田中好子
| たなか よしこ 田中 好子 |
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| 本名 | 小達 好子(おだて よしこ) 旧姓:田中 |
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| 生年月日 | 1956年4月8日 | ||||||||||||||
| 没年月日 | 2011年4月21日(満55歳没) | ||||||||||||||
| 出生地 | 東京都足立区千住 | ||||||||||||||
| 死没地 | 東京都港区三田 | ||||||||||||||
| 国籍 | |||||||||||||||
| 身長 | 155cm | ||||||||||||||
| 血液型 | A型 | ||||||||||||||
| 職業 | 歌手・女優 | ||||||||||||||
| ジャンル | 歌謡曲・ 映画・テレビドラマ・舞台 |
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| 活動期間 | 1972年 - 1978年 1980年 - 2011年 |
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| 配偶者 | 小達一雄 | ||||||||||||||
| 家族 | 夏目雅子(義妹) 小達敏昭(義弟) |
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| 公式サイト | 田中好子 公認ホームページ | ||||||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||||||
| 『黒い雨』 | |||||||||||||||
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田中 好子(たなか よしこ、1956年4月8日 - 2011年4月21日[1][2][3])は、日本で活動していたアイドル歌手でキャンディーズのメンバー・女優である。本名:小達 好子(おだて よしこ)。旧姓:田中。愛称はスーちゃん。
足立区立第四中学校、東京成徳高等学校を経て、東京成徳短期大学卒業。
目次 |
[編集] 家族
夫はスイート・ベイジル会長など務めた実業家・小達一雄。連子の楯真由子は継娘。義理の妹は夏目雅子、義理の弟は小達敏昭。
[編集] 経歴
[編集] デビューまで
東京都足立区千住生まれ。実家は田中屋釣具店。ビートたけしの実家が近くにあり、たけしは子供の頃いたずらをしに行った事がある[4]。その愛らしいルックスに反して、子供の頃は男の子をいじめるような腕白振りでガキ大将的な存在だったという。小学校4年生で町内の民謡研究会に入り[注釈 1]、発表会で「ソーラン節」等を披露。後の才能の片鱗を窺わせる。
1969年(昭和44年)、渡辺プロダクションが経営する東京音楽学院に入学。入学後、スクールメイツのメンバーに選抜される。同期生には伊藤蘭・太田裕美らがいた。1972年10~12月、日本テレビ系のヒーロー作品『突撃! ヒューマン!!』に新聞記者・星山ルミ子役で出演。
[編集] キャンディーズ
1972年(昭和47年)、NHKの歌番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールのオーディションに伊藤蘭、藤村美樹とともに合格。この3人組は「キャンディーズ」と命名され、マスコットガール兼アシスタント(椅子・マイク運び・代理音合わせ)として活動。また、この年の紅白歌合戦で、橋幸夫(曲は「子連れ狼」)のバック・コーラスや、南沙織(曲は「純潔」)のバック・ダンスを務めた。
1973年(昭和48年)9月1日、キャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー(コーラスパートはメゾソプラノ)。ニックネームは「スーちゃん」(好子の“好”という字が「すき」の「す」であるため)[注釈 2]。キャンディーズのメンバーでは最年少であった[注釈 3]。ついでながら伊藤や藤村からは、スーさんと呼ばれていた。
デビュー曲の「あなたに夢中」から4曲目の「なみだの季節」までは、歌唱力を評価されてキャンディーズ初期のセンター位置のリードボーカルを担当した。その間はヒット曲に恵まれず、その後5曲目の「年下の男の子」以降殆どは、メインボーカルを伊藤に譲り、向かって右の立ち位置でコーラスを務めた[注釈 4]。
1977年(昭和52年)以降は、歌手としてだけではなく、作詞作曲(共作ふくむ)も行う。作品に「LOVE ME LOVE ME」「ミッドナイト・ハイウェイ」「私の彼を紹介します」「季節の別れ」「一番星さん」「なんとなく」「午前零時の湘南道路」「PLEASE COME AGAIN」「いけない人」「土曜日の夜」がある。
