朝鮮民主主義人民共和国

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朝鮮民主主義人民共和国(ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく)は、東アジアにある共産主義(共和制)の国家

同国政府は「朝鮮半島全体を領土とし、現在は北半部を統治する」と主張している。軍事境界線38度線)を挟み南半部の大韓民国の統治区域と対峙している分断国家で、南北はあくまでも「(朝鮮戦争の)休戦」中である。当該国を国家と見做す場合、南半部は大韓民国による実効支配地域と見做すことを意味する。大韓民国を国家と見做す場合、北半部は朝鮮民主主義人民共和国による実効支配地域と見做すことを意味する。

豆満江を挟んで中華人民共和国およびロシア連邦と、鴨緑江を挟んで中華人民共和国と、日本海を挟んで日本と接している。人口は約2300万人とされる。

しばしば中国ナチス・ドイツと並んで独裁国家軍事国家の典型例とされる。

朝鮮民主主義人民共和国
조선민주주의인민공화국
北朝鮮の国旗
国旗 国章
国の標語 : 강성대국
(朝鮮語:強盛大国)
国歌 : 愛国歌
北朝鮮の位置
公用語 朝鮮語
首都 平壌
最大の都市 平壌
政府
永久国家主席
 - 朝鮮労働党総書記
国防委員会委員長
 - 最高人民会議
常任委員会委員長
金日成1
金正日2

金永南3
内閣総理 金英逸
面積
総計 120,540km²97位
水面積率 0.1%
人口
総計(2008年 23,906,000人(48位
人口密度 193人/km²
GDP(自国通貨表示)
合計(Xxxx年 xxx,xxx北朝鮮ウォン
GDPMER
合計(2008年 262億[1]ドル(100位
GDPPPP
合計(2008年 40億[1]ドル(71位
1人当り 1,700[1]ドル
独立 ソビエト連邦の占領統治から1948年9月9日
通貨 北朝鮮ウォンKPW
時間帯 UTC +9(DST: 無し)
ccTLD KP4
国際電話番号 850
注1:故人だが、「永久主席」と宣言されている。
注2:ソ連生まれの金正日は国防委員長の地位にあり、事実上の最高実力者である。
注3:国家主席職の廃止以降、最高人民会議常任委員会委員長の職が国家元首にあたる。
注4:割当てのみで未使用。国内のイントラネットでは使用されている。

目次

[編集] 国名

公式な名称は、조선민주주의인민공화국Chosŏn Minjujuŭi Inmin Konghwaguk, 片仮名で表すと「チョソン・ミンジュジュイ・インミン・コンファグッ」)。漢字表記は朝鮮民主主義人民共和國だが、1948年の建国から漢字を廃止している同国では、漢字表記はあくまで「外国語」の扱いである。漢字を使用していないため、他に地名や人名の漢字表記も外国語扱いであり、公式の名簿での漢字名は存在しない。

公称の英語表記は"Democratic People's Republic of Korea"、略称は"D.P.R.Korea"、あるいは"DPRK"。日本語では「朝鮮民主主義人民共和国」。

朝鮮半島の分断国家であることから、単純に「朝鮮北部にある国」として"North Korea"(これに対する意味で、韓国はSouth Korea)で表すことも多い。日本でも、韓国を朝鮮の正統国家として承認しているので、「北朝鮮」(きたちょうせん、プクチョソン、북조선)と呼ぶことが多い。

ただし、人民共和国政府や在日本公民団体の在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)は、自らを朝鮮の正統国家と主張する立場から、North Koreaまたは「北朝鮮」と呼ばれることを嫌って、「共和国공화국)」や、「朝鮮」の朝鮮語読みである「チョソン조선」を推奨している。

このような朝鮮総連からの動きを受け、1972年札幌オリンピック以降、長らく日本のマスメディア(特にテレビ)は、報道時に最初に言うときは正式名称と略称を併称し、2度目以降は「北朝鮮」のみを用いるという呼称方法を採用し、双方が妥協する状態となっていた。冒頭での呼称は、テレビラジオなどアナウンスの場合は「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」という形式であり、新聞など文の場合は「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」という形式であった。また新聞等では、この地域の在留者について「在朝」と記述される。

しかし、「北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律」(拉致被害者支援法)制定以後は、単に「北朝鮮」と呼ぶのが一般的になっている。背景には、2002年9月17日に行われた小泉純一郎首相(当時)の北朝鮮訪問およびそれを契機とする拉致問題に関する世論の高まりがある。現在では「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」などの呼称を採用しているマスメディアは、ほとんどなくなっている。さらに略して「北」と表現する場合もある(「北」は、冷戦下にソビエト連邦を指した呼称でもある)。

なお、日本政府は、日韓基本条約により大韓民国(韓国)を朝鮮半島における唯一の合法国家としているため、朝鮮民主主義人民共和国を国家として承認していない。ただし、朝鮮民主主義人民共和国の国連加盟には賛成票を投じている。韓国では北韓(プッカン、북한、ほっかん)と呼称している。

[編集] 歴史

[編集] 朝鮮民主主義人民共和国成立以前

詳細は「朝鮮の歴史」を参照

前近代における朝鮮の王朝の特徴は、各王朝の存続期間が非常に長いことである[2]。実態が未だ不明確な古朝鮮を除き、覇権を競った高句麗、新羅、百済の三国、三国を統一した新羅を滅ぼした高麗、それをついだ朝鮮王朝と、いずれも400年以上存続している[2]

鮮国(大韓帝国)は、1910年に日本帝国政府と大韓帝国政府による日韓併合条約により姿を消し(日韓併合)、日本(大日本帝国)の一部となった。太平洋戦争大東亜戦争)(第二次世界大戦)において日本が敗北し、1945年9月2日の降伏文書調印により正式に日本の朝鮮半島統治は終了する。しかし終戦直後から、北緯38度線以南をアメリカ合衆国(米国)に、38度線以北をソビエト連邦(ソ連)に占領され、それぞれの軍政支配を受けた。その後、米ソ両国は朝鮮の信託統治実現を巡って決裂し、それぞれの支配地域で政府を樹立する準備を開始した。その結果、1948年8月13日アメリカ軍政地域単独で大韓民国が樹立された。これに対して同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国が成立した。両国の成立によって朝鮮半島の分裂は固定化された。

