毒まんじゅう

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毒まんじゅう毒饅頭、どくまんじゅう)とは、の入ったまんじゅうをいう。

目次

[編集] 史話

1611年徳川家康豊臣秀頼二条城での会見の直後、会見場で秀頼を護衛した加藤清正が急死する。それを受けて、まことしやかな「毒饅頭暗殺説」が巷間ささやかれ、後に歌舞伎の題材にもなった。それによると、家康は会見場において秀頼の毒殺を図り、意を受けた腹心の平岩親吉は遅効性の毒のついた針を刺した饅頭を、自ら毒見した上で秀頼に勧めたが、それを察した清正は自ら毒饅頭を食べてしまい秀頼を守ったという。史実において平岩も会見後に死去している。

なお、清正については、死去したのは6月24日であり、会見が行われた3月11日から3ヶ月の開きがあるため、史実と歌舞伎とは異なると考えられる。

[編集] 政界

旨そうに見えるが、それを食べると相手の術中に落ちてしまうようなことを例えて、「毒まんじゅうを食う」と言い、悪い意味で使われる。転じて、俗に悪徳グループの仲間入りをすることを指す。また、東京佐川急便事件以来、賄賂隠語でもある。

[編集] 2003年の橋本派

2003年自民党総裁選において、橋本派の会長代理である村岡兼造が自派の藤井孝男ではなく森派小泉純一郎を支持したことに、野中広務が「(村岡氏は)毒まんじゅうを食らったのではないか」と発言した。村岡は「私は毒まんじゅうなんか食べてない。食べたら死にます」と強く否定した。2003年第20回「流行語大賞」年間大賞を受賞した。また、当時、テレビ朝日の記者が、村岡兼造の自宅前にまんじゅうを置いて激怒させたという。

名指しされた村岡は、2003年衆院選で落選し引退。その後、橋本派の日歯連闇献金事件で刑事訴追された(一審で無罪、二審では有罪となり、2008年最高裁上告棄却され禁錮10ヶ月・執行猶予3年が確定)。

野中は、流行語大賞授賞式で「上手に食った人もいるが、食い損ねて大変な傷を負った人もいる」と皮肉った。

[編集] 2008年の菅直人

2008年菅直人民主党代表代行が東京都町田市の街頭演説会で麻生内閣景気対策として提案している定額給付金を毒まんじゅうとして「(通常国会召集の日までに)毒まんじゅうを分離する予算修正案を用意し、国会に出したい。毒まんじゅう分離法案を与野党で通して雇用対策などを実行し、解散して国民の信を問うべきだ」と語った[1]

[編集] トヨタ

トヨタカイゼン用語の「毒まんじゅう」

不良品零を目指す、作り込みの品質の思想の説明に使われる表現。「万に一つ、百万に一つの不良なら許してよいか?」という問いに対して、「皿に山と盛られたまんじゅうの中に、一つだけ毒まんじゅうが混じっているとしたら、その山にあなたは手を付けられるか? 不良は零を目指さないといけない」という説明がなされる。

[編集] ナインティナインのオールナイトニッポン

お笑いコンビナインティナイン岡村隆史矢部浩之)がパーソナリティを務めるニッポン放送系の深夜放送、『ナインティナインのオールナイトニッポン』(オールナイトニッポン)(木曜25:00-27:00)において、下ネタなどの酷い葉書を送ったリスナーに対して送られる。毒まんじゅうを送るかどうかはナイナイの2人が判断し、自分達でも判断し難い場合には、ディレクターの判断によって決められる。送るときは岡村が「毒まんじゅうを差し上げときましょう」と言う。

元は、岡村隆史が流行に乗り遅れていることから発想し、当時に前述の「毒まんじゅう」が流行語となっていたことから。

[編集] その他

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 『朝日新聞』2008年12月24日