1978年(昭和53年)4月4日、キャンディーズは解散した後、一時引退。
[編集] 芸能界復帰、女優業
1980年(昭和55年)、芸能界へ復帰[注釈 5]し、ソロシングル1枚を発表。その後は女優業に専念した。
1989年(平成元年)に公開された『黒い雨』で、主役・「高丸矢須子」役を演じ、日本アカデミー賞・ブルーリボン賞・キネマ旬報賞・毎日映画コンクール・報知映画賞などで主演女優賞を受賞。日本アカデミー賞などでは作品に対しても大賞を受賞し、第42回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上演された。また、原爆症の表現の為に、入浴シーンで体の変化を表現する為に敢えてヌードになり話題を呼んだ[注釈 6]。その頃から、演技派女優の評価をされた。
1991年(平成3年)5月21日、実業家の小達一雄(夏目雅子の実兄で小達は再々婚)と結婚(結婚は夏目が亡くなった後だが、生前から夏目と親交があった)。挙式・披露宴には、両家の親族や田中のプロダクション関係者らごく内輪の人たちだけが出席した[5]。
テレビでは、1983年(昭和58年)から1984年(昭和59年)の連続テレビ小説『おしん』のおしんの養女「田倉初子」役や、1994年(平成6年)の『家なき子』(日本テレビ)でヒロインの母・「相沢陽子」役、2001年(平成13年)の連続テレビ小説『ちゅらさん』では主役の母・「古波蔵勝子」役などを演じた。映画では、1999年(平成11年)の『鉄道員(ぽっぽや)』で同僚の妻・「杉浦明子」役、2003年(平成15年)の『鏡の女たち』で主要キャストの「尾上正子」役などを演じた。
田中には、継娘にあたる真由子が居たが、自身に子供は生まれなかった。しかし、女優としては母親の役を当てられることが多く、田中の子供役として共演した経験のある俳優は男22人、女25人で合計47人にものぼる。田中の葬儀の際、夫の小達一雄は「(好子は)22男25女、合わせて47人もの子供に恵まれた。好子はそのすべての子供たちを心の底から愛していました」と言い、その名母親役ぶりを称えた[6][注釈 7]。
[編集] 福祉活動
また女優以外にも、夫の小達一雄が夏目雅子の実兄であることより夏目雅子ひまわり基金の活動、厚生労働省の公衆衛生審議会委員、国立国際医療センター顧問、エイズ予防財団及び日本エイズストップ基金運営委員なども務めた。
[編集] 19年間の闘病と死
結婚翌年の1992年(平成4年)に乳がんが見付かり、幾度か再発を繰り返したが、いずれも早期発見で秘密裏に治療を受けながら芸能活動を続けていた。これらの事実は、田中の死去直後の記者会見において、夫の小達一雄により初めて公式に明らかにされた。闘病の事実は親族のみに伝えられ、盟友である伊藤蘭と藤村美樹ですら、伝えられたのは死の約3年前で、共演者には一切明かされていなかったという。
2010年(平成22年)10月に十二指腸潰瘍を患い、その治療のため絶食をしたことで体力・免疫力が低下、乳がんが再発。2011年(平成23年)2月には、がん細胞組織が急激に増殖するラッシュ状態となり、肺や肝臓にもがんが転移した。
2011年(平成23年)4月21日午後7時4分頃、懸命の治療も甲斐なく、国際医療福祉大学三田病院にて逝去[1][3][7]。55歳没。長年の盟友だった伊藤蘭と藤村美樹は、田中が危篤状態になった際、「2人とも家族同然だから」という親族の計らいで病室に呼ばれ、田中が息を引き取るまで、7時間にもわたって田中の名前を呼び続けていたという[8]。
[編集] 葬儀
通夜は4月24日、葬儀・告別式は25日に青山葬儀所でそれぞれ営まれた。棺と葬儀場の絨毯は田中のキャンディーズ時代のイメージカラーだった青で彩られた[9]。戒名は、春芳院妙純日好大姉[9]。
葬儀では藤村美樹が「私たちは永遠にキャンディーズだから」と語りかけ[10]、伊藤蘭は「もう一度だけでいいから、(キャンディーズの)3人で逢いたかった」と涙を堪えながら弔辞を読んだ[11]。
葬儀の最後の喪主の挨拶の中で、本人のラストメッセージとなるの肉声録音テープ(約3分20秒)[12]が流された。映画の撮影を模した形でテープが公開され、テープが流される前及び流された後に、夫がカチンコを鳴らしたり撮影の掛け声を掛けた[13][14]。その後、棺に花を入れていく「最後の別れ」は、一般より長い40分続いた[15]。出棺の時には、キャンディーズ時代のデビュー曲「あなたに夢中」が流される中、日本キャンディーズ協会のメンバーなどが霊柩車に向けて、青いテープを投げ入れ最後の別れを告げ、遺体は品川区の桐ヶ谷斎場で荼毘に付された。
[編集] 伊藤蘭 弔辞
