週刊新潮

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

週刊新潮
刊行頻度 週刊
発売国 Flag of Japan.svg 日本
言語 日本語
出版社 新潮社
刊行期間 1956年2月6日 - 現在
ウェブサイト 週刊新潮
  

週刊新潮』(しゅうかんしんちょう)は株式会社新潮社から発行されている週刊誌である。創刊は1956年2月6日(2月19日号)であり、日本の出版社系週刊誌としては最も古い歴史を持つ。

2010年現在、発行部数は『週刊文春』に次いで第2位である。発売日は、毎週木曜日(地域によって、金曜日、土曜日)。価格は320(5%消費税込み)。

目次

創刊

昭和20年代の『週刊朝日』を始めとした新聞社系週刊誌が全盛の中、1954年に副社長の佐藤亮一らにより週刊誌が企画され、佐藤が編集長、編集者に斎藤十一が加わって、1956年に発刊。『週刊朝日』とは異なる路線を目指し、コラムやゴシップ記事によるにぎやかな誌面が編集方針だったが、取材力の弱い当初は文芸路線に頼らざるを得なかった。

創刊号(2月19日号)のラインナップは、

創刊号は40万部を売るが、その後は20万部程度になる。谷崎の連載はモデル事件により6回で中断し、代わって石原慎太郎「月蝕」を連載。続いて柴田錬三郎「眠狂四郎無頼控」の連載も開始、11月12日号からは「吉田茂回顧録」も連載し、部数は50万部に達した。五味、柴田の人気は、剣豪小説ブームの引き金ともなった。

当時の編集方針を斎藤十一は後に「俗物主義」と呼び、新聞社が扱わないニュース、金と女に着目するものだった。創刊時から起用したライターには草柳大蔵がおり、アンカーマンとして特集記事をまとめるようになる。代表的な記事には、カメラマンとして土門拳が参加した「八月六日の遺産-初めてルポされたABCC(原爆傷害調査委員会)の実態」(1957年8月11日号)、「特別レポート 横綱審議会-大義名分を巡る攻防の五時間」(1958年2月10日号)などがある。その後に参加したライターには井上光晴、編集者として江國滋もいた。こうして次第に独自のスタイルを築き、部数は上向き、1959年新年号は100万部を発行するまでになった。

週刊新潮の編集部次長を務めたことがあるジャーナリストの亀井淳によると、『週刊新潮』ではデータマンと呼ばれる記者が取材を行い、それをアンカーマンと呼ばれる担当デスクがこれらの資料を基に記事を書く方式を取っているという。これは創刊当時、新聞社と違ってこれといった取材網が無かった事や取材経験のある従業員がいなかった同誌の苦肉の策であった(TIMEニューズウィーク等のように記者の署名記事が殆ど無いのはこのためである)が、結果的に大成功を収め、その後の週刊誌創刊ラッシュの道を開く事になった。

しかし、こうした手法は誰が書いたかも分からないという「藪の中」方式の先駆けとなり、報道の無責任体質を助長するものとして批判され、多くの捏造記事を生み出す原動力的な役割を果たしてきた。

特徴

1997年まで統括責任者を務めた斎藤十一が確立した路線は、政治的には保守系である。左派系の政党、議員、メディアなどがターゲットになることが多いが、自民党や読売新聞などのスキャンダルも取り上げており、党派色は薄い。政治問題を直接取り上げるのではなく、あくまでも「女」が絡むスキャンダルが中心である。芸能人のスキャンダル、殺人事件などの社会事件も数多く取り上げている。しかし、政治家や官僚の金絡みの問題に直接切り込んだり、経済問題や企業の不祥事については、他の週刊誌と比べると記事は少ない。

創価学会とは敵対関係にあり、最近の政府を批判する記事では創価学会が支持する公明党絡みであることも少なくない。また、創価学会を批判するため、学会系タレントを名指しで「創価の広告塔」などと批判する事がある。その攻撃的な記事から、名誉毀損訴訟など数多くの訴訟を起こされるが、「提訴するならどうぞ」という姿勢が貫かれているために誌面のテンションは維持されている。

