長妻昭
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ながつま あきら
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| 生年月日 | 1960年6月14日(51歳) |
| 出生地 | 東京都練馬区 |
| 出身校 | 慶應義塾大学法学部卒業 |
| 前職 | 日経BP従業員 |
| 所属政党 | (平成維新の会→) (新党さきがけ→) (旧民主党→) 民主党 |
| 称号 | 法学士(慶應義塾大学) |
| 公式サイト | 長妻昭 ながつま昭 衆議院議員 |
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| 内閣 | 菅内閣 |
| 任期 | 2010年6月8日 - 2010年9月17日 |
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| 内閣 | 鳩山由紀夫内閣 |
| 任期 | 2009年9月16日 - 2010年6月8日 |
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| 選挙区 | (東京都第10区→) 東京都第7区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 任期 | 2000年 - 現職 |
長妻 昭(ながつま あきら、1960年〈昭和35年〉6月14日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。現在、民主党の筆頭副幹事長。厚生労働大臣(第11・12代)。
目次 |
[編集] 略歴
東京都練馬区出身。東京都立練馬高等学校、慶應義塾大学法学部卒業後、日本電気に営業職として勤務(汎用コンピューターの営業を担当)、その後日経ビジネス記者となり、金融、行政、政治などの分野を担当した。
1995年(平成7年)、第17回参議院議員通常選挙に平成維新の会公認候補として立候補するも落選。その後、新党さきがけを経て旧民主党結党に参加した。1996年(平成8年)、第41回衆議院議員総選挙・東京10区及び比例東京ブロックに重複立候補したが自民党元職で当時清和研で後に志帥会旗揚げ参加の小林興起に完敗し落選、次点も小選挙区のみ出馬の新進党現職鮫島宗明に奪われた。
2000年(平成12年)6月25日、東京都第7区に立候補していた第42回衆議院議員総選挙において自民党・大勇会の現職・粕谷茂を破って初当選。続く第43回総選挙(2003年11月9日)でも同小選挙区で再選された。第44回総選挙(2005年9月11日)では松本文明に敗北したものの、比例復活により3選を果たした。2009年(平成21年)8月、第45回衆議院議員総選挙で4選を果たした。
2002年(平成14年)9月の民主党代表選挙では菅直人の推薦人に名を連ね[1] 、2009年(平成21年)5月の民主党代表選挙では、若手の有力候補として名が上がったものの出馬せず、岡田克也の推薦人となった。民主党内では2007年(平成19年)9月から「次の内閣」年金担当大臣を務め、年金記録問題に関して政府を追及し「ミスター年金」の異名をとった。
2009年(平成21年)9月に発足した鳩山内閣では厚生労働大臣として初入閣した。また、併せて「年金行政の抜本的な見直しを推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」を担当することになった(年金改革担当)。2010年(平成22年)6月に発足した菅内閣でも、厚生労働大臣として入閣するとともに、「年金行政の抜本的な見直しを推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」を担当した[2]。 しかし菅改造内閣発足をもって退任し、民主党の筆頭副幹事長に就任。これは閣僚経験者としては異例の降格人事である[3]。これは内閣府の意見募集に長妻の悪評が山のように届いていたため、菅改造内閣の閣僚人事を検討した仙谷由人官房長官も「長妻君の職員からの評判はすこぶる悪い。かと言って、交代させると、ダメという烙印(らくいん)を押すことになる」と周囲に悩みを打ち明けた結果である[4]。長妻自身は1年で閣外に去ったことに未練をにじませた[5]。
