輿石東
| 生年月日 | 1936年5月14日(75歳) |
|---|---|
| 出身地 | 山梨県韮崎市 |
| 出身校 | 都留短期大学初等教育科 |
| 学位・資格 | 準学士 |
| 前職 | 衆議院議員 |
| 所属委員会 | 国土交通委員会 国家基本政策委員会 政治倫理審査会 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | (山梨県全県区→) (山梨1区→) 山梨県選挙区 |
| 当選回数 | 3回(衆2回) |
| 所属党派 | (日本社会党→) (社会民主党→) (旧民主党→) (無所属→) 民主党(横路グループ) |
| 党役職 |
幹事長 参議院議員会長 |
| 会館部屋番号 | 参・議員会館322号室 |
| ウェブサイト | こしいし東ホームページ k-azuma.com |
輿石 東(こしいし あずま、1936年(昭和11年)5月14日 - ) は、日本の政治家。参議院議員(3期)。民主党幹事長(第12代)兼参議院議員会長。衆議院議員(2期)、民主党代表代行、民主党幹事長職務代行を務めた。
目次 |
[編集] 概要
山梨県韮崎市出身。都留短期大学(現:都留文科大学)初等教育科卒業。兄は山梨県韮崎市教育長を務めた輿石薫[1]。
[編集] 衆議院議員
支持基盤の日本教職員組合(日教組)を背景に、1990年の第39回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で山梨県全県区から出馬し、初当選。1993年の第40回衆議院議員総選挙では再選を果たしたが、小選挙区制導入後初めて実施された1996年の第41回衆議院議員総選挙で落選する。この選挙の直前、社会党から名称を変更した社会民主党を離党し、旧民主党の結党に参加するが、落選後に離党。
[編集] 参議院議員
1998年の第18回参議院議員通常選挙で参議院に鞍替えして山梨県選挙区から無所属で出馬し、当選。後に民主党に再び入党し、旧社会党系の横路グループに所属。参議院民主党の幹部として、参議院自民党を仕切る青木幹雄と交渉を重ねるうちに、参議院民主党内での政治的影響力を高めていった。2007年の第21回参議院議員通常選挙で民主党が大勝しねじれ国会が発生すると、党参議院議員会長の輿石の存在がにわかに注目され、政治的影響力を増大させていった。輿石は当時の党代表だった小沢一郎との関係を重視し、小沢の肝いりの法案であるアフガニスタン復興支援特別措置法案を対自民への共闘対象となる野党としての日本共産党や社会民主党と対立してまでも参議院で可決させたり、財務省出身の渡辺博史を日銀副総裁とする人事案では小沢の意向をふまえて党内の同意論を抑えて不同意を主導した。2009年に小沢が代表を辞任するが、鳩山由紀夫新代表の下でも参院議員会長に留任。2009年9月に発足した民社国連立政権では、普天間基地移設問題では参議院での法案審議への影響から、社民党の連立離脱を引き起こしかねない県内移設の5月決着に極めて慎重な姿勢であった。
[編集] 第22回参議院議員選挙
2010年5月、参議院自民党のドン・青木幹雄が体調不良により7月の第22回参院選への出馬を断念[2]。世代交代を目論む自民党は、民主党の参議院議員会長であり、青木に代わる新たな参院のドン・輿石を落選させるべく、元教員の宮川典子を山梨県選挙区で擁立し、党を挙げての猛烈な選挙運動を展開。一方の輿石は、「政治とカネ」で批判された鳩山らと共に党の要職に就いていたことや高齢であることがマイナスイメージとなり苦戦したが[3]、3745票差で宮川に競り勝った[4]。7月22日、無投票で党参議院議員会長に再選[5]。
[編集] 民主党幹事長
2011年8月の民主党代表選で選出され、第95代内閣総理大臣に就任した野田佳彦により党幹事長に起用された。この人事は藤村修の内閣官房長官就任と共に挙党態勢・党内融和を優先させる狙いがあるとされている[6]。なお、参議院議員の幹事長起用は同党にとって初めてのことである(自民党でも前例がない)。党参議院議員会長も引き続き兼務する。
[編集] 略歴
[編集] 経歴
