日本経済団体連合会

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日本経済団体連合会
Japan Business Federation
経団連会館(写真左)
経団連会館(写真左)
団体種類 一般社団法人
設立 1961年6月29日
所在地 東京都千代田区大手町一丁目3番2号 経団連会館
北緯35度41分19.2秒 東経139度45分48.6秒 / 北緯35.688667度 東経139.763500度 / 35.688667; 139.763500座標: 北緯35度41分19.2秒 東経139度45分48.6秒 / 北緯35.688667度 東経139.763500度 / 35.688667; 139.763500
起源 経済団体連合会、日本経営者団体連盟
主要人物 会長 榊原定征
活動地域 日本の旗 日本
主眼 日本経済の発展を促進
活動内容 経済法制、金融資本市場の整備
収入 62億円(2008年度)[1]
*会費収入 52億円
*事業収入 9億円(会議室利用料等)
*その他収入 1億円
会員数 1,632社(団体)
ウェブサイト http://www.keidanren.or.jp/indexj.html
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旧経団連会館(現存せず)

一般社団法人日本経済団体連合会(にっぽんけいざいだんたいれんごうかい、英語:Japan Business Federation)は、日本東証第一部上場企業を中心に構成される団体。日本商工会議所経済同友会と並ぶ「経済三団体」の一つである。以前は経済産業省所管の社団法人であったが、公益法人制度改革に伴い一般社団法人へ移行した。経団連会長は「財界総理」とも呼ばれる。

組織概要[編集]

2002年5月28日経済団体連合会(以下「経団連」。1946年8月16日発足)が日本経営者団体連盟(以下「日経連」。1948年4月12日発足)を統合して、発足した総合経済団体[2]

「企業の価値創造力強化、日本と世界の経済の発展の促進」を目的としている[2]。経営者の意見の取りまとめ、政治・行政・労働組合・市民などとの対話、会員企業への憲章遵守の働きかけ、各国政府・経済団体や国際機関との対話をしている[2]

日本経済の有力企業が多く加盟しているため、その利害が社会問題に対する見解や主張に反映されている。「経団連成長戦略」などの経済発展、企業利益増加を図る政策を提言を行っていて、自由民主党民主党政治献金を行い、政界・経済界に大きな影響力を持った組織と言われている。

日経連と経団連[編集]

もともと、経団連は日本の経済政策に対する財界からの提言及び発言力の確保を目的として結成された組織であり、日経連は労働問題を大企業経営者の立場から議論・提言する目的で結成された組織であって健全な労使関係を哲学としていた。加盟企業のほとんどが両者で重複しており、日経連は労使間の対立の収束とともに役割を終えつつあるとの理由から統合された。

人事一覧[編集]

会長・副会長・理事・監事・審議会議長・副議長[編集]

会長については「日本の中心となる産業」の「中心となる企業」のリーダー(社長会長相談役)から選ばれる傾向にある。当然ながら「中心」の定義は時代によって異なり、かつては重厚長大産業の首脳から選出されていたが現在は異なる。また「会長としての適性」、「会長活動に必要な資金を企業が捻出できるか」などを判断の上で決定される。会長は俗に財界総理とも呼ばれる。かつては日本の民間人としては唯一、警視庁のセキュリティポリスから身辺警護を受けていた。

なお、経団連会長職はかなり多忙な役職であるため、歴代の多くの会長は就任時に出身企業の会長(もしくはそれに類する役職)に就任し、出身企業の経営自体は社長など後任に任せているケースが多い。副会長については、各産業(製造業・非製造業)のバランスを考えて選ばれる。

