富士宮市

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ふじのみやし
富士宮市
Fujinomiya City Office Mount Fuji.jpg
Flag of Fujinomiya, Shizuoka.svg 静岡県富士宮市市章.svg
富士宮市旗 富士宮市章
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
団体コード 22207-1
面積 388.99km²
(境界未定部分あり)
総人口 131,407
推計人口、2014年7月1日)
人口密度 338人/km²
隣接自治体 静岡市清水区富士市御殿場市
駿東郡小山町
山梨県富士吉田市
南巨摩郡南部町身延町
南都留郡富士河口湖町鳴沢村
市の木 カエデ
市の花 フジザクラ
市の鳥
市の魚
キャラクター
ヒバリ
ニジマス
フーちゃん、さくやちゃん[1]
富士宮市役所
市長 須藤秀忠
所在地 418-8601
静岡県富士宮市弓沢町150
北緯35度13分19.6秒東経138度37分17.8秒
富士宮市役所
外部リンク 富士宮市

富士宮市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

特記事項 市制施行1942年6月1日
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富士宮市(ふじのみやし)は、静岡県東部の富士氏の発祥・根拠地としても知られる。北方に世界文化遺産である富士山を有し、またその構成資産(富士山-信仰の対象と芸術の源泉)である富士山本宮浅間大社山宮浅間神社村山浅間神社人穴富士講遺跡白糸ノ滝といった文化的資産を推す。

概要[編集]

市名の由来となった富士山本宮浅間大社 (徳川家康造営)

富士氏が大宮司を務める富士山本宮浅間大社門前町として栄えた。中道往還宿場町としての顔もあり、戦国時代には楽市が行われた。 古来より地理的にも文化的にも富士山との関わりが深く、富士信仰とも関わる。富士山の湧水が豊富であり水に関する工業が盛んである他、観光も盛んである[2]

「富士宮市」という都市名の由来は、「富士の宮」という浅間大社の旧社号から由来する[3]。古くは『今昔物語集』の「駿河国富士神主帰依地蔵語第十一」や『新勅撰和歌集』など、平安時代や鎌倉時代の古文集にもみられる古来から存在する名称である。

地理[編集]

気候[編集]

国土交通省富士砂防事務所
大沢崩れを始めとする富士山南西麗の土砂災害対策事業などを手がける
  • 市域の高低差が3,741mあり日本一高低差のある市である。(最低35m、最高3,776m)。従って地区により気候の差異が認められ、冬季は山梨県境付近で雪は見られるが、逆に市街地で雪が降るのは非常に稀である。中心市街地周辺は富士山がはっきりと望める一方、標高が低いために比較的温暖である。
  • 年間の平均気温は16.5度である[4]

地形[編集]

市の約半分が富士箱根伊豆国立公園の区域内であり[5]、市北部には朝霧高原が広がり、その周辺には日本の滝百選白糸の滝音止めの滝ダイヤモンド富士のスポットとして知られる田貫湖といった自然観光地を持つ。

富士登山道の一つである富士宮口を構える。2008年皇太子徳仁親王が富士登山をされた際はこの登山口から登られた。富士山には大規模な侵食谷である大沢崩れがあり災害を引き起こす危険性があるため、国土交通省の直轄事業として砂防事業が行われている。

白糸の滝(名勝および天然記念物)

隣接している自治体・行政区[編集]

静岡県

山梨県

人口[編集]

富士宮市中心部周辺の空中写真。1988年撮影の8枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
Demography22207.svg
富士宮市と全国の年齢別人口分布(2005年) 富士宮市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 富士宮市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
富士宮市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 99,021人
1975年 110,580人
1980年 118,214人
1985年 122,653人
1990年 127,127人
1995年 129,999人
2000年 130,372人
2005年 131,476人
2010年 131,996人
総務省統計局 国勢調査より

市名の由来と略号[編集]

