安倍晋三

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日本の旗 日本の政治家
安倍 晋三
あべ しんぞう
Shinzō Abe April 2014.jpg
生年月日 1954年9月21日(60歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都
出身校 成蹊大学法学部卒業
南カリフォルニア大学政治学中退
前職 神戸製鋼所従業員
実父秘書
所属政党 自由民主党町村派
称号 政治学士(成蹊大学・1977年
親族 佐藤信彦(高祖父
安倍寛祖父
岸信介(祖父)
佐藤榮作大叔父
安倍晋太郎
岸信夫
配偶者 安倍昭恵
公式サイト 衆議院議員 安倍晋三 公式サイト

内閣 第2次安倍内閣
第2次安倍改造内閣
任期 2012年12月26日 - 現職
議員会館 衆議院第1議員会館1212号室
天皇 今上天皇(明仁)

日本の旗 第90代 内閣総理大臣
内閣 第1次安倍内閣
第1次安倍改造内閣
任期 2006年9月26日 - 2007年9月26日
天皇 今上天皇(明仁)

内閣 第3次小泉改造内閣
任期 2005年10月31日 - 2006年9月26日

選挙区 旧山口1区→)
山口4区
当選回数 7回
任期 1993年7月19日 - 現職
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安倍 晋三(あべ しんぞう、1954年昭和29年)9月21日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(7期)、内閣総理大臣第96代)、自由民主党総裁(第25代)。

内閣総理大臣第90代)、内閣官房長官第72代)、自由民主党総裁(第21代)、自由民主党幹事長(第37代)などを歴任。

家族は、父方の祖父の安倍寛(元衆議院議員)、母方の祖父の岸信介(第56・57代内閣総理大臣)、大叔父の佐藤栄作(第61 - 63代内閣総理大臣)、父の安倍晋太郎(元外務大臣)、弟の岸信夫(衆議院議員)などがいる。妻は森永製菓第5代社長・松崎昭雄の長女・昭恵。

大学卒業後、神戸製鋼所社員、外務大臣秘書官を経て衆議院議員となる。内閣官房副長官、自由民主党幹事長、同幹事長代理、内閣官房長官等を歴任。2006年(平成18年)に自由民主党総裁、内閣総理大臣に就任。2007年(平成19年)9月26日に内閣総理大臣を退任。2012年(平成24年)9月に自由民主党総裁、同年12月26日に内閣総理大臣に再就任。

目次

主な所属団体・議員連盟[編集]

略歴[編集]

  • 1954年9月21日: 東京都に生まれる。本籍地は山口県大津郡油谷町(現・長門市)。
  • 1977年3月: 成蹊大学法学部政治学科卒業
  • 1977年4月: 米国カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に入学。その後、ロングビーチの語学学校に転校した。
  • 1978年4月: 南カリフォルニア大学に入学。政治学を専攻し春・夏・秋学期を履修し、1979年に中退。
  • 1979年4月: 株式会社神戸製鋼所入社
  • 1982年11月: 神戸製鋼所退社、外務大臣(安倍晋太郎)秘書官に就任
  • 1993年7月: 衆議院議員初当選(旧・山口1区)
  • 1999年10月: 衆議院厚生委員会理事
  • 2000年7月: 第2次森内閣で内閣官房副長官に就任
  • 2001年4月: 引き続き第1次小泉内閣で内閣官房副長官に就任
  • 2003年9月: 自由民主党幹事長に就任
  • 2004年9月: 自由民主党幹事長代理に就任 党改革推進本部長に就任
  • 2005年10月: 第3次小泉改造内閣で内閣官房長官に就任
  • 2006年9月: 自由民主党総裁に選出、第90代内閣総理大臣に就任
  • 2007年9月: 自由民主党総裁及び内閣総理大臣を辞任
  • 2009年11月:創生「日本」会長に就任
  • 2012年9月: 自由民主党総裁に選出
  • 2012年12月: 第96代内閣総理大臣に就任

出生から政界入りまで[編集]

1954年(昭和29年)9月21日、当時毎日新聞記者だった安倍晋太郎と、その妻・洋子の次男として東京都で生まれる(本籍地は山口県大津郡油谷町(現・長門市)。 父方の祖父は衆議院議員の安倍寛、母方の祖父は後の首相・岸信介で、大叔父にはやはり後の首相・佐藤栄作がいる、政治家一族であった。安倍は「幼い頃から私には身近に政治がありました」と回想している[4]。幼い頃は野球選手刑事になることに憧れていた[5]

学生時代[編集]

成蹊小学校成蹊中学校成蹊高等学校を経て、成蹊大学法学部政治学科を卒業。

小学4年生から5年生にかけての1964年から2年間は平沢勝栄家庭教師についていた[4][6]。高校ではクラブ地理研究部に所属[7]。高校卒業後成蹊大学に進み、佐藤竺教授のゼミに所属して行政学を学ぶ。大学ではアーチェリー部に所属し、準レギュラーだった[8]。大学生の頃は人付き合いが良く、大人しく真面目だったという[7]。1977年春に渡米し、カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に通うが、日本人だらけで勉強に障害があると判断して通学を止め、その後イタリア系アメリカ人の家に下宿しながらロングビーチの語学学校に通った[9]。秋に南カリフォルニア大学への入学許可が出され[10]1978年に入学。政治学を専攻し春・夏・秋学期を履修した後、1979年中退した[11]

会社員から政界へ[編集]

1979年(昭和54年)4月に帰国し、神戸製鋼に入社。ニューヨーク事務所、加古川製鉄所、東京本社で勤務した[4]。加古川製鉄所での経験は、「私の社会人としての原点[12]」、あるいは「私の原点[13]」だったと回顧している。

神戸製鋼に3年間勤務した後、1982年(昭和57年)から当時外務大臣に就任していた父・晋太郎の下で秘書官等を務め、数々の各国首脳との会談に同席するなど父の後継者としての修行を行う。1987年(昭和62年)に当時森永製菓社長だった松崎昭雄の長女で電通社員の昭恵結婚する。この時媒酌人を務めたのが、清和研創始者福田赳夫だった。

衆議院議員[編集]

1991年(平成3年)に総裁候補の最有力と目されていた父・晋太郎が急死。1993年(平成5年)に父の地盤を受け継ぎ、第40回衆議院議員総選挙山口1区から出馬し初当選した(安倍後援会は新生党古賀敬章日本新党江島潔含め三分裂、江島は1995年下関市長となり手打ち)。当選後はかつて父・晋太郎が会長を務めた清和政策研究会に所属する(当時の会長は三塚博)。1995年(平成7年)の自民党総裁選では荒井広幸石原伸晃と共に小泉純一郎選対の中核になった。1997年(平成9年)自民党青年局長に就任。1998年(平成10年)に政策集団NAISの会を結成。厚生族として社会保障などに通じた議員と見られていた[要出典]

アメリカ合衆国国務副長官ロバート・ゼーリックと握手を交わす(2006年1月

派閥領袖の森喜朗首相が組閣した2000年(平成12年)の第2次森内閣で、小泉純一郎の推薦を受け[14]、政務担当の内閣官房副長官に就任。第1次小泉内閣でも再任した。

2002年(平成14年)、水野賢一外務大臣政務官在任中に台湾訪問拒否され同辞任した際も理解を示し擁護、小泉首相の北朝鮮訪問に随行し、小泉首相と金正日総書記との首脳会談では「安易な妥協をするべきではない」と強硬論を繰り返し主張した。拉致被害者5人の帰国は実現したものの、この日本人拉致問題は日本側の納得する形では決着せずに難航した。内閣参与中山恭子と共に北朝鮮に対する経済制裁を主張し、拉致被害者を北朝鮮に一時帰国させる方針にも中山と共に頑強に反対した(この拉致問題への対応により、内閣官房長官だった福田康夫との関係に亀裂が入ったといわれる)[14]。対話路線などの慎重論を唱える議員が多かった中で、安倍の姿勢は多くの支持を得た[15]西村眞悟上田清司とも拉致問題・教科書問題・日本における外国人参政権問題を通して親しくなった[要出典]

2003年(平成15年)9月、小泉によって自民党幹事長に抜擢された。事前には筆頭副幹事長への就任が有力視されていたため、小泉の「サプライズ人事」として注目を集めた。自民党は総幹分離の原則が長く続いており、総裁派閥幹事長は1979年の大平正芳総裁時代の斎藤邦吉幹事長以来24年ぶりであった。大臣経験もない若手議員が第一与党幹事長に就任するのは前代未聞。総選挙で与党は安定多数の確保に成功したが、自民党の単独過半数はならなかった。

幹事長時代には自民党内で恒常化していた「餅代」「氷代」(派閥の長が配下の者に配る活動資金)の廃止、自民党候補者の公募制の一部導入など党内の各種制度の改正を行った。2004年(平成16年)4月埼玉8区補欠選挙で自民党史上初の全国的な候補者公募実施し合格した新人柴山昌彦が当選(同公募には佐藤ゆかりも最終選考に残った)、同年夏の参議院選挙では目標の51議席を下回れば「一番重い責任の取り方をする」と引責辞任を示唆。結果は49議席で、しばらく現職に留まった後で辞任した。同年9月から後任の幹事長・武部勤の強い要請を受ける形で党幹事長代理に就任した(幹事長経験者の幹事長代理就任は異例)。

ポスト小泉[編集]

大相撲九月場所表彰式に出席(2006年9月24日両国国技館

小泉政権末期の早い段階から自民党内の「ポスト小泉」の最有力候補の一人と言われ、2005年10月31日付で発足した第3次小泉改造内閣で内閣官房長官として初入閣。

2006年9月1日に自民党総裁戦への出馬を表明。憲法改正教育改革、庶民増税を極力控えた財政健全化、小泉政権聖域なき構造改革に引き続き取り組む方針を示す。また、総裁選に当選した場合、所属する派閥の森派を離脱する考えを示した。

内閣総理大臣就任[編集]

2006年9月20日、小泉の任期満了に伴う総裁選で麻生太郎谷垣禎一を大差で破って自由民主党総裁に選出、9月26日の臨時国会において内閣総理大臣に指名される。戦後最年少で、戦後生まれとしては初めての内閣総理大臣であった。就任2ヵ月目の11月26日に公邸に入居した[16]

第1次安倍内閣[編集]

2006年のAPECにて

就任表明では、冒頭に小泉構造改革を引継ぎ加速させる方針を示し[17]、「美しい国」というテーマの下に「戦後レジームからの脱却」「教育バウチャー制度の導入」「ホワイトカラーエグゼンプション」などのカタカナ語を多く用いた。

安倍は小泉前首相の靖国参拝問題のために途絶えていた中国韓国への訪問を表明。2006年10月に中国・北京胡錦濤国家主席と会談、翌日には、盧武鉉大統領と会談すべく韓国・ソウルに入り、小泉政権下で冷却化していた日中・日韓関係の改善を目指した。11月3日に行われた日米野球の第一戦の始球式を務め、その際の練習相手は(自身の1歳下で作新学院高等学校野球部正捕手として江川卓とバッテリー組み、早稲田大学野球部では山倉和博の控え、熊谷組野球部でも活躍した)清和研新人代議士亀岡偉民

北朝鮮が核実験を実施したことに対しては「日本の安全保障に対する重大な挑戦である」として非難声明を発するとともに、国連制裁決議とは別に、より厳しい経済制裁措置を実施した。

同年9月から11月にかけ、小泉時代の負の遺産とも言える郵政造反組復党問題が政治問題化する。12月には、懸案だった教育基本法改正と防衛庁昇格を実現した。一方で、同月、安倍が肝煎りで任命した本間正明税制会長が公務員宿舎への入居と愛人問題で、佐田玄一郎行改担当大臣が架空事務所費計上問題でそれぞれ辞任。この後、閣内でスキャンダルが続いた。

記者会見時にアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュと握手を交わす安倍(2007年4月27日

2007年3月の安倍の慰安婦発言が「二枚舌」[18]と欧米のマスコミから非難されたが、4月下旬には米国を初訪問し、小泉政権に引き続き日米関係が強固なものであることをアピールした。参議院沖縄県選挙区補欠選挙に絡み、日米関係や基地移設問題が複雑に絡む沖縄県特有の問題があったため、多くの側近の反対を退け2回にわたり沖縄県を訪れて自民系無所属候補の島尻安伊子の応援演説を行うなどのバックアップを行い、当選させた(島尻はその後で自民党に入党)。

5月28日、以前から様々な疑惑のあった松岡利勝農水大臣議員宿舎内で、首を吊って自殺。官邸で訃報に接した安倍は涙を流し[19]「慙愧に耐えない」[20]と会見し、その晩は公邸で妻の昭恵に「松岡さんにはかわいそうなことをした」[19]と語っている。また年金記録問題が大きく浮上した。

こうした中、6月当初の内閣支持率は小泉政権以来最低になったことがメディアで大きく報じられた。同月6日 - 8日には首相就任後初のサミットであるハイリゲンダム・サミットに参加、地球温暖化への対策を諸外国に示した。また、議長総括に北朝鮮による日本人拉致問題の解決を盛り込ませた。7月3日には久間章生防衛大臣原爆投下を巡る「しょうがない」発言が問題化。安倍は当初続投を支持していたが、批判の高まりを受け久間に厳重注意を行った。久間は直後に辞任し、後任には小池百合子が就任した。

参議院議員選挙での敗北[編集]

2007年7月29日第21回参議院議員通常選挙へ向けての与野党の舌戦開始早々、自殺した松岡の後任である赤城徳彦農林水産大臣にもいくつかの事務所費問題が発覚。安倍はこういった閣僚の諸問題への対応が遅いと非難された[要出典]。選挙中に発生した新潟県中越沖地震では発生当日に遊説を打ち切り現地入りした。同年の参議院選挙では「年金問題」の早期解決を約束し、「野党に改革はできない、責任政党である自民党にこそ改革の実行力がある」とこれまでの実績を訴えた。選挙前、安倍は「そんなに負けるはずがない」[21] と楽観視していたが、結果は37議席と連立を組む公明党の9議席を合わせても過半数を大きく下回る歴史的大敗を喫した。これまで自民党が強固に議席を守ってきた、東北地方四国地方で自民党が全滅、勝敗を左右する参議院一人区も、軒並み民主党候補や野党系無所属に議席を奪われた。詳しくは「第21回参議院議員通常選挙」を参照。

体調の悪化と総辞職[編集]

安倍は選挙結果の大勢が判明した時点で総理続投を表明したが、これについては、応援演説において「私か小沢さんか、どちらが首相にふさわしいか」と有権者に「政権選択」を迫るような趣旨の発言をしていたことから内外から続投に対する批判が出た。

舛添要一は、「こっちは命がけで野党と闘っているのに、敵の弾にやられるならまだしも、後ろから弾を撃ってくる。」、
「ペナントレースをやっていて、試合が終わっていないのに監督が続投っておかしいでしょ。監督に責任がないというようなもの。「閣僚が悪い」というけれど、監督があのピッチャー(閣僚)を選んだんだろうって。安倍さんも、一度野球をやってみるといい。」と、怒りの胸中を激白したという[22]

参院選直後の7月31日自民党総務会において、「決断されたほうがいい」などと党内からも退陣を促す声が出た(安倍おろし[23]。 同日、アメリカ下院では慰安婦非難決議が議決されていた。翌8月1日には赤城農相を更迭したが、「遅すぎる」と批判された[要出典]

広島平和記念式典に行く前日の8月5日から、胃と腸に痛みを感じ、食欲の衰えを感じるようになる[24]。そして、8月19日から8月25日インドネシアインドマレーシア3ヶ国訪問後は下痢が止まらなくなり、症状は次第に悪化し始めた[21]。しかし、慶應義塾大学病院の主治医によると、潰瘍性大腸炎の血液反応はなく、機能性胃腸障害という検査結果であったという[25]

アジア太平洋経済協力首脳会議にて、アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュと握手を交わす安倍(2007年9月8日

選挙結果や批判を受け、8月27日に内閣改造、党役員人事に着手した(第1次安倍内閣 (改造))。ところが組閣直後から再び閣僚の不祥事が続き、求心力を失う。9月9日オーストラリアシドニーで開催された APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議の終了にあたって開かれた記者会見において、テロ特措法の延長問題に関し9月10日からの臨時国会で自衛隊へ給油が継続ができなくなった場合は、内閣総辞職することを公約した。この間も安倍の健康状態は好転せず、体調不良により APEC の諸行事に出席できない状況となり、晩餐会前の演奏会を欠席した[26]

2007年9月10日に第168回国会が開催され、安倍は所信表明演説の中で「職責を全うする」という趣旨の決意を表明した。なお、この表明では自身の内閣を「政策実行内閣」と名づけ、「美しい国」という言葉は結びに一度使ったのみであった。9月11日には妻の昭恵に対し「もうこれ以上、続けられないかもしれない」[27]と語ったが、辞任の具体的な日程までは一切明かさなかった[27]

2007年9月12日午後2時(JST)、「内閣総理大臣及び自由民主党総裁を辞する」と退陣を表明する記者会見を行った[28]。また、理由についてはテロとの戦いを継続する上では自ら辞任するべきと判断したとした[29]。これにより同日予定されていた衆議院本会議の代表質問は中止となった。

退陣表明の翌日(9月13日)、慶應義塾大学病院に入院。検査の結果、胃腸機能異常の所見が見られ、かなりの衰弱状態にあると医師団が発表した。これについても海外メディアで報道され、イギリスBBCは「昨日官邸をチェックアウトした安倍首相は、今日は病院にチェックインした」「日本は1週間以上も、精神的に衰弱しきった総理大臣を抱えることになる」と報じた。

