ全滅する被害を受けた[130]。これらの被害機の中には海上保安庁の第二管区海上保安本部仙台空港基地所属の航空機が多数含まれている。

4月13日から国内線の一部で1ヶ月ぶりに運航を再開し[131]、7月25日に約4カ月半ぶりに国内線定期便の運航を再開[132]。9月25日には空港ビルも完全復旧し、国際線定期便の運航が再開された[133]。 仙台空港の機能回復のため国土交通省では、排水路等の障害物の除去による自然排水の促進のほか、国土交通省が全国に配備している排水ポンプ車25台を集め、3月20日より広範囲の浸水解消を重点的、機動的に実施した[134]

花巻空港(岩手県)は旅客の対応が当面不可能として定期便の運航を停止し、緊急輸送のみを対象に3月11日18時50分から運用を再開した。三沢空港(青森県)も18時50分に運用を再開した。福島空港はタワーのガラスが全壊したものの運用可能であったため、閉鎖された仙台空港の代替として関西札幌と結ぶ臨時便を運航することになった。山形空港は停電で運用を停止していたが、3月12日4時から運用を再開し、臨時的に24時間運用を開始した[135]。茨城県小美玉市茨城空港はターミナルビルの天井の一部が落下[136]。3月12日には空港を閉鎖し、全ての便が欠航になった[137]。茨城空港は14日から定期便の発着を再開し、花巻空港も17日にターミナルビルの営業を再開した[138]

震度6弱を記録した成田国際空港(千葉県)や、震度5強を記録した東京国際空港(羽田空港)は安全確認のために地震発生直後に全ての離着陸を中止したため、両空港に向かっていた航空機86機が両空港が閉鎖されたために降りられなくなり、中部国際空港(愛知県)や関西国際空港(大阪府)、新千歳空港(北海道)や横田基地(東京都)へ代替着陸した。なおこの内の14機は燃料不足で「緊急事態宣言」を出した。羽田空港は一部の施設に損傷が確認されたものの当日中に安全が確認され再開されたが、旅客ターミナルや施設の一部に損傷が起きた成田空港の再開は12日朝に持ち越された。しかし京成電鉄とJRが12日午後まで運休となった上に、東京の都心部との間のリムジンバスの運航も12日夜まで運休するなど成田空港への公共交通手段によるアクセスが一時的に断絶した。なお、福島第一原子力発電所事故の後に国際民間航空機関 (ICAO) 、国際航空運送協会 (IATA)、および世界保健機関 (WHO) から、日本への渡航について「健康上のリスクは認められない」とする声明が出された[139]にもかかわらず、ルフトハンザドイツ航空アリタリア-イタリア航空などの一部の外国航空会社が、放射能の影響や余震を恐れて成田空港への発着便を中部国際空港や関西国際空港への発着に切り替えた。

輸送[編集]

食料品や電池などを購入するためコンビニエンスストアに並ぶ仙台市民(2011年3月13日、宮城県仙台市若林区荒町
ショッピングセンターに並ぶ仙台市民(2011年3月18日、宮城県仙台市宮城野区幸町)

震災によって道路・線路などの交通網が被害を受けたことから、郵便運送などにも影響が出ている。被災地への必要な物資の輸送は3月16日から自衛隊に一元化され、航空自衛隊松島基地を拠点として活動している[140]。自衛隊以外では海上保安庁巡視船や航空機を利用した物資輸送が行われ、さらに航海訓練所所属の航海練習船である銀河丸および海王丸による医薬品などの緊急物資輸送[141]水産庁の調査捕鯨船日新丸や水産庁所属の漁業取締船水産総合研究センターの調査船などを利用した物資供給が行われた[142]。また全日本海員組合はチャーターした民間漁船を用いて、函館港から宮古港、気仙沼港、石巻港への物資輸送を行っている[143]

震災直後は、宮城、岩手、福島、茨城の4県を中心に北海道から愛知県まで広範囲にわたり、17道県の少なくとも約140万戸で断水が発生した。各地の水道事業者などで作る日本水道協会は、全国の応急給水車約210台に、東北、関東両地方の被災地への派遣を要請[144]中部近畿中国四国九州の主に西日本側の自治体の給水車が被災地へと派遣された。

東北地方を中心に100局以上の郵便局に建物全壊や浸水などの大きな被害が出ており、また長野県北部地震によるものや被害規模の小さいものも含め約600局の郵便局に被害が出た[145][146]。この他にも簡易郵便局、集配センターなどの郵便ネットワーク施設や、それら施設などで郵便業務に従事する者にも多くの被害が出ている[145][146]かんぽの宿松島には津波が3階まで押し寄せたが、130人以上の避難者とともに4階に移動し、12日には全員が救出された[145]。また、青森県・岩手県・宮城県・福島県・茨城県で郵便物の配達が困難になり、北海道・東北6県・茨城県を差出元・差出先とする宅配便の引き受けを中止した[147]ヤマト運輸は3月11日、北海道および東北6県への全商品の荷受け・集荷および関東への低温宅配サービスなどの荷受けを中止した[148]佐川急便も北海道・東北行きの集荷と関東行きの一部集荷を見合わせた[149]日本郵船は、貨物船3隻が福島県で津波の被害に遭った[148]。後に全て再開しているが、警戒区域内への配送は一切できない。

電子商取引大手のアマゾンジャパンは、同社の流通設備における地震被害により、速達サービスを停止するとともに、北海道および東北への商品配送を停止した[150]。後に再開しているが、警戒区域内への配送は現在でも不可能。

電力[編集]

原子力事故の収束に向けた作業が続く福島第一原子力発電所(2011年4月13日、福島県双葉郡

地震直後、東北電力管内では、青森県・岩手県・秋田県の全域、山形県・宮城県のほぼ全域、福島県の一部で合わせて440万戸、東京電力管内では茨城県全域などの404万6千戸が停電した[9]。その後、東京電力では3月19日1時までに停電が解消した。東北電力管内では、4月7日16時までに停電世帯は16万戸まで減ったが、7日夜に起きた余震の直後に、再び401万戸が停電した[151]

複数の発電所が停止したことによる電力不足を受けて、東京電力管内では地域を分けて順に停電させる輪番停電(計画停電)が3月28日まで実施された。夏場には電力需要の高まりから再び電力不足が予想されたため、東京電力と東北電力の管内で大口需要家へ15%以上の節電を義務付ける電力使用制限令が発動され、節電努力により計画停電は回避された。しかし事故の影響から、定期検査に入った各地の原子力発電所の再稼働を地元の自治体が認めなくなったため、関西電力九州電力北海道電力などでも電力不足となって節電が続けられている。

