藤森昭一

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藤森 昭一(ふじもり しょういち、1926年(昭和元年)12月26日 - )は、日本官僚長野県松本市出身。内閣官房副長官宮内庁長官、日本赤十字社社長などを歴任。勲等勲一等旭日大綬章。日本赤十字社名誉社長。

経歴[編集]

旧制松本中学(のち長野県松本深志高等学校)、旧制松本高校を経て、東京大学法学部政治学科卒業学位法学士(東京大学)。

厚生省出身。環境事務次官を経て、1982年(昭和57年)中曽根康弘内閣の発足と共に事務担当の内閣官房副長官に就任する。副長官在任は中曽根内閣の5年間に及び、旧内務官僚としての堅実な行政手腕が高く評価された。

藤森の部下であった佐々淳行内閣安全保障室長)は、著書『わが上司 後藤田正晴』(文春文庫、2002年)で、突発的な危機に官邸が対応できるよう、藤森は副長官任期中は一度も東京を離れなかったというエピソードを紹介し、その職務に対する責任の高さを賞賛している。

官房副長官退任後の1988年(昭和63年)6月14日から宮内庁長官を務め、在任中の1989年(昭和64年)1月7日に昭和天皇崩御という時代の節目を迎え、天皇崩御の報告会見を行い、1989年(平成元年)2月24日大喪の礼、翌1990年(平成2年)11月の今上天皇即位の礼大嘗祭などを取り仕切った。1996年(平成8年)1月18日に退任。

1996年(平成8年)10月に日本赤十字社第13代目社長に就任した。就任以後も宮内庁参与として宮内庁の職に勤めたが、2005年(平成17年)2月28日に参与を退任した。2005年(平成17年)3月に社長を退任し、日本赤十字社名誉社長の称号を贈られた。

1999年(平成11年)11月3日、叙勲。勲一等旭日大綬章受章。

エピソード[編集]

約一週間しかなかった、昭和元年(1926年昭和になって2日目)12月生まれである。名前の昭一もそこから由来し、藤森自身も環境庁在職中に『証言の昭和史』(学習研究社全10巻、1982-83年)に自分史「“昭和元年生まれ”のこの頃」を書いている。

皇室典範改正問題では、女性天皇を認めることに関して消極的な見解をとっている。

藤森自身は厚生省出身の環境事務次官だったが、2008年(平成20年)に生え抜き組として初めて就任した西尾哲茂1972年(昭和47年)入省)は、娘婿にあたる。