安倍内閣メールマガジン9月20日配信分において「国家・国民のためには、今身を引くことが最善と判断した」とのメッセージの下、これをもって最終号を迎えた[30]

なお、病院側は、安倍首相の容体は回復してきているものの退院できる状態ではないとした。病室内では新聞は読まずテレビも基本的には視聴せず、外部の情報をシャットアウトした環境下で治療を行った[26]9月21日は安倍の53歳となる誕生日だが、病院で誕生日を迎えることになった[31]。このように安倍首相は退陣まで公務復帰できなかった状況だが、与謝野官房長官は「首相の判断力に支障はない」と内閣総理大臣臨時代理は置く予定はないという方針をとっていた[32]。20日の官房長官会見では「首相は辞任と病気の関係を説明するべき」としていた[33]

入院中、妻の昭恵から政治家引退を勧められたが、安倍は「いや、それは違う」と答え、議員辞職は拒否した[26]9月23日に行われた自民党総裁選には欠席して前日に不在者投票を行い、前総裁としてのあいさつは谷川秀善両院議員総会長が代読した。

9月24日17時、慶應義塾大学病院にて記者会見を行い、自身の健康状態及び退陣に至る経緯について「意志を貫くための基礎体力に限界を感じた」と釈明し、政府・与党、国会関係者並びに日本国民に対して「所信表明演説後の辞意表明という最悪のタイミングで国会を停滞させ、多大な迷惑を掛けたことを深くお詫び申し上げたい」と現在の心境を開陳、謝罪した[34]。さらに、首相としての公務に支障があったにも関わらず臨時代理を置かなかったことについては「法律にのっとって判断した」としたが、これについては政府内でも批判の声があった[35]

9月25日安倍内閣最後の閣議に出席し、国会へ登院して衆議院本会議での首班指名選挙に出席する意思を明らかにした。9月25日の安倍内閣最後の閣議で閣僚全員の辞職願を取り纏めて内閣総辞職した。安倍前首相は最後の閣議の席上、全閣僚に対して一連の事態に対する謝罪及び閣僚在任に対する謝意を述べた。26日には皇居で行われた福田康夫首相の親任式に出席した後、再び病院へと戻った。なお、第1次安倍内閣の在職日数は1年あまりとなる366日であった。第1次安倍改造内閣はわずか31日の短命に終わった。

突然の辞任への反応
多くの国会議員は、記者から安倍が退陣表明をすると聞かされた。亀井静香が記者に向かって「えっ嘘でしょ。これから代表質問だよ。何かの間違いでしょう」と驚く映像は、繰り返し放送された[25]
安倍は辞任の理由として「テロ特措法の再延長について議論するため民主党の小沢代表との党首会談を打診したが、事実上断られ、このまま自身が首相を続けるより新たな首相のもとで進めた方が良い局面になると判断した」「私が総理であることが障害になっている」などとした(小沢代表は記者会見を開き「打診を受けたことは1回もない」と否定。なお、小沢は党首会談について報じられてからも「意見を変える気はない」と明言している)。一方で、自身の健康に不安があるという理由も与謝野馨内閣官房長官が同日中会見で述べている。24日の記者会見では本人も健康問題が辞任の理由の一つであることを認めた。
もともと胃腸に持病を抱えているといわれており[36]、辞意表明当日の読売新聞・特別号外でもそのことについて触れられていた。また、辞意表明前日には記者団から体調不良について聞かれ、風邪をひいた旨を返答している[37]。この「胃腸の持病」について、安倍は辞任後の2011年に掲載された『週刊現代』へのインタビューで、特定疾患である「潰瘍性大腸炎」であったことを明かしている[38]が、辞任表明当時は病名等が認知されておらず、過去に脳梗塞のために首相を辞任した石橋湛山小渕恵三などと比較して「命に関わらない程度の健康問題」を理由にした退陣とみなされた。そのため、立花隆をはじめとして辞任に追い込まれた実質的原因が(本人が記者会見をこなしていることなどを理由に)健康問題ではないとする見方をする論者も存在するなど、批判にさらされることとなった。
9月13日に朝日新聞社が行った緊急世論調査では、70%の国民が「所信表明すぐ後の辞任は無責任」と回答している[39]
臨時国会が開幕し内政・外交共に重要課題が山積している中で、かつ所信表明演説を行って僅か2日後での退陣表明は、各界各方面から驚きの声や批判を浴びた。
野党側は安倍の辞意表明について「無責任の極み」であるとして次のような批判を行った[40]
  • 「40年近くの政治生活でも、過半数を失って辞めず、改造し、所信表明をし、そして代表質問の前に辞職と言う例は初めてで、本当にどうなっているのか、総理の心境・思考方法については良く分かりません」[41]民主党小沢一郎代表)
  • 「参院選の後に辞めていればよかった。こういう形の辞任は国民に失礼」(民主党・鳩山由紀夫幹事長)
  • 「所信表明直後の辞任は前代未聞」(共産党・志位和夫委員長)
  • 「タイミングがあまりにひどい、無責任です。『ぼくちゃんの投げ出し内閣』だ。小沢代表との会談が断られただけで辞任するのは子供っぽい理由」[41](社民党・福島瑞穂党首)
与党側でも元自民党幹事長の古賀誠などから退陣に至る経緯・理由が不透明であるという批判や、その他議員からも「なぜ今日なのか、無責任だ」という批判が出た[41]。また、公明党幹事長の北側一雄からも「なぜこの時期に辞意表明なのか、非常に理解しがたい」と批判された[41]
安倍の突然の辞意表明は、日本国外のメディアもトップニュースで「日本の安倍首相がサプライズ辞職」、「プレッシャーに耐えきれなかった」(アメリカCNN)などと報じた。欧米諸国の報道でも批判的な意見が多かった[42]
潰瘍性大腸炎の病状
17歳のときに、潰瘍性大腸炎を発症する[25]。政治家になってからは、自民党国体副委員長の時、食事ができずに三ヶ月入院して点滴の日々が続き体重も激減した頃が、最も症状が重かった[25]。このとき、「癌でこの先長くない」という噂も流れる[25]。妻の昭恵をはじめ、潰瘍性大腸炎という病名を公表するべきだと、訴える者もいた[25]。しかし、安倍は、官房副長官時代の2000年に症状を出たのを最後に、幹事長、官房長官などの激務にも体調は万全だったため、2007年8月の段階までは、病気を克服できたものと判断していた[25]
麻生・与謝野クーデター説
安倍の辞任において、幹事長の麻生太郎と官房長官の与謝野が安倍を 辞任表明に追い込んだとする「麻生・与謝野クーデター説」が自民党の若手を中心にささやかれた。
自民党幹事長であった麻生太郎は同日の会見において、記者からの「総理はいつ辞任を決断していたのか」との問いに対し、「2日くらい前といえばそうだし、昨日と言えばそうだし…、この3日間意向は全くかわらなかった」[41] などと述べ、安倍の辞任を2日前(安倍晋三が臨時国会でテロ特措法の延長ができなければ内閣総辞職すると述べた日と同日)にはすでに知っていたことを明らかにした。
また、遠藤武彦農相に不正な補助金疑惑が発覚した際、遠藤の辞任の流れを与謝野馨内閣官房長官と麻生幹事長の2人だけで決めて安倍を排除したことから、安倍が「麻生さんに騙された」と発言したと言われる[43]。 この内容について9月14日報道ステーションが麻生にインタビューで問い質したところ、麻生は「(9月14日に安倍の見舞いに行った時)『そんなこと言われて与謝野とふたりで困っている』と安倍総理に言ったら、『そんなこと言ってない』と笑っておられました。どなたかが意図的に流したデマでしょう」と反論をしている。同日のNEWS ZEROは、番組終盤に安倍の「麻生さんに騙された」という発言を速報という形で伝え、麻生と安倍との間に不穏な空気が流れていたとする報道を行った。
この「麻生・与謝野クーデター説」について与謝野官房長官は、9月18日の閣議後の会見において明確に否定した。さらに麻生幹事長は9月19日に「事前に安倍首相の辞意を知っていたのは自分だけではない」とし、与謝野官房長官も同日「中川(秀直)さんは11日(辞任表明の前日)に安倍さんに会っていて、知っていてもおかしくない」と、中川前幹事長も事前に安倍の辞意を知っていたことを示唆した[44][45]。また安倍が9月24日に行った記者会見の中で本人の口から改めて否定している。

内閣総理大臣退任後[編集]

2009年6月20日、東京都にて在日本アメリカ合衆国臨時代理大使ジェームス・ズムワルト(右から1人目)と安倍(右から2人目)
創生「日本」の演説にて(2010年6月、池袋駅

健康の回復[編集]

その後、入院していた慶應義塾大学病院から仮退院し、東京・富ヶ谷の私邸で自宅療養に入った[46]

11月13日新テロ特措法案の採決を行う衆議院本会議には「這ってでも出たい」と出席し、白票(賛成票)を投じた。後の記者会見において安倍前首相は「回復しました」と元気な様子を見せた。また、同採決を地方出張のため棄権した民主党代表小沢一郎に対して、「無責任じゃないですか。本当は(小沢は)賛成だったんじゃないかという人もいますがね」と非難した。

2008年1月、『文藝春秋』に手記を寄稿。2007年9月の退陣に関し、体調悪化のため所信表明演説で原稿3行分を読み飛ばすミスを犯したことが「このままでは首相の職責を果たすことは不可能と認めざるを得なかった。決定的な要因のひとつだった」と告白するなど、辞任の主な理由は健康問題だったとしている[47]

2008年には第169回国会会期中に妻の昭恵とスキー旅行[48]選抜高等学校野球大会の観戦[49] に出かけるなどしている。

政治活動の再開[編集]

2007年末、『産経新聞』のインタビューにて、「『美しい国』づくりはまだ始まったばかり」[50]と述べ、2008年からは活動を本格的に再開し「ジワジワと固まりつつある良質な保守基盤をさらに広げていく」[50]と答えている。

2008年以降は政治活動を徐々に本格化させ、中華人民共和国国務委員の唐家璇と会談するなど外交への取り組みも再開した。同年1月、参院選時の公約への根強い批判に反論し、年金記録の照合作業を2008年3月までに終わらせると公約したが国民一人一人への支払いを保証したわけではない、と主張した[51]。また、「本来は国民各自が責任を持って年金記録を管理すべき」と主張し、政府に頼る風潮に疑問を呈した[51]

2008年3月5日、安倍は勉強会「クールアース50懇話会」を立ち上げ、塩崎恭久や世耕弘成らが入会した[52]。設立総会において、安倍は「北海道洞爺湖サミットを成功させるのは私の責任」[53]と語り、同懇話会の座長に就任した。

3月6日、清和政策研究会(町村派)の総会に出席し、「首相として1年間、美しい国づくりに全力を傾注してきたが、残念ながら力が及ばなかった。私の辞任に伴い、みなさんに風当たりも強かったのではないか。心からおわびを申し上げたい」[54] と述べて所属議員に謝罪した。この総会にて安倍の派閥への復帰が承認され、清和政策研究会相談役に就任した。4月28日に「主権回復五十六周年記念国民集会」でスピーチ、4月30日には「中国の人権状況を考えるシンポジウム」に参加した。8月15日朝には、首相在任中に果たせなかった終戦の日靖国神社参拝を行った。

第45回衆議院議員総選挙直後に行われた2009年自由民主党総裁選挙では、麻生太郎とともに、平沼赳夫の自民党への復党と総裁選挙への立候補を画策したが、平沼が難色を示したため実現せず、西村康稔を支援した[55]

2010年4月義家弘介が初代塾長の信州維新塾開講式や6月(後に最高顧問就任する)J-NSC自民党ネットサポーターズクラブ設立総会にゲスト参加。10月25日、インドのマンモハン・シン首相を来賓として迎えて開かれた日印友好議員連盟の会合で「(日印両国は)民主主義と法の統治を共有する同盟に近い関係だ」と述べた[56]

2度目の総裁就任[編集]

2012年自由民主党総裁選挙 街頭演説会にて演説を行う安倍(2012年9月16日、長野県長野市)

2012年9月12日、谷垣総裁の任期満了に伴って行われる2012年自由民主党総裁選挙への出馬を表明。自らが所属する清和会の会長である町村信孝の出馬が既に取り沙汰されていたこともあり、前会長の森からは出馬について慎重な対応を求められていたものの、これを押し切る形での出馬となった。当初は、清和会が分裂選挙を余儀なくされた事や5年前の首相辞任の経緯に対するマイナスイメージから党員人気が高かった石破茂、党内重鎮からの支援を受けての出馬となった石原伸晃の後塵を拝していると見られていた。しかし、麻生派高村派が早々と安倍支持を表明した事などが追い風となり、9月26日に行われた総裁選挙の1回目の投票で2位に食い込むと、決戦投票では、1回目の投票で1位となっていた石破を逆転。石破の89票に対し108票を得て、総裁に選出された[57]。一度辞任した総裁が間を挟んで再選されるのは自民党史上初、決選投票での逆転は1956年12月自由民主党総裁選挙以来となった[58]。なお、安倍はこの時、自身の体調に関して前回の総理大臣辞任後に発売された特効薬によりほぼ寛解したと説明している。

内閣総理大臣に再就任[編集]

2012年12月16日第46回衆議院議員総選挙で自民党が294議席を獲得して圧勝、政権与党に復帰。同年12月26日に第96代内閣総理大臣に選出され、第2次安倍内閣が発足。1度辞任した内閣総理大臣の再就任は、戦後では吉田茂以来2人目である[59]

首相再登板後は、デフレ経済を克服するためにインフレターゲットを設定した上で、日本銀行法改正も視野に入れた大胆な金融緩和措置を講じ、多年に渡って続くデフレからの脱却に強い意欲を示す。大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略を三本の矢と称した一連の経済対策は、マスメディア等からアベノミクスと称され、話題となった。

2013年の訪米時(アメリカ合衆国ワシントン)

TPP問題[編集]

2012年11月14日の野田佳彦首相の解散表明により選挙の争点として浮上した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)について、当初の自民党はASEANでのTPP参加表明に反対し、「聖域なき関税撤廃」を前提とした交渉参加には反対するとしていたが[60]、安倍は日本商工会議所会頭の岡村正との会談で交渉に含みをもたせ、「TPP推進に対して強い交渉力を発揮して頂けるという強い意気込みは感じたので心強く思う」と評価された[61]。この岡村とのやりとりについて、経団連会長の米倉弘昌も「いいことだ」[62]と歓迎している。しかし、その後の記者会見では「交渉参加に前向きというのはあくまでミスリードだと思います。」[63]と否定し、その結果として衆院選では160人超の候補者が、TPP交渉参加反対を訴える農協(JA)系の政治団体から推薦を受け当選した[64]。 しかし、農水大臣に農政になじみの薄い林芳正を起用し[65]甘利明、麻生太郎など経済関係の主要閣僚にもTPP賛成派を配置[66]。さらに外交政策に関して助言を行う内閣官房参与には「(東日本大震災に対して)日本がんばれと言っているのではないかと思う。こうした声援に応えるためにも、日本は積極的にTPPに参加すべきである。」(2011年12月)[67]「(TPPは)日本が飛び乗るべきバス」(2010年12月)[68]との発言をしている谷内正太郎を起用した。また、TPP賛成派の岡素之大田弘子をそれぞれ内閣府規制改革会議議長及び議長代理とし、さらに新設の日本経済再生本部に設置された産業競争力会議のメンバーにも日本維新の会と関係の深い[69]TPP賛成派の竹中平蔵[70]や、TPP早期実現要請を行なっていた三木谷浩史[71]を加えた。経済全般のマクロ政策を決める経済財政諮問会議の民間議員も全員TPP賛成派で、高橋進は構造改革派の論客として野田佳彦民主党政権の方針を力強く後押ししていた人物[72]伊藤元重にいたっては「TPPに参加できないなら、農村部にある多くの工場は閉鎖を余儀なくされる」[73]というのが持論で、野田佳彦民主党政権の「社会保障制度改革国民会議」のメンバーでもあった[74][75]

2013年2月23日、日米首脳会談後に共同声明を出した。それまでの関税に関する見解(カークUSTR代表と玄葉外務大臣との会談)は「物品関税の最終的な扱いについてはTPP交渉プロセスのなかで決まっていくもの」[76]であったが、今回の共同声明は「一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する」[77]との表現になった。この会談の結果、主要全メディアにおいてTPP賛成が増加し、共同通信63%[78]、FNN53%[79]、テレビ朝日51%[80]、日本経済新聞47%[81]などとなった一方、ニコニコ動画では46.5%が反対[82]と回答した。

2013年3月8日、日本政府が野田佳彦内閣当時の昨年3月の段階から『TPP交渉参加後発組に出された3条件』を把握していたにもかかわらず、国民に条件を告知することなく交渉参加を推進していたことが判明した[83]。安倍はこの問題に関して衆院予算委員会で答弁を拒否し、質問した日本維新の会の松野頼久国会議員団幹事長が「政府が交渉参加のルールを探って議会に説明するのは当然の責任だ」と批判した[84]。また岸田文雄外相は「少なくともわが国には、そうした条件の提示は全くない。引き続き情報収集に全力を挙げる」と答弁していたが、9日になって安倍は「ルールを作っていく上で、最初に入った人たちが後から入った人に議論を覆されたら困るというのは、それはそうだろうと思う」と述べた[85][86]。安倍政権はこの3条件を政権移行直後に把握したが公表はしていなかった[87]