[編集] 朝鮮民主主義人民共和国成立後

詳細は「朝鮮民主主義人民共和国の歴史」を参照

南北朝鮮の両国は、互いに「朝鮮における唯一の正統な政府」であると主張して対立を深め、遂には1950年に北朝鮮が韓国に対して侵攻することにより朝鮮戦争に至った。朝鮮全土を破壊した戦争は1953年に休戦を迎えたが、軍事境界線が制定されたことで朝鮮の分断が確定化された。朝鮮は現在も停戦状態のまま南北に分断されており、分断が固定された状態は50年以上続いている。

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、金日成が建国当初から1994年の死去まで最高指導者の位置を占めた。金日成の死後、実子である金正日1997年朝鮮労働党総書記に就任した。そして1998年には、憲法改正で国家主席制を廃止すると共に、最高人民会議で国防委員長に再任されることで事実上の最高指導者となった。一方で独裁体制のもとで経済が低迷し、冷戦構造の崩壊によって国際的にも孤立した状態となった。北朝鮮政府は経済支援を引き出すために、多くの国に対し国交樹立に向けて取り組みを行なった。その結果、1999年以降に相次いで国交を樹立した他、2000年には南北首脳会談の開催に成功した。しかし、核兵器開発計画を巡って、アメリカ合衆国との間では緊張状態が継続した他、日本との国交締結交渉は、日本人拉致問題や日韓併合及びその統治に対する賠償などで意見が対立し、締結には至っていない(日本統治時代の賠償に関しては、日韓基本条約により問題が更に複雑化している。当該項の北朝鮮に関する記述を参照)。

朝鮮戦争後、朝鮮民主主義人民共和国は、他の社会主義国家から支援を受けながら経済を発展させ、1970年代までは大韓民国に対し国力で優位を保っていた。しかしその後経済事情が悪化、特にソビエト連邦(ソ連)崩壊によるソ連からの重油供給停止が引き金となり、1990年代半ばにかけて経済は衰退した。 同時に国内各地では食糧不足が深刻化し、各国の支援にもかかわらず、食料配給制度の崩壊などにより内陸の農村部を中心に餓死者が出る事態となった。それに伴い、多くの人々が食料を求めて中華人民共和国へと密入国し、脱北者問題が国際的に注目されるようになった。ただし、1999年以降は、中韓両国の経済協力などによって、国内総生産 (GDP) は回復しつつある。もっとも、経済状況は、いまだ1970年代の水準で停滞したままでいる。

[編集] 政治

共産主義
共産主義のシンボル“鎚と鎌”

共産主義思想
マルクス主義 · レーニン主義
スターリン主義 · トロツキー主義
毛沢東思想 · ユーロコミュニズム


国際組織
コミンテルン · コミンフォルム
第四インターナショナル


主な社会主義国
ソ連 · 中国
ユーゴスラビア


人物
マルクス · エンゲルス
レーニン · トロツキー
スターリン · 毛沢東


出来事
ロシア革命 · 大粛清
スターリン批判 · ハンガリー動乱
中ソ対立 · 文化大革命
プラハの春 · 六四天安門事件
東欧革命 · ソ連崩壊


  

政治体制はチュチェ思想主体思想。即ち朝鮮民主体主義。)に基づく社会主義体制(社会主義人民共和制)をとる。事実上の一党独裁制を担う朝鮮労働党(注)の支配組織としての形骸化が指摘されており、1997年から先軍政治なるものを掲げており、国防委員長である金正日の個人独裁体制となっていると推測する声も根強い[3]。 だが1994年に発表された金正日論文を当時の金永春人民武力部長1998年の金正日政権生誕五周年記念において『党と軍の対等性』を主張、一党独裁の崩壊=社会主義の崩壊を意味するものとなる。後の強硬改憲で国防委員長を国家元首に置き(下記後部参照)、実質の軍事独裁体制の成立となった。一説では、最近の金正日の指導の様子が以前と変わり即断即決でないなど、独裁から集団指導体制へと変化したのではないかという説がある。

北朝鮮において数多くの人権問題が起きたとして、人権団体や国際連合アメリカ合衆国等の諸外国は、北朝鮮を強く批判している。金正日は朝鮮人民軍を中心とした先軍政治を掲げている。元首は、1998年に国家主席職が廃止されて以降、外国使節の信任状などを取り付ける役割を果たす最高人民会議常任委員会常任委員長がそれに相当するものとされている。1998年より金永南が同職にある。ただし、朝鮮労働党の事実上のトップ職・総書記であった金正日が国防委員長として最高権力者の地位にある。1994年、金正日が国防委員会委員長に推戴される際、国防委員長職は「国家最高の職責」と表現された。

長らく国家主席だった金日成が1994年に没してからは、実子である金正日が朝鮮労働党総書記、朝鮮人民軍最高司令官、共和国国防委員長を兼ねて、最高実力者・最高権力者の地位にある。

また北朝鮮核問題も参照。

[編集] 公職選挙

現行の「朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法(1998年9月5日付、最高人民会議第10期・第1次会議にて補遺改訂)」は、第1章(政治)第5条において、「朝鮮民主主義人民共和国における全ての国家機関は、民主主義中央集権制原則によって組織され運営される」と規定され、人民会議の代議士は直接選挙によって選出されることになっており、選出された最高人民会議ないしそれによって任命された内閣・国防委員会からなる中央政府、地方人民会議によって任命された地方政府とも、国民の総意によって委託され運営されることと定められている。

北朝鮮の投票所

代議員選出選挙は、4年に1度、国政選挙である最高人民会議選挙と地方人民会議選挙に分けて行われる。 地方人民会議選挙においては、ないし直轄市ないし区域の人民会議の選挙を全て同日に行う統一地方選挙の形をとる。選挙権数え年17歳以上の者が持つ。選挙区小選挙区制をとり、選挙区は630程度、最高人民会議の代議員は各選挙区定員1名、地方人民会議では定員総数26,650名程度が設定されている(2003年8月実績)。選挙区は、「第○○○号選挙区」として全て数字で表示されており、選挙区番号の付与も地続きではないため、選挙区名を見るだけでは選挙実務担当者以外どの地域を示しているのかを理解することができないようになっている。 出馬する選挙区についての規定は全く無いに等しく、委員会の恣意的選定によって決定される。 例えば、1982年から6期連続当選している金正日総書記は、毎回異なる選挙区から出馬している。 また、事実上の朝鮮労働党による一党独裁体制であるため、比例区を設定するという概念はない。

