第75レンジャー連隊 (アメリカ軍)

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第75レンジャー連隊
75 Ranger Regiment Coat Of Arms.PNG
第75レンジャー連隊の紋章
創設 1974年
(第1大隊、1942年6月19日)
所属政体 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
所属組織 アメリカ陸軍
部隊編制単位 連隊
兵種/任務/特性 歩兵
(レンジャー)
(空挺)
人員 約2,500名
所在地 ジョージア州
フォート・ベニング
標語 Rangers lead the way
上級単位 アメリカ陸軍特殊作戦コマンド
主な戦歴
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第75レンジャー連隊(だいななじゅうごレンジャーれんたい、: U.S.Army 75th Ranger Regiment)は、アメリカ合衆国ジョージア州フォート・ベニングに駐屯するアメリカ陸軍歩兵連隊である。

部隊のモットーは、Rangers lead the way(レンジャーが道を拓く)および、ラテン語Sua Sponte(Of their own accord、自らの意思で)。

概要[編集]

アメリカ陸軍第75レンジャー連隊は、アメリカ陸軍特殊作戦コマンドの傘下に置かれている。ジョージア州フォート・ベニングに本部を置く。レンジャー連隊は、通常戦闘と特殊作戦の両方を遂行できる3個大隊規模の精鋭部隊である。遊撃戦を担当し、パラシュート降下も可能である。米陸軍有数の柔軟性を誇り、常時1個大隊が短時間(18時間以内)で世界中に展開できる緊急即応部隊でもある。特殊部隊の支援を担当することも多く、この部隊も特殊部隊と扱われることも多い。また、同隊で訓練と経験を積んだ後、グリーンベレーに入隊するケースが多く、グリーンベレー養成機関とも言える部隊である。

歴史[編集]

第75レンジャー連隊は、17世紀アメリカ先住民と戦った「レンジャー辺境部隊」が起源である。18世紀に入り、ロバート・ロジャーズ少佐(1731年 - 1795年)が1756年に9個中隊で構成されたレンジャー部隊を編成し、フレンチ・インディアン戦争7年戦争における北米大陸での戦争を示す)でゲリラ戦を展開し、アメリカ独立戦争南北戦争にも参加した。しかし、現代のレンジャー部隊が誕生したのは、第二次世界大戦が勃発してからである。1942年ジョージ・マーシャル将軍は、イギリス軍コマンドスに相当する部隊である「第1レンジャー大隊」の創設を認め、6個のレンジャー大隊が編成される。 特殊部隊となったレンジャーは訓練をイギリス軍のコマンド特殊訓練施設で受け、初陣もコマンドの指揮下で奇襲上陸作戦ジュビリーを戦った。[1] その後、これらレンジャー部隊は第2次大戦におけるイタリア戦線に投入され、第1特殊任務部隊(後のグリーンベレー前身部隊)と共に素晴らしい活躍をする。朝鮮戦争では、陸戦法規を無視した北朝鮮軍ゲリラ戦対策として投入される。その後、レンジャー部隊は解散されたが、レンジャーの訓練プログラムは、アメリカ陸軍兵たちにリーダーシップ訓練を提供し続けた。だが、レンジャーはベトナム戦争の最中、「第75歩兵連隊」の13個目の小隊として復活。1974年にレンジャー部隊は、第75レンジャー歩兵連隊第1大隊と第2大隊として、正式に再編された。1980年代に新たに3個目の大隊、第3大隊が編制され、レンジャー連隊の兵力はおよそ2500人となった。70年代中頃から現在に至るまで、アメリカ陸軍の主要な作戦には必ず参加している。

主な任務[編集]

第75レンジャー連隊の隊員

代表的な任務は、空挺降下による強襲や爆破工作、隠密偵察、目標回収任務などがる。他には、アメリカや同盟国の常備軍の支援なども行う。また、敵後方での任務にあたる縦深偵察小隊、特殊訓練を施された水中工作員を保有している。

特徴と編制[編集]

第75レンジャー連隊の組織図。

第75レンジャー連隊は、連隊本部と3個レンジャー大隊から編制されている。緊急即応部隊という連隊の任務から、毎月、レンジャー大隊のうちの1個がレンジャー即応部隊(RRF:Ranger Response Force)に指定され、指令から18時間以内に作戦出撃が可能な態勢を取っている。

