鳩山邦夫

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日本の旗 日本の政治家
鳩山 邦夫
はとやま くにお
Kunio Hatoyama cropped 20080311.jpg
生年月日 1948年9月13日(66歳)
出生地 東京都
出身校 東京大学法学部政治学
東京大学法学部公法学科
前職 田中角栄衆議院議員秘書
所属政党 無所属→)
自由民主党→)
(無所属→)
改革の会→)
自由改革連合→)
新進党→)
旧民主党→)
民主党→)
(無所属→)
(自由民主党→)
(無所属→)
自由民主党(無派閥)
称号 法学士(東京大学法学部法律学科・1971年
法学士(同公法学科・1972年
親族 鳩山和夫曾祖父
寺田栄(曾祖父)
鳩山一郎祖父
鳩山威一郎
井上和子
鳩山由紀夫
鳩山太郎長男
鳩山二郎次男
鳩山紀一郎
配偶者 鳩山エミリ
公式サイト 元総務大臣 鳩山邦夫 
公式ホームページ

日本の旗 第10代 総務大臣
内閣府特命担当大臣(地方分権改革)
内閣 麻生内閣
任期 2008年9月24日 - 2009年6月12日
所属委員会 法務委員会
政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会
地方創生に関する特別委員会(委員長)
憲法審査会
議員会館 衆議院第2議員会館221号室

日本の旗 第79-80代 法務大臣
内閣 安倍改造内閣
福田康夫内閣
任期 2007年8月27日 - 2008年8月2日

日本の旗 第59代 労働大臣
内閣 羽田内閣
任期 1994年4月28日 - 1994年6月30日

日本の旗 第117代 文部大臣
内閣 宮澤内閣
任期 1991年11月5日 - 1992年12月12日

選挙区 旧東京8区→)
東京2区→)
比例東京ブロック→)
福岡6区
当選回数 12回
任期 1976年12月10日 - 1979年9月7日
1980年6月23日 - 1999年3月25日
2000年6月26日 - 現職
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鳩山 邦夫(はとやま くにお、1948年昭和23年)9月13日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(12期)。「邦」の字体は、偏の縦の払いが上にはみ出ないのが正式とされる。裁判官訴追委員会委員長。

文部大臣第116代)、労働大臣第59代)、法務大臣(第7980代)、総務大臣第10代)、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)、民主党副代表等を歴任した。

来歴・人物[編集]

東京都鳩山威一郎の次男として生まれる。

学習院初等科学習院中等科東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)を経て、東京大学法学部政治学科卒業後、同公法学科に学士入学し卒業。学習院の同級生に作曲家の都倉俊一、東京大学名誉教授の能見善久シティバンク銀行会長の長門正貢、元朝日新聞編集委員の萩谷順などがいる[1]。早くから政界入りを志望し、田中角栄の下を訪ねる。田中は「もし自分が首相になったら秘書にする。福田赳夫が首相になったら、福田に紹介する」と約束した上で、見聞を広めるため海外への遊学を鳩山に勧めた[2]。鳩山は田中の助言を受け、東大を卒業しアメリカ・スタンフォード大学に留学していた由紀夫を頼り、数ヶ月間アメリカに滞在した後、帰国した。その後、田中の秘書となり、事務所では1つ年下で1976年(昭和51年)の衆院選で共に当選した中村喜四郎と机を並べた[3]

1976年(昭和51年)の第34回衆議院議員総選挙新自由クラブ推薦で旧東京8区から出馬し、初当選。同じく無所属の宇都宮徳馬麻生良方と衆院無党派クラブを結成した(1978年に解散)。1979年(昭和54年)の第35回衆議院議員総選挙において落選するが、わずか8か月後に行われた第36回衆議院議員総選挙で国政復帰を果たす強運に恵まれる。自民党入党後は田中派竹下派に所属した。1991年(平成3年)、宮澤内閣文部大臣に就任し、政界入りから16年目で初入閣を果たした。文相在任中、「学力偏差値追放」を訴え一斉業者テストを廃止した。

1993年(平成5年)に自民党を離党し、第40回衆議院議員総選挙では無所属で当選。細川内閣発足後もしばらくは無所属で通していたが、1994年(平成6年)1月、前年に自民党を離党した西岡武夫石破茂らと院内会派改革の会を結成した。細川護煕首相の退陣を受けて発足した羽田内閣では労働大臣に就任するも、羽田内閣は2ヶ月で退陣に追い込まれた。改革の会は高志会海部俊樹代表)、新党みらい鹿野道彦代表)、自由党柿澤弘治党首)と共に自由改革連合を結成するが、同年12月に解散し、新進党結党に参加した。

1996年(平成8年)に新進党を離党し、兄・由紀夫らと旧民主党を結党、副代表に就任する。更に1998年(平成10年)、民政党の合流により民主党が結成され、東京都連初代会長に就任した。しかし、党の路線をめぐり、徐々に兄弟間で対立が目立つようになっていった。その後、民主党を離党し、1999年東京都知事選挙に立候補した。不出馬を表明した青島幸男知事の後継指名、及び民主党・生活者ネット改革クラブの推薦を受け、石原慎太郎の後塵を拝し、2位で落選した(3位は東大法学部の同級生である舛添要一)。前述の通り選挙戦で民主党の全党的な支援を受け、同党衆院議員の岩國哲人が選対本部長、吉田公一が事務総長を務めた。都知事選落選後は民主党からは距離を置き、2000年(平成12年)に自民党に復党する(かねてから邦夫は、民主党の実質的なオーナーである兄・由紀夫との不仲が囁かれており、都知事選出馬は民主党を離党するための口実であったとする見方もある)。東京2区補欠選挙には系列都議中山義活を擁立し、鳩山の中選挙区時代からのライバルで1996年(平成8年)第41回衆議院議員総選挙で鳩山に敗北し、比例復活した深谷隆司自民党総務会長在職中のため出馬せず、中山が初当選した。