2ちゃんねるブログ引用・丸写ししたとしか思えないような記事もあり[1]、取材力や記事の質の低下を指摘する声がある。

注目を集めた記事

  • 1972年4月、沖縄返還協定の際の日米政府の密約を報じた毎日新聞の記事について、機密文書を漏洩した外務省の女性事務官と西山太吉記者の不倫関係をスクープ。「機密漏洩事件―美しい日本の美しくない日本人」「泥にまみれた毎日新聞大戦争の終戦処理」と題した記事にする(川端康成のノーベル文学賞受賞におけるスピーチの洒落)。以後、マスメディアの報道は「情報源の秘匿」や「国民の知る権利の侵害」の論争ではなく、単なるセックススキャンダルになる。西山事件を参照。
  • 2000年11月9日号で中川秀直内閣官房長官(当時)や自民党の姿勢を批判した記事のタイトルは「この国の誇りある人々を失望させた森首相、中川スキャンダルを人権侵害とのたまう自民党の厚顔、永年の利権に胡座をかいて猿芝居ばかりのあなた方に国民は呆れ返っている」と余りに長く、ライバル誌から「『日刊ゲンダイ』か」と評された。
  • 2005年7月21日号で、NHK大津放送局の記者が連続放火事件で警察から事情聴取を受けたと報じた。その記者は4ヵ月後、非現住建造物等放火未遂の疑いで逮捕された。
  • 2006年2月16日号で、元読売新聞社主の正力松太郎CIAの意向に沿っていたことを、早稲田大学教授の有馬哲夫米国国立公文書館によって公開された外交機密文書を基に明らかにし、反響を呼んだ。
  • 2007年6月28日号で、「『愛人マッサージ嬢』の告白 議員宿舎を『ラブホ』にしゃった 社民党『又市幹事長』」として、社民党又市征治の女性問題を掲載する。又市は、東京地裁に出版差止の仮処分を申請するが却下され、3300万円の損害賠償などを求める訴訟をおこす。その後、裁判所からの和解勧告に従い、双方の訴訟代理人が和解のための合意文書を作成していたが、新潮社側が一方的にこれを拒絶し、この件を「愛人マッサージ嬢もあきれる姑息な又市副党首こっそり訴訟放棄」(2008年7月17日号)として報じた。
  • 2009年1月22日号で、自民党の鴻池祥肇官房副長官が、知人女性に議員宿舎のカードキーなどを渡して宿泊させていたと報じる。鴻池は「大部分が事実と反する」と弁明したが、与党内からも辞任を求める声が上がり、厳重注意処分となった。1月29日号では、「議員宿舎妻 鴻池官房副長官に今度は機密漏洩疑惑」との記事が掲載され、麻生太郎首相は対応に追われた。

