朝鮮民主主義人民共和国
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- 朝鮮民主主義人民共和国
- 조선민주주의인민공화국
(朝鮮民主主義人民共和國) -


(国旗) (国章) - 国の標語: 強盛大国
(朝鮮語:강성대국) - 国歌: 愛国歌

-
公用語 朝鮮語 首都 平壌 最大の都市 平壌 独立 日本から1945年8月15日 通貨 北朝鮮ウォン(KPW) 時間帯 UTC +9(DST: 無し) ISO 3166-1 KP / PRK ccTLD .kp 国際電話番号 850 - 注1:2009年の憲法改正で、国家の最高指導者と憲法に明記された。
注2:最高人民会議常任委員長は形式上の国家元首として、外国の大使の信任状を受ける。
| 朝鮮民主主義人民共和国 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| チョソングル: | 조선민주주의인민공화국 |
| 漢字: | 朝鮮民主主義人民共和國 |
| 平仮名: (日本語読み仮名) |
ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく |
| 片仮名: (現地語読み仮名) |
チョソン ミンジュジュイ インミン コンファグッ |
| ラテン文字転写: | Chosŏn Minjujuŭi Inmin Konghwaguk |
| 英語表記: | Democratic People's Republic of Korea (D.P.R.Korea、DPRK) |
| 北朝鮮 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| チョソングル: | 북조선 |
| 漢字: | 北朝鮮 |
| 平仮名: (日本語読み仮名) |
きたちょうせん |
| 片仮名: (現地語読み仮名) |
プクチョソン |
| 英語表記: | North Korea |
朝鮮民主主義人民共和国(ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく、朝鮮語: 조선민주주의인민공화국)、通称北朝鮮(きたちょうせん)は、東アジアの朝鮮半島にある社会主義共和制国家。豆満江を挟んで中華人民共和国およびロシア連邦と、鴨緑江を挟んで中華人民共和国と、日本海を挟んで日本と接している。人口は約2300万人とされる。
軍事境界線(38度線)を挟み南半部の大韓民国(韓国)の統治区域と対峙している分断国家で、朝鮮戦争において中国軍両軍とアメリカ軍を中心とした国連軍の間で休戦協定が結ばれて以来、南北はあくまでも「休戦」中で、国際法上においてもいまだに戦争状態にある。ただし、朝鮮民主主義人民共和国の憲法上は朝鮮半島全体を領土と規定しており、「現在は北半部を統治している」との立場をとっている。
日本は、建国から現在に至るも朝鮮民主主義人民共和国を国家承認しておらず、国交も無い。
目次 |
[編集] 国名
朝鮮語による公式な名称は、"조선민주주의인민공화국"。漢字表記は「朝鮮民主主義人民共和國」だが、1948年の建国から漢字を廃止している同国では、漢字表記はあくまで「外国語」の扱いである。漢字を使用していないため、他に地名や人名の漢字表記も外国語扱いであり、公式の名簿での漢字名は存在しない。
高麗王位を簒奪して高麗王を称した太祖李成桂は、即位するとすぐに権知高麗国事と称して明に使節を送り、権知高麗国事としての地位を認められた。
明より王朝交代に伴う国号変更の要請をうけた李成桂は、重臣達と共に国号変更を計画し、洪武帝が「国号はどう改めるのか、すみやかに知らせよ」といってきたので、高麗のほうでは「朝鮮」(朝の静けさの国)と「和寧」(平和の国)の二つの候補を準備して洪武帝に選んでもらった。「和寧」は北元の本拠地カラコルムの別名であったので、洪武帝は、むかし前漢の武帝にほろぼされた王国の名前である「朝鮮」を選んだ、そして李成桂を権知朝鮮国事に封じたことにより朝鮮を国号とした。和寧と言うのは李成桂の出身地の名であり、現在では国号の本命ではなかったとの意見が多い。
公称の英語表記は"Democratic People's Republic of Korea"、略称は"D.P.R. Korea"、あるいは"DPRK"。
朝鮮半島の分断国家であることから、単純に「朝鮮北部にある国」として"North Korea"(これに対する意味で、韓国はSouth Korea)で表すことも多い。
- 韓国における名称
- 韓国では北韓(북한、プッカン)と呼称している(韓国も朝鮮半島全体を領土と主張しているため)。かつては蔑称として北傀(북괴、プッケ)が使われていたが、南北融和の影響で現在はほとんど使われていない。また、韓国で自国のことを「南朝鮮」と呼ぶ者はごく一部の民族民主 (NL) 系人士に限られる。「南韓・北韓」という呼び方が一般的である。
- 日本における名称
- 日本でも、韓国を朝鮮半島の正統国家として承認していることから北朝鮮(きたちょうせん)と呼ぶことが多い。これに対し、人民共和国政府や在日本公民団体の在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)は、自らを朝鮮の正統国家と主張する立場から、North Koreaまたは「北朝鮮」と呼ばれることを嫌って、「朝鮮」と表記してほしいと主張。マスコミに対して抗議やデモを繰り返した。しかし日本のマスコミには受け入れられなかったため、次に「共和国」と呼んでほしいと提案した。これも日本側には受け入れられず、最終的に、記事の最初に正式国名を一度だけ併称することを条件に、「北朝鮮」と呼ばれることを受け入れるという妥協が成立した[2][3]。冒頭での呼称は、テレビ・ラジオなどアナウンスの場合は「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」という形式であり、新聞など文の場合は「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」という形式であった。また新聞等では、この地域の在留者について「朝鮮人」と記述される。
- しかし、「北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律」(拉致被害者支援法)制定以後は、単に「北朝鮮」と呼ぶのが一般的になっている。背景には、2002年9月17日に行われた小泉純一郎首相(当時)の北朝鮮訪問およびそれを契機とする拉致問題に関する世論の高まりがある。現在では「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」などの呼称を採用しているマスメディアは、ほとんどなくなっている。さらに略して「北」と表現する場合もある(「北」は、冷戦下にソビエト連邦を指した呼称でもある)。
- その他
- 日本政府は、いまだ正式には朝鮮民主主義人民共和国を国家として承認していない。外務省の各国・地域情勢ウェブページでも「北朝鮮」と表記し、地域扱いされている。ただし、朝鮮民主主義人民共和国の国連加盟には賛成票を投じている。
[編集] 歴史
| 朝鮮の歴史 | |||||||||||
| 櫛目文土器時代 無文土器時代 |
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| 古朝鮮 | 辰国 | 檀君朝鮮 箕子朝鮮 衛氏朝鮮 |
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| 原三国 | 三韓 | 濊 | 沃 沮 |
漢四郡 | 高句麗 | ||||||
| 三国 | 伽倻 | 百済 | 高句麗 | ||||||||
| 新羅 | |||||||||||
| 唐熊津、安東 | |||||||||||
| 南北国 | 統一 新羅 |
安東 | 渤海 | ||||||||
| 後三国 | 新羅 | 後百済 | 後高句麗 | 渤海 | |||||||
| 高麗 | 双城 | 東寧府 | 耽羅 | ||||||||
| 李氏朝鮮 | |||||||||||
| 大韓帝国 | |||||||||||
| 日本統治時代 | |||||||||||
| 連合軍軍政期 | |||||||||||
| 大韓民国 | 朝鮮民主主義人民共和国 | ||||||||||
| * 朝鮮の君主一覧 * 大韓民国指定国宝 * 朝鮮半島を中国とみなす記述 |
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[編集] 朝鮮民主主義人民共和国成立以前
詳細は「朝鮮の歴史」を参照
前近代における朝鮮の王朝の特徴は、各王朝の存続期間が非常に長いことである[4]。実態が未だ不明確な古朝鮮を除き、覇権を競った高句麗、新羅、百済の三国、三国を統一した新羅を滅ぼした高麗、それを継いだ李氏朝鮮(大韓帝国)と、いずれも400年以上存続している[4]。
