森英介
| 生年月日 | 1948年8月31日(64歳) |
|---|---|
| 出身地 | |
| 出身校 | 東北大学工学部 |
| 学位・資格 | 工学博士(名古屋大学) |
| 前職 | 川崎重工業株式会社従業員 |
| 所属委員会 | 原子力問題調査特別委員長 |
| 世襲 | 3世 祖父・森矗昶 父・森美秀 (伯父・森曉、森清、三木武夫) |
| 選出選挙区 | (旧千葉3区→) 千葉11区 |
| 当選回数 | 8回 |
| 所属党派 | 自由民主党(麻生派) |
| 党役職 | 千葉県第11選挙区支部長 |
| 会館部屋番号 | 衆議院第1議員会館712号室 |
| ウェブサイト | TOP of 衆議院議員 森 英介 |
森 英介(もり えいすけ、1948年8月31日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)、原子力問題調査特別委員長。法務大臣(第82代)、厚生労働副大臣(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、衆議院厚生労働委員長等を務めた。
父は環境庁長官、衆議院議員を務めた森美秀。三木武夫元首相の妻の三木睦子は伯母にあたる。
目次 |
来歴[編集]
東京都千代田区生まれ(本籍地は千葉県勝浦市)。1974年、東北大学工学部を卒業し、川崎重工業に入社。その後、10年近くにわたりもんじゅの構造材料ならびに溶接施工法を選定するための共同研究の作業部会に参画し、時に幹事役も務める。1984年には原子力プラント(主に高速増殖炉の主冷却系配管)の溶接研究で名古屋大学から工学博士号を授与されている。
1990年、父・美秀の死去に伴い第39回衆議院議員総選挙に旧千葉県第3区から出馬し、初当選。当選同期に岡田克也・佐田玄一郎・亀井久興・中谷元・福田康夫・石原伸晃・河村建夫・小林興起・塩谷立・古屋圭司・細田博之・松岡利勝・小坂憲次・山本拓・赤城徳彦・村田吉隆・簗瀬進・山本有二らがいる。1993年の第40回衆議院議員総選挙では、旧千葉3区でトップ当選。1994年、村山内閣で労働政務次官に就任。小選挙区比例代表並立制が導入された第41回衆議院議員総選挙以降は千葉県第11区から出馬し、小選挙区で5選。
1998年、それまで所属していた宏池会を退会し、河野洋平、相沢英之、麻生太郎らが結成した大勇会に入会。2003年自由民主党総裁選挙では、高村正彦元外務大臣の推薦人に名を連ねる。直後に発足した第1次小泉再改造内閣で厚生労働副大臣に任命され、第2次小泉内閣まで務める。2007年、自民党電源立地及び原子力等調査会の会長を務めた。
2008年、麻生内閣で法務大臣に任命され、初入閣。在任中は、9人の死刑囚の死刑執行命令を発令した。2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党に逆風が吹く中、千葉11区で民主党の金子健一を破り、7選を果たした(金子も比例復活)。麻生内閣総辞職により、2009年9月に法務大臣を退任。
2012年12月28日、裁判官訴追委員長に就任。2013年1月28日、衆議院に新設された原子力問題調査特別委員会の委員長に就任した。
人物[編集]
- 政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している。
- 2008年11月18日の法務委員会にて、石関貴史(民主党)との国籍法改正案についての審議の中で、同法案を批判する人々から送られた業務に支障が出る程の大量のFAXに対し、「ファックスが雨霰のように送られてくる手法というのは、相手の迷惑を顧みず、しかも、来たものを一々目を通していないが、内容はほとんど同じ。こういった手法は芳しくない。他の業務の妨げにもなるし、紙ももったいない。こういう手法をとる方は好ましからざる人物であると思う」という旨の発言をしている[1]。この発言が国籍法改正問題で改正反対派が抗議活動を強める契機の一つともなった。
- 他人名義パスポートによるフィリピン人不法入国者カルデロン・アラン、妻サラ(本名不明)、日本生まれの長女ノリコに対し、最高裁判決により強制退去処分が確定していたにもかかわらず在留特別許可を三度に渡り延長した。