- 1958年 - 神奈川県津久井郡津久井町(現相模原市)青野原小学校教諭
- 1963年 - 山梨県北都留郡上野原町(現上野原市)立西原小学校教諭
- 1984年 - 山梨県教職員組合執行委員長
- 1986年 - 山梨県労働組合総連合会議長
[編集] 政歴
- 1990年(平成2年) - 第39回衆議院議員総選挙(旧山梨全県区・日本社会党公認)当選。
- 1993年(平成5年)7月18日 - 第40回衆議院議員総選挙(旧山梨全県区・日本社会党公認)2期目当選。72,561票。
- 1996年(平成8年)10月20日 - 第41回衆議院議員総選挙(山梨1区・選挙直前に社民党離党して結党参加した旧民主党公認)さきがけ離党の比例単独の小沢鋭仁や新進党離党の同選挙不出馬の赤池誠章からも支援受けたが、比例復活もならず落選。45,288票。
- 1997年(平成9年) - 山梨県教育研究所所長就任。
- 1998年(平成10年)7月12日 - 第18回参議院議員通常選挙(山梨県選挙区・無所属)当選。183,721票。
- 2000年(平成12年) - 参議院国会移転特別委員会委員長就任。
- 2001年(平成13年) - 党参議院国会対策委員長就任。
- 2004年(平成16年)7月11日 - 第20回参議院議員通常選挙(山梨選挙区・民主党公認)2期目当選。231,631票。党参議院幹事長就任。
- 2006年(平成18年) - 党参議院議員会長就任。
- 2007年(平成19年) - 党新潟県中越沖地震対策本部長代理に就任。党参議院議員会長再任。党代表代行就任。
- 2008年(平成20年) - 党参議院議員会長3選。
- 2009年(平成21年) - 党幹事長代行就任。
- 2010年(平成22年)6月7日 - 菅直人代表の下において、党参議院議員会長に留任。
- 2010年(平成22年)7月11日 - 第22回参議院議員通常選挙(山梨選挙区・民主党公認)3期目当選。187,010票。
- 2011年(平成23年)8月31日 - 野田佳彦代表の下、党幹事長就任。党参議院議員会長も兼務。
- 2011年(平成23年)9月 - 党陳情要請対応本部の本部長に就任[7]。
[編集] 政策・人物
- 永住外国人への地方参政権付与を推進している。
- 靖国神社ではなく、無宗教の国立追悼施設で戦没者の慰霊を行うよう主張しており、国立追悼施設を考える会発起人を務める。
- 民主党が2009年の衆院選でマニフェストに掲げた教員免許更新制の見直しについて、廃止に前向きな姿勢を示している[8]。
- 前原誠司は小沢と距離を置く勢力の代表格と呼ばれるが、小沢に近い輿石については「私が『非小沢』というのはくだらない分け方だ。『親小沢』と言われる輿石氏を心から尊敬している」「(党代表時代の)良い時も悪い時も支えてくれたのは輿石氏。あの恩を絶対忘れることはできない」と語っている[9]。
- 山梨県教職員組合を支持母体としている[10]。
[編集] 民主党内における立場
- 「参院のドン」と呼ばれ[11]、参院民主党の実力者として、党内外に大きな影響力を持っている。かつて自民党の「参院のドン」と呼ばれた青木幹雄と良好な関係を築き、自民党の参議院運営委員長の鈴木政二とは「携帯電話一本で連絡がつく仲」であり、自民党とも太いパイプを持っている。自民党側も「輿石は決められた参院のスケジュールは必ず守る」と評価している。
- 旧社会党出身ということもあり横路グループに所属している。小沢一郎の盟友だが小沢より年上ということもあり、言うべきことは言う姿勢をとっている[6]。
- 小沢は、自身と菅直人、鳩山由紀夫の「トロイカ体制」に輿石を加えた4人を「トロイカ+1」と称している[12]。
- 民主党の参議院の大物議員としては、他に江田五月、北澤俊美などがいるが、「参院をまとめられるのは輿石さんしかいない」という党内の声も強い。
- 経歴や出身母体から、保守派からは左翼政治家の権化として、扱われるが、実際には組織人としては、決められたことに従うというのが、輿石の政治家としての信条で、イデオロギー色の強い政治家いうよりは、組合出身者としての属性が強く、それが小沢や前原といった議員とも良好な関係を築いている理由とみなされている[要出典]。