李氏朝鮮(大韓帝国)は、1910年の韓国併合により消滅し、日本(大日本帝国)の一部となった。第二次世界大戦において日本が敗北し、1945年9月2日の降伏文書調印により正式に日本の朝鮮半島統治は終了したが、直後から北緯38度線以南をアメリカ合衆国(米国)に、38度線以北をソビエト連邦(ソ連)に占領され、両国の軍政支配を受けた。その後、米ソ両国は朝鮮の信託統治実現を巡って決裂し、それぞれの支配地域で政府を樹立する準備を開始した。その結果、1948年8月15日にアメリカ軍政地域単独で大韓民国が樹立された。これに対して同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が成立し、朝鮮半島の分裂は固定化された。
[編集] 朝鮮民主主義人民共和国成立後
詳細は「朝鮮民主主義人民共和国の歴史」を参照
南北朝鮮の両国は、互いに「朝鮮における唯一の正統な政府」であると主張して対立を深め、遂には1950年に北朝鮮が韓国に対して侵攻することにより朝鮮戦争に至った。朝鮮全土を破壊した戦争は1953年に休戦を迎えたが、軍事境界線が制定されたことで朝鮮の分断が確定化された。朝鮮は現在も停戦状態のまま南北に分断されており、分断が固定された状態は50年以上続いている。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、金日成が建国当初から1994年の死去まで最高指導者の位置を占めた。金日成の死後、実子である金正日が1997年に朝鮮労働党中央委員会総書記に就任した。そして1998年には、憲法改正で国家主席制を廃止する[5]と共に、最高人民会議で国防委員長に再任されることで事実上の最高指導者となった。一方で独裁体制のもとで経済が低迷し、冷戦構造の崩壊によって国際的にも孤立した状態となった。北朝鮮政府は経済支援を引き出すために、多くの国に対し国交樹立に向けて取り組みを行なった。その結果、1999年以降に相次いで国交を樹立した他、2000年には南北首脳会談の開催に成功した。しかし、核兵器開発計画を巡って、アメリカ合衆国との間では緊張状態が継続した他、日本との国交締結交渉は、日本人拉致問題や韓国併合およびその統治に対する賠償などで意見が対立し、締結には至っていない(日本統治時代の賠償に関しては、日韓基本条約により問題が更に複雑化している。当該項の北朝鮮に関する記述を参照)。
朝鮮戦争後、朝鮮民主主義人民共和国は、他の社会主義国家から支援を受けながら経済を発展させ、1970年代までは大韓民国に対し国力で優位を保っていた。しかしその後経済事情が悪化、特にソ連崩壊によるソ連からの重油供給停止が引き金となり、1990年代半ばにかけて経済は混乱し破綻状態となった。同時に国内各地では食糧不足が深刻化し、各国の支援にもかかわらず、食料配給制度の崩壊などにより内陸の農村部を中心に餓死者が出る事態となった(苦難の行軍)。それに伴い、多くの人々が食料を求めて中華人民共和国へと密入国し、脱北者問題が国際的に注目されるようになった。
1999年以降は、中韓両国の経済協力などによって、一時は破綻に瀕した経済は一応の安定をみた。もっとも、経済状況は、いまだ1970年代の水準で停滞を続けている。
[編集] 政治
詳細は「朝鮮民主主義人民共和国の政治」を参照
政治体制はチュチェ思想(主体思想。即ち朝鮮民族の主体主義)に基づく社会主義体制(社会主義人民共和制)をとる。
1994年の金日成の没後空位となっていた国家主席職は1998年に廃止され、その後は元首に関する規定は憲法上明文化されていない。以降、外国使節の信任状などを取り付ける役割を果たす最高人民会議常任委員会委員長(1998年より金永南が務める)が形式的には元首として取り扱われてきたが、実権は金日成の実子である金正日が朝鮮労働党総書記、朝鮮人民軍最高司令官、共和国国防委員長として一貫して握ってきた(社会主義国での最高権力者の世襲は、あまり多くない)。1998年、金正日が国防委員長に推戴される際、国防委員長職は「国家最高の職責」と表現された。2009年の憲法改正により国防委員長の権限がさらに強化され、「国家の最高指導者」と憲法に明記された。
事実上の一党独裁制を担う朝鮮労働党(注)の支配組織としての形骸化が指摘されており、1997年から先軍政治を掲げて、国防委員長の金正日の個人独裁体制となっていると推測する声も根強い[6]。だが1994年に発表された金正日論文を当時の金永春人民武力部長が1998年の金正日政権成立5周年記念において「党と軍の対等性」を主張、一党独裁の崩壊=社会主義の崩壊を意味するものとなる。後の強硬改憲で国防委員長を最高指導者とし、実質の軍事独裁体制の成立となった。一説では、最近の金正日の指導の様子が以前と変わり即断即決でないなど、独裁から集団指導体制へと変化したのではないかという説がある。
北朝鮮において数多くの人権問題が起きたとして、人権団体や国際連合(国連)、アメリカ合衆国等の諸外国は、北朝鮮を強く批判している(ただし日本の人権団体はあまり批判に積極的ではない)。
2011年12月17日、金正日は現地視察中の列車の中で心筋梗塞になり、応急処置が行われたが8時30分、69歳で死去した。[7]。金正日の後継者としてはその三男の金正恩が指定され、権力掌握に動いている。
また北朝鮮核問題も参照。
[編集] 公職選挙
現行の「朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法(1998年9月5日付、最高人民会議第10期・第1回会議にて改正)」は、第1章(政治)第5条において、「朝鮮民主主義人民共和国における全ての国家機関は、民主主義中央集権制原則によって組織され運営される」と規定され、人民会議の代議士は直接選挙によって選出されることになっており、選出された最高人民会議ないしそれによって任命された内閣・国防委員会からなる中央政府、地方人民会議によって任命された地方政府とも、国民の総意によって委託され運営されることと定められている。
代議員選出選挙は、4年に1度、国政選挙である最高人民会議選挙と地方人民会議選挙に分けて行われる。地方人民会議選挙においては、道ないし直轄市、市、郡ないし区域の人民会議の選挙を全て同日に行う統一地方選挙の形をとる。選挙権は数え年17歳以上の者が持つ。選挙区は小選挙区制をとり、選挙区は630程度、最高人民会議の代議員は各選挙区定員1名、地方人民会議では定員総数26,650名程度が設定されている(2003年8月実績)。選挙区は、「第○○○号選挙区」として全て数字で表示されており、選挙区番号の付与も地続きではないため、選挙区名を見るだけでは選挙実務担当者以外どの地域を示しているのかを理解することができないようになっている。 出馬する選挙区についての規定は全く無いに等しく、党委員会の恣意的選定によって決定される。例えば、1982年から6期連続当選している金正日総書記は、毎回異なる選挙区から出馬している。 また、事実上の朝鮮労働党による一党独裁体制であるため、比例区を設定するという概念はない。
被選挙権については、名目上は成人なら誰でも立候補できることになっているが、選挙運営上は朝鮮労働党・朝鮮社会民主党・天道教青友党の公認候補以外が立候補することはできず、そしてすべての選挙区で1名しか立候補しないため、実態は選挙というよりも当選予定者の信任投票の形となっている。
選挙日が公示されると、まず有権者の登録が行われ、疾病や障害などで投票できない者は登録除外される。この期間中には、国境や海上はもちろん、各行政区域間の移動証明書の発給が極めて厳しく取り締まられるようになり、事実上の移動制限措置がとられる。有権者登録が終わると、「全員賛成投票しよう」という主旨のスローガンがメディアや選挙ポスターで啓蒙され[8]、各人民班や社会団体・機関ごとに賛成投票を督励する行事や決意集会が開催される。この際、投票督励のスローガンのみならず、「人民主権の参加で、先軍政治を一層輝かそう」といった類の政治スローガンもしばしば好んで用いられる。
ただ、上記のようなスローガンは活発に叫ばれる一方で、立候補者の略歴や政策・公約などの詳細についてはほとんど広報されず、信任の判断を下そうにも選挙当日まで立候補者の政策どころか誰が立候補しているのかが不明なことさえしばしばあるため、有権者が立候補者の政策を斟酌して投票できるようにするための民主的な選挙活動とは言いがたい。
投票日当日には、投票所に入場した者の住民登録を確認して有権者登録者であることを人定され、有権者は投票場に隊列をなして入場し、順に投票用紙を受け取る。この投票用紙はあらかじめ「○○○氏を○○人民会議の代議員として賛成します」と印刷されており、候補者に賛成の場合には何も書かずに投票、反対の場合には×表示を記入してから投票することと規定されている。名目上は秘密投票であり、周囲の視線を遮断した記票所が設けられているが、反対投票を行う時のみ投票用紙に記入を行わなければならず、そしてその記入をするための記票所は列を外れたところに設けられている。元より賛成票を入れるつもりの投票者はわざわざ反対投票の嫌疑をかけられるような記票所に立ち寄ることなく直接投票箱に投函するため、記票所に立ち寄った者は反対者であるとすぐ分かるようになっており、事実上、投票の秘密が保護されない公開投票となっている。また、反対投票を想定していないため、記票所には筆記用具が用意されていないことも多い。
