サッカー日本女子代表
| 国または地域 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 協会 | 日本サッカー協会 | |||
| 愛称 | なでしこジャパン | |||
| 監督 | ||||
| 最多出場選手 | 澤穂希(186試合) | |||
| 最多得点選手 | 澤穂希(81得点) | |||
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| 初の国際試合 | ||||
| 1981年6月7日 第4回AFC女子選手権 (香港) |
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| 最大差勝利試合 | ||||
| 1997年12月5日 第11回AFC女子選手権 (中国・番禺) |
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| 最大差敗戦試合 | ||||
| 1981年9月9日 ポートピア'81国際女子サッカー大会 (国立西が丘サッカー場) 1999年4月29日 (アメリカ合衆国シャーロット) |
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| 女子W杯 | ||||
| 出場回数 | 6回 (初出場は1991) | |||
| 最高成績 | ||||
| オリンピック | ||||
| 出場回数 | 4回 | |||
| 最高成績 | ||||
| AFC女子アジアカップ | ||||
| 出場回数 | 12回 | |||
| 最高成績 | ||||
| アジア競技大会 | ||||
| 出場回数 | 6回 | |||
| 最高成績 | ||||
サッカー日本女子代表(サッカーにっぽんじょしだいひょう、サッカーにほんじょしだいひょう)は、日本サッカー協会 (JFA) により編成される女子サッカーの日本代表チーム(年齢制限のないベストメンバーによる代表)。愛称は「なでしこジャパン」。
FIFA女子ワールドカップには全6大会に、オリンピックには5大会中4回に出場している。2011年のFIFA女子ワールドカップではアジア勢の代表チームとして初優勝した。
目次 |
歴史[編集]
黎明期〜鈴木良平監督時代[編集]
詳細は「女子サッカー#各国・地域の女子サッカー」を参照
1978年、台湾・台北市開催のアジア女子選手権に、FCジンナンの選手たちが「日本代表」として参加した。この大会が日本女子サッカーにおける初の国際試合である。1981年の1981 AFC女子選手権において、全国各地のチームから選手を選抜して結成した初の日本代表チームが結成され、当時京都府所在の西山高等学校教諭であった市原聖基が監督となった[1]。同年9月にはポートピア81関連事業として日本代表とイングランド代表およびイタリア代表による試合が行われ、イングランドとの試合では0-4[1]、イタリアとの試合では0-9の成績であった。
1986年、鈴木良平が初の専任代表監督として就任。1986年に開催された1986 AFC女子選手権にて準優勝の成績をおさめた。
鈴木保・宮内聡監督時代[編集]
女子サッカーがオリンピック種目となったのは1996年のアトランタ大会からである。
鈴木保率いる日本女子代表は、オリンピック出場権獲得を目指して1995年にスウェーデンで開催された第2回FIFA女子世界選手権に出場。この大会においてグループリーグでドイツに0-1、スウェーデンに0-2で敗戦したもののブラジルに2-1で勝利して決勝トーナメントに進出し、トーナメント進出国に与えられるオリンピック出場権を獲得。しかし、オリンピック本大会ではドイツに2-3、ブラジルに0-2、ノルウェーに0-4で敗れてグループリーグ敗退となった。
2000年のシドニーオリンピック出場に照準をあわせた宮内聡率いる日本女子代表は、1999年6月に五輪予選を兼ねてアメリカ合衆国で開催された開催された第3回FIFA女子世界選手権に出場。カナダとの初戦は1-1で引き分けたもののロシアに0-5、ノルウェーに0-4で敗戦しシドニーオリンピックの出場権を逃した。その結果日本国内での女子サッカーへの関心は瞬く間に低下してL・リーグの観客動員は急速な落ち込みをみせ、リーグからチームの脱退も相次いだ[2]。
上田栄治監督時代[編集]
2002年8月、マカオ男子代表の監督を務めていた上田栄治が代表監督に就任。10月に韓国で行なわれた第14回アジア競技大会では3位となった。
2003年6月にタイ・バンコクで開催された2003 AFC女子選手権に出場。第4回FIFA女子ワールドカップ・アメリカ大会のアジア地区予選を兼ねたこの大会では準決勝で北朝鮮に、3位決定戦で韓国に敗れて4位となり、残る出場枠を賭けてメキシコ(北中米カリブ海地区)との大陸間プレーオフ(ホーム・アンド・アウェー方式)に回ることとなった。7月5日にメキシコシティのエスタディオ・アステカで行なわれたアウェー戦は2-2の引き分けに終わったが、7日後の7月12日に12,743人の観客を集めて国立競技場で行われたホーム戦は澤穂希と丸山桂里奈のゴールにより2-0で勝利しワールドカップ出場権を獲得[3]。この試合はマスメディアに大きく取り上げられ、女子サッカーが再び注目されるきっかけとなった。本大会ではアルゼンチンとの初戦でFW大谷未央がハットトリックを決め6-0で勝利したものの、ドイツに0-3、カナダに1-3で敗れグループリーグ敗退となった。