被選挙権については、名目上は成人なら誰でも立候補できることになっているが、選挙運営上は朝鮮労働党の公認候補以外が立候補することはできず、そして朝鮮労働党の委員会が全ての選挙区において定員と同数の候補しか公認しないため落選者はなく、実態は選挙というよりも当選予定者の信任投票の形となっている。

選挙日が公示されると、まず有権者の登録が行われ、疾病障害などで投票できない者は登録除外される。この期間中には、国境や海上はもちろん、各行政区域間の移動証明書の発給がきわめて厳しく取り締まられるようになり、事実上の移動制限措置がとられる。 有権者登録が終わると、「全員賛成投票しよう」という主旨のスローガンメディアや選挙ポスターで啓蒙され、各人民班や社会団体・機関ごとに賛成投票を督励する行事や決意集会が開催される。この際、投票督励のスローガンのみならず、「人民主権の参加で、先軍政治を一層輝かそう」といった類の政治スローガンもしばしば好んで用いられる。

ただ、上記のようなスローガンは活発に叫ばれる一方で、立候補者の略歴や政策・公約などの詳細についてはほとんど広報されず、信任の判断を下そうにも選挙当日まで立候補者の政策どころか誰が立候補しているのかが不明なことさえしばしばあるため、有権者が立候補者の政策を斟酌して投票できるようにするための民主的な選挙活動とは言いがたい。

投票日当日には、投票所に入場した者の住民登録を確認して有権者登録者であることを人定され、有権者は投票場に隊列をなして入場し、順に投票用紙を受取る。この投票用紙はあらかじめ『〇〇〇氏を○○人民会議の代議員として賛成します』と印刷されており、候補者に賛成の場合には何も書かずに投票、反対の場合には×表示を記入してから投票することと規定されている。名目上は秘密投票であり、周囲の視線を遮断した記票所が設けられているが、反対投票を行う時のみ投票用紙に記入を行わなければならず、そしてその記入をするための記票所は列を外れたところに設けられている。元より賛成票を入れるつもりの投票者はわざわざ反対投票の嫌疑をかけられるような記票所に立ち寄ることなく直接投票箱に投函するため、記票所に立ち寄った者は反対者であるとすぐ分かるようになっており、事実上、投票の秘密が保護されない公開投票となっている。また、反対投票を想定していないため、記票所には筆記用具が用意されていないことも多い。

記票所に立ち寄ってから投票した者は反対投票をしたと見なされ、選挙場退出と同時に反革命分子として保衛部に勾引され、重い尋問を受けた上で特別監視対象とされたり、本人ないし家族が強制収容所に収容されることもあるため、社会的不利益を被る可能性がある反対票を入れる人はほとんどなく、投票者のほぼ全員が賛成票を投じる。

投票率は毎回99.8か99.9%という高率となっているが、これは投票に参加しない者も反革命分子に分類されて特別監視対象とされるため、これを嫌う有権者は、有権者登録以降に死亡した者や、当日やむを得ない重病や重大な負傷を負ったもの以外ほぼ全員投票するためである。仮病や虚偽の怪我でないかについては、保衛部の確認調査がなされる。

各選挙区ごとの開票結果については一切公にされることはなく、国営放送朝鮮中央テレビで全選挙区をまとめて、「99.9%投票参加、100%賛成」といった、おおまかな選挙結果だけが公表され、仮に反対票を投じた者があっても、賛成者は100%であったと報道されるのが常である。

総じて、民意を汲んで代議員を選出するための選挙であるというよりも当選信任予定者の信任投票であり、対内的には、有権者登録作業において世帯や人口を把握する国勢調査的手段として、あるいは朝鮮労働党の施政に対して国民が誠意を持って参加できるかを試し強制的に人心を掌握する手段として、対外的には、他の民主主義国に対して国民主権によって政権が運営されているとの政権正統性を誇示するための手段としての、政治的儀礼にすぎないとされている。このような手法は、北朝鮮に特有のものではなく、ソ連・東欧の諸国やかつての中国などで広く見られる態様であった。

[編集] 報道規制

2009年現在北朝鮮には金正日体制を維持するため、言論の自由報道の自由がないとされている。 2006年5月2日ジャーナリスト保護委員会が作成した検閲国家ワースト10のリストでワースト1位となった(詳しくは検閲国家ワースト10のリストを参照)また国境なき記者団が2007年に発表した世界報道自由ランキングでも169ヶ国中168位と極めて低い順位となっている(ちなみに最下位はエリトリア)。

  • それまで2002-2006年の5年間、北朝鮮は連続最下位だった。

また実際に北朝鮮にあるラジオテレビ新聞は政府の統治下にあるため、同国のマスメディアは政府や朝鮮労働党に都合の悪い情報を原則、国民には報道しない。 また外国のラジオ放送やテレビ放送を国民が受信することは法律によって厳しく規制されている。またインターネットも国外のウェブサイト(朝鮮総連などの北朝鮮関連のサイトは除く)には自由に接続することもできないとされている。

[編集] 朝鮮民主主義人民共和国の階級

出身成分」を参照

[編集] 軍事

詳細は「朝鮮人民軍」を参照

朝鮮空軍紀念像

「先軍政治」を掲げ、何よりも周辺諸国からの脅威に備えるため軍備拡充に力を入れている。過去数十年にわたり国防のために莫大な資源をつぎ込み、世界で5番目に大きい100万人を超える軍隊を有し、国内総生産 (GDP) に占めるその比率が高い。推定軍事費(CIA)年間6000億円のうち4000億円強を核兵器・ミサイルに集中配分しており、通常兵器は旧式で兵器の性能、練度ともに韓国軍との差は歴然である。世界最大規模の特殊部隊と米陸軍45万の2倍の90万の兵力の歩兵主体の地上軍を持ち、散開・分散が必要な核戦争に特化した構成となっている。

化学兵器禁止条約に加盟しておらず2500-5000tの化学兵器を蓄積する化学兵器大国である[2]。停戦ライン地帯の北朝鮮砲兵は毒ガス砲弾や通常砲弾をソウルに撃ち込む能力を有している。1994年に米国が北朝鮮の核兵器生産施設を空爆しようとしたとき、北朝鮮は「(核施設が空爆されたらその報復に)ソウルを火の海にする」と恫喝し、韓国の金大中は訪米して空爆中止を嘆願した。結果として1994年枠組み合意で北朝鮮の核施設は運転停止によって空爆破壊を免れ、2002年に運転を再開し、2006年の核実験にいたっている。