記票所に立ち寄ってから投票した者は反対投票をしたと見なされ、選挙場退出と同時に反革命分子として保衛部に勾引され、重い尋問を受けた上で特別監視対象とされたり、本人ないし家族が強制収容所に収容されることもあるため、社会的不利益を被る可能性がある反対票を入れる人はほとんどなく、投票者のほぼ全員が賛成票を投じる。
投票率は毎回99.8か99.9%という高率となっているが、これは投票に参加しない者も反革命分子に分類されて特別監視対象とされるため、これを嫌う有権者は、有権者登録以降に死亡した者や、当日やむを得ない重病や重大な負傷を負った者以外ほぼ全員投票するためである。仮病や虚偽の怪我でないかについては、保衛部の確認調査がなされる。このため、事実上、義務投票制となっている。
各選挙区ごとの開票結果については一切公にされることはなく、国営放送の朝鮮中央テレビで全選挙区をまとめて、「99.9%投票参加、100%賛成」といった、おおまかな選挙結果だけが公表され、仮に反対票を投じた者があっても、賛成者は100%であったと報道されるのが常である。そもそも、先述の理由から全選挙区で有権者のほぼ全員が投票に参加し、賛成票を投じるため、詳しい結果を公表する必要がない。
総じて、民意を汲(く)んで代議員を選出するための選挙であるというよりも当選信任予定者の信任投票であり、対内的には、有権者登録作業において世帯や人口を把握する国勢調査的手段として、あるいは朝鮮労働党の施政に対して国民が誠意を持って参加できるかを試し強制的に人心を掌握する手段として、対外的には、他の民主主義国に対して国民主権によって政権が運営されているとの政権正統性を誇示するための手段としての、政治的儀礼にすぎないとされている。このような手法は、北朝鮮に特有のものではなく、ソ連・東欧の諸国やかつての中国などで広く見られる態様であった。
[編集] 報道規制
2010年現在の北朝鮮には、指導者たる金正日の体制を維持するための一つの手段として、指導者が情報を一手に握って管理統制し言論の自由・報道の自由が無い国とされている。2006年5月2日にジャーナリスト保護委員会が作成した検閲国家ワースト10のリストでワースト1位となった(詳しくは検閲国家ワースト10のリストを参照)。また国境なき記者団が2007年に発表した世界報道自由ランキングでも169か国中168位と極めて低い順位となっている(2002年 - 2006年の5年間、北朝鮮は連続最下位だった)。
また実際に北朝鮮にあるラジオ、テレビ、新聞は政府の統治下にあるため、同国のマスメディアは政府や朝鮮労働党に都合の悪い情報を国内に対しては一切報道しない。また国外向けにも何らかの形で国民に届き、かつ理解し得る朝鮮語では報道されない。テレビやラジオではニュース番組の生放送すらできず、事前に録画ないしは録音して当局の検閲を通過したもののみが放送される。
外国のラジオ放送やテレビ放送を国民が受信することは法律によって厳しく規制されており、国内で流通しているラジオ受信機は周波数を自由に選択できない。北朝鮮のインターネットも国外のウェブサイト(朝鮮総連などの北朝鮮関連のサイトは除く)には自由に接続することもできないとされている。
さらに、外国通信社が平壌に支局を開設しようとする場合、朝鮮中央通信社と業務提携を結び、記事配信にあたって朝鮮中央通信の指導を受けなければならないとされている。このため、西側諸国の通信社で平壌支局があるのはロイターとAP通信(実際は子会社が運営)、共同通信社に事実上限られている。
ただし、例外として2010 FIFAワールドカップのときはマレーシアから電波がそのまま飛ばされたため、資本主義国の広告などもそのまま放送されていた。
[編集] 朝鮮民主主義人民共和国の階級
「出身成分」を参照
[編集] 軍事
詳細は「朝鮮人民軍」を参照
「先軍政治」を掲げ、何よりも周辺諸国からの脅威に備えるため軍備拡充に力を入れている。過去数十年にわたり国防のために莫大な資源をつぎ込み、世界で5番目に大きい100万人を超える軍隊を有し、国内総生産 (GDP) に占めるその比率が高い。推定軍事費 (CIA) 年間6000億円のうち4000億円強を核兵器・ミサイルに集中配分している。一方で、通常兵器は旧式の上、財政難のため、戦闘機や戦車の訓練用燃料すら確保が難しいとされており、兵器の性能、兵の練度ともに韓国軍との差は歴然と考えられている。世界最大規模の特殊部隊と米陸軍45万の2倍の90万の兵力の歩兵主体の地上軍を持ち、散開・分散が必要な核戦争に特化した構成となっている。
化学兵器禁止条約に加盟しておらず2500-5000トンの化学兵器を蓄積する化学兵器大国である[9]。停戦ライン地帯の北朝鮮砲兵は毒ガス砲弾や通常砲弾をソウルに撃ち込む能力を有している。1994年に米国が北朝鮮の核兵器生産施設を空爆しようとしたとき、北朝鮮は「(核施設が空爆されたらその報復に)ソウルを火の海にする」と恫喝し、韓国の金大中は訪米して空爆中止を嘆願した。結果として1994年米朝枠組み合意で北朝鮮の核施設は運転停止によって空爆破壊を免れ、2002年に運転を再開し、2006年の核実験に至っている。
北朝鮮は国境の戦車を旧式なまま放置している一方で、多額の費用を投入して「移動式」弾道弾を買い揃えており、韓国を狙うスカッド改を500基、日本を狙うノドン200基、太平洋まで飛ばすことのできるテポドンを整備している。米国とロシアを狙う弾道弾が500基であり、中国の日本を狙う核弾道弾ですら25基なので、500基・200基という数は極めて大規模な国防のボディビルディングである。日本にある在日米軍基地の攻撃機による北朝鮮核攻撃の可能性に対する自衛的抑止力としての配備なら20基あれば充分であり、北朝鮮側の「抑止力・自衛のため」という説明は軍事的には200基を超える対日弾道弾の過剰配備という実態と乖離しており、北朝鮮側の弾道弾過剰配備の真意について透明性が問われている(軍備は際限ない軍拡を避けるため、隣国と一定比率にするのが一般的である。防衛省防衛研究所研究官の武貞秀士のように北朝鮮は日米に核または化学ミサイルを突きつけて牽制しつつ韓国を核恫喝で併合する意図で核武装を進めてきたと観測する専門家もいる)[10]。
加えて、北朝鮮は韓国のPSI参加表明を「宣戦布告」であると非難していることから、弾道弾その他大量破壊兵器および周辺技術を輸出して外貨を稼ぐ思惑もあるとされる。
なお、北朝鮮は少なくとも、現在、日本に向けている200基を越えるノドン弾道弾に、化学兵器弾頭を装着して日本の大都市を攻撃し、大量の死傷者を出す物理的能力を有していると見られている[11]。米国の調査機関ISISの報告書[12]によれば、ノドンに装着可能な粗悪な核弾頭を3発以下既に保有している、つまり東京を核攻撃できる能力を保有している可能性すらあると観測されている。また、核弾頭を量産し、日本を狙うノドン200基を数年で全て核弾頭付きにするのに必要な50MW/200MW大型黒鉛炉を建設中であった。ちなみに同大型黒鉛炉は「2007年合意において、米国と北朝鮮の妥協により無力化・解体対象から除外された」。
詳細は「北朝鮮核問題」を参照
[編集] 人権問題
アメリカ合衆国など資本主義国を中心とした「有志連合」諸国側からは、「悪の枢軸」の一国とされている。2005年には国連総会本会議において「北朝鮮の人権状況」決議が採択されている。多くの国々が、同国について、国政が軍国主義的、言論の自由や基本的人権が尊重されていない、といった認識をもっている。亡命者(脱北者)の証言からうかがわれる数多くの政治犯収容所(強制収容所)の存在、また自国民の殺害・圧政を理由にアメリカを中心とした国際社会から非難されている傾向がある。かねてよりアメリカから「テロ支援国家」として指定されていたが(2008年10月テロ支援国家の指定は解除された)、これは1987年11月の「大韓航空機爆破事件」が直接の契機である。よど号ハイジャック事件を起こした赤軍派(よど号グループ)を匿っている問題や、ミサイルなどを違法に輸出していること、国家規模でのドル紙幣偽造(通貨テロ)の疑いが濃いことも理由と考えられる。
[編集] 国際関係
詳細は「朝鮮民主主義人民共和国の国際関係」を参照
2011年現在、国交のある国は162か国である(現在、大韓民国、アメリカ、日本、フランス、エストニア、イスラエルなどとの間で国家承認はされていない、及び国交は無い)。
