下村博文

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日本の旗 日本の政治家
下村 博文
しもむら はくぶん
Hirofumi Shimomura cropped 2 Hirofumi Shimomura and Ernest Moniz 20131031.jpg
生年月日 1954年5月23日(60歳)
出生地 群馬県高崎市(旧群馬郡倉渕村
出身校 早稲田大学教育学部
前職 学習塾経営者
所属政党 新自由クラブ→)
無所属→)
自由民主党町村派
称号 教育学士(早稲田大学 1979年)
公式サイト 下村博文公式WEB

内閣 第2次安倍内閣
任期 2012年12月26日 - 現職
議員会館 衆議院第2議員会館622号室

選挙区 東京11区
当選回数 6回
任期 1996年 - 現職

選挙区 板橋区選挙区
当選回数 2回
任期 1989年 - 1996年
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下村 博文(しもむら はくぶん、本名の読みは「ひろふみ」[1]1954年5月23日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)、文部科学大臣第18代)。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

群馬県高崎市(旧倉渕村)出身。内閣官房副長官文部科学大臣政務官法務大臣政務官などを歴任。自由民主党では副幹事長、国会対策副委員長、広報局次長、新聞局次長、議院運営委員会理事などを歴任。あしなが育英会の元副会長。

1963年、小学3年生の時に父親が飲酒運転違反の単独事故で死去[2]。その後、母がパートをして3人の子供を育てる[3]交通遺児育英会の交通遺児奨学生第1期生となり、群馬県立高崎高校に進む。早稲田大学教育学部に入学後、早稲田大学雄弁会に所属した。4年生の時、友人らと共に小学生対象の学習塾「博文館」を開設[4]

地方政界にて[編集]

1985年東京都議会議員選挙板橋区新自由クラブから出馬、落選。4年後の1989年東京都議会議員選挙民社党社民連進歩党推薦の無所属候補として初当選。1993年東京都議会議員選挙に自民党から出馬、当選(2期目)。

国政にて[編集]

1996年第41回衆議院議員総選挙に自民党から出馬し、初当選。以降6期連続当選。

当選後は清和政策研究会へ入会。同年、自民党青年局長安倍晋三の下で同次長。2000年第42回衆議院議員総選挙に自民党から出馬し、再選。自民党「明日を創る会」のメンバー。2002年衆議院議事進行係に就任。自民党の文部科学部会副部会長。2003年、法務大臣政務官に就任。刑務所、少年院、教護院などの視察、教育に関するセミナーの開催などを行った[要出典]

2005年、文部科学大臣政務官に就任。未来を見据えた教育のあり方、法整備に関する官民学の勉強会を立ち上げる[要出典]。その後、自民党副幹事長に就任。皇室典範改正に対しては、慎重な姿勢を見せている[要出典]2006年8月29日、日本政策研究センターのシンポジウムで、「いわゆる“自虐史観に基づいた歴史教科書”も官邸のチェックで改めさせる」との意向を表明した[要出典]。同年9月26日安倍内閣内閣官房副長官に就任。幼保一元化を推進するための制度改革に着手[要出典]福田康夫内閣では「留学生三十万人計画」の委員会委員長。

2009年第45回衆議院議員選挙に自民党から出馬し、新党日本新人の有田芳生を約3500票差の僅差で破り、5選。東京都選出で下村以外に小選挙区で当選したのは石原伸晃平沢勝栄井上信治の3人のみ。2012年、安倍自民党総裁のもと、教育再生実行本部が設立され教育再生実行本部長就任。教育システム・大学入試・教育委員会制度・教科書検定などの抜本的な改革案の中間報告を取りまとめた[要出典]。同年12月発足の第2次安倍内閣文部科学大臣兼教育再生担当大臣として初入閣。2013年9月、第32回夏季オリンピック東京大会並びに第16回夏季パラリンピック東京大会開催が決定したことを受け、同年9月13日付で、国務大臣としての所管事項として「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の円滑な準備に資するため行政各部の所管する事務の調整」[5]を担当することとなり、新設される五輪担当相を兼任することとなった[6]