2004年4月に出場チームが10に拡大したアテネオリンピックのアジア枠2を決める大会「AFC女子サッカー予選大会2004」が日本で開催され、日本は1次リーグでベトナムに7-0、タイに6-0で圧勝して1位で通過。北朝鮮との準決勝は国立競技場に31,324人の観客を集めて行なわれ[4]、荒川恵理子や大谷未央がゴールを決めて3-0で勝利し2大会ぶり2度目のオリンピック出場を決める[5]。なお、決勝は中国に0-1で敗戦し準優勝となった。
オリンピック本大会前の7月にはチームの愛称がなでしこジャパンに決定。そして、8月に開催されたオリンピック本大会ではグループステージ初戦でスウェーデンに1-0で勝って本大会初勝利を収め、続くナイジェリア戦では0-1で敗れたが、他グループ3位との総得点差で初の決勝トーナメント進出を果たした。準々決勝でアメリカと対戦し1-2で敗れベスト8に終わったが、チームは3試合を通して「警告・退場者ゼロ」により「フェアプレー賞」を受賞した。
アテネオリンピックにおけるなでしこジャパンの活躍によって女子サッカーは広く認知されるようになり、国内トップリーグの日本女子サッカーリーグの人気も再上昇した。また、オリンピック後にはリーグ名の新愛称「なでしこリーグ」が採用され、2005年より「なでしこスーパーカップ」[6]、2007年より「なでしこリーグカップ」が開催されるなど、「なでしこ」は女子サッカーのブランド名として活用されている。
また、ユニバーシアード日本女子代表はユニバーシアードの2003年大邱大会で銀メダル、2005年イズミル大会で銅メダルを獲得した。このイズミル大会では本田美登里が男女・各年代通じて日本初の「女性代表監督」として采配をとった。
大橋浩司監督時代[編集]
2004年10月に前月に退任した上田の後任に大橋浩司が新監督として就任。就任後初の試合となった12月18日のチャイニーズタイペイ戦は11-0で勝利と上々のスタートを切った。なおこの試合のチラシやプログラム、応援用のブルーシートにはナデシコの花をイメージした模様がはじめて描かれた。
2006年7月にオーストラリアで開催された2006 AFC女子アジアカップに出場。翌年に開催される2007 FIFA女子ワールドカップのアジア予選をかねたこの大会で準決勝で地元オーストラリアに、3位決定戦で北朝鮮に敗れて4位に終わり、出場権をこの時点で獲得できず大陸間プレーオフに回ることとなった。その一方で12月にカタールの首都・ドーハで行われた第15回アジア競技大会では阪口夢穂、永里優季ら新戦力が活躍し、グループリーグで中国を破り決勝トーナメント進出。決勝の北朝鮮戦では0-0のままPK戦に突入するも敗れて準優勝となった。
2007年3月にFIFA女子ワールドカップの出場権をかけた大陸間プレーオフで2003年と同様にメキシコとホーム・アンド・アウェーで対戦。ホームで行なわれた第1戦は2-0で勝利し、アウェーで行なわれた第2戦は1-2で敗れたものの2試合合計3-2で勝利し出場権を獲得。また、4月から8月に行われた北京オリンピックアジア予選では5勝1分の1位でオリンピック出場権を獲得した。
9月、中国で開催されたFIFA女子ワールドカップではグループリーグA組となり、初戦でイングランドと引き分け、続くアルゼンチン戦には勝利したものの最後のドイツ戦で敗北しグループリーグ敗退となった。この大会では日中関係の問題から日本選手に対し会場のブーイングが多かったが、ドイツ戦終了後には「謝謝」(ありがとう)と書かれた横断幕を揚げ、中国メディアから称賛された[7]。
佐々木則夫監督時代[編集]
2008年[編集]
1月、大橋の任期満了による退任に伴いコーチを務めていた佐々木則夫が監督に就任。2月に行われた東アジアサッカー女子選手権2008では3戦全勝で初優勝し、日本女子代表初のタイトル獲得となった。続く5月末から6月初めにベトナムで行なわれた2008 AFC女子アジアカップでは準決勝で中国に敗れたものの3位決定戦でオーストラリアに快勝して3位となった(澤穂希が大会MVP、チームはフェアプレー賞を受賞した)。
8月に行なわれた北京オリンピックは、グループリーグ初戦でニュージーランドに2-2で引き分け、続くアメリカ戦では0-1で敗北したが、第3戦のノルウェー戦で5-1の勝利で2大会連続でグループリーグを突破。準々決勝の中国戦は2-0で勝利し初のオリンピックベスト4進出を果たすも、準決勝でアメリカに2-4、3位決定戦でドイツに0-2で敗れて4位に終わりメダルを逃した。
2010年[編集]
1月にはチリで行われたコパ・ビセンテナリオ2010に参戦。5カ国による総当たり戦を3勝1分の成績で優勝した。
東アジア女子サッカー選手権2010は前大会に続き3戦全勝で2連覇を達成。5月に中国で開催された2010 AFC女子アジアカップでは準決勝でオーストラリアに敗れたものの3位決定戦で地元中国に勝利し翌年のFIFA女子ワールドカップの出場権を獲得(安藤梢が大会得点王を獲得)。11月に中国の広州で行われた第16回アジア競技大会では無失点で決勝へ進出し、前大会王者の北朝鮮を1-0で下し初優勝した。
