朝鮮の文化

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扶餘陵山里出土百濟金銅大香爐

朝鮮の文化は、李氏朝鮮時代に国家のイデオロギーとされた儒教、その中でも特に朱子学から、大きく影響されている。また、という朝鮮独特の感情が、朝鮮の文化の特色となっている。日本統治時代に朝鮮の近代化が進められる過程で、朝鮮の文化も大きく変化した。

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朝鮮では伝統的に、一般庶民が日常生活で着る服は白一色であり、宮中など特権階級を除いて、色物や柄物の衣服はほとんどなかった。そのため朝鮮民族白衣民族と言われた。日本統治時代に色服が奨励され[1]、洋服も普及してきたため、現在は色物や柄物の衣服は普通に存在する。

伝統的な衣服は韓国では韓服と呼ばれ、(北朝鮮では朝鮮服(조선옷))女性はチマとチョゴリチマチョゴリ)、男性はパジとチョゴリである。

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主な料理には、キムチ冷麺ビビンバ焼肉などがある。ポシンタンという犬料理や、臭さで有名なホンオフェという発酵したエイも、特色のある料理である。

酒では、マッコリソジュがある。ウイスキーとビールを混ぜた爆弾酒という飲み方もされる。

食事のマナーでも儒教的上下関係が厳しく、目上の人の前で酒を飲む時は、横を向いて口元を手で隠して飲まなければならない。

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伝統的な住居は韓屋と呼ばれる。オンドルがあるのが特徴である。

年中行事[編集]

旧暦で行われるものが多い。韓国では旧正月(旧暦1月1日)と秋夕(旧暦8月15日)が最大の行事である。先祖を祀る茶礼と省墓(성묘、墓参り)が行われる。この季節には多くの人が出身地に帰るため民族大移動と言われる。他に、小正月(대보름、旧暦1月15日)、寒食(冬至から105日目)、釈迦誕生日(旧暦4月8日)(韓国のみ)、端午(旧暦5月5日)などがある。

言語と文字[編集]

1446年に「訓民正音」の名でハングルが作られるまで、朝鮮語を表すための独自の文字はなかった。その後も漢文が正式の文字とされ、ハングルは下等なものと見なされていた。日本統治時代になって、学校でハングルが教えられるようになり、ハングルの正書法が定められ、朝鮮語の辞書も作られるようになった。

日本統治時代に、近代的な事物、制度、概念などを表す漢字語が日本語から朝鮮語に大量に入ったため、政治、経済、法律、諸学問、科学技術、等の用語の大部分は、発音は朝鮮漢字音でされるが、漢字で書けば日本語と全く同じである。

民族主義のため、朝鮮民主主義人民共和国では1948年に漢字使用が全廃され、大韓民国でも1948年にハングル専用法を制定した。また、外来語、特に日本語由来の単語を、朝鮮固有語に置き換えようとする国語醇化運動も行われている。

血族関係[編集]

家族制度は、父系制で、宗族門中という血族集団があり、族譜という一族の名簿を作っている。姓と本貫が同じもの同士は結婚できず(同姓同本不婚)、姓が異なるものは養子にしない(異姓不養)という原則があった。最近まで同姓同本不婚が法律(en:Article 809 of the Korean Civil Code)で定められていたが、改定され2005年から結婚が可能になった。また、名前の中に一族の中の世代の順番を表す字(行列、ko:항렬)が使われる。

病気と医療[編集]

朝鮮の伝統的な医学は、大韓民国では韓医学と呼ばれる。元は漢医学と呼ばれていたが、1986年に民族主義的理由で、発音が同じ韓医学に表記を変えられた。朝鮮民主主義人民共和国では高麗医学と呼ばれる。かつては、これとは別に朝鮮の民間療法も行われていた。朝鮮特有の病気としては、火病がある。

信仰[編集]

高麗時代には仏教が栄えたが、李氏朝鮮時代には、朱子学一辺倒となり、仏教は弾圧され多くの寺院が破壊された。

朝鮮固有の信仰として、巫俗がある。また、将軍標や、済州島トルハルバンがある。

道徳志向性[編集]

小倉紀蔵によると[2][3]、朝鮮民族の特徴として「道徳志向性」が挙げられる。朝鮮民族が道徳志向的であるというのは、朝鮮民族が道徳的であるということではない。道徳志向性とは、相手が道徳的に劣ると主張して、自分が相手より優位に立とうとする事である。

