太田昭宏

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衆議院議員 太田 昭宏
生年月日 1945年10月6日(63歳)
出生地 愛知県豊橋市
出身校 京都大学大学院工学研究科
学位・資格 工学修士
前職 機関紙記者
所属委員会
内閣役職
懲罰委員会委員
世襲
選出選挙区 東京都第12選挙区
当選回数 5回
所属党派 公明党
党役職 代表
会館部屋番号 衆・第1議員会館616号室
ウェブサイト 公明党 衆議院議員 太田あきひろ Web Site
左から、鰐淵洋子松あきら、太田昭宏、駐日アメリカ大使シーファー浜四津敏子丸谷佳織
「ユニバーサル社会の実現をめざすシンポジウム」に訪れた太田昭宏(右端)。中央、駐日アメリカ大使シーファー、左端、民主党幹事長鳩山由紀夫

太田 昭宏(おおた あきひろ、1945年10月6日 ‐ )は、日本政治家公明党所属の衆議院議員(5期)。公明党代表(第2代)。

目次

[編集] 経歴

愛知県新城市生まれ。その後まもなく豊橋市に転出。豊橋市立東田小学校豊橋市立青陵中学校愛知県立時習館高等学校を経て京都大学工学部土木工学科卒業。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。

新宗教団体創価学会青年部長などを歴任[1]

公明党のプリンスと呼ばれた時期を経て、8年間公明党代表を務めた神崎武法に代わり、2006年9月30日に党代表に就任した。

公明党が教育基本法愛国心を明記することを認めようとしていた時に太田が1人だけ食いかかっていき、愛国心ではなく郷土愛パトリオティズム)を明記すべきだとの持論を展開した。

公明党の第6回党大会では、「(自民党に)言うべきことは言う」、「集団的自衛権の行使は認めない」と語った。

現在、党代表のほか、党選挙対策本部長、党東京都本部顧問、党参院選対策本部長を兼任。

新潟県中越沖地震に際し、北海道での遊説を中止し、帰京。現地に急行した。党新潟県中越沖地震総合本部長に就任した[2]

2008年9月16日、告示された公明党代表選挙には党の予定通り太田以外の立候補はなく、無投票で再選、同月23日の党大会で正式承認された[3]

[編集] 略歴

[編集] 発言

[編集] 年金記録問題

2007年6月16日千葉県鎌ヶ谷市での街頭演説にて年金記録問題に触れ、歴代厚生大臣である菅直人小泉純一郎坂口力を名指しして「みんな悪い」[4]と明言した。さらに「(基礎年金番号の)制度を設計したのは菅氏、施工したのは小泉氏、内装電気工事をしたのが坂口氏、菅氏の全てが悪いのは当然だ」[4]と発言、基礎年金番号の制度自体に問題があるとの認識を示した。

[編集] 第21回参議院選挙における釈明会見

2007年7月29日第21回参議院議員通常選挙が行われ、公明党は神奈川県、愛知県、埼玉県の選挙区で議席を失う(神奈川県は松あきらが繰り上げ当選)など歴史に残る大敗を喫す。同日夜の党代表太田の会見では敗北に対する責任を取り代表を辞任するという憶測が流れていたが、「支援者の皆様方、創価学会の皆様ありがとうございました」と公共の電波を使い発言。首相安倍晋三ともども辞任を否定。後日、支持母体である創価学会の婦人部女子部を中心に党執行部への責任追及や太田の代表責任を問う声が高まり、議席を失った神奈川県、愛知県、埼玉県などでは幹部会が紛糾する事態となる。

[編集] 矢野絢也氏の提訴問題について

第21回参議院選挙における公明党の惨敗は支持母体創価学会にとって痛手であった。野党である民主党が参議院で過半数をとり比較第一党となったため公明党にとって苦しい立場に立たされた。特に元公明党委員長矢野絢也氏が創価学会幹部を提訴した問題については「私なら絶対考えられない」とコメントしたが同氏が参考人招致や証人喚問に応じる考えを示したことについては何も語っていない。

[編集] 金融政策について

米国の金融当局にみられるような金融の大緩和はぜひとも必要だ。金融緩和がないと、(筆者加筆:クラウディングアウトが発生する為)財政出動をしても効果は十分発揮できない。[5]

[編集] 不祥事

[編集] 選挙時の燃料費不正請求

2005年の第44回衆議院議員総選挙にて、太田が選挙カーの給油量を実際より多く申請し、東京都選挙管理委員会から燃料代を不正に受け取っていたことが発覚した[6]

太田は、2005年8月30日-9月10日の間に「毎日同量の61.25リットルを足立区内の給油所で給油した」[6]と申請していた。選挙カーの燃料代は1台に限り8万8200円まで公費負担となるため、東京都選挙管理委員会は太田に対し燃料費の代金を支給した。しかし、2007年10月に調査したところ不正請求だったことが判明し、11月に東京都選挙管理委員会に全額返金した。

その後、東京都選挙管理委員会に対し朝日新聞社情報公開請求を行ったためこの事実が明るみに出て、2008年1月13日の『朝日新聞』に掲載された[6]。翌日には『読売新聞』など主要各紙もこの不正を報じるなど批判が相次ぎ、太田は2008年1月14日付で謝罪した[7]。しかし、党代表の辞任や議員辞職する意向はないとしている。なお、不正請求の手法については「伴走車両の分も合わせて請求していた」[6]と太田事務所は説明している。

しかし、不幸中の幸いかこの問題はインターネットや一部新聞で報じられたが、テレビでは同時期に民主党代表小沢一郎の投票棄権、途中退席問題を大々的に取り上げたため、この話題が出ることはなかった。

[編集] 創価学会内の評価

先の第21回参議院選挙の惨敗後、党代表を辞任しなかったことに対して一部学会幹部は当初「太田氏では選挙に勝てない、次回選挙では新しい顔を立てるべきだ」と厳しい口調であったが 2005年の第44回衆議院議員総選挙では自民党が歴史的大勝したにもかかわらず同じ連立与党を組む公明党は議席を増やせなかったこと(当時は神崎氏が代表)にも触れ第21回参議院選挙の惨敗の責任を太田氏一人で被ったことに対し、創価学会内で高く評価されている。

[編集] 著書

[編集] 脚注

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  1. ^ 2005年総選挙朝日新聞に紹介された略歴http://www2.asahi.com/senkyo2005/carta/A13012001.html
  2. ^ 選挙期間中ということもあり、他党の幹部と同様、迅速な対応を印象付ける狙いがあったと見られる。
  3. ^ 読売新聞 公明・太田代表が再選、現有議席上積みに意欲
  4. ^ a b 「asahi.com:太田・公明代表「菅氏、小泉氏、坂口氏、みんな悪い」 - 政治」朝日新聞社、2007年6月16日。
  5. ^ 毎日新聞12月16日付 <政策決定会合>公明・太田代表、追加利下げ求める http://mainichi.jp/select/seiji/news/20081217k0000m020057000c.html 
    1月21日確認 
    1月22日18時時点当該記事削除済み
  6. ^ a b c d 北林慎也・野村雅俊「公明・太田氏が不適正請求――05年総選挙ガソリン代――伊藤元金融相らも」『朝日新聞』43730号、朝日新聞東京本社、2008年1月13日、31面。
  7. ^ 公明党 衆議院議員 太田あきひろ Web Site『衆院選における選挙用燃料費について』2008年1月14日。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
神崎武法
公明党代表
第2代: 2006 ‐
次代:
現職
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