経済財政諮問会議
経済財政諮問会議(けいざいざいせいしもんかいぎ、Council on Economic and Fiscal Policy)とは、日本の内閣府に設置されている「重要政策に関する会議」の一つである。設置根拠は内閣府設置法第18条。
内閣総理大臣の諮問を受けて、経済財政政策に関する重要事項について調査審議する。2001年1月の中央省庁再編によって設置された。
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[編集] 概要
議長と10人以内の議員から成る。議長には内閣総理大臣が充てられ、議員としては内閣官房長官、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)が法によって定められている。それ以外に、「各省大臣のうちから、内閣総理大臣が指定する者」として財務大臣、総務大臣、経済産業大臣が、また「関係機関(国の行政機関を除く。)の長のうちから、内閣総理大臣が任命する者」として日本銀行総裁が議員となることが慣例化している。また、民間有識者数を議員の4割以上確保することが法により定められている。民間議員としては、これまでは財界から2名、学界から2名が選ばれている。民間議員の任期は2年間で、再任が可能。
これ以外に、会議には議案を絞って国務大臣を臨時議員として参加させることができる。また、必要に応じて審議会その他の関係行政機関の長や有識者に資料の提出、意見の開陳、説明などを求めることができる。政府税制調査会会長や、財政制度等審議会会長、規制改革・民間解放推進会議議長などの出席実績がある。
2009年9月に誕生した鳩山由紀夫内閣は国家戦略室を設置し、経済財政諮問会議は開催されなくなった[1]。
2010年2月、鳩山内閣は政治主導確立法案を国会に提出し、前述の国家戦略室を国家戦略局に改編したうえで内閣府の経済財政諮問会議を廃止する方針を打ち出した。しかし野党の反撥をうけ、2011年5月12日に第177回国会において撤回が承諾され廃案となった[2]。
[編集] 予算編成改革
経済財政諮問会議は、従来の大蔵省主計局を主とした予算編成過程を、官邸主導型に転換する働きをしてきた。特に小泉純一郎は、諮問会議を最も重要な政策会議と位置づけ、「骨太の方針」を打ち出すことによって与野党の”抵抗勢力”を退け官邸主導の予算編成に活用した。
| 時期 | 事項 | 形式 |
| 6月 | 予算編成の基本的考え方について | 財政制度審議会財政制度分科会建議 |
| 6~7月 | 経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太の方針) | 閣議決定 |
| 7月 | 予算の全体像 | 諮問会議とりまとめ |
| 7月下旬 | 概算要求基準 | 閣議了解 |
| 8月末 | 概算要求 | |
| 11月下旬 | 予算編成の基本方針 | 閣議決定 |
| 12月下旬 | 財務省原案 | 閣議提出 |
| 予算政府案 | 閣議決定 | |
| 1月下旬 | 政府案国会提出 | |
| 1~3月 | 国会審議 |
従来の予算編成は、8月に大蔵省が各省庁の概算要求を受けて査定し、年末に政府案として国会に提出された。政府案策定までの間に、各省と大蔵省、与党(自民党)幹部と大蔵省幹部などの折衝があり、実質的な調整が済んだ段階で政府案として提出された予算案は、大筋ではそのまま国会で可決され執行されることが多かった。この過程では、実質的な調整を担う大蔵省主計局と与党(自民党)政務調査会が、予算案策定に強い影響力を及ぼした。
小泉内閣以降の予算編成では、8月の概算要求に先立って経済財政諮問会議が経済成長率などのデータを検討したうえで「骨太の方針」を閣議決定し、予算の全体像をまず明らかにした。「骨太の方針」を踏まえて財務省が各府省の概算要求を査定する流れとなった。従来のような復活折衝は行われず、閣議決定が先行しているため与党幹部の影響力も限定的となり、予算編成への官邸の影響力が強まった。
[編集] 総理不在時
- 内閣総理大臣が外遊その他で出席できないときは、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)が議長代理を務める。
- ただし、内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)が置かれていないときは内閣官房長官が議長代理を務める。
[編集] 歴代構成員
| 内閣 | 総理大臣 (議長) |
内閣 官房長官 |
経済財政 担当大臣 |
総務大臣 | 財務大臣 | 経済産業 大臣 |
日本銀行 総裁 |
民間有識者(民間議員) | 期間 | 備 考 |
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 財界 | 学者 | ||||||||||||
| 第2次森内閣 | 森喜朗 | 福田康夫 | 額賀福志郎 | 片山虎之助 | 宮澤喜一 | 平沼赳夫 | 速水優 | 牛尾治朗 | 奥田碩 | 本間正明 | 吉川洋 | 2001年1月6日 - 2001年1月23日 | 1 |
| 麻生太郎 | 2001年1月23日 - 2001年4月26日 | ||||||||||||
| 第1次小泉内閣 | 小泉純一郎 | 竹中平蔵 | 塩川正十郎 | 2001年4月26日 - 2002年3月25日 | 2 | ||||||||
| 福井俊彦 | 2002年3月25日 - 2003年9月22日 | ||||||||||||