李氏朝鮮時代には、勲旧派士林派西人東人南人北人老論派少論派など多くの党派が分裂を繰り返し党争を続けた。争いの理由は、服喪期間の長さをどうするか(礼訟)というようなことだった。しばしば硬直的な思考に陥り、現実的な対応ができなくなっていた。現代でも、大韓民国の大統領は、政権交代後に逮捕されたり、自殺するなどが繰り返されている。

下品さ[編集]

朝鮮には、道徳性を巡って争い続ける「理」の世界とは別に、「理」の世界からは弾き飛ばされた「気」の世界がある[2][3]古田博司によると、そこでは道徳など無関係で、世界に比類のない下品さがある[4]

例えば、2010年にユネスコ世界遺産に登録された安東河回村に伝わる仮面劇(大韓民国指定国宝第121号)では、プネという若い寡婦が物陰で小便をしているところを覗いていた僧侶が、プネが去った後で地面に顔を付けて匂いを嗅ぐのである。また、大韓民国指定重要無形文化財第3号の男寺党が演じるコクトゥカクシノルムという人形劇では「昼寝をしていて、蟻に金玉の根元を噛まれ、ころっと死んじまった。」 などという台詞がある[4]

日本文化に対する姿勢[編集]

大韓民国では、歴史的に日本に植民地支配を受けたという国民感情から、戦後から日本大衆文化の流入制限政策が行われてきた。また、日本風の文化には、倭色というレッテルが貼られ、非難されたり禁止されたりされた。小説・映画などで反日作品も作られている。1990年代後半からは段階的に流入制限が緩和されているが、まだ完全に規制が撤廃された訳ではない。

歴史問題で反感がある一方で、大衆文化レベルでの親日度は高く、近年は日本のアイドルや漫画・アニメなども大きな人気を博し、日本語のまま販売されているものもある。また日本文化の模倣も多く、トンチャモンドラえもん)、テコンVマジンガーZ)、セウカンかっぱえびせん)、ペペロポッキー)、マイチュウハイチュウ)、などがある。コピー商品ベンチマーキング商法と称して正当化することもある。これらは先述の制限政策が行われていた時期に作られ、日本のオリジナルが韓国に入ってこなかったため、一般の韓国人はそれらが日本のコピーである事を知らなかった場合も多い。

逆に、様々な日本の文化の起源が朝鮮半島にあるとする「韓国起源説」、日本語の単語の起源が韓国語にあるとする韓国語語源説も一部で語られるが、韓国で一般に知られているわけではない。

ゲーム[編集]

花闘(花札)の札

囲碁(바둑、パドゥク)は、朝鮮では伝統的に、最初に黒白8子ずつ置いて始める巡将碁(순장바둑、スンジャンパドゥク)が行われていたが、日本統治時代に日本式の囲碁が広まり始め、現在では巡将碁はほとんど行われなくなった。日本の木谷實門下の趙南哲が漢城棋院を設立し、現在の韓国棋院となっている。棋戦としては国手戦などがある。朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮コンピューターセンターでは銀星囲碁というコンピュータ囲碁プログラムを作っている。

チャンギ(장기、將棋)は、朝鮮独自の将棋類のゲームである。中国のシャンチー(象棋)と見た目が良く似ているが、駒の動きは異なっている。日本の将棋とは違いが大きい。大韓民国の団体として大韓将棋協会(ko:대한장기협회)がある。チャンギ棋戦(ko:장기 기전)としては名人戦(ko:명인전 (장기))などがある。朝鮮コンピューターセンターでは柳京将棋(ko:류경장기)というチャンギの人工知能プログラムを作っている。

日本の花札が朝鮮に入り花闘(화투、ファトゥ)と呼ばれて、人気ゲームとなっている。遊び方は、ゴーストップなどいろいろある。日本の花札はもちろん日本語で平仮名が書かれているが、韓国で売られている花札は、赤短に「ホンダン(紅短)」、青短に「チョンダン(青短)」とハングルで書かれているなど、日本のものとはデザインの違いが存在する。

麻雀は、朝鮮では索子を使わず、日本の三人麻雀のように牌の数を減らして行われる。

その他の風習・文化[編集]

板跳び

脚注[編集]

  1. ^ 「植民支配時代の白衣民族抹殺政策示す1930年代の写真を発見」 中央日報日本語版 2005年08月09日
  2. ^ a b 小倉紀蔵『韓国は一個の哲学である 「理」と「気」の社会システム』 講談社現代新書 1998年
  3. ^ a b 小倉紀蔵『韓国人のしくみ 「理」と「気」で読み解く文化と社会』講談社現代新書 2001年
  4. ^ a b 古田博司『朝鮮民族を読み解く-北と南に共通するもの』 筑摩書房、1995年2月