2013年3月14日、自民党のTPP対策委員会が「重要5品目等や国民皆保険制度などの聖域の確保を最優先」し、それが確保できないと判断した場合は「脱退も辞さない」とする決議をまとめた。ただ自民党執行部はこの決議に関して「彼らも地元に帰って反対してきたと言えるだろう」と慎重派のガス抜きであることを認めており、政府高官は今後の政府の交渉を縛らないと明言している[88]

「交渉参加に前向きというのはあくまでミスリードだと思います。」との発言からちょうど120日目にあたる2013年3月15日、TPP交渉参加という形で決着が図られることとなった[89]

2013年4月12日に決着したTPP交渉参加に向けた日米事前協議は大手各紙上でも『高い「入場料」』という言葉が飛び交い、米側に譲りに譲ったもの[90][91][92]となった。日本政府のTPP交渉担当者が「なんとしても7月中には交渉に加わりたいのだが……」とあせりの色を隠せない中での事前協議であり、交渉に入る前から通商条件で大幅な譲歩を迫られる可能性があった[93]が、現実のものとなった。焦点の自動車・保険分野では双方とも大幅譲歩であり、自動車分野では自動車関税について当面は乗用車・トラックの関税を維持した上、撤廃時期はTPPが認める範囲で最大限遅らせることで決着[94]、保険分野ではかんぽ生命のがん保険など新商品の申請を事実上凍結したため、投資家に訴える新規事業への参入が不可欠な2015年秋までの株式上場は計画の見直しが不可避[95]となり、政府が復興財源として期待していた日本郵政株式の売却収入4兆円が見通せなくなってしまった[96]。のみならず、非関税措置について9つの分野で日米間で継続協議[97]とされたため、1990年代に経験した日米構造協議、包括経済協議と同様に2国間の枠組みを使って日本に市場開放の圧力をかける構図が繰り返されることになった[98]

2013年9月25日、ニューヨーク証券取引所で行った講演で、「(日米)両国が、TPPをつくるのは、歴史の必然です。」との見解を示した[99]

労働市場の構造改革(日本版「ワッセナー合意」)[編集]

企業が賃上げを促進し、政府は賃上げ企業への優遇や失業者対策を進め、労働者は労働市場流動化に同意し失業増を受け入れるという日本版「ワッセナー合意」が構想されていることが明らかになった。ただし、オランダで起こったワッセナー合意は「労組は賃金の抑制」「政府は企業の社会保障負担を低減し労働者のための減税を実施」「経営者は仕事を分かち合い雇用を確保」という内容的には逆とも言えるものである[100]

日本版「ワッセナー合意」は、むしろ第1次安倍内閣で提唱された労働ビッグバン(日本版オランダ革命)に近いものであり、日本維新の会のブレーンで小泉構造改革の中心人物であった産業競争力会議メンバー竹中平蔵の主張である「再就職支援金の支払いを条件に従業員の解雇を認めるといった解雇ルール」や「正規と非正規の中間的な雇用形態の導入」などが盛り込まれている。これについては、失業増を受け入れる労働組合はもちろん経済界も難色を示しているとされる[101][102]竹中平蔵第1次安倍内閣の際には、著書の中で「既得権益を失う労働組合や、保険や年金の負担増を嫌う財界の反対で頓挫した」と述べていた[103]

日台漁業交渉問題[編集]

2013年4月に台湾との間で尖閣諸島沖の漁業範囲に関する取り決めを行った。この協定は官邸の独断で成立が決定されたため、水産庁や外務省などと事前協議を行っていた地元の漁協は強く反発し、「いずれこの漁業範囲から日本船が締め出され中国船や台湾船しかいなくなる」、と強い懸念を出している[104][105]。実際に台湾漁船は当協定の成立が決定すると、協定の発行前から認められる予定の漁業範囲さえ超えた範囲で操業を開始した[106]

参議院議員選挙での勝利[編集]

2013年7月21日、同月28日の任期満了に伴う第23回参議院議員通常選挙が行われた。自民党が政権を奪還し、第2次安倍内閣になってから初めての大型国政選挙となった。第1次安倍政権時に大敗を喫した第21回参議院議員通常選挙(前述)以降、参議院では政権与党が過半数を下回るねじれ国会が続いており(2009年の第45回衆議院議員総選挙から2010年の第22回参議院議員通常選挙までの期間を除く)、非改選議員と合わせて与党が過半数を確保できるかが最大の焦点とされていた。投開票の結果、前年12月の衆院選で大勝し政権与党に返り咲いた自民・公明両党が合わせて過半数を超える議席を獲得して大勝をおさめ、「ねじれ」を解消させることに成功。ここに安倍自身にとってもかつての雪辱を果たすことが叶った。

2020年東京オリンピック招致[編集]

2013年9月7日、ブエノスアイレスで行われた第125次IOC総会において東京都2020年夏季オリンピックの開催地に選ばれた。安倍は前年12月の首相就任以降、東京招致委員会の最高顧問として各国首脳との会談や国際会議の際に東京招致をアピールした。さらに、2013年3月に来日したIOC評価委員会との公式歓迎行事では演説を行い、歌を披露する場面も見られた。安倍は首相就任後、1964年東京オリンピックの開催が決定した当時の首相が祖父である岸信介であることを持ち合いに、自らがIOC総会に出席してプレゼンテーションを行う意欲を見せていた。これにより開催地決定の直前である9月5日と6日にロシアサンクトペテルブルクで開催されたG20を途中で切り上げ、6日にブエノスアイレスに到着しIOC委員へ東京支持を呼びかけた。

7日の総会では東京のプレゼンターの1人として演説を行い、「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。」と発言[107]。演説後の質疑応答では総会直前に明らかとなった福島第一原子力発電所の汚染水漏れ[108][109]に関する質問が出た。これに対し安倍は「結論から言うと、まったく問題ない。(ニュースの)ヘッドラインではなく事実をみてほしい。汚染水による影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートル範囲内で完全にブロックされている」、「健康問題については、今までも現在も将来も、まったく問題ない。完全に問題のないものにするために、抜本解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している」と答え[110]、「子供たちの将来や日本にやってくるアスリートに対する責任を完全に果たしていく」と述べた。しかし、その後の汚染水漏れのニュースは後を絶たず[111]、安倍の発言が東電の公表している状況とも異なっているなど[112]、状況は統御されていない事実が明らかになった[113]。このことは国会でも追及されており、安倍は追及に対して「事態は掌握しているし、対応はしている、という意味でコントロールと発言した」と抗弁している[114]

なお、9月19日に福島第一原子力発電所を視察した際、安倍は東電幹部に「0.3(平方キロ)は(どこか)」と尋ね、実際の範囲がどの程度か理解しないまま発言していた可能性があると共同通信に報じられた[115]

ちなみに、開催決定後、文部科学大臣下村博文を「東京オリンピック・パラリンピック担当大臣」に任命し、内閣官房に推進室を設置して各省庁との調整を行う組織を新設することを固めている。

特定秘密の保護に関する法律[編集]

2013年中旬から安全保障などの情報のうち「特に秘匿するが必要あるもの」を「特定秘密」と指定し、情報にアクセス出来る者の適正評価の実施や漏洩した場合の罰則などを定めた特定秘密保護法の検討を開始した。当法案には国内外で議論を呼び、報道各社が行った世論調査では廃案・見送りが多数を占めるものが大勢を占めたが[116][117][118][119][120][121][122]、一部賛成が反対を上回るものもあった[123]。法案は、2013年11月に衆議院で、12月に参議院で採決された[124]。衆議院では与党に加えみんなの党も賛成したが、参院では直前の与党議員の発言などを受け[125]全ての野党が賛成しなかった[126]。その後、安倍政権の支持率は急落した[127][128]。この法案に対しては国連が重大な懸念を表明し[129][130]、海外メディアからは「報道の自由及び民主主義の根本を脅かす悪法」[131]、「日本で内部告発者を弾圧する立法が成立した」[132]、「日本が報道の自由を制限」[133]などと報じられた。元アメリカ国防次官補のモートン・ハルペリンは「知る権利と秘密保護のバランスを定めた国際基準を逸脱している」と法案を批判した[134]。一方で、アメリカ合衆国国務省副報道官のハーフは記者会見で、日本で特定秘密保護法案が成立したことについて「情報の保護は同盟における協力関係で重要な役割があり、機密情報の保護に関する政策などの強化が前進することを歓迎する」と述べ[135][136]AP通信は「中国の軍事力増強に対抗するために強い日本を望む米国は、法案可決を歓迎している」と報じた[137]

同法案の詳細は以下を参照。

普天間基地移設問題[編集]

2013年12月25日、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設に向け、沖縄県知事仲井真弘多と会談し、日米地位協定に関し環境面を補足する協定を締結するための日米協議開始などの基地負担軽減策を示した[138]。仲井真は「驚くべき立派な内容だ」と評価して移設先である名護市辺野古沖の埋め立て申請を承認する方針を固め[138]、同年12月27日午前にこの申請を承認した[139]

消費税増税[編集]

安倍は元来消費税増税には慎重であるとされ、2012年自由民主党総裁選挙に立候補した5人による日本記者クラブ主催の公開討論会でも「時期を間違えると結果として経済の腰を折ってしまう。デフレがずっと今と同じままなら上げるべきでない」と言明した[140]。しかし、首相就任後に自身が指名した日本銀行総裁の黒田東彦が「現行計画の消費税率の引き上げでも成長は大きく損なわれず」と増税実施を主張した[141]ことなどもあり、増税実施へ徐々に傾いていった。2013年8月26日より、内閣府で集中点検会合[142]が開かれたが、有識者60人の大半が増税実施を主張[143]。2013年10月1日に正式に税率の8%への引き上げを表明した[144]。なお、日本銀行は2013年10月の時点で、消費税率を8%にアップさせた際の2014年度の実質GDPが前年比1.5%増に達する[145]としており、元日銀調査統計局長である早川英男[146]は、「(97年の増税後の景気低迷はアジア経済危機等が主因で)別に消費税のところで景気が大きく落ちたわけではない」「短期の景気見通しは、当たり前ですけれども明るい」と語っていた[147]

再増税が実施される場合は2015年10月に予定されているが、2014年6月24日のインタビューで安倍は「やっとつかんだ(デフレ脱却の)チャンスを逃してしまうかもしれないなら、引き上げることはできない」と述べ、11月発表の7~9月期の実質国内総生産を待って最終判断を下す考えを示した[148]。また2014年4月の増税以降、大幅に悪化する指標が相次いでいる。7月10日に発表された5月機械受注は、官公需が22.4%増だったにもかかわらずリーマンショックを越える前月比19.5%減と過去最大の減少幅(ロイターの事前予測調査0.7%増)[149]。6月27日に発表された5月の実質消費支出は、実質前年比で8.0%減(ロイターの事前予測調査2.0%減)と東日本大震災以来の落ち込み[150]。7月30日に発表された6月の鉱工業生産も東日本大震災以来の落ち込みとなる前月比3.3%減で、経済産業省は「総じてみれば、生産は弱含みで推移している」と判断を下方修正[151]。経産省関係者は「過去にもなかなかない」ほどの低下幅だと語った[152]。しかし7月10日には、公益社団法人である日本経済研究センターが、7-9月期の実質成長率予測を季調済み前期比年率2.65%と主張。この予測が「15年10月からの消費増税“第2弾”(2%の追加増税)を後押しする」とした[153][154](この予測を行ったエコノミスト40人には菅野雅明熊谷亮丸武田洋子といった集中点検会合[142]に参加していたメンバーも含まれている)[155]。なお、8月13日に発表された4-6月期の実質GDPは前期比1.7%減、年率6.8%減と東日本大震災以来の大きな落ち込みとなり[156]、「谷深ければ山高し」との理由から日本経済研究センターは7-9月期実質成長予測を前期比年率4.08%増と修正。その報告の中で、景気の「1月ピーク説」との見方がにわかに台頭し、消費増税でもアベノミクス景気は腰折れしないとの見方が覆るかもしれないとした[157]。8月9日発売の「文芸春秋」において、安倍は「経済成長こそが安倍政権の最優先課題であることを明言する」とデフレ脱却への決意を語った[158]

2014年8月24日、日本銀行総裁の黒田東彦は「雇用などが伸びており、底流の動きはしっかりしている。7-9月期から回復する」と表明[159]ブルームバーグによると『日銀ウオッチャー』とされるエコノミスト31人を対象に8月25日から28日にかけて行った調査で、29人中26人が増税を決断すると回答(ここには菅野雅明熊谷亮丸、高田創、西岡純子といった集中点検会合[142]のメンバーが含まれている)[160]。8月26日、内閣府は景気の現状をチェックする専門調査組織「政策コメンテーター委員会」(会長は伊藤元重)のメンバーを決定(ここには國部毅清家篤、高田創、中空麻奈といった集中点検会合[142]のメンバーが含まれている)[161][162][163]。8月29日に総務省が発表した2014年7月の全世帯の実質消費支出は前年比で5.9%減と大幅に悪化。前月比でも0.2%減。勤労者世帯の実収入は実質で前年比6.2%減 となった[164][165]

2014年9月30日に発表された8月の全世帯の実質消費支出は対前年比で4.7%減(ロイターの事前予測では3.8%減)[166]、さらに同日に発表された8月の鉱工業生産は前月比1.5%減(ロイターの事前予測では0.2%増)と大幅に悪化[167]し、経済産業省は「生産調整が追い付かず、在庫が積み上がっている」とコメントした[168]。市場関係者は「8月の生産統計の弱い数字にはかなりショックを受けている」とし、SMBCフレンド証券の岩下真理は「これでは、7-9月期は消費だけでなく、設備投資も持ち直さないだろう。」と指摘。また、雇用・賃金統計は遅行指標となるため、クレディ・スイス証券の白川浩道は「求人市場も景気後退的な局面に入ったと判断される」と語った[169]

2014年10月7日の参議院予算委員会で、安倍は「今の社会保障制度を次世代に引き渡し、子育て支援のために資金を国民に負担してもらうための消費税だ。仮に消費税率を10%に引き上げなかった場合、社会保障の予算は減ることになる」と述べた[170]。また、同日にIMFは、2015年10月に予定される10%への消費税率引き上げを予定通り実施するべきとの見解を示した[171]。これについては、IMFには財務官出身の副専務理事や財務省からの出向職員が多数いるため、ロイター東京支局の記者がIMF(または財務省)に取材して書き込んだといった意見もある[172]ロイターは論説で、民間エコノミストの間では7-9月期成長率が当初の4%台の見通しから2%台に下方修正されており、政府内には成長率の数字が低くても消費税の再増税を認めるという「ハードル引き下げ論」が浮上していると報じた[173]。国債に関しては、衆議院財務金融委員会において日銀総裁の黒田東彦と財務大臣の麻生太郎が、「(増税先送りをすると、日本国債への信認低下によって)対応が極めて困難になる」と足並みをそろえた[174][175]。一方で、財務省は国債入札に上限制を設ける検討に入っており、2015年度にも証券会社や銀行が応募できる金額を発行予定額の2分の1に制限する方向となった[176]。10月17日には、いわゆる「札割れ(日銀の国債の買い入れに対して、民間金融機関による応札額が買い入れ予定額に届かないこと)」が発生し、金融機関が安全資産とされる日本国債を手元に置く動きをしていることが分かった[177]

2014年10月17日、安倍はフィナンシャルタイムズのインタビューに応じ、増税で景気後退すれば歳入も減少して施策自体が無意味になると述べた[178]。10月21日、政府は10月の月例経済報告を2ヶ月連続で下方修正し、消費の足踏みが生産に波及してきたとの見方を示した。また、コアコアCPIの上昇が止まっており「緩やかに上昇している」から「このところ上昇テンポが鈍化している」に修正した[179]。10月22日、自民党内の慎重派の議員連盟が勉強会を開き、議連会長の山本幸三は「消費増税はマイナスの影響しかない。慎重にタイミングを計るべきだ」と述べた[180]

2014年10月26日、日本経済新聞の世論調査で消費税率の10%への引き上げについて70%が反対していることが分かった[181]。10月27日、日本経済新聞は税率再引き上げに関して意見を聞く点検会合のメンバーを報じ、取材によると約40人のメンバー中で数人が増税に反対であるとした[182]。10月29日に選抜メンバー42人が正式に発表され、日本経済新聞の事前報道に加えて、昨年の会合で2014年度はゼロ成長になると主張していた片岡剛士[183]などが入った[184]。財政制度等審議会会長の吉川洋[185]日本銀行出身の武田洋子[186]、西岡純子[187] などは今回も選抜メンバーに入った[182]日本銀行副総裁である岩田規久男インフレ目標達成に懐疑的な民間識者を「足し算エコノミスト」と批判している[188]が、今回点検会合のメンバーに選ばれた吉川は「物価は足し算だ」と日本経済新聞のインタビューで述べ、貨幣数量理論を否定した[189]。10月29日、9月の鉱工業生産指数が発表され、前月比2.7%増(ブルームバーグの事前予測は2.2%増)[190]と大幅に回復。基調判断は「生産は一進一退にある」と上方修正された[191]。実質輸出が9月に増加し、在庫も0.8%低下と5カ月ぶりに低下した。スマートフォン向けなど液晶アジア向け出荷が伸び[192]、自動車など輸送機械工業の生産が中東・アジア向けの輸出の増加[193]に支えられて反転した。9月にはアイフォーン効果があったためその後の動向は不透明で、出荷・在庫のバランスが4カ月連続でマイナスとなって在庫が積みあがっているという指摘もあった。[192]四半期ベースでみると、7-9月期は前期比1.9%減の96.7で、消費税率の引き上げ直後で生産が落ち込んだ4-6月期よりも低下した[194]

