在日米軍

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在日米軍(ざいにちべいぐん、United States Forces Japan、略称USFJ)は、日本国内に駐留するアメリカ合衆国軍である。

主な在日米軍基地
沖縄における在日米軍基地、在日米軍専用施設の面積は沖縄県面積の約10%、沖縄本島の約18%を占めている[1]

目次

概要 [編集]

在日米軍は、在日アメリカ軍、または条約などでは日本国における合衆国軍隊ともいい、日米安全保障条約第6条により日本国内に駐留するアメリカ軍の総称である。なお、日本には、キャンプ座間などに常駐している数十人の国連軍駐日武官や、各国大使館の駐在武官、係争中の領土(竹島北方領土等)を除き、米軍以外に駐留する外国軍はいない。

在日米軍司令官は第5空軍司令官が代々兼務しており、空軍中将が就いている。現任司令官は、サルヴァトーレ・“サム”・アンジェレラ中将。前任者であるバートン・フィールド中将の後任として、2012年7月に就任した。

第七艦隊の母港である横須賀海軍施設や空軍の横田飛行場(司令部が駐在する)や嘉手納飛行場(多数の主力戦闘機・輸送機が配備されている)、キャンプ座間トリイステーションアメリカ本土以外で唯一グリーンベレーを展開している)など、ロシア中華人民共和国北朝鮮にも近い関係上東アジアの要所であり、アジア有事の際には最重要拠点としての役割も持っている。

2010年現在の展開兵力は日本を母港とする第七艦隊艦船乗組員を含めて総計約5万人で、在韓米軍のほぼ倍の勢力である。

歴史 [編集]

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第二次世界大戦における日本の降伏の後、アメリカ軍が日本の全般的施政権を獲得した。日本の帝国陸軍および帝国海軍は全て解体され、それらの軍事基地は全てアメリカ軍に引き継がれた。連合軍は日本を非軍事化しようと計画し、アメリカは1947年昭和22年)の日本国憲法において非武装条項を主張した。

1950年昭和25年)に朝鮮戦争が勃発した後、在日連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは準軍事的な組織として「警察予備隊」を設立するよう日本政府に指令した。警察予備隊は後に自衛隊へと発展していくこととなる。

1951年昭和26年)にサンフランシスコ講和条約が連合国と日本の間で署名され、これにより小笠原諸島沖縄以外の主権が正式に日本に返還された。それと同時に(同条約第6条a項但し書きを口実として)日本とアメリカは日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(旧日米安保条約)に署名した。この条約により、在日米軍は日本の防衛に関して法的責任を負い、その見返りとして、日本政府は軍事基地、資金、および日米行政協定で規定される様々な特権を提供する事となった。

1960年昭和35年)、旧日米安保条約の失効に際して、新たに日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(新日米安保条約)が日本とアメリカの間で署名された。在日米軍の地位は日米地位協定で規定された。この条約は現在も有効であり、日本の外交政策はこれらの相互義務関係に基づいている。

ベトナム戦争では、在日米軍の軍事基地、中でも特に沖縄の基地が - 返還前の沖縄に駐留していたアメリカ軍は在日米軍司令官(COMUSJAPAN)の隷下ではなく、アメリカ太平洋軍司令部琉球代表(CINCPACREPRYUKYUS)の隷下にあり、在日米軍(USFJ)とは別組織である-重要な戦略・補給基地として用いられた。アメリカ空軍の戦略爆撃機が、まだアメリカ政府の施政下にあった沖縄の基地に配備された。1960年代、1,200個の核兵器が沖縄の嘉手納基地に貯蔵されていた[2]。アメリカ軍は1972年昭和47年)の沖縄返還までに全ての核兵器を沖縄から撤去した。

日本政府は2007年平成19年)に接受国支援金として2173億円を支出した[3]。これは日本では思いやり予算と呼ばれる場合もある[4]