2011年[編集]
3月にポルトガルで開催された女子ナショナルチームの国際大会「アルガルヴェ・カップ2011」に参加。グループリーグ初戦でアメリカに1-2で敗北したもののフィンランドとノルウェーに勝利してグループリーグ2位となり、3位決定戦でスウェーデンに2-1で勝利し3位となった。
6月末よりドイツで開催されたFIFA女子ワールドカップでは、グループリーグB組でイングランドには敗れたもののニュージーランドとメキシコに勝利し、2位で決勝トーナメント進出を決めると[8]、準々決勝で開催国ドイツに延長戦の末1-0で[9]、準決勝でスウェーデンに3-1で勝利して初の決勝進出を果たす[10][11]。アメリカとの決勝戦は延長戦終了時点で2-2の同点でPK戦に突入し、3-1で勝利して大会初優勝を果たす(チームはフェアプレー賞を、澤が大会最優秀選手賞と大会得点王を受賞)[12][13][14]。決勝戦はフジテレビ系列およびNHK-BS1で生放送され、フジテレビの視聴率は前半部分(午前3時35分 - 5時)が平均11.8%、後半部分(午前5時 - 6時30分)は平均21.8%(瞬間最高27.7%)、NHK-BS1では関東地区において平均10.7%を記録した[15]。
詳細は「2011 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表」および「2011 FIFA女子ワールドカップ・決勝」を参照
大会中チームは試合後に同年3月11日に発生した東日本大震災に対する世界からの支援へ感謝を表す横断幕を掲げて会場より拍手を受けたが、各国メディアは復興への思いも勝利へのモチベーションとなっていると分析、なでしこジャパンの素早いパスサッカー[16]とともに、その戦いぶりを賞賛した[17][18]。なでしこジャパンはこの優勝により、国際Aマッチの代表ユニフォーム左胸エンブレム上にワールドカップ優勝回数を示す「星」を、そして右胸には直近のワールドカップ優勝国であることを示すチャンピオンエンブレム(2015年ワールドカップ開催まで)を付け加える栄誉も獲得した。8月2日には日本政府から国民栄誉賞授与(団体に対しては初)と女子サッカー支援充実の検討も発表された[19]。
9月、中国で行われたロンドンオリンピックアジア予選では4勝1分の1位でロンドンオリンピック出場権を獲得。11月3日には女子団体スポーツでは初の紫綬褒章が授与され[20]、12月1日には愛称の「なでしこジャパン」が新語・流行語大賞年間大賞を受賞した[21]。アメリカのスポーツサイト・FOXスポーツが発表した「FOX Soccer 2011: Top 10 Teams of 2011(2011年サッカーベストチームTOP10)」において第1位に選ばれた[22]。
2012年[編集]
2011年度のFIFA年間表彰式において澤がFIFA女子最優秀選手賞を、佐々木がFIFA女子最優秀監督賞を受賞した(どちらもアジア人が受賞するのは初めて)[23]。
3月のアルガルヴェ・カップ2012ではグループリーグでノルウェーとデンマークに勝利し、アメリカとの最終戦でも勝利して初の決勝進出を果たすも、決勝でドイツに3-4で敗れ準優勝となった。
7月のロンドンオリンピックではグループリーグ初戦でカナダに2-1で勝利し、続くスウェーデンと南アフリカ相手にはいずれも0-0の引き分けであったが1勝2分の2位で3大会連続でグループリーグを突破。準々決勝でブラジルに2-0、準決勝でフランスに2-1で競り勝って初の決勝進出を果たし、決勝でアメリカに1-2で敗れたものの銀メダルを獲得した[24]。
愛称について[編集]
2004年から採用されているなでしこジャパンの由来は、アテネオリンピックアジア予選として行われた「AFC女子サッカー予選大会2004」の際に「大和撫子」(やまとなでしこ)という言葉がよく使われたことと、その大和撫子が「世界に羽ばたき、世界に通用するように」との願いを込めて「大和」が「ジャパン」となったものである。
採用のきっかけは日本サッカー協会(JFA)の女性スタッフ[25]の提案で、「日本代表という呼称は男子のイメージ。オーストラリア女子代表はMatildas(マティルダス)の愛称で親しまれており、日本女子代表も愛称を使えば認知度も高まり女子サッカー発展につながる」というものであった。JFAでも日本サッカーの発展には女子サッカーの発展が必須との考えで、キャプテン・ヘッドクオーターズ (CHQ) において女子サッカー活性化に積極的に取り組み、2004年5月14日に女子代表愛称の募集を開始した。約2,700通の応募から2回の予備選考を経て下記の審査委員会による最終選考が行なわれ、その結果7月5日に愛称が「なでしこジャパン」に決定(発表は7月7日)、7月30日のキリンチャレンジカップ・カナダ戦(国立霞ヶ丘競技場)から採用された。なお、なでしこジャパンはアテネオリンピック終了後の2005年3月11日に商標登録されたほか、2004年と2011年には新語・流行語大賞候補にノミネートされ、2011年には年間大賞に選ばれた。
愛称の候補として次点(優秀賞)には日本サッカー協会のシンボル八咫烏(やたがらす、やたのからす)にちなんだ「ヤタガールズ」、またユニフォームカラーのブルーにladyの頭文字エル (L) やドリーム(夢)を組み合わせた「エルブルー」や「ドリームブルー」があった[26]。