批判を受けた記事・問題となった記事

  • 1981年の第53回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦報徳学園(兵庫)京都商業(京都)で両校のレギュラーメンバーの大半が在日韓国・朝鮮人であるとして、外国人が甲子園大会に出たことを問題視する記事を書いた。
  • 松本サリン事件の報道の際、「毒ガス事件発生源の怪奇家系図」とする記事で被害者の河野義行の家系図を掲載した。翌年のオウム真理教事件の捜査で疑いは晴れたが、河野は多くのメディアが犯人扱いをした中で『週刊新潮』に対してのみ告訴を検討。謝罪文掲載の約束により告訴を取り下げたが、約束は守られていないため、事実上は未だ謝罪していない。
  • 1996年、「沈黙を破った北海道元婦人部幹部『私は池田大作にレイプされた』」として、創価学会の元女性信者の手記を掲載。その後、週刊新潮記者の助言を受けて民事で池田らを訴え、裁判報道の体裁をとってこの疑惑を35回にわたって報じ。この記事は1997年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」に選ばれた。しかし、2001年6月26日、最高裁判所は女性の訴えを「訴訟に名を借りた悪質な狂言騒動」と断定し、「訴権の濫用」として女性の訴えを却下した一審・二審を支持する判決を下した[2]
  • 1996年、「エイズ薬害で『ミドリ十字』の殺人被疑者たち」(3月7日号)、「元凶は血友病の権威」(3月21日号)、「大量殺人の被疑者たち」(4月21日号),「血友病の大権威『安部英』がエイズ薬害で得た利益」(4月25日号)などの見出しで、安部英・元帝京大副学長を批判し、安部が3000万円の損害賠償などを求めて民事提訴する。東京地裁は新潮社に300万円の支払いを命じ、東京高裁も一審判決を支持した。2005年6月16日、最高裁が一、二審判決を支持して新潮側の敗訴が確定した。
  • 1996年4月18日号の「秋篠宮殿下度重なるタイ訪問に流言蜚語」と題する記事で、「秋篠宮が宮中晩餐会を欠席してまでタイを頻繁に訪問しているのは現地に親しい女性がいるから」と報道、6月20日号では秋篠宮夫妻の不仲説を報道した。これに対し宮内庁が抗議、宮内庁と『週刊新潮』との間で応酬が続いた。最終的には秋篠宮が11月30日の誕生日の記者会見で「火のないところに煙がたった」と報道が誤報であると主張し、沈静化した。
  • 1997年11月16日号で、「特集『ニセ』水俣病患者 260万円賠償までの40年」として水俣病の未認定患者への救済策を批判した。これに対して、水俣病患者平和会など6団体が抗議文を送った[3]
  • 2002年9月19日号で、『開運なんでも鑑定団』(テレビ東京)の番組制作会社ネクサスが、ロシア美術品を鑑定した際に裏金をもらったとする記事で、同社から提訴された。2006年3月27日、最高裁判所は賠償金550万円の支払いと同誌への謝罪広告の掲載を命じた一審・二審を支持する判決を下し、新潮側は敗訴した。
  • 2003年2月20日号で、「インターネットから『盗用』していた朝日の看板コラム」とする記事を掲載。朝日新聞社が事実無根として提訴する。一審では新潮に150万円の賠償命令、二審で500万円の賠償命令が出る。2005年6月24日、最高裁が新潮社の上告を受理せず、敗訴が確定した。
  • 2003年7月10日号で、「『福岡一家惨殺事件』乱れ飛ぶ『極秘捜査情報』の真贋」として福岡一家4人殺害事件で、被害者の家族及び親族を犯人扱いする記事を掲載し、被害者親族から2200万円の賠償請求訴訟を起こされる。2005年8月、東京地方裁判所は「捜査当局から嫌疑をかけられた証拠はなく、真実と信じた相当な理由もない」として賠償金330万円の支払いを命じる。2006年2月28日、東京高等裁判所は、「精神的疲労が重なったところを一層苦境に追いやった。経営している会社が取引を拒まれるなど被害は大きい」として賠償額を770万円に倍増させる異例の判決を出す。同年8月30日、最高裁判所は『週刊新潮』側の上告を棄却し、新潮の敗訴が確定した。
  • 2003年8月6日号で、「(芸能座談会)今だから話せる芸能人10大カップル『離婚の真相』」として、元女優の平田友里恵と歌手の郷ひろみの名誉を毀損したとして、平田が3300万円の損害賠償と謝罪広告を求めて訴える。2005年5月15日、東京地裁は「記事は原告の社会的評価を低下させ、名誉を傷つけ、公共の利害に関する事実に当たらない」として165万円の支払いを命じた。
  • 2003年10月23日号で、『八王子スーパーで3人射殺と報じられた強盗犯の恐るべき正体』とする記事を掲載。記事で犯人扱いされた男性から名誉毀損で訴えられる。2007年7月28日、大阪地裁は「真実と信じる相当な理由がない」「原告が八王子事件の犯人だと印象を与え、名誉を棄損した。『殺人鬼』という表現は公正な論評の域を逸脱している」として80万円の賠償を命じた。2008年1月31日、大阪高裁は「虚偽の事実を示し、冷酷な殺人者であるとの強烈な印象を与えた」として賠償金額を150万円に増額し、訂正広告の掲載を命じた。
  • 2003年年11月27日号で、「パチンコ業者から『平沢勝栄』代議士に渡った『4000万円』」(ジャーナリスト上杉隆)との記事を掲載。自民党の平沢勝栄衆院議員が1億円の損害賠償請求訴訟を起こす。一審では平沢の請求が棄却されたが、二審では「記事の核心部分が真実であるとの証明ができたとはいえない」として300万円の支払いを命じ、2005年7月10日、最高裁で新潮社の上告を棄却し、新潮側の敗訴が確定した。
  • 2004年年3月11日号で、「『毎日社長拉致』で新聞が書けなかった『社内抗争』と『ホモ写真』」(ノンフィクションライター森功)との記事を掲載。これに対し、毎日新聞と斎藤明社長が「事実に反しており、全くの虚偽」と厳重抗議し、4900万円の損害賠償請求訴訟を起こす。2006年1月18日の地裁判決では毎日新聞側の請求が棄却されたが、2006年10月18日の高裁判決では新潮に100万円の賠償を命じ、2008年2月1日、最高裁で100万円の賠償命令が出て新潮の名誉毀損が確定した。
  • 2004年5月20日号で、「首相秘書官の『謀略リーク』に敗れた『福田』」として、週刊文春に福田康夫元官房長官の年金未納情報をリークしたのが飯島勲首相秘書官と報じ、飯島が1100万円の損害賠償と謝罪文を求めて提訴する。一審で「論評の前提となる事実が、重要な部分で真実とは認められず、真実と信じた相当の理由もない」として330万円の賠償を命じた。二審も新潮社の控訴が棄却された。
  • 2005年2月17日号から7月14日号まで、5回にわたって元横綱の貴乃花親方の八百長や遺産相続に絡む疑惑を掲載(執筆:ノンフィクションライター森功)した。これについて貴乃花夫妻が3750万円の損害賠償を求めて訴える。2009年2月4日、東京地裁は「真実ではない」として375万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じる。この判決は、「法的知識や裏付け取材の在り方の意識が不十分で、名誉棄損を引き起こしたのは社内に有効な対策がないことが原因」として新潮社の佐藤隆信社長へも賠償を求める異例の内容だった[4]
