松島みどり

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
日本の旗前衆議院議員 松島 みどり
(まつしま みどり)
生年月日 1956年7月15日(55歳)
出身地 大阪府
出身校 東京大学経済学部
学位・資格 経済学士(東京大学)
前職 朝日新聞社
世襲
選出選挙区 東京14区
当選回数 3回
所属党派 自由民主党
ウェブサイト 松島みどり
テンプレートを表示

松島 みどり(まつしま みどり、1956年7月15日 - )は、大阪府出身の政治家自由民主党衆議院議員(3期)。本名は馬場 みどり(ばば みどり)。

目次

[編集] 経歴

大阪府立北野高等学校を経て、1980年東京大学経済学部卒。在学中は運動会応援部バトントワラーズで活動した。同年朝日新聞社入社。

1995年、自民党を離党した柿澤弘治の穴を埋めるべく行われた自由民主党東京都連の新人公募で1位になり、朝日新聞社を退社。落下傘候補として1996年第41回衆議院議員総選挙東京都第14区より出馬するも落選。

2000年第42回衆議院議員総選挙比例東京ブロックから初当選を果たし、自公連立森政権下の東京14区で選挙地盤を固めた。

2006年9月27日安倍内閣外務大臣政務官に就任。2007年8月29日安倍改造内閣国土交通副大臣に就任。

2008年3月14日第169回国会での参議院予算委員会審議において、かつて揮発油税暫定税率撤廃を主張していたことを民主党参議院議員津田弥太郎に追及された際、「考えが変わったのだ」とし、その理由として地元選挙区からの要望であると述べ、さらに道路整備財源の必要性について言及、予算委員長鴻池祥肇より答弁の簡潔化・打ち切りを指示されるも、それを拒否して約5分間にわたり答弁を続けたため[1]、委員長職権により「予算委員会への冒涜」との理由で、現職の副大臣でありながら憲政史上前代未聞の予算委員会出入り禁止処分を受けた[2]

2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙にも自民党公認、公明党推薦で出馬したが[3]、小選挙区で民主党新人の木村剛司西川太一郎元秘書)に敗れ、重複立候補していた比例東京ブロックでも復活当選できず、落選、失職した。

同年9月15日の第2回自民党再生会議(落選議員に対するヒアリング)で、細田博之幹事長ら党幹部に向い「野党浪人だから生活が不安だ。党のポスターや冊子なんか要らない。現金が欲しい」と露骨な要求を突き付けた[4]

[編集] 政見

  • 永住外国人の地方参政権:どちらかと言えば反対[5]

[編集] 人物

[編集] 主な所属議員連盟

[編集] 著作

  • 『協和発酵――バイオのリーダー』<日本のビッグビジネス>、朝日案内コミュニティ出版事業部、1986年ISBN 4795284512
  • 『明るい長寿社会をめざして――対談集』東洋堂企画出版社、1995年ISBN 4924706604
  • 『朝日新聞記者みどりの政界志願』飛鳥新社、1995年。ISBN 4870312239

[編集] 脚注

[ヘルプ]

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

官職
先代:
望月義夫
渡辺具能
日本の旗 国土交通副大臣
平井卓也と共同
2007 - 2008
次代:
金子恭之
加納時男
個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語