馬淵澄夫

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日本の旗 日本の政治家
馬淵 澄夫
まぶち すみお
馬淵澄夫
生年月日 1960年8月23日(51歳)
出生地 奈良県奈良市
出身校 横浜国立大学工学部卒業
前職 会社役員
所属政党 民主党
称号 工学士
公式サイト まぶちすみお

内閣 菅第1次改造内閣
任期 2010年9月17日 - 2011年1月14日

内閣 菅第1次改造内閣
任期 2010年9月17日 - 2011年1月14日

日本の旗 内閣総理大臣補佐官
(東北地方太平洋沖地震による災害
及び原子力発電所事故対応担当)
内閣 菅第2次改造内閣
任期 2011年3月26日 - 2011年6月27日

選挙区 奈良県第1区
当選回数 3回
任期 2003年11月9日 - 現職
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馬淵 澄夫(まぶち すみお、1960年8月23日 - )は、日本政治家衆議院議員(3期)。

国土交通大臣第14代)、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)内閣総理大臣補佐官(東北地方太平洋沖地震による災害及び原子力発電所事故対応担当)などを歴任した。

目次

[編集] 経歴

[編集] 生い立ちと政治家になるまで

1960年8月23日、奈良県奈良市で生まれる。1980年3月、東京都立上野高等学校を卒業。1983年3月、横浜国立大学工学部土木学科を卒業。大学卒業後、三井建設社員、コンピューター関連商品製造販売会社取締役(当時、非同族としては史上最年少の上場企業取締役)・北米法人最高経営責任者、文具会社役員などを務めた。

[編集] 国会議員として

2000年6月の第42回衆議院議員総選挙に立候補するも落選。次の2003年第43回衆議院議員総選挙で初当選を果たして国会議員となった。

2005年当時の構造計算書偽造問題において各委員会、証人喚問などで民主党の同問題に関する代表者として追及を行った。これにともない、TBSテレビ『みのもんたの朝ズバッ!』などのテレビ番組に多数出演した。馬淵はこの活動を自身の業績としている[1]

なお、構造計算書偽造問題に関わるきっかけは「なぜか、いきなり匿名の構造計算書が送られてきて、それを前原誠司代表(当時)にみせたところ、5分後に出発する予定の民主党の耐震偽装問題調査のためのバスに乗るようにいわれた」との事。また、この問題について政策秘書の大西健介は「きっこの日記」のきっこと情報交換していたことを「耐震強度偽装問題での教訓」で語っている[2]

2009年9月、鳩山由紀夫内閣で前原誠司国土交通大臣の下、副大臣に就任した。

予算審議中に国土交通省関連公共事業の予算配分方針(個所付け)を、国交省の政務三役(前原誠司国交相、馬淵副大臣、三日月大造国土交通大臣政務官)が承知した上で、三日月大臣政務官から阿久津幸彦民主党副幹事長を通じて地方組織に渡され、その資料が地方自治体に漏洩していたことが発覚。さらに自民党金子一義が衆議院予算委員会で、地方組織に渡された資料の提出を要求したが、国土交通省から提出された資料は地方組織へ渡されたものとは異なっていた。自民党の赤沢亮正は「国会にガセネタが提出された」「永田メール問題と全く本質は変わらない」として、永田メール問題が発覚した当時の民主党代表だった、国土交通大臣の前原をはじめ国土交通省及び政務三役の対応を予算委員会で追及し、国会審議を軽視するものと反発。馬淵は「あくまで中間報告」と弁明。連立与党の国民新党と社民党からも、民主党地方組織が優先されて、連立与党への伝達が後回しになったことに対する反発が起きた[3]

[編集] 菅内閣時代

2010年6月、菅内閣で国土交通副大臣に再任。2010年9月、菅第1次改造内閣で、副大臣から昇格する形で前原の後任の国土交通大臣内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)に就任し、衆院当選3回ながら初入閣を果たした。なお、菅第1次改造内閣では、国務大臣としての担当事項として「海洋に関する施策を集中的かつ総合的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」を担当することになった。

2010年11月、八ツ場ダムについて「私が大臣のうちは『中止の方向性』という言葉には言及しない。予断を持たず(ダムの)検証を進め、その結果に従う」と述べ、前任の前原誠司国交相が表明した建設中止の方針を事実上、撤回した[4]

尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件において流出させたと名乗り出た人物が国土交通省の外局である海上保安庁の職員であったことから、第176回国会において衆議院に不信任決議案、参議院に問責決議案を提出される。このうち不信任決議案は11月15日に否決されたが、問責決議は11月27日に可決された。

2011年1月14日に行われた内閣改造に伴い、国土交通大臣・内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策担当)を退任し、民主党広報委員長に就任。同年3月26日には内閣総理大臣補佐官に起用され、福島第一原子力発電所事故への対応にあたることとなり、これに伴い民主党広報委員長を退任。同年6月27日、菅直人内閣総理大臣に補佐官退任と経済産業副大臣への就任を打診されるが、「原発事故対応補佐官として事態収束に取り組んできた自分が、それ以外の経産省の役目を受けるわけにはいかない」「今までの基準で原発の安全宣言を出し、自治体に再開要請した経産省の政策を容認できない」との理由で拒否。同日、首相補佐官を退任[5][6]