アメリカ政府は駐留軍等労働者労務管理機構(LMO)を通じて、8,000人以上の基本労務契約「Master Labor Contract」(MLC)従業員、または諸機関労務協約「Indirect Hire Agreement」(IHA)従業員を沖縄で雇用している。なお、この数字には沖縄の契約従業員は含まれない。

2011年平成23年)の東北地方太平洋沖地震の直後は、在日米軍各部隊はトモダチ作戦(Operation Tomodachi)を展開した一方、日本におけるアメリカ軍人や軍の文民従業員の家族9,720人が日本から主にアメリカへ脱出した[5]


これ以前については連合国軍占領下の日本#年表参照

配備部隊 [編集]

2011年末現在、在日米軍は、横田飛行場(Yokota Air Base、東京都)に司令部を置き、3万6708人のアメリカ軍人が日本に駐留している。また第7艦隊の東アジア太平洋地域の洋上要員は海軍と海兵隊計1万3618人である[9]。この人数は2009年現在、約2万5000[10]とも2万8500[11]とも言われる在韓米軍兵力を上回るものである。

これとは別に、2008年3月現在5078人のアメリカ人軍属がアメリカ国防総省により日本で雇用されている。軍人と軍属の家族は4万4289人にのぼる。

駐留人数:

  • 日本外務省発表「米軍人等の居住者の人数について」(平成20年3月31日時点)[12]
本土と沖縄の在日米軍規模の比較
所在 軍人 軍属 家族 合計
本土 2万2078   2770 2万4406 4万9254
沖縄 2万2772   2308 1万9883 4万4963
合計 4万4850   5078 4万4289 9万4217

陸軍 [編集]

在日米陸軍(US Army Japan, USARJ)は、キャンプ座間神奈川県座間市相模原市)に司令部がある。

USARJは、第9戦域支援司令部から改編された第1軍団前方司令部、在日米陸軍基地管理本部、第10地域支援群(沖縄、トリイステーション[13])などを主要な部隊としている。第1軍団前方司令部は2007年12月に新設されたもので、在日米陸軍司令官は第1軍団前方司令部の指揮を執るとともに、第1軍団副司令官を兼任している。平時には実戦部隊をほとんど持たないが、有事には第1軍団本隊が進出し、陸軍/統合任務部隊を構成するものと考えられている。

また、青山墓地近くに星条旗新聞の極東支社や第五空軍司令部東京管理センター、陸軍東京監理施設、軍情報機関関連施設などが置かれる在日米軍の中枢の一つ「赤坂プレスセンター」(別名ハーディバラックス、麻布米軍ヘリ基地)が所在する。

海軍 [編集]

在日米海軍(US Naval Force Japan, USNFJ)は、横須賀海軍施設神奈川県横須賀市)に司令部がある。日本に展開するアメリカ海軍部隊の部隊管理を管轄しているが、作戦指揮権はない。

空軍 [編集]

在日米空軍(US Air Force Japan, USAFJ)は、横田飛行場に司令部がある。在日米空軍司令官は、第5空軍司令官とともに、在日米軍全体の司令官をも兼務している。ただし在日米空軍司令部は基本的に部隊管理のみを担当し、作戦統制は太平洋空軍のケニー司令部(ヒッカム空軍基地)が行なう。このため横田基地には、USAFJの部隊や航空自衛隊との調整のために第13空軍第1分遣隊が設置されていたが、第13空軍の閉隊にともないその機能も第5空軍が担うことになった。

海兵隊 [編集]

在日米海兵隊憲兵隊パトカー(沖縄・キャンプバトラー)

在日米海兵隊には、実戦部隊である第3海兵遠征軍(3rd Marine Expeditionary Force, 3MEF)と、基地部隊である在日米海兵隊基地部隊(Marine Corps Bases Japan, MCBJ)の二系統がある。

