石原伸晃

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

日本の旗衆議院議員 石原 伸晃
生年月日 1957年4月19日(52歳)
出生地 神奈川県逗子市
出身校 慶應義塾大学
学位・資格 文学士
前職 日本テレビ放送網報道局政治部記者
所属委員会
衆議院懲罰委員会理事
世襲 二世
父・石原慎太郎
選出選挙区 東京8区
当選回数 7回
所属党派 自由民主党(山崎派
党役職 (党中央)幹事長代理
東京都支部連合会会長
会館部屋番号 衆・第一議員会館743号室
ウェブサイト 石原のぶてるホームページ
  

石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年4月19日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(通算7期)。行政改革・規制改革担当大臣国土交通大臣・観光立国担当大臣を務めた。日本OPヨット協会会長。自由民主党東京都連合会会長TOKYO自民党政経塾主宰。前自民党政務調査会長。東京都知事石原慎太郎の長男。

目次

[編集] 略歴

[編集] 政治家として

[編集] 概要

  • いわゆる「政策新人類」の代表格。1998年の「金融国会」では金融再生関連法案の成立に尽力した。森内閣においては政権批判の急先鋒で、「加藤の乱」に連座するなどして傷を負ったが、続く小泉内閣では行革担当大臣、国土交通大臣と重用され、道路公団問題などに取り組んだ。続く安倍内閣の党人事でも幹事長代理、政調会長に就任。
  • 自民党寄りのメディアにすら『チャンスに打てない中軸打者』と呼ばれるほど、「お坊ちゃま」ゆえに「打たれ弱い」と評されることが多い[1]
  • 北京オリンピックを支援する議員の会副幹事長を務める。
  • 2001年10月、大臣時代に「北海道の道路は車が走っている数よりヒグマが走っている数のほうが多い」と発言し、その発言に激怒した鈴木宗男に猛抗議を受けた。
  • 2008年9月1日の福田康夫総裁辞任表明を受けて行われる自民党総裁選挙には、9月3日まで山崎拓らが慎重姿勢を示した影響もあってか、出馬をする意向を見せていなかったが、9月4日には与謝野馨らと共に、出馬への意欲を示した。9月9日には、出馬表明を決定した。しかし、9月7日のサンデープロジェクトで、小泉路線の二の舞になるのではないかと、批判されていた。9月15日の釧路での演説では「釧路から札幌まで高速道路はつながります。(中略)道路がつながって整備されて、皆さんに活用される社会資本整備になると、私、石原伸晃は確信している」と、演説した。

[編集] 新銀行東京との関係

  • 父親で都知事である石原慎太郎の提唱で都税1000億を投入して設立された新銀行東京に対して、石原伸晃の元私設秘書が決算書類の改ざんを知りながらもブローカーの仲介を引き受け、自民党都議に口利き仲介していたことが判明している。石原伸晃事務所は「(元秘書は)既に退職しており、口利きなどについては承知していない」としている。[2]その後、石原慎太郎都知事は「口利きするのは、それこそ政治家の仕事」として政治家の口利きを肯定する発言をしている。[3]
  • 2008年10月26日にNHKの番組に出演し、金融危機で経営不安に陥っている金融機関への資本注入を実現する金融機能強化法改正案に関して、「法律の中には銀行(「新銀行東京」と「金融危機で苦しんでいる銀行」)に区別はない」と述べ、2008年秋の世界的な金融危機とは無関係に経営が行き詰まっている新銀行東京も対象に含まれるとの見解を示した。[4]これに対して11月2日に自民党園田博之政調会長代理がNHKにて「(出資している)東京都が立て直しに責任を持つべきだ。今注入できるとは思えない」と否定的な見解を示している。

[編集] 道路公団民営化

  • 小泉政権の主要政策の一環として、道路公団民営化を任せられ脚光を浴びるも、道路族の猛攻を抑えきることができず、妥協を重ねて屈したとする評価が多い[5]。自身も、「最終報告には実現不可能な部分もある」と弱気なコメントを残している。
  • 道路関係四公団民営化推進委員会委員長代理であった田中一昭(政府民営化案の妥協策を不服として辞表を提出した)からは「偽りの民営化—道路公団改革」という暴露本を通じて「経綸を持たず、むしろ無能ぶりを天下にさらした」と酷評された。
  • 国土交通大臣時代、日本道路公団総裁藤井治芳を解任した。藤井は解任取消を求めて東京地方裁判所に提訴。2006年9月6日に解任処分は相当であると、石原勝訴の判決が下された。