[編集] 山梨県教職員組合の教員による政治活動問題
支持母体である山梨県教職員組合が第20回参院選に向けて、小中学校の教職員らから組織的に選挙資金を集めていたことが明らかとなった。また選挙対策本部が教員を有権者への電話作戦に動員させていたことが判明した。これは、教職員の政治的な活動を禁じた教育公務員特例法や政治資金規正法に違反している疑いがあるとされる。この事件に関しては、山教組幹部ら2人が政治資金規正法違反で罰金30万円の略式命令を受け、山梨県教育委員会は教員24人に対し、停職などの懲戒処分をした[13]。教員らの証言によれば、「輿石議員への政治献金として裏口座でプールされた」という。輿石は関与を否定している[14]。
2003年から2004年にかけて、輿石が役員を務める山梨県民主教育政治連盟が山教組所属教員らから集めた輿石への選挙資金カンパ6000万円余について、政治資金収支報告書に記載していなかったと報じられた[15]。『産経新聞』によれば、このうち約3300万円が輿石側に寄付されている[15]。
輿石が浪人中の1997年に所長を務めていた山梨県教育研究所について、「長期研修中」の山梨県の教職員が「事務局長」の役職で実質的に研究所の運営を担っていたとして、2005年12月27日に文部科学省は山梨県に対して指導通知を発出した[16]。
2008年5月17日に南アルプス市で開催された山教組定期大会に来賓として出席した。輿石はこの場で「全国に誇る100%の組織率を維持し、地域へ出て父母と手をつなぎ、声を国会に届けてほしい」「教育三法や教育基本法が次々と変わり、教員が政治的中立を図る教育ができない」と述べた[17]。また、2009年1月14日に行われた日教組の会合では「私も日教組とともに戦っていく。永遠に日教組の組合員であるという自負を持っている」と宣言し、「教育の政治的中立はありえない」と述べた[18]。
[編集] 農地法違反問題
自宅がある相模原市の土地が農地法に違反していることが明らかとなった。問題となった土地は、実質的に輿石が所有する1298平米のうちの6割にあたる779平米である[19]。
1973年、1298平米のうち779平米が、農業振興地域整備法(農振法)に基づく農用地(農振農地)に指定され、農地以外への利用が原則不可能となる[19]。1975年、農振農地以外の農地のうち313平米を、母屋の建築時に正規の手続きを経て宅地に転用。残りの985平米は名義上義弟が所有[19]。1989年、実質的な所有者は輿石に。農地以外への利用が禁止されている農振農地を含めて、庭や車庫、舗装道路を設置[19]。2009年10月以降、相模原市農業委員会による指導を受け、名義上の所有者である義弟は農振農地以外の190平米について宅地への転用許可を得たが、農振農地である779平米は違法状態である[19]。
[編集] 主な発言・行動
- 2000年4月10日、参議院に対して戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案を提出[20]。
- 2008年6月24日、福田康夫首相の問責決議案に対して「問責決議を重く受け止めるだけでは足りない、一刻も早く解散・総選挙を」とコメントした[21]。
- 2009年6月18日 - 記者会見で「臓器移植法案を最優先でやらなければいけないとは思っていない。急がなければ死んでしまうという話でもない」と述べ、民主党が国会に提出している母子加算手当を復活させる生活保護法改正案の審議状況をにらみつつ、臓器移植法改正案の審議に臨む考えを示した[22]が、翌19日の民主党参院議員総会では、18日に衆議院で可決された臓器移植法改正A案への対応について「(内容が)重い法案だ。きちんと議論し、方向性を出さなければいけない」と述べ、18日の発言を修正した[23]。
- 2010年1月30日、甲府市で開いた自身の国政報告会で、鳩山由紀夫首相と小沢一郎幹事長の政治資金問題について「この二人を見て、こんなに優しい人がなんでこんなにいじめられるのか。悔しい気持ちもある」と述べた[24]。