両者は組織図上では別個の組織だが、同一の司令官によって指揮されることで指揮系統を統一している。在日米海兵隊の各司令部はいずれも沖縄県キャンプ・バトラー内に設置されており、第3海兵遠征軍司令部はうるま市キャンプ・コートニー、基地部隊司令部は宜野湾市を中心に周辺自治体にまたがるキャンプ・フォスター(キャンプ瑞慶覧)に設置されている。

なお、第3海兵遠征軍と基地部隊の兼任司令官には通常海兵隊中将が補せられるが、この中将は沖縄に駐留する全アメリカ軍の代表者である在沖米四軍調整官(Okinawa Area Coordinator, OAC)も兼務することとなっている。

米軍施設 [編集]

2008年現在、米軍施設は29都道県に、米軍専用施設に限っても13都道県に置かれている。総面積の33%は北海道、これに次ぐ22%は沖縄県に集中している(日米地位協定第2条第4項 (b) による有事の場合の一時利用地を計算に入れた場合)。米軍専用施設に限ればその74%は沖縄県に集中[14] する一方で、四国近畿中京日本海側にはほとんど置かれていない。また、首都圏では東京都首都中枢を取り囲むように設置されているが、陸上戦力はほぼ皆無である。日米地位協定により自衛隊が共同使用している在日米軍専用施設の土地面積は約38,000,000m²である[15]。米軍基地には米兵以外にも多数の基地従業員が働いており駐留軍等労働者と呼ぶ。

基地周辺対策 [編集]

基地周辺対策については、『防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律』を参照

米軍基地所在都市への交付金 [編集]

米軍基地所在都市への交付金については、『国有提供施設等所在市町村助成交付金』を参照

在日米軍の抱える課題 [編集]

燃料問題 [編集]

在日米軍は日本を基点として活動を行っているため、日本と同じ地理的環境に置かれる。また海外駐留の軍隊であるため、現地のインフラに依存する面もあり、以下の軍事的・政治的な問題点が指摘されている。すなわち、

  1. 在日米軍が消費する石油は、その多くが中東からの輸入に頼っている(軍艦用についてはドバイシェブロン製で艦船用2号軽油またはミルスペックF-76準拠)
  2. 在日米軍の後方業務の一部が、日本企業に委託されている

1.については(基地が日本にある以上当然ながら)日本と同じ状況であり、対策としてシーレーンの確保が重要とされる。マラッカ海峡などの要衝が重視されている理由の一つでもある。現在のところ、日本は東アジアから中東にかけての展開拠点となっているため戦略備蓄も手厚く、燃料の不足が問題になった例はない。

2.については複数の業務が日本企業に委託されている。米軍の持つ装備は技術的に高水準であり、整備にも高い技術力が必要とされる。しかし整備のたびに米本土へと装備を輸送していては効率が悪い。その点において日本企業は技術的にも十分なものを持っているため、近場という利便性を考えて業務委託がされているのである。また、委託されている業務の中には、東アジア全体で見ても日本でしか実現困難なものも存在する。高度な設備と技術が必要な、空母の整備などはその代表例である。この意味では、在日米軍は日本のインフラに依存していると考えることができるかもしれない。しかし、一部の依存があるといっても、日本政府が在日米軍、つまりは米政府に対して友好的であり、基地用地を提供し続ける限りは、それほど大きな問題にならない可能性が高い。

日本の安全保障と国内問題 [編集]

横田基地厚木基地嘉手納基地などをはじめとして、多くの基地が住宅地域の付近にあるため、付近住民らは航空機の騒音や、地域住民に対する様々な犯罪に対する不満を表明している[16][17][18]

日本国の安全保障問題 [編集]

アメリカ軍基地が日本国内から無くなると、アメリカ軍による中華人民共和国や北朝鮮に対する軍事的抑止力が落ちる可能性も考えられる。また中華人民共和国の領土侵犯や内政干渉が激しくなる可能性があるとも指摘されており潜在的問題は多い。韓国の対日本・北朝鮮工作員を指揮する韓国軍特務機関員が在日米軍基地から日本国内に侵入し新潟日赤センター爆破未遂事件を指揮したことも指摘されている[19]