女子代表の現在のユニフォームデザインは男子代表と共通だが、首下や脇下のラインにナデシコの花の色であるピンクがあしらわれている。
成績[編集]
国際大会におけるトーナメント戦などでPK戦まで突入した場合は、勝敗関わらず公式記録上では引き分けとして扱われる。
FIFA女子ワールドカップ(FIFA女子世界選手権)[編集]
「FIFA女子ワールドカップ」も参照
| 開催国 / 年 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| グループリーグ敗退 | 3 | 0 | 0 | 3 | 0 | 12 | -12 | |
| ベスト8 | 4 | 1 | 0 | 3 | 2 | 8 | -6 | |
| グループリーグ敗退 | 3 | 0 | 1 | 2 | 1 | 10 | -9 | |
| グループリーグ敗退 | 3 | 1 | 0 | 2 | 7 | 6 | +1 | |
| グループリーグ敗退 | 3 | 1 | 1 | 1 | 3 | 4 | -1 | |
| 優勝 | 6 | 4 | 1 | 1 | 12 | 6 | +6 | |
| - | - | - | - | - | - | - | - | |
| 合計 | 出場6回/優勝1回 | 22 | 7 | 3 | 12 | 25 | 46 | −21 |
各大会の試合詳細[編集]
| 第1回FIFA女子世界選手権(1991年)[27] | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 11月17日 | GL | ●0-1 | 仏山新広場体育場(仏山) | ||
| 11月19日 | GL | ●0-8 | |||
| 11月21日 | GL | ●0-3 | |||
| 第2回FIFA女子世界選手権(1995年)[28] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 6月5日 | GL | ●0-1 | ティングヴァラIP (カールスタード) | ||
| 6月7日 | GL | ○2-1 | 野田朱美(2点) | ||
| 6月9日 | GL | ●0-2 | アロスヴァレン(ヴェステロース) | ||
| 6月13日 | 準々決勝 | ●0-4 | ストレームヴァレン(イェブレ) | ||
| 第3回FIFA女子世界選手権(1999年)[29] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 6月19日 | GL | △1-1 | 大竹奈美 | スパータン・スタジアム(サンノゼ) | |
| 6月23日 | GL | ●0-5 | シビック・スタジアム(ポートランド) | ||
| 6月26日 | GL | ●0-4 | ソルジャー・フィールド(シカゴ) | ||
| 第4回FIFA女子ワールドカップ(2003年)[30] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 9月20日 | GL | ○6-0 | 大谷未央(3点) 澤穂希(2点) 山本絵美 |
コロンバス・クルー・スタジアム(コロンバス) | |
| 9月24日 | GL | ●0-3 | |||
| 9月27日 | GL | ●1-3 | 澤穂希 | ジレット・スタジアム(フォックスボロ) | |
| 第5回FIFA女子ワールドカップ(2007年)[31] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 9月11日 | GL | △2-2 | 宮間あや(2点) | 上海虹口足球場(上海) | |
| 9月14日 | GL | ○1-0 | 永里優季 | ||
| 9月17日 | GL | ●0-2 | 杭州黄龍体育中心(杭州) | ||
| 第6回FIFA女子ワールドカップ(2011年)[32] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 6月27日 | GL | ○2-1 | 永里優季 宮間あや |
FIFA女子ワールドカップスタジアム・ボーフム(ボーフム) | |
| 7月1日 | GL | ○4-0 | 澤穂希(3点) 大野忍 |
FIFA女子ワールドカップスタジアム・レバークーゼン(レバークーゼン) | |
| 7月5日 | GL | ●0-2 | FIFA女子ワールドカップスタジアム・アウクスブルク(アウクスブルク) | ||
| 7月9日 | 準々決勝 | ○1-0(延長) | 丸山桂里奈 | FIFA女子ワールドカップスタジアム・ヴォルフスブルク(ヴォルフスブルク) | |
| 7月13日 | 準決勝 | ○3-1 | 川澄奈穂美(2点) 澤穂希 |
FIFA女子ワールドカップスタジアム・フランクフルト(フランクフルト) | |
| 7月17日 | 決勝 | △2-2 ○3-1(PK戦) |
宮間あや 澤穂希 (PK戦成功者) 宮間あや 阪口夢穂 熊谷紗希 |
||
オリンピック[編集]
「オリンピックサッカー競技」も参照