[編集] 政治活動
[編集] 野党時代
[編集] 質問主意書の提出活動
長妻は、国会答弁で回答のなかった質問事項に関して、内閣に対する質問主意書の提出を積極的に行っている。3期目(2005年9月から2009年7月まで)の提出回数は、全衆議院議員中4番目に多い[6]。
- 同年6月5日提出の質問第84号「道路特定財源の一般財源化に関する質問主意書」[7]を皮切りに「道路特定財源を一般財源化することも、選択肢の一つであると理解してよいのか」と再質問を重ねた[8]。さらに、2008年2月14日、衆議院予算委員会で、「地下鉄(選挙区を通る東京地下鉄副都心線)の工事」などに道路特定財源が支出されていることを指摘し、道路の直上、直下に地下鉄を通すことにより渋滞緩和効果等が見込まれるものについて道路特定財源を活用したものとの政府の回答を引き出した。さらに地下鉄建設についても、「国道事務所でのアロマセラピーの購入」と同様に税金の無駄遣いとして追及した[9][10]。
「道路特定財源制度#使途」も参照
一方、長妻への答弁書作成で官僚サイドは徹夜することも珍しくない。霞が関では「官僚泣かせ」で名が通り、国の施設に入るテナントの選定や使用料などを個別に聞く質問主意書では電話帳並みの厚さになる答弁書を作成させられるなど、他の議員よりも膨大な調査を求めるケースが多いという。例えば、年金改革法案の審議中、社会保険庁では土日返上で職員が徹夜で答弁書作りに追われ、幹部の1人は「他の仕事が手につかない。(民主党の)長妻さんを何とかしてもらいたい」と悲鳴を上げた[11]。また、1週間以内に回答しなければならないこの制度により、「期間内で回答は不可能」として回答を拒否されたこともある[12]。
長妻の質問主意書が膨大な回答を要する一例として、2003年(平成15年)6月6日に提出した「国の施設に入るテナントの選定及び適正使用料等に関する質問主意書」がある。この質問主意書で、国の施設に入るテナントを省庁等別、店舗別に、1.店舗名、2.店舗を運営する法人等名、3.国との契約主体名、4.店舗の業種・内容、5.店舗が支払う月額使用料と支払先名、など13項目の調査を要求し[13]、9月30日に回答[14]を得た。
東京大学先端科学技術研究センター 菅原琢特任准教授が2008年(平成20年)12月29日に発表した「質問主意書制度のコスト―答弁書受領まで時間がかかった質問主意書ランキング」によると、2000年(平成12年)10月2日から2008年(平成20年)4月9日までに衆議院で提出され、2008年(平成20年)4月25日までに答弁が行われたもの3151通のうち、回答に100日以上を要した質問主意書16通のうち14通が長妻が提出したものであり、答弁までに最長183日を要している。長妻が提出する質問趣意書は大抵が内閣にとって都合の悪い事例の公表を迫るものであり、答弁書は長妻による政府批判の材料になることはあっても、立法に結びついたり現状の抜本的な改革につながるものとは必ずしもいえないと指摘している[15]。
2004年(平成16年)8月5日、細田博之官房長官は記者会見で長妻の質問主意書を手に取り、「『自分は質問主意書日本一だ』と自慢して、選挙公報に出している人までいる。非常に行政上の阻害要因になっている」と指摘した。
2005年(平成17年)2月7日衆議院予算委員会にて質問主意書の答弁書作成に関して、官房長官から「これが大変なサービス残業になって、しかも、エリートでない官僚のことで」との発言があったことに対する質問主意書を3年も経た2008年(平成20年)12月1日になってから「質問主意書の答弁書作成等に関する質問主意書」として提出した[16]。
