第2歩兵師団 (アメリカ軍)
| 第2歩兵師団 | |
|---|---|
| 創設 | 1917年 10月26日 |
| 所属政体 | |
| 所属組織 | アメリカ陸軍 |
| 部隊編制単位 | 師団 |
| 人員 | 約17,000名 |
| 標語 | 右に出る者無し Second to None |
| 上級単位 | 第8軍 |
| 主な戦歴 | 第一次世界大戦 (ベロー・ウッドの戦い) (シャトーティエリの戦い) (ムーズ・アルゴンヌ攻勢) 第二次世界大戦 (西部戦線) 朝鮮戦争 湾岸戦争 イラク戦争 |
第2歩兵師団(だいにほへいしだん、U.S.Army 2nd Infantry Division)は、アメリカ陸軍の師団の一つ。
目次 |
沿革 [編集]
第一次世界大戦 [編集]
第一次世界大戦においては陸軍部隊と海兵隊部隊との混成部隊だった。
第二次世界大戦 [編集]
第二次世界大戦ではヨーロッパ戦線にて活動している。初めて実戦に参加したのは1944年6月7日、つまりD-デイ(D-Day)の翌日で、ノルマンディーのオマハ・ビーチに上陸した。以後、バルジの戦いなどに参加しており、1945年5月7日にはピルゼンを攻撃中だった。第9、第23、第38歩兵連隊を基幹として編成されていた。
朝鮮半島 [編集]
朝鮮戦争への参加以来北朝鮮からの侵攻即応部隊として韓国の軍事境界線付近に駐在している。在韓米軍の第8軍指揮下にあるが、現在在韓米軍の再編が進行中であり、2004年8月から傘下1個旅団旅団戦闘団がイラクに派遣され、その後米大陸本土に帰還した。現在韓国に駐留するのは1個旅団戦闘団のみとなっている。
現在の編成 [編集]
解説 [編集]
2003年3月に開始されたイラク戦争以降、米陸軍ではイラク及びアフガニスタン派遣部隊の隊容を整えつつも欧州や韓国から米国本土へ師団を帰還させ、かつ師団中心の編制から旅団中心の編制への改編が進められている。 このピーター・シューメーカー陸軍参謀総長下でのモジュラーフォース改編では従来、1個師団につき隷下戦闘旅団を従来の3個から1個を加えて4個へ増加する一方で、軍団隷下の砲兵旅団や対空旅団、各師団隷下の工兵旅団、師団支援集団、砲兵旅団を大きく改編し各師団隷下旅団へと工兵、支援、砲兵を隷属させ、自己完結して作戦を遂行する能力を与えるものである。この新たな旅団には大きく分けて3つの型があり、それぞれ重旅団戦闘団、歩兵旅団戦闘団、ストライカー旅団戦闘団と呼ばれる。
第2歩兵師団についてもピーター・シューメーカーの先代であるエリック・シンセキ陸軍参謀総長の時代のストライカー旅団導入に続き、この一連の変革の波とあわせていくつかの動きがある。
- 韓国の首都ソウルと南北軍事境界線との間の基地から移転し、ソウルから南の平澤へと移転する取り組み
- 駐留兵力を2個旅団戦闘団から1個旅団戦闘団へ削減し1個旅団戦闘団が米本土へ帰還(既に帰還済み)
- 韓国と太平洋を隔てたフォートルイスでのストライカー旅団導入(既に導入済み)
(第2歩兵師団本部と隷下旅団2個は韓国、1個旅団は米国本土西海岸ワシントン州フォートルイス(シアトルから南)という状態が冷戦後の陸軍縮小により続いていた)
師団兵力 [編集]
約17,000人だが、このうち1,500人はKATUSA(米陸軍韓国人増強兵)が入っている。
編制 [編集]
以下に師団の各旅団戦闘団、戦闘航空旅団、火力旅団を列記し、末尾に第8軍部隊を付す。 なお、モジュラーフォース改編では通常1個師団につき隷下戦闘旅団は4個が通常である。第2旅団戦闘団は他旅団の部隊名称変更を待って第5旅団戦闘団より改称された。
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駐屯地 [編集]
- キャンプ・レッド・クラウド - 京畿道議政府市に所在。師団司令部。
- キャンプ・エッセヨンズ - 京畿道議政府市に所在。
- キャンプ・ケーシー - 京畿道東豆川市に所在。前線主力基地。
- キャンプ・キャッスル - 京畿道東豆川市に所在。
- キャンプ・ハヴィー - 京畿道東豆川市に所在。前線主力基地。
- キャンプ・ハウズ - 京畿道坡州市に所在。
- キャンプ・スタンレー - 京畿道議政府市。
- フォート・ルイス - アメリカ合衆国ワシントン州シアトル南郊。
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
- ^ なお、第3歩兵連隊第1大隊はワシントンD.C.に駐屯し、通称The Old Guardと呼ばれる儀仗兵部隊である。
外部リンク [編集]
- 第2歩兵師団公式サイト(英語)
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