2014年10月31日、9月の家計調査で全世帯の実質消費支出が対前年比で5.6%減となり、低迷が鮮明となった[195]。全10項目のうち、増加は自動車購入を含む「交通・通信」のみで他の項目はすべて減少した[196]。同日、日本銀行は追加金融緩和に踏み切り、日銀総裁の黒田東彦は「日本経済はデフレ脱却に向けて正念場にある。」と述べた[197]

政見・政策[編集]

国家像[編集]

美しい国
総裁戦直前の2006年7月19日に自らの政治信条を綴った自書『美しい国へ』を出版し、10刷・51万部以上を発行する[198]ベストセラーになった。政権スローガンも「美しい国日本を作る」とし、自身の政権を「美しい国づくり内閣」と命名した。自身の政権の立場を“「戦後レジーム(体制)」からの新たな船出”と位置づけている。現行憲法を頂点とした行政システムや教育、経済、安全保障などの枠組みが時代の変化についていけなくなったとし、それらを大胆に見直すとしている。小泉構造改革について好意的に捉え、安倍政権においても引継ぎ加速させる見解を総理就任記者会見で表明している[17]左派からは内閣発足当初から集団的自衛権を容認しアメリカに追従する軍国主義的な体制を作ろうとしていると批判された[199]。また「美しい国」という理念について、何が・また何をもって“美しい”とするのかはっきりせず、抽象的であるとする批評もある[200][201]
グローバリゼーション展開
政治家となって以来、日本の市場を、オープンにして国を開く事を自分の中に流れる一貫した哲学とし[202]安倍内閣成長戦略の方針の一つに、「人材や産業を始めとする徹底したグローバル化」を示し[203][204]、「もはや、国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました。[99]」と発言するなど、「世界に対してどこまでも、広々と、オープンにつながる日本」を追い求めている[202]2006年の所信表明演説で安倍は、「ヒト・モノ・カネ・文化・情報の流れにおいて、日本がアジアと世界の架け橋となる「アジア・ゲートウェイ構想」を推進する。」と表明[205]。「世界一、ビジネス・フレンドリーな国にしたいと、私たちは言い続けています。この点、シンガポールに追いつき、できれば追い越したい。真剣に、そう思っています。」[206]、「(日米)両国が、TPPをつくるのは、歴史の必然です。」という見解を示し[99]グローバル企業活動の国境の撤廃を目指している[207]2014年4月、安倍が内閣総理大臣時代の首相官邸ホームページには、「企業活動の国境、なくす」「グローバル企業は、関税の障壁など、国内外の市場にまたがる制度面の障害をクリアし、より自由に活動できるようになります。」と書かれている[207]。また、「私は、日本を、アメリカのようにベンチャー精神のあふれる、「起業大国」にしていきたいと考えています。[99]」とも述べている。
アジア・ゲートウェイ構想
第165回国会所信表明演説にて「日本がアジアと世界の架け橋となる『アジア・ゲートウェイ構想』を推進します」[205]と述べ、内閣官房に「アジア・ゲートウェイ戦略会議」を設置した。第166回国会施政方針演説では、2007年5月までに「アジア・ゲートウェイ構想」を取りまとめると明言した[208]が、この構想の議論が本格化すると、閣内で対立が尖鋭化する。2007年5月、内閣官房長官塩崎恭久内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)大田弘子、特命担当大臣(規制改革担当)渡辺喜美内閣総理大臣補佐官(経済財政担当)根本匠の四者がこの構想について協議した際には、意見の相違から渡辺が根本に掴み掛かる[209] など混乱し、塩崎が仲裁する事態に発展した。

地方自治[編集]

構造改革の推進者であり、地方分権改革(道州制)を推進している[210]
道州制特区法の制定・道州制推進
2006年(平成18年)に北海道地方等の特別区域で道州制を導入できる道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律を成立、公布・施行した。道州制導入についても2007年の所信表明演説で「道州制は地方分権の総仕上げ」と表明し[211]、道州制が地方分権の最終形態として好ましいとの見解である[212]

外国人政策[編集]

実質的な移民政策

移民は母国以外の国へ移住し、長期滞在する者を意味し、外国人労働者受け入れの規制緩和は「移民の大量受け入れ」と軌を一にし[213]、外国人労働者受け入れの規制緩和により入ってくる移民の大半は中国人になるだろうといった見方が出ており[213]、安倍内閣は、中国からの公費留学生の大量受け入れや[214][215]、高度人材認定外国人の長期滞在環境を整えるなど[216][217]、実質的には、大半が中国人となる移民労働者受け入れ要件緩和政策[213]を推進している[216][217][213]。 また、安倍は、女性の社会進出推進の観点から、家事や介護の分野への外国人材活用促進を指示している[218]

中国からの公費留学生の大幅拡充

2005年に都内の専修大学講演の中で「中国からの公費留学生の数がまだまだ少ない。思い切って増やして、反日にならずに日本を知ってもらうよう、我々も努力をしていかねばならない」との見解を示し[214]、以後、アジア・ゲートウェイ構想において、公費留学生受け入れの大幅拡充、在留資格制度見直し、留学生の就職を促進している[215][214]

出入国管理・難民認定法改正案を閣議決定

2014年3月11日に、安倍内閣は、高度人材と認定された外国人が永住権を取得するために必要な在留期間を3年に短縮、親や家事使用人の帯同も認められるようにする出入国管理・難民認定法改正案を閣議決定する[217][216]。外国人労働者受け入れの規制緩和と「移民の大量受け入れ」は軌を一にし、外国人労働者受け入れの規制緩和により入ってくる移民の大半は中国人になるだろうといった見方が出ている[213]。安倍が、出入国管理・難民認定法改正案の閣議決定後の2014年4月20日にテレビ番組「たかじんのそこまで言って委員会」に単独出演し、その場で披露した見解が「J-castニュース」で取り上げられた。それは「日本の国力を維持するためには移民の受け入れも必要」という質問に○か×かで答えるコーナーで×をあげた[219]事や、「移民を受け入れてきた多くの国々が、様々な摩擦が起こって、入ってきた人々も、そこにいる人々も不幸な出来事がたくさん起こっている」と述べる[219]一方で、「いろんな生産現場で人手不足になることは間違いない」として外国人労働者の受け入れには前向きな姿勢を示し、滞在期限を区切る形で受け入れるとするもので[219]、安倍内閣としては高度外国人材に認定されれば、在留3年で永住権を取得できる法改正を閣議決定していたため、[216][217]こうした態度に対し、テレビ発言を取り上げた「J-castニュース」記事上では「安倍首相の中では外国人労働者の受け入れ拡大と移民政策の間には明確な線引きがあるようだ。ただ、こうした認識はまだまだ理解が広がっておらず、混乱を招く恐れがある。」といった見方をされている[219]

ビジネス外国人の再入国簡素化

外国人ビジネスマンが再入国に入国審査官の面接を必要とせず、指紋とパスポートの認証のみで入国可能な自動化ゲートを利用できるサービスの2015年度開始を目指している[220]

憲法[編集]

総裁選では施行60周年を迎えた日本国憲法を改正すると宣言し、総理就任後の国会で、「現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、60年近くを経て現実にそぐわないものとなっているので、21世紀にふさわしい日本の未来の姿あるいは理想を憲法として書き上げていくことが必要と考えている」と述べた[221]。また“私は、国会議員になった当初から改憲論者だが、3つの点で憲法を改正すべきだと主張してきた。第一の理由だが、現行憲法は占領軍の手によって、憲法の専門家ではない人たちによって2週間そこそこで書き上げられた、と言われており、やはり国の基本法である限り、制定過程にもこだわらざるを得ない”と述べた[222]

外交[編集]

2006年のAPECにて、大韓民国大統領盧武鉉、アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュと共に

第1次安倍内閣においては、「価値観外交」と「主張する外交」を外交の基本路線とした。このうち、「価値観外交」は、自由、民主主義、基本的人権法の支配という普遍的な価値観を共有する国の輪を世界、アジアに拡大して行くことを目指す外交戦略である[223]が、第1次安倍内閣で外務大臣を務めた麻生太郎が、「自由と繁栄の弧」として初めて提唱したものである。自由と繁栄の弧は、民主主義や法の支配などの価値について、日本が非欧米圏における先駆者としての地位にあることに着目した上、北東アジアから、東南アジアを経て、インド、中東、中央アジア、中・東欧にかけての「弧」上にある国との間で、日本がリーダーシップをとってこれら価値を共有し、「弧」地域全体の繁栄に貢献する、その結果として経済や安全保障などで日本も国益を享受するという構想といえる[224][225]

2012年12月28日に発足した第2次安倍内閣も、麻生太郎を副首相兼財務大臣としたほか、第1次安倍内閣当時に外務事務次官として「自由と繁栄の弧」の企画・立案を行ったとされる谷内正太郎を内閣官房参与としており、改めて自由と繁栄の弧を基本とした外交政策を打ち出すと指摘されている[226]、安倍が、平成24年12月28日にロシア、ベトナム、インドネシア、オーストラリア、インドなどの首脳と相次いで電話会談を行ったのもその表れと指摘されている[227]。またプラハに本拠を置く国際NPO団体「PROJECT SYNDICATE」のウェブサイトに、12月27日付けで安倍晋三首相の英語論文が掲載され、そこで「アジアの民主主義セキュリティダイアモンド構想」を世界に向けて主張している[228]

第2次安倍内閣における「価値観外交」の特色は、中国やインドの間という地政学的優位性が高い上、経済や安全保障での重要性も高まる東南アジアを重視する点である。第2次安倍内閣最初の閣僚外遊は、麻生太郎副総理兼財務相・金融相のミャンマー訪問であった。この点、麻生副総理は、「閣僚の最初の訪問先がミャンマーとなったこと自体、政権としてのメッセージである。」と述べている[229]。安倍晋三首相も、就任後最初の外遊先として、2013年1月16日から18日にかけ、ベトナムタイインドネシアを訪問。アジア太平洋地域の戦略環境が変化する中で、地域の平和と繁栄を確保していくため、自由民主主義基本的人権法の支配など普遍的価値の実現と経済連携ネットワークを通じた繁栄を目指し、日本はASEANの対等なパートナーとして共に歩んでいく旨のメッセージを各国首脳に伝達した上、対ASEAN外交5原則を発表した[230]

日本の価値観外交においては、港や道路などハードのインフラの整備だけでなく、投資環境整備にもつながる法整備支援や、人材育成といったソフトのインフラ整備への協力を、日本の役割として位置付けることが重要と指摘されている[229]

第1次安倍内閣当時、「自由と繁栄の弧」には、民主主義や法の支配などの価値を共有しているとはいえない中国の反発を招くとの批判もあったが、日本の国際的存在感の低下、尖閣諸島問題に象徴される日中間の力関係の変化という新たな国際情勢のもと、中国との正面衝突を回避しつつ、アジアにおけるパワーバランスを適正に保ち、アジア及び世界の安定と発展に寄与する外交政策であると再評価されている[231][232]

アメリカ合衆国
小泉政権により強化された日米安全保障条約をさらに充実させるため在日米軍自衛隊の一体化を目指しており、集団的自衛権行使のための憲法改正も視野に入れている。
安倍政権の外交方針について、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」や沖縄タイムスなどからは対米追従であるという批判[233][234]や懸念[235]があるが、2013年3月の施政方針演説[236]によれば「日米同盟をより強固にしたい。わが国の安全確保の観点から当然の取り組みであり、地域の平和と安全に資する。対米追随外交との指摘はまったくあたらない」としている。
2014年4月24日の日米首脳会談で、日本の超電導リニア新幹線の技術をアメリカへ無償提供すると表明する[237]。2013年2月の首脳会談でも「日米同盟の象徴」と技術提供を提案していた[238]。なお、リニアの研究は1962年から開始しており、通常では、リニア技術提供を望む場合、ライセンス料が徴収される[238]。2013年3月には、日本企業が米軍のF-35開発に参加することを提言した[239]
イギリス
2014年7月17日国家安全保障会議で、戦闘機用のミサイルをイギリスと共同研究することを決めた。[240][241]。この研究は現状日本のシーカー技術を適用した場合どの程度の性能になるかをシミュレーションするもので部品などをやり取りすることはないという[242][243]
東南アジア
第2次安倍内閣は、経済や安全保障での存在感が高まる東南アジアを重視している。就任後1ヶ月以内に、自身のベトナムタイインドネシア訪問、麻生太郎副総理のミャンマー訪問など、閣僚がアセアン主要国を次々と訪問した。自由民主主義基本的人権法の支配など普遍的価値の実現と経済連携ネットワークを通じた繁栄を目指し、日本はASEANの対等なパートナーとして共に歩んでいく旨のメッセージを各国首脳に伝達した上、2013年1月18日には、訪問先のインドネシアにおいて、以下の対ASEAN外交5原則を発表した[230]
  • 自由,民主主義,基本的人権等の普遍的価値の定着及び拡大に向けて,ASEAN諸国と共に努力していく。
  • 「力」でなく「」が支配する,自由で開かれた海洋は「公共財」であり,これをASEAN諸国と共に全力で守る。米国のアジア重視を歓迎する。
  • 様々な経済連携のネットワークを通じて,モノ,カネ,ヒト,サービスなど貿易及び投資の流れを一層進め,日本経済の再生につなげ,ASEAN諸国と共に繁栄する。
  • アジアの多様な文化,伝統を共に守り,育てていく。
  • 未来を担う若い世代の交流を更に活発に行い,相互理解を促進する。
また同日にジャカルタで行う予定であったが、安倍がアルジェリア人質事件発生の影響で予定を早めて緊急帰国することとなったことにより行われなかったスピーチが、首相官邸のHPで公開されている[244]
中華人民共和国
2006年の総裁選は、ありのままの日本を知ってもらうために多くの中国人留学生を受け入れるべきと主張し、小泉政権時に悪化した日中関係の改善に意欲を見せた[245]。首相就任後、真っ先に訪中して胡錦濤国家主席と会談する。この訪中は中国側から「氷を砕く旅(破氷之旅)」と呼ばれて評価された。
中華民国台湾
祖父である岸信介や父・晋太郎も親台派であり、自身も台湾などとの交流強化を目指している亜東親善協会の会長を2012年の首相就任まで務めていたほか[246]、第一次安倍内閣の際には羽田空港松山機場との間の直行便を推進したり、野党時代には台湾を訪問し馬英九総統、李登輝元総統などと会談を行うなど、筋金入りの親台派と言える。また、中華民国政府も安倍のことを親台派であると評価している[247]。なお、台湾との党内窓口機関は自由民主党青年局だけである。ここで毎年日台相互訪問を実施している。
大韓民国
かつて1960 - 1970年代に韓国が親日・親米保守軍事独裁政権(朴正煕政権。現在セヌリ党)だった頃、父・晋太郎が親韓派であったため[248]、その影響からか第一次安倍内閣時には「韓国はまさに日本と同じ価値観を持っている」と親韓的発言が見られたが[249]、近年、竹島問題や韓国大統領による天皇への土下座要求問題などが持ち上がって以降は強硬姿勢を見せている。
2013年の韓国の保守系有力メディア「月刊朝鮮」(2013年4月号)による安倍へのインタビューでは安倍は日韓関係はじめ歴史問題や憲法改正などについて語っている[250]
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
2007年2月12日に来日したチェイニー米副大統領に、拉致問題が解決するまで北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除をしないように要請した[251]。3月1日、6者協議の日朝国交正常化に関する作業部会への対応について「拉致問題の完全解決、前進を目指して全力を尽くすように」と指示し、エネルギー支援の参加についても「我々が判断をして決めていきたい。北朝鮮が決めることではない。我々が(拉致問題で)納得できなければ前進とは認めない」と強調し、拉致問題を安倍政権の最重要課題とする従来の姿勢を確認した。
オーストラリア
オーストラリアとは「基本的価値観を共有する[252]国家として連帯強化を目指している。日豪FTAの交渉を開始し、2006年12月に合意した。2007年3月13日には安全保障協力に関する日豪共同宣言ジョン・ハワード首相とともに署名した。この宣言にはPKOなどの海外活動や対テロ対策、北朝鮮問題などで日豪が協力する、安全保障協議委員会の設置などが明記されていた[253]。「豪との共同宣言が中国狙ったものでない」とした[254]
インド
日印両国を基本的価値と利益を共有するアジアの二大民主主義国家とし、更なる関係強化を目指している。2007年8月に日印首脳会談を行い、政治・安全保障、経済、環境とエネルギーなど多岐に渡って合意した。また、インドの国会において、日印間の更なる関係強化について「二つの海の交わり」と題する政策演説を行った。外務省は「この演説内容はインドに非常に高く評価され、スピーチ終了後は総立ちとなるスタンディングオベーションとなった」と発表している[255][256]
アフリカ
アフリカ諸国との関係も重視している。2014年1月にはオマーンを訪問し、さらにコートジボワールを訪れた[257]

安全保障[編集]

