文在寅

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韓国の旗 韓国の政治家
文在寅
문재인
Moon Jae-in crop.jpg
生年月日 1953年1月24日(61歳)
出生地 慶尚南道巨済郡
出身校 慶煕大学校
前職 盧武鉉財団理事長
現職 国会議員
所属政党 民主統合党→民主党新政治民主連合
公式サイト moonjaein.com

国会議員
選挙区 釜山市沙上区
当選回数 1回
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文 在寅(ムン・ジェイン、1953年1月24日 - )は、韓国政治家弁護士市民活動家。第19代国会議員。盧武鉉政権(2003年2月~08年2月)では青瓦台の民政首席や大統領秘書室長など盧武鉉大統領の側近として活躍した。2012年韓国大統領選挙における民主統合党の大統領候補。民主統合党代表代行(2012年11月18日~12月28日)。 

来歴[編集]

慶煕大学校在学中の1975年、当時の朴正煕政権に反対する民主化運動に係わった容疑で逮捕され、ソウル市の西大門刑務所に収監された。釈放された後、兵役の任務に就き特戦司令部空挺部隊に配属、1978年に除隊。1980年に慶煕大学校を卒業した後、第22回司法試験に合格。1982年、弁護士であった盧武鉉と共に合同法律事務所を開設、釜山地方弁護士会人権委員長や釜山YMCA(キリスト教青年会)理事など要職を務める傍ら、時の全斗煥政権に反対する民主化運動に取り組んだ。

2002年12月に行われた大統領選挙に盧武鉉が立候補した際、釜山地域における選挙対策本部長を務めた。翌2003年に盧武鉉政権が発足すると、青瓦台(大統領府)民政主席を皮切りに市民社会主席や大統領秘書室長などを歴任、盧武鉉大統領の側近として活躍した。2009年、盧武鉉元大統領が自殺したことを受けて行われた国民葬の葬儀委員会常任執行委員長として、国民葬を取り仕切った。盧武鉉元大統領の死後、政治活動を活発化させ、2011年9月には「革新と統合」(以下、革統)を結成し、常任共同代表に就任した[1]。翌2012年4月の第19代総選挙では民主統合党(前年12月に民主党や革統などが合同して結成。以下、民主党)の候補として釜山市沙上区から立候補し、当選を果たした。6月17日、12月の大統領選挙における民主党の候補者を選ぶため行われる党内予備選挙への出馬を表明[2]

予備選は8月25日から全国13地域を巡回して行われ、文在寅は投票が行われたいずれの地域でも1位となり、9月16日に締めくくりとして行われたソウル市も含めた累積得票の結果、34万票7000票余で得票率56.5%となり、過半数を超えた。この結果、決選投票を経ずに民主党の大統領候補に選出された[3]。11月6日、同じ野党圏の有力候補である安哲秀(無所属)と会談を行い、候補者登録(11月25日~26日)前までの候補一本化に合意した[4]。一本化交渉の過程で安側から民主党の党指導部総辞退を含めた刷新を求められたことを受け、18日に李海瓚代表以下の党指導部全員が総辞職した結果、代表代行を兼任することになった[5]。しかし候補を一人に絞る方法で安と折り合わあわず、結局11月23日に安が出馬断念を発表することで一本化に決着がつくこととなった[6]。12月19日に執行された大統領選挙では進歩正義党など左派系政党の支援も受けたが、セヌリ党候補の朴槿恵(朴正煕の娘)と接戦を演じた末に敗れた[7]。選挙後、2017年に予定されている次期大統領選挙へは出馬せず、今後は野党陣営の基盤作りに尽力することを表明していた[8]。しかし2013年11月、記者との懇談会の場で「大統領選挑戦に執着はしないが機会が来たら回避はしない」として、次期大統領選挙への再挑戦の意思を明らかにした[9]

略歴[編集]