通信[編集]

アジアの通信各社では、インターネット電話に使用される海底ケーブルが一部損傷を受けた[152]東日本電信電話(NTT東日本)は、地震の影響で電話が集中し、交換機の処理能力を超える恐れがあったため、最大90%の通話規制を実施した。また被災地周辺の公衆電話を無料で利用可能とした[153]NTTドコモ・東北支社は、携帯電話の無料充電や衛星携帯電話の貸与などのサービスを提供した。停電によって機能停止した携帯電話基地局は備付の自家発電により継続稼働させたが、停電が長時間に及んだため自家発電施設の燃料が枯渇し相次いで停波し通信サービスが停止した[154]。そのため、移動電源車や可搬型発電機を配備した[155]

移動体通信各社では通信障害により電話が繋がりにくい状況が生じ、音声通話についてNTTドコモでは90%、KDDIでは95%、ソフトバンクテレコムでは70%の通信規制を実施した[154]。音声通話の通信規制が続く中、インターネットを使った情報交換が活発となった。Twitterなどのソーシャル・ネットワーキング・サービスでは、被災者に対する呼びかけや、ボランティアや人道支援に関する呼びかけ、医師による健康相談などが行われた。また、東京電力の電気供給能力の不足による停電の恐れがある中、節電を呼び掛ける活動も行われた[156]。一方で、情報交換の容易さからデマ情報も多く発信され、問題となった[157]

自衛隊[編集]

陸上自衛隊東北方面隊管内にある多賀城駐屯地[158]や航空自衛隊松島基地は、震災後の津波によって浸水し、施設や装備に大きな被害を受けた。その他東北地方に所在する他の陸海空自衛隊の基地・駐屯地においても、施設や設備に多数の損害を受けた。

松島基地では駐機場、および格納庫に駐機していた航空機28機(F-2B戦闘機×18機、T-4練習機×4機、U-125救難捜索機×2機、UH-60J救難ヘリコプター×4機)全てが水没するなどの被害を被った[159]。これにより第4航空団は救援活動を行おうにも手も足も出ない状況に陥った。

また、仙台空港において整備中であった、陸上自衛隊第1ヘリコプター団特別輸送ヘリコプター隊所属のEC225LP型1機が津波による空港の浸水によって水没し、全損となった。

自衛隊の派遣場所

防衛省は3月11日14時50分に「災害対策本部」を設置し、52分の自衛艦隊司令官による出動可能全艦艇への出港命令、57分の海上自衛隊大湊航空基地からのUH-60J発進を皮切りに、陸海空自衛隊が救助や偵察のためにヘリコプター戦闘機哨戒機等をスクランブル発進させた。陸上自衛隊のUH-1が撮影した何波にもわたって襲来する津波の映像は、報道機関を通じて全国に放送されている[160]。 また迅速、効果的に救助・支援活動を行うため、14日に陸海空自衛隊の各部隊による統合任務部隊として、君塚栄治東北方面総監を指揮官とする「災統合任務部隊」を編成。自衛隊創設以来最大規模の災害派遣を行った[161]。27日現在人員約10万6900名(陸約7万、海空約3万6000)と回転翼217機、固定翼326機、艦船53隻が救援活動を行っている。また福島第一原発の対処には中央特殊武器防護隊を中心とした中央即応集団が専任し、他の部隊とは異なる指揮系統の下で活動している。

日々拡大する被害の復興のため、防衛省は3月16日に、防衛省・自衛隊創設以来初となる即応予備自衛官および予備自衛官の災害招集命令を発令した[162][163]

自衛隊は発災から2ヶ月間、10万人態勢で復興支援を行ってきたが、2011年5月2日に国際テロ組織アルカーイダテロリストウサーマ・ビン・ラーディンの死亡が発表されたことを受け、国内でのテロ活動の阻止にも隊力を使用する必要が生じたことから、段階的に派遣の規模を縮小する方針とした。航空自衛隊は当初の規模の半分に縮小している[164]

  • 今回の派遣勢力は最大時で、人員約10万7000人(陸上自衛隊約7万人、海上自衛隊約1万5000人、航空自衛隊約2万1600人、福島第一原発対処約500人)、航空機約540機、艦艇59隻だった。発災から6月11日までの3ヶ月の派遣規模は、人員延べ約868万7000人、航空機同約4万1000機、艦艇同約4100隻に達した。主な成果は、人命救助1万9286人、遺体収容は9487体。物資等輸送は約1万1500トン、医療チーム等の輸送は1万8310人、患者輸送175人。被災者の生活支援面では、給水支援が約3万2820トン、給食支援が約447万7440食、燃料支援が約1400キロリットル。このほか入浴支援は約85万4980人、衛生等支援は約2万3370人となっている[165]。震災を目撃したアメリカ海兵隊幹部たちは、もしアメリカ海兵隊のような軍事能力を持つ組織が日本にあったなら、数千名の命を救えたと指摘した[166]

発災から延べ4ヶ月にわたり10万人規模の統合任務部隊をもって被災者支援・復興を行ってきた防衛省は、2011年7月1日をもって災統合任務部隊を解散した。今後は東北地方の陸自部隊が中心となり支援活動を続ける。

  • 7月1日に北澤俊美防衛相(当時)が君塚東北方面総監に対し、災統合任務部隊指揮官の任を解く辞令を交付した[167]。災統合任務部隊の編成解組後現地で支援任務を行ってきた第9師団は7月26日に岩手県内[168]、第6師団は7月31日付けで宮城県内での支援任務を終了した[169]。中央即応集団司令官を長として福島第一原子力発電所事故の対応に当たってきた部隊は2011年12月26日をもって撤収し、防衛省・自衛隊による一連の派遣が終了した[170]

ロシア軍および中国人民解放軍は、東日本大震災の発災直後から偵察機、戦闘機を波状的に日本の防空識別圏内に飛来させた。自衛隊は、災害派遣と並行して、戦闘機によるスクランブル発進を実施して対処した。両国軍用機による日本の防空識別圏内への飛来はその後も発生し、特にロシア軍は東北地方沖合に何回も航空機を飛来させている。

自衛隊員の災害関連死[編集]

