大串博志

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日本の旗衆議院議員 大串 博志
OogushiHiroshi.jpg
生年月日 1965年8月31日(49歳)
出身地 日本の旗佐賀県杵島郡有明町(現白石町
出身校 東京大学法学部
学位・資格 経営学修士(MBA
法学士
前職 国家公務員大蔵省財務省
所属委員会 厚生労働委員会
安全保障委員会
科学技術・イノベーション推進特別委員会
世襲
選出選挙区 比例九州ブロック→)
佐賀2区→)
比例九州ブロック
当選回数 4回
所属党派 民主党野田グループ
党役職 遊説局次長
佐賀県総支部連合会代表
会館部屋番号 衆議院第1議員会館308号室
ウェブサイト 大串博志のホームページ
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大串 博志(おおぐし ひろし、1965年8月31日 ‐ )は、日本政治家大蔵財務官僚民主党所属の衆議院議員(4期)、民主党佐賀県連代表。

内閣総理大臣補佐官野田第3次改造内閣)、内閣府大臣政務官野田内閣野田第1次改造内閣野田第2次改造内閣)、復興大臣政務官(野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、財務大臣政務官鳩山由紀夫内閣菅内閣)を務めた。

来歴[編集]

佐賀県杵島郡有明町(現白石町)生まれ。佐賀大学教育学部附属中学校佐賀県立佐賀西高等学校東京大学法学部卒業。大学卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。理財局に配属され、主に財政投融資を担当する。1991年アメリカ合衆国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ビジネススクールに留学し、MBA(経営学修士号)を取得した。その後は長野県諏訪税務署長や国際通貨基金(IMF)日本理事室審議役、財務省主計局主査、在インドネシア大使館一等書記官、金融庁監督局銀行第一課銀行監督調整官等の役職を経て、2005年に財務省を退官する。

同年、民主党佐賀県総支部連合会副代表に就任し、佐賀2区で同党の公認を受ける。第44回衆議院議員総選挙に民主党公認で佐賀2区から出馬したが、郵政民営化法案の採決で反対票を投じたため自由民主党の公認を得られず、無所属で出馬した今村雅弘に約15,000票の差をつけられ、敗北。重複立候補していた比例九州ブロックで復活し、初当選した。2007年2月には民主党佐賀県連代表に就任するも、同年7月に辞任し、翌月には再び副代表に就任する。

2009年第45回衆議院議員総選挙では、自民党に復党していた今村を佐賀2区で破り、初めて選挙区で当選した(今村も比例復活)。同年、鳩山由紀夫内閣財務大臣政務官に任命され、菅内閣まで務める。

2011年5月、民主党所属の佐賀県議会議員や佐賀市議会議員が、各議会において民主党系会派から離脱した責任を取り、佐賀県連副代表を辞任する意向を表明(県連代表の原口一博も辞意を表明)[1][2]したが、県連常任委員会では辞任が認められなかった。同年9月、野田内閣内閣府大臣政務官に任命され、翌年2月の野田第1次改造内閣から復興大臣政務官を兼務する。2012年10月、野田第3次改造内閣内閣総理大臣補佐官(重要政策に関する省庁間調整担当)に起用された。

2012年第46回衆議院議員総選挙では、佐賀2区で前回下した今村に敗れたが、重複立候補していた比例九州ブロックで復活し、3選。2014年第47回衆議院議員総選挙でも、比例九州ブロックで復活し、4選。

人物[編集]

長崎新幹線[編集]

長崎新幹線に対しては建設反対の姿勢を鮮明に打ち出している。なお、佐賀2区で議席を争う自民党の今村雅弘は推進する立場を取っている。

暴力団組長の葬儀に参列[編集]

2007年6月、刺殺された暴力団九州誠道会系鶴丸組組長・鶴丸善治の葬儀に参列し、住所氏名を記帳。1万円の香典を出したうえで焼香を行った[3]。この行動が批判を受けたため、翌月に県連代表を引責辞任した。

国労JR採用差別闘争への賛意[編集]

2008年(平成20年)3月26日国鉄労働組合のJR採用差別闘争の院内集会に参加し、連帯の挨拶を行った[4]

政策[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


公職
先代:
阿久津幸彦
日本の旗 内閣府大臣政務官
阿久津幸彦園田康博と共同
郡和子園田康博と共同
園田康博郡和子稲見哲男北神圭朗と共同

2011 - 2012
次代:
加賀谷健郡和子金子恵美稲見哲男岸本周平大野元裕本多平直高山智司
先代:
新設
日本の旗 復興大臣政務官
郡和子津川祥吾吉田泉と共同
郡和子津川祥吾若泉征三と共同
郡和子津川祥吾金子恵美橋本清仁と共同

2012
次代:
亀岡偉民長島忠美徳田毅
先代:
三ツ矢憲生末松信介
日本の旗 財務大臣政務官
古本伸一郎と共同

2009 - 2010
次代:
吉田泉尾立源幸