- 2010年3月17日、鳩山政権発足6ヶ月にあたり、党参議院議員総会で「『民主党、しっかりしてくれ』という声も多いが、必ず国民の期待に応えていく。政権公約の実現に向けて頑張りたい」と述べた[25]。
- 2010年6月8日に菅内閣が発足し同16日に通常国会が閉会。会期を延長しないのは高い支持率のまま選挙戦に入るためだとの指摘に対し、輿石は「選挙のためではなく、参院総務委員会は与党が開催に必要な委員の半数を確保できない可能性があり、会期を2週間延長しても郵政改革法案などは参院で成立できないことが予想されたからだ。法案を通すことができなければ延長の意味はない。多くの法案は残るが、それは次の臨時国会で成立できると判断した」と述べた[26]。
- 2010年11月26日の仙谷由人官房長官の問責決議案に対して「たとえ可決されたとしても、辞める必要はない」と述べた[27]。
[編集] 所属議員連盟
- 日本民主教育政治連盟(日政連)会長
- 民主党ワイン産業振興議員連盟 会長
- 北京オリンピックを支援する議員の会副会長。
[編集] 脚注
- ^ 江田五月 活動日誌 2005年12月26日より
- ^ 日テレNEWS242010年5月15日
- ^ 山梨日日新聞2010年7月12日
- ^ 山梨日日新聞2010年7月17日
- ^ 日テレNEWS242010年7月22日
- ^ a b NHK2011年9月2日
- ^ 民主党2011年10月14日
- ^ j-cast2009年9月14日
- ^ 共同通信2011年2月5日
- ^ 産経ニュース2011年8月30日
- ^ 産経ニュース2011年6月9日
- ^ YOMIURIONLINE2010年8月31日
- ^ 毎日新聞2006年12月17日付記事より。
- ^ 『産経新聞』2004年11月2日朝刊
- ^ a b “日教組追及で自民が攻勢 衆院選へ「保守」明確化へ (2/2ページ)”. 産経新聞. (2009年3月10日) 2010年3月5日閲覧。
- ^ 山梨県における教育公務員の政治的行為等に係る指導通知について
- ^ “山教組が定期大会、次期衆院選にらんだ発言相次ぐ”. 産経新聞. (2008年5月18日) 2010年3月5日閲覧。
- ^ “民主・輿石氏、日教組にエール? 「教育の政治的中立ありえぬ」”. 産経新聞. (2009年11月14日)[リンク切れ]
- ^ a b c d e “輿石参院議員:農地を無断で車庫や舗装路に 法律に違反”. 毎日新聞. (2010年3月12日) 2010年3月17日閲覧。
- ^ 民主党:「慰安婦」問題解決に向け、民主党独自法案提出[1]
- ^ 「問責決議重く受け止めるだけでは」輿石会長が会見で 民主党ニュース 2010年11月29日閲覧。
- ^ “【臓器移植】民主・輿石氏「急がなければ死んでしまうわけでもない」”. MSN産経ニュース (2009年6月18日). 2008年6月19日閲覧。
- ^ “民主の輿石氏が臓器法案で「審議延ばさぬ」と釈明”. MSN産経ニュース (2009年6月19日). 2008年6月19日閲覧。
- ^ 朝日新聞2010年1月30日配信記事
- ^ “民主・輿石参院議員会長「国民は我慢して」 支持率低下に”. 産経新聞. (2010年3月17日) 2010年3月17日閲覧。
- ^ 山梨日日新聞2010年6月21日
- ^ 問責可決でも「辞める必要ない」 民主・輿石氏 テレ朝news 2010年11月29日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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次代: 田名部匡省 |
| 党職 | ||
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次代: 現職 |
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| 先代: 江田五月 |
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