2000年(平成12年)の第42回衆議院議員総選挙では、自らは東京ブロック比例単独候補として出馬し、東京2区で深谷を支援した(鳩山は当選したが、深谷は通商産業大臣在任中でありながら比例復活が出来ず、落選)。2002年(平成14年)に衆院議院運営委員長に就任した。

2003年(平成15年)の第43回衆議院議員総選挙では突然「あのような人物を一国の総理にするわけにはいかない」と、民主党代表の菅直人の選出選挙区である東京都第18区に国替えし、出馬。民主党の創設者同士の戦いとして注目され、一時は「逆転」と報道されるほど猛追したが及ばず、小選挙区では落選したが比例東京ブロックで復活当選した。

2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙から、母方の祖父・石橋正二郎ブリヂストン創業者)の出身地である久留米市を主要地盤とする福岡県第6区へ国替えし、東大法学部の同級生で、かつ兄・由紀夫の側近である古賀一成を破り、当選を果たした。

2006年(平成18年)9月の自由民主党総裁選挙への立候補に向け活動していたが、推薦人を集められず立候補を断念。麻生太郎を支持した。鳩山は自民党復党以降無派閥を通していたが、2006年(平成18年)10月、かつて所属した経世会の流れを汲む津島派(平成研究会)に入会した。

2007年(平成19年)の安倍改造内閣法務大臣に就任するが、安倍晋三首相は間もなく病気辞任する(鳩山自身は13年ぶりの入閣)。2007年自由民主党総裁選挙では麻生太郎自由民主党幹事長の推薦人代表を務めたため福田康夫内閣では入閣しないと見られていたが、福田内閣でも法務大臣に再任された。

2008年(平成20年)5月、津島派の役員人事で、会長代理から改編された会長代行に就任。同年9月に発足した麻生内閣では総務大臣内閣府特命担当大臣(地方分権改革)に就任したが、翌2009年(平成21年)6月12日日本郵政西川善文社長の進退問題を受け、辞任(事実上の更迭)。

閣僚辞任以降は離党や新党立ち上げを匂わす発言を繰り返し、議員を集めて自らが手料理を振舞う「有機野菜を食べる会」を開催したり平沼赳夫と会談するなど積極的な動きを見せる。

しかし政界再編のための新党構想を公言するも、邦夫も兄・由紀夫同様実母から多額の贈与を受けていた問題が発覚し、自民党内で徐々に孤立する。2010年(平成22年)3月15日、自民党に離党届を提出し、24日の党紀委員会で了承された。邦夫に近いとされてきた麻生派岩屋毅、平成研究会の田村憲久河井克行、無派閥(のぞみには参加している)の古川禎久らは同調せず自民党に残留。離党後の内閣総理大臣指名選挙では無所属ながら衆院では唯一新党改革代表の舛添に投票。

2011年(平成23年)8月30日の総理指名選挙では一転して古巣の自民党の谷垣禎一総裁に投票。また、自身も無所属の中島正純より一票を得た。4ヶ月後の12月21日、自民党に復党届を提出するが、党内の調整がつかず、復党の許否判断が先送りされる。

2012年(平成24年)12月16日第46回衆議院議員総選挙には無所属で出馬し、自民党の推薦を受けて12選を果たした。翌日、安倍晋三総裁宛ての復党願を同党福岡県連に提出。その後、党紀委員会にて復党が了承され、11日後の12月28日に2年ぶりに復党した。

エピソード[編集]

1期下の船田元と共に早くから竹下派のホープとして期待され、1990年代の政界再編期には兄由紀夫とともにキーマンとして常に脚光を浴びたが、2000年代からは兄との対立、都知事選落選など迷走が続いた。また、自民党離党・復党を繰り返したことから「政界渡り鳥」とも言われた。2007年(平成19年)の入閣は久々の表舞台であり、“大物政治家”の法務大臣就任、また与野党逆転国会のもと、兄が幹事長を務める民主党対策として話題を呼んだ。就任当初は発言の“軽さ”で注目を浴びることが多かったが、死刑執行では一部マスコミの批判に反論して国民的な議論を惹起。2008年(平成20年)、総務大臣に就任後は、「かんぽの宿」をはじめとした旧郵政関連資産の売却や東京中央郵便局再開発、日本郵政の西川社長の進退などを巡って次々と論争的な議論を巻き起こし、また兄由紀夫の民主党代表復帰もあいまって、支持率が低迷がちだった当時の自民党政権にあって良くも悪くも存在感を発揮し、注目の的であり続けた(#政策を参照)。

多彩な趣味を持つ。料理の腕はプロ級とされ、歴代秘書は邦夫が作った朝食をとっている。代表的得意料理はチャーハンである。邦夫の料理好きを聴いた山花貞夫日本社会党元代議士)が京都から包丁を取り寄せてそれを贈ってくれた。山花から贈られたその包丁を邦夫は18年間愛用している[4]

政治信条でもある家庭菜園(規模が大きく、邦夫の指導の下、秘書により徹底管理されている)で無農薬野菜を栽培し、自身の休日に収穫した後、地元の知人や政界関係者に贈っている他、読売グループ会長渡邉恒雄等にも贈っており、交遊が広い。また、閣僚時代は部下の官僚たちに配っていたという(一連の行為は、選挙期間中に行った場合、公職選挙法違反の疑いもあるとされている[誰によって?][5])。

子どもの頃からの趣味である研究について、評論家の佐高信から「変質者代名詞のような蝶のコレクター」[6]と中傷されたことがある。

無類の愛犬家であり、ポメラニアンを溺愛していた(死去した後も遺骨を自宅に置いている)。また「自然との共生」を政治信条とし、動物愛護に対する関心も高く、自民党動物愛護管理推進議員連盟の会長を務め、ペット税を提唱している。

