森英介
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| 衆議院議員 森英介 | |||
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| 生年月日 | 1948年8月31日(60歳) | ||
| 出生地 | 千葉県勝浦市 | ||
| 出身校 | 東北大学工学部 | ||
| 学位・資格 | 工学博士(名古屋大学) | ||
| 前職 | 川崎重工業株式会社勤務 | ||
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所属委員会
内閣役職
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予算委員会理事 (平成19年5月25日現在) 災害対策特別委員会委員 (平成19年4月2日現在) 法務大臣(第82代) |
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| 世襲 | 三世 祖父・森矗昶 父・森美秀 (伯父・森曉、森清、三木武夫) |
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| 選出選挙区 | 千葉県第11区 | ||
| 当選回数 | 6回 | ||
| 所属党派 | 自由民主党(麻生派) | ||
| 党役職 | 政務調査会審議委員 障害者特別委員会委員長 半島振興委員会委員長 千葉県第11選挙区支部長 |
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| 会館部屋番号 | 衆・第一議員会館712号室 | ||
| ウェブサイト | 森英介 新しい風。いま、房総から。 | ||
森 英介(もり えいすけ、1948年8月31日 - )は、日本の男性政治家、自由民主党所属の衆議院議員。法務大臣。三木武夫の妻三木睦子は伯母にあたる。
目次 |
[編集] 経歴
- 1974年(昭和49年)3月 東北大学工学部を卒業(工学士)。
- 4月 川崎重工業に入社
- 1984年(昭和59年)7月 原子力プラントの溶接研究成果により、工学博士号授与(名古屋大学)。
- 1990年(平成2年)2月 第39回衆議院議員総選挙当選(初当選)
- 1993年(平成5年)7月 第40回衆議院議員総選挙当選(2期目)
- 1994年(平成6年)7月 労働政務次官
- 1995年(平成7年)10月 衆議院労働委員会理事・自民党外交部会長
- 1996年(平成8年)10月 第41回衆議院議員総選挙当選(3期目)
- 11月 自民党水産部会長
- 1998年(平成10年)8月 自民党労働部会長
- 1999年(平成11年)10月 自民党国会対策委員会 副委員長
- 2000年(平成12年)6月 第42回衆議院議員総選挙当選(4期目)
- 7月 衆議院議院運営委員会 理事
- 12月 衆議院厚生労働委員会 筆頭理事
- 2001年(平成13年)4月 自民党副幹事長
- 2002年(平成14年)1月 衆議院厚生労働委員会 委員長
- 5月 自民党千葉県支部連合会 会長
- 10月 自民党政務調査会 議員 ・ 衆議院厚生労働委員会 委員
- 2003年(平成15年)2月 衆議院外務委員会 理事
- 9月 総裁選における高村正彦推薦人、厚生労働副大臣( - 平成16年9月)
- 11月 第43回衆議院議員総選挙当選(5期目)
- 2004年(平成16年)10月 自民党政務調査会 副会長
- 2005年(平成17年)9月 第44回衆議院議員総選挙当選(6期目)
- 11月 自民党副幹事長(総括)
- 2006年(平成18年)1月 衆議院予算委員会 理事
- 10月 自民党労政局長
- 2008年(平成20年)9月 麻生内閣にて法務大臣に就任。
- 2008年(平成20年)10月 法務大臣として、執行命令書に捺印した飯塚事件の死刑囚への死刑が執行された。
[編集] 法務大臣として
[編集] 2008年10月の死刑執行について
DNA鑑定の未熟さから冤罪の可能性があるといわれつづけ、終始一貫犯行を否認し無罪を主張して再審請求をしていた飯塚事件の死刑囚の執行命令書に捺印した。死刑囚は2008年10月28日、福岡拘置所で死刑執行された。
元死刑囚は、2006年9月に死刑が確定しており、確定から2年あまりで執行された。現在70歳である。久間さんは一審より一貫して無罪を主張した。公判においては自白、物的証拠もなく、動機も明らかにされないまま死刑判決が下された。唯一の根拠となったDNA鑑定も、複数の鑑定結果がそれぞれ異なっていた中で、科学警察研究所のおこなった1つの鑑定結果のみが採用された。
アムネスティ・インターナショナル日本支部声明 http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=538
1990年代初期の旧式DNA鑑定法である「MCT118型検査法」(DNAの配列の一部だけを目で見るなどして調べる方法)で同じく有罪とされた足利事件の被告は、2009年に実施された最新のDNA再鑑定の結果、犯人のものと思われるDNA型と一致せず、再審の判決を待たずに2009年6月4日に釈放されている。
2009年6月6日付の「YOMIURI ONLINE(読売新聞)」報道によると、飯塚事件の元死刑囚の弁護団は、足利事件の結果を受け、鑑定の不備を柱に2009年秋以降に福岡地裁に再審を請求する方針であるとされている。
2009年6月5日付の東京新聞報道によると、森英介は、飯塚事件を再検討するかどうかについては「個別事件のことは控える」とコメントしている。
[編集] 「取調べの全面可視化」についてのスタンス
足利事件の影響で改めて焦点となっている「取調べの全面可視化」について、森英介は、現段階での検討は難しいとの消極的な見解を示している。民主党は従来より取調べの全面可視化を求めており、2007年12月に法案を参議院に提出し、2008年6月に可決後、衆議院で廃案となっている経緯がある。2009年にも再度参議院で可決される見通しである。
[編集] 人物
- 政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している。
- 2008年11月18日の法務委員会にて、石関貴史(民主党)との国籍法改正案についての審議の中で、同法案を批判する人々から送られた業務に支障が出る程の大量のFAXに対し、「ファックスが雨霰のように送られてくる手法というのは、相手の迷惑を顧みず、しかも、来たものを一々目を通していないが、内容はほとんど同じ。こういった手法は芳しくない。他の業務の妨げにもなるし、紙ももったない。こういう手法をとる方は好ましからざる人物であると思う。」という旨の発言をしている[1]。
- 他人名義パスポートによるフィリピン人不法入国者夫妻と、日本生まれの長女に対する在留特別許可を三度に渡り延長した。
- 2009年3月29日投開票の千葉県知事選挙では、自民党系県議の大半が推す森田健作ではなく、いすみ鉄道前社長の吉田平を推したものの、吉田は森田に敗れた。
[編集] 親族
森英介の親族には、昭和電工や昭和火薬など森コンツェルンの創設者で衆議院議員である祖父の森矗昶をはじめとして多くの政治家がいる。
父は第2次中曽根内閣で環境庁長官を務めた森美秀であり、伯父に昭和電工社長、千葉工業大学理事長を務めた衆議院議員の森曉、佐藤栄作内閣で総理府総務長官を務めた森清がいる。
また、叔母の満江は実業家の安西正夫夫人である。安西正夫・満江夫妻は2男3女をもうけたが、長男孝之は皇后美智子の妹・恵美子、次男・直之は住友財閥創設家の住友友成(第16代住友家当主)の娘、長女は濱口雄幸の孫で大蔵官僚の大橋宗夫などいずれも名家・著名人と婚姻関係にある。
もう1人の伯母である睦子は第66代内閣総理大臣三木武夫夫人である。このため英介は三木の甥にあたる。
ちなみに、2008年から自民党内で議論されている世襲政治家の立候補制限について「世襲家に生まれただけで排除されるのは不合理である」と反論した[2]。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
| 官職 | ||
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| 先代: 保岡興治 |
第82代:2008年 - |
次代: 現職 |
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