アトランタ大会(1996年)より女子サッカーがオリンピックの正式種目となった。男子サッカーはバルセロナ大会(1992年)より23歳以下(U-23)の大会となったが、女子はワールドカップと同じくA代表が参加する。
アトランタ大会とシドニー大会は前年に行われたFIFA女子世界選手権の上位8チームが参加。アテネ大会以降は各地区の予選を突破したチーム(アテネ大会は10チーム、北京大会以降は12チーム)が参加する。
| 開催国 / 年 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| グループリーグ敗退 | 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 9 | -7 | |
| 予選敗退 | ||||||||
| ベスト8 | 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 3 | -1 | |
| 4位 | 6 | 2 | 1 | 3 | 11 | 10 | +1 | |
| 準優勝 | 6 | 3 | 2 | 1 | 7 | 4 | +3 | |
| 合計 | 出場4回 | 18 | 6 | 3 | 9 | 22 | 26 | -4 |
各大会の試合詳細[編集]
| アトランタオリンピック(1996年)[33] | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 7月21日 | GL | ●2-3 | 木岡二葉 野田朱美 |
Legion Field(バーミングハム) | |
| 7月23日 | GL | ●0-2 | |||
| 7月25日 | GL | ●0-4 | ロバート・F・ケネディ・メモリアル・スタジアム(ワシントンD.C.) | ||
| アテネオリンピック(2004年)[34] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 8月11日 | GL | ○1-0 | 荒川恵理子 | パンテサリコ・スタジアム(ヴォロス) | |
| 8月14日 | GL | ●0-1 | カライスカキス・スタジアム(ピレウス) | ||
| 8月20日 | 準々決勝 | ●1-2 | 山本絵美 | カフタンゾグリオ・スタジアム(テッサロニキ) | |
| 北京オリンピック(2008年)[35] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 8月6日 | GL | △2-2 | 宮間あや(PK) 澤穂希 |
秦皇島オリンピック・スポーツセンター・スタジアム(秦皇島) | |
| 8月9日 | GL | ●0-1 | |||
| 8月12日 | GL | ○5-1 | 近賀ゆかり オウンゴール 大野忍 澤穂希 原歩 |
上海体育場(上海) | |
| 8月15日 | 準々決勝 | ○2-0 | 澤穂希 永里優季 |
秦皇島オリンピック・スポーツセンター・スタジアム(秦皇島) | |
| 8月18日 | 準決勝 | ●2-4 | 大野忍 荒川恵理子 |
北京工人体育場(北京) | |
| 8月21日 | 3位決定戦 | ●0-2 | |||
| ロンドンオリンピック(2012年)[36] | |||||
| 日程 | ラウンド | 対戦国 | スコア | 得点者 | 会場 |
| 7月25日 | GL | ○2-1 | 川澄奈穂美 宮間あや |
シティ・オブ・コヴェントリー・スタジアム(コヴェントリー) | |
| 7月28日 | GL | △0-0 | |||
| 7月31日 | GL | △0-0 | ミレニアム・スタジアム(カーディフ) | ||
| 8月3日 | 準々決勝 | ○2-0 | 大儀見優季 大野忍 |
||
| 8月6日 | 準決勝 | ○2-1 | 大儀見優季 阪口夢穂 |
ウェンブリー・スタジアム(ロンドン) | |
| 8月9日 | 決勝 | ●1-2 | 大儀見優季 | ||
アルガルヴェ・カップ[編集]
「アルガルヴェ・カップ」も参照
日本は第18回大会で初参加となった。
| 開催国 / 年 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3位 | 4 | 3 | 0 | 1 | 9 | 3 | |
| 準優勝 | 4 | 3 | 0 | 1 | 8 | 5 | |
| 5位 | 4 | 2 | 0 | 2 | 4 | 4 | |
| 合計 | 出場3回 | 12 | 8 | 0 | 4 | 21 | 12 |
AFC女子アジアカップ(AFC女子選手権)[編集]
「AFC女子アジアカップ」も参照
日本は第4回大会で初参加。第6回大会以降は全てベスト4以上の成績を残しており、最高成績は準優勝(4回)となっている[37]。
| 開催国 / 年 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 不参加(代表結成前)[38] | ||||||||
| グループリーグ敗退 | 3 | 1 | 0 | 2 | 1 | 3 | ||
| 不参加[39] | ||||||||
| 準優勝 | 4 | 2 | 0 | 2 | 14 | 4 | ||