- 2009年3月29日投開票の千葉県知事選挙では、自民党系県議の大半が推す森田健作ではなく、いすみ鉄道前社長の吉田平を推したものの、吉田は森田に敗れた。
- DNA鑑定の未熟さから冤罪の可能性があるといわれつづけ、終始一貫して犯行を否認し無罪を主張して再審請求の準備をしていた飯塚事件の死刑囚の執行命令書に捺印し、2008年10月28日に福岡拘置所で死刑執行された。足利事件でDNA再鑑定が行われる見通しであることが広く報道された一週間後の執行であった。
- 執行から1年後の2009年10月28日、この元死刑囚の遺族である妻が、「有罪の証拠とされたDNA鑑定は誤りで無罪だ」として福岡地裁に再審請求している[2]。
- 森の次に法務大臣となった千葉景子は東京学芸大学附属高等学校時代の同級生。大臣引き継ぎの際に千葉と再会し、「思いっきりやるといいよ」とアドバイスをしていた。
- 平野貞夫元参議院議員は、森が法相在任中、「西松建設事件の指揮権を発動した」と発言していたことをある財界人から13日に聞いたと発言した(朝日ニュースター「ニュースの深層」2010年5月18日放送)。
- 平成16年の年金制度改革により、「(年金制度は)百年後でも絶対大丈夫ということを申し上げます」と明言している。[3]
親族[編集]
森英介の親族には、昭和電工や昭和火薬など森コンツェルンの創設者で衆議院議員である祖父の森矗昶をはじめとして多くの政治家がいる。
父は第2次中曽根内閣で環境庁長官を務めた森美秀であり、伯父に昭和電工社長、千葉工業大学理事長を務めた衆議院議員の森曉、佐藤栄作内閣で総理府総務長官を務めた森清がいる。
また、叔母の満江は実業家の安西正夫夫人である。安西正夫・満江夫妻は2男3女をもうけたが、長男孝之は皇后美智子の妹・恵美子、次男・直之は住友財閥創設家の住友友成(第16代住友家当主)の娘、長女は濱口雄幸の孫で大蔵官僚の大橋宗夫などいずれも名家・著名人と婚姻関係にある。
もう1人の伯母である睦子は第66代内閣総理大臣三木武夫夫人である。このため英介は三木の甥にあたる。他に元三重県知事、衆議院議員の田中覚も義理の叔父。
安西孝之元日本体育協会会長は従兄、参議院議員の高橋紀世子は従姉、民主党所属衆議院議員松崎哲久は従弟。参議院議員の佐藤泰三、第5代勝浦市長の山口和彦[4][5]も遠縁の親族。
政策・主張[編集]
世襲[編集]
2008年から自民党内で議論されている世襲政治家の立候補制限について、「世襲家に生まれただけで排除されるのは不合理である」として反対の立場を取っている[6]。
脚注[編集]
- ^ 第170回国会 法務委員会 第3号(平成20年11月18日(火曜日))
- ^ DNA鑑定は誤り…飯塚事件で遺族が再審請求の記事より(平成21年10月28日(水曜日))
- ^ 第159回国会- 衆 - 厚生労働委員会 - 9号 平成16年4月7日 森英介厚生労働副大臣答弁
- ^ 4月中旬に体調崩す…がん死の勝浦市長:政治:YOMIURI ONLINE(読売新聞)
- ^ 祖父の矗昶の妻が山口家の出。
- ^ 「大正13年から議席…」世襲制限に世襲閣僚が大反論 - MSN産経ニュース
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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| 先代: 設置 |
初代:2013年 - |
次代: 現職 |
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2002年 |
次代: 坂井隆憲 |
| 官職 | ||
| 先代: 保岡興治 |
第82代:2008年 - 2009年 |
次代: 千葉景子 |
| 先代: 鴨下一郎 木村義雄 |
谷畑孝と共同 2003年 - 2004年 |
次代: 衛藤晟一 西博義 |
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