学習院初等科時代から中日ドラゴンズファンである。

兄由紀夫との関係が何かと話題になるが、実際には兄弟仲は悪くなく、不仲説が報道されるたびに兄と笑いあっているという。ただし、夫人同士は本当に不仲で、これに兄弟とも頭を悩ませている。

東大法学部卒業時の成績はトップであった[7]。高校時代は駿台予備校の模試を5回受け、1回目は600番くらい、3回目が105番、4回目に60番、5回目に1番になった[7]

政策[編集]

憲法改正[編集]

日本国憲法については俗に「アメリカからの押し付け」だったとして改正を唱えている。改憲については不仲が噂される兄とともに歩調を合わせている。

死刑制度[編集]

法務省で合衆国J.T.シーファー駐日大使を迎える鳩山邦夫

安倍改造内閣での法務大臣としては最後となる2007年(平成19年)9月25日午前の記者会見の席において、「法相が絡まなくても自動的に死刑執行が進むような方法があればと思うことがある」「(死刑執行は刑確定から半年以内という規定について)法律通り守られるべき」「ベルトコンベヤーというのは何だが、(執行の順序が)死刑確定の順序なのか乱数表で決まっているのか分からない」と、死刑執行制度の在り方について踏み込んだ発言をした。午後に福田内閣法相に再任されたときの会見でもほぼ同様のことを述べたが「乱数表というのは不適切だと思った」とも述べた。このほか、「『この大臣はバンバン執行した、この大臣はしないタイプ』などと分かれるのはおかしい。できるだけ、粛々と行われる方法はないかと考えている」と述べたうえで、改善も視野に入れた勉強会を省内で設けたい意向を示した。

鳩山は安倍政権下では安倍改造内閣が短命に終わったために死刑執行命令を発令しなかったが、再任された福田政権下では2007年(平成19年)12月(3人)、2008年(平成20年)2月(3人)、2008年(平成20年)4月(4人)、2008年(平成20年)6月(3人)と4回(計13人)の死刑執行を命令した。これは、1993年(平成5年)3月の死刑執行再開以降の法相では最も多い数字であり、前述の弁の通り現行法の遵守へ勤勉に努めた。また、過去の例からはそれまで死刑執行は死刑執行の間隔が長く国会閉会中や内閣改造直前に行われる傾向があったため、8月・9月・12月が死刑執行が多い月として一般的に認知されていたが、鳩山は国会開会中である2008年(平成20年)2月・4月・6月と2ヶ月間隔で死刑執行されたことが注目された。

2007年(平成19年)12月の執行では、現行憲法下では初めて、執行対象となった死刑囚の氏名を公表し、以降の執行でも死刑囚の氏名の公表を行っている。同日の衆院法務委員会では、「国家権力によって人の命を絶つわけで、斎戒沐浴(さいかいもくよく)してサインをさせていただいた。大きな心の痛みを感じるが、法に基づいて粛々と実行しなければいけないということで、逃げることのできない責務と思って執行させていただいた」と、法務大臣閣議後記者会見では、「本日3名の方に執行いたしました。ご冥福をお祈りします。果たさなければならない職務であると、それをもって踏み切りました」と述べた。

2008年(平成20年)6月の執行では、弁護団が再審に向けた準備を進めて鳩山に執行延期を求める要望書を提出していた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の死刑囚である宮崎勤について、「事件の残虐性を考えると執行を猶予することはできない」として死刑を執行した。宮崎勤は世間から大きく注目を集めた凶悪事件の死刑囚だったため、宮崎勤の死刑執行は鳩山がサインを出した死刑執行の中では最も大きな注目を集めた。

この直後に朝日新聞夕刊コラム「素粒子」が鳩山を「永世死刑執行人」「死に神」などとして紹介。これに対し鳩山が「軽率な文章。死刑囚を冒涜するものだ」と抗議した。全国犯罪被害者の会も朝日新聞社に公開質問状を出す事態に至った(詳細は後述)。

2010年(平成22年)末、番組のインタビューの中で「最も凶悪な事犯の一つだと思うから、宮崎を執行すべきと思うが検討しろと。私から指示しました、実は」と宮崎勤の死刑執行について当時の経緯を述べた[8]

児童ポルノ規制[編集]

児童ポルノの規制について、非常に積極的な立場である。2009年(平成21年)年2月18日の衆院予算委員会で、児童ポルノを個人的に所有する「単純所持」や被害者が存在しない成人向け漫画アダルトゲームなど二次創作物準児童ポルノを参照)について「断固として禁止するべきだ。表現の自由で守られる法益と、児童ポルノで失われる人権を比較すれば、表現の自由が大幅に削られてかまわない」と述べている[9]。法務大臣であった平成20年には、児童ポルノを個人的に収集・所持する「単純所持」を原則禁止、創作物と性犯罪との関連性の調査を義務付ける、児童買春・児童ポルノ禁止法改正案が、議員立法で国会に提出されている。尚、AVについては触れていない。

業者テスト廃止[編集]

寺脇研らとともに業者テスト廃止、学力偏差値追放を唱えたが、教育現場から偏差値が消えることはなく、むしろ塾産業におけるテストの活発化を招く結末となった。また業者テスト廃止により公立中学校では各々の生徒のレベルを把握することが難しくなり、進路指導の空洞化、私学中高一貫校の台頭といった事態を招いたとも言われている。

司法試験合格者数問題[編集]

2010年(平成22年)に、司法試験の合格者数を年3000人に増員することが決まっているが、多すぎるとして反対。2007年(平成19年)10月の国会答弁で、法務官僚の反対を押し切って、減員の方向で見直すと明言し[10][11]、その後も同様の発言を繰り返している。

かんぽの宿一括譲渡問題[編集]

かんぽの宿の一括譲渡問題では、2008年(平成20年)10月31日の第2次入札で、オリックス不動産ホテルマネージメントインターナショナルの2社が価格を提示した後、スポーツ施設「ゆうぽうと世田谷レクセンター」を売却対象から外した。これに関して鳩山邦夫総務大臣が公正な入札とは云えないと批判し、完全民営化途上にある日本郵政に対して調査を実施していくことを明言した[12]

