田村憲久

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日本の旗 日本の政治家
田村 憲久
たむら のりひさ
生年月日 1964年12月15日(49歳)
出生地 日本の旗 三重県松阪市
出身校 千葉大学法経学部経済学科
前職 衆議院議員田村元秘書
所属政党 自由民主党額賀派
称号 経済学士
親族 伯父・田村元
祖父・田村稔
公式サイト 田村のりひさホームページ

内閣 第2次安倍内閣
任期 2012年12月26日 - 現職
議員会館 衆議院第1議員会館902号室

選挙区 三重4区→)
比例東海ブロック→)
三重4区
当選回数 6回
任期 1996年10月21日 - 現職
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田村 憲久(たむら のりひさ、1964年(昭和39年)12月15日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)、厚生労働大臣第16代)。

総務副大臣第1次安倍内閣)、文部科学大臣政務官第1次小泉第2次改造内閣第2次小泉内閣)、厚生労働大臣政務官第1次小泉内閣)、衆議院厚生労働委員長、自民党副幹事長等を務めた。

伯父は労働大臣運輸大臣通商産業大臣衆議院議長を務めた元衆議院議員の田村元。祖父は元衆議院議員の田村稔

来歴[編集]

三重県松阪市生まれ。三重県立松阪高等学校千葉大学法経学部経済学科卒業。大学卒業後の1987年(昭和62年)、生家のファミリー企業である日本土建に入社[1]1994年(平成6年)から伯父・田村元の秘書を務める。

1996年(平成8年)、引退する伯父・元の地盤を引き継ぎ、第41回衆議院議員総選挙自由民主党公認で三重4区から出馬し、初当選(当選同期に河野太郎菅義偉平沢勝栄渡辺喜美大村秀章河本三郎桜田義孝下地幹郎下村博文新藤義孝滝実棚橋泰文谷畑孝戸井田徹らがいる)。

2002年(平成14年)に第1次小泉内閣厚生労働大臣政務官2003年(平成15年)に第1次小泉第2次改造内閣文部科学大臣政務官に任命された。2003年から自民党三重県連会長を務める。2006年(平成18年)に発足した第1次安倍内閣では総務副大臣を務めた。

2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙では、三重4区で民主党森本哲生に敗れるが、重複立候補していた比例東海ブロックで復活し5選(惜敗率2位)。2010年(平成22年)9月に新設された自由民主党シャドウ・キャビネットで影の厚生労働大臣に就任。

2012年(平成24年)12月の第46回衆議院議員総選挙では、三重4区で前回敗れた森本を下し6選。選挙後に発足した第2次安倍内閣で厚生労働大臣に任命され、初入閣。

政策・主張[編集]

人物[編集]

  • 自民党内では平成研究会の先輩である鳩山邦夫の側近として知られ、会食や勉強会を共にすることが多かったが、鳩山が自民党を離党した際は同調せず、自身は自民党に残留した(後に鳩山は自民党に復党)。
  • アベノミクスの名付け親である。

所属団体・議員連盟[編集]

出演番組[編集]

論文[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 父の田村憲司(田村元の弟)及び兄の田村欣也は同社取締役である。
  2. ^ 生活保護 給付水準引き下げ東京新聞 2012年12月27日
  3. ^ 差額自己負担を否定 後発薬促進で田村厚労相「大胆すぎる」産経ニュース 2013年1月8日
  4. ^ 第154回国会法務委員会請願2312号

外部リンク[編集]

公職
先代:
三井辨雄
日本の旗 厚生労働大臣
第16代:2012年 -
次代:
現職
先代:
菅義偉
山崎力
日本の旗 総務副大臣
大野松茂と共同
2006年 - 2007年
次代:
佐藤勉
魚住裕一郎
議会
先代:
茂木敏充
日本の旗 衆議院厚生労働委員長
2008年 - 2009年
次代:
藤村修