北朝鮮は国境の戦車を旧式なまま放置している一方で、多額の費用を投入して「移動式」弾道弾を買揃えており韓国を狙うスカッド改を500基、日本を狙うノドン200基、太平洋まで飛ばすことのできるテポドンを整備している。米国のロシアを狙う弾道弾が500基であり、中国の日本を狙う核弾道弾ですら25基なので、500基・200基という数は極めて大規模な国防のボディビルディングである。日本にある在日米軍基地の攻撃機による北朝鮮核攻撃の可能性に対する自衛的抑止力としての配備なら20基あれば充分であり、北朝鮮側の「抑止力・自衛のため」という説明は軍事的には200基を超える対日弾道弾の過剰配備という実態と乖離しており、北朝鮮側の弾道弾過剰配備の真意について透明性が問われている。(防衛的な軍隊であれば国境の戦車や防空戦闘機や沿岸の対艦ミサイルの整備を優先して、国境防衛と関係ない攻撃的兵器である弾道弾は隣国の弾道弾と同数以上は持たないのが普通である。防衛省防衛研究所研究官の武貞秀士のように北朝鮮は日米に核/化学ミサイルを突きつけて牽制しつつ韓国を核恫喝で併合する意図で核武装を進めてきたと観測する専門家もいる。)

加えて、北朝鮮は韓国のPSI参加表明を「宣戦布告」であると非難していることから、弾道弾その他大量破壊兵器及び周辺技術を輸出して外貨を稼ぐ思惑もあるとされる。

なお、北朝鮮は少なくとも、現在、日本に向けている200基を越えるノドン弾道弾に、化学兵器弾頭を装着して日本の大都市を攻撃し、大量の死傷者を出す物理的能力を有していると見られている(DocCode7155参照)。米国の調査機関ISISの報告書によれば、ノドンに装着可能な粗悪な核弾頭を3発以下既に保有している、つまり東京を核攻撃できる能力を保有している可能性すらあると観測されている。また、核弾頭を量産し日本を狙うノドン200基を数年で全て核弾頭付きにするのに必要な50MW/200MW大型黒鉛炉を建設中であった。ちなみに同大型黒鉛炉は「2007年合意において、米国と北朝鮮の妥協により無力化・解体対象から除外された」。

詳細は「北朝鮮核問題」を参照

[編集] 人権問題

アメリカ合衆国など資本主義国を中心とした「有志連合」諸国側からは、「悪の枢軸」の一国とされている。2005年には国連総会本会議において「北朝鮮の人権状況」決議が採択されている。多くの国々が、同国について、国政が軍国主義的、言論の自由や基本的人権が尊重されていない、といった認識をもっている。亡命者(脱北者)の証言からうかがわれる数多くの政治犯収容所(強制収容所)の存在、また自国民の殺害・圧政を理由にアメリカを中心とした国際社会から非難されている傾向がある。かねてよりアメリカから「テロ支援国家」として指定されていたが(2008年10月テロ支援国家の指定は解除された)、これは1987年11月の「大韓航空機爆破事件」が直接の契機である。赤軍派を匿っている問題(よど号ハイジャック事件等参照)や、ミサイルなどを違法に輸出していること、国家規模でのドル紙幣偽造(通貨テロ)の疑いが濃いことも理由と考えられる。

[編集] 国際関係

2007年9月現在、国交のある国は162か国である。

国境を接する中華人民共和国およびロシア連邦と密接な関係を維持してきた。しかしロシアからの経済支援は冷戦終結後ほぼ途絶えている。現在でもロシアとは友好関係であるが、NHKの『ドキュメント北朝鮮』では元ソ連共産党幹部は北朝鮮の危険性の認識を示している。

詳細は「プエブロ号事件」を参照

中華人民共和国政府とは今でも緊密な関係(中朝友好協力相互援助条約)を維持しており、金正日の訪問回数もロシアに比べれば多い。また中国は北朝鮮の独裁体制を配慮している。例えば中国では北朝鮮批判の本を発禁にしており(詳細は中国の人権問題)、脱北者の強制送還に積極的である。

朝鮮戦争未解決のため敵国の米国とは現在も冷戦対立している。2003年8月以降、核問題を中心に、日本、韓国、ロシア、中華人民共和国、アメリカ合衆国と共に六者会合(六ヶ国協議)を実施している。北朝鮮とアメリカ合衆国が互いに譲歩せず、膠着状態が続いていたが、ブッシュ政権末期のヒル国務次官補の譲歩により事態の推移は見られた。しかし交渉の進展は見られない。

韓国人、日本人、レバノン人などを始めとした複数国の国民の拉致、日本・韓国に存在する工作員、諸外国に対する麻薬密輸、過去にも当局が否定する大韓航空機爆破事件ラングーンでの韓国要人爆殺大統領殺害未遂、北朝鮮国内の人権問題などの問題がある。工作員は、以前は国内でもAMラジオで聞ける「平壌放送」(中波657kHz)にて暗号電文を使い指令を送っているとされてきたが、2000年に終了。モールス信号や、携帯電話やコンピュータの電子メールを使って指令しているとの説もある。

1980年に、大韓民国に対して高麗民主連邦共和国創設を提案した。

1992年4月20日、「社会主義偉業を擁護し前進させよう」(平壌宣言)が採択された。この宣言には金日成主席の80歳の誕生日に集まった世界70の政党代表(うち48人は党首)が署名した。その中にはソビエト連邦や東欧で新たな社会主義運動を展開している諸政党が含まれる。

詳細は「平壌宣言」を参照

[編集] 大韓民国との関係

1950年におこった朝鮮戦争で朝鮮半島の分断は決定的となった。その後も、南北双方ともに相手方の支配地域は自らの領土であると主張しつづけていた。北朝鮮はながらく首都をソウルと定めていたが、1972年の憲法改定によって初めて首都を平壌と定めた。これは近いうちの南北統一を断念したものと多くの人から受け止められた。