大宮町鉄道馬車会社の碑

前述のように、富士宮市の市名の由来は浅間大社の「富士の宮」から由来している。浅間大社は市の中心的存在であり、旧大宮町時代においては1丁目1番地に位置していた。その名残で、現在も住所上は「富士宮市宮町1-1」である。『今昔物語集』には「今昔、駿河ノ国ノ富士ノ宮二、神主ナル者有ケリ…」とあり、『新勅撰和歌集』の北条泰時の歌の詞書には「駿河国に神拝し侍りけるに、ふじの宮にてよみて奉りける」とある。内務省への市制施行の上申書に添付された文書によると、以下のようにある。

当地ニハ駿河国一ノ宮官幣大社浅間神社鎮座セラレ、其ノ奥ノ宮ハ富士山頂ニ鎮座マシマシテ、一名富士ノ宮トモ称セラレ、往昔ヨリ人口ニ膾炙セラレ、依テ新市ノ名称トシテ真ニ相応シク、之ニ付テハ両町村共何等異議ナキヲ以テ、新市ノ名称ハ富士宮市ト称ス

略号として「宮」と略すことも多い。例として以下のようなものが挙げられる。大宮町時代の町章として、明治45年(1912年)7月7日に制定されたものがある。枠が「大」の字を変形させたもので、内部に矢を三つ合わせ「ミヤ」を表現したものであった。その後昭和9年(1934年)4月1日に新たな町章が制定され、それが富士宮市誕生後も継続して採用されている。

  • 宮バス、宮タク
  • 宮おどり(市制施行50周年記念事業として創作)
  • 市章(旧大宮町が昭和9年4月に町章に制定したものを継続して使用)
  • 宮っカフェ(富士宮市役所1階で営業しているカフェ)

歴史[編集]

富士山興法寺(絹本著色富士曼荼羅図)

富士山信仰の中心地である関係で、富士信仰が由来である主要な建築物や勢力が影響を与えてきた。富士宮市大宮に位置した富士山本宮浅間大社、富士宮市村山を本拠とする村山修験(富士修験)とそれらを構成する富士山興法寺村山三坊などが該当する。特に浅間大社の社家である富士氏は、政治面でも大きな影響力を保持してきた。初代富士氏と伝わる富士豊麿は富士郡大領となり、富士郡の長と言える立場であった。中世に入るとこの地一帯は「富士上方」と称され、この富士上方の国人として富士氏は支配力を強めていた。

15世紀中盤の富士氏当主富士忠時は、足利義政の推挙で「能登守」となっている。中世においては、他に現在の富士宮市上井出地域に位置した井出氏なども頭角を表していた。源頼朝の富士の巻狩の際に活躍したとされている。これら富士氏や井出氏は、後の武田信玄駿河侵攻の際には対抗勢力となった。この時の富士氏の当主富士信忠は大宮城(別称:富士城)の城主であり、武力を用いて戦を重ねていた。また今川氏に属しており、例えば1566年(永禄9年)に今川氏真により大宮の神田市を楽市化する旨の朱印状は富士信忠宛に発給されている。また楽市化された理由として大宮が商都として栄えていた背景があり、六斎市が定期的に行われていた地でもある。北部では、富士金山は今川氏管理の金山であったと考えられ、採掘が行われていた。しかし今川氏は滅亡する道を辿ることとなり、氏真から信忠の嫡子富士信通へ暇を出す旨の朱印状が送られると、その後富士氏は武田氏に帰順した。その後は社家富士氏としての姿に統一され、神職として世襲を継続した。この立場は江戸時代においても一貫して揺るがず、富士山周辺の利権関係なども富士氏は中核をなしている。江戸後期の富士氏当主富士重本は軍人を経た後東京府麹町に残ったため、富士氏による浅間大社の大宮司としては最後の人物にあたる。

古代[編集]

井出家高麗門・長屋

中世[編集]

近世以降[編集]