東京中央郵便局建て替え問題[編集]

2009年(平成21年)2月、東京中央郵便局の再開発工事(超高層ビルの新築・旧庁舎の一部保存)の見直しを示唆する発言をした[13][14]。東京中央郵便局旧庁舎(吉田鉄郎設計)は、歴史的価値のある建築であるとされ、建築の専門家らから、重要文化財としての登録と全面保存が求められていた経緯がある[15][16]。しかし、再開発が中止となれば、郵便局会社の将来の経営に打撃を与えるとする予想もあった状況につき[17][18]、同年3月、「トキを焼き鳥にせず剥製にして残す」として、旧庁舎の保存部分を拡大した上で再開発を進めるとする妥協案に同意した[19]

話題となった発言[編集]

アルカイダ発言[編集]

2007年10月29日日本外国特派員協会の講演で2002年のバリ島爆弾テロ事件に関連し「私の友人の友人がアルカイダなんですね。バリ島の中心部は爆破するから近づかないようにとアドバイスを受けた」と発言した。出入国を所管する法務大臣が大規模テロ事件の情報を事前に掴んでいたかのような発言は、特に外国特派員協会での講演ということもあり内外各方面に大きな衝撃を与えた。そのため、当日の内に発言訂正に追い込まれることになり、「実際に話を聞いたのはテロの3、4ヶ月後だった。話を聞いた友人は自分の趣味であるチョウの採集を通じて知り合った一般人で、アルカイダと断定はしていなかったが関わりのある過激派グループに協力している人物かも知れないとのことだった」と釈明[20]

翌30日、内閣総理大臣福田康夫から「そういうこと(テロ)を防止する役目だからしっかりやるように」[21]と注意され、内閣官房長官町村信孝からは「日本の法務大臣がテロリストを知っているという誤った印象を与える発言は遺憾」として注意を受けた。鳩山は、「ご心配をかけて申し訳ない」と福田に対し謝罪したが、直後の記者会見で「事実を言ったらいけないのか。知り合いの知り合いということでは間違いない。それが国際的な信用にかかわるとは思えない」[22]と主張している。国民新党代表代行亀井静香(元警察官僚)が「警察庁は法相から事情聴取をしていない。国家公安委員長は何をやっているのか。(法相を)放っておくのはふまじめすぎる」[23]と発言する[24]など、事実関係の解明を求める指摘もされており、町村信孝は文書による事実関係の報告を鳩山に指示している。また、当該人物がテロ組織と無関係だった場合どうするのか問われた鳩山は、「人の名誉を著しく傷つけることになれば、何らかの責任を取らないといけない」[25]と衆議院法務委員会にて答弁している。

11月3日、自らの選挙区で行われた秋祭りの挨拶で、「本当のことを、事実を言うと、みんながびっくりしてマスコミが騒ぐ。テロリストの怖いのが平気で日本をうろうろしている。私はその事実を知っているから申し上げている」ともコメントしている。

また、鳩山はアルカイダ関係者と見られる人物を当局に告発しておらず、刑事訴訟法239条2項(公務員の告発義務規定)に違反していると指摘されている[26]。 衆議院法務委員会での答弁によれば、鳩山はアルカイダ関係者と見られる人物が出入国管理及び難民認定法に触れる可能性を認識したが、友人の立場を考慮し告発は行わず、関係当局への連絡にとどめたとしている。なお、鳩山は「警察にも入管にも防衛省にも、公安調査庁に言ったかどうかはよく覚えておりませんが、かなり厳しく言いました」[26]と主張しているが、連絡した相手の人名等を問われると「記憶にはありません」[26]「だれにいつどうしたということが今のところはっきりしておりません」[27]との答弁を繰り返している。

国防総省からご馳走発言[編集]

2007年10月31日の衆議院法務委員会にて、田中角栄秘書を務めていた際にアメリカ国防総省協力者だったと取れる発言をした[28][29][30]

法務委員会にて河村たかし外務省官房長の塩尻孝二郎に質問中、指名されていないにもかかわらず鳩山が法務委員長の下村博文に対し突然発言を求め、「私が田中角栄先生の私設秘書になったとき、毎月のように、ペンタゴンがやってきて食事をごちそうしてくれた。当時、私は金がありませんから『ウナギが良い』とか『天ぷらだ』などと言っていた。私は1円も払っていない」[29]と発言した。

鳩山は「思い出を語りたいんですが」と前置きした上でこの発言をしたため、当初は野党席から「思い出なんかいいよ!」[29]と野次が飛び交っていたが、この発言後は、河村から「鳩山議員のように全部ペンタゴンにカネ出してもらっとりゃ、日本がどっちの方向に向いているか、全く危ないじゃないですか!」[29]と非難された。

世界同時株安で兄弟同時損害[編集]

母方の祖父・石橋正二郎ブリヂストン創業者である関係から、同社の株375万株を保有しているが、2008年1月の世界同時株安により株価が下落し、評価額で30-40億円の含み損が発生したという[31]。これに関し、資産家である兄・由紀夫について「兄も相当損したのではないか」などと述べたが、当の由紀夫は「余計なことを言う人だ」などと不快感を表明した。

志布志事件についての発言[編集]

2008年2月13日、法務省内で開かれた検察長官会同で、鹿児島県の志布志事件について「冤罪と呼ぶべきではない」と発言した。本事件は被告人全員の無罪が確定しており、無実の人間に有罪の確定判決が下ることを指す厳密な解釈からすれば、確かに冤罪事件とは言えないという指摘もある(冤罪の項も参照)。なお、広辞苑によると冤罪とは「無実の罪」というあいまいな意味である。一方で、一部のマスコミは(誤用に基づいた感覚で不快に感じるものであっても)関係者の感情を尊重していないと批判している。鳩山は「冤罪という言葉は、全く別の人を逮捕し、服役後に真犯人が現れるなど百パーセントぬれぎぬの場合を言い、それ以外の無罪事件にまで冤罪を適用すると、およそ無罪というのは全部冤罪になってしまうのではないか」と釈明した。この発言は無実の人間に過酷な取調を行い、起訴した検察側の姿勢を擁護し、無罪判決に疑問を呈する不適切な発言と受取られ、大きな波紋を呼んだ[32]。後日、このような冤罪の定義こそが法務省・検察が常日頃から言っていることだと責任転嫁するような発言もしている[33]