北朝鮮に対して激しい敵視政策をとっていた大韓民国(韓国)は金大中政権発足のころからクリントン政権期のアメリカ合衆国に歩調をあわせて(あるいは歩調をあわせざるを得ずに)融和的な政策に転換した。融和的態度を国内から批判され敵対的言動へとシフトした金泳三時代を反省した金大中政権は、対北朝鮮政策の融和化を「太陽政策」(原語では「日光政策」)と呼んで説明した。しかし北朝鮮による2006年の核実験以降、韓国国内でも北朝鮮への批判が高まり、経済支援は停止された。韓国国民の世論は、血縁や兄弟が北朝鮮に住む者も多く、北朝鮮に同情的だが、核実験後は太陽政策への批判が一時強まった。2008年に李明博政権が太陽政策を改める政策や軍幹部の失言も相次いだ。こうしたことから北朝鮮の戦闘機が軍事境界線付近に飛来、韓国側もスクランブル発進するなどして、一触即発の状態が続いた。更に、2009年1月17日には、北朝鮮が韓国との「全面対決」を宣言するなど、李明博政権発足以降の南北関係は緊張が高まっている。

韓国人拉致(拉北)問題、北朝鮮の経済的な破綻や人権問題などもあり、南北統一の実現には未だ少なからぬハードルが残されている。失敗国家ランキング12位の北朝鮮と152位の韓国とは経済力に差がありすぎるために統一したら韓国の経済に影響が出ると懸念がある。1980年には、北朝鮮が高麗民主連邦共和国創設と、(統一より)低い段階での連邦制を提示した。冷戦終結以後は雪解けが進み、南北国連同時加盟や共同声明として結実。

詳細は朝鮮統一問題を参照。

[編集] 日本国との関係

日本政府は1965年の日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(日韓基本条約)により、大韓民国を「朝鮮半島唯一の国家」としているため、北朝鮮を国家として承認していない。 従って、正式な外交関係(いわゆる国交)はない。かつてはパスポートに "This passport is valid for all countries and areas except North Korea(Democratic People's Republic of Korea)."(「このパスポートは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を除く全ての国と地域で有効です」の意味)と記載される渡航先適用除外条項があった。1991年からこの条項は削除されたものの、依然として政治的・軍事的な対立から緊張した関係が続いている。

2002年9月に小泉純一郎首相は電撃的に北朝鮮を訪問して、金正日総書記と初の日朝首脳会談を実現し、17日日朝平壌宣言に調印した。この訪問で金正日は北朝鮮による日本人拉致を「一部の英雄主義者が暴走した」として公式に認め、5人の拉致被害者を帰国となった。しかし「8人死亡・1人行方不明」とする北朝鮮側の回答は日本側から見て到底承諾しかねるものに映り、拉致被害者の家族の帰国が拒まれるなど、関係者を中心に不満が噴出し、世論も北朝鮮に対して強く反発を見せ国交正常化交渉は暗礁に乗り上げている。

2005年頃まで貿易関係はそう大きくないものの存在し、日本への船舶の入港は年間千数百隻に上っていた。内訳は、日本からの輸入は輸送機器が中心で、日本への輸出は水産物が中心であった。

しかし、2006年10月9日の北朝鮮の核実験テポドンなどのミサイル発射事件を受けて、日本政府は「厳重に抗議し、断固として非難する」との声明を発表し、安倍内閣から本格的な拉致被害者の解放を目指し、日本独自の制裁の実施は現在も続いている。制裁の一環として、海外危険情報では、通常の治安・政情の程度によって出される勧告とは別枠で、渡航の自粛を勧告している。これにより北朝鮮船籍の船舶の入港は禁じられ、輸出入も停止されている。

2008年5月31日、北朝鮮軍部が「日本の反動勢力は、日本列島がわが革命的武装力の容赦ない打撃圏(攻撃圏)内にあるということをひとときも忘れてはならない」と警告し敵対姿勢を改めて鮮明にしている[4]


[編集] 日本人向けの観光

日本と北朝鮮の間には正式な国交はないが、同国に在住する日本人としては、拉致被害者のみならず、夫である在日朝鮮人とともに北朝鮮に渡ったいわゆる「日本人妻」も挙げることができる。未だ完全なる解決を見ないという声が日本国内で上がる拉致問題であるが、渡航自粛勧告に法的強制力はないため、北朝鮮を観光で訪問する日本人もわずかながらいる。ただし、日本国内のほとんどの旅行業者は自粛に応じているため、入国手段は限られる(外貨獲得のため、北朝鮮側は日本人観光客の受入を続けている。ただし自衛隊員マスメディア関係者は原則として不可)。北朝鮮への観光はビザが必ず必要であるが日本と国交がないため大使館が存在しない。代わりに朝鮮総連が受付窓口になっている。もしくは中国の北朝鮮ツアー専門の旅行社に観光ビザを手配してもらうことも可能。観光地もルートも総て北朝鮮政府によって決められており自由に(一人旅など)目的地へ行くことはできない。その他に旅費が割高である、外国人が宿泊可能なホテルが決められている、ガイドが必ず付き添うなど一部に制約がある。電圧は220V、周波数は60Hzで通貨はユーロUSドル日本円などが利用できる。平壌市内のホテルや観光地、中国国境に近い新義州や羅先では人民元もよく通用する。

[編集] 行政区域

조선일보 NKchosun.com - 지리(행정구역 현황)等を参考にした。

北朝鮮の地図
直轄市
平壌直轄市(ピョンヤン=ジカルシ)
特別行政区
新義州特別行政区(シニジュ=トゥクピョルヘンジョング)
工業地区
開城工業地区(ケソン=コンオプチグ)
観光地区
金剛山観光地区(クムガンサン=グァングァンジグ)
江原道(カンウォン=ド)
両江道(リャンガン=ド)
慈江道(チャガン=ド)
平安南道(ピョンアンナム=ド)
平安北道(ピョンアンプク=ト)
咸鏡南道(ハムギョンナム=ド)
咸鏡北道(ハムギョンプク=ト)
黄海南道(ファンヘナム=ド)
黄海北道(ファンヘプク=ト)

[編集] 地理

朝鮮半島全域を領土であるとし、そのうちの軍事境界線(38度線)以北及びその属島を統治している(38度線以南は、実際には大韓民国政府が統治しているが、朝鮮民主主義人民共和国では地域をさす表現としての「南朝鮮남조선 ナムチョソン」が用いられている)。

なお、大韓民国(韓国)も同じく朝鮮半島全域を領土であるとしている。韓国では、朝鮮民主主義人民共和国を、自ら統治できない38度線以北の地域をさす意味で「北韓북한 プッカン」と呼ぶ。