  • 1604年慶長9年) - 徳川家康によって富士山本宮浅間大社の社殿が造営される。
  • 1609年慶長14年) - 徳川家康が富士山本宮浅間大社に内院散銭の優先権を与える。
  • 1779年 - 江戸幕府の裁定により、富士山本宮浅間大社が富士山の8合目以上を支配することが認められる。
  • 1860年 - ラザフォード・オールコックが外国人として初めて富士登山を行い、富士山村山口登山道から登る。大鏡坊に宿泊。
  • 1896年(明治29年)7月8日 - 富士山本宮浅間神社が官幣大社に昇格。
  • 1906年 - 富士登山道の大宮口新道が開かれる。

観光[編集]

観光資源として、市北部に富士山の恩恵を受けた自然資源があり、市中心部は富士山本宮浅間大社や湧玉池といった歴史的建造物がある。また近年、御当地人気料理特選とされる富士宮やきそばがメディアに取り上げられ有名になっている。

観光客用に駐車場(無料)を備えた富士山せせらぎ広場がある。また市内にお宮横丁など、富士山の湧水が飲水可能な箇所が点在する。富士宮市役所7階には富士山展望フロアが設けられている(平日のみ開放)。

朝霧高原周辺はキャンプ場やゴルフ場が多い。

観光・景勝地[編集]

アクセス[編集]

南東方向に東名高速道路新東名高速道路があり北方向に中央自動車道といった高速道路が通るため、以下のルートが考えられる。特に市北部は中央自動車道からのアクセスもよい。

  1. 東名高速道路富士IC新東名高速道路新富士ICから西富士道路小泉IC経由25km
  2. 中央自動車道河口湖ICから国道139号経由約25km
  3. 中央自動車道甲府南ICから国道358号を通り国道139号経由約30km
  • 中心市街地(お宮横丁の辺り)まで東名高速道路・富士IC・西富士道路経由・8キロ 新東名高速道路・新富士IC 西富士道路経由 約6キロ
中央自動車道河口湖ICから国道139号途中、西湖先より富士宮鳴沢線経由 43.5キロ
中央自動車道甲府南ICから国道139号経由 53.4キロ

市北部[編集]

狩宿の下馬ザクラ(特別天然記念物)

富士箱根伊豆国立公園

レジャー施設

その他


市中心部[編集]

富士登山[編集]

登山道の1つである富士宮口をもつ。新五合目までの交通手段としては、車で静岡県道152号富士公園太郎坊線富士山スカイライン)まで、富士宮駅からの登山バス利用が考えられる。

寺社・史跡等[編集]

浅間大社境内に位置する湧玉池

富士山本宮浅間大社や富士五山などの寺院や史跡等が点在している。

祭事[編集]

浅間大社では初詣流鏑馬祭といったイベントがある(浅間大社の祭事)。

名称
3月 ますつり大会
4月 表富士燈回廊、表富士自転車登山競走大会
8月 富士山御神火まつり、宮おどり大会(商店街)、陣馬の滝まつり(陣馬の滝)
9月 富士の巻狩りまつり(白糸の滝、8・9日)
11月 富士宮秋まつり(商店街)

名産品・グルメ[編集]

富士宮やきそばは御当地人気料理特選として、またB級グルメとして知られるグルメである。富士宮市は、その歴史的背景から主に戦後にやきそばを売るお店が増えはじめ、地域に根付いたものとなっている。2000年には「富士宮やきそば学会」が発足している。
ニジマスは、生産量が全国1位であるといった理由から富士宮市の市の魚に指定されている[8]。県の施設である静岡県水産試験場富士養鱒場ではニジマスの料理などが出されている。
富士山の湧水を使用するという特徴を持つ。
名前の由来は日本三大仇討ちの1つである曾我兄弟の仇討ちからなる。また、わさび漬けも同じく名産である。
三椏紙の1種で、特に市内の白糸地区は、駿河半紙の生産地として発展してきた経緯がある。現在は白糸の滝付近に、三椏の栽培の記念碑が建てられている。後に後藤清吉郎の活動・研究により、駿河半紙が復活された[9]
市内から、皇室への献上茶にも選ばれた経歴のある銘柄もある[10]
旧芝川町地区の名産