弔辞 スーさん、貴女が旅経つ時、1人で寂しくないように、ミキさんと一緒に貴女の名前を何度も呼びました。私達の声はちゃんと届いていましたか。時間が経つほどに、大切な人を失った悲しみと寂しさがこみ上げてきて、今、私達はとても困惑しています。 お互いにまだ幼い中学生だった頃に出会い、キャンディーズを通して、喜びも悲しみも共に分かち合い、素晴らしい青春時代を過ごすことができました。スーさんはいつも春のように優しい微笑みでわたしたちを包み、和ませてくれましたね。 その後の女優としての活躍は言うまでもなく、良い仕事をたくさんして多くの人たちに感動を与えてくれました。体のこと打ち明けられたときはなぜスーさんがと、悔しい気持ちで一杯でした。
本当は、つらいはずなのに、いつも3人で会うときは「笑うことが一番の薬なのよ」って言って明るく楽しい時間を過ごし、反対にわたしたちのほうが励まされていたような気がします。3人の中では一番年下で甘えん坊だったスーさんが、いつのまに強く頼もしく、心豊かな女性になっていたことに驚かされました。お見舞いに行ったときも、体調がおもわしくないにもかかわらず、私たちを気遣い、いつものようにユーモアを忘れない本当にかわいいスーさんでしたね。愛情いっぱいのご主人一雄さんや、スーさんが一番気にかけていたお父さん、お姉さん、そのご家族、そしていつもそばに寄り添っていたマネジャーの丸尾さんの気持ちを思うととても胸が傷みます。
私達は、みんな大好きなあなたの笑顔を、そして最後まで病気と闘い立派に生き抜いたその勇気を決して忘れることはありません。 それを支えになんとか頑張って生きていかなければと自分に言い聞かせています。 どうぞ私たちのことを見守っていてくださいね。 ただ、もう一度だけでいいから3人で会いたかったです。約束していたのに果たされなかったのが残念でなりません。 だから今はまださよならは言わずにおきますね。 いつか会える時までもう少しだけ待っててね。 これからは今までの心配や不安から解き放たれて、 どうかゆっくり休んでほしいと思います。 ミキさんと私にとっていつまでも特別な存在のスーさん。心から感謝しています。 ありがとうスーさん。ずっとずっと愛しています。
[編集] 藤村美樹 弔辞
弔辞 スーさん。なんでそんなに早く逝っちゃたの。おばあさんになるまで恒例の集合写真をたくさん撮りたかったのに。今度から蘭さんと豊さんと3人だけで、スーさんがいないなんて寂しいよ。
数年前スーさんからがんと聞かされた時は本当にショックでした。
でも信頼できるお医者様がついているから大丈夫といって、そのことを前向きに受け止めていて、私たちをいっとき安心させてくれましたね。その後も、会う度に変わらぬ笑顔で、いつも決まって深夜遅くまでお菓子を食べ、お茶を飲みながらおしゃべりをしたよね。心から楽しかった。 3人プラス豊さんとのあの場あの時をずっと忘れないよ。
家族やまわりの人には、心配をかけたくないとの思いで、病気のことを隠して必死に走り続けた3年間、本当によく頑張りましたね。スーさんの事だからすごく辛い時にも、優しい心配りでまわりの人たちを和やかにさせ、その場の雰囲気をぱーっと明るく変えたのではないかと想像できます。 最後まで頑張り通したスーさん。惜しくも亡くなる当日も、本当によく頑張ってくれましたね。ありがとう。
私も蘭さんももう間に合わないかと思ったけれど、3人が揃ってからのあの数時間は奇跡でした。 いつもなら絶対に集まることは不可能な親族も、みんなが勢揃いし、スーさんを取り囲んでお話したりかわるがわる声をかけたり、手をさすったりしました。
その柔らかい手の感触を今でも思い出します。スーさんは一足先に天国へ逝ってしまうけど、天国はそれはそれは素晴らしいところらしいですね。
スーさんどうですか。おばあちゃんとおじいちゃん、カズちゃんやおかあさん、雅子ちゃんにもあえましたか。神様はこの世のお役目を果たした人をそちらに呼ぶようです。スーさんはもうお許しが出たのですね。 これは神様からのプレゼントだってこと。新たな命をいただいて、そちらで幸せに暮らしてください。 どうやら私たちは、神様からお許しがまだ出ないので、スーさん分まで明るく前向きに、一生懸命、誠実に、1日1日を生きます。 わたしたちもいずれそちらにいきますので、それまで待っていてね。 また3人で歌いましょう。本当にキャンディーズは楽しかった。 本当に私たちはスーさんと出会えて幸せでした。 私たちは永遠にキャンディーズだからね。 おそろいのモノも大切にするよ。ありがとうスーさん。愛してるよ。
[編集] 田中好子、最後のメッセージ
田中好子は「自分が亡くなったときに集まってくれた人に聞いてほしい」と、亡くなる約3週間前の3月29日、病室で自身の肉声のメッセージを録音した。告別式の最後に、夫である小達一雄さんが喪主のあいさつの中で紹介した。内容は以下のとおりである[18]。