また、審議員会議長(旧評議員会議長)は経団連におけるいわゆるナンバー2のポストとされる。

役職 氏名 所属
会長・代表理事 榊原定征 東レ会長
副会長・理事 小島順彦 三菱商事会長
畔柳信雄 三菱東京UFJ銀行特別顧問
勝俣宣夫 丸紅取締役相談役
大塚陸毅 東日本旅客鉄道相談役
斎藤勝利 第一生命保険会長
奥正之 三井住友フィナンシャルグループ会長
宮原耕治 日本郵船会長
大宮英明 三菱重工業会長
荻田伍 アサヒグループホールディングス相談役
石原邦夫 東京海上日動火災保険相談役
篠田和久 王子ホールディングス会長
友野宏 新日鐵住金副会長
内山田竹志 トヨタ自動車会長
佐々木則夫 東芝副会長
中西宏明 日立製作所会長
木村康 JXホールディングス会長
鵜浦博夫 日本電信電話社長
古賀信行 野村證券会長
事務総長・代表理事 久保田政一
専務理事・業務を執行する理事 濱厚
椋田哲史
常務理事・業務を執行する理事 阿部泰久
根本勝則
監事 内田晴康
土岐敦司
参与・顧問 中村芳夫
役職 氏名 所属
審議員会議長 岩沙弘道 三井不動産会長
副議長 芦田昭充 商船三井会長
矢野薫 日本電気会長
亀井淳 イトーヨーカ堂顧問
大坪文雄 パナソニック特別顧問
前田新造 資生堂会長
小林栄三 伊藤忠商事会長
岡本圀衞 日本生命保険会長
古賀信行 野村證券会長
伊東信一郎 ANAホールディングス社長
伊藤一郎 旭化成会長
下村節宏 三菱電機取締役相談役
日覺昭廣 東レ社長
飯島彰己 三井物産社長
村瀬治男 キヤノンマーケティングジャパン会長
野路國夫 小松製作所会長
宮本洋一 清水建設社長
伊藤雅俊 味の素社長
岡本毅 東京ガス会長
十倉雅和 住友化学社長


(2014年6月3日現在)

名誉会長[編集]

  • 歴代会長が就任している。
日本経済団体連合会 [3]
名誉会長 所属企業
豊田章一郎 トヨタ自動車名誉会長
今井敬 新日鐵住金名誉会長
根本二郎 元日本郵船名誉会長
奥田碩 トヨタ自動車相談役
御手洗冨士夫 キヤノン会長兼社長
米倉弘昌 住友化学会長

(2014年6月3日現在)

旧経団連・旧日経連における歴代会長[編集]

旧経済団体連合会
代数 歴代会長 所属企業 在任期間
初代 石川一郎 日産化学工業 1948年3月~1956年2月
2代 石坂泰三 東京芝浦電気 1956年2月~1968年5月
3代 植村甲午郎 経団連事務局 1968年5月~1974年5月
4代 土光敏夫 東京芝浦電気 1974年5月~1980年5月
5代 稲山嘉寛 新日本製鐵 1980年5月~1986年5月
6代 斎藤英四郎 新日本製鐵 1986年5月~1990年12月
7代 平岩外四 東京電力 1990年12月~1994年5月
8代 豊田章一郎 トヨタ自動車 1994年5月~1998年5月
9代 今井敬 新日本製鐵 1998年5月~2002年5月
旧日本経営者団体連盟
代数 歴代会長(代表常任幹事) 所属企業 在任期間
初代 諸井貫一 秩父セメント 1948年3月~1968年4月
2代 三鬼隆 八幡製鐵 1949年4月~1952年4月
3代 加藤正人 大和紡績 1949年4月~1963年8月
4代 櫻田武 日清紡績 1960年4月~1979年5月
5代 大槻文平 三菱鉱業セメント 1979年5月~1987年5月
6代 鈴木永二 三菱化成 1987年5月~1991年5月
7代 永野健 三菱マテリアル 1991年5月~1995年5月
8代 根本二郎 日本郵船 1995年5月~1999年5月
9代 奥田碩 トヨタ自動車 1999年5月~2002年5月

※初代の諸井貫一から3代目加藤正人までは『代表常任幹事』制を採用。
4代目の櫻田武から単独会長制に移行。

日本経済団体連合会歴代会長[編集]