その他ご当地[編集]

交通[編集]

富士宮駅とペデストリアンデッキ

公共交通機関におけるICカード[編集]

富士宮市内に営業所を置くバス会社はPASMOが導入されている。

鉄道では身延線の源道寺駅 - 富士宮駅- 西富士宮駅においてはICカードTOICAが導入されている。TOICAとPASMOは、2013年(平成25年)3月23日から相互利用が可能になった。

道路[編集]

高速道路

自動車専用道路

一般国道

県道

林道

道路愛称

鉄道[編集]

バス[編集]

富士山新五合目行き登山バス(富士急静岡バス)

営業所

定期観光バス

土日祝日に限り、富士宮駅を起点として「強力くん」が運行されている。午前ルート(9:30発)、午後ルート(13:00発)があり、予約は不要[11]

路線バス

  • 主に富士宮駅を起点として、市内外各方面に路線バスが運行されている[12][13]
  • 各路線ではPASMOが使用できる[14]
  1. 富士急行グループにより、市内各方面、富士市吉原中央駅方面など)の一般路線のほか新富士駅・河口湖方面への観光路線が運行されている。
  2. 山交タウンコーチにより、JR東海道線富士川駅(旧富士川町)方面に向かう1路線が運行されている。

コミュニティバス : 富士宮市により3種類の公共交通サービスが提供されている[15]

  1. 宮バス」(コミュニティバス。旧「芝川バス」を含む。)
  2. 「宮タク」(富士宮市中心部と郊外を結ぶバス路線が廃止された交通空白地域における、会員登録・事前予約型のデマンド型乗合タクシー。)

高速バス : 高速バス路線は東京・横浜方面や関西方面に至る経路など複数有する。

  1. 富士宮 - 東京駅(やきそばエクスプレス) ---JRバス関東富士急静岡バス
  2. 富士宮・富士・沼津~成田空港 ---京成バス富士急静岡バス
  3. 富士吉田・富士宮〜京都・大阪【夜行】(フジヤマライナー) ---近鉄バス富士急山梨バス
  4. 富士山新五合目(富士宮口)〜静岡駅【季節運行】 ---富士急静岡バス
  5. 河口湖・富士急ハイランド・富士宮・富士・東静岡〜小松・金沢【季節運行】 ---富士急山梨バス
  • 富士宮・富士・沼津~横浜・羽田空港線は、2014年3月31日運行終了[16]
  • 富士宮市内には乗り入れないが、東京駅発鷹岡車庫行き深夜特急「ミッドナイト富士」号がある[17]

産業[編集]

産業別就業人口比(2010年)は、第一次産業3.2%、第二次産業41.9%、第三次産業51.3%である(その他が3.6%)。

第一次産業[編集]

富士山の西麓に広がる朝霧高原を中心として第一次産業が行われている。富士山のわき水が豊富であることから、ワサビの栽培やニジマス養殖も行われており、市町村単位では2012年現在、ニジマス生産量日本一である。

第二次産業[編集]

かつて製紙業が盛んであったが、近年は輸送用機器・化学工業・医療用機器などを中心とした構成となっている。また、豊富な伏流水を利用した水に関係する産業が中心である。製造品出荷額等は2007年度で7933億7622万円となっている[18]

第三次産業[編集]

市内では51.3%と、第三次産業の割合が最も大きい。

本社や工場(支社)をおく企業[編集]

上場企業の本社

本社以外

工業団地[編集]

商業[編集]

富士宮商圏[編集]