[編集] HAT-KZ
HAT-KZ(ハットカズ)とは、長妻が第168回国会で質問[17]をするおり、「税金や保険料の無駄遣いを自動的に発生させるシステム」であるとする「ひも付き補助金、天下りあっせん・仲介システム、特別会計、官製談合、随意契約」の5つの代表例をしめす造語として用いた。
[編集] その他の政治活動
- 年金問題の追及で知名度を高めたが、厚生労働行政全般に精通しているわけではないとされ、鳩山内閣でも当初は行政刷新大臣への就任で調整が進んでいたが、長妻が年金関係のポストへの就任を熱望し、厚労相就任に至った。関係者によると「国会議員として最終的に取り組みたいのは実は外交・安保」[18]であるといい、年金問題で注目される以前は外交防衛関係の委員会に多く出席、質問にも立っていた[19]。安全保障では現実派で、2001年頃には日米同盟重視や憲法改正による集団的自衛権行使に賛成の立場を取っている[20]が、2009年衆議院総選挙前に行われたアンケートでは、憲法9条改正及び集団的自衛権に対する政府見解の見直しに反対の立場を表明した[21]。
- 2002年(平成14年)3月に鈴木宗男事件が発覚した際、鈴木宗男を2回も総理特使とした小泉内閣に対して、外務省疑惑と絡めて鈴木宗男が総理特使に不適格ではないかとする観点で質問主意書を内閣に出している[22]。
- 2005年(平成17年)11月17日に発覚した耐震強度偽造問題では参考人質疑・証人喚問・政治倫理審査会において伊藤公介元国土庁長官などを同じ民主党議員の馬淵澄夫などと共に追及した。
- 静岡空港建設反対の国会議員署名活動で署名者に加わった[23]。
- 2006年(平成18年)10月15日、自民党の政調会長だった中川昭一がテレビ番組内で当時の北朝鮮による核兵器実験を受け、日本の核武装について「議論を尽くすべき」とコメントしたことについて「非常に不謹慎」と述べた。また「北朝鮮に核実験をさせた責任の一端が日本の国会にないとは言えない」として「どういうところに問題があり、その核実験が強行されてしまったのか」と質問した[24]。
- 2007年(平成19年)5月31日の衆議院本会議で柳澤大臣の不信任決議案が提出された際、長妻は提案説明に1時間47分をかけた。
- 2007年(平成19年)10月3日の衆議院代表質問では福田康夫内閣総理大臣に対し、35分の演説時間で70項目に渡る国会始まって以来異例の質問攻めを行った。
- 2008年(平成20年)5月11日、フジテレビの報道番組で、「終末期医療について患者の意思を聞く厚労省の方針は間違っている。患者の意思に関わらずできる限りの終末期医療を行うべき」との趣旨の内容を述べた。
[編集] 厚生労働大臣として
- 2009年(平成21年)9月17日、厚生労働大臣として初登庁したが、職員からの拍手もなくピリピリムードの船出となった[25]。その後の訓示では、民主党の衆院選マニフェスト(政権公約)の冊子を手にしながら、マニフェストを「ある意味、国民と新しい政府との契約書、あるいは命令書と考えてもよい」と訓示した[26]。
- 2009年(平成21年)9月19日、厚生労働大臣として障害者自立支援法の廃止を明言していたが、対案のひな形は提案されず、フジテレビ『ニュースJAPAN』によれば、身体・知的・精神障害者団体や障害者本人からも「このままでは、私達はどうなってしまうのだろう…」という声が、障害者施設・福祉施設関係者からも聞かれるようになっている。これに対して長妻は「持続可能で優れた福祉政策を打ち出す」と述べた[27]。結局菅改造内閣の実施で、長妻の下で障害者自立支援法の廃止は実現できなかった。
- 2009年(平成21年)9月25日、守秘義務のない民主党政策調査会の職員を、省内の担当部署からの説明時に同席させている問題について、民主党の職員を非常勤国家公務員として採用することで問題を解決する考えを示した[28]。