日本国民の73.4%は日米間の相互防衛条約と在日米軍の存在について肯定的な評価を与えている[20]しかしその一方で、一部の国民は在日米軍基地の縮減を要求している[21]

事件・事故 [編集]

在日米軍が起こす事件・事故の数は、防衛施設庁が提出した資料によると、1952年から2007年までに公務内外で在日米軍が起こした事件事故件数は20万件、日本人が巻き込まれて死亡した人数は1,076人である。2010年に公開された外務省文書によれば、復帰前も1965年の時点で年間1000件に上っていた[22]。また、1985年から2004年までに在日米軍の起こした事件・事故で軍法会議にかけられた者は1名で、懲戒処分者は318人である。これについて日本共産党の赤嶺政賢衆院議員は「多数の事件・事故が起きているのに(二十年間で)軍事裁判はたったの一件。米軍の犯罪は野放しにされている」と述べた[23]

  • 1951年、東京浅草国際劇場向かい側にあった在日朝鮮人経営の旅館で、オーナーと口論の末、投石などを受けて米兵数名が死傷する事件が発生した(浅草米兵暴行事件
  • 1955年、嘉手納村の通信基地付近の原野で米軍兵士に強姦された幼女の遺体を発見した。幼女は石川市(現うるま市)の6歳の幼稚園児であることが判明。遺体は下腹部から肛門にかけて刃物で切り裂かれていた(嘉手納幼女強姦殺人事件
  • 1957年、群馬県相馬が原演習場で、金属類を拾いに来ていた地元住民を、兵士が近くに呼び寄せた上で射殺。殺人事件ではなく傷害致死事件で処理する裏約束が日米間でされていたことがのちに判明する(ジラード事件)。
  • 1970年沖縄市で、米軍の起こした交通事故が直接の引き金になって沖縄住民が米軍施設を放火するなどの事件が発生した(コザ暴動)。なお、大暴動だったにも関わらず死者はゼロ。
  • 1995年、アメリカ海兵隊員2名とアメリカ海軍軍人1名の計3名が12歳の女子小学生を拉致した上、集団強姦した。実行犯である3人が引き渡されなかったことが問題になった(沖縄米兵少女暴行事件参照)。
  • 1996年、沖縄で、海兵隊員が運転する車が交通事故を起こし、母子三人が死亡。
  • 1998年、飲酒運転した海兵隊員が18歳の女子高生が運転するバイクに衝突し、ひき逃げして死亡させた。
  • 2002年、海兵隊少佐がフィリピン人女性を襲う強制わいせつ未遂事件が発生(沖縄米兵強制わいせつ未遂事件)。横須賀で、空母「キティホーク」乗組員が在日オーストラリア人女性を強姦。容疑者は逮捕される前になぜか“名誉除隊”で帰国し、刑事処分を受けていない。逆に被害者が、日本の警察による事情聴取の段階でセカンドレイプを受ける。
  • 2004年、在日米軍のヘリコプターが沖縄国際大学に墜落した事件(沖国大米軍ヘリ墜落事件)。
  • 2008年2月、38歳の海兵隊員が14歳の沖縄の少女を強姦した容疑で逮捕された。

機密解除された米国の公文書によると、2008年5月17日までに、日本は在日米軍関係者の犯罪について、1953年に「重要な案件以外、日本側は裁判権を放棄する」密約に合意し、その後5年間に起きた約13000件の事件のうち、実際に裁判を行ったのは約400件で、97%の裁判権を放棄していたことが判明した(在日米軍裁判権放棄密約事件[24]。また、1958年日米安全保障条約改定にあたり、米側は岸信介首相に、密約が結ばれている裁判権放棄を公的に表明するよう要求したが、国民からの批判を恐れ岸は認めなかった。

東京都の基地問題 [編集]