  • 2005年10月27日号の特集「史上最凶『リンチ殺人』で死刑判決なのに新聞が載せない元少年3人の『実名と顔写真』」で、少年法第61条に反し、大阪・木曽川・長良川事件の被告人3人(事件当時未成年)の実名と顔写真を掲載し、愛知県弁護士会から抗議を受けた[5]
  • 2006年1月4・11日号に掲載された「東京都内の小学校で大川総裁の息子がいじめに遭ったことについて、教団関係者が抗議ビラを配布し、教員や保護者らがおびえている」[6]との記事が虚偽であるとして幸福の科学が損害賠償と謝罪広告を求めて提訴。担当デスクと担当記者の被告本人尋問において、反対尋問により、裏付け取材など何もなかった虚偽の記事とのことがあらわになった。2008年10月1日、東京地裁は「教団関係者が集団抗議をしたことは事実だが、それで保護者らがおびえていたとは認められない」[6]「記事の内容が真実と信ずる相当の理由があったとも認められない」として名誉毀損を認め、新潮社に200万円の損害賠償を命じた。新潮は控訴したが、判決期日直前の2009年1月28日に控訴を取り下げて利息付で損害賠償金を原告側に支払い、一審東京地裁の幸福の科学勝訴判決が確定した。幸福の科学はこれを新潮社が「法廷での戦いから〝遁走″」したとしている。[7]
  • 2006年9月7日号で、「水面下で捜査が進む『楽天』三木谷社長のXデー」の記事を掲載。発売日(8月31日)の前日午後から楽天の株価が急落しストップ安となった。楽天楽天証券は「事情聴取などは事実無根」として謝罪広告の掲載と計12億6891万円の損害賠償を求める訴訟を起こす。巨額の賠償額は株価が急落したため。2009年1月26日、東京地裁は「取材結果は伝聞、真実と信じる相当な理由が認められない」として、新潮社と記者らに計990万円の支払いを命じた。2009年2月9日、楽天は「賠償額が少ない」などとして東京高裁に控訴した[8]
  • 2006年5月4/11日号の巻頭グラビアに、筑紫哲也夫妻が紳士服売り場で買い物する姿を盗撮し、「あれれ?これって『カカア天下』って言うんですよね?」とキャプションをつけて掲載し、夫人からプライバシー侵害で提訴される。2007年5月23日、東京地裁は「原告のプライバシー権及び肖像権を侵害した」として、新潮社に150万円の賠償を命令した。
  • 2006年7月13日号と2007年2月1日号で、「ルーシー・ブラックマンを殺害した」報じられた男性から3000万円の損害賠償訴訟を起こされる。一審は男性の請求を棄却し、二審は新潮社に20万円の支払いを命じる。2008年10月23日、最高裁で新潮側の敗訴が確定した。
  • 2006年11月9月号で、彦根市市長獅山向洋が市職員による飲酒運転に対し報告義務は不利益な供述の強要禁止に違反すると述べたのに対し「バカ市長」と批判した。獅山が2200万円の慰謝料と謝罪文掲載を求める民事訴訟を起こす。2007年7月19日、大津地裁は「記事の表現は行き過ぎの面はあるが、逸脱した内容ではない」として獅山の訴えを退けた。同年12月26日、二審の大阪高裁は「全人格自体を否定したととれる内容で名誉棄損にあたる」として、新潮社に22万円の支払いを命じた。2008年7月15日、最高裁は新潮社の上告を棄却し、二審判決で決定した。
  • 2007年9月27日号で、「やはり『密室』で総理を決めた『新5人組』の暗躍」として、野中広務・元自民党幹事長らが総理を決めたかに報じたことについて、野中が5500万円の損害賠償請求訴訟を起こす。2009年1月30日、東京地裁は、「取材源のほとんどが不明で、政治評論家から抽象的な話を聞いたにすぎない」として、新潮社に110万円の賠償を命じた[9]
  • 2007年11月8日号で、「秋田経法大を乗っ取った『創価学会』弁護士の『伝書鳩スパイ網』恐怖政治」とする記事を掲載。同大と理事長が1億5000万円の損害賠償請求訴訟を起こす。2009年3月30日、東京地裁は「噂の真実性を立証しなければ賠償責任を負う」「対象人物への取材すら行われていない」「真実と信じる相当な理由もない」などとして、新潮社側に600万円の支払いを命じた[10]
  • 2007年11月29日号に、「藤本美貴が元カレにせびる法外な慰謝料」とする記事を掲載、この記事を事実無根とした藤本美貴及び兄は、東京地裁に損害賠償を求める訴訟を起こした。2009年8月28日、東京地裁は、同記事が真実であることを否定し、新潮社に400万円の支払いを命じている。[11]
  • 2008年2月22日、東京地裁は、「『治外法権』が売り物の『危ないカジノ』サンマリノ文化交流会館」(2007年1月25日号)について、在日サンマリノ大使館の名誉毀損の訴えを認め300万円の賠償命令を出す。
  • 2008年5月15日、時津風部屋の力士暴行死事件の加害者として無関係の力士の写真を掲載した。翌日、相撲協会に直接謝罪し、次号に謝罪広告を掲載した[12]
  • 2008年6月12日号で、「ネットで『神』と崇められる『アキバ通り魔』」として、秋葉原通り魔事件の犯人が2ちゃんねるで礼賛されているとの記事を掲載する。しかし、2ちゃねるの書き込みは単なるネタ(作り話や悪ふざけ)であり、「ジャーナリストが釣られてどうする」「ネタにマジレスカッコワルイ」などと逆に新潮の報道に呆れる反応が相次いだ[13]
  • 2009年2月5日号で、「『かんぽの宿』109億円オリックスに『400億円』で負けた」として、日本リライアンスの島崎秀雄社長のインタビューを掲載し、日本郵政のかんぽの宿売却について疑惑を投げかけた。ところが週刊文春に「400億円入札企業の純利益は62万円也」[14]として、そもそも日本リライアンスに買収能力が無かったと指摘される。
  • 2009年3月12日号で、「市長夫妻に裏金要求を告発された山岡賢次国対委員長」として、民主党の衆議院議員・山岡賢次が、地元の市長に給与の肩代わりを要求したと報じた。3月12日、村岡は「記事はすべて事実無根」「市長選に対立候補を立てる民主党への悪質な選挙妨害」として、1000万円の損害賠償と謝罪広告を求めて東京地裁に提訴し、17日に東京地検に告訴した[15]
  • 2009年6月24日、「中国報道官が『007の小説』と小馬鹿にした朝日新聞『金正雲・胡錦濤会談』大虚報のケジメの付け方」(2009年7月2日号)で、朝日新聞の記事が誤報であると報じたことについて、「信用を著しく毀損した」として、朝日新聞社が抗議文を送り、謝罪と訂正を求めた[16]
  • 2009年6月25日、吉本興業の株主総会で、社長の個人口座に現金が振り込まれたなどと報じた記事について、警告書を送ったことを明らかにした[17]
  • 2009年7月8日、「『新聞業界』最大のタブー『押し紙』を斬る!」(2009年6月11号)の「公称部数約1000万部の30~40%が読者に販売されていない」「読売新聞は年間約360億円の不正な販売収入を上げている」などとする指摘について、読売新聞は「いずれも事実ではない」として5500万円の損害賠償や謝罪広告を求めて東京地裁に提訴した[18]