- 2009年(平成21年)9月30日、閣議について「判子を押してそれで解散という自民党の方法ではなく、閣議の後で懇談会で率直な意見交換を行うようにした」と記者会見で報告した。記者から「自民党も閣議・閣僚懇という仕組みで同じことをしていました。民主党が「形骸化した」と批判していた閣議は参加してみたら実はそうではなかったという趣旨の感想でしょうか」と質問されると、長妻は「マスコミの報道で見た自民党の閣議は、サインをして「はい終わり」というものだった。実際に見たことはないが、民主党のように濃厚な議論はしていないと思う」と回答した[29]。
- 2009年(平成21年)10月26日、中央社会保険医療協議会の後任人事について、自民党を支持する日本医師会の委員枠を実質廃止し同年8月の総選挙で民主党を支持した茨城県医師会の医師ら3人を選出した[30]。
- 2009年(平成21年)11月12日、雑誌のインタビューで「自民党政権だったら、大臣になってもすべてお膳立てが整っている。極端に言えばハンコをつくくらいだと推察されます」と、同年9月30日に述べた自民党への見解を重ねて主張。また予算額について自ら電卓を使っている理由として「最初は自分でやってみないことにはどうにもならないから」、自民党の大臣については「自分で電卓をたたく大臣はいなかったんじゃないか」と語った[31]。
- 2009年12月6日、労働者派遣事業における製造業の単純業務への派遣・受け入れを労働者派遣法で禁止したい旨表明。しかし一年単位で繰り返される内閣総辞職により規程成立の目途は立っていない。
[編集] 年金関連
- 「ミスター年金」と呼ばれた長妻であったが、大臣となってからは慎重な発言が多いため、「ミスター検討中」と揶揄する声が挙がっている[32][33][34]。これについて長妻は、「すぐに結論が出せるものもありますが、じっくりと制度の改革などを考えなければならないこともあります」「(社会保障分野では)きちんと議論をして、それを多くの方の意見を聞いて、段階を踏む必要がある」と釈明している[35]。
- 2009年9月29日、野党時代に「年金責任逃げ切り法案」として強く批判していた自民党の「社会保険庁を日本年金機構とする案」[36]を、そのまま継承して、2010年1月に発足させることを表明した[37]。
- 2009年(平成21年)10月10日、2010年度予算の概算要求で日本年金機構の非正規職員を含めた人件費を、年金記録解明のために増額を求めることを示した。
- 2009年(平成21年)10月27日、社会保険庁が日本年金機構に移行することによって、 分限免職される社会保険庁の職員(懲戒処分暦のある職員は年金機構で雇用されずに分限免職となる)数百人を、地方自治体が採用するように働き掛ける方針を表明[38]。
- 2009年(平成21年)11月12日、年金記録問題について、国民年金加入期間の空白が1年以内である場合や、2年以内で他に未納期間がない場合には、証拠がなくても納付したと認める方針を表明[39]。
- 2009年(平成21年)11月13日、過去に懲戒処分を受けた社会保険庁の職員を厚労省の非常勤として採用することを検討することを表明。採用の規模は最低で100人ほどを予定していた[40]が、「(非常勤採用を)自動的にできるという意識は持っていない」として、案を主導した連合と距離を置くことになった[41]。
- 2009年(平成21年)11月14日、行政刷新会議で厚生省の立場を説明するために局長級の官僚を派遣。その議論の様子をテレビで見た「仕分け人に対する局長級の説明能力が低い」と指摘した[42]。
- 日本年金機構について、野党時代の長妻は社会保険庁を日本年金機構に移行させることを凍結し、社会保険庁を国税庁と統合させて歳入庁を設置することを主張していたが、厚生労働大臣に就任後の2009年(平成21年)9月29日、民間からの内定者が決まっていることを理由に、これを凍結すれば混乱が生じるとの判断から日本年金機構を予定通り2010年(平成22年)1月に発足させる方針を固めた上で、将来的には「歳入庁」へ移行させたいとしている。歳入庁構想には国税庁との合同が必要となるが、国税庁側が労組体質の残る旧社保庁との合流を警戒していることや、「国税庁を外局に抱える財務省と本気で対決するには大きな政治力を必要とする」ことなどの問題がある[43]。