国境を接する中華人民共和国およびロシア連邦と密接な関係を維持してきた。しかしロシアからの経済支援は冷戦終結後ほぼ途絶えている。現在でもロシアとは友好関係であるが、NHKの『ドキュメント北朝鮮』ではプエブロ号事件により、元ソビエト連邦共産党中央委員会であったワジム・トカチェンコ(ソ連における極東政策の第一人者であった人物)は北朝鮮の危険性を告白し、北朝鮮と一切の関係を持つべきでないと警告している。
詳細は「プエブロ号事件」を参照
朝鮮戦争未解決のため敵国のアメリカ合衆国(米国)とは現在も冷戦対立している。2003年8月以降、核問題を中心に、日本、韓国、ロシア、中華人民共和国、米国と共に六者会合(六ヶ国協議)を実施している。北朝鮮と米国が互いに譲歩せず、膠着状態が続いていたが、ブッシュ政権末期のヒル国務次官補の譲歩により事態の推移は見られた。しかし交渉の進展は見られない。
韓国人、日本人、レバノン人などを始めとした複数国の国民の拉致、日本・韓国に存在する工作員、諸外国に対する麻薬の密輸、過去にも当局が否定する大韓航空機爆破事件、ラングーン事件、北朝鮮国内の人権問題などの問題がある。工作員は、以前は国内でもAMラジオで聞ける「平壌放送」(中波657kHz)にて暗号電文(乱数放送)を使い指令を送っているとされてきたが、2000年に終了。モールス信号や、携帯電話やコンピュータの電子メールを使って指令しているとの説もある。
1980年に、大韓民国に対して朝鮮半島統一国家の案として高麗民主連邦共和国創設を提案した。
1992年4月20日、「社会主義偉業を擁護し前進させよう」(平壌宣言)が採択された。この宣言には金日成主席の80歳の誕生日に集まった世界70の政党代表(うち48人は党首)が署名した。その中にはソビエト連邦や東欧で新たな社会主義運動を展開している諸政党が含まれる。
[編集] 大韓民国との関係
1950年に起こった朝鮮戦争で朝鮮半島の分断は決定的となった。その後も、南北双方ともに相手方の支配地域は自らの領土であると主張し続けていた。北朝鮮は長らく首都をソウルと定めていたが、1972年の憲法改定によって初めて首都を平壌と定めた。これは近いうちの南北統一を断念したものと多くの人から受け止められた。
北朝鮮に対して激しい敵視政策を取っていた大韓民国(韓国)は北派工作員を送り込むなどしていたが金大中政権発足の頃からクリントン政権期のアメリカ合衆国に歩調を合わせて(あるいは歩調を合わせざるを得ずに)融和的な政策に転換した。融和的態度を国内から批判され敵対的言動へとシフトした金泳三時代を反省した金大中政権は、対北朝鮮政策の融和化を「太陽政策」と呼んで説明した。しかし北朝鮮による2006年の核実験以降、韓国国内でも北朝鮮への批判が高まり、経済支援は停止された。韓国国民の世論は、血縁や兄弟が北朝鮮に住む者も多く、北朝鮮に同情的だが、核実験後は太陽政策への批判が一時強まった。2008年に李明博政権が太陽政策を改める政策や軍幹部の失言も相次いだ。こうしたことから北朝鮮の戦闘機が軍事境界線付近に飛来、韓国側もスクランブル発進するなどして、一触即発の状態が続いた。更に、2009年1月17日には、北朝鮮が韓国との「全面対決」を宣言するなど、李明博政権発足以降の南北関係は緊張が高まっている。
韓国人拉致(拉北)問題、北朝鮮の経済的な破綻や人権問題などもあり、南北統一の実現には未だ少なからぬハードルが残されている。失敗国家ランキング12位の北朝鮮と152位の韓国とは経済力に差がありすぎるために統一したら韓国の経済に影響が出ると懸念がある。1980年には、北朝鮮が高麗民主連邦共和国創設と、(統一より)低い段階での連邦制を提示した。冷戦終結以後は雪解けが進み、南北国連同時加盟や共同声明として結実。
大韓民国は、北朝鮮のことを、北と呼ぶことがある。
詳細は「朝鮮統一問題」を参照
[編集] ロシアとの関係
ソビエト社会主義共和国連邦(旧ソ連)政府と1961年7月に「ソ朝友好協力相互援助条約」を締結して軍事同盟を結んだが、1991年のソ連崩壊や冷戦終結などの国際情勢の変化によって1996年に同条約は破棄され、新たに、2000年にロシアと「ロ朝友好善隣協力条約」を締結したが、同条約では軍事同盟の条項は削除されたが親密な友好関係は維持されている。
[編集] 中国との関係
中華人民共和国政府とは今でも緊密な関係(中朝友好協力相互援助条約)を維持しており、金正日の訪問回数もロシアに比べれば多い。また中国は北朝鮮の独裁体制を配慮している。例えば中国では北朝鮮批判の本を発禁にしており(詳細は中国の人権問題)、脱北者の強制送還に積極的である。2010年にはBRICsとして目覚しい発展を遂げる中国が北朝鮮に対し、北朝鮮の国家予算7割分を投資する事が決定した。
なお、中国の北朝鮮に対する歴史的な宗主国-属国関係や中国の北朝鮮に対する政治的・経済的影響ゆえに、北朝鮮を中国領土、もしくは中国の植民地と見なす報道や記述が世界各国で存在する。
詳細は「朝鮮半島を中国とみなす記述」を参照
[編集] 日本国との関係
日本政府は1965年の日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(日韓基本条約)により、大韓民国を「朝鮮半島唯一の国家」としているため、北朝鮮を国家として承認していない。従って、正式な外交関係(いわゆる国交)はない。かつてはパスポートに "This passport is valid for all countries and areas except North Korea(Democratic People's Republic of Korea)."(「このパスポートは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を除く全ての国と地域で有効です」の意味)と記載される渡航先適用除外条項があった。1991年からこの条項は削除されたものの、依然として政治的・軍事的な対立から緊張した関係が続いている。
日本には多くの永住権を持つ朝鮮籍(北朝鮮国籍とは異なる)の人々が生活をしており[13]、北朝鮮が国外で外貨を得る窓口的な役割を担っている。
2002年9月に小泉純一郎首相は電撃的に北朝鮮を訪問して、金正日総書記と初の日朝首脳会談を実現し、17日日朝平壌宣言に調印した。この訪問で金正日は北朝鮮による日本人拉致を「一部の英雄主義者が暴走した」として公式に認め、5人の拉致被害者の帰国となった。しかし「8人死亡・1人行方不明」とする北朝鮮側の回答は日本側から見て到底承諾しかねるものに映り、拉致被害者の家族の帰国が拒まれるなど、関係者を中心に不満が噴出し、世論も北朝鮮に対して強く反発を見せ、日朝国交正常化交渉そもものが暗礁に乗り上げている。
2005年頃まで貿易関係は存在しており、日本への船舶の入港は年間千数百隻に上っていた。内訳は、日本からの輸入は輸送機器が中心で、日本への輸出は水産物が中心であった。
しかし、2006年10月9日の北朝鮮の核実験やテポドンなどのミサイル発射事件を受けて、日本政府は「厳重に抗議し、断固として非難する」との声明を発表し、安倍内閣から本格的な拉致被害者の解放を目指し、日本独自の制裁の実施は現在も続いている。制裁の一環として、海外危険情報では、通常の治安・政情の程度によって出される勧告とは別枠で、渡航の自粛を勧告している。これにより北朝鮮船籍の船舶の入港は禁じられ、輸出入も停止されている。
2008年5月31日、北朝鮮軍部が「日本の反動勢力は、日本列島がわが革命的武装力の容赦ない打撃圏(攻撃圏)内にあるということをひとときも忘れてはならない」と警告し敵対姿勢を改めて鮮明にしている[14]。
2009年6月、アメリカ国際政策センターのセリグ・ハリソンは米下院外交委員会の公聴会で証言し、北朝鮮が戦争状態に陥った場合、「北朝鮮は報復として韓国ではなく日本か在日米軍基地を攻撃するだろう」と予測した[15]。
[編集] 行政区域
조선일보 NKchosun.com - 지리(행정구역 현황)等を参考にした。
- 直轄市
- 平壌直轄市(ピョンヤン=ジカルシ)
- 特別行政区
- 新義州特別行政区(シニジュ=トゥクピョルヘンジョング)
- 工業地区
- 開城工業地区(ケソン=コンオプチグ)
- 観光地区
- 金剛山観光地区(クムガンサン=グァングァンジグ)
- 道
- 江原道(カンウォン=ド)
- 両江道(リャンガン=ド)
- 慈江道(チャガン=ド)
- 平安南道(ピョンアンナム=ド)
- 平安北道(ピョンアンプク=ト)
- 咸鏡南道(ハムギョンナム=ド)
- 咸鏡北道(ハムギョンプク=ト)
- 黄海南道(ファンヘナム=ド)
- 黄海北道(ファンヘプク=ト)
[編集] 地理
朝鮮半島全域を領土であるとし、そのうちの軍事境界線(38度線)以北およびその属島を統治している(38度線以南は、実際には韓国政府が統治しているが、朝鮮民主主義人民共和国では地域を指す表現としての「南朝鮮:남조선 ナムチョソン」が用いられている)。
なお、韓国も同じく朝鮮半島全域を領土であるとしている。韓国では、朝鮮民主主義人民共和国を、自ら統治できない38度線以北の地域をさす意味で「北韓:북한 プッカン」と呼ぶ。