日本版「国家安全保障会議」(NSC) 構想を推進した。総理就任以前から憲法改正に関しては集団的自衛権の容認を打ち出してきた。2007年には安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会を開催、集団的自衛権の行使は日本国憲法第9条に反しないとの報告書を得て、宮崎礼壹内閣法制局長官に対し、解釈変更の指示を行ったが、職員の総辞職の可能性を示される抵抗を受け頓挫した[258]。2013年の第2次安倍内閣では、懇談会の立案実務を担当した小松一郎元外務省国際法局長を、内閣法制局長官に就任させる運びであることが報道されている[259]

2006年11月14日、安倍内閣は閣議で、核保有についての鈴木宗男質問主意書[260]に対して、「政府としては、非核三原則の見直しを議論することは考えていない」と強調しながらも、「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度にとどまれば、保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」との答弁書[261]を出した。

第2次安倍内閣においては武器輸出三原則の撤廃を含めた根本的な見直しに着手[262][263]2013年9月28日小野寺五典防衛大臣は、最先端の兵器は国際開発が主流であり、日本はその流れから取り残されているとして、武器輸出三原則を抜本的に見直す考えを示した[264]

2014年3月、武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」の原案が与党のプロジェクトチームに示され[265]、同年4月1日に武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則が閣議決定された[266]

尖閣諸島問題[編集]

「歴史と国際法によって、尖閣諸島(中国側:釣魚島)が日本の領土であり、中国と交渉の余地はない」と明言している[267]

教育[編集]

総理大臣官邸を訪れたハーバード大学学生らと内閣官房長官塩崎恭久と安倍晋三

2006年12月に教育基本法を改正し、教育の目標の一つとして愛国心という言葉を盛り込んだ他、義務教育9年の規定や男女共学の項を削除した。内閣府直属の「教育再生会議」を立ち上げ、2007年6月には教員免許更新制を導入した。その他、学校週五日制の見直しや大学進学の条件として社会奉仕活動の義務化を提唱した[268]。その他の政策としては、教育バウチャー制度の導入を検討、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト」の座長を務め、自民党の山谷えり子らとともにジェンダーフリー教育に対する批判等を行った[269]

改正後の教育基本法については、「一見、立派なことが書いてあるが、家族・郷土・歴史・伝統・文化・国など、私たちが大切にしなければいけないものが抜け落ちている。日本人として生まれたことに誇りを持つためには、そうしたことを子どもたちに教えていくことが大切ではないか」「“世界から尊敬されている”ということも、誇りが持てるということにとって大切だ。世界に貢献していく際に“日本はこういう理想を持っており、こういう世界を実現していきたい”と述べていく必要がある」と述べている[222]

また、親学を推進する[270]。親学推進議員連盟の会長をつとめ[270]、2012年の「山口県親学推進セミナー」では「戦後の教育の問題点は家庭教育がスポッと落ちてしまい、その存在が希薄化されてきたことにある。家庭教育支援の思索を推進していくように政府は勤めていかなければならない」と述べている[270]

第二次政権時においては、教育再生実行会議の第一次提言や2013年3月の施政方針演説より、

  • 6・3・3・4制の見直しによる「平成の学制大改革」を始める
  • 道徳の教科化
  • いじめ対策の法制化

などが主たる教育政策である。

第一次政権時の教育政策については教育再生会議第二次政権時については教育再生実行会議も参考のこと。

民法改正[編集]

女性が離婚後300日以内に出産した場合、子供は戸籍上、離婚前の夫の子供になるという民法の規定に関しては、2007年2月15日の参院厚生労働委員会の少子化問題に関する集中審議において「見直しの要否を含めて、慎重に検討する」と回答[271]、2月23日の衆院予算委員会において「時代が変わってきて親子関係はDNA鑑定ですぐにわかる」と回答[272]し、民法第772条の改正に積極的な姿勢を示した(ただし与党内の諸事情により改正に至らず)。

婚外子の遺産相続分を嫡出子の半分とする規定を削除する民法改正に関しては、2013年10月18日の参院本会議において「不合理な差別は、解消に向けて真摯に取り組む必要がある」と回答[273]し、民法第900条を早期改正する姿勢を示した。

選択的夫婦別姓制度導入に関する民法改正については、2002年に同制度が議論された際には、安倍が「反対の急先鋒」であった、と菊田真紀子から青少年問題に関する特別委員会において指摘されている[274][275]。2014年時点では女性支援策を推進するものの、当時の安倍(“夫婦別姓”に反対し、子育ては女性がやるものだという古い考え)が知られているだけに、セクハラ等の女性問題に対し「焦る」感覚がある[276]

公務員改革[編集]

内閣府特命担当大臣(規制改革担当)に渡辺喜美を置き、官僚主導の政治体制、公務員の給料制度、天下り、業界の談合体質など官僚にまつわる諸悪を摘出し、政官業の関係を健全化しようと国家公務員法改正を打ち出した。同改正法に基づいて (1) 官民人材交流センター(人材バンク)の制度設計 (2) キャリア制度の見直し、という2つの作業が開始され、それぞれについて有識者懇談会が設けられた。安倍も成田空港社長に官僚OBがなることを却下したり、東京証券取引所への天下り人事にも横槍を入れるなどの行動を見せていたが、官僚や自民党内から激しい抵抗が起きるようになる。渡辺喜美行政改革担当相が、自民党行政改革推進本部の会合に出席し、各省庁による天下り支援を禁止する案を説明すると、党側に『各省にあっせん機能を残すべきだ』と猛反発されたり、天下り規制の懇談会にて天下りをしている元事務次官7人のヒヤリング調査をしようとしたところ、担当官僚が元事務次官に懇談会出席の要請すらしないなどの抵抗が見られた。

この公務員改革で安倍は、特に社会保険庁改革(社保庁民営化)に力を入れていた。年金行政への信頼回復とともに、社保庁の民営化によって公務員削減の突破口にしたいとの狙いからだった[277]が、ここでも激しい抵抗にあった。田原総一朗は、安倍が社保庁民営化を目指していたことで、社保庁がクーデターを起こし、社保庁の年金が酷い状態であるということを社保庁自らが民主党やマスコミに選挙前に広め、「いかに安倍が危機管理ができないか」と国民に思わせて退陣を狙う「自爆テロ」を行い、そしてマスコミもそれに乗った、と指摘した[278]

労働政策[編集]

再チャレンジ政策
小泉政権下によって生じた都市と地方の歪や不安定雇用の増加やいわゆる経済的不平等の是正を掲げ、再チャレンジ政策の一環としてフリーター正社員として採用するよう企業に要請したが、2006年8月の 経団連が会員企業に行なったアンケートによると、フリーターの正規社員採用に約9割が消極的であるとの結果であり、期待通りの成果は出なかった。「ワーキングプアと言われる人たちを前提に言わばコストあるいは生産の現状が確立されているのであれば、それはもう大変な問題であろう」と述べ、「企業も非正規雇用者が正規社員へ常にチャレンジができるように積極的に取り組むことが、中、長期的には企業への信頼感、活力も高まる」という旨の考えを示しており、偽装請負等に関しても、「法令労働基準法に反していれば厳格に対応していく」旨を述べている[279]
ホワイトカラーエグゼンプション(事務職残業手当適用除外制度)
メディアで「残業代ゼロ法案」と批判的に報じられ、反対世論が強まったため、2007年1月17日、「現段階では国民の理解を得られない」として、国会提出を断念した。
最低賃金
最低賃金の抜本的引き上げは、「中小企業を中心に労働コスト増で、かえって雇用が失われ非現実的だ。」とした[280]。2007年3月の参議院の予算委員会では、「最低賃金制度を生活保護以上にしていくという改正を行い、成長力底上げ戦略を進めていく中で、中小企業と労働者の生産性を上げることによって、最低賃金も上げるという二段構えの仕組みを検討している」考えを示した[281]
地域間格差
格差はいつの時代もあるわけであって、格差を全くなくすことはこれは不可能であろう」、「努力した人が報われる社会をつくっていく、汗を流した人、頑張った人が、知恵を出した人が報われる社会をつくっていかなければいけない」、「結果平等の社会をつくろうとは全く思っていない」、「格差においては、これは不公平、不公正な競争の結果であってはならないし、また、社会的にこれはやはり容認できないという格差であってはならない」、「格差が固定化されてはならない」と述べている[282]

治安政策[編集]

組織犯罪処罰法(いわゆる「共謀罪法案」)について、「国際社会で組織犯罪に対応していく役割を果たす上で早期に「国際組織犯罪防止法条約」を批准をする必要がある」として2007年1月25日召集の通常国会で成立を図るよう指示したが、世論や自民党内からの反発が強く、継続審議となった[283]

党運営[編集]

郵政民営化時の造反議員を復党させた(郵政造反組復党問題)。これに対しては国民から強い反発が出たため、支持率はその後低下した。

社会保障[編集]

中国残留孤児
中国残留孤児問題における訴訟では請求を取り下げられた原告団に面会し、新たな支援を検討していくことを確認した。
慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」
2007年2月23日に、熊本市の慈恵病院が赤ちゃんポストの設置を計画していることについて、「ポスト」という名前や匿名で子供を置いていけるものだということに大変抵抗を感じると反対の意向を示した[284][285]
年金問題
年金記録問題では民主党の小沢一郎との党首討論で「消えた年金はどうするのか」という野党からの追及に対し「年金は消えたわけではない」として年金時効撤廃特例法案など具体的な救済案を提示した。該当者不明の年金記録5000万件の照合作業については「三千万人の方々とこの二千八百八十万件を一年間のうちに突合いたします」[286]「一年間で私たちはすべて突合を行うということをお約束をする」[286]と断言、当初2年程度を想定していた調査期間を前倒しすると表明し[287]、自民党の公式HPでも宣伝した。第21回参議院議員通常選挙の際は、安倍自身が「最後の一人まですべての記録をチェックし、まじめに保険料を払ってきた人の受給を保障する」[288]と各地で演説した。
メディアや専門家からは、その公約の実現性に対して当初から懐疑的な意見が出されていた[289]社会保険庁は年金記録の照合作業を進めたものの、2008年3月末までに持ち主が判明するのは1000万人程度に留まり、名寄せ困難な記録が1975万件に達すると発表された(人数や件数は2007年12月時点での推計値)[290]。安倍の公約実現は絶望的となり、後任の首相である福田康夫が謝罪する事態となった[291]。福田は「(当時の)安倍総理は割合ときちんと言っているんじゃないかと思います」[292] と安倍を擁護したが、内閣官房長官の町村信孝は「亡くなった方もいる。『最後の一人まで』ということはありえない。もとより無理」[291] と述べ、安倍の公約の問題点を指摘した。
2008年1月、安倍はマスコミとの懇談の席上、「年金ってある程度、自分で責任を持って自分で状況を把握しないといけない。何でも政府、政府でもない」[51]と指摘した。公約違反との批判に対しては「今になって(参院選の)選挙演説の『最後の一人までチェックして支払います』が公約違反と言われるけど、俺は一言も三月までに支払うとは言ってないんだよ」[51]と反論している。
2008年3月、社会保険庁の照合結果が公表され、1172万件分の持ち主が特定できたが、名寄せ困難な未解明記録は2025万件に達したことが明らかになった[293]
なお、国民皆年金制度は祖父・岸信介が首相時代に策定したものである。
2014年4月、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントなど数社に公的年金の運用を委ねたことが分かった[294]。同年10月、GPIFは国内株式での運用比率の目安を12%から20%台半ばに大幅に引き上げる方向で調整に入った。麻生太郎財務相との協議を経て塩崎恭久厚生労働相[295]が決定するという[296]。従来の上限は18%だった[297]。一連の動きに対しては、株価対策の道具[298]にされかねないという批判が出ている[299][300][301][302]

経済政策[編集]

経済財政諮問会議第2次安倍内閣で再開した[303][304]

現在、アベノミクスといわれる以下の3政策からなる経済政策を行っている。

  • 大胆な金融政策
  • 機動的な財政政策
  • 民間投資を喚起する成長戦略

アベノミクスの「第1の矢」とされる大胆な金融緩和政策により速いスピードで円安が進み、野田佳彦が衆議院解散の意向を表明してから、5ヶ月で20円円安が進んだ[305]。また、2013年5月15日には5年4ヶ月ぶりに日経平均株価が15,000円台を回復した[306]。 それ以降の日経平均株価は大きく下げた後伸び悩み、ほぼ14,000円台の状態が長期間続いたが[307]、同年11月15日には再び15,000円台まで回復した[308]。第2次安倍内閣発足から1年が経った2013年12月27日の日経平均株価終値は16,178円となり、リーマン・ショック前の2007年11月6日以来6年2カ月ぶりの高値水準となった[309]

財政再建[編集]

財政について安倍は「成長せずに財政再建できるかというとそれは無理で、絶対に有り得ない」と述べている[310]

消費税について安倍は「デフレーション下で増税をするのは、景気を冷やしていく危険性もあり、よりデフレが進んでいく危険性もある。これは明らかに間違っている。財政赤字はさらに悪化していく危険性すらある。税収はそんなに伸びないどころか、ダウンするかもしれない」「財政規律ばかりが強調されているが、これはわれわれにも責任がある。消費税を橋本政権下で上げたときに、財政危機を国民に強く訴え、このままでは大変なことになるという、不安を喚起した。これが効き過ぎてしまった」と述べている[310]

消費税増税の判断

2013年7月21日の参議院選挙直後の少数のメディア関係者との夕食の際に「正直に言いますが、消費増税の先送りは100%ありえません。これは本当に完全オフレコです」と語っていたとされている[311]

2013年10月1日、消費税増税の判断をこれまで保留してきた安倍は、「国の信認を維持し、持続可能な社会保障制度を次の世代にしっかりと引き渡していくため、14年4月1日に消費税を5%から8%に引き上げる判断をした」と言明した[312]

  • 増税反対の代表的見解
    • 内閣官房参与の浜田宏一は「消費税率を引き上げても景気が減速して歳入面ではマイナスになる」と述べ、増税実施の1年延期の案などを主張していた[313]
    • 日銀副総裁の岩田規久男は「近い将来、税金が重くなることが分かっていながら、消費をどんどん増やすことなど、考えられない。現在(2012年)のように景気が低迷している時に財政再建を急ぐと、景気にとっては逆効果をもたらす[314]」「名目GDPが増加するにつれて、国税の名目成長率弾力性は低下するかもしれない。しかし、その点を考慮しても、増税は名目成長率を4%程度に上げてもなお財政再建の目途が立たない場合にとっておくべき、最後の手段である[315]」と述べた。
    • ノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマンは「'97年に消費税を3%から5%に引き上げた際、景気が後退したことはみなさん知っているでしょう。本来なら、デフレを完全に脱却してからやったほうが安全です。いま、ちょうど光が見えかけていたのに、増税によって消費が落ち込む可能性がある。」と述べた[316]
  • 増税賛成の代表的見解

皇室像[編集]

女性宮家反対

皇統の継承は男系でつないでいくと皇室典範に書いてあり、女性宮家はそういう役割を担うことができない」と女性宮家の創設に反対している[317]

歴史認識[編集]

戦争責任・村山談話[編集]

総裁選を目前に控えた2006年9月7日、「村山首相談話」について、「基本的にその精神を引き継いでいく」とした。その一方で、2006年10月6日、衆議院予算委員会で、A級戦犯について戦争責任については「当時の指導者であった人たちについてはより重たい責任があるが、その責任の主体がどこにあるかということについては、政府としてそれを判断する立場にはない」旨を述べた[318]。2006年10月5日、衆院予算委員会で、東条内閣商工大臣だった岸信介が対米英開戦の詔書に署名したことへの認識を問われ「指導者には祖父を含め大きな責任があった。政治は結果責任だから当然、判断は間違っていた」とも述べている[319]

東京裁判については、第1次政権時代、「受諾しており異議を述べる立場にない」としていた[320]第2次政権では、2013年2月12日の衆議院予算委員会にて、「大戦の総括は日本人自身の手でなく、いわば連合国側の勝者の判断によって断罪がなされた」と述べ、懐疑的な見方を示した[320]。しかし、同年5月には「日本が侵略しなかったと言ったことは一度もない」と述べ、村山談話を継承することを表明した[321]

慰安婦問題・河野談話[編集]

日本のこれまでの歴史教育に異議を唱え、「新しい歴史教科書をつくる会」を支援して来た自民党内部の議員連盟日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の事務局長を務めた(現在は顧問)。同会は特に「侵略戦争」や「慰安婦」問題の教科書記述に批判的であり、証拠もないまま旧日本軍による慰安婦の強制連行を認めた「河野談話」を発表した河野洋平を会に呼んで、談話の撤回を要求したこともある。1997年の国会でも、慰安婦の強制連行の根拠とされて来た吉田清治の証言が虚偽であることが判明したため、「河野談話」および教科書への「従軍慰安婦」の記述を載せることは問題であると指摘している[322]。自民党幹事長代理時代の2005年3月27日の講演会でも、「従軍慰安婦は作られた話」と語っている[323]総理就任後の2006年10月5日には、これまでの主張を封印し、「河野談話」を「私の内閣で変更するものではない」とし、政府としては引き継いでいくことを明言。2007年3月1日、河野談話に関する記者の質問に「旧日本軍の強制性を裏付ける証言は存在していない」と語った。米下院に提出された慰安婦問題をめぐる対日非難決議案について、同年3月5日の参院予算委員会において「決議案は客観的事実に基づいていない。」「決議があっても謝罪することはない」との見解を述べた[要出典]

