盛山正仁

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日本の旗衆議院議員 盛山 正仁
生年月日 1953年12月14日(60歳)
出身校 東京大学法学部
神戸大学法学部大学院博士(法学)
前職 国家公務員国土交通省
世襲
選出選挙区 兵庫1区
当選回数 2回
所属党派 自由民主党岸田派
会館部屋番号 衆議院第1議員会館904号室
ウェブサイト 自由民主党 兵庫県第一選挙区支部長 衆議院議員 盛山正仁 ホームページ
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盛山 正仁(もりやま まさひと、1953年12月14日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(2期)。義父は元衆議院議長の田村元武庫川女子大学客員教授、玉川大学客員教授、同志社大学客員教授、聖心女子大学講師。元法務大臣政務官第2次安倍内閣)。

人物[編集]

灘中学校・高等学校を経て東京大学法学部卒業。卒業後運輸省に入省。官僚時代の運輸省在籍時にはバリアフリーを担当課長として日本で初めて広めると同時に交通バリアフリー法の制定にも尽力する。今でこそ当然のバリアフリーであるが当時はバリアフリーという概念はなく、「なぜ福祉を厚生省でなく運輸省がやらなければいけないんだ」との反対が内外にあったのを押し切っての法案作りであった[1]。環境省出向時代にはクール・ビズチーム・マイナス6%などエコを日本に広める運動の国民広報を担当する。同時に特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来種生物規制法)の制定にも尽力する。

国土交通省総合政策局情報管理部長を最後に退職し2005年9月11日第44回衆議院議員総選挙兵庫1区より自民党公認候補として出馬。この選挙で借入金問題等で自民党公認を得られなかった前職砂田圭佑、並びに民主党石井一を破り勝利を収めた。議員時代には観光立国推進基本法エコツーリズム推進法生物多様性基本法海洋基本法等の議員立法を手がけ、さらに官僚時代の経験を生かしてバリアフリー新法海上運送法の一部を改正する法律などの内閣提出にも中心人物として活動した。また、仙台との競争の末、世界一(当時)となる次世代スーパーコンピュータの神戸への誘致を成功させる。

2009年8月30日第45回衆議院議員総選挙では公明党の推薦も受けた[2]ものの、小選挙区で民主党新人の井戸正枝に破れ、比例復活当選もならず落選した。

落選中は、武庫川女子大学や同志社大学、玉川大学などで教鞭を執り、若い世代に環境問題や観光立国、ユニバーサル社会づくりを教えるとともに世界遺産登録された小笠原諸島の観光と環境の両立に指導的役割を果たす。また2010年10月に名古屋生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されるのに合わせ執筆活動・講演活動を行い、福岡伸一と共に生物多様性に対する普及・啓蒙を行う。

2012年12月16日第46回衆議院議員総選挙ではみんなの党(当時。現結いの党)新人の井坂信彦や前回敗れた民主党の井戸正枝を破り当選、国政に復帰した。選挙後に発足した第2次安倍内閣法務大臣政務官に就任。運輸省、国土交通省出身という経験や観光立国推進基本法を議員立法した経験から将来を見据えた出入国管理の法整備などを手掛けた。

経歴[編集]

  • 1969年3月 - 私立灘中学校卒業
  • 1972年3月 - 私立灘高等学校卒業
  • 1977年3月 - 東京大学法学部卒業
  • 2011年3月 - 神戸大学法学部大学院修了(修士)
  • 2013年3月 - 神戸大学法学部大学院修了(博士)

著書[編集]

単著[編集]

  • 『観光政策と観光立国推進基本法』(2010年 4月 エムエムコンサルティング)
  • 『生物多様性100問』 (2010年 9月 木楽舎)
  • 『観光政策と観光立国推進基本法第2版』 (2011年 4月 エムエムコンサルティング )
  • 『バリアフリーからユニバーサル社会へ』 (2011年10月 創英社/三省堂書店
  • 『観光政策と観光立国推進基本法 第3版』 (2012年9月 エムエムコンサルティング)

共編著[編集]

  • 愛知和男・盛山正仁 編著)『エコツーリズム推進法の解説』(2008年10月 ぎょうせい)
  • 谷津義男と共著)『生物多様性基本法』(2008年10月 ぎょうせい)
  • (盛山正仁 編著)『環境政策入門』(2012年4月 武庫川女子大学出版部)

脚注[編集]

  1. ^ 『バリアフリーからユニバーサル社会へ』
  2. ^ 公明が自民92候補を推薦(2009年7月30日20時25分 読売新聞)

外部リンク[編集]