また、朝鮮民主主義人民共和国の憲法で定められる首都は、1972年までソウルとなっており、平壌は当時「臨時首都」の扱いだった。しかし1972年憲法制定で、首都は公式に平壌に変更された。もちろん、実質的な首都機能はそれ以前から平壌に存在している。
気候は寒冷で、亜寒帯に属する。
[編集] 経済
「朝鮮民主主義人民共和国の経済史」を参照
北朝鮮は厳格な情報統制下にあり、信頼に値する統計も十分には公表されておらず、このことが北朝鮮経済の実態の把握を困難にしている。国外の機関・研究者によるマクロ経済指標推計の試みもあり、毎年公表される韓銀(韓国銀行)によるGDPの推計などがある。韓銀の推計では韓国の物価・付加価値率が用いられている。CIAも韓銀やアンガス・マディソンの推計などを加工するなどして推計値を発表している。
朝鮮日報系の月刊朝鮮元編集長でジャーナリストの趙甲済によると、北朝鮮の実質的な一人当たりのGDPは300ドルという。北朝鮮は経済統計を発表したことがなく、韓国側が非常に古いモデルで推計し、1000ドル程度と過大評価しているという。趙は、「もし北朝鮮住民たちが一人当たり1000ドルの所得を享受するようになれば、地獄から天国に移住したような衝撃を受けるだろう」と述べている[16]。
韓銀の推計によれば、GDPの構成では農・林・水産業が23.3%、鉱・工業29.6%、電力・ガス・水道4.5%、建設9.0%、サービス産業が33.6%を占めている(2006年)。また就業人口の36%を第一次産業が占める。また軍需産業が経済活動の大きな割合を占め、資源の偏った配分が経済疲弊の一因となっている[17][18]。
農業が経済に大きな割合を占めるが、もともと山がちでやせた土地も多く、農業に適する地域が少ないため、ソ連の援助で得た化学肥料や農薬を大量に利用して食料自給を維持していた。しかしソ連崩壊によるエネルギー不足の影響で農業生産が大幅に減退した。その結果、食糧が乏しくなって各地で飢えが発生し、国外からの食糧支援に大きく依存している。
日本統治時代には南部(現:大韓民国)の農業に対して、北部は鉱工業を促進する政策を取っていたが、独立後は設備投資の失敗により老朽化が目立つ。さらに外貨不足、質の悪い石炭や送電ロスに起因する電力不足、資材不足により工業の生産能力は非常に低い状態となっている。工業では、基本的には「大安の事業体系」(テアンの事業体系)と呼ばれる社会主義的な工業経営管理方式が採用されており、農業では、基本的には青山里方式(チョンサンリ方式)と呼ばれる社会主義的な農業経営管理方式が採用されている。
1990年代以降縮小した農業や鉱工業に対しサービス産業は比較的堅調で、経済に占めるウェイトは拡大したと推計されている。例えば南北交流による観光産業の成長が挙げられる。また配給物資の不足により自由市場など非国営部門の経済活動が活発化した。
資源としては石炭や鉄鉱石、タングステン他の希少金属をはじめとした鉱物資源が比較的豊富である。しかし、採掘する設備が非常に旧式であるほか、電力、水道などの基本的なインフラの状況が非常に悪いため、生産性は高くない。また松茸や魚介類なども豊富で、日本などに輸出して貴重な外貨獲得源になっている。他には、銃などの小火器やミサイルなどを始めとした武器や、極めて精巧な偽札、覚醒剤、偽タバコなどの輸出により、外貨を獲得しているとされる。
1990年代中盤には、慢性的な不況状態にあり、水害による農作物不足も追い討ちをかけ、国民の餓死も多かったと言われている。発電所が稼動しないため国内の電力事情が極度に悪く、工場や鉄道が動かないことが多く、生産活動にもかなりの支障を来しているとされていたが、1999年以降は中華人民共和国との経済関係が活発化し、鉄鉱石や石炭鉱山の権利を中華人民共和国の企業に売却するなどの効果が現れ、同年の経済成長率は6.2%と久々にプラス成長に転じ、その後4年間はそれぞれ1.3%、3.7%、1.2%、1.8%の成長を記録する等経済状況がやや好転したと言われる。2004年以降、電力事情も好転しつつある。しかし核実験に伴う経済制裁のため、2006年後半以降再び経済が悪化し、同年の経済成長率は8年ぶりのマイナス成長となる-1.1%となった。国内にある一部の非国営部門の活発化や海外支援などがあるものの、依然として国民生活が厳しい状態が続いており、韓国との経済格差は、1970年代初頭までは北朝鮮がその経済水準を上回っていたが、以降は拡大する一方である。
1990年代後半から経済改革が行われ、その一環として2002年7月に「経済管理改善措置」と題する賃金と物価の改定が行われた。同時期に、経済における市場的要素を一部許容した。その後、市場的要素が公式的にも非公式的にも広がり始め、その中で比較的順調な軽工業と生産正常化の遅れている重工業といった国営企業間の格差や国民の間での所得格差など、新たな問題が発生している。2009年の朝鮮日報の報道では北朝鮮の対外貿易の80%以上を中国が占めるとされている[19]。
また金日成生誕100年となる2012年に向けて、「強盛大国の大門を開く」というスローガンを掲げている。この強盛大国とは、軍事、政治においては北朝鮮はすでに一流であるとし、経済の活性化に重点を置くとされる政策である。平壌では2012年を控えて建設ラッシュの様相を呈しており、中国資本が大量に投資している[20]。大学生や軍人なども総動員され、アパートの建設が進められているが、資金や資材が不足している[21]。自力では目標達成が難しいので、中国企業との合弁経営が急増している[22]。平壌では市民生活の向上や大規模な工事が進められている一方、地方では電力や住宅、物資が不足していると報道されている[23]。
通貨は朝鮮民主主義人民共和国ウォン(KPW)。アメリカの評論誌Foreign Policyによれば、2007年調査時点で世界で最も価値の低い通貨トップ5の一つ。為替公式レートは1ドル=141ウォン(1ウォン=約0.87円)だが、闇レートは1米ドル=2500ウォン以上(1ウォン=約0.05円以下)[24]。2009年11月30日には、1982年以来となる5度目のデノミネーションを実施し、実態経済がさらに混乱したため、交換レートはさらに悪化しつつある。
[編集] 国民
朝鮮は古代より、「陳勝などの蜂起、天下の叛秦、燕・斉・趙の民が数万口で、朝鮮に逃避した。(魏志東夷伝)」「辰韓は馬韓の東において、その耆老の伝世では、古くの亡人が秦を避ける時、馬韓がその東界の地を彼らに割いたと自言していた。(同前)」という様に、国を割いてまで秦の亡民の建国を許しているように、多様な経路からの異民族の移住が多く、また、朝鮮半島中・西北部は楽浪郡、真番郡、臨屯郡、玄菟郡の植民地漢四郡が置かれ、漢の植民地だった時期に漢族が移住して土着化し、東北部は高句麗人、渤海人、女真人等ツングース民族の流入が相次ぎ、また、高麗時代前時期にかけて、異民族が23万8000人余りも帰化したが[25]、李氏朝鮮時代から日本統治時代にかけて住民の均質化が進み、ほとんどが朝鮮民族となっている。韓国・北朝鮮両国は単一民族国家意識が強いのが特徴的である。
[編集] 人口・人権・食糧問題
北朝鮮の人口統計は、政治的要因および統計制度・調査方法の不備から、ある程度の誤差があると考えられている。
北朝鮮政府が人口センサスを実施したのは1993年末に1回のみであったが、2008年10月に国連人口基金の支援下で新たな人口センサスが実施された。これによる暫定集計の結果は、総人口24,051,218人、内男性が11,722,403人、女性が12,328,815人である[26][27]。米国CIAのザ・ワールド・ファクトブックによれば2011年7月での推定人口は24,457,492人(男性:11,850,436人/女性:12,607,056人)である。平均余命は68.89歳(男性65.03歳、女性72.93歳)、出生率は人口1000人当たり14.51人、合計特殊出生率は2.02人、幼児死亡率は1000人当たり27.11人となっている[26]。WHOの推計では、平均寿命は男性65歳、女性68歳(2005年)となっている[28]。国連の推計では現在の平均寿命が1980年代後半より4歳下回っているとされている[29]。
元BBC記者である英国のジャーナリスト、ジャスパー・ベッカーが、国連などのデータをもとに指摘しているところによると、金日成が死去した直後の1995年、国連が調査した北朝鮮の人口は2400万人だったが、いまやその人口は1900万人に減っているという。わずか10年余りの間に500万人も餓死しているという[30]。また、朝鮮日報系の月刊朝鮮元編集長でジャーナリストの趙甲済が高位級の脱北者から聞いた話として、2005年北朝鮮労働党の核心部署が最高人民会議代議員選挙のための人口調査をしたところ、1800万人という数字が出たという[31]。李英和関西大学教授も、「90年代に2300万人の人口だった北朝鮮が、数百万人の餓死者をだし、その人口を維持できるわけがない。現在の北朝鮮の人口は2000万人を切っている」という主旨の発言をしている[32]。