- 2010年1月1日の日本年金機構発足に伴い、年金記録問題などに関連して懲戒処分を受けていた者を含めた職員525人が分限免職となった[44]。長妻は野党時代に天下り問題に絡めて「(退職した公務員OBは)なぜ公務員は再就職をあっせんされるのか。民間同様ハローワークに行けばいい」と公務員OBの再就職支援に冷淡な姿勢を示していたが、同機構への職員採用に関しては2008年(平成20年)12月19日に日本弁護士連合会が自民党政権に対し「日本の労働法制に背馳するもので違憲であり違法」として見直しを求めており[45]、免職された元社会保険庁職員について閣僚として過剰な元公務員の再就職支援を行う方針を示した場合は過去の発言との整合性が問われることになる[46]。
- 夫が失業したときに年金の種類を切り替えていない専業主婦が全国に約100万人いるという主婦の年金切り替え問題について、2011年(平成23年)3月に救済方法や法改正をせずに行政裁量で対応させる方針を決定し、同年12月に救済策を定めた通知を出した[47]。
[編集] 後期高齢者医療制度
- 2009年(平成21年)10月4日、 2008年(平成20年)6月に、民主党が参議院で可決させた「後期高齢者医療制度を即時廃止し、老健を復活させる法案」の実現を諦め、自公政権の政策(後期高齢者医療制度の継続と老人保健制度の復活の断念すること)を発表した。[48]。
- 2009年(平成21年)11月9日、2010年度の後期高齢者の医療保険料が平均12%増になることを発表[49]。
[編集] 母子加算の復活
- 2009年(平成21年)9月22日、生活保護の母子加算を10 - 11月ごろまでに復活させる方針を発表[50]。
- 2009年(平成21年)10月8日、生活保護の母子加算を12月までに復活させる方針を発表。母子加算の財源を作るため、災害など緊急時に備える予備費などを割り当てる方針を発表[51]。
- 2009年(平成21年)10月14日、母子加算の財源を作るため、「子育て応援特別手当」(3歳未満の児童手当が5000円から10000円にされた時に「すきま」年齢としてすりぬけた児童を対象に1回限り3万6千円を支給する政策)を支給停止することを決定[52]。
- 2009年(平成21年)10月22日、母子加算の財源を作るため、「ひとり親世帯就労促進費」(月に3万円以上収入を得た場合に1万円を支給し、自立に向けて努力しているひとり親世帯を支援する制度)を廃止する方針を発表[53]。
[編集] 厚労省職員からの不評
厚労省職員の多くが長妻に不信感を持っていると報じられている。JCASTニュースによると、「職員に対する指示がサディスティックで、パワハラまがいのいじめもある」との指摘があり、「政治主導の意味をはき違えている」との批判もある[54]。
また、自民党から民主党への政権交代後、厚生労働省の組合員の52.9%が「残業時間が増えた」と回答している。政権交代後、厚生労働省の職員は1人当たり月平均70時間の残業を強いられる形となり、全省庁で最多となっており[55]、過労死の危険ラインとされる月80時間を超える残業をした人が191人に登った。大臣の指示が細かくかつ多すぎるのが、残業が増える原因との指摘がある[56]。
大臣室に局長らを集めた際、机の書類が床に落ちたことがあった。毎日新聞によれば、長妻は「上に立つ大臣は取っちゃいけない。君たちが拾わなきゃいけないんだよ。私とあなた方はそういう関係です」と発言した。(ただし、長妻本人は自著でこの発言を否定。自身がこの記事を読み、「びっくりした」とのこと。)[57]。
