恨
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恨 (こん)は、仏教が教える煩悩のひとつ。瞋に付随して起こる。
忿に続いて生起する。 自分の気に入らぬ人を怨み続ける心である。 恨を心に持つ人は、これを押さえつけることができない。 このような人は平常心を持つことができず、常に煩悶たる生活を送る。
恨は『大乗百法明門論』によれば随煩悩位に分類され、そのうち小随煩悩である。
目次 |
[編集] 朝鮮文化における恨
| 恨 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 한 |
| 片仮名: 現地語読み |
ハン |
| ローマ字: | Han |
朝鮮文化における思考様式の一つ。古田博司は朝鮮文化における恨(ハン)を「伝統規範からみて責任を他者に押し付けられない状況のもとで、階層型秩序で下位に置かれた不満の累積とその解消願望」[1]と説明している。
朝鮮民族にとっての「恨」は、単なる恨み辛みではなく、あこがれ[2]や悲哀や妄念など様々な複雑な感情をあらわすものであり、彼らの文化は「恨の文化」と呼ばれる事もある。彼らの「恨」の形成の裏には、時の王権や両班による苛斂誅求を極めた支配や、過去より幾度となく異民族による侵略・屈服・服従を余儀なくされ続けた長い抑圧と屈辱の歴史があると言われる。
朝鮮の独立が民族運動の結果ではなく、第二次世界大戦における日本の降伏によって達成されたことは、後の世代の恨となった。そして今日、得られなかった勝利の代替物として、スポーツにおける日韓戦などに熱狂するという[3]。
[編集] 大衆文化における恨
アメリカのテレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』はまた、第5シーズン(第4話)で「恨」の特徴を言及している。そのエピソードは、アメリカ大統領役のジェド・バートレットが、恨という難解な概念について、彼が個人的な理解を果たして締め括られている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 古田博司 『朝鮮民族を読み解く』 筑摩書房〈ちくま学芸文庫(1995年刊の同名著書の文庫版)〉、2005年、150頁。ISBN 978-4480089038。
- ^ 小倉紀蔵 (2003年10月22日). “小倉紀蔵の私家版・韓国思想辞典 (1)” (日本語). 統一日報
- ^ 木村幹 『朝鮮半島をどう見るか』 集英社〈集英社新書〉、2004年、99頁。ISBN 978-4087202410。
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