在日米軍赤坂プレスセンターにはヘリポートがあり、頻繁に発着陸する危険および騒音に対して、近隣住民からは返還運動も出ているが、ほとんど知られていないのが現状である。かつて六本木トンネルの着工中、ヘリポートが縮小を余儀なくされると、都立青山公園の敷地を東京都が代替地として貸与したが、トンネルが完成した後も、公園の敷地は返却されていない。

沖縄県の基地問題 [編集]

普天間基地については、『普天間基地移設問題』を参照

沖縄県の在日米軍基地については、日本の国土面積からすれば、占める割合は1割以下と少ないが、在日米軍基地面積の7割以上(ただし自衛隊との共用地を除いた米軍専用地の割合)が、沖縄県に集中してる事で、本土と比べて不公平だとする意見や、在日米軍基地の必要性についても疑問視する意見が、沖縄県には多数ある。また、在日米軍基地近隣の騒音問題がある。
2010年5月に、毎日新聞琉球新報が、沖縄県民を対象に行ったアンケートによると、 海兵隊の駐留については、「必要ない」が71%で、「必要だ」は15%になった。 在日米軍基地の約74%が沖縄に集中していることに関しては、「整理縮小すべきだ」が50%、「撤去すべきだ」が41%だった。日本駐留を定めた日米安保条約については「平和友好条約に改めるべきだ」が55%、「破棄すべきだ」14%、「維持すべきだ」は7%だった。[25]

米軍関係の自動車 [編集]

米軍関係車両専用のナンバープレートは、平仮名の位置に Y (日本国内で調達された私有車両)、E (非課税車両)、A (オートバイ・軽自動車)などのアルファベットが書いてあるのが特徴で、「Yナンバー」と呼ばれている。米軍関係車両の登録台数は60000台弱程度で、そのうちの約27000台が沖縄ナンバーである。その他、八戸ナンバーは空軍三沢基地関係、多摩・八王子ナンバーは空軍横田基地関係、横浜ナンバーは海軍横須賀基地等の関係、相模ナンバーは海軍厚木基地、陸軍キャンプ座間等の関係、山口ナンバーは海兵隊岩国基地関係と推測できる。絶対的な登録台数は少ないが、静岡県御殿場市に駐留する海兵隊キャンプ富士の要員が登録している私有車両は、沼津ナンバーである。平成17年9月より駐留軍要員(米軍人・軍属)にも、基地の外に居住して私有車の登録を希望する際は、車庫証明の取得が義務付けられた。これによって今では湘南・品川・川崎のYナンバーがある。車検証上の所有者の住所欄には、所有者が所属する基地の所在地を記載し、使用の本拠の位置には、実際に住んでいる(駐車している)基地外の日本の住所を記載している。

また、自動車税が国民の2割に免除されていたり、ガソリン代に含まれる税が免除(計算の関係で基地内のガソリンスタンド内のみ適用)されるなど不公平な点も多いとされているが、自動車税に関してはYナンバーの車が基地の外と、基地の中の道路を走る割合を元に課税されているために、異なる税額との解釈もある。

公務中の米軍車両は、高速道路や有料道路の通行料が免除される(フリーパスではなく、料金所では公務通行であることを証明する書類を提示し、後で日本政府が料金を負担する)。米軍人ならびに軍属やその家族が日本国内を遠方に旅行する場合、ヨコタツアーズなどの基地福利厚生部門が通行料金が免脱できる(toll included)という触れ込みで公用車扱い(日本陸運登録なし)のレンタカーを貸し出すことが容認されていたが、現在この記述は全軍のホームページからは消えている。空港・基地間連絡バスを運用している。

米軍関係車両が交通事故を起こした場合、日本の警察だけではなく在日米軍の憲兵隊も検分に現れる。この事故が公務中であったことが米軍によって“証明”された場合、加害者軍人の身柄は米軍に移るため、それに対する日本の警察権・司法権・裁判権行使は日米地位協定第十七条に基づいて行われる(治外法権)。

