藤原正彦

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藤原 正彦(ふじわら まさひこ、1943年7月9日 - )は、日本数学者お茶の水女子大学名誉教授。専門は数論で、特に不定方程式論。エッセイストしても知られる。

妻は、お茶の水女子大学で発達心理学を専攻し、カウンセラー、心理学講師そして翻訳家として活動する藤原美子気象学者藤原咲平は大伯父、美容家メイ牛山は大叔母にあたる。

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略歴 [編集]

戦後いずれも作家となった新田次郎藤原てい夫妻の次男として、満州国の首都新京に生まれる。ソ連軍の満州国侵攻に伴い汽車で新京を脱出したが、朝鮮北部で汽車が停車したため、日本への帰還の北朝鮮から福岡市までの残り区間は母と子3人(兄、本人、妹)による1年以上のソ連軍からの苦難の逃避行となった。母・藤原ていのベストセラー『流れる星は生きている』の中でも活写されたこの経験は、本人のエッセイの中でも様々な形で繰り返し言及されており、老いた母を伴っての満州再訪記が『祖国とは国語』(2003年)に収録されている。

小学生の一時期、長野県諏訪市にある祖母宅に1人移り住む。このときの自然体験は、後に自身の美意識の土台となっている。このころ図工の先生であった安野光雅から絵と、数学の面白さも教わる。

アメリカ留学記『若き数学者のアメリカ』(1977年)が話題となり、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。以後エッセイストとして活動。身辺雑記からイギリス滞在記や科学エッセイ、数学者の評伝に至るまで対象は広い。『父の旅 私の旅』(1987年)は、亡父・新田次郎の絶筆となった未完の小説『孤愁 サウダーデ』の主人公モラエスの故郷であるポルトガルを、一人レンタカーを駆って一周する紀行文である。これは、先年亡くなった亡父が、その取材旅行で訪れた時に残した詳細なメモ等を元に、同じコースを辿り、同じ人に会おうとしたものである。その中で、ポルトガル人にとっての「サウダーデ」の意味を問い続け、自らにとっての「サウダーデ(郷愁)」を求めようとするものでもある。2012年には正彦が執筆した『孤愁 サウダーデ』の続編を併せた小説が出版された

エッセイではしばしば「武士道」や「祖国愛(ナショナリズムではなくパトリオティズム)」、「情緒」の大切さを諧謔を交えて説いてきたが、口述を編集者がまとめた『国家の品格』(2005年11月、新潮新書)は200万部を超えるベストセラーとなり、翌2006年の新語・流行語大賞に選ばれるなど大きな話題となった。同書では数学者の立場から、「論理より情緒」「英語より国語」「民主主義より武士道」と説いている。 2009年に上映された映画「劔岳 点の記」は父・新田次郎の原作である。著作権を持っていた正彦と実兄の正広は木村大作監督の山岳映画に対するこだわりから二つ返事で了承したという[1]

2009年3月をもってお茶の水女子大学教授を定年退職。講演活動を行いつつ数本の連載を抱える。『週刊新潮』に「管見妄語」を連載、2010年9月に『大いなる暗愚』(新潮社)として出版した。

人物 [編集]

小学校からの英語教育必修化に批判的で「一に国語、二に国語、三四がなくて五に算数。あとは十以下」であると述べ、国語教育の充実を推奨。「読書をもっと強制的にでもさせなければならない」「教育の目的は自ら本に手を伸ばす子を育てること」と主張している。教育学者齋藤孝明治大学教授は「祖国とは国語」の解説で「ああ、この人(藤原)に文部科学大臣になってもらいたい」と記している。なお、この齋藤の言葉は「祖国とは国語」の帯の惹句にもなっている。

また、飛び級制度にも批判的であり、「自然科学で最も重要なのは美しいものに感動する「情緒力」で、数学的なテクニックじゃない。幼いころの砂場遊び、野山を走り回る、小説に涙する、失恋するなど、あらゆる経験がそれを培う。国は効率的に育てようというが、スキップして数学だけ学んでもうまくいかない。」、「もし東京大、京都大など主要大学が飛び入学を導入すると、逆に新たな競争を生み、情緒力を養成する初等中等教育がズタズタになる。」、「高校三年の受験勉強は確かに情緒力養成には役に立たないが、だから摩耗しないよう飛び入学で救うというのは論理のすり替えだ。重要なのは高校三年の教育の改善。くだらない受験勉強を強いる大学入試改革が必要で、責任は大学にある。才能ある一部を救って、多くが犠牲では済まない。」などと述べている[2]

『若き数学者のアメリカ』には、当時のストリーキングの熱に煽られ、一人でアパートの陰から全裸で路上に飛び出したこと、『遙かなるケンブリッジ』には大学で数学の研究に没頭して家庭を顧みないでいる間、次男が学校でいじめを受けたことを知り「Stand up and fight」「武士道精神で闘え」と、殴られたら殴り返すよう次男を叱責したが、夫人から「非現実的な解決手段だ」とたしなめられ、最終的には藤原自身が学校に乗り込み、校長に直談判したこと、などのエピソードが綴られている。

NHK教育視点・論点に「公と私」というタイトルで出演した。その中で、失われつつある現代人の個に嘆きつつも、現代人はファッションだけは個性的で、女子大生のへそ出しのスタイルを「特に嫌いな訳ではない」とも語った。

歌手の奈良光枝、またなでしこジャパン(サッカー日本女子代表)主将の宮間あや田中陽子の熱烈なファンであり、特に宮間あやに関しては、「卓越した技術、なでしこサッカー主将としての理論的および精神的支柱ばかりでなく、日本の良き文化の伝道者でもある」 [3] と称賛している。

年表 [編集]

著書 [編集]

単著 [編集]

共著 [編集]

編著 [編集]

訳書 [編集]

監修 [編集]

受賞歴 [編集]

脚注 [編集]

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  1. ^ http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/movie/274676/
  2. ^ 日本経済新聞』(2004年5月21日夕刊)
  3. ^ 「管見妄語」『週刊新潮』(10月4日号)

関連項目 [編集]

新田次郎 藤原てい 藤原美子 メイ牛山
岡潔 奈良光枝 宮間あや 田中陽子

外部リンク [編集]