こんにちは、田中好子です。きょうは3月29日、東日本大震災から2週間たちました。被災された皆様のことを思うと、心が破裂するような...、破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。わたしも、一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。でもその時には、必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。それが、わたしの務めと思っています。
きょう、お集まりいただいている皆様にお礼を伝えたくて、このテープを託します。キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間、お世話になりました。幸せな幸せな人生でした。心の底から感謝してます。特に蘭さん、美樹さん、ありがとう。2人が大好きでした。映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。もっともっと女優を続けたかった。お礼の言葉をいつまでも、いつまでも皆様に伝えたいのですが、息苦しくなってきました。いつの日か、妹・夏目雅子のように、支えてくださった皆様に、社会に少しでも恩返しができるように復活したいと思ってます。カズさん、よろしくね。その日までさようなら。
[編集] 死後
田中の逝去の報に、『家なき子』で共演した安達祐実[20]をはじめ、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』で共演した国仲涼子や毎日放送の単発ドラマ『筆談ホステス』で共演した北川景子など、田中と映画、ドラマ等で共演した多くの俳優や女優、長年のキャンディーズフリークとして知られている自由民主党政務調査会長の石破茂[21]などが追悼の辞を発表している。
2011年現在における40-50代の男性の中には、未だにキャンディーズの根強いファンが多数いることもあって、民放のワイドショーやニュース番組はもとより、芸能ネタは単なる訃報のみで終わる事が多いNHKさえも、ニュース7やニュースウォッチ9で時間を割いて通夜・告別式の様子を伝えた。特に、ニュース7キャスターの武田真一アナは自らも田中のファンであるとホームページで公言しており、肉声録音テープを流した直後は言葉に詰まっていた。
2011年7月6日放送の徹子の部屋では、追悼特集(番組への出演歴がある故人)として田中の特集も放送され、黒柳は言葉を詰まらせながら田中との思い出を語っていた。田中の盟友である伊藤蘭の娘・趣里は、2011年8月1日、女優デビュー後初の記者会見の場で、尊敬する女優として田中の名を挙げ、「私もスーちゃんのような女優さんになりたいです」と語った。
[編集] エピソード
- 中学校で3年間隣りの席だった男の子に初恋。相思相愛の関係になるも、初デートで相手が時間を間違えて現れず傷付き、失恋したという。
- NHK「趣味悠々」出演を通じて墨彩画に出会い、俳優で墨彩画家でもある片岡鶴太郎に師事。ロケ先にも画材専用のトランクを携行する程の入れ込みようであった(「生活ほっとモーニング」より)。
- 水谷豊(伊藤蘭の夫)は『うたばん』(TBSテレビ)で、「キャンディーズの3人が家(水谷豊邸)に集まって長い時間談笑しているんだよ」と語っていた。
- 1979年(昭和54年)に放送されたアニメ『スーキャット』の登場キャラクター「スー」、『おじゃる丸』の登場キャラクター「タナカヨシコ」、『しゅごキャラ!』の登場キャラクター「スゥ」のモデルである。
- 映画『モスラ』とザ・ピーナッツが演じた小美人が好きで、『今夜は最高!』のゲスト出演時には怪獣映画ネタでのコントにも出演し、以後に製作された新作映画『ゴジラVSビオランテ』のヒロインと因縁深いモスラ復活の『ゴジラVSモスラ』にも出演している。
- 2006年(平成18年)11月24日、『はなまるマーケット』の「はなまるカフェ」にゲスト出演。岡江久美子とは1984年(昭和59年)の『金曜日の妻たちへII 男たちよ、元気かい?』で共演して以来、22年ぶりに顔を合わせた。薬丸裕英とは、「一世を風靡した元売れっ子3人組アイドル」という共通点があり、互いに芸歴が20年以上あるにもかかわらず、仕事での共演はおろか一度も会ったことすらなく、初対面であり、「なんか初めてお逢いしたようには思えないんですけどねぇ……」と語った。
[編集] 出演
[編集] 映画
- 「土佐の一本釣り」(1980年、松竹) - 八千代 役 ※「男はつらいよ 寅次郎かもめ歌」(マドンナ役:伊藤蘭)と二本立て
- 「ひめゆりの塔」(1982年、芸苑社) - 嘉浦春子 役
- 「次郎長青春篇 つっぱり清水港」(1982年、松竹) - 志乃 役
- 「真夜中のボクサー」(1983年、東宝) - 文 役