日本経済団体連合会
代数 歴代会長 所属企業 在任期間
初代 奥田碩 トヨタ自動車 2002年5月~2006年5月
2代 御手洗冨士夫 キヤノン 2006年5月~2010年5月
3代 米倉弘昌 住友化学 2010年5月~2014年6月
4代 榊原定征 東レ 2014年6月〜


歴代評議員会議長〔審議員会議長〕[編集]

  • 評議員会議長〔審議員会議長〕は経団連におけるいわゆるナンバー2のポストとされる。
旧・経済団体連合会 [4]
代数 歴代評議員会議長 所属企業 在任期間
初代 斯波孝四郎 日本海事協会理事長 1946年8月16日 - 1948年3月16日
2代 高橋龍太郎 日本商工会議所会頭 1948年3月16日 - 1952年3月27日
3代 石坂泰三 東京芝浦電気社長 1952年3月27日 - 1956年2月21日
4代 菅礼之助 東京電力会長 1956年5月24日 - 1968年5月24日
5代 佐藤喜一郎 三井銀行会長 1968年5月24日 - 1974年5月24日
6代 河野文彦 三菱重工業相談役 1974年5月24日 - 1980年5月23日
7代 岩佐凱実 富士銀行相談役 1980年5月23日 - 1986年5月28日
8代 山下勇 三井造船相談役 1986年5月28日 - 1990年12月21日
9代 松澤卓二 富士銀行相談役 1990年12月21日 - 1994年5月27日
10代 齋藤裕 新日本製鐵会長 1994年5月27日 - 1998年5月26日
11代 関本忠弘 日本電気会長 1998年5月26日 - 1998年10月23日
12代 那須翔 東京電力会長 1999年5月25日 - 2002年5月28日
日本経済団体連合会 [4]
代数 歴代評議員会議長〔審議員会議長〕 所属企業 在任期間
初代 那須翔 東京電力相談役 2002年5月28日 - 2002年9月9日
2代 森下洋一 松下電器産業会長 2003年5月27日 - 2006年5月24日
3代 西室泰三 東芝相談役 2006年5月24日 - 2008年5月28日
4代 米倉弘昌 住友化学社長 2008年5月28日 - 2010年5月27日
5代 渡文明 JXホールディングス相談役 2010年5月27日 - 2014年6月3日
6代 岩沙弘道 三井不動産会長 2014年6月3日 -
※2012年4月より、審議員会議長。

旧経済団体連合会の略歴[編集]

近年の動き[編集]

事件など[編集]

  • 2005年6月に発覚した橋梁談合事件によって、経団連からは三菱重工新日本製鐵(新日鉄)が起訴処分となった。それを受けて、経団連内では西岡喬(三菱重工会長)と三村明夫(新日鉄社長)との処分を如何にするかで難航。結局、更迭等の処分にはせず「謝罪」にて事態を収めたが、これは以下の要因が役員の政策決定の場に影響を与え結果的に「軽い処分」となったものと考えられる。
  1. 現職役員が所属する社の刑事処分は過去にも例があること。
  2. 新日鉄の三村、三菱重工の西岡とも社の談合関与を率直に認め経団連の定例会見でもその旨、説明責任を果たしたと認められたこと。
  3. 三村は最年少副会長であると同時に次代の会長候補であり、その芽を摘むことは避けたかったとの思惑があったこと。
  • 2005年12月5日ライブドアの経団連入会を全会一致で承認した。だが2006年1月16日にライブドアが東京地検証券取引法違反容疑(ライブドア事件)で家宅捜索を受けたのを受け、時の会長・奥田碩はライブドア入会は時期尚早過ぎたと発言し今後は経団連入会について基準見直しを行う意向を示した。
  • 2008年6月11日午後、東京・大手町の経団連会館受付に40歳くらいの男から爆破予告の電話があり職員30名ほどが自主的に館内から一時避難した。しかし、館内を警視庁丸ノ内署が捜索したが爆発物は発見できず。又、午後3時の爆破予告時刻を過ぎても異常はなかったため悪質ないたずらと見られる。
  • 2009年1月6日、「JMIUいすゞ自動車支部」など8つの労働組合が会長・御手洗あての公開質問状を経団連側に提出したが、「アポイントがない」として受け取りを拒否した[5]