また、朝鮮民主主義人民共和国の憲法で定められる首都は、1972年までソウルとなっており、平壌は当時「臨時首都」の扱いだった。しかし1972年憲法制定で、首都は公式に平壌に変更された。もちろん、実質的な首都機能はそれ以前から平壌に存在している。

気候は寒冷で、亜寒帯に属する。

[編集] 経済

北朝鮮は平壌以外は闇であり、照明の電気もほとんどないことが分かる。宇宙からみた地球夜景(NASA)より

通貨は朝鮮民主主義人民共和国ウォンKPW)。アメリカの評論誌Foreign Policyによれば、2007年調査時点で世界で最も価値の低い通貨トップ5の一つ。為替公式レートは1ドル=141ウォン(1ウォン=約0.87円)だが、闇レートは1米ドル=2500ウォン以上(1ウォン=約0.05円以下)。[5]

韓国銀行の推計によれば、GDPの構成では水産業が23.3%、工業29.6%、電力ガス水道4.5%、建設9.0%、サービス産業が33.6%を占めている(2006年)。また就業人口の36%を第一次産業が占める。また軍需産業が経済活動の大きな割合を占め、資源の偏った配分が経済疲弊の一因となっている。[6][7]

農業が経済に大きな割合を占めるが、もともと農業に適する地域が少ないため、化学肥料農薬を大量に利用して食料自給を維持していた。しかしソビエト連邦崩壊によるエネルギー不足の影響で農業生産が大幅に減退した。その結果、食糧が乏しくなって各地で飢えが発生し、海外からの食糧支援に大きく依存している。

日本統治時代には南部(現:大韓民国)の農業に対して、北部は鉱工業を促進する政策を取っていたが、独立後は設備投資の失敗により老朽化が目立つ。さらに外貨不足、質の悪い石炭や送電ロスに起因する電力不足、資材不足により工業の生産能力は非常に低い状態となっている。

90年代以降縮小した農業や鉱工業に対しサービス産業は比較的堅調で、経済に占めるウェイトは拡大したと推計されている。例えば南北交流による観光産業の成長が挙げられる。また配給物資の不足により自由市場など非国営部門の経済活動が活発化した。

資源としては石炭鉄鉱石タングステン他の希少金属をはじめとした鉱物資源が比較的豊富である。しかし、採掘する設備が非常に旧式であるほか、電力水道などの基本的なインフラの状況が非常に悪いため、生産性は高くない。 また松茸魚介類なども豊富で、日本などに輸出して貴重な外貨獲得源になっている。 他には、などの小火器ミサイルなどをはじめとした武器や、極めて精巧な偽札覚せい剤、偽タバコなどの輸出により、外貨を獲得しているとされる。

1990年代中盤には、慢性的な不況状態にあり、水害による農作物不足も追い討ちをかけ、国民の餓死も多かったと言われている。発電所が稼動しないため国内の電力事情が極度に悪く、工場鉄道が動かないことが多く、生産活動にもかなりの支障を来しているとされていたが、1999年以降は中華人民共和国との経済関係が活発化し、鉄鉱石や石炭鉱山の権利を中華人民共和国の企業に売却するなどの効果が現れ、同年の経済成長率は6.2%と久々にプラス成長に転じ、その後4年間はそれぞれ1.3%、3.7%、1.2%、1.8%の成長を記録する等経済状況がやや好転したと言われる。2004年以降、電力事情も好転しつつある。しかし核実験に伴う経済制裁のため、2006年後半以降再び経済が悪化し、同年の経済成長率は8年ぶりのマイナス成長となる-1.1%となった。国内にある一部の非国営部門の活発化や海外支援などがあるものの、依然として国民生活が厳しい状態が続いており、韓国との経済格差は、1970年代初頭までは北朝鮮がその経済水準を上回っていたが、以降は拡大する一方である。1990年代後半から経済改革が行われ、その一環として2002年7月に「経済管理改善措置」と題する賃金と物価の改定が行われた。同時期に、経済における市場的要素を一部許容した。その後、市場的要素が公式的にも非公式的にも広がり始め、その中で比較的順調な軽工業と生産正常化の遅れている重工業といった国営企業間の格差や国民の間での所得格差など、新たな問題が発生している。2009年の朝鮮日報の報道では北朝鮮の対外貿易の80%以上を中国が占めるとされている[8]。 2008年12月から平壌市において通話のみだが携帯電話の利用が可能になり一般市民の便利性が向上した。 また金日成生誕100年となる2012年に向けて、「強盛大国の大門を開く」というスローガンを掲げている。

[編集] 国民

朝鮮半島東北部は古くは女真人などツングース系民族の流入が相次いだが、李氏朝鮮時代から日本統治時代にかけて住民の均質化が進み、ほとんどが朝鮮民族となっている。

[編集] 人口と人権、食糧問題

北朝鮮政府は人口センサスを実施したのは1993年末に1回のみであり、正確な人口は北朝鮮政府自体が把握していない(2008年10月現在の国連人口基金の調査では24,051,218人とされ、性別では男性が11,722,403人、女性が12,328,815人暫定集計された[9][10]。米国CIAWorld Factbookによれば2007年7月の推定人口は23,301,725人である。平均寿命は71.92歳(男性69.18歳、女性74.80歳)、出生率は人口1000人当たり15.06人、合計特殊出生率は2.05人、幼児死亡率は1000人当たり22.56人となっている。(北朝鮮の人口統計に関する問題の詳細は[3]を参照。) WHOの推計では、平均寿命は男性65歳、女性68歳(2005年)となっている。[11]。国連の推計では現在の平均寿命が80年代後半より4歳下回っているとされている[12]

1980年代以降、ソビエト連邦など共産圏からの援助が激減しエネルギー不足となったのをきっかけに、国内の食糧事情が極度に悪化し、数十万人以上の国民餓死したと言われる。北朝鮮政府は、食糧危機の原因を水害旱害などの天災としているが、それは主たる原因ではない。真の原因は、エネルギー不足により肥料生産が減り、肥料や食料の運搬が困難になったことと、各地域の天候や現状は無視して、首都から各地方へ画一的な主体農法を押しつけた、北朝鮮政府の非現実的な食糧生産政策が原因とされる。また、生産された食糧のかなりの部分を、各地の労働党幹部が確保し、一般国民へ食糧が届かないことも、餓死の大きな原因とされる[13]。西沿岸が干ばつに見舞われた1997年6月[13]ウナ丼の好きな金正日総書記[14]が、人民の食生活向上を狙い、集約化に向き栄養価の高いナマズの養殖発展を指示し、以来力を入れている[15]