2011年4月1日、震災発生翌日の12日から派遣されていた(12日に駐屯地を出発し、15日から作業に従事[171])50歳代の曹長(陸上自衛隊・旭川駐屯地所属)が死亡した[172]。死因は過労死の可能性があるとされている[173]。曹長が所属していた第2特科連隊の連隊長は曹長の死亡について、「誠に残念で、ご冥福をお祈りする。災害派遣活動との因果関係を調査し、原因を究明したい」と述べた[174]4月2日、防衛省は同曹長を1日付で准尉に特別昇任させることを決めた[175]。15日には遠野市の指揮所で運用調整に当たっていた第9施設大隊所属の1等陸曹が脳幹出血で死亡[176]、防衛省は同日付で1曹を曹長に特別昇任させた[177]。1曹が所属していた第9施設大隊の大隊長は、「大変残念。倒れた隊員の復興に懸ける気持ちを受け継ぎ、全力で活動するとともに、隊員の健康管理に万全を期す」と述べた[178]。5月27日未明には第18普通科連隊所属の3等陸曹が死亡。本震災における派遣の死者は3人目となった[179]

救助・支援活動[編集]

生存者を捜索する愛媛県今治市の消防隊員 (2011年3月17日、釜石市鵜住居地区)
生存者を捜索する愛媛県今治市の消防隊員 (2011年3月17日、釜石市鵜住居地区)
米空母ロナルド・レーガン艦内で支援の状況を確認する君塚栄治東北方面総監 (2011年3月31日)
米空母ロナルド・レーガン艦内で支援の状況を確認する君塚栄治東北方面総監 (2011年3月31日)
孤立した住民を入浴支援のため護衛艦ひゅうがに空輸する陸上自衛隊のヘリコプター (2011年4月1日、気仙沼大島)
孤立した住民を入浴支援のため護衛艦ひゅうがに空輸する陸上自衛隊のヘリコプター (2011年4月1日、気仙沼大島

震災発生を受けて同日15時14分に設置された内閣府緊急災害対策本部は2011年5月17日、同日までに2万6,708人が警察庁・消防庁・海上保安庁・自衛隊の派遣部隊によって救出されたと発表した[180]

また、日本国外の156の国・地域と41の機関が支援を表明し、28の国・地域・機関から救助隊を、53の国・地域・機関から救援物資を受け入れている[180]

被災地では、県や市などの物流の拠点まで輸送された食料や燃料、水、薬品などが隅々まで届かず、阪神・淡路大震災発生時と比較して物資が大幅に不足した。その理由として、各地の港湾が被災し、道路網が寸断されたこと、市や町の職員が犠牲になるなどして被災地側の受け入れ態勢が整わなかったこと、輸送車両の燃料が不足したこと、被害が広範囲に及び、避難者が指定避難所以外の施設に分散したこと、などが挙げられる。特に燃料が不足し、被災地では自動車で移動したり暖を取ったりすることも困難な状態が長く続いた。また福島県では、原発事故による被曝を恐れてトラックが引き返すなどし、沿岸部を中心に物資が届きにくくなった[181][182]奥羽山脈を超える国道347号を初めとするいくつかの道路は例年通り冬季閉鎖であったが、その情報を知らずに日本海側から救援に向かった車両が引き返す例が見られた[183]

ロイターの編集者であるFelix Salmonは日本に義援金を送るべきではない[184]と主張している。日本は金満な国家であり、何千億ドルに相当するお金を刷って財源を捻出できるからである。金銭の国際援助は発展途上国にすべきものであり、対外純資産世界一である日本[185]に国際援助モデルを適用するのは納得がいかないとしている。

緊急消防援助隊[編集]

東日本大震災被災地で活動する川口市消防局救助部隊

経済[編集]

震災後東京市場では、震災や原発事故の影響が懸念され、3月15日には日経平均株価が前日比-10.55%、過去3番目に高い下落率の終値8,341円11銭という大幅下落を記録するなどした[186][187][188]。一方為替相場では、復興資金調達のために円の価値が高まるとの思惑から急激な円高が進行し、3月17日に一時1ドル=76円台となって戦後最高値を更新した[189]。これに対し日銀やG7合意に基づく協調介入により市場の安定化を図り[190]、このため3月20日には80円台を回復し円高にも一応の歯止めがかかった[191]。 さらに、原子炉事故への対応の進展が伝えられると株価も反発し、3月22日には日経平均も9,600円台を回復した[192]

しかし、世界銀行が最大で2,350億ドル(約19兆円)、日本政府が16 - 25兆円の震災被害想定額を発表するなど、経済的影響の大きさが伝えられたほか[193][194]日銀短観景気動向調査でも景況感が悪化が伝えられた[195][196]。工場の被災や部品不足により、国内外で生産停止や特定製品の品薄が発生した[197][198][199][200]一方、「震災特需」「復興特需」による一部産業での景気の上向きが発生している[201][202][203]。ただ、2011年末で推定12万人の震災失業が伝えられるなど[204]、被災地を中心に経済への影響はいまだ続いている状況にある。

復興費用は10年間で23兆円(2011年7月時点)と見込まれていて、復興債による補填も行われている[205][206][207]

サプライチェーンの被害[編集]

  • 燃料噴射システムなどを製造するケーヒンが被災し、現地仕入れ先4社が被災した。供給を受けていたホンダが一時操業停止した。
  • 自動車エンジンオイルシールが国内シェア7割であるNOK福島工場(福島市)が被災した。特に大きな被害はなかったがインフラ停止のため20日ほど操業を停止した。
  • シリコンウェハーの世界シェア6割をもつ2工場、信越半導体白河工場(西郷村)とSUMCO米沢事業所が操業停止した。
  • 国内建築ガラスの3割を生産する旭硝子鹿島工場(鹿島臨海工業地帯)が被災した上、専用港も破壊された。
  • 国内最大のタイヤ工場である住友ゴム工業白河工場(白河市)が破壊された。
  • 日量80万tの用紙生産をする日本製紙石巻工場が被災した。他にも岩沼工場、勿来工場(いわき市)も被災した。
  • 日本のエチレン(石油化学製品の一次原料)の1割(80万t)を生産する三菱化学鹿島事業所が被災した上、コスモ石油千葉製油所の火災による影響を受けた丸善石油化学千葉工場のエチレン生産がストップした。鹿島コンビナートには三菱化学からエチレンの供給を受けている工場が20社以上ある。
  • 甲状腺機能低下症治療薬のチラーヂンSを国内流通の98%を製造販売していた、あすか製薬いわき工場が被災し、生産がストップした。

政治・行政[編集]

国政[編集]

菅第2次改造内閣は、平成23年度本予算案を衆議院本会議賛成多数で可決させたものの、予算関連法案は成立させるめどが立たず、与野党間の対立も激しさを増していたが[208]、震災発生後は一転し、震災発生から間もなく、菅直人首相が与野党の党首らを首相官邸に集め、「救国」のための協力を要請。野党側も対立姿勢を修正した[209]。14日には震災対応特措法の早期成立が与野党内で合意された[210]