朝日新聞阪神支局襲撃犯の告白記事

2009年2月5日号(1月29日発売)から四回にわたって、「実名告白手記 私は朝日新聞阪神支局を襲撃した!」とするタイトルで赤報隊事件の実行犯を名乗る男性の手記を掲載した。しかし発売日の「朝日新聞」夕刊で、「事件の客観的事実と明らかに異なる点が多数ある」と批判され[19]、他誌の記者からも「ガセ(偽)報道」と指摘される[20]。翌週以降も連載を続けたが、ライバル誌から「朝日が相手にしなかった『週刊新潮』実名告白者」[21]、「週刊新潮『実名告白者』の正体」[22]などと、島村の元妻の証言を掲載して新潮の報道内容の真実性に疑問を呈される。この記事で襲撃を依頼したとされる駐日米国大使館も「ばかげた記事であり、真剣にコメントをするに値しません」とする[23]

連載終了後の2009年2月23日、朝日新聞は朝刊で一ページ全面を使って「週刊新潮『本社襲撃犯』手記 『真実性なし』本社判断」とする検証記事を掲載した。生存者の証言から「犯人は目出し帽で顔を隠していた」「緑色の手帳を持ち帰ってない」「犯人は〝5分動くな〟と言ってない」とし、「『二連式で7連発のレミントン製の散弾銃は存在しない』など数多くの客観的事実との相違を指摘し、「連載を読み進めるうち、『いい加減にしてほしい』と怒りがこみ上げてきた」「事実と明らかに異なり、創作としか思えない話が延々と続く」「『虚報』の責任は証言者だけではなく、新潮社も負わなければならない」と、極めて厳しい非難を浴びせかけた。