[編集] 献金

[編集] 人物

  • 身長178cm、体重69kg、血液型A。
  • NHK総合テレビが深夜に不定期で放送している、「MUSIC BOX」(1970 - 1990年代のヒット曲と共に、当時の世相や流行を記録した映像を放送する深夜番組)では、日本テレビ報道局に在籍していた石原が、青函トンネル開通を記念して報道陣を乗せた特別列車の中で、取材メモを取っている姿が流れる(取材中にNHKのニュース映像に偶然映ってしまった模様)。
  • 大臣在任時、出張時の昼食を高級レストランに設定した事務方を叱責し、「事務方が勝手に高級な物にセットした。料金は払わない」と主張したことがある。
  • たばこと健康を考える議員連盟所属。
  • 日朝国交正常化推進議員連盟に所属し、役員を務める。

[編集] 信仰

新興宗教崇教真光の信者である[9]。秋季大祭の来賓の中でも石原は少年の頃、岡田光玉岡田恵珠が自宅に訪れたエピソードを42周年秋季大祭(2001年)の祝辞にて披露した[10]。45周年秋季大祭(2004年)では自身が組み手(信徒)であることを明らかにし、組み手としての立場をメインに祝辞を述べた[11]。46周年秋季大祭(2005年)では中級に昇格したことを祝辞にて紹介している[12]

[編集] 受賞歴

[編集] 家族

東京都知事で作家の石原慎太郎石原裕次郎は叔父。俳優気象予報士石原良純・元衆議院議員石原宏高・画家の石原延啓は弟。妻・里紗(元タレント・田中理佐)との間に二男一女あり(長男は生後5ヶ月で死去)。

[編集] 系譜

石原家
石原家の先祖について佐野眞一の著書『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』28-30頁によると、石原家はの2代前の石原安太夫の時代に絶家となった(理由は不明)が、服部家から服部信義の二男の信直が石原家に入り家を再興したという。慎太郎の父・潔は信直の三男である。佐野との対談の中で慎太郎は「うちの本家はそもそも石原ではなく服部なんです。…(中略)…先祖は武田残党でそれが松山に流れて服部姓を名乗った。…(中略)…歴代服部勘助を名乗った服部本家の血筋をひいている親父の親父が石原家に入ってそれ以来石原姓を名乗った」と述べている[13]。潔は愛媛県長浜町に生まれ、警察官だった父・信直の人事異動に伴って、幼少期は八幡浜宇和島など、西宇和、南宇和地区で過ごした。
      小泉又次郎━━芳江
              ┃
              ┣━━━━━┳小泉純一郎━━┳小泉孝太郎
              ┃     ┃       ┃
            小泉純也    ┗小泉正也   ┗小泉進次郎
           (鮫島)       ┃
                      ┃
      ┏石田重蔵━━石田吉之輔━━━美枝子
      ┃
      ┃
      ┃
      ┗石田光治━━典子       里紗     ┏男
             ┃         ┣━━━━━╋男
             ┣━━━━━━┳石原伸晃    ┗女
(服部)         ┃      ┃
石原信直━━石原潔━┳石原慎太郎    ┣石原良純
          ┃         ┃
          ┃         ┣石原宏高
          ┃         ┃
          ┃         ┗石原延啓
          ┃
          ┗石原裕次郎

[編集] 脚注

  1. ^ 2006年12月14日週刊文春
  2. ^ 2008年10月18日 読売新聞
  3. ^ 2008年11月1日 スポーツ報知
  4. ^ 2008年10月27日時事通信
  5. ^ http://kodansha.cplaza.ne.jp/broadcast/special/2003_05_14/index.html
  6. ^ パーティ券リストの面々 しんぶん赤旗 2003年9月12日
  7. ^ http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/kanpo/020913/203/pdf/20020913g00203y0116.pdf
  8. ^ 2004年5月13日(木)「しんぶん赤旗」
  9. ^崇教真光』誌平成16年12月号 P65-67
  10. ^ 『崇教真光』誌平成13年12月号
  11. ^ 『崇教真光』誌平成16年12月号
  12. ^ 『崇教真光』誌平成17年12月号
  13. ^ 佐野は『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』29頁に「ただし、服部家出身の信義の祖先が、本当に武田武士の流れをくむ服部本家の末裔だったかどうかまでは、調べようがなく確認がとれなかった。龍潭寺の住職によると約20年前の先代住職の頃、慎太郎本人から“石原家のルーツを知りたい”との連絡があったがそのときもはっきりしたことはとうとうわからずじまいだったという」と記している

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

官職
先代:
扇千景
日本の旗 国土交通大臣
第2代:2003年 - 2004年
次代:
北側一雄
先代:
橋本龍太郎
日本の旗 特命担当大臣(規制改革)
2001年 - 2003年
次代:
金子一義
議会
先代:
塩崎恭久
日本の旗 衆議院法務委員長
2005年 - 2006年
次代:
七条明
党職
先代:
中川昭一
自由民主党政務調査会長
第49代 : 2007年
次代:
谷垣禎一