長妻の就任後半年で、省内に出す指示は約1000件に達したが、「細かすぎる」と職員から不満が噴出していた。この指示は年金問題や後期高齢者医療制度など政策に関するものが大半を占める一方、「舛添要一前厚労相の公用ワゴン車は売却しろ」「年金機構の職員は大きな声で『いらっしゃいませ』とあいさつするように」といった細かな内容のものもある。「取材など報道の可能性を察知した場合には政務三役に報告すること」「記者に会った際には話した内容を報告」といったものもあった[58]。
長妻は、官僚の操縦(原因は官僚との相互不信)が致命傷となり、民主党筆頭副幹事長に事実上「降格」した。産経新聞は「長妻氏が目指した厚労省改革、年金の改革・是正も具体的な成果は挙げられなかった」と批判した。長妻のあとは副大臣だった細川律夫が昇格したが、産経新聞によれば、細川就任後、官僚に不信感をもたらした長妻のカラーは急速に薄れているという[59]。
[編集] 若手プロジェクトチームの指摘
長妻の肝いりで5月に発足した「若手プロジェクトチーム(PT)」が、平均年齢33歳の職員34人が6チームに分かれて、業務効率化やサービス改善策について無記名のアンケート調査を行った[60]。その結果、【現在仕えている上司について、当てはまると思うものはどれか(複数回答)政務三役】というアンケートに対して、「(政務三役の)おごりを感じる」と答えたのは48.0%であった。また、自由意見に「政務から優先順位がなく現実的なスケジュール感のない宿題が山ほど出されていることが、問題」などがあった[61]。職員の本音を突きつけられた長妻は「提言してもらった方々の勇気と労力に敬意を表します」と語った[62]。
[編集] 子ども手当の成立
2009年(平成21年)10月9日、子ども手当について、社民党や国民新党が求めていた所得制限を行わない方針を決定。
2009年(平成21年)10月13日、子ども手当について、地方自治体や企業にも負担してもらう考えを検討していると発言。
子ども手当、高校無償化等に関しては財源の裏付けや実際の支出の試算などを行わないまま審議を行い、大村秀章からは厚生労働委員会において「貴方は不真面目だ」「まじめにやってよ」と非難されている。また2010年度分として海外にいる7000人に「子ども手当」10億円が支給される事が問題となっている。
[編集] 平成22年度版厚生労働白書
2010年(平成22年)8月27日 平成22年度版厚生労働白書を閣議決定したが、巻頭に厚労行政について「お詫び」したり[63]、巻末に「厚生労働カルタ」を添付した[64]異例の内容であった[65]。長妻は自身のホームページでも「ながつまカルタ」[66]を掲載しており、白書でのカルタ添付も長妻が指示し、意向が強く反映された形となっており、省内からは「まるで長妻白書だ」(幹部)との声も漏れている[67]。
[編集] ホメオパシー
- 長妻は、2010年(平成22年)1月28日の予算委員会で、「統合医療の省内でプロジェクトチームをつくりまして、これを一本にまとめていくということで検討していくということであります。統合医療は、もう言うまでもなく、西洋医学だけではなくて、伝統医学、漢方、鍼灸、温泉療法、音楽療法、芸術療法、心身療法、自然療法、ハーブ療法、ホメオパチー(原文ママ)などいろいろな広がりがあるものでございまして、厚生労働省といたしましても、この22年度の予算でかなりこれまで以上に、研究分野の統合医療の研究について十億円以上の予算を計上しまして、その効果も含めた研究というのに取り組んでいきたい」と答弁した[68]。
- 2010年(平成22年)8月24日、日本学術会議はホメオパシーに関する会長談話を発表した[69][70][71]。これを受けて、長妻は「本当に効果があるのかないのか、厚労省で研究していく」と述べ[72][73]、ホメオパシーを含む代替医療に関し、聖路加国際病院の福井次矢院長を主任研究者とする研究班を設置した[74]。これに関して、既に科学的に否定されているホメオパシーに関して、国が予算を出して「研究」することは、血税の無駄遣いだとの批判が出ている[75]。