- 「夢千代日記」(1985年、東映) - 紅(くれない) 役
- 「おれは男だ! 完結編」(1987年、松竹)
- 「黒い雨」(カンヌ国際映画祭高等技術委員会賞受賞作品、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞。1989年) - 高丸矢須子 役 ※主役
- 「ゴジラvsビオランテ」(1989年、東宝) - 大河内明日香 役
- 「ゴジラvsモスラ」(1992年、東宝) - 深沢真由美 役
- 「お墓と離婚」(1993年) - 石野厚子 役
- 「さくら」(1994年、監督:神山征二郎) - 佐藤千加子 役
- 「サラリーマン専科」(1995年、松竹) - 石橋ふみ子 役
- 「サラリーマン専科 単身赴任」(1996年、松竹) - 石橋ふみ子 役
- 「友情 Friendship」(1998年、東映)
- 「鉄道員(ぽっぽや)」(1999年、東映) - 杉浦明子(主人公の親友の妻) 役
- 「稚内発 学び座 ソーランの歌が聞こえる」(1999年)
- 「リング0 バースデイ」」(2000年、東宝) - 宮地彰子 役
- 「鏡の女たち」(2003年、カンヌ国際映画祭特別招待作品) - 尾上正子 役
- 「夢 追いかけて」(2003年)
- 「草の乱」(2004年、映画「草の乱」製作委員会) - 高浜ミキ 役
- 「インストール」(2004年、角川) - 野沢毬恵 役
- 「深紅」(2005年、東映) - 斎藤佳代 役
- 「ブレイブ ストーリー」(2006年、ワーナー・ブラザース映画) - 三谷邦子 役 ※声の出演
- 「ありがとう」(2006年、東映) - 古市千賀代 役
- 「奇跡の海」(2006年、徳島映画センター)
- 「0からの風」(2007年、ウィル・ドゥ) - 茂木圭子 役 ※主役
- 「親父」(2007年) - 沼田敏子 役
- 「スマイル 聖夜の奇跡」(2007年) - 猪谷幸枝 役
- 「田中徳三監督 少年河内音頭取り物語」(2007年) - 早代 役 ※短編映画
- 「明日への遺言」(2008年、アスミック・エース エンタテインメント) - 水谷愛子 役
[編集] テレビドラマ
- 「突撃!ヒューマン!!」(1972年 日本テレビ) - 星山ルミ子 役 ※歌手デビュー前の出演
- 大河ドラマ
- 連続テレビ小説
- 1980年代
- 「虹子の冒険」(1980年 テレビ朝日) - 瀬戸かおり 役 ※夏目雅子と共演
- 木曜ゴールデンドラマ 「新・哀しみは女だけに」(1981年4月16日読売テレビ)
- 「愛のホットライン」(1981年 フジテレビ)
- 緑山スタジオ開局記念番組 「ぼくらの時代」(1981年 TBSテレビ・木下プロ)
- 花王名人劇場 「名物タクシー奮戦記」シリーズ(1981年10月11日、1982年4月25日・6月6日・7月25日・11月7日、1983年3月20日・5月22日 関西テレビ)
- 「雄気堂々・若き日の渋沢栄一」(1982年1月3日 NHK)
- 女優シリーズ 「妻たちは」(1982年5月14日 フジテレビ)
- 「あっけらかん」(1982年 日本テレビ)
- 「幸福の黄色いハンカチ」(1982年 TBS) - 幸子 役
- ザ・サスペンス「娘たちの復讐・日本国憲法殺人事件」(1982年9月25日 TBS)
- 「さらば女ともだち」(1983年 テレビ朝日)
- 土曜ワイド劇場 「殺された女医」(1983年3月5日 テレビ朝日)
- 土曜ワイド劇場 「誰もが信じられない!」(1983年6月11日 テレビ朝日)
- 東芝日曜劇場 「結婚式とは」(1983年5月1日 TBS)
- 「大奥」(1983年 - 1984年 関西テレビ) - お優 役
- 銀河テレビ小説 「今ぞ恋しき」(1983年 NHK) - 佐原峰子 役
- 「最後の航海」(1983年12月14日 札幌テレビ)
- 「愛の桟橋」(1984年2月19日 中部日本放送)
- 「金曜日の妻たちへII 男たちよ、元気かい?」(1984年 TBS) - 川久保由利 役
- 「瑠璃色ゼネレーション」(1984年 日本テレビ) - 深町さえこ 役
- 「親戚たち」(1985年 フジテレビ)
- 月曜ワイド劇場 「さりげらしく結婚」(1986年1月13日 テレビ朝日)
- 「私の可愛いひと」(1986年 フジテレビ)
- 現代怪奇サスペンス 「怖い贈り物」(1986年7月14日 関西テレビ)
- 森繁久彌シリーズ 「おやじのヒゲ」(1986年10月29日 TBS)
- 「白虎隊」(1986年12月30日・12月31日 日本テレビ・ユニオン映画) - 山本八重子 役
- 「ウエディングベルを鳴らすのは誰!?」(1986年11月7日 フジテレビ)
- 「銭形平次」(1987年 フジテレビ) - お桂 役