2011年(平成23年)4月11日の閣議決定により、東日本大震災復興構想会議が設置された。同年6月24日に東日本大震災復興基本法が公布・施行され、東日本大震災復興対策本部内閣に設置された。7月25日、東日本大震災の復旧・復興関連経費を盛り込んだ平成23年度第二次補正予算(1兆9,988億円)が成立。11月20日、東日本大震災関係経費11兆7,335億円などを柱とする平成23年度第三次補正予算(12兆1,025億円)が成立。12月7日、東日本大震災復興特別区域法が成立。12月9日、復興庁設置法が成立し、震災からの復興を目的として期間を定めて設置される復興庁の所掌事務、組織が具体化された[211]。2012年(平成24年)2月10日、復興庁が発足[212]

2012年(平成24年)1月27日、東日本大震災に関する15組織のうち、「原子力災害対策本部」、「政府・東京電力統合対策室」、「原発事故経済被害対応チーム」、「緊急災害対策本部」、「被災者生活支援チーム」、「官邸緊急参集チーム」、「各府省連絡会議」、「経済情勢に関する検討会合」、「電力需要に関する検討会合」、「電力改革及び東京電力に関する閣僚会合」の10組織が公文書管理法が主旨とする議事録を未作成、そのうち5組織では議事概要も未作成または一部作成であったとする調査結果を発表。野田佳彦首相は午前の参議院本会議で「文書で随時記録されなかったのは遺憾。会議の意志決定過程を把握できる文書作成は国民への説明責任を果たすため極めて重要。」と答弁した[213][214][215]

政党の動き[編集]

諸派・無所属の政治家[編集]

  • 沖縄社会大衆党糸数慶子委員長は、被災者に弔意とお見舞いの意を表した[224]
  • 新党大地代表代行の浅野貴博は、3月11日付けの自身のブログの中で、政府に迅速かつ的確な対応を求めると共に被災者へのお見舞いの言葉を載せた(代表の鈴木宗男は当時収監中)[225]
  • 日本創新党山田宏党首は、3月12日に党首声明として、被災者および全ての国民に対してお悔やみとお見舞いの言葉を述べた。またその中で、党としても被災者の支援に全力で努めると発表した[226]

地方行政[編集]

岩手県陸前高田市や宮城県南三陸町・女川町など各地で役所・役場が津波によって冠水・損壊し、岩手県大槌町では町長が死亡するなど、津波被害を受けた東北太平洋岸や原発事故のあった福島県浜通りでは、職員の多くが被災したため人手不足に陥ったり、役場・議会や行政書類が被害を受けたことなどにより、行政機能が麻痺する自治体も出た[227][228][107][229]

2011年4月に第17回統一地方選挙が実施されたが、震災地域については被災地選挙延期法で延期されている。

  • 千葉県浦安市では、市内の3/4を占める埋立地で液状化現象による甚大な被害が発生したにもかかわらず、千葉県が予定通り実施するとしたことから、同市のみ最大2ヶ月の延期をすべきと主張し反発した。期日前投票[230]を含めた全ての投開票事務が行われなかったため、5月に再選挙が実施されるまで、県議会議員2人が欠けた状態となった[231][232][233][234][235]

間接的な影響ではあるが、ドイツバーデン=ヴュルテンベルク州で3月27日に行われた州議会選挙では、福島第一原子力発電所事故による反原発運動の高まりなどにより、同盟90/緑の党が第2党に躍進しドイツ社会民主党と連立与党を組むに至るなど[236]、国外の政局でも日本の震災の影響を受けたところがあった。

皇室[編集]

裁判[編集]

東京都中野区暴力団組員殺害事件の裁判が中断された。

報道[編集]

テレビ・ラジオ[編集]

地震の影響を報じる主要新聞(2011年3月12日、大阪府大阪市

地震によって東北・関東地方を中心に大規模な停電が発生したため、停電した放送局の多くは自家発電によって放送を続けた。しかし、東北地方では電力の復旧が遅れたことから、自家発電機の燃料が尽きて停波する放送局が多数現れた。大手の放送局でもTBCラジオ東日本放送親局が一時停波に追い込まれたが、数日中に復旧した。一方中継局も被災し、3月15日時点でテレビ63箇所、ラジオ2箇所が停波するなど、放送自体への影響が長引いた[237]

在京のテレビ・ラジオ各局は、地震発生直後に臨時ニュースを順次編成。その後は3月13日夜まで、ほぼ報道特別番組を中心とした特別編成を組んだ。レギュラーの報道番組も番組としての枠を外し、通常枠に近い時間帯の特別番組をキャスターやスタッフが担当して伝えるといった態勢が取られた。地震3日後の14日から地上波テレビ放送キー局では臨時報道特番の構成が緩和し、一部の情報番組とニュース番組のレギュラー番組が再開されたが、放送時間を拡大した特別版と緊急報道特番を組み合わせた構成の番組が主に放送され、ドラマアニメバラエティ映画といったレギュラー番組の大多数が放送中止・繰り下げを継続した[238]が、15日未明から順次バラエティ・ドラマ・映画などのレギュラー番組も再開した[239]

またテレビ各局で、3月11日の地震発生直後からテレビCMは長時間にわたって放送が中止された。テレビ朝日の約74時間、TBSの62時間、日本テレビとフジテレビの61時間など、各局で長期間CM停止が継続し、CM総合研究所によると、在京民放キー局においては3月11日の14時50分に日本テレビで放送されてから、翌12日の23時56分にテレビ東京で再開されるまで、約33時間にわたってCMが一切放送されなかった[240][241][注 4]

CM枠が復帰してからも多くの企業が震災を考慮して自粛したため、大量に生じたCM枠の空きを埋めるためにACジャパンの公共広告4種類のみが高頻度で繰り返し放送される状態となった[242][243]。この大量放送によって、視聴者からACジャパンへの問い合わせ・クレームが殺到した一方、CM好感度ランキングでACジャパンが首位を獲得するという現象もあった[243][244][240]。この大規模な自粛は、震災以降日本国内に広まった「自粛ムード」の1つではあるが、諸外国からは特異な現象として指摘される例もあったという[245][246]