また、「襲撃を指示した」と名指しされた元米国大使館職員の男性は、「告白者」の島村から過去に金を騙し取られた上、記事の開始前に呼び出されて無断で顔写真などを隠し撮りされて掲載されたとし、取材にも明確に否定したにも関わらず、「極めて愚劣な記事を公表した」として新潮社を訪れて謝罪と訂正を求めた[24]。新潮側は編集長名の文書で「男性の記述には十分な配慮をした。本人と特定されないよう仮名にし、写真にはモザイクをかけた」と説明したが、記事の真偽については言及せず謝罪も訂正もしなかった[25]。この元男性職員は、島村が「都内で朝日襲撃を依頼された」とした1986~87年は「在福岡米国領事館勤務で都内にはいなかった」「米国大使館で働いていた数年前、島村の電話を初めて受けて借金を申し込まれ3万円を振り込んだだけで、2009年1月、金を返すと言われて会うまで面会してない」「私への取材のうち島村氏の主張に沿わない部分は掲載されていない。週刊新潮には法的措置も考える」と主張している[26]

さらに他の新聞各紙も、一斉に新潮の報道内容を非難した[27][28]。元週刊現代編集長の元木昌彦は、「連載を読む限り、新潮がどれだけ裏付けをとったのか見えない」「出ている材料は状況証拠ともいえないものばかり」と批判し、新潮が掲載した朝日の検証記事に対する反論[29]についても「朝日の言葉の揚げ足とりで終始している」と断じた[30]また、記事で「赤報隊の犯行声明文を書いた」として新右翼活動家の故・野村秋介を名指ししたが、野村の筆頭門下生で右翼団体「大悲会」を継承した蜷川正大は自身のブログで「虚報」「ヨタ記事」「新潮を支持したり、記事を肯定するマスコミやマスコミ人が誰一人としていない」と切って捨て、「新潮に反撃する」と明言した[31]

3月12日、朝日新聞は、新潮の連載記事が事件の「真相解明の妨げになり、遺族の心情を踏みにじり、社員の名誉を傷つけた」とし、疑問点や裏付け取材の有無などについて、編集長の早川清と新潮社社長の佐藤隆信に質問書と誠意ある回答を求める書簡を送付した[32]。3月17日、週刊新潮編集長が早川清から酒井逸史に交代(4月20日付)することが判明。しかし、一連の朝日襲撃犯問題とは無関係で取締役も退任しないとしている[33]。3月19日、新潮社は一連の報道を「誤報」と事実上認め、元大使館員の男性に金銭を支払うことで和解したが、一切の事実の公表を拒否し[34]、記事の内容についても「訂正や謝罪記事も出すことはない」としたため、「雑誌ジャーナリズム全体の信用が揺らぎかねない」と批判された[35]

3月24日、新潮社は朝日新聞の10項目にわたる質問書に早川清編集長名で「小誌の見解はすでに誌面に掲載しております」とだけ記した回答書を返す。朝日の質問書では、「警察が発表済みの凶器の情報と同内容を『秘密の暴露』としたこと」「現場から持ち出したという手帳を新潮は確認したか」「『一本は切ってあった』とした爆弾のコードは、警察の鑑定では切られていなかったこと」などについて見解を求めていた。朝日側は「到底納得できない」として再質問書を出す方針[36]。4月1日、朝日新聞は朝刊に「虚報を放置するわけにはいかない」とする1頁全面記事を掲載し、新潮記事を批判・検証し、新潮に送った11の質問項目と回答を記載した上、「訂正、謝罪すべき」と主張した[37]

4月7日、新潮社は実行犯を自称した島村が「不可解な発言をしている」と発表し、16日発売号(4月23日号)に報道にいたった経緯を掲載するとした[38][39]。4月9日、島村が、一転して「自分は実行犯ではない」とする主張が新聞各紙に報じられる。内容は、「記事は嘘」「新潮記者に『この通りに答えてください』と紙を渡された」「記事を見て怒り、記者のほおをはたいた」「言ってないことを勝手に書かれて引っ込みがつかなくなった」「謝礼として90万円をもらった」などである[40][41]

4月16日、編集長の早川清の執筆で「『週刊新潮』はこうして『ニセ実行犯』に騙された」(4月23日号)と題する10頁のトップ記事を掲載して誤報を認めた。しかし「騙された」というタイトルや、「捏造とは別次元の問題」「報道機関が誤報から100%免れることは不可能」「週刊誌の使命は、真偽がはっきりしない『事象』や『疑惑』に踏み込んで報道すること」などと記述されていため、翌16日の新聞各社の社説で、「編集長が強調したのは『騙された』という被害者の立場」(朝日)「被害者と言わんばかりの内容では、到底、検証記事とは言えまい」(読売)、「弁解とも居直りとも受け取れる表現があり、本当に反省しているのか疑問」(産経)と厳しく批判される。4月23日、新潮社は襲撃事件の被害者の遺族に文書で謝罪した。5月1日付で、佐藤社長と早川編集長(当時)を20%、他の取締役7人を10%、三ヶ月間減俸処分した。しかし、外部委員会などによる誤報の検証は行わないと明言している。