- 「みんなマドンナ」(1987年 日本テレビ) - 奈保美 役
- 「親の出る幕」(1988年 NHK)
- 「いまさら、初恋」(1989年 TBS) - 尚子 役
- 1990年代
- 「泥棒に手を出すな!」(1990年 テレビ東京系) - 今野真弓 役
- 金曜ドラマシアター・終戦記念スペシャル 「NASA~未来から落ちてきた男~」(1991年8月23日 フジテレビ) - 由美子 役
- 「風車の浜吉捕物綴」(1992年、フジテレビ)
- 「闇を斬る!大江戸犯科帳」(1993年3月~12月 日本テレビ・ユニオン映画) - 一色きよ 役
- 「憎しみに微笑んで」(1993年 TBS)- 菅原啓子 役
- 土曜グランド劇場 「家なき子」(1994年 - 1995年 日本テレビ) - 相沢陽子 役
- 月曜ドラマシリーズ 「冬の訪問者」(1994年 関西テレビ)
- 金曜エンタテイメント 「息子よ甦れ!!」(1995年1月27日 フジテレビ)
- 土曜ワイド劇場 「離婚したい女たち」(1995年6月3日 テレビ朝日)
- 土曜ドラマ 「刑事 蛇に横切られる」(1995年7月1日 NHK)
- 「お助け信兵衛人情子守唄」(1995年7月25日 日本テレビ)
- 「花嫁は16才!」(1995年 テレビ朝日)
- 金曜エンタテイメント 「ざけんなヨ!!9」 私を旅行に連れてって!?(1995年10月27日、フジテレビ) - 野茂田マチ子 役
- 日中共同制作ドラマ 「大地の子」(1995年 NHK) - 松本タキエ 役
- 特集ドラマ 「鳥帰る 故郷の母に会いたい」(1996年5月4日 NHK)[注釈 8] - 田口麻美 役
- 月曜ドラマ・イン 「ふたり 〜Wherever You Are〜」(1997年 テレビ朝日) - 北尾治子 役
- 「ビーチボーイズ」 第10話、第12話(1997年 フジテレビ) - 和泉慶子 役
- ドラマ新銀河 「この指とまれ2」(1997年 NHK大阪) - 上田静香 役
- 土曜ドラマ 「風になれ鳥になれ」(1998年 NHK)
- 「飛んで火に入る春の嫁」(1998年 テレビ東京) - 大高夏子 役
- 「神様、もう少しだけ」(1998年 フジテレビ) - 叶野弥栄子 役
- 水曜ドラマの花束 「ふたつの愛」(1998年 NHK大阪) - 伊野原雪子 役
- 火曜サスペンス劇場 「海の道」(1999年4月13日 日本テレビ) - 則子 役
- 「てっぺん」(1999年 テレビ朝日) - 加賀冴子 役
- NHKドラマ館 「終のすみか」(1999年10月16日 NHK大阪) - 山本佳菜子 役
- 2000年 -
- 火曜サスペンス劇場 「妻たちの戦争」(2000年7月11日 日本テレビ) - 今井佳子 役
- 火曜サスペンス劇場 「凍えるキリン」(2001年2月6日 日本テレビ) - 三枝陽子 役
- 「最後に愛を見たのは」(2001年4月1日 BSジャパン) - 森口冴子 役
- 「あのひとの髪」(2001年5月8日 福岡放送) - 秋島杏子 役
- 「プラトニック・セックス」(2001年9月24日・9月28日 フジテレビ) - 須川雪枝 役
- 「本家のヨメ」(2001年 読売テレビ) - 山田春子 役
- 金曜エンタテイメント 「天使の歌声 〜小児病棟の奇跡〜」(2002年8月9日 フジテレビ) - 小笠原淑恵 役
- 「老いてこそなお」(2003年11月25日 NHKハイビジョン) - 山越美佳 役
- 金曜エンタテイメント 「神様、何するの」(2003年12月5日 フジテレビ) - 吉井幸子 役
- 火曜サスペンス劇場 「四国八十八か所逃亡巡礼」(2003年9月2日 日本テレビ) - 奥瀬かほり 役
- 火曜サスペンス劇場 「料理講師奥瀬かほり 柳川~沖縄、犬は知っていた」(2004年8月17日 日本テレビ)
- スペシャルドラマ 「銀河鉄道に乗って」(2004年9月12日 中部日本放送) - 各田雅美 役
- テレビ朝日開局45周年記念企画 月曜時代劇 「忠臣蔵」(2004年 テレビ朝日) - 大石りく 役
- TBSテレビ開局50周年記念ドラマ特別企画 水曜プレミア 「赤い疑惑」(2005年 TBS) - 大島敏江 役
- NHK金曜時代劇 「華岡青洲の妻」(2005年 NHK) - 華岡於継 役
- 水曜ミステリー9 「二つの嘘 同窓会殺人事件」(2005年 テレビ東京)[注釈 9] - 早瀬咲子 役
- 冬のドラマスペシャル 「柳川・雲仙〜想い出の郷土料理〜」(2005年12月26日 日本テレビ)
- 「瞳スーパーデラックス」(2006年8月26日 福岡放送)
- 「たったひとつの恋」(2006年 日本テレビ) - 月丘みつこ 役 ※特別出演
- 火曜ドラマゴールド 「私の頭の中の消しゴム」(2007年3月13日 日本テレビ) - 香野あづさ 役