  • 1953年1月24日:慶尚南道巨済郡(現・巨済市)に生まれる
  • 1971年:慶南高等学校卒業
  • 1972年:慶煕大学校法科大学入学
  • 1975年:学生運動で投獄、西大門刑務所に収監
  • 1978年:陸軍兵長(特戦司令部第1空挺部隊特戦旅団)満期除隊
  • 1980年:慶煕大学校法科大学卒業
  • 1980年:第22回司法試験合格
  • 1981年:結婚
  • 1982年:盧武鉉弁護士(当時)と合同法律事務所を開設
    • 釜山地方弁護士会人権委員長、釜山YMCA理事
    • 民主社会のための慶南弁護士会代表
    • 釜山NCC人権委員、仏教人権委員、天主教(カトリック)人権委員会人権委員
    • 「労働者のための連帯」代表、釜山市教育庁行政審判委員
    • 釜山地方労働委員会公益委員、海洋大学校海司法学科講師
  • 1985年:釜山民主市民協議会常任委員
  • 1987年:釜山国民運動本部常任執行委員
  • 1995年:法務法人設立
  • 2002年:盧武鉉大統領候補の釜山地域選対本部長
  • 2003年:青瓦台民政主席( - 2005年)
  • 2004年:青瓦台市民社会主席
  • 2007年:青瓦台秘書室長、第2次南北頂上会談(首脳会談)推進委員会委員長
  • 2009年:盧武鉉前大統領国民葬儀委員会常任執行委員長
  • 2010年:盧武鉉財団理事長
  • 2011年:「革新と統合」常任共同代表
  • 2012年:
    • 民主党常任顧問(現)
    • 第19代国会議員(現)
    • 代表権限代行(11月18日 - 12月28日)
出典:문재인 프로필(文在寅プロフィール)(文在寅ホームページ)、프로필(プロフィール)大韓民国憲政会)。いずれも2012年9月13日閲覧

脚注[編集]

  1. ^ “「革新と統合」が発足 選挙に向け野党統合目指す”. KBSワールドラジオ. (2011年9月7日). http://rki.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=40671 2012年9月13日閲覧。 
  2. ^ “文在寅氏 大統領選挙への出馬表明”. KBSワールドラジオ. (2012年6月18日). http://rki.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=44095 2012年9月13日閲覧。 
  3. ^ “大統領選 民主統合党の候補に文在寅氏”. KBSワールドラジオ. (2012年9月16日). http://rki.kbs.co.kr/japanese/news/news_Po_detail.htm?No=45270 2012年9月16日閲覧。 
  4. ^ “単一化に合意した文在寅-安哲秀 "雰囲気良好"”. ハンギョレ(日本語版). (2012年11月6日). http://japan.hani.co.kr/arti/politics/13239.html 2012年11月11日閲覧。 
  5. ^ “韓国最大野党執行部が辞任 大統領選候補一本化交渉中断で”. 聯合ニュース(本国版). (2012年11月18日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2012/11/18/0900000000AJP20121118000800882.HTML 2012年11月18日閲覧。 
  6. ^ “韓国大統領選、事実上一騎打ちに…安氏が突然辞退”. 読売新聞. (2012年11月23日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20121123-OYT1T00733.htm 2012年11月23日閲覧。 
  7. ^ “韓国大統領選、文在寅候補が敗北宣言=聯合ニュース”. ロイター (ロイター). (2012年12月20日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE8BI00H20121219 2012年12月20日閲覧。 
  8. ^ “大統領選で敗れた文氏 野党陣営の基盤づくり助力へ”. 聯合ニュース(日本語版). (2012年12月20日). http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2012/12/20/0900000000AJP20121220003800882.HTML 2012年12月20日閲覧。 
  9. ^ “문재인 "2017년 정권교체 어떤 역할도 회피하지 않겠다"(文在寅“2017年政権交代どのような役割も回避しない”)”. 京郷新聞. (2013年11月29日). http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201311292228301&code=910100 2013年11月30日閲覧。 

参考文献[編集]