2006年の調査では、富士宮市が属する「富士宮商圏」の商圏人口は405,261人と県内7位であるが、市人口の3倍超の商圏を築いている。また物品全体における地元購買率が83.0%と県内1位(衣料品2位、食料品4位)であり、基本的に市内で消費される傾向にある。[19]。 その理由の1つとして「イオンモール富士宮」の存在があり、富士宮市民だけでなく、隣接する富士市や山梨県などの他商圏からの吸入率も増加傾向にある。

店舗[編集]

富士宮駅近くに2001年に開業、及び2006年に大規模増設した大規模小売店「イオンモール富士宮」(敷地面積61,000m2:県内第3位の商業施設面積)が市及び、富士宮商圏の中心的な存在となっている。

富士宮駅前には古くから長崎屋ユニーヤオハンマキヤといった中規模小売店が進出していた。しかし駅前の密集地で、駐車場も含めた敷地/床面積の拡大がしづらいことと、同業者が複数乱立することによる過当競争などから、後にヤオハンとマキヤは広い土地が確保できる郊外へと移転していった[20][21]

但しヤオハンについては1997年に倒産。店舗は1996年ダイエー系列の中堅スーパーのセイフーとして再オープンした(後にダイエー本体の店舗へと移管)ものの、ダイエーの業績不振から僅か2年で撤退となった[22]

一方駅前に残った2店も老朽化と拡張の困難さに悩まされ、2001年にイオン富士宮SC(現イオンモール富士宮)が開業を決定したことで、これを契機としてどちらも同所からの撤退を決定した[23]

地域[編集]

南に公共交通機関が分布し中心市街地を構成、市域の縦に国道139号が、横に国道469号と十字に国道が通る構成である。北部は観光地化が進む。

富士山本宮浅間大社が位置する宮町は最も門前町としての様相を残す場所である。14丁まで存在し、市内の主要施設の多くはここに集結している。前述のように浅間大社(1丁目)は旧大宮町時代の1丁目1番地を引き継いでおり、富士宮市立中央図書館(13丁目)・富士宮市民文化会館(14丁目)などが位置する。他富士山世界遺産センター(仮称)も宮町に建設予定である。

中心市街地[編集]

  • 「開発整備促進区」制度により、富士宮市浅間町地区の調整が進められている。自治体としては初めての適用例であった[24]
  • 富士宮駅を中心として広がり、市の公共交通機関の中心である。
  • 富士宮駅北口のペデストリアンデッキと両側に接続されていた旧長崎屋(七階建ての一部と接続)とボウリング場が各地権者により解体されたが、現在その地にマンション兼公民館の施設が建設されている。
  • 富士宮・西富士宮・両駅前には商店街が広がっている[25]
  • 富士山の景観を守るため、指定区域に基づき建築物の高さの最高限度が決められている。
  • 中央・駅前地区では、門前町としての風景を残すために、地区景観形成モデル地区として補助金などを投入した景観の誘導が行われている。
  • 中心市街地の主な商業施設としてイオンモール富士宮がある。対して国道沿いはロードサイド店舗が多く、 ピアゴ富士宮店(旧サンテラス富士宮)・マックスバリュ富士宮若宮店、富嶽温泉花の湯などが位置する。

富士山麓地区[編集]

  • 全域が富士箱根伊豆国立公園の区域内となっており、富士山朝霧高原などの観光資源を活用した地域づくりを展開している。
  • 西富士道路の無料開放や新東名高速道路開通など、ここ近年の交通インフラの発展を契機に、企業誘致や観光地への更なる集客増加が期待される
  • 最近では、複数の地元食品関連企業で構成される協同組合によって運営される「あさぎりフードパーク」が道の駅朝霧高原南隣にオープンした。

旧芝川町地区[編集]

マスメディア[編集]

医療[編集]

