横内正明
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よこうち しょうめい
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| 生年月日 | 1942年3月2日(71歳) |
| 出生地 | |
| 出身校 | 東京大学法学部 |
| 前職 | 国家公務員(建設省) 衆議院議員 |
| 現職 | 山梨県知事 |
| 所属政党 | (自由民主党→) 無所属 |
| 称号 | 法学士 |
| 親族 | 父・横内要(元韮崎市長) 弟・横内公明(韮崎市長) |
| 公式サイト | 横内正明WebSite ~旅と私のページ~ |
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| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2007年2月17日 - 現職 |
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| 選挙区 | (山梨県全県区→) 山梨3区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 1993年7月19日 - 2002年12月16日 |
横内 正明(よこうち しょうめい、1942年3月2日 - )は、日本の政治家、建設官僚。山梨県知事(民選第16・17代)。衆議院議員(3期)、法務副大臣(第1次小泉内閣)を務めた。
父は元山梨県韮崎市長の横内要。弟は山梨県韮崎市長の横内公明。
目次 |
来歴 [編集]
山梨県韮崎市生まれ。山梨県立韮崎高等学校、東京大学法学部卒業。1964年、建設省(現国土交通省)に入省した。1990年、建設大臣官房審議官に就任。1993年、建設省を退官。
1993年の第40回衆議院議員総選挙に、金丸信元自由民主党副総裁の地盤を引き継いで山梨県全県区から自由民主党公認で出馬し、初当選を果たした(金丸は前年、東京佐川急便事件により衆院議員を辞職)。1996年の第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制の導入に伴い新設された山梨県第3区から出馬し、再選。1997年、第2次橋本内閣で法務政務次官に就任。2001年、第1次小泉内閣で法務副大臣に任命された。
2002年12月、翌2003年に実施される山梨県知事選挙に立候補するため、衆議院議員を辞職。天野建知事の不出馬に伴う12年ぶりの新人候補による争いであり、当初は横内が優勢で選挙戦を展開したが、民主・自由2党の推薦を受けて立候補した山本栄彦前甲府市長が猛追。横内は自民党公認を得た上での出馬を望んだものの、当時自由民主党総務会長であった堀内光雄(山梨県第2区選出)が、法務副大臣在任中に鈴木宗男から通称「ムネオマネー」550万円を受け取っていた横内を批判し、山本を支援。さらに、自民党山梨県連会長であった中島真人参議院議員も堀内に追随したため、党公認を受けられなかった。開票85%の段階までは山本をリードしたが、甲府市の得票数で大敗したため終盤で逆転され、山本栄彦に8,969票の僅差で敗北した。
詳細は「2003年山梨県知事選挙」を参照
知事選落選後、翌年の第20回参議院議員通常選挙に出馬する意向を表明したものの、再び堀内や中島が反発し、山梨県選挙区からの出馬を断念。次期山梨県知事選不出馬を条件に比例区から出馬したが、この参院選では自民党は比例区で票数が伸び悩み、横内は当選に届かなかった。
山梨県政は新知事が誕生したものの、山梨県議会では山本知事は少数与党であり、また県知事選で山本を支援した山梨県教職員組合に政治資金規正法違反が発覚。県政の混乱により山本知事への信頼が失墜し、また堀内光雄は小泉純一郎首相が成立に執念を燃やす郵政民営化に反対したために離党。一方、2005年の第44回衆議院議員総選挙で初当選した小野次郎や赤池誠章ら山梨県選出の新人議員や、郵政民営化に反対し無所属で当選した山梨県第3区選出の保坂武、2003年の山梨県知事選に出馬した井上幸彦元警視総監らが横内に知事選出馬を促したため、横内は2007年の山梨県知事選への出馬を表明。山本知事は堀内や中島、輿石東(民主党)ら山梨県の与野党有力者の支援を受けたが、横内が47,428票差で山本を破り、山梨県知事に当選した。2011年の山梨県知事選では、民主党が独自候補を擁立せず、自民・公明両党が推した横内に事実上相乗りしたため、82.96%の得票率で再選された。
詳細は「2007年山梨県知事選挙」を参照
山梨県知事として [編集]
知事退職金の廃止 [編集]
知事選当選後の会見において、知事の退職金廃止を明言。財政再建に向け、自ら身を切る姿勢をアピールした。
山本県政の見直し [編集]
山本栄彦前知事の下で実施された政策について、大幅な見直しを実施。山梨県立図書館に多目的ホール、カフェテリア等の付属施設を建設する新学習拠点施設の建設計画を白紙撤回し、200億円超の建設事業費をカットした。中部横断自動車道の新直轄方式についても国土交通省に陳情を行った結果、約200億円に上る県民負担を30億円にまで引き下げた。さらに、山本前知事が導入を検討していたミネラルウォーター税についても自身の任期中は導入しない意向を表明した。
知事特別顧問の招聘 [編集]
知事就任後、知事特別顧問(非常勤)の職を新設。2003年以来山梨県北巨摩郡長坂町(現北杜市長坂町)に在住し地域振興に関わっていた元外務大臣の柿澤弘治元衆議院議員を知事特別顧問に招聘。しかし柿澤は健康上の理由から1年で退職し、翌年に死去した。
甲府市中心部の再開発 [編集]
衰退が止まらない甲府市中心部の活性化を推進し、紅梅地区再開発事業において山梨県立宝石美術専門学校の同地区への移転を発表。また昭和町に建設予定のイオンモール甲府昭和の進出についても見直しを求めた。
人物 [編集]
支持率 [編集]
2007年7月に読売新聞が発表した横内県政の支持率は57.1%で、全国47都道府県中23位[1]。なお、石原慎太郎東京都知事(当時)も同率であった。
不祥事 [編集]
2012年7月20日、山梨県人事委員だった男性から計300万円分の洋服の仕立券(ギフト券)を受け取っていたが、検察審査会は賄賂性の低さを理由に不起訴相当を議決。2008年1月以降、50万円分のギフト券を計6回受け取り、「盆暮れの儀礼的なあいさつとして受け取ってしまった。賄賂だとは思わなかった」と説明した。告発を受けた際は、「そのような事実はない」と説明。山梨県議会では「疑わしいことはない」と答弁した[2]。
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: 山本栄彦 |
民選第16・17代:2007年 - |
次代: (現職) |
| 先代: 長勢甚遠 |
第2代:2001年 - 2002年 |
次代: 増田敏男 |
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