社民党の辻元清美の慰安婦問題に関する質問主意書[324]に対して、2007年3月16日に「河野談話をこれからも継承していく」としつつ、「官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れて行くという強制性、狭義の強制性を裏付ける証言はなかった」とし、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」とする政府答弁書を閣議決定し提出した[325][326]

「従軍慰安婦」問題については存在しないとする立場を従来からとってきたことと、自民党有志で作る「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」による河野談話見直し発言[327]が一部マスコミの反発を招いた。2007年3月4日テレビ朝日の番組に出演した世耕弘成首相補佐官は、「河野談話を継承する」と発言[328]し鎮静化を図ったが、中国・韓国を中心に非難が巻き起こった[329]。安倍はその後、慰安婦について日本の責任を認める発言をしたと報じられ[330]、2007年4月27日には海外メディアのインタビューに答えて、「極めて痛ましい状況に慰安婦の方々が『強制的に』置かれたことについて大変申し訳なく思う」[331]、「私たちは、戦時下の環境において、そうした苦難や苦痛を受けることを『強制された』方々に責任を感じている」[332] とお詫びを表明したと米国で報道された[333]

第2次安倍内閣においては、総裁選から衆議院選挙を経て一貫して「河野談話の見直し・改変」を唱えているが[334]、2013年5月24日、「安倍内閣の閣議決定は河野談話を引き継いでいる」と辻元清美の質問主意書には応えている[335]

日米首脳会談での言及[編集]

ブッシュ大統領との2007年4月28日の日米首脳会談後の共同記者会見で、「慰安婦の方々にとって非常に困難な状況のなかで辛酸を舐められた、苦しい思いをされたことに対し、人間としてまた、総理大臣として心から同情しておりますし、またそういう状況におかれていたと言うことに対して、申し訳ない、と言う思いでございます」とあらためて謝罪の意を示した。ブッシュ大統領は「安倍総理の謝罪を受け入れた」と応じた。[336][337]。しかし、「強制された[338]」という言葉は、日本メディアは総じて報道しておらず、また安倍のそれまでの考え方と大きく違う発言でもあるため、産経新聞記者の阿比留瑠比などは英訳する際の「誤訳」とした[339]

安倍自身はこの問題に関し、「会談で従軍慰安婦問題は全く出なかった。そもそも日本が米国に謝罪する筋合いの話ではない」とアメリカメディアの報道は事実無根だと主張した[340]が、2013年5月に主張を修正し、実際には日米首脳会談で「元慰安婦の方々に、首相として心から同情し、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と発言したことは認める答弁書を決定した[341]

靖国神社参拝[編集]

首相の靖国神社参拝について「国のために殉じた人たちに対して国のリーダーが尊崇の念を表するのは当然だ。お参りすべきだと思う」と述べている[342]。また、歴史認識を巡って反日騒動が起こった中国と韓国の態度を批判し、外国が靖国神社参拝について抗議するのは内政干渉だという見解を持っている[343]

安倍は幹事長在任中の2004年・幹事長代理在任中の2005年には終戦の日(8月15日)に参拝を行った[344]が、官房長官在任中の2006年は4月15日朝、秘密裏に参拝を行った[344][345](「内閣官房長官 安倍晋三」と記帳し、ポケットマネーで玉串料を収めた)[345]。安倍は同年8月4日の記者会見で、この件に関し「参拝したかしないかについては申し上げるつもりはない」と述べた[345]

第1次安倍内閣発足による首相就任後も参拝を続ける意向を示し、2007年1月17日の自民党大会で決定された運動方針でも「靖国参拝を受け継ぐ」ことが明記されたが、外交問題や政治問題になるのを避けるため自身の参拝については明言しない考えを改めて示した。首相在任中は参拝を行わなかったが、安倍はこれについて首相退任後に「『主張する外交』を展開する中で、日本のための将来の布石を打つため大きな決断をした」と説明している[342]

2012年9月14日党総裁選候補者による共同記者会見で安倍は「首相在任中に参拝できなかったことは、痛恨の極みだ」と述べ、再び首相に就任した場合の対応について「そのことから考えていただきたい」と語った[346]

第2次安倍内閣発足による首相再任後、2013年の春季および秋季例大祭[347][348]終戦記念日[349]の参拝はいずれも見送った。

首相在任中の初参拝[編集]

内閣発足からちょうど1年となる2013年12月26日、第1次時代も含め首相在任中としては自身初の参拝を[350]中国アメリカに外交ルートを通じて参拝の連絡をした上で参拝した[351]。安倍はモーニング姿で本殿に参拝し、「内閣総理大臣 安倍晋三」名で白い菊を献花した。靖国神社境内にある世界の全ての戦没者を慰霊する「鎮霊社」にも参拝した。その後、「恒久平和への誓い」と題した「首相の談話」を発表。談話を英訳し、世界に向けてメッセージを発信した[351]

参拝後、記者団に『御霊安らかなれと、手を合わせて参った。この1年の安倍政権の歩みをご報告し、二度と再び戦争の惨禍によって人々が苦しむことのない時代をつくるとの誓い、決意をお伝えするためにこの日を選んだ。戦場で散った英霊のご冥福をお祈りすることは世界共通のリーダーの姿勢だ。中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは毛頭ない。中韓両国首脳に直接説明したい』などと語った[351][352]

この参拝について、人民日報中国共産党中央委員会機関紙)系の新華経済日本新聞網の記事を引用し『安倍首相は外交ルートを通じて中韓首脳との会談を模索しており、(2013年)12月28日訪中のスケジュールで調整が進められていたそうだ。だが、これを「単なる政治的パフォーマンスであり、尖閣問題の解決策の提示はない」と判断した中国側が(2013年12月)20日に安倍首相の訪中を拒否。中国に続いて韓国も否定的な返答を寄せたという。今回の靖国参拝はこれに対する“報復”ではないか』と報じた[353]

世論調査・ネット調査[編集]

安倍の2013年12月26日の靖国神社参拝について、以下の様な世論調査結果が報じられている。

  • 朝日新聞は2013年12月30日の朝刊30面で、安倍のこの靖国参拝後の世論調査「日本の首相が靖国神社に参拝することに賛成ですか。反対ですか。」の質問に対し、20歳〜29歳の回答者で支持60%・不支持15%、30歳以上の回答者で支持59%・不支持22%という結果であったと報じた[354][355]。また、同調査における内閣支持率調査「安倍内閣を支持しますか。しませんか。」の質問に対し、20歳〜29歳の回答者で支持53%・不支持33%、30歳以上の回答者で支持55%・不支持33%という結果であったと報じた[354]。朝日新聞は2014年1月25日から26日にかけての定例世論調査でも靖国神社参拝について質問しており、この時は「参拝したことはよかった」は41%で、「参拝するべきではなかった」が46%であった[356]
  • 共同通信社は2013年12月28・29日に全国緊急電話世論調査を実施し、安倍の参拝について「よかった」43.2%、「よくなかった」47.1%であり、内閣支持率は55.2%(前月比1.0%増)、不支持率は32.6%(前月比0.4%減)であったと報じた[357]
  • テレビ朝日は2014年1月1日元旦放送の『朝まで生テレビ』において「安倍首相の靖国参拝を支持するか否か」という視聴者アンケートを行い、結果は「支持」71%、「不支持」29%であった[358]
  • TBSテレビは2013年12月28日放送の『情報7days ニュースキャスター』において「今回の安倍首相の靖国参拝。あなたはどう思う?」という視聴者アンケートを行い、結果は「良い」71.2%(28,977票)、「不味い」28.8%(11,740票)であった[358][359]
  • 産経新聞社FNNの合同世論調査では、靖国神社参拝について、「評価しない」(53,0%)との回答が「評価する」(38.1%)を上回った。ただし、20代と30代では、「評価する」という回答が、「評価しない」という回答を上回っている[360]
批判[編集]

安倍の2013年12月26日の靖国神社参拝に対し、以下の様な批判が各所から上がっている。

  • 米国ホワイトハウスは安倍のこの靖国神社参拝について声明などを一切発表しなかったが[361]米国大使館は2013年12月26日に「日本は大切な同盟国であり友好国であるが、近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに失望している」との声明を出した[362][363]
  • 米国国務省サキ報道官は「靖国参拝に関する声明を出すかどうか」の質問に「在日米国大使館の声明をみてほしい」と答えた[361]
    • 2013年12月30日、サキ報道官は米国大使館が同年12月26日に出した声明[362]における『失望している(disappointed)』という表現について、『「失望」という言葉は安倍の靖国神社参拝そのものに論評を加えたものではなく、中国や韓国との関係悪化を懸念したものである』[364][365]、『意見の相違がある時に互いに正直に発言できるのは、緊密な関係の証し』[366]、『日本は大切な同盟国で友好国であり、(今回の安倍の靖国神社参拝は)日米関係全体に影響はない』[367]などと述べた。
  • EU(欧州連合)の報道官は、靖国参拝に対して懸念を表明し[368]各国に対し「EUは、緊張を高める行動を避け、外交で争いを解決する必要性を常に強調してきた」と訴え、地域の長期的な安定に向け建設的な関係を築くよう促した[369]
  • 中国と韓国の駐日大使も安倍の参拝に抗議した[370]
  • 韓国最大手新聞の朝鮮日報は『日本の大手6紙のうち、朝日毎日日本経済東京の4紙は社説で安倍首相を批判した。「平和主義」を守ろうとする日本国民と安倍首相を切り離し、日本国内で良心的な声を高めるには、韓国は自らの対応を単なる反日で終わらせるのではなく、より高度な次元に高める必要がある。日本の国内外で安倍首相の批判を高めその立場を失わせれば、この脱線にも必ずブレーキがかかるだろう。』と批判した[371]
  • 台湾の馬英九総統は「中華民族の一人として、日本政府が周辺国の歴史の傷を顧みず、こうした行動をとったことは理解しがたく失望した」と自らのフェイスブックに投稿した。その後も馬暁光報道官が「第2次大戦後の国際秩序に対する挑戦で、平和を愛する全ての人が断固反対するのは当然だ」などと述べている[372]
  • 共同通信社は、米国ウォール・ストリート・ジャーナルが「日本の軍国主義復活の恐怖を、自国の権益拡大の口実に使いたい中国への贈り物」と批判したと報じた[373]
  • 民主党代表海江田万里は「過去の日本の歴史の負の側面とは一線を画すべきだ。日本の主体的な判断として大局的な立場にたって参拝を自重すべきだ」と述べ[374]、靖国神社が日本の歴史の負の面であるとの認識を示し安倍を批判した[374]
  • タレント春香クリスティーンは2013年12月26日放送の情報ライブ ミヤネ屋において「海外ではこの問題よく比べられるので、もしもドイツの首相がヒトラーの墓に墓参りをした場合ほかの国はどう思うのかという論点で議論されるわけですが・・・まぁ難しい問題ですよね」と発言した[375]
  • ロシア外務省情報局長のルカシェビッチは26日、声明を出し、「このような行動には遺憾の意を抱かざるを得ない」と批判した[376]。中国外相の王毅とロシア外相のセルゲイ・ラブロフは12月30日、電話会談し、靖国神社参拝を共に批判した上で、歴史問題で共闘する方針を確認した。王は31日に韓国外相の尹炳世、米国国務長官のジョン・ケリーとも相次いで電話会談。各国外相との会談で、参拝批判の国際世論づくりを展開しているとみられる。ラブロフは「靖国神社の問題ではロシアの立場は中国と完全に一致する」と応じ、日本に対し「誤った歴史観を正すよう促す」と主張した。王は30日、ドイツ外相のフランク=ヴァルター・シュタインマイアーベトナム副首相兼外相のファム・ビン・ミンとも電話会談、「日本の問題」を取り上げたという[377]
  • 韓国外務省報道官は2004年1月23日の定例記者会見で、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席した総理大臣の安倍晋三が靖国参拝に理解を求めたことについて「参拝しない韓日友好を語るのがいかに矛盾しているか、韓国だけでなく、全世界のメディアと知識人、良識ある人が声を上げている。この声が聞こえないのが理解しがたい」と改めて批判した。報道官は「参拝は、帝国主義時代に日本が犯した過ちを反省しないのと同じだ。首相ら指導者が靖国神社を参拝しないことが、韓日友好、地域の安定の出発点だ」と強調した[378]
  • コロンビア大学教授ジェラルド・カーティスは講演で、安倍晋三の参拝について「日本の国益にとても高いコストを生む」と批判するいっぽう、再度参拝するかどうかは「中国との取引材料となる」と語った。カーティスは「安倍首相は1年間参拝を自制したが、中韓両国からなにも得られなかった。参拝したから関係がさらに悪化するわけではない」と指摘。今回の参拝に対し、中国の態度は比較的抑制されていると述べ、再参拝の可否を対中関係の改善次第とすることで、局面のてこにできるとの考え方をしめした。参拝に対する米国政府の「失望」表明について、「安倍首相はショックだったかもしれないが、世界は変化している。中国台頭という新たな現実に取り組まなければならない」とした[379]
  • 米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は23日、複数の米政府当局者の話として、安倍晋三が靖国神社参拝を繰り返さない保証を、米政府が日本政府に非公式に求めていると伝えた。日中、日韓関係がさらに悪化することを懸念しているとみられる。同紙によると、米政府は参拝後にワシントンと東京で開かれた日本側との「一連の会談」を通じ、近隣諸国をいら立たせるさらなる言動を首相は控えるよう要請。日米韓の連携を阻害している日韓関係の改善に向けて韓国に働きかけるよう促し、従軍慰安婦問題に対処することも求めた。さらに今後、過去の侵略と植民地支配に対する「おわび」を再確認することを検討するよう首相に求める考えだという。米国務省副報道官のハーフは23日の記者会見で、同紙の報道について問われ、「事実かどうか分からない」と述べた[380]

利益団体との関係、人脈[編集]

統一協会国際勝共連合
官房長官当時の2006年、統一協会系列の団体である「天宙平和連合」 (UPF) の集会のイベントに祝電を寄せた(保岡興治やその他の自民党議員も)ことが新聞、雑誌等で伝えられ、この件に関して安倍の事務所は「秘書に確認している」との理由でしばしコメントしなかったが、後に「私人としての立場で地元事務所から『官房長官』の肩書で祝電を送付したと報告を受けた。誤解を招きかねない対応で、担当者に注意した」とのコメントを出した[381]
四半世紀を超えて統一教会と闘ってきたジャーナリストで民主党参議院議員有田芳生[382]は安倍晋三本人に直接取材を行い、「安倍事務所が官房長官名で統一教会系の「天宙平和連合」に祝電を打ったことで本人を批判することには無理がある。国会議員の事務所は、祝電でも弔電でも、関係者から依頼があれば、その事務所レベルで判断する。いちいち「議員先生」本人に問い合わせることなどしない。安倍には統一教会への対応方針がある。それは拉致問題などを行った北朝鮮を経済的に支援する統一教会は問題であること、しかも霊感商法などで日本の公安当局から監視対象である団体である以上、面会を求められても会わないようにしている、というものだ。これはわたしが安倍本人から聞いたことである」[383]、「安倍晋三は北朝鮮への強行姿勢ゆえに、祖父の岸信介や父の安倍晋太郎が親密だった統一教会に対し、距離を置くだけではなく厳しい対応を取っているのである」[384]と述べている。また、「目的のためなら平気で祝電を捏造するような組織ですから、勝手に名前を使うのもありうる話です」と解説している[385]
公明党・創価学会
父、晋太郎と祖父の岸信介は創価学会・公明党と関係が深かったと言われ、晋太郎は1985年、大石寺正本堂完成記念の祝典に岸信介の代理で出席して以来、池田大作と何度も面会したという[386]
晋三は、創価学会から支援をもらっていたが[要出典]、小選挙区制度が導入されて二大政党制に近づけば、創価学会は自分から離れてゆくとの判断から、1994年に創価学会と公明党に批判的な宗教団体や有識者で結成された「四月会」(代表幹事:俵孝太郎[387]の集会などに参加したこともあった[388]。創価学会に関する自民党の勉強会『憲法20条を考える会』に参加した次の日、自身の選挙区の公明党の大幹部から電話で釘を刺されたことで、政治的野望を持った創価学会が政界での影響力を拡大して行くことを危険視していたという[388]
首相就任直前の2006年9月22日に極秘裏に東京都内の創価学会の施設で、池田大作創価学会名誉会長と会談を持ったと主要新聞[389]「『産経新聞』を除く」をはじめ各種メディアが伝えた。面会は安倍自身の要望だとも伝えられている。祖父、岸信介と創価学会第2代会長の戸田城聖が、父、安倍晋太郎と池田が親しかったことが話題となり、安倍は池田に父がお世話になったお礼を述べ、参院選での公明党、創価学会の協力を要請し、池田は協力を約束したという。また、日中関係の早期改善ということで意見の一致を見たという。同月30日には公明党大会に来賓として出席し、祖父も父も公明党とは交友関係が深かったとして「何か特別な運命を感じる」と語った[390]
その後、国会で池田と面会した事実があったかという野党の質問に対して、安倍は「そういうことはございません。」という答弁を繰り返した[391]。2007年2月13日の衆議院予算委員会でも同様に否定した[392][393]
在日本朝鮮人総聯合会
2008年1月26日、首相当時の番記者を集めた地元山口でのオフレコ懇親会において、「朝鮮総連の山口の幹部とも俺は仲がいいんだよ。やっぱり幹部は金持ちだしね。いろいろと子弟の就職の世話とかを頼まれるんだよ」[51] と述べている。
在日韓国人実業家
韓国の親米保守勢力(現在はセヌリ党)とは韓国が朴正煕軍事独裁政権だった頃から国際勝共連合などを通じ代々親しく、父、晋太郎も日本政界きっての親韓派だった。その繋がりのため、安倍の下関事務所は、日本でパチンコ事業を展開する在日韓国人系の七洋物産(東洋エンタープライズ)関連のビルを借りている[248]
製菓会社ロッテ創業者重光武雄(辛格浩)と実父は親交深く、千葉ロッテマリーンズの前身ロッテオリオンズ属すパリーグ史上最高の右打者落合博満中日ドラゴンズの守護神でセリーグを代表するリリーフ投手牛島和彦守備固め上川誠二と86年オフ世紀のトレードにも繋がっている。重光がネーミングライツでロッテオリオンズ支援していた時期の球団オーナーだった中村長芳は安倍晋太郎と山口中学同級生で岸の下で総理大臣秘書官だった。晋三自身も重光の次男重光昭夫(辛東彬)とは同い年の友人である。
日興コーディアルグループ
2006年、金融庁証券取引等監視委員会の調査により日興コーディアルグループの不正会計処理が発覚した。同様の不祥事が起きたカネボウ上場廃止となっており、日興も上場廃止基準に抵触すると見られたが、東京証券取引所は日興に上場廃止処分を下さず、監理ポストに割り当てた。東京証券取引所は、赤字黒字にしたのではないこと、組織的、意図的でないこと、を理由として挙げている。日興については、『サンデープロジェクト』に出演した山田厚史が「日興には安倍事務所に強い常務がいる」[394]と指摘している。
なお、山田の発言に関しては、上場維持に安倍が関与したと誤解される表現だと主張し、安倍の公設秘書が山田と朝日新聞社を東京地方裁判所に訴え3400万円の損害賠償謝罪広告の掲載を要求した。2008年2月、山田が「テレビでの発言で、原告らが誤解するような表現があったとすれば遺憾」と表明し、公設秘書は損害賠償請求や謝罪広告の掲載を放棄する、とした和解が成立した[395]
アサリ輸入業者
現在輸入が禁止されている北朝鮮産のアサリを不正に輸出していた業者が、安倍との関係で摘発を逃れていたとする怪文書が2007年にマスコミで騒がれていた。実際、過去に父、晋太郎と件のアサリ業者との癒着はあったが、晋三との関係は無かったとされる[396]
安晋会
国会で、 小嶋進 ヒューザー社長(当時)が自分は「安晋会」の会員で、「安晋会」会長の紹介で安倍の政策秘書を紹介してもらい、「耐震偽装問題」に関して国土交通省への対応を働きかけてもらったことを証人喚問で認めた[397]ことでその存在が知られることになった。