ノンフィクション作家の佐野眞一は、「新潮は社会的な責任を全く果たしていない」「虚報の責任という意味では新潮が『実行犯』」「いずれ休刊、廃刊もあり得る」などと、厳しく批判した。[42]

その他

公明党も週刊新潮を敵視しており、2000年3月13日東京都大田区議会で、公明党の田口仁議員は『週刊新潮』『週刊文春』『文藝春秋』(月刊)の3誌を区内の図書館から排除するよう要求した。同年夏には東京中央区でも公明党所属の区議による同様の動きがあった事が分かっている。いずれも、公明党や創価学会に批判的な雑誌である。また、創価学会は機関紙の『聖教新聞』や系列誌の『』などを使い、定期的に新潮社に「クズメディア」や「デマ雑誌を追放しろ」などと批判している。

読み物

出版社系の週刊誌の特性をいかし、連載小説を重視。「読み切り」という形で連載された柴田錬三郎の「眠狂四郎無頼控」は圧倒的な人気を得、五味康祐の「柳生武芸帳」とともに剣豪ブームを牽引した。また山口瞳のエッセイ「男性自身」(1963年 - 1995年)は看板作品として長期連載となった。現在、連載小説は他誌よりも1作品多い3作品を併載している。

主な連載小説

  • 柳生武芸帳(五味康祐作、1956年2月19日号 - 1958年12月22日号)
  • 眠狂四郎無頼控柴田錬三郎作、1956年5月8日号 - 1958年3月31日号)
  • ぼんち(山崎豊子作、1959年1月5日号 - 1959年12月14日号)
  • わるいやつら松本清張作、1960年1月11日号 - 1961年6月5日号)
  • けものみち(松本清張作、1962年1月8日号 - 1963年12月30日号)
  • 悲しき戦記(伊藤桂一作、1962年9月17日号 - 1963年11月25日号)
  • 女徳(瀬戸内晴美作、1962年10月29日号 - 1963年11月25日号)
  • ながい坂(山本周五郎作、1964年6月29日号 - 1966年1月8日号)
  • ゆっくり雨太郎捕物控(多岐川恭作、1967年9月9日号 - 1968年7月6日号)
  • 芝桜(有吉佐和子作、1969年1月4日号 - 1970年4月4日号)
  • 城塞(司馬遼太郎作、1969年7月12日号 - 1971年10月23日号)
  • 華麗なる一族(山崎豊子作、1970年3月21日号 - 1972年10月21日号)
  • おとこの秘図(池波正太郎作、1976年1月1日号 - 1978年8月31日号)
  • 別れぬ理由(渡辺淳一作、1986年2月13日号 - 1987年3月5日号)
  • 沈まぬ太陽(山崎豊子作、1995年1月5日号 - 1999年4月29日号)
  • アッコちゃんの時代(林真理子作、2004年9月30日号 - 2005年5月19日号)

コマーシャル

長年、発売日前後に子供の声で「週刊新潮は明日(本日)発売です」「週刊新潮はただいま発売中です」というテレビコマーシャルをしていた。表紙の谷内六郎の童画風の絵と童謡「赤とんぼ」や「村まつり」の曲とナレーションは、パロディーが生まれるほど定着した。ラジオでも同じナレーションのCMが放送されている。