政策・主張[編集]

歴史認識[編集]

その他[編集]

  • 違法ダウンロード刑事罰化・著作権法改正案を担当。公明党と共に提出、成立に尽力した[10][11]
  • 日本のTPP参加には賛成の立場を取る[12]
  • 日本の核武装については、今後の国際情勢によっては検討すべきとしている[12]
  • 2002年には例外的に夫婦の別姓を実現させる会に賛同していたが、現在は、「夫婦別姓というのは結果的に家族崩壊に繋がる」などとして、選択的夫婦別姓には反対している[13][14]
  • 2007年 安倍首相(当時)の初訪米の時、当時から懸念されていた米国における日本のプレゼンスの確保、増大、日米関係を支えるアメリカ側の人材育成という重要課題に取り組むために、官房副長官として官民学一体の会合をブレアハウスで開き、アメリカでの日本語教育、留学生支援を後押しした[15]
  • 手かざし」で知られる崇教真光において講演活動[16]の他、同宗教団体の52周年秋季大祭において来賓挨拶[17]、月並祭への参加[18]など、同宗教団体に関わる活動を行っている。
  • 親学」とよばれる教育論を推進している[19]
  • 週刊金曜日日刊ゲンダイは、下村が官僚の反対を押し切って、一般社団法人日本青少年育成協会の特別顧問で政治献金も受けている旧知の中堅学習塾の代表佐々木喜一を、文部科学省教育再生実行会議に追加選任し批判されたと報じたが[20][21]官僚に嵌められたという見方もあり[要出典]真相は明らかになっていない。
  • 2014年、STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)をめぐる問題で、不正を行った小保方晴子を検証実験に加えさせることに意義はあるとした[22]

人物像[編集]

  • 早稲田大学雄弁会で幹事長を務めた経験などから、政治家を志すようになった[23]
  • 理美容室経営者の団体「SPC JAPAN」の大会で「日本アルベルト・シュヴァイツァー顕彰協会」から2011年に「アルベルト・シュヴァイツァー賞」を受賞した。この時の、複合微生物(EM)を用いたEM技術が放射能対策になるという比嘉照夫の講演が興味深かったとブログで述べている[24][25]
  • 自身のブログ(2012年6月23日)において、阿部宣男板橋区ホタル生態環境館館長)が主張する「ナノ純銀粒子による放射性物質の低減」について述べている[26][25]
  • 自称予言者のジュセリーノ・ダ・ルースが2007年に訪日した際、会見し、そのメッセージが重要である、と述べた[27]。下村はジュセリーノの予言について「ほとんど90%当たっている」と述べている[25]
  • 細川珠生は著書[28]の中で、下村を、“日本を変える次世代リーダー10人”に選んだ。
  • 小泉内閣で始まった構造改革特区では、不登校やLD児などの全国のNPO法人の代表に働きかけ、アメリカのチャータースクールのような学校の設立を教育特区で行うための勉強会を、官民NPO団体共同で開催した[29]
  • 2013年8月21日、松江市教育委員会が市立小中学校において「はだしのゲン」の閲覧制限を行い批判を受けた件について、下村は、「子供の発達段階に応じた配慮は必要で、法的にも問題はない」と述べ、擁護した[30]。また「教育長が行った要請は適法であった、適切なものであったと理解しております」とも述べた[31]
  • 手かざし」で知られる崇教真光において、52周年秋季大祭の来賓挨拶[32]をしたり、講演[33]をした。

主な所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

共著など[編集]