岩手県、秋田県、宮城県、福島県、茨城県では、臨時災害放送局として既存のコミュニティ放送局が出力を増力したほか、自治体が災害FM局を開設した[247]。その他では、在京5局で史上初のラジオ災害情報交差点発動が行われただけでなく、3月13日17時からインターネットサイマル配信サービスradikoのエリア制限を解除して全国で関東・関西地区の民放13局が聴取可能とし、3月25日10時からは中京地区の6局も加わった。この緊急対応は、関西・中京地区の12局で3月31日まで、関東地区の7局で4月11日まで継続された[248][249][250]。東北6県と関東地方の一部の民放FM局をパソコンやスマートフォンで無料聴取するサービスも提供された[251]。民放AM放送でも、地震後1週間程度の期間、Ustreamニコニコ動画ニコニコ生放送)、自前のWebサイト等でサイマル配信を実施した放送局があった[252][253][254]。短波放送でも被災地の放送を全国向けに提供する局があった[255]

この他、末端のアマチュア無線では多くの無線家が非常通信に呼び出しを行い、7.030MHz(指定非常通信周波数)にて情報収集、7.043MHzでの安否確認に協力しており、これによって孤立した集落が救われた例もあった[256][257][258]

一方、地震動・液状化現象・津波により広範囲で被災した茨城県と千葉県では、地震直後の計画停電の対象エリアに茨城県潮来市や千葉県旭市が含まれるなどしたが、原因の一つとして被災状況が十分に報道されなかったことが挙げられた[259][260][261]

また、震災によって被災地では共同アンテナが破損したほか、地上デジタル放送の普及活動が停止したため、対策として地デジ難視対策衛星放送を行ったうえで、2011年7月24日に予定されていた地上デジタル放送への全面移行を、岩手、宮城、福島の3県については2012年3月31日に延期した[262][263]

日本国外でも、各メディアが地震関連のニュースを大きく報じている[264][265][266]

新聞[編集]

震災発生直後、全国紙ブロック紙地方紙数紙が一斉に号外を発行した。3月12日付朝刊スポーツ紙を含めた各紙とも、1面から最終面まで最大級の見出しと写真で震災の状況を報道した。また、日曜日夕刊は通常は休刊だが、読売新聞と朝日新聞は3月13日(震災発生から3日目の日曜日)に「特別夕刊」を発行した。3月12日からしばらくの間、最終面に掲載されている番組表を中面に移設して震災関連の報道を優先した新聞社も、数多く存在した(全国紙は3月末まで番組表を中面に移設)[267]。震災直後に発行された新聞では紙面のほとんどが震災報道に当てられたほか、ページ数もおおよそ半分に削減され[注 5]、新聞広告も自粛された。

被災地に立地する新聞社は、災害援助協定を結ぶ近隣地域の新聞社に制作・印刷を委託するなどして新聞発行を継続した[268][269]。岩手県盛岡市の岩手日報社は、東北地方の地方新聞社6社(河北新報社を除く)で締結する災害時相互支援協定の発動を初めて要請し、自家発電機を有する青森市の東奥日報社で4ページの紙面を印刷。宮城県仙台市に発行本社を置くブロック紙『河北新報』は、免震構造の輪転機で印刷した2頁の号外を地震発生当日の23時過ぎに各避難所に届けた。翌日の朝刊は相互支援協定を締結していた新潟日報社に紙面制作を委託し、8頁の朝刊を発行。これらにより、停電のため映像として知られることのなかった沿岸部の深刻な津波被害の詳細を多くの市民が目にすることとなった[270]。石巻市の地方紙・石巻日日新聞は、本社が津波で浸水し輪転機や編集作業用のコンピュータ等を全て失った。水に浸からずに済んだ印刷用ロールから切り出した紙に油性フェルトペンで集めた情報を手書きした壁新聞を作成し、震災翌日から市内の避難所に張り出して情報提供を6日間にわたって実施した。7日目には入手した複合コピー機を使用して印刷した新聞の配布を開始し、2週間後には関係者が応急復旧させた古い輪転機で印刷を再開した。この壁新聞はワシントンにあるニュース総合博物館「ニュージアム」からの要請により、6日分全てが寄贈された[271]

東北や関東の被災地では、交通インフラの損壊や燃料不足によって配達が遅延し、復旧までに4-5日以上を要した。『岩手東海新聞』(岩手県釜石、宮古市などを中心とする夕刊紙)は、本社にあった唯一の輪転機が水没し、読者の多くも被災したため収入の確保が難しくなり、3月29日付けで全従業員を解雇し、休刊となった。現在も発行再開の見通しは立っていない[272]。このほか、『いわき民報』(福島県いわき市の夕刊紙)[273]、 『しんぶん赤旗』東北版(日本共産党の機関紙)[274]、『大崎タイムス』(宮城県大崎市の日刊紙)、『三陸新報』(宮城県気仙沼市の日刊紙)などが数日休刊となった。その一方で『東海新報』(岩手県大船渡市の日刊紙)のように自家発電装置で輪転機を回して新聞発行を継続したところもあった。

3月11日付のニューヨーク・タイムズ紙では「日本の厳しい耐震基準や防災教育により、多くの人命が救われた」とする記事が掲載されたほか、3月15日付では「非常事態に陥っても他者への気遣いや礼節を守り続ける日本人の国民性に学ぶべきものがある」とする記事も掲載された[275][276]。またワシントン・ポスト紙でも救助・復興活動に当たる消防団員や自衛官、警察官の様子を「能率的」と評したほか、被災者についても「冷静で礼儀正しく、驚くほどけなげに対処している」としている[277]

出版・印刷[編集]

津波の被害を受けた日本製紙 石巻工場
(2011年6月7日、宮城県石巻市)

臨海部に所在する日本製紙の石巻工場と三菱製紙の八戸工場が津波により被災、また内陸部にある日本製紙の岩沼工場、勿来工場も津波の影響は受けなかったが、これらの工場を含む太平洋沿岸部にある製紙工場の生産設備、製品在庫の多くが損壊した。また、燃料不足等により、これらの工場からの出荷が困難となり、全国的に印刷用紙の需給が逼迫した。日本雑誌協会によると、3月18日の時点で発行を休止・中止または発売を延期した雑誌は、『週刊少年ジャンプ』ほか191誌に及んだ[278]。このため、集英社を始めとした各出版社は、緊急措置として『週刊少年ジャンプ』[279]や『週刊アスキー[280]などの一部雑誌の最新号をインターネット上で無料配信した。また、震災後しばらくは印刷用紙不足が続いたため、一部の雑誌ではページ数の削減や紙質の変更などの措置が取られた。中小印刷会社の中にはこれにより営業が不可能になり、短期間で倒産する企業も現れた。