- 「よろずや平四郎活人剣」(2007年 テレビ東京) - 神名里尾 役
- 「ひまわり〜夏目雅子27年の生涯と母の愛〜」(2007年9月16日、TBS)[注釈 10] - 銭神信子 役 ※特別出演
- パナソニックドラマスペシャル 「彗星物語」(2007年12月3日 TBS) - 城田敦子 役
- 水曜ミステリー9・松本清張特別企画 「不在宴会-死亡記事の女」(2008年2月20日、テレビ東京) - 魚住早紀子 役
- 「佐々木夫妻の仁義なき戦い」 第6話(2008年2月24日、TBS) - 松子(紗枝の叔母) 役 ※special thanks
- 「正義の味方」(2008年 日本テレビ) - 中田春子 役
- 「私は一本の木に恋をした」(2008年8月30日 福岡放送)
- 文芸社ドラマスペシャル 「逆転夫婦の珈琲ワルツ」(2009年2月15日、テレビ朝日) - 光田春子 役
- 「上地雄輔ひまわり物語〜家族・親友・彼女…誰も知らない素顔初公開!」(2009年3月14日、フジテレビ) - オカン 役
- 金曜プレステージ 平岩弓枝・作家50年記念 「嫁の座」(2009年5月29日、フジテレビ) - 鬼島朱美 役[注釈 11]
- 「東京DOGS」(2009年、フジテレビ) - 高倉京子 役 ※特別出演
- 「筆談ホステス〜母と娘、愛と感動の25年。届け!わたしの心〜」(2010年1月10日、毎日放送) - 斉藤恵美子 役[注釈 12]
- 「てのひらのメモ」(2010年10月23日、NHK) - 折川福実 役 ※遺作
[編集] CM
- 兵庫県手延素麺協同組合 「揖保乃糸」 - 1992年から19年にわたり起用された。
- 田辺製薬(現・田辺三菱製薬)「ユーナス」
- エバラ食品「和風焼肉のたれ さわやか」
- 日清製粉「パスタソース」「マカロニグラタン」
- メガネの愛眼
- 郵政省(現・日本郵便)「かもめ~る」(キャンディーズ時代にも出演経験あり)
- 日立製作所「家具調こたつ 木造り」「電子コントロールカーペット」
- フェミニン(現・シュワルツコフヘンケル)
- JEWELRY ツツミ
- 花王「ビオレU」
- LION「ソフランC」「休足時間」
- サントリー「ナマ樽」「モルツ」
- 創建 外断熱の家、住宅「Kurumu」
- 衛星放送協会(飲酒運転撲滅キャンペーン)
- ミツカン「おむすび山」
- NTT Docomo 『Answer「たいやき」篇(家族無料)』
- 三幸製菓 『三幸劇場・三つの幸せ物語』
- ヘキサプロセス 『医療用かつら』
[編集] その他
- 欽ちゃんのどこまでやるの!?(1980年、テレビ朝日)セミレギュラー出演[注釈 13]
- 森のささやき(ミニ番組。2009年4月 - 2011年3月?、フジテレビ)ナレーション
- ワイド!スクランブル(2008年6月18日VTR出演、テレビ朝日)[注釈 14]
[編集] ソロシングル
- カボシャール
[編集] ソロCDアルバム
- 好子(2007年発売/1984年発売のアナログ・アルバムをCD復刻)
[編集] 脚注
[編集] 注釈
- ^ クラシックバレエを習いたかったものの、祖母に「(日本人が)足などを上げるものではない」と反対されため、民謡を選んだ。“「好子は47人すべての子を愛していました」”. 日刊スポーツ. (2011年4月26日)“スーちゃんは民謡を歌っていた!?”. イザ!. (2007年11月9日)
- ^ キャンディーズ結成当初のニックネームは「ヨッチ」だったが、「ラン・ミキ・ヨッチ」では語呂が悪いので、ファンに「スー」というニックネームを付けてもらった。「はなまるマーケット」 2007年12月3日より
- ^ 藤村美樹は同い年だが、藤村が早生まれである為1学年違い、伊藤蘭との年齢差は1歳だが、伊藤が早生まれである為2学年違いであった
- ^ 但し「わな」の時は、メインボーカルのセンターは藤村となり、向かって左が田中、右に伊藤と移動する。さらに、事実上のラストシングルだった「微笑がえし」は、2番(又は3番)の途中サビの部分で伊藤と入れ替わり、田中がセンターについていた。
- ^ 復帰の経緯には、骨肉腫で入院していた実弟が田中のテレビでの活躍を期待していたこと、また、萩本欽一の著書「欽ちゃんつんのめり」を読み影響を受けて、萩本本人と会ったことなどがある。5月の復帰会見を経て、7月の「欽ちゃんのどこまでやるの!?」にて正式復帰となった。“田中さん夫・小達さん秘話「弟のために」”. サンケイスポーツ. (2011年4月26日)“「キャンディーズ」スーちゃん、55歳で乳がん死…田中好子さん、闘病19年”. スポーツ報知. (2011年4月22日) なお、同年4月から田中を主人公のモデルとしたアニメ『スーキャット』(東京12チャンネル)が放送されていた。
- ^ 今作はモノクロ映画だった。