また刑務所政治犯収容所などの強制収容施設で多数の人々が殺害されたと言われるが、北朝鮮政府は政治犯収容所の存在を否定している。しかし政治犯収容所の収容者や警備兵などの多数の証言によれば、収容所内で裁判なしに多くの人が日常的に殺害されており公開処刑も行われているといわれる。

餓死と強制収容施設での問題の他、食糧問題と人権問題を原因とする、多数の国民の北朝鮮からの脱出、いわゆる脱北も、人口減の原因である。北朝鮮と接する中国東北部には、北朝鮮から逃れた人々が数千人以上滞在しているために中華人民共和国国境地帯の警備を強化している。

[編集] 文化

基本的には、同じ民族が暮らしている韓国と似ている。衣装はチョゴリ、食べ物はキムチ平壌冷麺が有名である。亜寒帯に属し気候が寒冷なので、冬になると建物の床下に薪や練炭、石炭の煙を通し暖を取る昔ながらのオンドルを使用しているところが多い。オンドルの使用で毎年多くの一酸化炭素中毒死者を出している[要出典]

非同盟および発展途上国の平壌映画祭平壌世界芸術祭が開かれている。プリンセス・テンコーも招待されてマジックを披露した。 北朝鮮の楽曲は、鄭律成金正平など、朝鮮生まれの中国朝鮮族音楽家が中朝両国で活躍した為か、中国の革命楽曲文化との共通点が多く見られる。

[編集] 文学

建国直後は、旧植民地時代から活躍していた李箕永や、日本語でも創作活動をし、芥川賞候補にもなった金史良らが活躍した。また、詩人の林和などもいた。

朝鮮戦争のあとは、『ケマ高原』を著した黄健などが活躍している。

[編集] 宗教

現在、北朝鮮国内における宗教に関することは国外に明らかになっていない。当局は、外国人が訪朝した際に、平安南道・妙香山の普賢寺を見せて「北朝鮮では信教の自由がある」と説明している。また、憲法にも信教の自由が保障されている事が明記されている。このことから無神国家または無宗教国家ではない、とされている。

だが、憲法の中の信教に関する項目が何度も改正されている事実を考えれば、宗教政策が何らかの理由でしばしば変更を強いられていることが伺える。また、諸外国でも、「普賢寺そのものが、あくまで外国人にそう説明するための手段に過ぎず、実際のところ、朝鮮民主主義人民共和国公民にはほぼみな、信教の自由がない」とする見方が主流である。多くの共産主義国と同じように宗教の存在が党の指導思想(北朝鮮の場合は主体思想)と対立するためである。

平壌はかつて日本統治時代にキリスト教徒が多く、「東洋エルサレム」と呼ばれた。金日成の母方の祖父である康敦煜もプロテスタント長老派の牧師である。解放後から金日成政権が安泰になるまでもキリスト教徒が多く、キリスト教系新興宗教も存在していた。統一教会文鮮明もそうした新興宗教グループの出身である[要出典]。現在は、北朝鮮には地下教会の信者が多くおり、他の宗教同様キリスト教に関しても、信教の自由は確立されてはいない。北朝鮮ではキリスト教を弾圧していると言う情報が流れているのも、このためとされている。

北朝鮮の場合は中華人民共和国などの他の「共産国」に比べて、宗教が弾圧された経緯が漏れ伝わってこない。また、その形跡も確認しづらい。金日成自らはかつて美濃部亮吉と対談した際、教会はすべて朝鮮戦争において「アメリカの爆撃で焼けてしまいました」と語り、キリスト教徒も南部へ逃げてしまったと語っている。弾圧の必要がなかったと語っているこの発言は、決してキリスト教を弾圧する意志がなかったことを意味しておらず、また弾圧の可能性があったことを前提とした文脈であるために、ある程度の信憑性をもって受け止められている。またここ近年、脱北者の話からキリスト教徒が弾圧され、またその多くが強制収容所に収監されているという目撃証言が多数ある。その一方仏教徒が約3万人いるという話もある。[要出典]これらのことから実質北朝鮮では宗教の自由はないに等しいと考えられている。

[編集] 音楽

国内では主に以下の音楽集団が存在する。

ソ連の赤軍合唱団アレクサンドロフ・アンサンンブル他)に範を取った、人民軍の正規現役軍人らによる合唱団の功勲国家合唱団、国外にも少なからずファンを持つポチョンボ電子楽団、日本や西側諸国にも演奏旅行経験が有り、2008年にはニューヨークフィルとも共演した国立交響楽団が代表的。

演奏歌唱曲では、北朝鮮国内では準国歌扱いとして特に有名な「金日成将軍の歌」や「金正日将軍の歌」他といった、強烈なプロパガンダ歌曲や、労働歌革命歌軍歌、朝鮮民謡などが有名。また、青い山脈津軽海峡冬景色(日本語及び朝鮮語にて歌唱)といった日本の歌や、欧米の音楽のカバー(無許可カバーや、演奏歌唱する曲のメロディ自体が盗作な歌曲も有り)を行っていたりもする。ポチョンボ電子楽団や功勲国家合唱団等は演奏CDも出しており、北朝鮮国内の他、日本国内や海外でも代理店を通して購入可能。

上記の楽団以外にも、国立の舞台劇団(民族演舞や抗日闘争を題材としたオペラ・革命歌劇「血の海」等が有名)も多数存在する。

平壌には、作曲家尹伊桑の音楽を研究する為に設立された、尹伊桑音楽研究所がある。

朝鮮民主主義人民共和国はベルヌ条約に加盟しているものの、日本政府は国家としてみなしていないため、事実上朝鮮民主主義人民共和国の著作物(主にテレビ画像)は日本国内で「使い放題」の状態になっているのが現実であった。また、著作権料の取り立てが何度か行われた事もあるが、ほとんどのメディアは払っていないなどの話もあった。[要出典]現在では、朝鮮民主主義人民共和国側の主張により、日本各メディアの対応は変化し、衛星テレビ画像などは報道引用のみとしている。