疑義を持たれた言動[編集]

NHKへの圧力疑惑[編集]

脱税疑惑[編集]

『週刊現代』は2007年9月29日号(9月15日発売)において、安倍が相続税脱税していたとの記事を掲載した。内容は「父・晋太郎が生前、自身の指定政治団体に「安倍晋太郎」名義で寄付した6億円以上の政治資金を、66の政治団体に分散させて引継ぎ、3億円を脱税した」というものである[398]。 『週刊現代』は安倍の辞意表明当日に、以前から脱税疑惑についての取材を安倍に申し入れていたことを明らかにした[399]。一方で安倍の事務所は「事実無根である」と反論し、発行元の講談社に対して、当該記事を掲載しないよう「警告文書」を送った。事務所の関係者によると、「父である晋太郎が個人資産を政治団体に寄付し、相続税の支払いを免れたのではないか」との質問が『週刊現代』側からあったという。同事務所は、安倍の辞意表明当日の『毎日新聞』夕刊がこの一件について報じたことを受け、自民党本部の記者クラブ(本部平河クラブ)にて、「収支報告書には、あくまでも第三者からの寄付を晋太郎氏名義で記載しているにすぎず、個人献金ではないので相続税の問題はない」とする内容の文書を配布し、疑惑を全面的に否定した[398]。これについて、ジャーナリストの松田光世(「高瀬真実」のペンネームで『週刊現代』の当該記事を執筆した)は、「その説明が正しいなら、安倍事務所は『安倍晋太郎』という偽名を使って政治資金収支報告書への虚偽の記載を毎年続けていたことになる」と述べている[398]

本件は刑事事件としては既に時効が成立しているが、週刊現代は財務省相続税担当官の話として「これが事実なら明らかに脱税」「自主的に納めていただきたい」などと掲載した。

後援会事務所等襲撃被害[編集]

2000年(平成12年)6月28日、安倍の後援会事務所(山口県下関市)の窓ガラスが割られ、屋内外に火炎瓶2本が置かれた[400]。これに先立つ同月14日には同事務所近くにある催事場駐車場の壁、同月17日には安倍の自宅(同市内)の倉庫兼車庫にそれぞれ火炎瓶が投げられ、自宅の事件では車2台が焼ける被害もあった[400]。事件が起きたのは、安倍が三選を目指した衆院総選挙(同年6月25日投開票)の最中であった。事件の3年後の2003年(平成15年)11月、福岡・山口両県警の合同捜査本部は、指定暴力団(後の特定危険指定暴力団工藤會系高野組(本部・福岡県北九州市)の組長ら6人を、非現住建造物等放火未遂容疑で逮捕し、工藤会本部事務所(同市内)などを家宅捜索した[401]。同事件では、主犯格の組長に懲役20年[402]、実行犯らに懲役8年から13年の判決が確定した[403][404][405]。なお、同事件では、1999年(平成11年)に行われた下関市長選挙に際して安倍が推した候補者を支援した土地ブローカーが、被告人の一人となっている。公判の検察側立証で、この被告人は、安倍が推した候補者の支援活動に当たって当時の安倍の秘書が300万円を工面したため、さらに安倍本人に金を要求したところ、これに応じなかったことから、暴力団と共謀して報復したと証言している[406]

在日特権を許さない市民の会(在特会)元関西支部長との2ショット写真[編集]

在日特権を許さない市民の会(在特会)関西支部長を務めた増木重夫のホームページに2ショット写真がアップされていた。2ショット写真の撮影日時は20098月17日で大阪7区の候補・渡嘉敷奈緒美の応援演説のため、豊中市の千里中央駅を訪問した時に撮られたものである。増木の隣で安倍がにこやかにほほえむ写真、そして写真の下には「マスキクンのこと覚えてくれてました」というキャプションがついていた。増木は日刊ゲンダイの電話取材に対して、安倍との2ショット写真をホームページから削除した理由は「ある新聞社から、この写真の件で取材を受けたため、自分との写真で騒ぎが起きたら、安倍さんに迷惑がかかると思って削除した。」、安倍との面識については「安倍さんと直接お会いしたのは写真撮影の1度きり。07年夏の参院選で安倍さんが大阪に選挙応援に来られた際に私らは幅4メートルくらいの横断幕を掲げて大歓迎して、写真撮影前に横断幕のことを伝えると、安倍さんは<覚えているよ>と。それで<覚えてくれてました>と書いた。」と回答している。[407]

危機管理[編集]

えひめ丸事故
2001年2月10日、アメリカ合衆国ハワイ州沖にて、愛媛県立宇和島水産高等学校所属練習船「えひめ丸」がアメリカ海軍所属原子力潜水艦グリーンビル」に衝突され沈没する事故が発生した。森政権では、緊急事態発生時には内閣総理大臣、危機管理担当大臣、内閣官房長官、内閣官房副長官のいずれかが休日であっても30分以内に総理大臣官邸に参集し即応する危機管理体制を取っていた。えひめ丸事故発生時には、内閣総理大臣森喜朗、防災担当大臣(危機管理担当兼務)伊吹文明と内閣官房長官福田康夫は東京を離れており、緊急事態発生時の官邸参集は内閣官房副長官の安倍が担当だった。しかし、都内の自宅にいた安倍は事故発生後30分以上経っても官邸に出向かず、ゴルフ場にいた森喜朗に対し官邸側からその場を離れないように指示するなど対応が混乱し、後に大きな批判を浴びることになった[408]
能登半島地震
2007年3月25日石川県輪島市沖の日本海でマグニチュード6.9の能登半島地震(最大震度6強)が発生した。地震発生から数分後には総理大臣官邸の危機管理センターに対策室が設置された。しかし、安倍は週末や休日は公邸ではなく私邸で過ごすことが多く、地震発生の日も私邸に滞在していたため、発生から2時間後に官邸に到着した。衆議院議員の江田憲司は「東京直下型地震やテロが発生したら、道路事情等で迅速に官邸入りできない可能性もある」[409]と指摘し「危機管理の最高責任者である総理が、官邸のオペレーションルームに寄せられる生の情報をもとに瞬時に判断を下せないと意味がない。首相としての自覚があるなら、私邸に泊まるのは控えるべき」[409]と批判した。なお、安倍内閣発足から204日間のうち、安倍が公邸に引っ越してから週末・休日に就寝した場所の内訳は公邸34%、私邸49%となる[410]
新潟県中越沖地震
2007年7月16日新潟県沖の日本海でマグニチュード6.8の新潟県中越沖地震(最大震度6強)が発生した。第21回参議院議員通常選挙の遊説中に地震発生を知らされた安倍は、いったん官邸に戻ってから、地震発生当日にもかかわらず震度6強を記録した柏崎市を訪問した。余震の発生が懸念される中で首相自らが震源地に程近い現地を訪問したことは、危機管理の観点から議論を呼んだ。
経済企画庁長官堺屋太一は「現場に行ったときに果たして正確な情報が得られるのか。総理大臣は通信情報の拠点におられた方が良かった」[411]と指摘し、衆議院議員の加藤紘一は「担当大臣を派遣するっていうのが本来の第一歩だと思います。総理大臣は大将ですから、一番官邸にいて指示を出すっていうのがいい対応」[411]と指摘した。さらに、安倍の行動については「首相が発生直後に行けば、現場が首相への対応に人手を割かなければいけなくなり、行っても混乱するだけだ」[412]との指摘もなされている。
平成26年豪雪
2014年2月に雪害が発生。豪雪非常災害対策本部では、降雪の激しかった14日から16日まで、被害の取りまとめや対処が行われている[413]。首相は16日、午前中を自宅ですごした上、午後5時49分から支援者らと食事をしていたが[414]、Twitterでは「陣頭指揮に立っていなければいかんな」と非難された。首相を擁護する意見に、断食させるような非難の仕方はおかしいというものがあったが、会食でなくても食事はできる。一方、会食と被害増加の因果関係を否定する意見が出ており、これは肯定論・否定論ともに証拠の提出が難しい問題としてくすぶっている。また、首相は17日になって政府調査団を山梨県に派遣したことを明らかにしている[415]。その遅さを山梨大学教授の鈴木猛康が指摘し、Twitterでは対応への批判が起きた[416]

福島第一原発事故[編集]

2006年12月13日、日本共産党吉井英勝から「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」[417]内閣に提出され、後の福島第一原子力発電所事故で現実のものとなる電源喪失のケースなどの対策に注意を促された。当時内閣総理大臣であった安倍は「我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない」「原子炉施設の安全を図る上で重要な設備については、法令に基づく審査、検査等を厳正に行っている」「地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全の確保に万全を期している」「経済産業省としては、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期している」[418]とし、今後も原子力の安全確保に万全をつくすことを回答したものの、安倍内閣以降の政権では具体的な対策はなされず[419][420]福島第一原子力発電所事故を回避できなかった原因として指摘されている[421][422][423][424][425]

2011年5月20日、自身が発行するメールマガジン[426]にて、東日本大震災によって発生した福島第一原子力発電所事故における海水注入対応について当時の首相・菅直人に対し「やっと始まった海水注入を止めたのは、何と菅総理その人だったのです。」と発信し、「菅総理は間違った判断と嘘について国民に謝罪し直ちに辞任すべきです。」と退陣を要求した。しかし、事故当時の福島第一原発所長・吉田昌郎の判断により実際には海水注入は中止しておらず[427][428]、菅から中止の指示があったという指摘についても、翌2012年の国会の東京電力福島原発事故調査委員会において、中止の指示を出したのは総理大臣の菅ではなく、官邸へ派遣された東京電力フェローの武黒一郎によるものだったと武黒本人が主張している[429][430]。これに関し、菅は安倍に嘘の情報を流されたとして、謝罪と訂正を要求していたが[431]、安倍はこれに応じずメルマガの掲載を続けたため、2013年7月16日、菅は東京地裁への提訴に踏み切った[432][433][434][435]

また、当時安倍は情報の出所として「(経産省の)柳瀬か(保安院の)寺坂に聞けば分かる」と記者達に話していたため、柳瀬唯夫に対して多くの記者達から「注水を止めたのは総理の指示か?」という問い合わせがあったという。柳瀬にとってその問い合わせは寝耳に水であり「ありえません」「安倍さんの言っていることは嘘です」と返答したという[436]

首相再就任後の2013年、福島第一原発の汚染水が大量に土壌や海洋に流出していることが判明した。これについてイギリスのタイムズ紙は「安倍は政府として介入し流出を防ぐと言うだけで、具体的には何もしていない」と批判した[437]

発言[編集]

2007年7月、マスコミからの取材に応じるアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ(右)と安倍
原子爆弾の保有・使用
2002年2月早稲田大学での講演会(非公開)における田原総一朗との質疑応答で、「小型であれば原子爆弾の保有や使用も問題ない」、と発言したと『サンデー毎日』 (2002年6月2日号)が報じて物議を醸したが、安倍は同年6月の国会で「使用という言葉は使っていない」と記事内容を否定し、政府の“政策”としては非核三原則により核保有はあり得ないが、憲法第九条第二項は、国が自衛のため戦力として核兵器を保持すること自体は禁じていないとの憲法解釈を示した岸内閣の歴史的答弁(1959年、1960年)を学生たちに紹介したのであると説明した[438]
民主党を「中国の拡声器」
2002年5月19日中国・瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件に関して、日本国外務省の不手際を調査するため中国を訪問した民主党を、テレビ番組において「中国の拡声器」と批判した。安倍は2日後の5月21日、参議院外交防衛委員会において、民主党の激しい反発に遭い、発言を撤回した[439]
土井たか子と菅直人に対し「マヌケ」
2002年10月19日広島市岡山市の講演において「1985年に韓国入国を図り逮捕された辛光洙(シン グァンス)容疑者を含む政治犯の釈放運動を起こし、盧泰愚政権に要望書を出した人たちがいる。それが土井たか子、あるいは菅直人だ」「この2人は、スパイで原さんを拉致した犯人を無罪放免にしろといって要望書を出したという、極めてマヌケな議員なんです」と発言した。この発言は両議員から抗議を受け、同月21日の衆院議院運営委員会の理事会で取り上げられ、社民党の日森文尋衆院議員が抗議した。また、土井党首も記者団に「人格とか品格の問題にかかわる」と不快感を示した。結局、安倍が自らの発言を「不適切」と認めたことで、同月25日の衆院議院運営委員会の理事会にて決着した。大野功統委員長が安倍に「適切さを欠く表現があったと思われるので注意して欲しい」と伝え、 安倍は「官房副長官という立場を考えると、不適切な発言だったので、今後十分注意する」と述べたという。 その後、大野委員長が、このやりとりを理事会で報告し、民主、社民両党も了承した[440]
なお、父・晋太郎は外務大臣在任中の1984年4月25日、衆院外務委員会において、日本社会党の土井たか子議員が、韓国の在日韓国人政治犯の釈放に向け日本政府の尽力を求めたことに対し、「私も外務大臣となって2年近く、韓国の外務大臣や要人と会うたびに、この政治犯の取り扱いについて人道的な配慮を加えてほしいということをしばしば申し入れて、今日に至っている」と述べ、「内政干渉にわたらない範囲内で人道的配慮を韓国政府に絶えず求めていきたい」「この7月に行われる外相会談でも、(土井)委員の要請を十分踏まえて対応する」と答弁している[441]
『ジェンダーフリー推進論者はポルポト』
2005年5月、ジェンダーフリー推進論者について、「カンボジアで大虐殺を行ったポルポトを思い出す」と発言した[442]
ときわ台駅での警察官の殉職
東武東上線ときわ台駅で自殺しようとした女性を救おうとして殉職した、警視庁板橋署の巡査部長を2007年2月12日夜に弔問した際、故人の勇気ある行為を讃えるコメントで、名前を2度にわたって間違えた[443]。首相公邸連絡調整官(妻・昭恵の補佐員)と混同したのでは、と言う声が上がっている。これについて、作家の吉川潮は産経新聞のコラムで「『名前ぐらい、ちゃんと覚えて行け!』と叱りたくもなる」「総理の人間性にも問題があるのではないかと思ってしまう」と批判している[444]
長崎市長射殺事件
2007年4月17日長崎市長射殺事件が発生し長崎市市長伊藤一長が射殺されると、安倍は「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」[445][446][447]との短い総理談話を発表した。国際連合事務総長や与野党の党首・幹事長らが民主主義に対するテロ暴力を強く非難する声明を発表する中[448]、安倍の談話が簡単なコメントに留まったことから、与野党から総理談話が不十分ではないかと疑問視する意見が出された。この指摘に対し、安倍は「こういうことで互いを非難するのはやめた方がいい」などと応えたため、批判の声が殺到した[449]
一方で、安倍サイドからメディアへの批判もなされている。『WiLL』によれば射殺事件について『週刊朝日』が2007年5月4日・10日合併号の広告で「長崎市長射殺事件と安倍晋三首相秘書との『接点』」という大見出しを掲載した。射殺犯と秘書に関係があるとするものであるとして、安倍は直ちに「言論テロ」と抗議し、朝日新聞は夕刊社会面に同誌山口一臣編集長の訂正記事を掲載したが、安倍は誠意の不足を理由として追及を止めず、週刊朝日は全国紙4紙に謝罪広告を出すことになった。この件について森喜朗は次のように述べている。