1980年代以降、ソビエト連邦など共産圏からの援助が激減しエネルギー不足となったのをきっかけに、国内の食糧事情が極度に悪化し、数百万人以上の国民が餓死したと言われる。北朝鮮政府は、食糧危機の原因を水害や旱害などの天災としているが、それは主たる原因ではない。真の原因は、エネルギー不足により肥料生産が減り、肥料や食料の運搬が困難になったことと、各地域の天候や現状は無視して、首都から各地方へ画一的な主体農法を押しつけた、北朝鮮政府の非現実的な食糧生産政策が原因とされる。また、生産された食糧のかなりの部分を、各地の労働党幹部が確保し、一般国民へ食糧が届かないことも、餓死の大きな原因とされる[33]。西沿岸が干ばつに見舞われた1997年6月[33]、ウナ丼の好きな金正日総書記[34]が、人民の食生活向上を狙い、集約化に向き栄養価の高いナマズの養殖発展を指示し、以来力を入れている[35]。
また刑務所や政治犯収容所などの強制収容施設で多数の人々が殺害されたと言われるが、北朝鮮政府は政治犯収容所の存在を否定している。しかし政治犯収容所の収容者や警備兵などの多数の証言によれば、収容所内で裁判なしに多くの人が日常的に殺害されており公開処刑も行われているといわれる。
餓死と強制収容施設での問題の他、食糧問題と人権問題を原因とする、多数の国民の北朝鮮からの脱出、いわゆる脱北も、人口減の原因である。北朝鮮と接する中国東北部には、北朝鮮から逃れた人々が数十万人以上滞在しているために中華人民共和国は国境地帯の警備を強化している。
2010年3月25日、日本やEUなどが提出した、北朝鮮の人権状況を非難する決議が国連人権理事会で採択された。採択は3年連続で、今回は過去最多の28か国が賛成した[36]。
[編集] 文化
基本的には、同じ民族が暮らしている韓国と似ている。衣装はチョゴリ、食べ物はキムチや平壌冷麺が有名である。亜寒帯に属し気候が寒冷なので、冬になると建物の床下に薪や練炭、石炭の煙を通し暖を取る昔ながらのオンドルを使用しているところが多い。オンドルの使用で毎年多くの一酸化炭素中毒死者を出している[要出典]。
非同盟および発展途上国の平壌映画祭や平壌世界芸術祭が開かれている。プリンセス・テンコーも招待されてマジックを披露した。
北朝鮮の楽曲は、鄭律成や金正平など、朝鮮生まれの中国朝鮮族音楽家が中朝両国で活躍したためか、中国の革命楽曲文化との共通点が多く見られる。
[編集] 学校教育
北朝鮮の学校教育制度は、満5歳から幼稚園(就学前教育)1年、小学校4年、中学校6年の11年制の義務教育があり、高等教育には、2-3年制の高等専門学校、3-4年制の単科大学、4-6年制の総合大学などがある。
[編集] 文学
建国直後は、旧植民地時代から活躍していた李箕永や、日本語でも創作活動をし、芥川賞候補にもなった金史良らが活躍した。また、詩人の林和などもいた。
朝鮮戦争の後は、『ケマ高原』を著した黄健などが活躍している。
[編集] 映画
北朝鮮では映画も盛んに製作、上映されている。平壌市には「朝鮮芸術映画撮影所」がある。北朝鮮の映画は政治色の強いプロパガンダ映画がほとんどである。1985年には怪獣映画『プルガサリ』が製作、上映されている。
[編集] 音楽
国内では主に以下の音楽集団が存在する。
- 国立交響楽団
- 功勲国家合唱団(旧称:朝鮮人民軍功勲国家合唱団、朝鮮人民軍功勲合唱団)。協奏団より合唱部門として分列。
- 朝鮮人民軍協奏団
- 朝鮮人民軍軍楽団(旧称:最高司令部軍楽団)
- ポチョンボ軽音楽団(ポチョンボ電子楽団)
- ワンジェサン軽音楽団
- 万寿台芸術団(旧称:平壌歌舞団)
- 血の海歌劇団(ピバダ歌劇団)
ソ連の赤軍合唱団(アレクサンドロフ・アンサンブル他)に範を取った、人民軍の正規現役軍人らによる合唱団の功勲国家合唱団、国外にも少なからずファンを持つポチョンボ電子楽団、日本や西側諸国にも演奏旅行経験が有り、2008年にはニューヨークフィルとも共演した国立交響楽団が代表的。
演奏歌唱曲では、北朝鮮国内では準国歌扱いとして特に有名な「金日成将軍の歌」や「金正日将軍の歌」他といったプロパガンダ歌曲や、労働歌、革命歌、軍歌、朝鮮民謡などが有名。また、「青い山脈」や「津軽海峡冬景色」(日本語および朝鮮語にて歌唱)といった日本の歌や、欧米の音楽のカバー(無許可カバーや、演奏歌唱する曲のメロディ自体が盗作な歌曲も有り)を行っていたりもする。ポチョンボ電子楽団や功勲国家合唱団等は演奏CDも出しており、北朝鮮国内の他、日本など国外でも代理店を通して購入可能。
上記の楽団以外にも、国立の舞台劇団(民族演舞や抗日闘争を題材としたオペラ・革命歌劇『血の海』等が有名)も多数存在する。
平壌には、作曲家尹伊桑の音楽を研究するために設立された、尹伊桑音楽研究所がある。
中学校・高等学校では、朝鮮の民族楽器のほかにシンセサイザーやエレキギターを利用した軽音楽を課外活動として取り入れている。
[編集] スポーツ
スポーツでは韓国と同じくテコンドーやシルム(朝鮮相撲)があるが、特に北朝鮮主催の「スポーツの平和の祭典」(別名:「平和のための平壌国際体育・文化祝典」)と呼ばれる国際競技大会が行われている。アントニオ猪木も参加した。後はソウルオリンピックに対抗して行われている「世界青年学生祭典」がある。日本の創価学会のマスゲームを見てマスゲームを始めるようになった。
また、サッカー北朝鮮代表はアジア内ではなかなかの成績を残しており、1966 FIFAワールドカップで初出場ながら、強豪イタリアを撃破しベスト8という結果を残した。この記録は、現在も「ワールドカップ史上最大の番狂わせ」と語り継がれている。その後、ワールドカップからは遠ざかっていたが、2010 FIFAワールドカップへ出場し、ブラジルやコートジボワールなどと対戦し、ゴールを決めた。また国内でも、サッカーは人気なスポーツとなっている。 1996年には、キム・ジョンソンが、ジュビロ磐田に入団し、北朝鮮代表選手としては初のJリーガーとなっている。 そのほか卓球に人気がある。1970年代に卓球の世界選手権で中国選手を破り金メダルを獲得した女子選手は北朝鮮国内では英雄として扱われていた。
なお、野球については国内にプロリーグがあるらしいが、いわゆる国際試合については無期限出場停止状態である。
[編集] 宗教
現在、北朝鮮国内における宗教に関することは国外に明らかになっていない。当局は、外国人が訪朝した際に、平安南道・妙香山の普賢寺を見せて「北朝鮮では信教の自由がある」と説明している。また、憲法にも信教の自由が保障されている事が明記されている。このことから無神国家または無宗教国家ではない、とされている。
だが、憲法の中の信教に関する項目が何度も改正されている事実を考えれば、宗教政策が何らかの理由でしばしば変更を強いられていることが伺える。また、諸外国でも、「普賢寺そのものが、あくまで外国人にそう説明するための手段に過ぎず、実際のところ、朝鮮民主主義人民共和国公民にはほぼみな、信教の自由がない」とする見方が主流である。多くの共産主義国と同じように宗教の存在が党の指導思想(北朝鮮の場合は主体思想)と対立するためである。
平壌はかつて日本統治時代にキリスト教徒が多く、「東洋のエルサレム」と呼ばれた。金日成の母方の祖父である康敦煜もプロテスタント長老派の牧師である。解放後から金日成政権が安泰になるまでもキリスト教徒が多く、キリスト教系新興宗教も存在していた。統一教会の文鮮明もそうした新興宗教グループの出身である[要出典]。現在は、北朝鮮には地下教会の信者が多くおり[37]、他の宗教同様キリスト教に関しても、信教の自由は確立されてはいない。北朝鮮ではキリスト教を弾圧していると言う情報が流れているのも、このためとされている。
北朝鮮の場合は中華人民共和国などの他の「共産国」に比べて、宗教が弾圧された経緯が漏れ伝わってこない。また、その形跡も確認しづらい。金日成自らはかつて美濃部亮吉と対談した際、教会はすべて朝鮮戦争において「アメリカの爆撃で焼けてしまいました」と語り、キリスト教徒も南部へ逃げてしまったと語っている。実質北朝鮮では宗教の自由は無いに等しいと考えられている。
[編集] 世界遺産
国内には、ユネスコの世界遺産リストに登録された文化遺産の高句麗古墳群がある。
[編集] 国花
[編集] 日本との著作権問題
朝鮮民主主義人民共和国はベルヌ条約に加盟しているものの、日本政府は国家としてみなしていないため、事実上朝鮮民主主義人民共和国の著作物(主にテレビ画像)は日本国内で「使い放題」の状態になっているのが現実であった。また、著作権料の取り立てが何度か行われた事もあるが、ほとんどのメディアは払っていないなどの話もあった。[要出典]現在では、朝鮮民主主義人民共和国側の主張により、日本各メディアの対応は変化し、衛星テレビ画像などは報道引用のみとしている。
