白川方明

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白川 方明
(しらかわ まさあき)
人物情報
誕生 1949年9月27日(62歳)
日本の旗 日本福岡県
居住 日本の旗 日本
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
国籍 日本の旗 日本
学問
研究分野 経済学
研究機関 日本銀行
京都大学
東京大学
母校 東京大学
主な業績 金融政策運営の研究
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白川 方明(しらかわ まさあき、1949年9月27日 - )は、日本銀行家経済学者金融政策・決済システム)。学位経済学修士シカゴ大学)。第30代日本銀行総裁

日本銀行審議役、日本銀行理事京都大学大学院公共政策教育部教授東京大学金融教育研究センター客員研究員等を歴任した。

弟は建築家の白川直行。

一見地味ながらも、博識で知られることから内外からドクタージミー(Dr. jimmy)と称えられる。

目次

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

福岡県北九州市出身。

小倉市立中島小学校福岡県立小倉高等学校を経て、東京大学経済学部卒業。 東大時代、旧民社党系シンクタンクである民主社会主義研究会議(民社研)に所属し、活動。経済学部では小宮隆太郎ゼミに属した。

[編集] 日本銀行

1972年4月日本銀行入行。シカゴ大学大学院経済学修士大分支店長ニューヨーク駐在参事などを歴任。2002年7月 日本銀行理事(金融政策担当)に就任。2006年まで4年間務める。

[編集] 京都大学

2006年7月、京都大学大学院公共政策教育部(いわゆる公共政策大学院)にて教授に就任し、2008年3月まで務めた。また、東京大学の金融教育研究センターにて客員研究員も兼任した。

[編集] 日本銀行副総裁(総裁代行)

2008年3月13日、日本銀行副総裁として国会の同意が得られたため、3月19日持ち回り閣議を以て日本政府より日本銀行副総裁に正式に任命された。

かつて日本銀行総裁は財務省(旧・大蔵省)OBと日銀OBが交代で務めるたすき掛け人事が続いていたが、28代の速水優、29代の福井俊彦と2代続けて日銀OBが就任していた[1]。福井の任期満了に伴う次期総裁人事において日銀の独立性が確保されるかが争点となる中、政府が国会に提示した武藤敏郎(日銀副総裁)及び田波耕治国際協力銀行総裁)の総裁人事案は野党が多数を占める参議院で否決され[1]3月19日で総裁を退任した福井が3月20日付で副総裁に就任する白川を「次期日銀総裁が就任するまでの間、総裁の職務を代行する者」に指名した。これにより、白川は副総裁就任と同時に日本銀行総裁職務代行者となった。

[編集] 日本銀行総裁

2008年4月9日、政府が改めて提示した白川を日本銀行総裁に指名する人事案が衆議院及び参議院で同意を得られた為、副総裁・総裁代行から繰り上がる形で第30代日本銀行総裁に就任した。日銀総裁空席期間は20日間で終わった。50代の日銀総裁は山際正道以来51年ぶり。

[編集] 人物・評価

学者肌の人物であり、過去の日銀総裁と比較して、政官界や財界とのパイプや交渉力などは未知数であるとの評もあったが、大学教授時代も現場復帰を熱望していたという。金融政策を担当する企画局勤務が長く、急な就任にも日銀トップとして違和感がないとされる。

実務面では、ノーベル経済学賞受賞者クルーグマンより政策に関して「中央銀行の独立性への介入に関しては、もはやあれこれ躊躇すべきではありません。日本のGDPデフレーター(名目GDPを実質GDPで割った値。経済全体の物価動向を示す)は、ここ13年間、下がりっ放しです。それなのに今、日銀が重い腰をあげないというなら、(その責任者たる総裁は)解雇すべきです」[2]や、浜田宏一・米イェール大学教授から「日本銀行は、金融政策というこれらの課題に十分立ち向かうことのできる政策手段を持っているのです。日本銀行はそれを認めようとせず、使える薬を国民に与えないで、日本銀行が国民と産業界を苦しめていることを自覚していただきたい」「聡明な総裁のことですから、デフレと不況に苦しむ国民の立場から、その原因となっている緊縮金融政策を改めてくださることを願っています」[3]など提案・批判を受けている。

金融政策を語り出すと止まらなかったり、「日銀の仕事は面白い」と語る事などから、周囲から「趣味は金融政策」などと言われる[4]が、後輩の翁邦雄によれば、「趣味は金融政策というより中央銀行そのもの」であり、狭義の金融政策を超えて、日銀機能の強化といった課題にも意欲を燃やしているという[5]。他に趣味としてバードウォッチングを楽しむ。

[編集] 経歴

  • 1972年 - 日本銀行入行
  • 1990年 - 信用機構局信用機構課長
  • 1993年 - 企画局企画課長
  • 1994年 - 大分支店長
  • 1995年 - ニューヨーク駐在参事
  • 1996年 - 金融研究所参事
  • 1997年 - 審議役(国際資本市場担当)
  • 2000年 - 審議役(企画調査担当)
  • 2002年 - 日本銀行理事
  • 2006年 - 京都大学大学院公共政策教育部教授
  • 2008年 - 日本銀行副総裁
  • 2008年 - 日本銀行総裁

[編集] 著書

[編集] 脚注

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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