| 麻生太郎 | 谷垣禎一 | 中川昭一 | 2003年9月22日 - 2003年11月19日 | 3 | |||||||||
| 第2次小泉内閣 | 2003年11月19日 - 2004年5月7日 | 4 | |||||||||||
| 細田博之 | 2004年5月7日 - 2005年9月21日 | ||||||||||||
| 第3次小泉内閣 | 2005年9月21日 - 2005年10月31日 | ||||||||||||
| 安倍晋三 | 与謝野馨 | 竹中平蔵 | 二階俊博 | 2005年10月31日 - 2006年9月26日 | 5 | ||||||||
| 安倍内閣 | 安倍晋三 | 塩崎恭久 | 大田弘子 | 菅義偉 | 尾身幸次 | 甘利明 | 御手洗冨士夫 | 丹羽宇一郎 | 伊藤隆敏 | 八代尚宏 | 2006年9月26日 - 2007年8月27日 | ||
| 与謝野馨 | 増田寛也 | 額賀福志郎 | 2007年8月27日 - 2007年9月25日 | 6 | |||||||||
| 福田康夫内閣 | 福田康夫 | 町村信孝 | 2007年9月26日 - 2008年3月19日 | 7 | |||||||||
| - | 2008年3月20日 - 2008年3月31日 | 8 | |||||||||||
| 白川方明 | 2008年4月1日 - 2008年4月9日 | ||||||||||||
| - | 2008年4月9日 - 2008年4月15日 | ||||||||||||
| 白川方明 | 2008年4月15日 - 2008年8月2日 | ||||||||||||
| 与謝野馨 | 伊吹文明 | 二階俊博 | 2008年8月2日 - 2008年9月24日 | 9 | |||||||||
| 麻生内閣 | 麻生太郎 | 河村建夫 | 鳩山邦夫 | 中川昭一 | 張富士夫 | 三村明夫 | 吉川洋 | 岩田一政 | 2008年9月24日 - 2009年2月17日 | ||||
| 与謝野馨 | 2009年2月17日 - 2009年6月12日 | 10 | |||||||||||
| 佐藤勉 | 2009年6月12日 - 2009年7月2日 | 11 | |||||||||||
| 林芳正 | 2009年7月2日 - 2009年9月16日 | 12 | |||||||||||
※上記表中の「備考」欄詳細:
- 麻生の就任は、額賀のKSD事件に絡む大臣引責辞任に伴うもの。詳細は額賀の項を参照。
- 福井の就任は、任期(5年)満了による速水の辞任に伴うもの。
- 第1次小泉内閣第2次改造内閣の発足に伴う就任。
- 細田の就任は、福田の年金保険料未納の発覚による官房長官辞任に伴うもの。詳細は福田の項を参照。
- 第3次小泉改造内閣の発足に伴う就任。
- 安倍改造内閣の発足に伴う就任。
- 福井の日銀総裁退任は、任期満了によるもの。
- 日銀総裁人事案の国会不同意に伴う総裁不在(空席)と、白川の副総裁就任→総裁就任の一連の経緯に伴うもの。詳細は白川の項を参照。
- 福田康夫内閣改造内閣の発足に伴う就任。
- 中川の辞任に伴うもの。与謝野が大臣兼任したため10人体制に。
- 鳩山の辞任に伴うもの。
- 林の就任に伴うもの。与謝野が兼任から外れたため、再び11人体制に。
[編集] 経済財政諮問会議が主導する具体的政策
- 航空自由化
- 国土交通省に対し、アジア・ゲートウェイ構想における航空自由化(アジア・オープンスカイ)の具体化を担保するための工程表(航空自由化工程表)の提出を求めており、2007年11月26日開催の平成19年第28回経済財政諮問会議に最初の工程表が提出された[3]。さらに、2008年5月20日開催の平成20年第12回経済財政諮問会議では、民間議員からの意見[4]に応じ、国土交通省から、羽田空港の再拡張事業完了後、同空港の早朝深夜帯で欧米も含めた国際線に3万回の枠を配分し、6時台・22時台の国際線発着も認めることが表明された[5]。
[編集] 評価
経済財政諮問会議が設置された当時の第2次森改造内閣では、期間が短かったこともあって目立った成果をあげなかった。しかし、森内閣を引き継いで発足した小泉内閣では自民党内や官庁の反対派を抵抗勢力として退け、官邸主導の政治を行う上で重要な役割を果たした。
小泉内閣の下での経済財政諮問会議の成果としては、予算編成過程の改革、金融システム改革、郵政民営化、三位一体の改革、政策金融改革、規制改革、税制改革、経済成長戦略、歳出・歳入一体改革などが挙げられる。
一方で民間メンバーの内2人は日本経団連幹部であり、経団連の利害が強く反映されているのではないかという批判がある。
第21回参議院議員通常選挙のマニフェストで同会議の見直しを掲げていた国民新党は2008年1月、“格差拡大を助長しているのみ。小泉純一郎内閣の遺物”として、民主党や社民党などと共に、同会議の廃止法案を提出する事を決めた。
[編集] 脚注
- ^ 経済財政諮問会議:8年半の歴史に幕 国家戦略局や行政刷新会議、全体像まだ見えず毎日.jp(リンク切れ)
- ^ “議案審議経過情報”. 衆議院. 2011年5月22日閲覧。
- ^ 「航空自由化工程表について」
- ^ 「利用者の立場に立った「空」の自由化を」
- ^ 「国土交通省における経済成長戦略に向けた取組~首都圏空港における国際航空機能拡充プラン~」
[編集] 参考書籍
- 清水真人「官邸主導-小泉純一郎の革命」日本経済新聞社
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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