日本経済団体連合会
| 日本経済団体連合会 Japan Business Federation |
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|---|---|
事務局があった旧経団連会館 |
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| 団体種類 | 特例社団法人 |
| 設立 | 1961年6月29日 |
| 所在地 | 東京都千代田区大手町一丁目3番2号 経団連会館 北緯35度41分19.2秒 東経139度45分48.6秒 / 北緯35.688667度 東経139.7635度 座標: 北緯35度41分19.2秒 東経139度45分48.6秒 / 北緯35.688667度 東経139.7635度 |
| 起源 | 経済団体連合会、日本経営者団体連盟 |
| 主要人物 | 会長 米倉弘昌 |
| 活動地域 | |
| 主眼 | 日本経済の発展を促進 |
| 活動内容 | 経済法制、金融資本市場の整備 |
| 収入 | 62億円(2008年度)[1] *会費収入 52億円 *事業収入 9億円(会議室利用料等) *その他収入 1億円 |
| 会員数 | 1,632社(団体) |
| ウェブサイト | http://www.keidanren.or.jp/indexj.html |
社団法人日本経済団体連合会(にっぽんけいざいだんたいれんごうかい)は、日本商工会議所、経済同友会と並ぶ「経済三団体」の一つで東証第一部上場企業を中心に構成される。
目次 |
[編集] 組織概要
- 経団連会館
2009年4月26日に移転、商業施設は同年5月7日にオープン
- 旧・経団連会館
解体後、跡地は第二次再開発事業として利用予定
- 事務局:東京都千代田区大手町一丁目9番4号(日本経済新聞社東京本社に隣接)
2002年5月28日に経済団体連合会(以下「経団連」。1946年8月16日発足)が日本経営者団体連盟(以下「日経連」。1948年4月12日発足)を統合して発足した。略称は経団連(けいだんれん)。有力企業が多く加盟しているため、その利害が社会問題に対する見解や主張に反映されている。自民党や民主党に政治献金を行い、政界・経済界に大きな影響力を持った組織と言われている。
[編集] 日経連と経団連
もともと、経団連は日本の経済政策に対する財界からの提言及び発言力の確保を目的として結成された組織であり、日経連は労働問題を大企業経営者の立場から議論・提言する目的で結成された組織であって健全な労使関係を哲学としていた。加盟企業のほとんどが両者で重複しており、日経連は労使間の対立の収束とともに役割を終えつつあるとの理由から統合された。しかし、派遣労働者が急増した時期は、日経連の廃止と一致している。
[編集] 人事一覧
会長については「日本の中心となる産業」の「中心となる企業」のリーダーから選ばれる傾向にある。当然ながら「中心」の定義は時代によって異なり、かつては重厚長大産業の首脳から選出されていたが現在は異なる。また「会長としての適性」、「会長活動に必要な資金を企業が捻出できるか」などを判断の上で決定される。会長は俗に財界総理とも呼ばれる。日本の民間人としては唯一、警察官から身辺警護を受けられる。
なお、経団連会長職はかなり多忙な役職であるため歴代の多くの会長は就任時に出身企業の会長(もしくはそれに類する役職)に就任し出身企業の経営自体は社長など後任に任せているケースが多い。副会長については旧財閥系、各重厚長大産業(鉄鋼、電力、電機など)の業界の中から選ばれる。
| 役職 | 氏名 | 所属 |
|---|---|---|
| 会長 | 米倉弘昌 | 住友化学会長 |
| 副会長 | 大橋洋治 | 全日本空輸会長 |
| 岩沙弘道 | 三井不動産会長 | |
| 渡辺捷昭 | トヨタ自動車相談役 | |
| 西田厚聰 | 東芝会長 | |
| 宗岡正二 | 新日本製鐵社長 | |
| 川村隆 | 日立製作所会長 | |
| 坂根正弘 | 小松製作所会長 | |
| 三浦惺 | 日本電信電話社長 | |
| 小島順彦 | 三菱商事会長 | |