インターネット[編集]

情報提供の手段としてインターネットを利用した対応が行われており、テレビではNHKと民放各局(日本テレビ・テレビ東京を除く)で「停電などでテレビを見られない視聴者への配慮」として、番組をニコニコ動画、Ustream、Yahoo! JAPANでリアルタイム配信した[281]。ニコニコ動画では、NHK、フジテレビ、TBSニュースバードの許諾を得た上で、ライブストリーミング配信(NHKは総合テレビジョン・NHKワールドTVをリアルタイム配信)を行うとともに[282]、独自の緊急生特番も実施し[282]、これらの配信はアカウントなしで視聴が可能になっていた[282]。Ustreamでは、NHK(総合テレビジョン・NHKワールドTV)、テレビ朝日、TBS(TBSニュースバード)、フジテレビ、テレビ神奈川、Yahoo! JAPANでは、NHK(総合テレビジョン・教育テレビジョン)のライブストリーミング配信を行った[283]。なお、インターネット対応が行われたきっかけは、地震発生から約17分後に一人の中学生が行っていたNHKの臨時ニュースの無断配信からとされている[284]

報道規制[編集]

2012年1月25日、国境なき記者団は東日本大震災の被災地や東京電力福島第一原発事故で過剰な報道規制が敷かれたことなどを理由に、「世界の報道自由度ランキング」において日本を前年の11位から22位へと格付けした[285]

試験・就職活動[編集]

入学試験[編集]

宮城県教育委員会は、3月14日から18日までを休校とし、15日に予定していた高等学校一般入学試験の合格者発表を22日以降に延期することを決めた[286]

地震発生直後の2011年3月12日 - 13日には国公立大学の入学試験後期日程が予定されていたが、12日は被災地にある32校の大学私立大学含む)で試験が中止されることになった[287]。国立36大学・公立15大学・私立7大学が12日の試験の開始時間繰り下げや、地震の影響を受けた受験生の個別対応を行い[288]追試の対応をした大学もある[289]文部科学省は、3月12日における国公立大学後期日程の受験者は6万5,667人(昨年から2万604人減少)であり、この減少は地震の影響によるものであるとしている[290]。東北地方で同日に試験が実施された国公立大学は、全12校のうち秋田大学秋田県立大学のみであった[290]。翌13日においても6校で試験を中止し、5校で繰り下げ実施または個別対応を行った[291]

また、家屋の損壊した状況に応じて入学金や授業料の免除を行う大学や、震災や計画停電の影響を考慮して授業開始を5月以降とする大学も増えている[292]

資格試験[編集]

地震発生2日後の3月13日に行われる予定であった第161回国際コミュニケーション英語能力テスト (TOEIC) は、地震の影響で会場が確保できなくなったことなどを理由に[293]、日本全国277会場すべてにおいて中止となった[294]。受験予定人数は約16万人であった[293]

4月17日に行われる予定であった平成23年度春期情報処理技術者試験は、地震の影響を考慮し延期が決定した[295]。「平成23年度特別情報処理技術者試験」として、6月26日または7月10日に実施されることになった(受験する試験区分により日付が異なる)[296]

このほか、各種資格試験において全国あるいは一部地域での日程変更が行われている。

就職活動[編集]

大手企業を中心に、2012年春に入社予定の学生を対象とした採用活動の開始時期を遅らせる動きが広がった[297]。また、地震の影響で東北地方を中心に内定取り消しや採用活動の中止などが相次ぎ、厚生労働省では緊急支援を検討した[298][299]

イベント・スポーツ[編集]

この震災によって、平成23年度春の褒章並びに叙勲日本プロ野球開幕戦など、多くの公的行事イベントが中止または延期となったほか、映画の公開延期や商品の発売中止が起きるなど、様々な分野に少なからざる影響が生じた。

宗教[編集]

伝統宗教新宗教ともに施設に被害を受けている。神社の被害報告は4818件にのぼり、これは本殿の全壊・半壊を含む[300]。国の登録有形文化財であった日本基督教団福島教会は被災後、修復費用が膨大になったことから取り壊された。

宗教法人や宗教家は震災直後から被災者への支援に乗り出しており、金銭・物資の提供、信者によるボランティア、宗教施設の避難所としての開放等が続けられた。新宗教の中には多額の義捐金を出したところもある[301]

小惑星の命名[編集]

震災復興を祈り、国際天文学連合の「小惑星・彗星・流星2012」(2012年5月に新潟市朱鷺メッセで開催)をきっかけとして、小惑星に被災地の地名が命名された。これは国立天文台ローウェル天文台に依頼して付けたものである[302][303]

県名・・・宮城 (19534)、岩手 (19691)、青森 (19701)、茨城(19713)、栃木(19731)、千葉県 (20613)
福島県の地方名・・・会津 (14701)、浜通り (21966)、中通り (22719)
被災自治体名・・・陸前高田(22745,岩手県)、栄村(22885, 長野県下水内郡[304])、津南町(22914, 新潟県中魚沼郡[305]

その他、以下の震災関連で命名された小惑星がある。

東北 (23649)、東日本 (29157)、大震災 (31152)

発生した問題[編集]

震災に便乗した犯罪がなかったわけではないが、諸外国で見られるような略奪や暴動はなく、秩序は保たれていた[306]

宮城県では、津波で大きな被害を受けた仙台市東部や多賀城市、石巻市などで、従業員のいない店舗や住宅、ガソリンスタンドや車などのガソリンを狙った窃盗事件が相次ぎ、地震発生から26日までに被害総額が約1億円に上った[307]。また、全国的に義援金の募集が行われている中で募金詐欺も発生した[308][309]

警察庁の発表によると、岩手、宮城、福島の被災3県で3月11日から6月末までに発生したATMからの現金窃盗事件は56件、被害総額は6億8400万円に上った。その内の34件は福島県で発生し、そのほとんどが福島原発から20km圏内での犯行だった[310]。また、20〜30km圏内でも大多数の住民が避難したため、空き巣の被害が相当数あった。20km圏内では住民の出入りが禁止されていたため、数か月後に順次開始された一時帰宅によって初めて空き巣が発覚する事案が多発した。

首都圏では不安を感じた市民が生活物資の買いだめを行う動きが収まらず、物流の回復後も小売店の店頭では品薄状態が続いて、震災の影響がなかった地域にも拡大した[311]。震災だけでなく、東日本での電力不足なども加わったことなどから、日本全体が過度の自粛ムードに包まれ、経済への悪影響が懸念された[312]