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 2004年イラク日本人人質事件の際、2ちゃんねるの内容を基に人質を非難(『「人質報道」に隠された「本当の話」 「官邸」にまで達していた「自作自演」情報』2004年4月22日号)。その他『「2ちゃんねらー」に嗤われた「鳥越俊太郎」編集長 』(2006年9月28日号記事)など。
  2. ^ 裁判所が訴権の濫用として訴えそのものを退けるのは100万件に1件という異例の措置であり、棄却ではなく却下であるため、原告の不当な企てを断罪する裁判所の強い意思が示される。この訴訟の全貌は、当該法律家らが著した『判決 訴権の濫用』(日本評論社)に詳しい。
  3. ^ 水俣病患者連合の活動(申入書)(財団法人水俣病センター相思社)
  4. ^ 貴乃花親方・名誉棄損訴訟:新潮社社長にも責任 「対策講じてない」--東京地裁判決(毎日新聞 2009年2月5日 東京朝刊)
  5. ^ 「週刊新潮」の実名報道に対する会長声明 愛知県弁護士会
  6. ^ a b “「幸福の科学」名誉棄損訴訟 新潮社に賠償命令/東京地裁”. 読売新聞東京朝刊 (読売新聞社): p. 33. (2008-10-02) 
  7. ^ 週刊新潮訴訟(幸福の科学 法務室)
  8. ^ 「週刊新潮」による名誉毀損報道に関する東京高裁への控訴について ニュースリリース 楽天株式会社/楽天証券株式会社 2009年2月9日
  9. ^ 野中広務氏が新潮社に勝訴 名誉棄損で110万円命令(2009/01/30 19:43 共同通信)
  10. ^ 新潮社に600万円支払い命令 旧秋田経法大巡る報道で 2009年3月30日18時0分(asahi.com)
  11. ^ 藤本美貴さんと兄の記事、週刊新潮側に賠償命令 8月28日19時46分(yomiuri on line)
  12. ^ 週刊新潮が謝罪 時津風部屋力士の写真誤報で(2008/05/16 19:36 共同通信)
  13. ^ 週刊新潮「秋葉原事件容疑者礼賛」の2ちゃんねる批判 2009年6月21日11時24分(アメーバニュース)
  14. ^ 週刊文春 2009年2月19日号
  15. ^ 民主・山岡氏が新潮社提訴 週刊誌記事で名誉棄損(2009/03/16 21:36 共同通信)
  16. ^ 正雲氏訪中記事めぐり、週刊新潮に朝日新聞社抗議asahi.com 2009年6月25日7時4分
  17. ^ サンケイスポーツ 2009.6.26
  18. ^ 読売新聞が新潮社を提訴 発行部数水増し報道めぐり 産経ニュース(2009.7.8 18:06)
  19. ^ 本社阪神支局事件 実行犯を名乗る男、週刊新潮に手記 (2009年1月29日 asahi.com)
  20. ^ 発売前にガセといわれている!「私は朝日新聞阪神支局を襲撃した」(現役雑誌記者によるブログ日記 2009年01月28日)
  21. ^ 週刊文春 2009年2月12日号
  22. ^ 週刊文春 2009年2月19日号
  23. ^ 殺害依頼は「米大使館職員」 新潮記事に報道官「ばかげてる」2009.2.5 (J-cast)
  24. ^ 新潮社に虚偽と抗議 「本社襲撃」手記で元米大使館員2009.2.23 (asahi.net)
  25. ^ 新潮、元大使館職員に謝罪・訂正せず 朝日襲撃手記問題2009.2.28 (asahi.com)
  26. ^ 週刊新潮「朝日襲撃犯」手記、「指示役」男性が関与を否定2009.2.26 (YOMIURI ONLINE)
  27. ^ 「新潮社に説明責任」…阪神支局襲撃報道で識者 2009.2.24(YOMIURI ONLINE)
  28. ^ 週刊新潮は「孤立無援」「朝日襲撃犯」手記に新聞各社猛反論 2009.2.24(J-cast)
  29. ^ 週刊新潮 2009年3月5日号
  30. ^ 新潮VS朝日「襲撃犯告白」バトル 「これで終わり」じゃ納得できない2009.2.26 (J-cast)
  31. ^ さあ「週刊新潮」への反撃が始まった20009.2.24白雲去来 蜷川正大の日々是口実
  32. ^ 「週刊新潮」に本社が質問書 「告白手記」記事巡り2009.3.12 (asahi.com)
  33. ^ 「週刊新潮」編集長交代へ「若返り図るため」2009.3.18 (asahi.com)
  34. ^新潮、抗議男性と金銭和解――朝日新聞襲撃手記 誤報 事実上認める」」『朝日新聞』2009年3月20日付朝刊、第13版、第39面
  35. ^ 朝日新聞襲撃手記:新潮社、抗議男性と和解 訂正謝罪なし2009.3.20(毎日新聞)
  36. ^新潮社、本社質問に具体的な回答せず 「告白手記」問題2009.3.24 (asahi.com)
  37. ^ 朝日が週刊新潮に謝罪求める 阪神支局襲撃事件連載で
  38. ^ 週刊新潮、誤報認める…朝日支局襲撃「島村氏、手記を否定」 2009.4.8 03時27分 YOMIURI ONLINE
  39. ^ 自称襲撃犯が手記否定発言か 新潮社、朝日新聞社に書面 2009年4月8日3時2分 asahi.com
  40. ^ 朝日支局襲撃事件:週刊新潮手記を否定 島村氏と一問一答 2009.4.9 2時30分 毎日jp
  41. ^ 新潮、襲撃手記に90万円 証言者「記事はうそ」と主張 2009.4.9 3時2分 asahi.com
  42. ^ 「世界」2009年5月号

参考文献

  • 谷内六郎・谷内達子・橋本治・芸術新潮編集部共著 『谷内六郎 昭和の想い出』 新潮社、2005年。ISBN 4106021315
  • 高橋吾郎『週刊誌風雲録』文藝春秋 2006年

関連項目

外部リンク