| 畔柳信雄 | 三菱東京UFJ銀行会長 | |
| 勝俣宣夫 | 丸紅会長 | |
| 大塚陸毅 | 東日本旅客鉄道会長 | |
| 斎藤勝利 | 第一生命保険会長 | |
| 奥正之 | 三井住友フィナンシャルグループ会長 | |
| 宮原耕治 | 日本郵船会長 | |
| 大宮英明 | 三菱重工業社長 | |
| 中村芳夫 | 日本経済団体連合会事務総長 |
| 役職 | 氏名 | 所属 |
|---|---|---|
| 評議員会議長 | 渡文明 | JXホールディングス相談役 |
| 副議長 | 野間口有 | 三菱電機名誉相談役 |
| 原良也 | 大和証券グループ本社最高顧問 | |
| 大久保尚武 | 積水化学工業取締役相談役 | |
| 井手明彦 | 三菱マテリアル会長 | |
| 内田恒二 | キヤノン社長 | |
| 山口範雄 | 味の素会長 | |
| 篠田和久 | 王子製紙社長 | |
| 荻田伍 | アサヒグループホールディングス会長 | |
| 芦田昭充 | 商船三井会長 | |
| 石原邦夫 | 東京海上日動火災保険会長 | |
| 矢野薫 | 日本電気会長 | |
| 亀井淳 | イトーヨーカ堂社長 | |
| 大坪文雄 | パナソニック社長 | |
| 前田新造 | 資生堂会長 | |
| 加藤進 | 住友商事社長 | |
| 小林栄三 | 伊藤忠商事会長 |
(2011年7月1日現在)
[編集] 歴代会長
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※初代の諸井貫一から3代目加藤正人までは『代表常任幹事』制を採用。 |
| 代数 | 歴代会長 | 所属企業 | 在任期間 |
|---|---|---|---|
| 初代 | 奥田碩 | トヨタ自動車 | 2002年5月~2006年5月 |
| 2代 | 御手洗冨士夫 | キヤノン | 2006年5月~2010年5月 |
| 3代 | 米倉弘昌 | 住友化学 | 2010年5月~ |
[編集] 歴代評議員会議長[2]
- 評議員会議長は経団連におけるいわゆるナンバー2のポストとされる。
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[編集] 旧経済団体連合会の略歴
- 1922年(大正11年)8月 日本経済聯盟会(経済聯盟)結成。
- 1940年(昭和15年)8月 戦時統制のため、日本経済聯盟が中心となって、重要産業統制団体懇談会を設立。
- 1941年(昭和16年)1月 重要産業統制団体懇談会、重要産業統制団体協議会(重産協)に改称。
- 1942年(昭和17年)6月 重要産業統制団体協議会、重要産業協議会(重産協)に改称。
- 1945年(昭和20年)9月 敗戦後、日本経済聯盟会、重要産業協議会、日本商工経済会、商工組合中央会によって、経済団体連合委員会を結成。
- 1946年(昭和21年)8月 重要産業協議会を継承して、日本産業協議会(日産協)設立。
- 1946年(昭和21年)8月 経済団体連合会(経団連)設立。日本経済聯盟会、日本産業協議会、日本商工経済会、商工組合中央会、全国金融団体協議会、日本貿易団体協議会が中心となる(日本経済聯盟会、日本商工経済会、解散)。
- 1952年(昭和28年)11月 経済団体連合会、日本産業協議会を合併。
[編集] 最近の動き
- 1995年、当時の日経連が『新時代の日本的経営』の中で“長期蓄積能力型、高度専門能力活用型、雇用柔軟型の3グループの、非正規雇用を多数とする労働者の階層化”を提言。
- 2002年、経団連が日経連を統合。
- 2005年6月に発覚した鋼鉄製橋梁の談合事件によって、経団連からは三菱重工と新日本製鐵(新日鉄)が起訴処分となった。それを受けて、経団連内では西岡喬(三菱重工会長)と三村明夫(新日鉄社長)との処分を如何にするかで難航。結局、更迭等の処分にはせず「謝罪」にて事態を収めたが、これは以下の要因が役員の政策決定の場に影響を与え結果的に「軽い処分」となったものと考えられる。
- 現職役員が所属する社の刑事処分は過去にも例があること。