また、地震関連の各種報道において、原発事故などによる風評被害が問題視されている[313]

また避難所などの関係から飼い主がペットを手放さざるを得なくなったり、飼い主が死去したりしたために引き取り先が無いペットや野生化したペットが福島県を中心に多発している[314]

また、被災当時にガソリンスタンドなど、給水所には長蛇の列ができており、半日待ってもガソリンを仕入れられない人たちも多くいた。

2013年東京大学の研究グループは、東日本大震災以来体調不良になっていると訴える者が多いことに着目し、対象を若年層に絞って全国調査を行ったところ、当該症例数は有感余震回数と高い相関にあり、本震の震度、空間放射線量率、福島第一原子力発電所からの距離との相関性は低いことが判明したと発表した[315]

2014年1月26日厚生労働省研究班は、岩手、宮城、福島3県で震災当時に保育園児だった子供を対象に「子どもの行動チェックリスト」(CBCL) を用いた調査を行ったところ、25.9%の子が精神的問題に関する医療的ケアが必要な状況と分かったと発表した[316]。調査対象の子供の43.9%が津波を目撃している[317]

復興[編集]

岩手・宮城・福島3県沿岸で発生した大量の災害廃棄物(瓦礫)と津波堆積物(土砂など)の処理が進められていて、復興庁は2014年3月末までに災害廃棄物の処理を完了することを目標としている。2012年11月末時点では、3県37市町村で、災害廃棄物は1,802万トンと推計されそのうち86%が撤去済み、34%が処分・処理済みで、また津波堆積物は956万トンと推計されそのうち60%が撤去済み、15%が処分・処理済みである。できる限り被災地内での処理を進める方針から、仮設焼却炉の増設が計画されているほか、被災地以外での処理(広域処理)も検討されているが放射性物質の問題から調整が難航している[318]

津波により市街地あるいは集落単位で建物やインフラが破壊され都市機能が失われた、岩手・宮城・福島3県沿岸などの地域では、復興の方向性を巡る議論が行われ、一部は事業が開始されている。具体的なアイデアには以下のようなものがある[318][319]

  • 高台への移転 - 消失した市街地や集落を、従来の津波浸水地域ではなく、高台に移転して再建するもの。被災地の土地を国・自治体が買い上げる形で公費負担により集団移転を行うことが計画されている[318]
  • 地盤かさ上げを伴う現地での再建 - 従来の津波浸水地域内で、地盤のかさ上げを行って津波のリスクを低減した上で再建するもの。区画整理方式や、拠点となる市街地を国・自治体が買い上げて一括整備する事業などが計画されている[318]
  • 職住分離 - 住宅、行政庁舎、高台、病院などは高台・地盤かさ上げ地に移転する一方、産業に関連する施設は従来の津波浸水地域内に残すもの。水産や観光が主産業で全面的な移転が難しい地域で検討されている[319]
  • 復興事業を機会とする新たな事業の展開 - 漁業・水産業の協業化、農業への民間投資、省エネルギー再生可能エネルギースマートグリッドの導入(エコタウン)など[319]
  • 津波防御施設の強化 - 防潮堤の復旧や強化のほか、幹線道路や鉄道を高い盛土として堤防としての機能を付加するものや、防災林緑地などの防災用地を設けるものなど。宮城県の復興計画では、仙台湾岸南部は海岸線沿いに防潮堤、その内側に防災林・緑地、農地、盛土道路、産業用地、盛土鉄道、住宅地の順で帯状にゾーンを形成する多重防御とすることを構想している[319]
  • 津波避難施設の強化 - 津波の緊急避難のためのビルやタワーを設けるものや、津波避難のための道路、一次・二次・収容避難場所を復旧強化するものなど。宮城県の復興計画では、特に職住分離を計画している地域の産業地域(低地)で緊急避難施設を強化することを構想している[319]
  • 津波避難行動支援の強化 - 津波からの避難を啓発する防災教育、震災経験の継承など[319]

避難者[編集]

震災2年後の福島県の避難者は15.4万人(うち原発1次避難地域からは8.5万人)[320]

  • 福島県の県外避難(2013年3月7日)(合計約5万人、県内避難は約10万人)

(1)山形県(9,513人)(2)東京都(7,449人)(3)新潟県(5,724人)(4)茨城県(3,943人)(5)埼玉県(3,820人)(6)千葉県(3,313人)(7)栃木県(2,948人)(8)神奈川県(2,449人)(9)宮城県(2,328人)(10)北海道(1,802人)(11)群馬県(1,688人)(12)長野県(1,003人)(13)静岡県(823人)(14)北海道(802人)(15)愛知県(795人)(16)沖縄県(738人)(17)大阪府(734人)(18)山梨県(710人)(19)京都府(702人)(20)兵庫県(604人)

著名人の被災 [編集]

題材とした作品[編集]

この震災は被害・被災の規模がきわめて大きく、社会全体に広範な影響をもたらしたことから、東日本大震災に関連して数多くの作品・表現が発表された。その内容は災害ドキュメンタリーや体験記・ノンフィクションの類を始め、鎮魂の思いを込めたもの、東日本大震災からの復興をテーマにしたもの、被災体験やボランティア体験を創作の契機としているものなど、多岐にわたる。

以下に東日本大震災に直接関連するものを挙げる。一般的な概念としての「絆」や「復興」を扱ったものは、ここでは取り上げない。

映画[編集]

時系列順に表記し、月が不明なものはその年の最後に付した。年月不明の作品は最後に付した。自主制作作品も含む。

フィクション[編集]

ノンフィクション、ドキュメンタリー[編集]