翌日の衆議院予算委員会で、社民党保坂展人議員からこれについて質問を受けた時、鳩山法相は「元被告が『冤罪が晴れた』とおっしゃるのを、私は否定する何の根拠も持っていない。私の発言で元被告の方々が不愉快な思いをしたなら謝罪しなければならない」と前日の発言を撤回・陳謝した。さらに「今後は公式の場で冤罪という言葉は使わない」「冤罪は意味が不確実だ」とも述べた[34]。この件については、町村信孝官房長官も鳩山に「不適切な捜査は是正しなければいけないと強調すべきだった」と苦言を呈している[35]

死刑廃止論についての発言[編集]

2008年3月22日、地元福岡県久留米市であった自身の後援会主催のパーティーで演説し、死刑廃止論には与しないと発言した。[36]

「朝から天ぷら食べるが、フォアグラはNO」発言[編集]

週刊文春(2008年4月24日発売)に掲載された『「一日百万円使える」鳩山兄弟の「密かな愉しみ」』と題する記事において、兄の後援会の関係者の話として「鳩山法相は朝からフォアグラや天ぷらを食べるようだ。また、1日に100万円は自由に使える、と豪語しています」という自身の金満体質を報じられたことに対し、同年4月30日午前閣議後記者会見で、「朝から天ぷらを食べるが、フォアグラは絶対に食べない。100万円使うとか、そんなことがあり得るはずない」とこれを否定した。

少年法についての発言[編集]

2008年5月16日、「寝屋川コンビニ店員刺殺事件」(2007年10月6日発生)の被害者両親から少年法改正を求める署名を受け取った際に、「こんなに凶悪な犯罪が少年法によって犯される」と発言した。

「死に神」表現についての発言[編集]

鳩山が2008年6月17日に3件の死刑執行を指示したことについて、翌6月18日付の朝日新聞夕刊のコラム「素粒子」が、前日に将棋棋士羽生善治永世名人称号を獲得したことを引き合いに出し、鳩山を「永世死刑執行人。またの名、死に神」と表現したことに対し、6月20日の閣議後会見で、「極刑を実施するのだから心境は穏やかではないが、どんなにつらくても社会正義のためにやらざるを得ない」「司法の慎重な判断、法律の規定があり、苦しんだ揚げ句に執行した。死に神に連れていかれたというのは違うと思う。記事は執行された方に対する侮辱だ」と抗議し、「そういう軽率な文章を平気で載せる態度自身が世の中を悪くしていると思う」と朝日新聞を批判した[37][38]。兄の由紀夫も「弟は法に従っただけ。私も死に神の兄といわれては困る」と弟を擁護した[39]

朝日新聞の「死神」発言に対しては「法相は職務を全うしているだけ」「死に神とはふざけすぎ」「羽生名人にも失礼」など、死刑賛成派市民から1800件あまりの抗議文などが朝日新聞社に送られた[40]。また、死刑賛成派団体の全国犯罪被害者の会は、鳩山法相に対する朝日新聞の「死に神」発言は、「凶悪殺人犯罪を犯した死刑囚の処刑による復讐を望んでいる全国の犯罪被害の遺族、及び殺された被害者本人対する侮辱でもある」として強く抗議した。また、この一連の動きに呼応して全国の死刑賛成派の人々による朝日新聞の購読拒否が続出した事実が民放各局のワイドショー番組等で放送され、朝日新聞社に対する大きな圧力ともなった。最終的に、全国犯罪被害者の会の三度に渡る公開質問状に朝日新聞社は、2008年8月2日付け朝日新聞朝刊社会面に経緯を掲載した上で、「適切さを欠いた表現だったと言わざるを得ず」と謝罪する回答を提示、同会も回答に納得し抗議を打ち切る考えを示した[41][42]

和歌山に行かなくてもヒ素入り穀物発言[編集]

2008年10月3日、佐賀市内のホテルで催された今村雅弘衆院議員の国政報告会において、食糧問題に触れた折、4人が死亡した和歌山毒物カレー事件を引き合いに出し、「井戸水を掘ればヒ素は出てくる。本当に和歌山に行かなくたってヒ素入りの穀物というのが出てくる」と述べた。この発言を受け、和歌山市の大橋建一市長は8日付で「非常に遺憾」とする鳩山邦夫宛の抗議文を郵送した。鳩山は9日になって自らの発言について謝罪する書簡を和歌山市長に送った。

麻生首相のバー通いは「喫茶店に毛の生えた」程度発言[編集]

2008年10月24日の閣議後記者会見で麻生首相が一流ホテルのバー通いを続けていることに対し、党内や野党から批判が出ていることについて、「喫茶店でお茶を飲むのに毛が生えたような話ではないか」と首相を擁護した。これに対し、兄の民主党・鳩山由紀夫幹事長は、24日の会見で「首相が行くのは超一流ホテルのバーで、庶民感覚からすれば安いとはいえない。こういう発言は弟にも慎んでもらいたい」と苦言を呈した。

草彅剛に対する「最低の人間だ」発言[編集]

2009年4月23日、地デジのイメージキャラクターを務めていたSMAPのメンバー草彅剛が、公然わいせつ容疑で逮捕されたことを受け、責任者の総務大臣としてTVのインタビューで「めちゃくちゃな怒りを感じている。なんでそんな者をイメージキャラクターに選んだのか。恥ずかしいし、最低の人間だ。絶対許さない」と発言。その直後から批判が殺到し翌24日、この発言を撤回して「最低な行為と言い替えたい。彼には出直して頑張ってほしい」と訂正した[43]が、公式ホームページへの7000以上のコメント[44]や、フォークシンガー松山千春による批判[45]など多くの抗議や批判を浴びた。