軍公用車両のナンバープレート表示については上記の限りではなく、日本の書式と全く異なる米国フォーマットのもの、及びむき出しのプレートに黒にペイントされた簡易プレートを装着している(大まかな書式についてはナンバープレート (日本)#駐留米軍車両を参照)。これらの車両は日本の道路運送車両法道路交通法の適用外であるため、米国仕様のブレーキ、テールランプとウインカーが兼用(赤色もしくは白色点滅)のものも走行している。

脚注 [編集]

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  1. ^ 沖縄に所在する在日米軍施設・区域(2008年度防衛白書)
  2. ^ 疑惑が晴れるのはいつか, 沖縄タイムス, 1999年5月16日[リンク切れ]
  3. ^ 思いやり予算8億円減で日米合意、光熱水料を3年間で, Yomiuri Shinbun, December 12, 2007[リンク切れ]
  4. ^ PRESS RELEASE U.S. and Japan Sign Alliance Support Agreement, The embassy of the United States in Japan[リンク切れ]
  5. ^ Tritten, Travis J., "Evacuation from Japan a vacation? Not so much", Stars and Stripes, 31 May 2011.
  6. ^ ニコニコニュース在日米陸軍の公式チャンネルがオープン!2009年11月12日
  7. ^ Our Alliance - A Lasting Partnership
  8. ^ なお、前年公開された『わたしたちの同盟 - 永続的パートナーシップ』では、日米同盟における日本を「大切なトモダチ」と表現している。[1]
  9. ^ Active Duty Military Personnel by Service by Region/Country
  10. ^ 在韓米軍兵力を維持…クリントン長官、韓国大統領と会談”. 読売新聞 (2009年2月21日). 2009年11月4日閲覧。
  11. ^ 社説 -「在韓米軍の中東送り」対策急げ”. 中央日報 (2009年10月27日). 2009年11月4日閲覧。
  12. ^ 在日米軍の施設・区域内外居住(人数・基準) (PDF)”. 日本外務省 (2008年2月22日). 2009年11月4日閲覧。
  13. ^ 同基地には、護衛を名目として、アメリカ陸軍特殊部隊群の隊員が390名駐留している。
  14. ^ 在日米軍施設・区域(専用施設)都道府県別面積
  15. ^ 防衛施設の規模と特徴(2008年度防衛白書)
  16. ^ 厚木基地の航空機騒音問題, 神奈川県大和市
  17. ^ 横田飛行場における航空機騒音防止対策の推進に関する要請について, 東京都
  18. ^ 嘉手納町の概要, 嘉手納町[リンク切れ]
  19. ^ 第033回国会法務委員会第6号”. 衆議院 (1959年12月8日). 2011年8月4日閲覧。
  20. ^ 自衛隊・防衛問題に関する世論調査, 内閣府
  21. ^ “Japanese protest against US base”. BBC News. (2009年11月8日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/8349083.stm 
  22. ^ 復帰前の沖縄 米兵犯罪約1千件 外務省文書で判明しんぶん赤旗2010年11月27日
  23. ^ 在日米軍/事件・事故20万件超/日本人1076人が犠牲 52~04年度 しんぶん赤旗2005年7月2日号
  24. ^ 米兵の裁判権97%を放棄 53年の密約後5年間で 共同通信2008年5月17日
  25. ^ 毎日世論調査:辺野古移設に反対84% 沖縄県民対象[2]

参考文献 [編集]

  • エンジンテクノロジー編集委員会(編)『自動車エンジン要素技術 II 進化を続けるテクノロジーのすべて』, 山海堂, 2005年

関連項目 [編集]

墜落事故

事件

その他

広報誌

  • Okinawa Marine - 海兵隊部隊が多く駐留する沖縄県内の米軍基地で配布している広報誌でWeb版もある(英語)。地域住民向けには『おおきな輪』を2002年より刊行。

外部リンク [編集]

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