- 新日鉄の三村、三菱重工の西岡とも社の談合関与を率直に認め経団連の定例会見でもその旨、説明責任を果たしたと認められたこと。
- 三村は最年少副会長であると同時に次代の会長候補であり、その芽を摘むことは避けたかったとの思惑があったこと。
- 長年、自民党を中心に(「自由主義維持の為のコスト」と称して)政治献金を続け、「自民党の金庫」と呼ばれた。1993年、リクルート事件などの汚職を理由に一旦は斡旋を中止したが2004年に再開。2004年度の会員企業の政治献金は自民党向けが22億2000万円、民主党向けが6000万円。両党以外の他党への献金は無かった(2004年8月24日付『産経新聞』)。
- 以前は自民党だけでなく野党第一党の民主党と勉強会・懇談会を開催するなど特定政党への偏りをなくすため「幅広い政党支持」を打ち出していたが、2005年の第44回衆議院議員総選挙では同年8月24日、自民党の単独支持を決めた。なお民主党との懇談会は支持母体の労働組合(連合)の影響もあり、2004年以来途絶えている。その後、民主党は経団連と距離を置く小沢一郎体制の下でさらに対決姿勢を強めており2007年の衆議院予算委員会の中で民主党の枝野幸男が、経団連会長・御手洗富士夫に偽装請負問題で参考人招致を要求した。また、2007年の勉強会・懇談会に小沢は欠席している。なお、2007年の秋の臨時国会において民主党を中心とした野党連合は偽装請負の実態解明のため経団連会長の御手洗に再度参考人招致を要求する事を決定した。
- ホワイトカラーエグゼンプション(ホワイトカラー労働時間規制撤廃制度)を「家庭だんらん法」と呼び、実現を促す提言を2005年6月21日にした。しかし条件付で残業手当撤廃を主張する一方、ドイツ・オランダのような「残業禁止の義務化」には否定的である。
- 上記のホワイトカラーエグゼンプション等、経営側に有利な労働規制の緩和については全体の福利に適うために市場原理に従うべきと市場原理の利用を押し出すが、一方で既存企業の経営側に不利に働く「こともある」独占禁止法の強化についてはそれが公正な競争を促進し市場原理を働かせるために不可欠な措置であるにもかかわらず反対をしている。
- 2005年12月5日にライブドアの経団連入会を全会一致で承認した。だが2006年1月16日にライブドアが東京地検に証券取引法違反容疑で家宅捜索を受けたのを受け、時の会長・奥田碩はライブドア入会は時期尚早過ぎたと発言し今後は経団連入会について基準見直しを行う意向を示した。
- 大企業がバブル期を超える史上空前の利益を上げている中で更なる経済活性化の為に消費税の引き上げと法人税の減税を主張しているが、これらが更なる経済活性化に繋がるかどうかを疑問視する声(野口悠紀雄早稲田大学大学院教授 2006年12月4日付『朝日新聞』)も出ている。
- 会長は歴代経済財政諮問会議の議員を務めている(2009年9月廃止)。
- 環境税に反対している。また道路特定財源の現行維持や高速道路建設促進を訴えている。
- 2007年9月18日、「消費税の福祉目的化」を名目に当面2パーセント上げ15年以内にさらに3パーセント上げる代わりに国税の法人税への一本化を図りたいとして法人税の10パーセント引き下げを求める提言を発表した[3]。
- 2008年6月11日午後、東京・大手町の経団連会館受付に40歳くらいの男から爆破予告の電話があり職員30名ほどが自主的に館内から一時避難した。しかし、館内を警視庁丸ノ内署が捜索したが爆発物は発見できず。又、午後3時の爆破予告時刻を過ぎても異常はなかったため悪質ないたずらと見られる。
- 2008年10月14日、「人口減少に対応した経済社会のあり方」と題する報告書を発表、従前の移民受け入れ政策を改めて強調している。しかしこれに対して経済アナリストからはこの政策を疑問視する声が出ている[4]。
- また2008年のサブプライムローン金融危機不況と円高ドル安の為替変動を受けて機械産業や自動車産業などの輸出産業が苦境に陥ったため、経団連は政府等に円安誘導を訴えている。
- かつてと比べると政治献金額は5分の1程度であり、大幅に減っている[5]。