ただし、このトピックはその後公式ページの活動報告からは削除されている(2011年12月現在)

「黒い鳩」発言[編集]

2009年8月9日、兄・由紀夫に関しての批判。「私は清潔な白いハト。もう一羽ハトがいる。私の兄だが、政治資金収支報告書がウソばかりだから黒いハト」と発言した[46]が、後に自身も同様の問題が発覚する(後述)。

「龍馬の親戚」発言[編集]

自民党内での新党をめぐる騒動の中で自身を薩長同盟を結ばせた坂本龍馬になぞらえて、舛添要一与謝野馨を結ばせて自身を加えた新党結成を目指す考えを明らかにした。またテレビ番組内で「龍馬の親戚だった」と発言した事が波紋を呼んだ[47]

不祥事・疑惑報道[編集]

ユーロ・ジャパン・コーポレーション問題[編集]

週刊ポスト』によると、鳩山邦夫と鳩山の母が25%ずつ出資する投資顧問会社「株式会社ユーロ・ジャパン・コーポレーション」(東京都杉並区、投資顧問業者登録番号関東財務局長127号)を相手取って起こされていた「不当利得返還請求訴訟」において、2006年11月、ユーロ社は東京地裁民事第10部により総額1,200万円の返還を命じる判決を下された上、鳩山邦夫事務所もユーロ社の運営に深く関わりを持っていたことが報じられた[48]。また、『週刊ポスト』が取材を申し込んだ翌日(9月4日)にユーロ社の商業登記簿より鳩山の名前が取締役から抹消されていることが明らかとなっている。

フィリピン自然保護区におけるチョウの違法採取疑惑[編集]

日刊ベリタの2007年4月2日[49]、4月3日[50]、4月27日[51]、8月27日[52]の一連の掲載記事によると、鳩山邦夫は、2006年12月、公用ビザでフィリピンに入国し、同国の自然保護区「パライパライ山系マタアスナグロド国立公園」に入った。同地区ではチョウの採取は禁じられているが、鳩山に依頼され同行したフィリピン在住のチョウ収集家の男性、日向博美の捕虫網が高圧電線に触れる事故が起き、日向は感電して入院。手術で両足ひざ下を切断、脳外皮損傷部を切除した(翌年4月、多臓器不全で死亡)。鳩山は「チョウの観察をしていただけ」と説明しているが、捕虫網を持っていたことについてチョウの違法採取を行っていたとの疑惑が持ち上がっている。  

実母からの資金提供問題[編集]

自身が黒い鳩と呼んだ兄由紀夫同様に邦夫も母安子から資金提供を受けていたことが明らかになる。私自身は把握していなかった兄とは違うと述べたものの、親子の貸し借りという論理は世間には通用しないとして5億3600万円余りの贈与税を納めた[53]。この問題に関し、自民党は政治倫理審査会を開催して邦夫から事情聴取することを決定した[54]

資産[編集]

所得公開によって、2013年分の所得が29億3757万円だったことが明らかになった [55]

家族・親族[編集]

曾祖父:鳩山和夫
幼い鳩山邦夫 (右) 、由紀夫の兄弟と鳩山一郎総理
邦夫の従兄弟石橋寛石橋正二郎の孫)とエミリーの姉・高見理沙との結婚式で見初めて、エミリーが中学2年のときにプロポーズし[56]、17歳で婚約した[57]。エミリーの父はオーストラリア人の貿易商で、母は日本人[58]

系譜[編集]

鳩山家(東京都文京区岡山県ホームページ - 鳩山会館
                   幸
                   ┃
                   ┣━━━鳩山紀一郎
                   ┃
    鳩山一郎━━鳩山威一郎 ┏鳩山由紀夫
           ┃    ┃
           ┣━━━━┫
           ┃    ┃
          ┏安子   ┗鳩山邦夫  ┏鳩山太郎
    石橋正二郎━┫        ┃   ┃
          ┗石橋幹一郎   ┣━━━╋鳩山華子
                   ┃   ┃
                 ┏エミリー ┗鳩山二郎
                 ┃
                 ┗高見理沙

主な所属議員連盟[編集]

  • 途上国貧困問題解決議員連盟 - 会長
  • 自然との共生を考える国会議員の会 - 会長
  • 党自然との共生会議 - 議長
  • 校庭の緑化(芝生化)推進議員連盟 - 副会長
  • 環境・省エネ住宅政策を推進する議員連盟 - 副会長
  • シックハウス対策推進議員連盟
  • 内水面漁業振興議員連盟 - 会長
  • 気体エネルギー議員連盟 - 会長
  • 国土幹線天然ガスパイプライン建設推進議員連盟 - 会長
  • 日本中米カリブ友好議員連盟 - 会長
  • 日本アルゼンチン友好議員連盟 - 会長
  • 日本イタリア友好議員連盟 - 顧問
  • 日本ベラルーシ友好議員連盟 - 事務局長
  • 日華議員懇談会
  • 日韓議員連盟
  • みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会
  • 平城遷都1300年記念事業推進議員連盟 - 幹事
  • 憲法調査推進議員連盟 - 副会長
  • 教育基本法改正促進委員会(基本法議連) - 顧問
  • 子どもと本の議員連盟 - 会長
  • 短期大学振興議員連盟 - 顧問
  • 自民党動物愛護管理推進議員連盟 - 会長
  • 獣医師問題議員連盟 - 幹事
  • 日本置き薬議員連盟
  • デノミ推進議員懇談会 - 会長
  • 自民党遊技業振興議員連盟(自民党パチンコ議連)

主な関係団体[編集]