推進する政策・主張[編集]

財政・金融政策[編集]

  • 法人税の税率を30%前後の水準に、2011年度までに消費税を7%(提言時は5%)程度まで引き上げ[6]
    • 家電メーカーを中心に最終赤字が続出している状況で、経済活性化の為に消費税増税(を含む社会保障改革)と法人税の減税を主張しており[6]、2012年8月11日には実際に「社会保障と税の一体改革関連法案」が成立している。
  • 環境税には反対していたが、2012年10月1日から実施が決まっている[7]道路特定財源に関しては暫定税率の引き下げを求めており[8]高速道路の整備などが縮小された分の還元が必要だとしている。2009年以降、 民主党マニフェストに沿って暫定税率の廃止を目指したが(ガソリン値下げ隊)、失敗に終わっている。
  • 公務員制度改革、行政改革、歳出改革[6]

通商・市場政策[編集]

労働政策[編集]

  • 1995年、当時の日経連が「新時代の『日本的経営』 ―挑戦すべき方向とその具体策」の中で労働者を長期蓄積能力型、高度専門能力活用型、雇用柔軟型の3グループに分けるべきと提言。そのうちの高度専門能力活用型と雇用柔軟型の2つが、非正規雇用の温床になるという批判がよくなされる[11]
  • 2005年6月21日、 ホワイトカラーエグゼンプション(労働時間規制適用免除制度)の実現を促す提言を行い、2007年9月11日には厚生労働大臣舛添要一がそれを「家庭だんらん法」と呼んで導入を図った。しかし、「残業代ゼロ法案」と揶揄され国会にも提出されていない。スキル向上のために手当なし・休日返上で出勤したいような若者はこの法案の対象の年収900万円以上である可能性はほとんどないなど、提案理由が不透明だと言える。ちなみに、残業禁止のドイツオランダワークシェアリング(パートタイム経済)で失業率を抑制している。
  • 2009年10月5日、金融・郵政担当大臣の亀井静香は、東京都内で行われた講演会で、「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てて、人間を人間として扱わなくなったからだ」と述べ、時の会長・御手洗冨士夫に「そのことに責任を感じなさい」と言ったというエピソードを紹介した。御手洗は「私どもの責任ですか」と答えたという[12] [13]。「ため込んだ内部留保をそのままにしといて、リストラをやっている。人間を人間扱いしないで、自分たちが利益を得る道具として扱っている」「昔の大企業は苦しい時に内部留保を取り崩して下請けや孫請けに回した。今はリストラだけをしている」とも述べ、派遣契約解除問題を批判している[14]。しかし、製造業派遣の全面禁止などが雇用情勢の悪化や工場の海外移転を促進するという観点から、民主党政権はマニフェストを撤回し2012年3月に改正派遣法が成立している[15]
  • 2008年10月14日、「人口減少に対応した経済社会のあり方」と題する報告書を発表、従前の移民受け入れ政策を改めて強調している。これに対して評論家の森永卓郎が批判している[16]

社会保障政策[編集]

国家体制[編集]

エネルギー政策[編集]

設立当初から、東芝(傘下にウェスティングハウス・エレクトリック)、日立(関連企業にGE日立ニュークリア・エナジー)、三菱重工業など原子力プラントに技術力をもつ企業や日本の主要電力会社(東京電力中部電力など)が経団連に参加している。 こうしたことから経団連のエネルギー・原子力に関する政策や政府への要望は単なる電力・原子力産業に対する配慮を超えての利益誘導[独自研究?]ではないかとの批判がある。 3.11の東日本大震災以降、エネルギー政策の見直しや脱原発運動が高まる中、経団連内部においても再生可能エネルギーの普及を推進するソフトバンクや、電力会社のあり方に疑問を呈する楽天など一部の会員企業から経団連の原子力推進姿勢の堅持に対して内部批判を受けたが、現執行部は少数意見だとしている。