| 3位 | 5 | 4 | 0 | 1 | 37 | 1 | ||
| 準優勝 | 6 | 4 | 1 | 1 | 27 | 6 | ||
| 3位 | 5 | 4 | 0 | 1 | 29 | 4 | ||
| 準優勝 | 5 | 4 | 0 | 1 | 27 | 3 | ||
| 3位 | 5 | 4 | 0 | 1 | 33 | 1 | ||
| 4位 | 6 | 4 | 0 | 2 | 36 | 6 | ||
| 準優勝 | 6 | 4 | 0 | 2 | 30 | 5 | ||
| 4位 | 6 | 4 | 0 | 2 | 34 | 4 | ||
| 4位 | 5 | 3 | 0 | 2 | 19 | 6 | ||
| 3位 | 5 | 3 | 0 | 2 | 19 | 7 | ||
| 3位 | 5 | 4 | 0 | 1 | 16 | 2 | ||
| ? | ||||||||
| 合計 | 出場13回 | 66 | 45 | 1 | 20 | 322 | 52 | |
アジア競技大会[編集]
「アジア競技大会サッカー競技」も参照
| 開催国 / 年 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 5 | 3 | 1 | 1 | 17 | 8 | |
| 準優勝 | 4 | 2 | 1 | 1 | 9 | 3 | |
| 3位 | 5 | 3 | 0 | 2 | 18 | 7 | |
| 3位 | 5 | 3 | 1 | 1 | 8 | 3 | |
| 準優勝 | 5 | 4 | 1 | 0 | 21 | 1 | |
| 優勝 | 4 | 3 | 1 | 0 | 6 | 0 | |
| ? | |||||||
| 合計 | 出場6回/優勝1回 | 28 | 18 | 5 | 5 | 79 | 22 |
女子東アジアカップ(東アジア女子サッカー選手権)[編集]
「東アジアカップ」も参照
| 開催国 / 年 | 成績 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 3位 | 3 | 0 | 2 | 1 | 0 | 1 | |
| 優勝 | 3 | 3 | 0 | 0 | 8 | 2 | |
| 優勝 | 3 | 3 | 0 | 0 | 7 | 1 | |
| ? | |||||||
| 合計 | 出場3回/優勝2回 | 9 | 6 | 2 | 1 | 15 | 4 |
国別対戦成績[編集]
| アジアサッカー連盟(AFC)[40] | ||||
|---|---|---|---|---|
| 対戦相手国 (地域) | 試 | 勝 | 引 | 敗 |
| 24 | 14 | 8 | 2 | |
| 18 | 5 | 4 | 9 | |
| 32 | 10 | 6 | 16 | |
| 17 | 14 | 1 | 2 | |
| 12 | 11 | 0 | 1 | |
| 7 | 7 | 0 | 0 | |
| 4 | 4 | 0 | 0 | |
| 8 | 6 | 0 | 2 | |
| 7 | 7 | 0 | 0 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 4 | 3 | 0 | 1 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 3 | 3 | 0 | 0 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 1 | 1 | 0 | 0 | |
| 合計 | 149 | 97 | 19 | 33 |
| オセアニアサッカー連盟(OFC)[40] | ||||
| 対戦相手国 (地域) | 試 | 勝 | 引 | 敗 |
| 5 | 4 | 1 | 0 | |
| 11 | 2 | 6 | 3 | |
| 4 | 0 | 0 | 4 | |
| 合計 | 20 | 6 | 7 | 7 |
| アフリカサッカー連盟(CAF) | ||||
| 対戦相手国 (地域) | 試 | 勝 | 引 | 敗 |
| 1 | 0 | 0 | 1 | |
| 1 | 0 | 1 | 0 | |
| 合計 | 2 | 0 | 1 | 1 |
| 欧州サッカー連盟(UEFA) | ||||
| 対戦相手国 (地域) | 試 | 勝 | 引 | 敗 |
| 7 | 0 | 0 | 7 | |
| 11 | 1 | 1 | 9 | |
| 6 | 3 | 0 | 3 | |
| 12 | 5 | 3 | 4 | |
| 6 | 4 | 0 | 2 | |
| 3 | 0 | 1 | 2 | |
| 7 | 4 | 0 | 3 | |
| 1 | 0 | 0 | 1 | |
| 1 | 1 | 0 | 0 | |
| 2 | 1 | 0 | 1 | |
| 1 | 1 | 0 | 0 | |
| 1 | 1 | 0 | 0 | |
| 5 | 3 | 1 | 1 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 2 | 2 | 0 | 0 | |
| 合計 | 66 | 27 | 6 | 33 |
