神崎武法

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日本の旗 日本の政治家
神崎 武法
かんざき たけのり
神崎武法
生年月日 1943年7月15日(69歳)
出生地 中華民国の旗中華民国河北省天津市
(現中華人民共和国の旗 中国
出身校 東京大学法学部
前職 検察官
現職 公明党常任顧問
所属政党 公明党→)
公明新党→)
新進党→)
新党平和→)
公明党

任期 1998年11月7日 - 2006年9月30日

任期 1998年1月4日 - 1998年11月7日

日本の旗 第57代 郵政大臣
内閣 細川内閣
任期 1993年8月9日 - 1994年4月28日

選挙区 旧福岡1区→)
比例九州ブロック
当選回数 9回
任期 1983年12月19日 - 2010年4月7日
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神崎 武法(かんざき たけのり、1943年7月15日 - )は、日本政治家弁護士公明党常任顧問。

衆議院議員(9期)、郵政大臣第58代)、公明党代表(初代)、公明党政策審議会長・国会対策委員長、新党平和代表、新進党総務会長等を歴任した。

目次

来歴・人物 [編集]

中華民国河北省天津市生まれ。千葉県立千葉高等学校東京大学法学部卒業。司法修習第20期を経て、1968年検察官任官。横浜地検福岡地検東京地検那覇地検検事、内閣審議官等を歴任し、1982年に退官。

1983年第37回衆議院議員総選挙公明党公認で旧福岡県第1区から出馬し、初当選を果たした。1986年には矢野絢也公明党委員長の下、党副書記長・国際局長に就任。1990年には党政策審議会長、国会対策委員長に相次ぎ就任。

1993年、公明党を含む非自民8党派が参加した細川内閣郵政大臣に任命され、初入閣を果たした。1994年細川護煕首相の辞任により細川内閣は総辞職し、郵政相を退任。羽田内閣で入閣した森本晃司に代わり、党国会対策委員長に就任。公明党解党により公明新党を経て、1994年末の新進党結党に参加する。

1996年小沢一郎新進党党首の下、新進党総務会長に就任した。1997年末、小沢党首が突如新進党の解党を宣言。旧公明党所属の衆議院議員及び一部の参議院議員らで新党平和を結成し、代表に就任する。1998年11月、新党平和・公明(旧公明党所属の参議院議員の一部及び地方議員で構成される。新進党結党前、旧公明党は公明新党・公明に分党した)の合流により公明党(英語表記はNEW KOMEITO)が再結成され、神崎が公明党代表に就任。

1999年小渕恵三首相から連立政権への参加要請を受け、これを受諾。同年10月、小渕再改造内閣が発足し、公明党枠で入閣した続訓弘総務庁長官に就任した。

2000年、小渕首相の急逝により森喜朗が後継首相に就任。また自由党が連立から離脱し、連立に残留した保守党を加えた自公保連立政権第1次森内閣が発足した。

2004年5月、国民年金保険料の未加入期間があると報じられた菅直人(後に社会保険庁側の過失と判明)を強く批判[1]し、菅の民主党代表辞任を主張した[2]にもかかわらず、後に自らにも未納が発覚した際には党代表を辞任しなかった。同年7月の第20回参議院議員通常選挙で公明党が議席増を果たしたため責任問題には発展せず、10月の党全国大会で党代表4選を果たした。

2005年第44回衆議院議員総選挙では、比例九州ブロック単独1位で出馬し、当選。翌2006年太田昭宏の公明党代表就任に伴い、党常任顧問に就任。

2009年第45回衆議院議員総選挙でも与党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、比例九州ブロックで9回目の当選を果たしたが、翌2010年、2002年頃から患っていた腎不全の悪化に伴い、病気療養に専念するため議員辞職し、政界を引退した。なお政界引退後も公明党常任顧問の職には留まっている。

エピソード [編集]

  • 司法修習の同期に高村正彦(元外務大臣)、井上哲夫横路孝弘衆議院議長)、江田五月(元参議院議長)、松尾邦弘がいる。
  • 何事にもこまめに取り組む性格で知られ、新進党時代の小沢一郎による神崎評は「メモばかり取る男」。
  • 1998年に公明党代表に就任して以降、公明党の連立政権への参加を主導し、以後10年間にわたる自公連立の中心的、象徴的な存在であった[3]
  • 「そうはいかんざき(神崎)」のCMで有名になったように、駄洒落好きでもある。また松竹映画男はつらいよ』シリーズの大ファンである。

著書 [編集]

  • 『人権国家への道―21世紀の日本』 公明党機関紙委員会、2000年。ISBN 4-87584-101-9

脚註 [編集]

関連項目 [編集]

官職
先代:
宮澤喜一(兼任)
日本の旗 郵政大臣
第57代:1993年 - 1994年
次代:
羽田孜(臨時代理)
党職
先代:
結成
公明党代表
初代 : 1998年 - 2006年
次代:
太田昭宏
先代:
結成
新党平和代表
初代 : 1998年
次代:
公明党
先代:
渡部恒三
新進党総務会長
第2代 : 1996年 - 1997年
次代:
解散
先代:
結成
新進党国会運営委員長
初代 : 1994年 - 1995年
次代:
渡部恒三