楽天は2004年に加盟したが、経団連が発送電分離や独占自由化に対して後ろ向きであることが原因で[18]、2011年6月に退会した[19]

【経団連の原発政策に関するスタンス】

  • 2011年、3.11震災後のまだ福島事故が収束には程遠い中で7月14日には早くも、エネルギー政策に関する第1次提言を表明し、「原子力については、定期点検終了後も停止したままとなっている発電所を、速やかに再稼働させることが何よりも重要である。」と述べて、いち早く再稼動に向けたアクションを取るように働きかけを行った。
  • また2012年7月27日には民主党政府のエネルギー中長期政策について、「エネルギー・環境に関する選択肢」に関する意見を表明。政府の示す原発比率、0%、15%、20-25%のいづれに対しても反対し、25%という政府の上限の案に対してすら容認しないとの脱原発政策への強烈な批判[要出典]を行った。(ただし、この政府の25%案は原発事故前の比率の維持ではなく、原発比率はそのままでも再生可能エネルギーの割合を増やす案であり、事故前より発電のコスト(電気料金)が上がることに注意。)

 また、7月30日には会長の米倉弘昌が国家戦略会議の閣僚に対して直談判し、古川元久国家戦略相が「原発に依存しない社会を目指す大きな方向性を示したものだ」と説明しても納得せず、会長は「脱原発のために再生戦略を進めるのは本末転倒 だ」と反論し、民主党政権に対して反対した。

  • 上記の7月30日の国家戦略会議に関して、米倉は政府が経済成長を1%と過小評価した上で原発比率を算定していることに「日本再生戦略」というテーマと矛盾するという趣旨の発言をしている[20]
  • さらに同年9月14日に民主党政府が「30年代の原発稼働ゼロ」を掲げるエネルギー戦略を決定したことについて、米倉は野田に電話で直接抗議し『到底承服しかねる』と激しく批判した[21][要出典]

政治への働きかけ[編集]