それぞれのレンジャー大隊は660名の兵員(定数580名および15%の予備人員)を有し、本部中隊および3個小銃中隊(各152名)に編制している。各中隊は、本部小隊と3個小銃小隊、武器小隊より編制されている。武器小隊は、2個迫撃砲班(それぞれM224 60mm 迫撃砲×1門、さらに予備1門)と、1個対戦車班(射撃組(3名)×3、それぞれにカールグスタフ無反動砲(RAAWS: Ranger Anti-Armor Weapon Systemと呼称)×1門)、狙撃班より編制される。また、大隊本部中隊には、12両のランドローバー(RSOV: Ranger Special Operations Vehicles)が配備されるほか、迫撃砲については、より大型だが強力なM252 81mm 迫撃砲またはM120 120mm 迫撃砲を選ぶこともできる。

RSOV

機動力を重視しているため、連隊は比較的に軽武装であり、支援火力としてはM120 120mm 迫撃砲、対戦車火力としてはジャベリン対戦車ミサイル、防空火力としてはスティンガー携帯式地対空ミサイル・システムなどといった人力担送が可能なものしか持っておらず、より強力だが大がかりな榴弾砲TOW短距離防空ミサイル・システムなどは保有していない。また、後方支援能力についても非常に限定されたものであり、補給品は5日分のみで、固有の輸送力もほぼ皆無である。従って、長期間に渡って戦闘を継続する場合には、空挺師団や海兵遠征旅団などといった、より大規模で強力な部隊の増援が必要となる。

訓練プログラム[編集]

教官から説明を受けるレンジャースクールの訓練生たち。

レンジャー連隊は、ジョージア州フォート・ベニングに連隊本部があり、ここにはレンジャー訓練旅団が置かれている。ここで、リーダーシップ訓練や長距離偵察訓練を施している。レンジャー部隊に志願できるのは、「空挺資格」を持つ陸軍兵のみである。将校はROP(レンジャー基礎指導プログラム)を、下士官はRIP(レンジャー教化プログラム)をそれぞれ受ける事になる。ここで志願者の肉体と精神両面の適性が評価される。ROPまたはRIPに合格したら、兵士はレンジャー訓練生としてレンジャー大隊に配属される。そこで、レンジャー式戦闘の基礎を学ぶ。これがレンジャー学校で過酷な2ヶ月のリーダーシップ課程で、通常は大隊に配属されて9から12ヶ月後に送られる。訓練課程には山岳戦森林戦の訓練も含まれており、訓練はレンジャー連隊以外の陸軍将兵も受講することができる。ROPやRIPの合格者がこの課程で脱落することはほとんどないが、もしも脱落した者は原隊に戻されることになる。合格した者は「レンジャー資格者」であることを示す、「レンジャー肩章」を与えられる。

歴代連隊長[編集]

Richard D. Clarke, Jr.大佐。
職名 在任期間 氏名 階級
連隊長 1984年~1985年 Wayne A. Downing 大佐
連隊長 1985年~1987年 Joseph S. Stringham 大佐
連隊長 1987年~1989年 Wesley B. Taylor, Jr. 大佐
連隊長 1989年~1991年 William F. Kernan, Jr. 大佐
連隊長 1991年~1993年 David L. Grange 大佐
連隊長 1993年~1995年 James T. Jackson 大佐
連隊長 1995年~1997年 William J. Leszczynski, Jr. 大佐
連隊長 1997年~1999年 Stanley A. McChrystal 大佐
連隊長 1999年~2001年 Purl K. Keen 大佐
連隊長 2001年~2003年 Joseph L. Votel 大佐
連隊長 2003年~2005年 James C. Nixon 大佐
連隊長 2005年~2007年 Paul J. LaCamera 大佐
連隊長 2007年~2009年 Richard D. Clarke, Jr. 大佐
連隊長 2009年~ Michael E. Kurilla 大佐

出典[編集]

  1. ^ 白石光『ミリタリー選書 29 第二次大戦の特殊作戦』イカロス出版 (2008/12/5)11頁

参考文献[編集]

第75レンジャー連隊 (アメリカ軍)が関わる作品[編集]

関連項目[編集]