[編集] 民主党代表選挙

2011年6月18日、地元奈良で開いた国政報告会で民主党代表選への出馬に意欲を示し、消費税増税には断固反対することを表明した[7]。7月29日に出馬する意向を固める[8]。8月24日のラジオ番組で、8月3日に成立した原子力損害賠償支援機構法[9]について「党代表、首相になればすぐに見直し、東電の法的整理に踏み込む」と述べた[10]。8月26日、民主党代表選への出馬を正式に表明し[11]、翌27日に立候補を届け出た[12]。28日の討論会では復興増税に反対、原発事故には国の責任で対応することを主張した[13]

8月29日の民主党代表選挙では5候補中最少の24票。出陣式では「増税すべきでなく、決選投票になった場合は、私の政策に近い海江田さんに投票していきたい」と述べ、海江田万里野田佳彦による決戦投票では海江田に投票したが、投票中にNHKが「馬淵前国交相は今日午前の出陣式で、決選投票になった場合は海江田経産相以外の候補者に投票するよう陣営に呼びかけた」と誤って報道したため、決選投票の結果に影響した可能性があると指摘されている[14]

[編集] 政策

  • 天下り根絶、企業献金廃止、高速道路無料化を主張する。
  • 高速道路無料化に関しては熱心でフジテレビの番組『サキヨミ』(2009年8月2日放送分)、『とくダネ!』(同年9月3日放送分)や清水草一の著書『高速道路の謎』(扶桑社新書)のインタービューでも高速道路無料化のメリットをアピールしている。その際影響を受ける公共交通機関の処遇については、「雇用問題等が発生することは承知しているが、これは産業構造の転換である」「石炭産業と同じように衰退するものを無理矢理守る必要はない」「これからはマイカーの時代。鉄道・フェリー会社が倒産するところが出ても仕方がない。別分野の再就職は世話をする」などと述べた。また2010年11月5日の大臣会見では、明石淡路フェリーが11月16日から運航休止することについて、高速道路無料化による影響ではないかとの質問に対し、「公共交通機関への影響というものは一部の路線のみならず全体の評価というものをしなければならない」「最終的には社会実験の結果の検証の中で明らかにすべき」と答えた[15]

[編集] 選挙歴

当落 選挙 施行年月 選挙区 政党 得票数 得票順位 比例代表
第42回衆議院議員総選挙 2000年6月 奈良県第1区 民主党 54,684 4人中2位
第43回衆議院議員総選挙 2003年11月 奈良県第1区 民主党 79,529 3人中1位
第44回衆議院議員総選挙 2005年9月 奈良県第1区 民主党 73,062 4人中1位
第45回衆議院議員総選挙 2009年8月 奈良県第1区 民主党 120,812 4人中1位
当選回数3回 (衆議院議員3)

[編集] 人物

  • 1男5女の6人の子どもがいる。
  • 趣味はサーフィンとボディビル。「一匹オオカミならぬ一匹ゴリラ」を自称し、国交相退任会見では愛称のターミネーターにちなんで「I'll be back」と話していた。血液型はB型[16]

[編集] 脚注

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  1. ^ 馬淵澄夫. “耐震偽装問題 - これまでの活動”. 2010年9月19日閲覧。
  2. ^ 大西健介 (2006年9月10日). “政治とインターネット―耐震強度偽装問題での教訓―”. 政策空間. 2010年2月22日閲覧。
  3. ^ 西田進一郎; 朝日弘行 (2010年2月2日). “公共工事個所付け:民主が通知後回し 社民・国民新が抗議”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100203k0000m010109000c.html 2010年2月22日閲覧。 
  4. ^ “馬淵国交相、八ツ場ダム建設中止方針を撤回”. 産経新聞. (2010年11月6日). http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101106/plc1011061500010-n1.htm 2010年12月17日閲覧。 
  5. ^ まぶちすみおの「不易塾日記」2011年7月1日
  6. ^ YOMIURIONLINE2011年7月1日
  7. ^ asahi.com2011年6月18日
  8. ^ 日テレNEWS242011年7月30日
  9. ^ YOMIURIONLINE2011年8月3日
  10. ^ asahi.com2011年8月24日
  11. ^ asahi.com2011年8月26日
  12. ^ asahi.com2011年8月27日
  13. ^ 日本経済新聞 2011年8月29日朝刊
  14. ^ 毎日jp2011年8月30日
  15. ^ 国土交通省 (2010年11月5日), “馬淵大臣会見要旨”, プレスリリース, http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin101105.html 2010年12月18日閲覧。 
  16. ^ 毎日jp2011年8月19日

[編集] 外部リンク

官職
先代:
前原誠司
日本の旗 国土交通大臣
第14代:2010年 - 2011年
次代:
大畠章宏
先代:
前原誠司
日本の旗 特命担当大臣(沖縄及び北方対策)
第16代:2010年 - 2011年
次代:
枝野幸男
先代:
金子恭之加納時男
日本の旗 国土交通副大臣
2009年 - 2010年
辻元清美三日月大造と共同
次代:
三井辨雄池口修次
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