  • 文京動物愛護協会
  • 日本ドッグパーク普及協会 - 名誉会長
  • NPO日本アンリ・ファーブル会 - 理事
  • NPO法人地球船クラブ - 顧問
  • 財団法人日本友愛青年協会 - 副理事長
  • 鳩山友愛塾 - 塾長代行
  • 特定非営利活動法人日本科学技術者協会 - 名誉顧問
  • NPO図書館の学校 - 理事
  • 社団法人日本編物協会 - 顧問
  • 書道・全国書教研連盟 - 名誉会長
  • 社団法人日本・中国水墨交流協会 - 会長
  • 社団法人日本尺八連盟 - 会長
  • 日華文化協会 - 顧問
  • 国際交流・日本馬頭琴協会 - 顧問
  • 文京日韓親善協会 - 名誉会長
  • 社団法人日本カーリング協会 - 名誉会長(2004年-2006年は会長:任期2年)
  • 財団法人東京都軟式野球連盟 - 会長(1993年-2007年)
    父威一郎から引継ぎ会長に就任。選挙区を東京から福岡に国替えした後も会長職に留まっていたが、法務大臣就任により大臣の公益法人役職兼務禁止の規程による。
  • 日本フットサル連盟 - 顧問(2008年現在)
  • NPO法人日本ティーボール協会 - 東京都連盟会長
  • 剛柔流拳昌会国際空手道連盟 - 最高顧問
  • 財団法人日本相撲連盟 - 東京都連盟会長
  • パチンコチェーンストア協会 - 政治分野アドバイザー[63]
  • 日本熊森協会 - 顧問