なお、著作権についての詳細はポチョンボ電子楽団の項を参照のこと。

中学校・高等学校では、朝鮮の民族楽器のほかにシンセサイザーエレキギターを利用した軽音楽を課外活動として取り入れている。

[編集] スポーツ

詳細は「朝鮮民主主義人民共和国のスポーツ」を参照

スポーツでは韓国と同じテコンドーシルム(韓国相撲)があるが特に北朝鮮主催の「スポーツの平和の祭典」(別名:「平和のための平壌国際体育・文化祝典」)と呼ばれる国際競技大会が行われている。アントニオ猪木も参加した。後はソウルオリンピックに対抗して行われている「世界青年学生祭典」がある。マスゲームも盛んに行われている。 またサッカー北朝鮮代表は、1966FIFAワールドカップで初出場ながら、ベスト8という結果を残した。その後、ワールドカップからは遠ざかっていたが、2010FIFAワールドカップへの出場を決めた。

[編集] 世界遺産

国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産の高句麗古墳群がある。

[編集] 朝鮮民主主義人民共和国の主な歴史観

  • 外国のと結び、同じ朝鮮民族である百済を滅ぼした新羅の行為を反民族的行為と断罪している。
  • 同じ民族に対する裏切りが頻発する朝鮮半島で、高麗だけは、北朝鮮は肯定的に前向きに評価している。そのためか、首都平壌には高麗と名の付いた建物がいくらか存在する。高麗こそ、朝鮮民族の誇り、名誉、自主自立を示した国であると高く評価し、将来、南北統一した時には、この高麗の名を一部使った国名(高麗民主連邦共和国)を使用しよう、と韓国に提案している。
  • 李氏朝鮮について痛烈に批判している。李成桂は、もともと高麗に仕える将軍であった。異民族であり敵国であった軍を攻撃するために出撃したのに、どういうわけか、大した戦闘もせず明軍にあっさり降伏してしまう。[16]。そして、そのまま高麗の首都・開京(現開城)に帰って来るのであるが、何を血迷ったのか、いきなり自分の味方の国の首都・開京を総攻撃してしまう。そして、同じ朝鮮民族であり、自分の主である高麗の王族を平気で追放して、国を泥棒するような形で、勝手に自分の王朝を作ってしまう行為を、北朝鮮は、決して許す事のできない朝鮮民族に対する大きな裏切り行為、逆賊、売国奴、反民族行為として激しく断罪している。
  • 日韓併合による統治は、朝鮮民族にとって耐え難い多大な苦しみであったとしている。日韓併合は朝鮮の富を奪う目的でなされたものであり、日本による都合のいい侵略行為として、激しく断罪している。日本が行ったインフラ整備や公教育といった統治政策は、植民地支配の効率化の為だったとして一切否定しており、優れた文化・文明・資産を奪い取られたと主張している。
  • 朝鮮半島南部に対峙する同じ民族の民主主義国家、大韓民国を「アメリカ帝国主義傀儡政権」として非難している。
  • そもそも朝鮮半島分断の根本的原因は、「日本帝国主義による植民地支配の結果」であるとして、南半部(大韓民国)は日帝との植民地戦争に勝利した米帝が不法占拠して植民地化したという歴史認識を持っている。
  • 竹島(韓国名:独島)は昔から朝鮮民族が領有していたため、日本の領有権主張は帝国主義の復活としている。

[編集] 祝祭日

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 正月 양력설
2月16日 民族最大の名節 김정일령도자의 탄생일 金正日総書記誕生日
4月15日 太陽節 태양절(김일성주석의 탄생일) 金日成主席誕生日
4月25日 人民軍創建記念日 조선인민군 창건일
5月1日 国際労働者節 전세계로동계급의 명절 所謂「メーデー
7月27日 祖国解放戦争勝利記念日 조국해방전쟁승리의 날 1953年朝鮮戦争休戦記念日
8月15日 祖国解放記念日 조국광복의 날 日本統治からの解放(光復)を祝う日。
9月9日 共和国創建記念日 조선민주주의인민공화국창건일 建国記念日
10月10日 朝鮮労働党創建記念日 조선로동당창건일
12月27日 憲法節 조선민주주의인민공화국 사회주의헌법절
陰暦1月1日 旧正月 설명절 民族の名節
陰暦1月15日 小正月 정월대보름 民族の名節
陰暦5月5日 端午 수리날 民族の名節
陰暦8月15日 チュソク(秋夕) 설명절 民族の名節

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c CIA World Factbook 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ a b 伊藤(1986)
  3. ^ そうした説くすぶる中で、金総書記による「祖国と人民」を思いやる発言が、健康への初言及として報道されている。  記事:「険しい道も、私には楽」 金総書記が健康に初言及 中日新聞 2009年3月29日
  4. ^ 北朝鮮軍異例の警告「日本は攻撃圏内」(社会) ― スポニチ Sponichi Annex ニュース
  5. ^ Foreign Policy:"The List: The World’s Worst Currencies" GIGAZINE 2007年06月19日 「世界で最も価値の低い通貨トップ5
  6. ^ GDP of North Korea in 2006,THE BANK OF KOREA
  7. ^ The World Factbook,Central Intelligence Agency
  8. ^ 中国台頭による韓半島の状況変化に備えよ(上) 朝鮮日報 2009/04/04 閲覧
  9. ^ http://ndl.go.jp/jp/service/kansai/asia/publication/archive/bulletin3_1_5.html
  10. ^ 北朝鮮の総人口2405万人、UNFPA暫定集計 2009/02/15
  11. ^ World health statistics 2007,World Health Organization
  12. ^ World Population Prospects: The 2006 Revision,United Nations Population Division
  13. ^ a b 朝鮮民主主義人民共和国 (国際連合世界食糧計画公式ホームページ)
  14. ^ 出典:藤本健二 『金正日の私生活-知られざる招待所の全貌』 扶桑社、2004年7月 ISBN 4594046819
  15. ^ 特集:朝鮮民主主義人民共和国の経済 (18ページ参照。) (METI所管法人ERINA公式ホームページ)
  16. ^ この李成桂の出撃は、世界史では1388年の「威化島回軍」事件として知られる。李成桂のこの行動の動機・真相はあまりわかっていないが、北朝鮮は、明軍と戦闘しなかった彼の行為を、明に対する「降伏」の意思表示(合図、サイン)とみなしている。その後、李成桂の建てた李氏朝鮮は明の正式な属国になった。北朝鮮は、この李成桂の一連の不可解な行動には、祖国高麗に売り渡す卑劣な裏取引・陰謀があったと見て、売国奴・祖国の裏切り者として批判している。

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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日本政府

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