| 北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF) | ||||
| 対戦相手国 (地域) | 試 | 勝 | 引 | 敗 |
| 29 | 1 | 5 | 23 | |
| 10 | 4 | 3 | 3 | |
| 8 | 6 | 1 | 1 | |
| 合計 | 47 | 11 | 9 | 27 |
| 南米サッカー連盟(CONMEBOL) | ||||
| 対戦相手国 (地域) | 試 | 勝 | 引 | 敗 |
| 7 | 4 | 1 | 2 | |
| 4 | 4 | 0 | 0 | |
| 1 | 1 | 0 | 0 | |
| 1 | 0 | 1 | 0 | |
| 合計 | 13 | 9 | 2 | 2 |
| 全試合合計 | 297 | 150 | 44 | 103 |
実績[編集]
世界レベル
- FIFA女子ワールドカップ
- 優勝 (1):2011
- オリンピック
- 準優勝 (1):2012
- アルガルヴェ・カップ
- 準優勝 (1):2012
大陸レベル
地域レベル
記録[編集]
出場数[編集]
| 位 | 名前 | キャップ数 | 代表招集期間 |
|---|---|---|---|
| 1 | 澤穂希 (#) | 186 | 1993 - |
| 2 | 宮間あや (#) | 120 | 2003 - |
| 3 | 池田(磯﨑)浩美 | 119 | 1997 - 2008 |
| 4 | 加藤(酒井)與恵 | 114 | 1997 - 2008 |
| 5 | 大野忍 (#) | 112 | 2003 - |
| 6 | 安藤梢 (#) | 110 | 1999 - |
| 7 | 山郷のぞみ (#) | 96 | 1997 - |
| 8 | 大儀見(永里)優季 (#) | 95 | 2004 - |
| 9 | 柳田美幸 | 91 | 1997 - 2008 |
| 10 | 岩清水梓 (#) | 88 | 2006 - |
得点[編集]
| 位 | 名前 | 得点数 | キャップ数 | 代表招集期間 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 澤穂希 (#) | 81 | 186 | 1993 - |
| 2 | 長峯かおり | 48 | 64 | 1983 - 1996 |
| 3 | 大儀見(永里)優季 (#) | 43 | 95 | 2004 - |
| 4 | 大野忍 (#) | 38 | 112 | 2003 - |
| 5 | 大谷未央 | 31 | 73 | 2000 - 2007 |
| 6 | 木岡二葉 | 30 | 75 | 1981 - 1996 |
| 7 | 高倉麻子 | 29 | 79 | 1984 - 1996 |
| 7 | 大竹奈美 | 29 | 46 | 1993 - 2000 |
| 7 | 宮間あや (#) | 29 | 120 | 2003 - |
| 10 | 内山環 | 26 | 58 | 1991 - 1999 |
歴代監督[編集]
市原聖曠(1981年)※1981 AFC女子選手権およびポートピア'81国際女子サッカー大会時の監督
折井孝男(1984年)※中国遠征時の監督
鈴木良平(1986年 - 1989年)
鈴木保(1989年 - 1996年)
宮内聡(1997年 - 1999年)
鈴木保(1999年)
池田司信(2000年 - 2002年)
上田栄治(2002年 - 2004年)
大橋浩司(2004年 - 2007年)
佐々木則夫(2007年 - )
年代別代表チームの戦績[編集]
U-20女子代表[編集]
詳細は「U-20サッカー日本女子代表」を参照
U-17女子代表[編集]
詳細は「U-17サッカー日本女子代表」を参照
脚註[編集]
- ^ a b 永見将人、大盛周平 兵庫のなでしこたち第1部 奮闘30年の軌跡 (1)神戸で代表戦 神戸新聞 2012.5.15
- ^ 永見将人、大盛周平兵庫のなでしこたち第1部 奮闘30年の軌跡 (4)代表の使命 神戸新聞 2012.5.18
- ^ FIFA WWC 2003 Prel. Comp. Play-off AFC/CONCACAF FIFA.com
- ^ 【アジア地区最終予選:日本女子代表 vs 北朝鮮女子代表】現地レポート:日本女子サッカーの未来を背負った女性たちの大舞台 J's GOAL 2004.4.25
- ^ “日本の誇り「ガールズ・イン・ブルー」”. ジェレミー・ウォーカーの A View From a Brit. (2004年4月29日) 2012年8月23日閲覧。
- ^ 2008年に廃止
- ^ 女子サッカー日本代表の横断幕に、ブーイングの中国反省 asahi.com 2007.9.26付記事
- ^ なでしこジャパン、喜びと悔しさが交錯するベスト8 強烈なインパクトも1位通過ならず スポーツナビ: 2011年7月6日
- ^ 実は失速の可能性もあったなでしこ。前W杯王者のドイツ代表撃破の裏側。 NumberWeb: 2011年7月12日
- ^ なでしこジャパン、歓喜の決勝進出。スウェーデン戦での意外な選手起用。 NumberWeb: 2011年7月14日