論文[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院議員 下村博文公式ウェブサイト:- 歴史教科書と日本人 - より
  2. ^ 9歳の時 父親が亡くなって 教育再生。日本再生。(下村博文公式WEB)
  3. ^ 細川珠生『未来を託す男たち』(ぶんか社[要ページ番号]
  4. ^ 大学時代から学習塾を経営 本人プロフィール
  5. ^ 「人事異動」『官報』6138号、国立印刷局2013年9月26日、8面。
  6. ^ 20年夏季五輪:東京決定 五輪担当相新設、下村文科相任命 毎日新聞 2013年9月13日閲覧。
  7. ^ a b c “近隣諸国条項は自虐史教育 下村文科政務官が批判”. 共同通信社. 47NEWS. (2005年3月6日). http://www.47news.jp/CN/200503/CN2005030601003534.html 2013年4月22日閲覧。 
  8. ^ “河野談話は再調査必要 従軍慰安婦めぐり下村氏”. 共同通信社. 47NEWS. (2006年10月25日). http://www.47news.jp/CN/200610/CN2006102501000694.html 2012年9月20日閲覧。 
  9. ^ “「日本軍関与せず」と表明 下村氏、慰安婦問題で”. 共同通信社. 47NEWS. (2007年3月26日). http://www.47news.jp/CN/200703/CN2007032601000464.html 2013年5月22日閲覧。 
  10. ^ “DVDリッピング違法化+私的違法ダウンロード刑罰化法案、衆議院で可決”. INTERNET Watch (Impress Watch). (2012年6月15日). http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20120615_540420.html 2013年4月22日閲覧。 
  11. ^ 違法ダウンロードと杉良太郎さん
  12. ^ a b “2012衆院選 東京11区 下村博文”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A13011001001 2013年5月30日閲覧。 
  13. ^ 自身のブログ
  14. ^ 清和政策研究会フォーラム 2010年5月13日
  15. ^ 「オバマのアメリカ・どうする日本」三和書房[要ページ番号]
  16. ^ 下村博文公式ホームページ
  17. ^ http://hakubun.jp/2011/11/%E9%AB%98%E5%B1%B1%E3%81%A7%E3%81%AE%E6%8C%A8%E6%8B%B6/ 下村博文公式ホームページ]
  18. ^ 本人ブログ
  19. ^ 本人のブログ
  20. ^ 教育再生実行会議メンバーからの献金も――塾業界と癒着する下村大臣 - 週刊金曜日ニュース(2013年2月8日号)。
  21. ^  許されるのか! 下村文科相がスポンサーの塾経営者を「教育再生会議」委員にゴリ押し - gendai.net(2013年1月16日7:00)
  22. ^ STAP論文検証「意義がある」 下村文科相、凍結論に反論 産経新聞 2014年7月8日
  23. ^ 下村博文 第2次安倍内閣閣僚名簿”. 首相官邸. 2014年8月18日閲覧。
  24. ^ アルベルト・シュヴァイツァー賞受賞とSPC JAPAN(下村博文) 本人公式サイト , ウェブ魚拓
  25. ^ a b c 「放射能は菌と銀で除去」? 下村文科相の“絶賛”科学とは」、『週刊朝日』2013年2月1日号、朝日新聞出版2013年1月28日2013年1月28日閲覧。
  26. ^ ホタル生態環境館のホタルの奇形出現 | 下村博文 , ウェブ魚拓
  27. ^ Internet TV 超人大陸, 2007年
  28. ^ 「未来を託す男たち」(細川珠生著 ぶんか社)1999年
  29. ^ 「学校を変える教育特区」大村書店[要ページ番号]
  30. ^ 「はだしのゲン:閉架措置に下村文科相『問題ない』」 毎日新聞 2013年08月21日
  31. ^ 下村博文文部科学大臣記者会見録、2013年8月30日
  32. ^ 下村博文公式ホームページ
  33. ^ 下村博文公式ホームページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
田中眞紀子
日本の旗 文部科学大臣
第18代:2012年 -
次代:
現職
先代:
長勢甚遠
日本の旗 内閣官房副長官(政務担当・衆議院)
2006年 - 2007年
次代:
大野松茂
議会
先代:
七条明
日本の旗 衆議院法務委員長
2007年 - 2008年
次代:
山本幸三