北朝鮮国内で制作された作品(テレビ番組、映画・アニメ作品、音楽等)は2003年(平成15年)4月までは、日本国内では事実上利用が完全フリーだったが、現在はベルヌ条約に加盟により国交がある国、韓国[40](ベルヌ条約に加えて大韓民国憲法3条の適用)での扱いが厳しくなった。文化庁は『国交のない国に著作権使用料を支払う必要はない』という見解の元に扱われる。
しかし、朝鮮総連などによると、非営利目的などで利用する場合などは今までどおり、事実上オンラインでのアップロードも認めるコメントをしている。
なお、北朝鮮の国民の著作物については、2011年(平成23年)12月8日に最高裁は
一般に、我が国について既に効力が生じている多国間条約に未承認国 が事後に加入した場合、条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別、未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することができず、我が国は当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務を発生させるか否かを選択できると解するのが相当であると述べ、
- ベルヌ条約は普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものでなく、
- そして、未承認国である北朝鮮がベルヌ条約に加入した際、同条約が北朝鮮について効力を生じた旨の告示は行われておらず、外務省や文部科学省は北朝鮮の国民の著作物について保護する義務を負わないという見解を示していることから北朝鮮との間に同条約に基づく権利義務は発生しないという立場をとっている。
という諸事情を考慮すれば我が国はベルヌ条約に基づいて北朝鮮の国民の著作物を保護する義務を負うものでなく、北朝鮮の国民の著作物は著作権法上の保護を受ける著作物にはあたらない、旨を判示した(平成21(受)602)。
ただし、その著作物の利用が著作権法が規律の対象とする著作物の利益と異なる法的に保護された利益を侵害する場合は、不法行為を構成し得ることに留意すべきである。
[編集] 暦
[編集] 紀年法・暦法
1997年9月9日に、新たな紀年法として主体暦の使用を開始、それ以前は西暦のみが使用されていた。暦法はグレゴリオ暦(太陽暦)が使用されている。
[編集] 祝祭日
「朝鮮民主主義人民共和国の祝日」も参照
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 正月 | 양력설 | |
| 2月16日 | 民族最大の名節 | 김정일령도자의 탄생일 | 金正日総書記誕生日 |
| 4月15日 | 太陽節 | 태양절(김일성주석의 탄생일) | 金日成主席誕生日 |
| 4月25日 | 人民軍創建記念日 | 조선인민군 창건일 | |
| 5月1日 | 国際労働者節 | 전세계로동계급의 명절 | 所謂「メーデー」 |
| 7月27日 | 祖国解放戦争勝利記念日 | 조국해방전쟁승리의 날 | 1953年の朝鮮戦争休戦記念日 |
| 8月15日 | 祖国解放記念日 | 조국광복의 날 | 日本統治からの解放(光復)を祝う日 |
| 9月9日 | 共和国創建記念日 | 조선민주주의인민공화국창건일 | 建国記念日 |
| 10月10日 | 朝鮮労働党創建記念日 | 조선로동당창건일 | |
| 12月27日 | 憲法節 | 조선민주주의인민공화국 사회주의헌법절 | |
| 陰暦1月1日 | 旧正月 | 설명절 | 民族の名節 |
| 陰暦1月15日 | 小正月 | 정월대보름 | 民族の名節 |
| 陰暦5月5日 | 端午 | 수리날 | 民族の名節 |
| 陰暦8月15日 | チュソク(秋夕) | 설명절 | 民族の名節 |
[編集] 朝鮮民主主義人民共和国の主な歴史観
- 檀君を実在の人物だとし、檀君陵を発見したと主張している。
- 朝鮮半島には古代から自主独立の国があったとする独自の歴史観を掲げているため、漢四郡の存在を否定し、朝鮮半島北部をおよそ400年間植民地支配した楽浪郡は遼東半島にあったと主張している[41][42]。
- 外国の唐と結び、百済を滅ぼした新羅の行為を断罪している。
- 同じ民族に対する裏切りが頻発する朝鮮半島の王朝の中で、北朝鮮は高麗についてのみ前向きに評価している。そのためか、首都平壌には高麗と名の付いた建物がいくらか存在する。高麗こそ、朝鮮民族の誇りや名誉、自主独立を示した国であるとし、将来に南北統一が実現した時には、この高麗の名をとった国名(高麗民主連邦共和国)を使用しよう、と韓国に提案している。
- 李氏朝鮮について痛烈に批判している。李成桂は、もともと高麗に仕える将軍であった。異民族であり敵国であった明軍を攻撃するために出撃したはずが、どういうわけか大した戦闘もせず、明軍にあっさり降伏してしまう。そして、そのまま高麗の首都・開京(現開城)に帰って来るのであるが、そのまま首都・開京を攻撃し、李氏朝鮮を立てたのである。その後、李成桂の建てた李氏朝鮮は明の正式な属国になった。この事件は、1388年の威化島回軍として知られる。李成桂のこの行動の動機・真相はわかっていないが、北朝鮮は、明軍と戦闘しなかった彼の行為を明に対する「降伏」の意思表示とみなし、この一連の不可解な行動には、祖国高麗を明に売り渡す卑劣な裏取引があったとして、彼を売国奴として批判している。その後の朝鮮の属国化などから考えれば、李成桂は高麗王室すなわち自らの主君や国そのものを明に「売った」わけであり、これは決して許す事のできない朝鮮民族に対する裏切りである、として激しく断罪している。ただし、李成桂は女真族ともいわれ、李成桂の活動は、まず咸興から豆満江方面におよぶ女真部族の平定、つぎに鴨緑江上流方面の女真部族、モンゴル勢力の残存するものを討伐し、やがて中央に召し出されて国都の防衛、南方の倭寇討伐にしたがった。李成桂の本領はどこまでも軍事にあり、李成桂が女真族であるなら、一連の不可解な行動は合点がいく。
「李成桂#女真族説」を参照
- 韓国併合による統治は、朝鮮民族にとって耐え難い多大な苦しみであったとしている。韓国併合は朝鮮の富を奪う目的でなされたものであり、日本による都合のいい侵略行為として、激しく断罪している。日本が行ったインフラ整備や公教育といった統治政策は一切否定しており、優れた文化・文明・資産を奪い取られたと主張している。
- 朝鮮独立運動を担い、のちに韓国で大いに賛美されている義士たちは、金日成ら抗日パルチザンのメンバーをのぞいて、あまり評価されていない。たとえば伊藤博文暗殺で有名な安重根については、卓越した指導者にめぐりあえず個人テロにおよび、あたら若い命を散らしながらも朝鮮独立をなしとげられなかったとして、顕彰に一定の距離をおいている[43]。
- 若き日の金日成は白頭山で激しい抗日闘争を展開し、日本軍を相手に百戦百勝の勝利を収めたと伝えている。
- 金正日は白頭山の抗日パルチザンの密営地で1942年2月16日に生まれたとされる。実は旧ソ連の極東・沿海州地方で生まれたのではないかと言う意見は一切無視している。
- 朝鮮半島南部に対峙する同じ民族の民主主義国家、大韓民国(北朝鮮では「南朝鮮」という)を「アメリカ帝国主義の傀儡政権」として非難している。
- そもそも朝鮮半島分断の根本的原因は、「日本帝国主義による植民地支配の結果」であるとして、南半部(大韓民国)は日帝との植民地戦争に勝利した米帝が不法占拠して植民地化したという歴史認識を持っている。
- 北朝鮮の侵略で始まった朝鮮戦争(北朝鮮側は「祖国解放戦争」と呼称する)は「米帝の侵略を撃退した自衛戦争」としており、戦争原因を「韓国側が攻撃したから反撃した」としている。なおこの主張は冷戦後のロシア政府ですら否定している。
- 竹島(韓国名:独島)は昔から朝鮮民族が領有していたとし、日本の領有権主張は帝国主義の復活としている。
[編集] 観光
北朝鮮はEU諸国を含めて162か国前後との間に国交があり、観光客も幅広く受け入れている。ただし事前に北朝鮮領事館でビザを発行してもらい、事前に観光コースを決定し、現地では専用のガイドとともに行動することが条件となる。また、観光客が訪問できる都市・地域は限定されているため、必ずしも希望する観光地・コースどおりになるわけではない。すでに決定していたコースが現地で変更になることもあるといわれる。外国人が宿泊可能なホテルも限定されている。同様に自由行動を制限している国としてはブータンやサウジアラビア等があるが、北朝鮮はそれらと比較しても制約が厳しいといえる。
電圧は220V、周波数は60Hzで通貨はユーロやUSドル、さらに日本円を利用することができる。平壌市内のホテルや観光地、中国国境に近い新義州や羅先では人民元もよく通用する。
入国には平壌国際空港か、北京-平壌およびモスクワ-平壌間の寝台国際列車を利用する。
アリラン祭期間はアメリカ人観光客も受け入れている。ただしマスメディア関係者はアリラン祭中でも入国できない。
入国の際の持ち込み品は、武器や麻薬・爆発物類はもちろん、GPSなどの航法装置、通信装置、ラジオ、望遠レンズ(220mm以上)、撮影済みのフィルム、外国の出版物全てが禁止されている[44]。携帯電話は入国時に税関に預ける。