- ^ なでしこジャパンを導く日替わりヒロイン 苦労も失敗もすべてを糧に頂点へ スポーツナビ: 2011年7月14日
- ^ 笑顔で世界の頂点に立ったなでしこ。最強アメリカを倒した“折れない心”。 NumberWeb: 2011年7月18日
- ^ 澤のゴールが示した「あきらめない心」 なでしこジャパンの快挙と進むべき道 スポーツナビ: 2011年7月18日
- ^ FIFA主催の大会で日本代表が優勝したのは男女・年代別通じて今回が初めてとなる。
- ^ “なでしこ”歓喜のW杯決勝 早朝に平均視聴率21.8%、瞬間最高は27.7% ORICON 2011年7月19日
- ^ 海外メディアの中には、なでしこジャパンのパスサッカーを「女子サッカーのバルセロナ("the Barcelona of women's football")」と評していたところもあった。 England face tough test against skilful Japan at World Cup(ガーディアン 2011年7月3日)
- ^ なでしこ優勝に歓喜と称賛の声が続々世界が伝えた日本の快挙 スポーツナビ: 2011年7月18日
- ^ なでしこ快挙の陰に隠れたアメリカの負けっぷりの良さとフェアネスの精神~日本称賛を続けた米メディア ダイヤモンドオンライン: 2011年7月19日
- ^ 官房長官記者発表 平成23年8月2日(火)午前 首相官邸サイト
- ^ なでしこに「紫綬褒章」佐々木監督「光栄に思う」 スポーツニッポン 2011.11.2付記事
- ^ 「なでしこジャパン」流行語大賞 国民栄誉賞など5冠目 スポーツニッポン 2011.12.2付記事
- ^ http://msn.foxsports.com/foxsoccer/premierleague/lists/2011-review-top-team-soccer-teams-uswnt-japan-barcelona-real-madrid-123111#photo-title=Japan&photo=30507132 FOX Sports on MSN Jan 1, 2012 1:39 AM ET
- ^ FIFAバロンドール2011 澤穂希選手がFIFA女子年間最優秀選手賞を受賞日本サッカー協会、2012年1月10日
- ^ 男女通じてオリンピックサッカー競技で日本がメダルを獲得したのはメキシコシティオリンピック(1968年)で獲得した銅メダル以来44年ぶりとなる。
- ^ サッカー日本女子代表チーム 『愛称』=なでしこジャパン=に決定!! - 日本サッカー協会機関誌「JFAnews 2004年8月情報号(通巻244号)」14ページ
- ^ “サッカー日本女子代表チーム『愛称』決定」”. Jsgoal. (2004年7月29日) 2012年9月23日閲覧。
- ^ 出場選手については1991 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表を参照。
- ^ 出場選手については1995 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表を参照。
- ^ 出場選手については1999 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表を参照。
- ^ 出場選手については2003 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表を参照。
- ^ 出場選手については2007 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表を参照。
- ^ 出場選手については2011 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表を参照。
- ^ 出場選手についてはアトランタオリンピック日本選手団を参照。
- ^ 出場選手についてはアテネオリンピック (2004年) 日本選手団を参照。
- ^ 出場選手については北京オリンピック日本選手団を参照。
- ^ 出場選手についてはロンドンオリンピック (2012年) 日本選手団を参照。
- ^ 女子ワールドカップ優勝国(アメリカ・ドイツ・ノルウェー・日本)のうち大陸選手権で優勝していないのは日本のみ。
- ^ ただし、1977年大会でFCジンナンが日本代表として参加したとの記録あり ISBN 4-00-700120-0 がんばれ!女子サッカー(岩波アクティブ新書)巻末資料
- ^ アジアサッカー連盟(AFC)非公認で開催という理由で参加取りやめ
- ^ a b オーストラリア、チャイニーズタイペイは在籍時の対戦結果のみ記載
- ^ チェコスロバキアの頃に対戦
なでしこジャパンを題材にした作品[編集]
- 「凛と咲く なでしこジャパン30年目の歓喜と挑戦」(著・日々野真理 ISBN 4584133379)
- 「証言ドキュメント 永遠に咲け なでしこジャパン 日本女子サッカーの30年」(NHK BS1)
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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