市の医療の中核をなすのが、富士宮市立病院である。富士宮市立病院は市街地に位置し、主要駅からのアクセスなども良好である。

医療施設
救急医療
救急医療として「富士宮市救急医療センター」が設けられている。
団体
団体としては社団法人富士宮市医師会がある。(詳しくは富士宮医師会を参照)

行政[編集]

行政の歴史[編集]

現代の歴史[編集]

市・県管理の施設[編集]

文化施設など

  • ホール
    • 富士宮市民文化会館
  • 公民館・地域学習センター : 12館
  • 市役所出張所 : 4ヶ所
  • 図書館
    • 富士宮市立中央図書館
    • 富士宮市立西富士図書館

スポーツ施設・公園

交流都市[編集]

夫婦都市

  • 日本の旗滋賀県近江八幡市
    • 大太法師(ダイダラボッチ)が土を掘り、その土で作られたのが富士山であり、掘った後にできたのが琵琶湖であるという伝説をもとに、1968年に夫婦(めおと)都市の提携が結ばれる[29]
    • 富士宮市からの結納品はの木。近江八幡市からの結納がえしはヒゴイ。
    • 1996年、災害時の相互応援の協定を結ぶ。

防災相互協定都市

姉妹都市

  • アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ
    • 創価学会による国際友好親善パレードをきっかけに友好関係が生まれる。
    • 1975年7月21日、サンタモニカ市100周年記念式典の席上で姉妹都市の提携が結ばれる。
    • 主な交流
      • 高校生交換学生事業。富士山の宝永遊歩道探索など。
      • サンタモニカ市少年少女サッカーチームが富士山カップ全国少年少女サッカー大会に参加。
      • 市民訪問団派遣、絵画交換、日本文化の体験など。

友好交流関係都市

  • 中華人民共和国の旗 中華人民共和国浙江省紹興市
    • 富士宮市内の企業が紹興市へ技術指導に行ったのをきっかけに経済交流が行われる。
    • 紹興市からの友好提携の申し入れを受け、1997年11月11日、友好交流関係都市提携の調印を行う。
    • 主な交流は中学生派遣研修事業、市民交流など。

食のまちづくり交流宣言都市

フードバレー交流都市

フラワーフレンドリーシティー

  • 日本の旗神奈川県南足柄市

教育[編集]

高等学校[編集]


中学校[編集]

  • 市立
詳細は静岡県中学校一覧の富士宮市を参照

小学校[編集]

詳細は静岡県小学校一覧の富士宮市を参照

専門学校[編集]

文化財一覧[編集]

世界遺産[編集]

富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として、以下の6箇所が2013年平成25年)6月22日世界文化遺産に登録された。

重要文化財(国指定)[編集]

名称 所在地・所蔵 指定年月日
富士山本宮浅間大社本殿 富士山本宮浅間大社 1965年(昭和40年)5月27日
大石寺五重塔 上条大石寺 1966年(昭和41年)6月11日
絹本著色富士曼荼羅図 富士山本宮浅間大社 1977年(昭和52年)6月11日
太刀 銘南無薬師瑠璃光如来 備前国長船住景光 富士山本宮浅間大社 1970年(昭和45年)2月8日
脇指 銘奉富士本宮源式部亟信国 一期一腰応永廿四年二月 日 富士山本宮浅間大社 1970年(昭和45年)2月8日
日蓮自筆遺文26巻 上条大石寺 1967年(昭和42年)6月5日
太刀 銘吉用 上条大石寺 1923年(大正12年)3月28日
貞観政要 巻第一 日蓮筆 北山本門寺 1952年(昭和27年)7月19日
細字金字法華経 北山本門寺 1954年(昭和29年)3月20日
日蓮遷化記録 西山本門寺 1993年(平成5年)1月20日
法華証明鈔 西山本門寺 1952年(昭和27年)7月19日
法華経 西山本門寺 1949年(昭和24年)2月18日
紺紙金字法華経 西山本門寺 1949年(昭和24年)2月18日