抗議するときは、中身だけではなく広告の見出しに対してもすべきだと学びました。(後略) 安倍総理は「これが真実なら総理を辞め、政治家も辞める」とまで言いました。その発言は、やや不用意で政治家はそんなに軽いものじゃない、と思わないでもないのですが、ある意味あの発言により、国民はどちらが真実を語っているのか、察したんじゃないでしょうか。朝日新聞は安倍総理を就任直後から叩いてきた。これは例の「朝日・NHK問題」でやられたから余計過激に反応しているのでしょう。

森喜朗(聞き手大下英治)「「失言問題」、朝日新聞を叱る」『WiLL』2007年9月P54

石川遼
2007年5月23日、「安倍首相自身が『会ってみたい』と対面を希望し」[450] ていた杉並学院高等学校石川遼との会談が実現し、安倍は総理大臣官邸にて揮毫を手渡したが、石川は5月25日から中間テストを受ける予定であり、大事な時期に総理大臣官邸に呼びつけた安倍に対し批判がなされた。さらに、参議院議員選挙に向けた話題づくりとして、投票権すらない高校生を利用してよいのかといった指摘がなされた。この問題に対し、直木賞を受賞した作家重松清は「『教育』を政策の柱に掲げる首相が、平日に高校生を官邸に呼びつけるというのは、やはりスジが通らない」[451]と批判し、安倍が「真実一路」と記された色紙を石川に渡したことについて「この言葉を真に渡すべき相手、他にいるんじゃないですか?」[451]と評した。なお、「真実一路」とは安倍内閣の農林水産大臣であった松岡利勝の座右の銘でもある。
2007年の参議院選挙
2007年参院選期間中の講演等で「(今回の選挙で)私と小沢さん、どちらが首相にふさわしいかを国民に問いたい」といった発言を繰り返した[452]。選挙の結果、自民党は惨敗したが首相続投を表明し、自民党内からも批判の声が相次いだ[453]
2008年の衆議院補欠選挙
2008年4月、山口県第2区の衆議院議員補欠選挙にて、岩国市で自民党公認候補の山本繁太郎を支援する演説を行った際に、光市母子殺害事件の被害者家族について「光市の街頭演説には本村さんがいらっしゃいました。本村さんは私に『頑張ってください、山本さんを応援しています』とおっしゃった。本村さんは山本繁太郎さんに賭けたのです。」[454] と発言した。さらに、犯罪被害者支援問題について「お嬢さんを無惨に殺された本村さん。そのお嬢さんの遺影を持って私の所にやってきて『どうか安倍さん、この法律を通してください』と涙ながらに訴えたのです。」[455]と発言した。
しかし、本村洋は「演説で名前を出されて本当にビックリしました。(山本候補を応援した事実は)まったくありません」[455]と否定しており、犯罪被害者支援問題についても「陳情したのは私ではない。遺影とかは出していませんが、小泉総理にお願いに行ったことはあります。安倍さんには光市での演説のときに初めて(聴衆の一人として)お会いしました」[455]と説明した上で、安倍の演説について「私がいないところでそういう発言をされたことはどうかと思います」[455]と語っている。
安倍晋三事務所では「『お嬢さんを殺されたお母さん』と明確に述べたのであって、本村氏のことを述べたものではありません」[456]と反論しており、本村との面識については「光市における街頭演説後、安倍が会場の多くの聴衆とマスコミの中で本村氏と挨拶をし、安倍が本村氏と会話をした」[457]と主張している。そのうえで、この問題を報道した文藝春秋に対し抗議文を送付した[458]
『民主党は息を吐く様に嘘をつく』
2013年6月、田中均元外務審議官が安倍の外交姿勢を批判するツイートをしたことに対し、フェイスブックで「彼に外交を語る資格はありません」と述べた。これに対し民主党の細野豪志が、一民間人への批判は、強い権力を持つ内閣総理大臣として自重すべきだとツイッターに書き込んだが、安倍は田中が「外務省元幹部」の肩書きでメディアに露出していることを挙げ、「一個人との認識は全く的外れ」として、「『民主党は息を吐く様に嘘をつく』との批評が聞こえて来そうです」と結んだ。内閣総理大臣が、野党議員をここまではっきりと批判するのは異例である[要出典]

人物像[編集]

身体
身長175cm、体重70kg
座右の銘
吉田松陰の「至誠にして動かざるもの、これいまだあらざるなり」[459]。「初心忘るべからず」[460]
愛読書
古川薫の『留魂録の世界』(留魂録は吉田松陰の著作である)[459]
尊敬する人物やファンである人物
幕末期の思想家、吉田松陰を尊敬する。彼の地元・山口県には松陰の松下村塾があり、そこの門下生だった高杉晋作から「晋三」の名が付けられた[461]
現在では非常に親しい間柄である(後述)アグネス・チャンは、2、30代のころファンだった[462]
ヤクルトスワローズファンでアンチ巨人[463]
好物
安倍の好物は焼き肉ラーメンアイスクリームブラックサンダースイカ[459][464]。子供の頃から変わらない好みらしい[465]甘党として知られ、フジテレビ系の深夜番組「百識〜百で知るひとつの知識〜」によれば、ナポリアイスクリームの PUPU と、東京の両国の洋菓子店 MARRY'S のマンゴープリンが好物だという(MARRY'S のパティシエは安倍の同級生)[466]
2007年4月下旬の昼に総理官邸の大会議室に番記者を招き昼食を食べながら懇談した際、食事は政治家の昼食会合の定番のカレーライスだったが、安倍だけはハヤシライスであった。政界では安倍のハヤシライス好きは有名であり、また、カレーのような辛いものは下痢になりやすい体質なので苦手であることを記者団に語った[467]。また、韓国料理も好物で「韓国料理をよく食べています」と語っている。 [468]
ファッション
2007年4月27日、カジュアルな装いでアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ(右)と
寒がりである[469]ため、環境大臣・小池百合子の音頭でスタートしたクール・ビズの一環である「国会内はワイシャツ・ノーネクタイ」が導入された当初は背広で通していた[470]。しかし、東京新聞の政治ネットモニター調査では、クールビズが似合う政治家第2位となった[471]。2002年、清潔感を大切にしたファッションを心がけていることが評価され、政治経済部門でベストドレッサー賞を受賞。「いつも私の服をチェックしてくれる妻が受賞したようなもの」とコメントした[472]。一族では大叔父の佐藤栄作が1973年、兄嫁の父である牛尾治朗が1981年に受賞している。
アーチェリー
大学時代にアーチェリーをしていた安倍は、2005年に全日本アーチェリー連盟の第6代会長に就任している(前任は同じく首相経験者の海部俊樹、父の安倍晋太郎も第4代会長である)[473]。2007年3月25日に連盟は総会で再び会長に推薦することを決定し[474]、これを受託したため、14日の理事会で2期目を務めることとなった[475]。首相であるため、職務は副会長が代行することになっている[476]
2006年4月28日のフジテレビのバラエティ番組では、明石家さんまとアーチェリーで対決、その腕前をテレビで初めて披露した[477]
ゴルフ
ゴルフも趣味の一つであり、アメリカ留学中も、現地で知り合った友人とプレーしていた[478]。そのころともにプレーした友人には、のちに加計学園理事長に就任する加計孝太郎などがおり、交遊を深めるきっかけとなった[478]。ただ、ゴルフのマナーは総じて悪いという。2008年、久しぶりに加計と一緒にコースを回った際、安倍たちの前の組の進行が遅いという出来事があった。すると、安倍はプレー中、小さな声で「早くしろ」[478]と悪態を延々とつき続けていたという。広島市で土砂災害が起きた2014年8月20日午前7時26分からは、日枝久フジテレビ会長らとゴルフをしていた[479]
映画
映画が大好きで、政界を引退したら映画監督に転身したいと話し、「自分で撮るとしたらヤクザ映画ですかね。『仁義なき戦い』をさらにドキュメンタリータッチにして、それと『ゴッドファーザー』を足して2で割ったものとかね」と話している[480]
アグネス・チャン
アグネス・チャンは20年も親交がある友人で[481][482][483]、よく食事をともにする[484]。2、30代の頃に彼女の熱心なファンであり[462]、外交官秘書時代にテレビ番組で知り合った[485]。アグネスは安倍の結婚式に出席して祝辞を述べ[484]、「草原の輝き」を歌った[485]。安倍も彼女の結婚式に出席したが、彼女の結婚にがっかりしたという[462]。また、2007年にはアグネスのデビュー35周年を記念するアルバムのために、安倍は「平和」をテーマにした歌詞作詞した[481][482]
語学
若い頃にはアメリカに留学し南カリフォルニア大学で学んでいるが、英語は比較的苦手としている。2009年、留学時代からの友人である加計学園理事長の加計孝太郎とハワイに旅行した際に、安倍は現地の住民と英語で言葉を交わしている[478]。その様子を見た加計は「留学時代と変わらないカタカナを読むような英語だった」[478]と評している。

家族・親族[編集]

2007年4月26日ホワイトハウスにて妻安倍昭恵(右から2人目)を伴いアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ夫妻と
家庭
妻・昭恵は韓流スターや韓国ドラマが大好きで韓国語までも習得したほどである。ファーストレディの親韓的な姿勢は、小泉政権時代に悪化した日韓関係の改善に繋がるものと期待された。安倍の首相就任後の訪韓の際にも同行し、その流暢な韓国語で好意的に迎えられた。
昭恵夫人との間に子供はいないが、ミニチュアダックスフントの愛・ロイがいる。ロイは安倍が首相官邸に引っ越す際に、安倍夫妻の環境の変化への不安を理由に、私邸で留守番をすることになった(現在も留守番中)[486]。ロイはこのことが非常に辛いようである[487]
岸信夫
実弟の岸信夫が第20回参議院議員通常選挙に立候補した際、安倍は秘書に対して岸の出馬に反対する発言をしたと報道された[488]。当時の秘書は「虚偽の事実を書かれ、地元での声望は地に落ちた」[489]として筆者であるジャーナリストの松田賢弥を訴えたが、山口地方裁判所下関支部は「原告の発言内容がおおむねその通りに掲載されている」[489]として秘書の訴えを棄却した。
農商務省時代の岸信介1923年
下段左から岸良子、岸信和、岸信介、吉田寛、上段・佐藤栄作
系譜(山口県長門市)
山口県大津郡日置村(後に油谷町に分割→現長門市)の安倍家は、江戸時代、大庄屋を務め、醤油醸造を営み、やがて大津郡きっての名家と知られるようになった[490]
祖父の安倍寛が日置村村長、山口県議会議員などを経て、1937年、衆議院議員に当選し政治一家となった[491]
「共同通信社」出身のジャーナリスト古沢襄によると、安倍晋太郎は自分たち安倍家のルーツは岩手県(安倍氏 (奥州))であり、安倍宗任の末裔だと言っていたという。安倍宗任は1051年前九年の役にて源頼義源義家率いる源氏に破れ、大宰府に配流された奥州(陸奥国)の豪族である。『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』216-217頁に「家系図をひもとくと安倍家は、鎌倉時代以前の奥州征伐などで名高い阿倍比羅夫、前九年の役の安倍貞任にまで繋がる歴史ある名門である」とある。安倍家の元家政婦は東北地方に飛び、安倍一族の関係地と言われた地域の市町村役場などを丹念に回りながら、各地に古くから伝わる家系図を調べ歩いた。その結果、油谷町に住み着いた一族が宗任の流れをくむ者たちであること、青森県五所川原の石搭山荒覇吐(あらはばき)神社に始祖である宗任が眠っているらしいことを調べ上げたという。元家政婦からの報告を聞いた晋太郎は昭和62年(1987年)7月末、出馬表明した総裁選の全国遊説の折、妻洋子と晋三夫妻を伴い同神社に出向き、参拝した。なお案内役を兼ねて晋太郎たちに同行したのが画家の岡本太郎であり、岡本もまた安倍一族の流れをくむ一人として、自らのルーツに関心を持って調べたことがあったという[492]。だが、この石搭山荒覇吐神社は偽書東日流外三郡誌』に基づいて、同書の「発見者」・和田喜八郎が昭和55年(1980年)に創建した神社であり、同社所蔵の安倍頼時の遺骨と称する物は後に鑑定の結果、クジラの骨の化石と判明した[493]平成元年(1989年)に発刊された『安倍一族』(盛岡タイムス社編纂)という一冊に晋太郎は『わが祖は「宗任」』と題する、次の序文を寄せている。“宗任より四十一代末裔の一人として自分の志した道を今一度省みながら華咲かしてゆく精進を続けられたら、と願うことしきりです”[494]。但し、安倍晋三にとり女系の祖先にあたり、父系は平氏であり平知貞の系譜をひく。平家滅亡により子孫の迫害を恐れ女系の安倍姓を称したという。また、母方の祖父 岸信介、佐藤栄作兄弟は源義経の郎党 佐藤忠信の末裔とされる[495]家紋は「丸に立梶の葉」。
                    ┏昭和天皇━━━━━━━━━今上天皇(明仁)
    明治天皇━━━大正天皇━━━━━┫
                    ┗三笠宮崇仁親王━━━━━━寬仁親王
                                   ┃     ┏彬子女王
                                   ┣━━━━━┫
                            麻生太賀吉  ┃     ┗瑶子女王
                               ┃  ┏信子
                               ┣━━┫
                               ┃  ┗麻生太郎
                              ┏和子
                       吉田茂━━━━┫
                              ┗桜子
                      吉田祥朔     ┃
                        ┣━━━━━吉田寛
                       ┏さわ
                       ┃
                       ┣佐藤松介  ┏寛子(佐藤栄作夫人)
                       ┃  ┣━━━┫ 
                       ┃ ┏藤枝  ┗正子
                       ┃ ┃
                       ┃ ┗松岡洋右
                       ┃
佐藤信孝━━佐藤信立━━佐藤信寛━━佐藤信彦━╋佐藤寛造
                       ┃
                       ┃(池上)
                       ┣佐藤作造
                       ┃
                       ┗茂世          安倍晋太郎  ┏安倍寛信
                        ‖             ┃    ┃
                        ┣━━┳佐藤市郎      ┣━━━━╋安倍晋三
                        ‖  ┃          ┃    ┃
                (岸/婿養子) ‖  ┃(佐藤)      ┃    ┗岸信夫
                     ┏佐藤秀助 ┣岸信介━┳岸信和  ┃
                     ┃     ┃    ┃     ┃
                     ┃     ┃    ┗━━━━━洋子
                     ┃     ┃
                岸要蔵━━┫     ┗佐藤栄作   ┏佐藤龍太郎━━佐藤栄治
                     ┃        ┣━━━━┫
                     ┃        寛子   ┗佐藤信二
                     ┗岸信政━━良子
                         (岸信介夫人)
                         (婿養子/信政養子)
                     ┏佐藤秀助━━岸信介 ┏岸信和==岸信夫(安倍/養子)
                     ┃      ‖   ┃
                     ┃      ┣━━━┫
                 岸要蔵━┫      ‖   ┃
                     ┃      ‖   ┗洋子
                     ┃      ‖    ┃
                     ┗岸信政━━━良子   ┃
                                 ┃   ┏安倍寛信
                ┏安倍慎太郎           ┃   ┃
  安倍宗任・・・・・・・・・・・安倍某━┫                ┃   ┃
                ┗タメ              ┃   ┃ 
                 ┣━━━━━安倍寛       ┣━━━╋安倍晋三
                 安倍彪助  ┃         ┃   ┃  ┃
               (婿養子)   ┣━━━━━━━安倍晋太郎 ┃  昭恵
                       ┃             ┃
                 本堂恒次郎 ┃             ┗岸信夫
                 ┣━━━━━静子
          大島義昌━━━秀子    ┃
                       ┣━━━━━━━西村正雄
                        ┃
                        西村謙三

著書[編集]

論文[編集]

出演[編集]

脚注[編集]

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参考文献[編集]

内閣と関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
小泉純一郎
野田佳彦
日本の旗 内閣総理大臣
第90代:2006年 - 2007年
第96代:2012年 -
次代:
福田康夫
現職
先代:
細田博之
日本の旗 内閣官房長官
第72代:2005年 - 2006年
次代:
塩崎恭久
先代:
額賀福志郎
日本の旗 内閣官房副長官(政務担当・衆議院)
2000年 - 2003年
次代:
細田博之
党職
先代:
小泉純一郎
谷垣禎一
自由民主党総裁
第21代:2006年 - 2007年
第25代:2012年 -
次代:
福田康夫
現職
先代:
山崎拓
自由民主党幹事長
第38代:2003年 - 2004年
次代:
武部勤
878889
小泉純一郎
90
2006年 - 2007年
91
福田康夫
95
野田佳彦
96
2012年 -
第-代
-

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山縣有朋
松方正義
大隈重信
桂太郎
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