著書[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「同級生交歓 > 学習院中等科」文芸春秋2013.05.01
  2. ^ このエピソードは大下英治著の『闘争!角栄学校』でも書かれている。
  3. ^ 鳩山と中村は宮澤内閣で共に入閣しており、鳩山は文相、中村は建設相を務めた。
  4. ^ 一個人 人eats(2)「至高の朝食」 2011年11月参照
  5. ^ 電子政府e-Gov(イーガブ)公式ホームページ 公職選挙法 第16章 罰則 (買収及び利害誘導罪) 第221条第1項第1号 「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて…財産上の利益…の供与」等を根拠としていると考えられる。自家栽培野菜が財産上の利益供与か、判例がない。
  6. ^ 噂の真相』1999年(平成11年)5月号。
  7. ^ a b 週現スペシャル 学校別 世の中、上には上がいる 私が見た大秀才たち 本当に頭がいいとはこういうことか
  8. ^ 鳩山氏、宮崎勤元死刑囚の死刑執行語る
  9. ^ 児童ポルノ単純所持「禁止すべき」 衆院委で鳩山総務相 朝日新聞 平成21年(2009年)2月19日
  10. ^ 地方から異論続出 司法試験合格者増加目標に - MSN産経ニュース
  11. ^ 法務大臣閣議後記者会見の概要(2007年(平成19年)9月11日)
  12. ^ かんぽの宿:郵政「公正な入札」強調 第3者委を設置 毎日新聞 2009年(平成21年)2月16日
  13. ^ asahi.com 鳩山総務相、東京中央郵便局建て替えに「待った」
  14. ^ 毎日jp 鳩山総務相:東京中央郵便局の再開発に異議
  15. ^ asahi.com 東京中央郵便局、解体の危機 建築家ら「文化財に」
  16. ^ 日本建築学会 【東京・大阪中央郵便局に関する学会提言】
  17. ^ 毎日jp 東京中央郵便局:再開発「待った」 文化財保護…日本郵政、経営打撃も
  18. ^ NIKKEI NET 日本郵政、新たな難題 東京中央局再開発に総務相「待った」
  19. ^ NIKKEI NET 旧東京中央郵便局の再開発、総務相が同意
  20. ^ 爆弾テロ事前に知ってた? 法相、発言後に訂正中日新聞、2007年10月29日
  21. ^ 福田首相、鳩山法相を注意 「友人の友人はアルカーイダ」発言で 産経新聞、2007年10月30日[リンク切れ]
  22. ^ 鳩山法相、アルカイダ発言を陳謝 日刊スポーツ、2007年10月30日[リンク切れ]
  23. ^ 時事ドットコム:「法相聴取を」と皮肉=亀井静香氏』、2007年10月31日。
  24. ^ 「『鳩山法相のアルカイダ発言、聴取せよ』亀井氏が批判」『asahi.com:「鳩山法相のアルカイダ発言、聴取せよ」亀井氏が批判 - 社会朝日新聞社2007年10月31日
  25. ^ 時事ドットコム:「無関係なら責任取る」=アルカイダ発言で鳩山法相』、2007年10月31日。
  26. ^ a b c 「第3号――2007年(平成19年)10月31日(水曜日)」『第168回国会 法務委員会 第3号(2007年(平成19年)10月31日(水曜日))』衆議院。
  27. ^ 「第4号――2007年(平成19年)11月6日(火曜日)」『第168回国会 法務委員会 第4号(2007年(平成19年)11月6日(火曜日))』衆議院。
  28. ^ Shugiin「法務委員会(休憩1~散会)」『衆議院インターネット審議中継Shugiin、2007年(平成19年)。
  29. ^ a b c d 「アルカイダ発言の鳩山法相――今度は「ペンタゴン接待」告白」『J-CASTニュース : アルカイダ発言の鳩山法相 今度は「ペンタゴン接待」告白J-CASTニュース、2007年11月2日。
  30. ^ 「鳩山また衝撃発言…ペンタゴンから毎月ごちそう」『「鳩山また衝撃発言…ペンタゴンから毎月ごちそう」政治も‐政局ニュース:イザ!』産経デジタル、2007年11月2日。
  31. ^ 鳩山法相「30~40億円損した」産経新聞 2008年1月23日付。
  32. ^ 全員無罪『志布志事件』 鳩山法相『冤罪と呼べぬ』 また不適切発言(東京新聞、2008年2月14日)
  33. ^ 鳩山法相責任逃れ…「法務省や検察の見解を言っただけ」(スポーツ報知、2008年2月17日)
  34. ^ 鳩山法相:自分の発言撤回 鹿児島県議選の買収無罪事件で(毎日新聞、2008年2月15日)
  35. ^ 鹿児島県議選買収無罪事件:法相「冤罪」発言に官房長官が苦言(毎日新聞、2008年2月14日)
  36. ^ ただし、死刑廃止論について「人を惨殺しておいて、自分の命だけ助かるという」とも発言しており、死刑廃止論についての認識が実際の議論・主張とはかけ離れたものであることも示した。実際の死刑廃止論については死刑存廃問題#死刑存廃論の論点を参照。
  37. ^ “「死に神」表現に猛抗議 死刑執行で鳩山法相”. 東京新聞. (2008年6月22日) 
  38. ^ “朝日「死に神」報道に法相激怒 「死刑執行された方に対する侮辱」”. 産経新聞. (2008年6月20日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080620/trl0806201109003-n1.htm 2010年3月9日閲覧。 
  39. ^ “「弟は死に神ではない」 民主・鳩山氏、法相を擁護”. 産経新聞. (2008年6月21日). http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080621/stt0806211715002-n1.htm 2010年3月9日閲覧。 
  40. ^ “朝日新聞「死に神」報道:「素粒子」に抗議1800件 「風刺コラム難しい」”. 毎日新聞. (2008年6月22日) 
  41. ^ http://www.navs.jp/2008_8_4.html[リンク切れ]
  42. ^ “朝日新聞「死に神」問題解決 被害者の会が回答に納得”. アメーバニュース. (2008年8月2日). http://news.ameba.jp/domestic/2008/08/16353.html 2010年3月9日閲覧。 
  43. ^ 鳩山総務相「最低の人間」発言→撤回…草なぎ容疑者逮捕で : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  44. ^ 総務大臣 鳩山邦夫 公式ホームページ 活動報告 草なぎ剛さんに関する件について
  45. ^ 草なぎ擁護派…松山千春、鳩山総務相は「バカ野郎」(産経新聞社ZAKZAK、2009年4月30日)
  46. ^ [1]
  47. ^ 鳩山邦夫のイトコの妻のイトコが、坂本龍馬の姉のひ孫。“邦夫、今度は「龍馬の親戚」発言に子孫激怒「良識疑う」”. 夕刊フジ (産業経済新聞社). (2010年3月20日). オリジナル2010年3月23日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20100323082004/www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20100320/plt1003201353002-n1.htm 
  48. ^ 週刊ポスト』、2007年(平成19年)9月10日発売。
  49. ^ 鳩山邦夫議員に同行の邦人が両足切断 比でチョウを「観察中」に感電事故(日刊ベリタ、2007年4月2日)
  50. ^ 比で感電事故の邦人、治療費なく退院できず 同行の鳩山議員は公用ビザで入国(日刊ベリタ、2007年4月3日)
  51. ^ 比で鳩山議員に同行の邦人男性が死亡 チョウ観察中の感電事故後、多臓器不全で(日刊ベリタ、2007年4月27日)
  52. ^ 新法相・鳩山邦夫氏にチョウ違法採取疑惑 同行の邦人が感電死した比の事件の顚末(日刊ベリタ、2007年8月27日)
  53. ^ “鳩山邦夫氏、贈与税5億3600万円を納付”. 日本経済新聞. (2009年12月14日). http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20100114ATFS1400414012010.html 2010年2月21日閲覧。 
  54. ^ “鳩山邦夫氏、党政倫審で聴取へ=自民”. 時事通信社. (2010年1月22日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010012200560 2010年2月21日閲覧。 
  55. ^ “議員所得平均2281万円 鳩山邦夫氏29億円が底上げ 衆参、昨年分を公開”. 産経新聞. (2014年6月30日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140630/plc14063018110018-n1.htm 2014年7月4日閲覧。 
  56. ^ 『平成日本のよふけ 人生の大先輩が熱く語る「日本の皆さんへ」』フジテレビ出版、2000年、p.250。鳩山由紀夫インタビューより
  57. ^ 「週刊文春『50周年記念』検定」『週刊文春』2009年3月26日号、pp.46、50
  58. ^ 神一行著『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』 58頁
  59. ^ ワーナーミュージック・ジャパン公式ホームページ 高実華子 プロフィール
  60. ^ 『笛ふき子犬』(文:かわしまひとみ, 絵:たかみはなこ, 文芸社, 2000年)ISBN 4835509331
  61. ^ CDや絵本のほか、ラジオ番組MOZAIKU NIGHT〜No.1 Music Factory〜bayfm)など
  62. ^ “鳩山邦夫氏の次男・二郎氏、34歳で大川市長に”. 読売新聞. (2013年7月1日). オリジナル2013年7月1日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/SWldg 2013年7月1日閲覧。 
  63. ^ パチンコチェーンストア協会理事・会員リスト

関連項目[編集]

秘書経験者[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
増田寛也
日本の旗 総務大臣
第10代:2008年 - 2009年
次代:
佐藤勉
先代:
増田寛也
日本の旗 特命担当大臣(地方分権改革)
第4代:2008年 - 2009年
次代:
佐藤勉
先代:
長勢甚遠
日本の旗 法務大臣
第79・80代:2007年 - 2008年
次代:
保岡興治
先代:
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日本の旗 労働大臣
第59代:1994年
次代:
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先代:
井上裕
日本の旗 文部大臣
第116代:1991年 - 1992年
次代:
森山眞弓
議会
先代:
新設
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2014年 -
次代:
現職
先代:
鈴木宗男
日本の旗 衆議院議院運営委員長
第61代:2002年
次代:
大野功統
先代:
工藤巌
日本の旗 衆議院文教委員長
1989年 - 1990年
次代:
船田元