史跡・名勝・天然記念物(国指定)[編集]

名称 指定 指定年月日
富士山 特別名勝 1952年(昭和27年)11月22日
狩宿の下馬ザクラ 特別天然記念物 1952年(昭和27年)3月29日
湧玉池 特別天然記念物 1952年(昭和27年)3月29日
白糸の滝 名勝・天然記念物 1936年(昭和11年)9月3日
万野風穴 天然記念物 1922年(大正11年)3月8日
千居遺跡 史跡 1975年(昭和50年)6月26日
大鹿窪遺跡 史跡 2008年(平成20年)3月28日

出身人物[編集]

歴史人物

芸能人

音楽

スポーツ

アナウンサー・ジャーナリスト

政治家

学界・学者

文化人

財界

富士宮市が舞台となった作品・ロケ地に採用した作品[編集]

小説[編集]

映画・ドラマ[編集]

映画
ドラマ

ゲーム[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 市制施行70周年記念として2011年よりキャラクターを公募し、2012年2月9日に選定された。木花之佐久夜毘売命にちなむ。
  2. ^ 通年、年間観光客数600万人を超える(平成21年度市政概要索引)
  3. ^ 富士宮市の名称(富士宮市HP)
  4. ^ 数字で見る富士宮(市HP)
  5. ^ 環境学習データバンク
  6. ^ Yahoo!ドライブ ドライブルート検索
  7. ^ 境内に湧玉池が在る。
  8. ^ 富士宮市:ニジマス、市の魚に制定へ 生産量全国1位で /静岡(毎日新聞)2009年4月1日
  9. ^ 市HP 後藤清吉郎作品展
  10. ^ 献上茶手揉み仕上げ丹念 富士宮で初、謹製式典(静岡新聞)2009年4月17日
  11. ^ 富士急静岡バス「強力くん」(平成26年4月19日より)
  12. ^ 「富士宮市地域公共交通総合連携計画」
  13. ^ 乗り継ぎマップ-電車バスナビ
  14. ^ 公共交通用ICカード相互利用開始により総てのICカードが利用できる
  15. ^ 富士宮市市民生活課
  16. ^ 2014.2.28付富士急静岡バス告知
  17. ^ 2014.6.1付富士急静岡バス告知
  18. ^ 平成19年(2007年) 工業統計調査結果報告書より
  19. ^ 平成18年度静岡県の消費動向 29ページ
  20. ^ ヤオハンは、国道139号線阿幸地北交差点付近へ移転開業。その後1992年にひばりが丘に再度移転し新店舗開店(阿幸地の店舗は、グループディスカウントショップのビッグエイトに業態転換)
  21. ^ マキヤは、本町通りから市内富士見ヶ丘の国道沿いを経て現在の場所へ移転(店舗名称がエスポットへと変更後も現状のまま)
  22. ^ 現在は同所敷地は温泉施設(富嶽温泉花の湯)に改装された
  23. ^ ユニーは1994年12月、国道139号線沿いにサンテラス富士宮店(現ピアゴ富士宮店)を開業しており、そちらへ統合した。また長崎屋は会社自体が倒産のため撤退となった
  24. ^ 都市交通調査・都市計画調査「都市計画年報」
  25. ^ フラワー通り・駅前通り・中央・本町・神田・宮町・西町の7商店街
  26. ^ 富士宮市
  27. ^ 特定非営利活動法人富士宮市体育協会 沿革
  28. ^ 皇太子さま:日本ジャンボリーに出席(毎日新聞)2010年8月2日
  29. ^ “富士山へ注ぐ琵琶湖の水くむ 滋賀・近江八幡、伝説が結ぶ”. 京都新聞. (2014年7月24日). http://kyoto-np.jp/shiga/article/20140724000050 2014年7月25日閲覧。 
  30. ^ ねじれた絆等の詳しいロケ場所は⇒[1]

外部リンク[編集]

行政
観光