  • 1954年造船疑獄事件が政財界を揺るがす大事件を中心になったこと、東西冷戦構造の中、経営者は資本主義体制を支える政党をする必要があったことから、経団連が献金を取りまとめる「経団連方式」の政治献金が開始された。「経団連方式」とは、経団連が総額を決めた上で企業に負担能力に応じた献金額を割り振る方法であり、ほぼ100%の会員企業が斡旋の呼びかけに応じていた。毎年、自民党本部に100億円以上、民社党に10億円程度寄付していた[22]経団連は自民党への献金を「自由主義維持の為のコスト」と称し、また経団連は「自民党の金庫」と呼ばれた[要出典]
  • 1955年に造船疑獄事件の反省から経済人が経済再建懇談会を結成し、事務を経団連総務部長の花村仁八郎、同次長の久保田富雄が担当した。1959年安保闘争に対抗して政財界や中小企業、文化人、婦人・青年団体等の代表者が自由国民連合を結成したが、両者は1961年に合併し、国民協会(後に国民政治協会に改称)が発足した。経団連は国民協会を支えてきたが、第10回参議院議員通常選挙の金権選挙批判やロッキード事件を受け、会長の土光敏夫は国民協会との関係を破棄した。国民政治協会への改称後、組織を建て直し1981年の協会創立20周年記念式典には会長の稲山嘉寛が招かれている。
  • 献金斡旋を1993年に一旦中止した。理由は、1988年に発覚したリクルート事件、ゼネコン疑獄などの汚職が大問題となり、国民からの批判が高まったこと、バブル崩壊で各企業の売り上げにばらつきが出て業界ごとの献金調整が破たんしたことだと一般に言われているが、55年体制の終焉で保守が並び立つようになったという時代背景も影響している[22]。中止以降は自民党の政治資金団体である、前述の国民政治協会が直接、業界や企業に献金を要請していたが、企業・団体の献金は2002年には26億円と、かつてより大幅に減少した。
  • 2004年には企業への献金の斡旋を再開した。「経団連方式」とは違い、冷戦終結後の政治状況の中、「優先政策事項」に対して自民党と他の野党をそれぞれ評価し、各企業の「自発的な」献金を促進する方式にした(#政策評価も参照)[22]。2004年度の会員企業の政治献金は自民党向けが22億2000万円、民主党向けが6000万円。両党以外の他党への献金は無かった[23]
  • 以前は自民党だけでなく野党第一党の民主党と勉強会・懇談会を開催するなど、特定政党への偏りをなくすため「幅広い政党支持」を打ち出していたが、2005年第44回衆議院議員総選挙では同年8月24日に自民党の単独支持を決めた。なお民主党との懇談会は支持母体の労働組合(連合)の影響もあり、2004年以来途絶えている。その後、民主党は経団連と距離を置く小沢一郎体制の下でさらに対決姿勢を強めており2007年の衆議院予算委員会の中で民主党の枝野幸男が、経団連会長・御手洗富士夫偽装請負問題で参考人招致を要求した。また、2007年の勉強会・懇談会に小沢は欠席している。なお、2007年の秋の臨時国会において民主党を中心とした野党連合は偽装請負の実態解明のため経団連会長の御手洗に再度参考人招致を要求する事を決定した[要出典]
  • 2010年3月8日に、経団連としての会員企業へ政治献金の斡旋を取りやめ、献金は各企業ごとの自主的判断に任せる旨の声明を出した一方で、アメリカ合衆国などを参考に、個人献金の拡大策を検討し、政府に働きかける意向を示した[24]
  • しかし2014年9月8日、経団連は再び政策評価に基づく会員企業への政治献金の呼びかけを再開すると発表した。米倉弘昌会長による安倍晋三の金融緩和政策批判を機に政府自民党と経団連の関係が悪化しており、経団連会長の指定席だった経済財政諮問会議の議員ポストを剥奪されるなど冷遇を受けていたため、自民党への金銭支援をテコに関係回復と影響力強化を図るものと見られている。経団連側から献金呼びかけ再開について伝えられた政府は、榊原定征会長を経済財政諮問会議の議員として登用することを決定した[25][26]

経団連による「政策評価」と会員企業の政治献金[編集]

経団連は、会員企業が政治献金を行う際の政策評価基準となる「政策評価」を年度毎に発表している。税財政など複数の項目に対し最も評価が高い「A」から最も評価が低い「E」まで、アルファベットでランク分けされているのが特徴である。以前は共産党などの少数政党の評価もしていたが、最近は自民党と民主党の評価のみを発表している(共産党は財界団体が政党を比較評価すること自体を非難し、財界が金で与党を支配している実態があらわになったものだと主張している)。

2007年度の政策評価は自民党は去年と代わらず高い水準だったが民主党への評価は6項目で評価が下がるなど、大幅ダウンとなった。特に民主党の雇用、労働政策には「ホワイトカラーエグゼンプションに絶対反対の立場をとっており、労働者の均等待遇原則や有期契約の規制強化等を盛り込んでいる」と激しく批判しており評価も「D」という低いものだった[27]

また、2007年2月23日に行われた衆議院予算委員会の中で共産党の佐々木憲昭は、経団連が自民党に対し2004年に22.6億円、2005年の25億円の政治献金をしていると述べ自民党に対する政策評価表の中にある「A」の数と献金額が比例して増えている事から「経団連の言いなりになればなるほど献金額が増えている」「官邸が経団連に直接支配されている」と批判している[28]

民主党代表岡田克也も、「政策の合致度によって、献金額を決めるのは贈収賄の問題になりかねない、かなりきわどい問題だ」「経団連という1つの経済界の団体が、そういう形で各企業の政党に対する献金について、いわば介入をするというやり方が、決して良いとは思わない」と批判している[29][30]