  • 子どもたちの夏 チェルノブイリと福島 - 2011年11月公開。田野隆太郎監督[326]
  • うたごころ[327] - 2011年、榛葉健監督
  • friends after 3.11【劇場版】 - 2012年3月公開。岩井俊二監督。
  • 立入禁止区域・双葉 〜されど我が故郷〜 - 2012年3月公開。佐藤武光監督。
  • 希望の明日へ - 2012年3月の映画祭で公開。
  • 季節、めぐり それぞれの居場所 - 2012年公開。大宮浩一監督。
  • 逃げ遅れる人々〜東日本大震災と障害者[328] - 2012年、飯田基晴監督。
  • グレーゾーンの中で In the Grey Zone - 2012年、イアン・トーマス・アッシュ監督。南相馬で10日間暮らし、人々の本音を引き出す。
  • 先祖になる - 2013年2月公開。池谷薫監督。陸前高田市気仙町荒町地区の77歳の独居老人に密着した作品。第63回ベルリン国際映画祭エキュメニカル賞特別賞、第37回香港国際映画祭ファイアーバード賞(グランプリ)を受賞した[329]
  • 遺体 明日への十日間 - 2013年2月公開。君塚良一監督。岩手県釜石市の遺体安置所に取材した石井光太のルポ「遺体―震災、津波の果てに[330]」が原作。西田敏行緒形直人勝地涼國村隼佐藤浩市柳葉敏郎が出演。
  • わすれないふくしま - 2013年3月公開。四ノ宮浩監督。原発事故で警戒区域となった福島県飯舘村の人々の暮らし。
  • 311 - 2013年3月公開。共同監督は森達也綿井健陽松林要樹安岡卓治
  • ガレキとラジオ - 2013年4月公開。梅村太郎塚原一成監督。宮城県南三陸町の災害ラジオ局「FMみなさん[331]」を扱った。ドキュメンタリーを称しながら「やらせ」演出が指摘された[332][333]
  • 僕らはココで生きていく[334] - 2013年、下山和也監督
  • あれから Scince Then[335] - 2014年3月公開。篠崎誠監督
  • A2-B-C[336] - 2014年5月公開。イアン・トーマス・アッシュ監督[337]
  • ほんとうのうた - 2014年7月公開。河合宏樹監督。郡山市出身の古川日出男が舞台化し2011年から巡回した朗読劇「銀河鉄道の夜」の公演の模様を記録した[338]
  • 1000年後の未来へ-3.11保健師たちの証言 - 2014年公開。都鳥拓也・都鳥伸也[339]
  • 無人地帯/No Man's Zone
  • 大津波のあとに
  • 槌音
  • すぐそばにいたTOMODACHI 〜 The Neighbourly TOMODACHI
  • Pray for Japan Official Trailer
  • 手のなかの武器
  • 原発の町を追われて〜避難民・双葉町の記録
  • フタバから遠く離れて Nuclear Nation - 舩橋淳監督。エンディングテーマを坂本龍一が担当。
  • 相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶 - 松林要樹監督。 南相馬市原町区江井戸(えねい)の避難民を追った。
  • 相馬看花 第二部 祭りの馬[340] - 松林要樹監督[341]
  • 犬と猫と人間2 動物たちの大震災
  • 生き抜く 南三陸町の人々の一年 - 森岡紀人監督
  • Light up nippon - 柿本ケンサク監督
  • 夢を生きる - テーラー・アンダーソン監督
  • ギリギリの女たち - 藤真美穂監督
  • Negative: Nothing - クニューセル兄弟監督
  • 3.11 東日本大震災から学ぶ 津波・命を守る心構え
  • より高く!より早く!!〜津波からの避難〜
  • 3.11後を生きる - 中田秀夫監督
  • 缶闘記 CANS OF HOPE[342] - 岸田浩和監督
  • 今日子と修一の場合[343] - 奥田瑛二企画・脚本・監督[344]

文学[編集]

フィクション[編集]

  • 和合亮一『詩の礫』徳間書店、2011年
  • 和合亮一『廃炉詩編』2013年3月
  • いとうせいこう『想像ラジオ』
  • 綿矢りさ『大地のゲーム』
  • 佐伯一麦『還れぬ家』 -後半部分でそれまでの本筋(2008年~2009年の出来事)と並行して東日本大震災後の主人公の様子が描かれる。
  • 有川浩空飛ぶ広報室』 - 単行本書き下ろしの後日談で東日本大震災時とその後の松島基地の描写がある。
  • くしまちみなと『おとめ桜の伝説〜小峰シロの物ノ怪事件簿〜』2012年 - 序章が福島県白河市の震災描写。小峰城崩落などがある。
  • 熊谷達也『調律師』2013年 - 終盤で仙台市のコンサートホールを訪れた主人公が東日本大震災に巻き込まれる。
  • 福井晴敏震災後』小学館、2011年 
  • 吉村萬壱 『ボラード病』文藝春秋、2014年 - 災害で人が住めなくなったあと人が戻ってきた海塚の町の様子を小学校5年女子の視点で描く。
  • 佐伯一麦『空にみずうみ』2014年6月23日から読売新聞連載小説 - 震災後の仙台を舞台に日常生活のありがたみを描く。

ノンフィクション、ルポ他[編集]

  • 高山文彦『大津波を生きる』2012年[345]
  • 高嶋博視『武人の本懐  FROM THE SEA 東日本大震災における海上自衛隊の活動記録』講談社 2014年
  • 草谷桂子『3・11を心に刻む ブックガイド』子どもの未来社、2013年[346]
  • 蟹江杏佐藤史生『ふくしまの子どもたちが描く あのとき、きょう、みらい。』徳間書店、2011年
  • 小野智美編『女川一中生の句 あの日から』羽鳥書店、2013年
  • 麻生幾『前へ!-東日本大震災と闘った無名戦士たちの記録』2011年 新潮社。自衛隊東北地方整備局[347]DMATなどの苦労と活躍を描いたノンフィクション。
  • 菱田雄介[348]飯沢耕太郎『アフターマス 震災後の写真』2011年 NTT出版。原作『hope/TOHOKU』は震災11日後に被災地で撮影された。

評論[編集]

  • 森一郎[349]『死を超えるもの: 3・11以後の哲学の可能性』東京大学出版会 、2013年。ISBN-10: 4130101242、ISBN-13: 978-4130101240

漫画[編集]

演劇[編集]

  • 「東の風が吹くとき」作・演出 高木達[351][352]  青年座

ドラマ[編集]

音楽[編集]

関連項目[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 利根川沿いの埋め立て地を持つ。
  2. ^ 7戸が曳家(ひきや)で秋田市に移築され、高齢認知症者向けのグループホームになる。
  3. ^ 緊急交通路指定には首都高三郷線・八潮南出口 - 三郷ジャンクション(下り)、三郷ジャンクション - 八潮入口(上り)を含む。
  4. ^ テレビ東京を除く民放4系列が、1980年以降にCMを全面カットして放送した例としては、1989年1月7日昭和天皇崩御における特別編成(局によって時間は異なるが、概ね1月7日午前5時台から1月9日未明までの約42時間)がこれまでの最長であり、本震災の報道においてはそれを上回った。なお、1995年1月17日の阪神・淡路大震災発生時にも、ほぼ2日間のCMを全面カットした局があったが、こちらはあくまで在阪局の一部に限ったことで、系列全体を対象としたものではなかった。
  5. ^ 朝日新聞・東京版では通常40頁が20 - 24頁となった。

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外部リンク[編集]