- ^ 「神様、もう少しだけ」「天使の歌声 〜小児病棟の奇跡〜」「神様、何するの」「瞳スーパーデラックス」「筆談ホステス」など、難病・障害を抱える娘の母親役もあった。“「ちゅらさん」メンバーは仲良し…田中好子(3)”. ZAKZAK. (2007年4月19日)
- ^ 2011年5月8日、追悼番組として再放送。“スーちゃんの追悼番組放送、NHK来月8日”. デイリースポーツ. (2011年4月27日)
- ^ 2011年4月24日、日曜ビッグバラエティ枠で追悼番組として再放送。“田中好子さん:テレビ東京が追悼で主演ドラマ再放送”. 毎日新聞デジタル. (2011年4月22日)
- ^ 2011年5月28日、CS・TBSチャンネルで追悼番組として放送予定。“「田中好子さん追悼番組」放送のお知らせ”. TBSチャンネル. (2011年4月22日)
- ^ 2011年4月25日、チャンネルα枠(関東ローカル)で追悼番組として再放送。
- ^ 2011年5月1日、CS・TBSチャンネルで追悼番組として放送。“「田中好子さん追悼番組」放送のお知らせ”. TBSチャンネル. (2011年4月22日)
- ^ 死去翌日の2011年4月22日、『ワイド!スクランブル』で出演シーンが放送された。
- ^ 死去翌日の2011年4月22日、『ワイド!スクランブル』で出演シーンが放送された。
[編集] 出典
- ^ a b “元キャンディーズの田中好子さん死去 55歳”. 朝日新聞. (2011年4月21日) 2011年4月21日閲覧。
- ^ “「キャンディーズ」田中好子さん、乳がんで死去”. 読売新聞. (2011年4月21日) 2011年4月21日閲覧。
- ^ a b “元キャンディーズ、田中好子さん死去”. 日刊スポーツ. (2011年4月21日) 2011年4月21日閲覧。
- ^ 2011年4月23日の『情報7days ニュースキャスター』でたけし談
- ^ 日刊スポーツ「田中好子 青年実業家・小達一男さんと極秘結婚 21日に身内だけ20人で」(1991年5月25日)
- ^ 田中好子さん死去“22男25女の母”天国へ毎日新聞2011年4月27日閲覧
- ^ “元キャンディーズ、田中好子さん急死”. デイリースポーツ. (2011年4月22日) 2011年4月22日閲覧。
- ^ 最期は病室で…伊藤蘭「ただ名前を呼び続けることしかできなかった」 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ a b ファンのために…棺とじゅうたん スーちゃんのイメージカラー「青」 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ 藤村美樹さん弔辞全文 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ 伊藤蘭弔辞全文 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ 田中好子さん肉声全文 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ 【田中好子さん告別式】スーちゃん肉声で「もっと女優を続けたかった」 最後のメッセージ再生+(1-2ページ) - MSN産経ニュース
- ^ 【田中好子さん告別式】スーちゃん肉声で「もっと女優を続けたかった」 最後のメッセージ再生+(2-2ページ) - MSN産経ニュース
- ^ “3分20秒のラストメッセージ”スーちゃん肉声に涙… ― スポニチ Sponichi Annex 芸能
- ^ 伊藤蘭弔辞全文 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ 藤村美樹さん弔辞全文 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ 【田中好子さん告別式】スーちゃん肉声で「もっと女優を続けたかった」 最後のメッセージ再生+ MSN産経ニュース 2011年4月25日閲覧
- ^ 田中好子さん肉声全文 スポーツニッポン 2011年4月25日閲覧
- ^ 安達祐実「本当のお母さんのような存在」 スポーツニッポン 2011年4月22日閲覧
- ^ 自民・石破氏「青春そのもの。ありがとう。忘れないよ」 産経新聞 2011年4月22日閲覧
[編集] 演じた女優
- サエコ - 「ザ・ヒットパレード〜芸能界を変えた男・渡辺晋物語〜」(2006年5月、フジテレビ系)
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
[編集] 外部リンク
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