2010年3月8日、この“政策評価に基づく献金”を取り止め、各企業ごとの自主的判断に任せる旨の声明を出した一方で、アメリカ合衆国などを参考に、個人献金の拡大策を検討し、政府に働きかける意向を示した[24]。しかし前述の通り、2014年9月に再び政策評価に基づく献金を再開すると発表した。

書籍[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2008年度収支計算書 (社)日本経済団体連合会 上位URL=日本経団連:業務・財務等に関する資料 2010-05-21閲覧
  2. ^ a b c 経団連とは
  3. ^ 一般社団法人 日本経済団体連合会 名誉会長
  4. ^ a b 経団連 歴代会長・評議員会議長
  5. ^ 派遣切り:8労組が経団連に公開質問状 受け取りは拒否毎日jp
  6. ^ a b c d e f g h i j k l 日本経済団体連合会 2007.
  7. ^ . http://www.nikkei.com/article/DGXNASDC12004_S2A910C1EA2000/ 
  8. ^ . http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/065/honbun.html 
  9. ^ “M&A法制の一層の整備を求める” (プレスリリース), 経団連, (2006年12月12日), http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/085.html 
  10. ^ “経団連:企業結合に関する独占禁止法上の審査手続・審査基準の適正化を求める” (プレスリリース), 経団連, (2010年10月19日), http://www.keidanren.or.jp/policy/2010/094.html 2012年10月16日閲覧。 
  11. ^ . http://hurec.bz/mt/archives/2006/08/002_199505.html 
  12. ^ . http://mainichi.jp/life/today/news/20091006k0000m020085000c.html 
  13. ^ 「甘えるな!経団連」 週刊朝日2009年10月30日号
  14. ^ . http://www.asahi.com/politics/update/1007/TKY200910060446.html 
  15. ^ . http://www.neoa.or.jp/topics/pdf/20120328.pdf 
  16. ^ 日本経団連の移民受け入れ策は亡国の政策」、『Safety Japan』、日経BP社2008年11月17日閲覧。
  17. ^ 日本経済団体連合会 2007, pp. 65-67.
  18. ^ “楽天、経団連脱退を検討 「方向性違う」と三木谷社長”. 共同 . (2011年5月28日). http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011052801000292.html 
  19. ^ “楽天・三木谷社長が経団連を退会~Twitterで公表”. InternetWatch. http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20110624_455737.html 
  20. ^ . http://www.shutoken-net.jp/index.php?option=com_content&view=article&id=3840:120730-03-nikkei&catid=45:others&Itemid=74 
  21. ^ “原発ゼロ方針 「承服できぬ」 米倉経団連会長”. 産経. http://www.sankeibiz.jp/business/news/120914/bsg1209140504003-n1.htm 
  22. ^ a b c 日本経団連が再び政治資金の寄付に関与する理由
  23. ^ 2004年8月24日付『産経新聞
  24. ^ a b 経団連、企業献金関与を取りやめ 個人拡大策を検討 共同通信
  25. ^ “経団連、政治献金呼びかけ表明 政権支援強める”. 朝日新聞. (2014年9月8日). http://www.asahi.com/articles/ASG984H1SG98ULFA014.html 2014年9月29日閲覧。 
  26. ^ “【経団連、政治献金再開へ】政権接近へ切り札 癒着批判再燃も”. 共同通信. (2014年9月9日). http://www.47news.jp/47topics/e/256811.php 2014年9月29日閲覧。 
  27. ^ 2007年政策評価の発表にあたって 日本経団連
  28. ^ “衆議院予算委員会”. 第166回国会. (2007-02-23). http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001816620070223014.htm 
  29. ^ 経団連の政策評価――民主党はDと言うならもっと説明を 岡田克也 公式ブログ
  30. ^ ただし、圧力団体の行動として政策によって行動が変化することは、圧力団体の目的から当然といえる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

関連組織[編集]