出国時の持ち出し禁止品は、現地通貨(ウォン)、入国時に申告した額の外貨、重要文化財などである[45]。
[編集] 日本人向けの観光
日本と北朝鮮の間には正式な国交はない。また、北朝鮮の核実験・ミサイル発射実験を受け、日本の外務省は国民に対して渡航を自粛するよう勧告している(2011年12月現在継続中)。それでも北朝鮮を観光や人道支援で訪問する日本人もわずかながらいる。北朝鮮側も外貨獲得のため日本人観光客の受入を続けている。ただし日本の警察官、自衛隊員、マスメディア関係者は原則として不可。日本には朝鮮民主主義人民共和国大使館が無いため、北朝鮮旅行を取り扱う中外旅行社やシルクロードトラベル・インフォメーションセンターなどにビザを手配してもらうことになる。
日本と北朝鮮の間に直行便は存在しない。2010年現在、平壌国際空港との間に定期便があるのは中華人民共和国(北京市、瀋陽市)・タイ王国(バンコク)・ロシア(ウラジオストク)・マカオである。なお航路ではかつて貨客船万景峰号が不定期に新潟と元山市の間に就航していたが上述の影響により現在は事実上廃止されている。
[編集] 脚注
- ^ a b c CIA World Factbook 2009年4月27日閲覧
- ^ 『韓国がわかる最新ソウル語情報』(重村智計著、1988年)の83頁
- ^ 現在、共和国政府や朝鮮総連からは、当初の妥協案であった「共和国(공화국)」という呼称のほか、新たに「朝鮮」の朝鮮語読みである「チョソン、조선」を呼称とするという妥協案を掲げ、これらを推奨している。
- ^ a b 伊藤(1986)
- ^ 改正された憲法においては金日成は「永遠の主席」とされている。
- ^ そうした説がくすぶる中で、金総書記による「祖国と人民」を思いやる発言が、健康への初言及として報道されている。 記事:「険しい道も、私には楽」 金総書記が健康に初言及 中日新聞 2009年3月29日
- ^ 朝鮮中央放送による。
- ^ 1977年の最高人民会議選挙では、「100%の投票 100%の信任」というスローガンが書かれた切手が発行されている(内藤陽介 『北朝鮮事典 - 切手で読み解く朝鮮民主主義人民共和国』 雄山閣、2001年 ISBN 978-4-8035-0316-6)
- ^ 「北朝鮮が急に崩壊する可能性は低い」 | Chosun Online | 朝鮮日報
- ^ 防衛省防衛研究所の武貞研究官へのインタビュー記事(日経BP)
- ^ DocCode7155参照[リンク切れ]
- ^ ISIS報告書。3発の小型核弾頭と50MW大型炉について報告している (PDF)(英語)
- ^ 「法務省:【登録外国人統計統計表】」法務省、2010年12月8日閲覧。
- ^ 北朝鮮軍異例の警告「日本は攻撃圏内」(社会) ― スポニチ[リンク切れ] Sponichi Annex ニュース
- ^ http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009061801000215.html
- ^ 『諸君!』2008年3月号 66頁
- ^ GDP of North Korea in 2006,THE BANK OF KOREA
- ^ The World Factbook,Central Intelligence Agency
- ^ 中国台頭による韓半島の状況変化に備えよ(上) 朝鮮日報 2009/04/04 閲覧
- ^ 中国バブルに沸く平壌=輸入品扱う百貨店、ホテルも―北朝鮮 asahi.com 2011/12/4 閲覧
- ^ 北朝鮮:平壌建設ラッシュ 故金日成主席生誕100年控え 毎日jp 2011/12/4 閲覧
- ^ 北朝鮮:中国との合弁経営が急増 少ない資金で開業に活路 毎日jp 2011/12/4 閲覧
- ^ 「強盛大国元年」控えた北朝鮮、「平壌優遇」一段と強化 東亜日報 2011/12/4 閲覧
- ^ Foreign Policy:"The List: The World’s Worst Currencies" GIGAZINE 2007年06月19日 「世界で最も価値の低い通貨トップ5」
- ^ 初等教科書、高麗の時「23万帰化」言及もしない『京郷新聞』2007年8月21日
- ^ a b 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の人口(レファレンス事例紹介): アジア情報室通報第3巻第1号 | アジア諸国の情報をさがす | 国立国会図書館
- ^ 北朝鮮の総人口2405万人、UNFPA暫定集計 2009年2月15日
- ^ World health statistics 2007,World Health Organization
- ^ World Population Prospects: The 2006 Revision,United Nations Population Division
- ^ 『Voice』2005年11月号 159頁
- ^ 北朝鮮の人口は1800万人- 高位北脱出者の証言 現代コリア2008年1月31日
- ^ 『たかじんのそこまで言って委員会』2010/5/23 放送
- ^ a b 朝鮮民主主義人民共和国[リンク切れ] (国際連合世界食糧計画公式ホームページ)
- ^ 出典:藤本健二 『金正日の私生活 - 知られざる招待所の全貌』 扶桑社、2004年7月 ISBN 4-594-04681-9
- ^ 特集:朝鮮民主主義人民共和国の経済 (18ページ参照。) (METI所管法人ERINA公式ホームページ)
- ^ “北朝鮮非難決議に最多の賛成 国連人権理、中国は反対”. MSN産経ニュース(産経新聞)(共同通信). (2010年3月25日) 2010年3月26日閲覧。
- ^ 国際キリスト教団体「オープン・ドアーズen:Open Doors」関係者によると40万-50万人に達するという。北朝鮮の「地下キリスト教徒」約50万人、RFA 聯合ニュース 2009/12/25
- ^ 北朝鮮の国花はチンダルレではなく「木蘭」(朝鮮日報、2000年11月28日)
- ^ より正確に記すと オオバオオヤマレンゲ Magnolia sieboldii ssp. sieboldii で、園芸樹として一般的なハクモクレン Magnolia heptapeta とは異なる種である。
- ^ 文化観光体育部
- ^ 渡辺延志 (2009年3月19日). “紀元前1世紀の楽浪郡木簡発見(1/2ページ)”. 朝日新聞 2011年6月3日閲覧。
- ^ 渡辺延志 (2009年3月19日). “紀元前1世紀の楽浪郡木簡発見(2/2ページ)”. 朝日新聞 2011年6月3日閲覧。
- ^ このあいまいな評価は、彼が韓国併合に消極的であった伊藤博文を暗殺したことによって、逆に併合の動きが強まったとみなされたため、あるいは安自身が両班つまりブルジョアジーの家系であり、共産主義国家としては賞賛しにくいためといわれる。
- ^ ナショナルジオグラフィックチャンネル「デンジャーゾーン!潜入マル秘ルポ『独裁国家 北朝鮮』」より
- ^ 北朝鮮の基本情報 海外旅行 JTB
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
- 朝鮮民主主義人民共和国関係記事の一覧
- 自由青年同志会
- 朝鮮統一問題
- 世襲君主制
- 独裁政権
- 朝鮮人民軍
- 満州派、甲山派、南労党派、延安派、ソ連派 (朝鮮)
- 脱北者
- 太陽政策
- 北朝鮮人権侵害問題啓発週間
- 瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件
- 北朝鮮による日本人拉致問題
- 北朝鮮による韓国人拉致問題
- 在日本朝鮮人総聯合会 (朝鮮総連)
- 朝鮮民主主義人民共和国の政党一覧
- 朝鮮民主主義人民共和国の著名人一覧
- 朝鮮民主主義人民共和国国防委員会
- 朝鮮民主主義人民共和国のインターネット
- 朝鮮中央放送
- 労働新聞
- 高麗航空
- 平壌国際空港
- 日朝政府間協議
- 板門店
- テロ国家
- 六者会合
- 日本社会党
- プロパガンダ
- 独裁政権
- 特定アジア
- 共産主義
- 野村旗守
- 黒い山葡萄原人
- スーパーノート
- JSA (2001年の日本公開映画)
- 人民共和国
[編集] 外部リンク
- 政府
- 朝鮮民主主義人民共和国政府公式サイト (英語)
- 政府公式ポータルサイト 「ネナラ」 (朝鮮語)(英語)(フランス語)(スペイン語)(ドイツ語)(ロシア語)(中国語)(日本語)(アラビア語)
- ネナラ日本語版 (日本語)
- 「わが民族同士」 (朝鮮語)
- 日本政府
- 日本外務省 - 北朝鮮 (日本語)
- 観光
- その他
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