[編集] 国会会議録削除問題
- 2007年(平成19年)10月の衆議院厚生労働委員会における長妻の「与党というものは一度でも(政府の)不祥事を追及したことがあるのか」という発言が、自民党厚生労働委員長の茂木敏充により会議録から削除されていたことが判明した[76]。
- 2008年(平成20年)2月8日、衆議院予算委員会で、「今は戦前ですか?戦時中ですか!」と与党を批判し、削除された発言の復帰を求めた[77]。その後も国会において再三抗議し、記録の回復を求めた[78][79]。
- 2008年(平成20年)3月26日、同委員会の委員長、茂木敏充は、長妻の発言は議場からの不規則発言に対して発言したものであるため、「発言者は、私語に応酬することができない」としている本会議先例集に基づき削除したと説明した[80]。 通常こうした行為は理事会の合意を得て行うことになっており、委員長の職権で削除したのは極めて異例。国会の会議録削除は野中広務の発言以降、11年ぶりである[81]。
- 2008年(平成20年)5月14日・28日の厚生労働委員会では、長妻が同委員会に配布予定にしていた資料(「発言者は、私語に応酬することができない」という理由で委員の発言を削除した先例は衆議院と参議院でもなかったとする資料2枚)を理事会が配布しなかったことについて抗議し、説明を求めた。茂木敏充委員長は理由として「理事会で不適切と判断された」、「他の委員や参考人は(資料を)自分で配っている」などと説明した[79][78]。
[編集] 政策
日本における外国人参政権には賛成の立場である(議論を尽くし、町村議会から段階的に導入するべき)との見解 国立国会図書館法の一部を改正する法律案にも賛成又「菅談話」について閣僚として署名した議員でもある[要出典]
[編集] 不祥事
2001年(平成13年)、長妻の公設第一秘書小野寺光が、都議選に民主党から出馬を予定していた小川敏夫の公設第二秘書斉藤茂が自宅近くで起こした駐車違反において、長妻の元私設秘書を身代わり出頭させた事で犯人隠匿教唆の容疑者として逮捕された。
[編集] その他エピソードなど
- 特定の党内グループには属してないが、国のかたち研究会や凌雲会、花斉会所属議員を中心にシンパが多数存在する。
- 「選挙では全日本自治団体労働組合(自治労)の応援をもらったことは無い」と発言している[83]。また、企業・団体献金も受け取っていないと公言している[84]。
- テレビ朝日系列の『サンデープロジェクト』に出演した際には、田原総一朗から、「民主党は長妻さんに5000万くらいボーナスを出すべきですよ」と冗談を受けた。
- 2007年(平成19年)8月、WikiScannerでの検索により、2006年(平成18年)4月5日に厚生労働省から接続のIPユーザーより当項目に書込みがあったことが発覚。長妻を誹謗中傷する内容であったため、厚生労働事務次官が「遺憾である」とコメントした[85]。
- 地元(中野)事務所の上の階には、過去に演説妨害をされたこともある鳥肌実のことり事務所が入居している。
- 父親・謙三郎はかつて世田谷警察署長を務めた。
- 厚生労働大臣就任以前は、殆ど党に与えられた公用車を使うこともなく、選挙区から永田町まで地下鉄や鉄道で通勤しており、たまたま乗り合わせた乗客から「もっと年金のことをしっかりやれ!」などと激励の言葉を受けたこともあるとのこと。
- 高校の同期にタレントの西山浩司がおり、西山と共にバドミントン部を立ち上げた[86]。
- 慶應義塾大学在学中、ロックバンドのボーカルを務めていたこともある。
[編集] 著書
- 『マンガで読むびっくり仰天!年金浪費―「福祉」という名のブラックホールを塞げ!』(赤池キョウコとの共著) ISBN 4766208536
- 『「消えた年金」を追って―欠陥国家、その実態を暴く』 ISBN 4576071289
- 『闘う政治--手綱を握って馬に乗れ』(講談社・単行本)ISBN 978-4-06-214980-8