- 2009年1月6日、「JMIUいすゞ自動車支部」など8つの労働組合が会長・御手洗あての公開質問状を経団連側に提出したが、「アポイントがない」として受け取りを拒否した[6]
- 2009年10月5日、亀井静香金融・郵政担当大臣は「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てて、人間を人間として扱わなくなったからだ。(略)そのことに責任を感じなさい」、「あなたたちは、下請け・孫請けや従業員のポケットに入る金まで、内部留保でしこたま溜めているじゃないか。昔の経営者は、景気のいいときに儲けた金は、悪くなったら出していたんだよ」などと御手洗に対し痛烈な大企業批判を展開した。これに対し御手洗は「私どもの責任ですか」、「亀井さん、やり方がわかりません」と答えた[7]。
- 2011年6月24日、楽天株式会社は、前日に経団連に脱退届を出したことを明らかにした[8]。楽天の三木谷社長によれば、この脱退の理由は、「電力業界を保護しようとする態度がゆるせない」としている。3月11日に発生した東日本大震災に端を発した福島第一原発事故後も、経団連は原発支持や現存する電力産業構造の維持を容認する姿勢を示している。
[編集] 政策評価
経団連は、会員企業が政治献金を行う際の政策評価基準となる「政策評価」を年度毎に発表している。税財政など複数の項目に対し最も評価が高い「A」から最も評価が低い「E」まで、アルファベットでランク分けされているのが特徴である。以前は共産党などの少数政党の評価もしていたが、最近は自民党と民主党の評価のみを発表している(共産党は財界団体が政党を比較評価すること自体を非難し、財界が金で与党を支配している実態があらわになったものだと指摘している)。
2007年度の政策評価は自民党は去年と代わらず高い水準だったが民主党への評価は6項目で評価が下がるなど、大幅ダウンとなった。特に民主党の雇用、労働政策には「ホワイトカラーエグゼンプションに絶対反対の立場をとっており、労働者の均等待遇原則や有期契約の規制強化等を盛り込んでいる」と激しく批判しており評価も「D」という低いものだった[9]。
また、2007年2月23日に行われた衆議院予算委員会の中で日本共産党の佐々木憲昭が経団連が自民党に対し2004年に22.6億円、2005年の25億円の政治献金をしていると述べ自民党に対する政策評価表の中にある「A」の数と献金額が比例して増えている事から「経団連の言いなりになればなるほど献金額が増えている。官邸が経団連に直接支配されている」と批判している。
民主党の元代表である岡田克也も、「政策の合致度によって、献金額を決めるのは贈収賄の問題になりかねない、かなりきわどい問題だ」「経団連という1つの経済界の団体が、そういう形で各企業の政党に対する献金について、いわば介入をするというやり方が、決して良いとは思わない」と批判している[10][11]。
2010年3月8日、この“政策評価に基づく献金”を取り止め、各企業ごとの自主的判断に任せる旨声明[12]。
[編集] 脚注
- ^ 2008年度収支計算書 (社)日本経済団体連合会 上位URL=日本経団連:業務・財務等に関する資料 2010-05-21閲覧
- ^ 経団連 歴代会長・評議員会議長
- ^ “「消費税を増税し福祉に」 経団連、税財政改革を提言”. 朝日新聞. 2007年9月18日閲覧。
- ^ “日本経団連の移民受け入れ策は亡国の政策”. 日経BP社. 2008年11月17日閲覧。
- ^ “政治献金再考”. 独立行政法人 経済産業研究所. 2003年9月7日閲覧。
- ^ 派遣切り:8労組が経団連に公開質問状 受け取りは拒否毎日jp
- ^ 「甘えるな!経団連」 週刊朝日 2009年10月30日号
- ^ 念の為、昨日経団連に脱退届を提出しましたので、ご報告申し上げます。twitter.com
- ^ 2007年政策評価の発表にあたって 日本経団連
- ^ 経団連の政策評価――民主党はDと言うならもっと説明を 岡田克也 公式ブログ
- ^ ただし、圧力団体の行動として政策によって行動が変化することは、圧力団体の目的から当然といえる。
- ^ 経団連、献金への関与打ち切り 御手洗会長が発表共同通信