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 2002/09 民主党代表選立候補推薦人一覧
- ^ 「人事異動」『官報』号外特17号、国立印刷局、2010年6月8日、1面。
- ^ あわれ?長妻氏、“格下”の副幹事長に 仙谷官房長官横やり説も
- ^ 「脱小沢」仙谷氏が主導、派閥人事も…改造内閣
- ^ 長妻氏、厚労相交代に未練? 官僚との対決姿勢「定着を」
- ^ ザ・選挙 「国会議員白書」
- ^ 長妻昭提出 特定財源の一般財源化に関する質問主意書
- ^ 衆議院議員長妻昭君提出道路特定財源の一般財源化に関する質問に対する答弁書(内閣衆質一五一第八四号)
- ^ 第169回国会 衆議院 予算委員会 第8号 平成20年(2008年)2月14日(議事録)
- ^ 道路特定財源でアロマ器具を購入 民主・長妻氏が追及(MSN産経ニュース 2008年2月14日 21:56)
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- ^ 若手プロジェクトチーム報告会
- ^ 業務改善・効率化に係る提言
- ^ 長妻厚労相ら政務三役はおごっている 職員の本音に副大臣逆ギレ
- ^ 平成22年版 厚生労働白書 厚生労働省改革元年
- ^ 平成22年版厚生労働白書 厚生労働省改革元年(100人でみた日本、日本の1日、参考事例集、カルタ)
- ^ 巻末にカルタ お詫びも… 異例ずくめの「長妻」厚生労働白書
- ^ ながつまカルタ
- ^ 巻末にカルタ お詫びも… 異例ずくめの「長妻」厚生労働白書
- ^ 第174回国会 予算委員会 第3号 平成22年1月28日(木曜日)
- ^ 「ホメオパシーは「荒唐無稽」 学術会議が全面否定談話」 asahi.com、2010年8月25日
- ^ ホメオパシーの効果否定 学術会議「荒唐無稽だ」 MSN産経ニュース、2010年8月24日
- ^ 「ホメオパシー」についての会長談話 日本学術会議、2010年8月24日
- ^ ホメオパシー問題 厚労相、必要があれば調査進める意向 asahi.com、2010年8月25日
- ^ 厚労相、ホメオパシー効果調べる 研究班組織へ 2010年8月25日
- ^ 代替医療の実態を調査 厚労省、効果などデータ収集も 日本経済新聞 2010年8月26日
- ^ やや日刊カルト新聞 ホメオパシー、今日もまた袋叩き=日本助産師会・日本薬剤師会も否定声明 2010年8月26日
- ^ 第168回国会 衆議院 厚生労働委員会 第2号 平成19年(2007年)10月24日(議事録)
- ^ なお、この抗議をした委員会の議事録は未だ作成されていない
- ^ a b 第169回国会 衆議院 厚生労働委員会 第13号 平成20年(2008年)5月14日(議事録)
- ^ a b 第169回国会 衆議院 厚生労働委員会 第17号 平成20年(2008年)5月28日(議事録)
- ^ 第169回国会 衆議院 厚生労働委員会 第2号 平成20年(2008年)3月26日(議事録)
- ^ 議事録削除:長妻議員の与党批判、厚労委長が職権で勝手に(『毎日新聞』 2008年2月8日)
- ^ 長妻昭著『「消えた年金」を追って―欠陥国家、その実態を暴く』(2007年、リヨン社)
- ^ 朝日ニュースター パックインジャーナル 2007年7月
- ^ 公式サイト内「個人献金のお願い」
- ^ 厚生労働省内部から国会議員への中傷記事作成(『読売新聞』 2007年9月5日付)
- ^ 同級生ワルオが長妻厚労相にエール - Ameba News
[編集] 外部リンク
- ながつま昭(公式サイト)
- 『ザ・選挙』長妻昭政治家情報ページ(動画あり)
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 舛添要一 |
第11・12代:2009年 - 2010年 |
次代: 細川律夫 |