松あきら

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日本の旗 日本の政治家
松 あきら
まつ あきら
西川 玲子
にしかわ れいこ
Schieffer and members of the New Komeito.jpg
生年月日 1947年12月3日(66歳)
出生地 神奈川県川崎市中原区
出身校 宝塚音楽学校
前職 俳優
所属政党 新進党→)
黎明クラブ→)
公明→)
公明党
配偶者 西川知雄(元衆議院議員)

選挙区 神奈川県選挙区
当選回数 3回
任期 1995年7月23日 - 2013年7月28日
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まつ あきら
松 あきら
本名 西川 玲子(にしかわ れいこ)
旧姓:松本(まつもと)
別名義 西川 玲子
生年月日 1947年12月3日(66歳)
出生地 川崎市中原区
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
身長 167cm
血液型 AB型
職業 俳優
活動期間 1966年 -
活動内容 1966年:宝塚歌劇団入団、星組配属
1974年:花組主演男役をする
1978年:花組トップスター就任
1982年:宝塚歌劇団を退団
退団後:舞台テレビドラマなどで活動
主な作品
宝塚歌劇
虞美人
ベルサイユのばら
風と共に去りぬ

松 あきら(まつ あきら、1947年12月3日 - )は、日本女優[注 1]政治家。元宝塚歌劇団花組男役トップスター[1]公明党顧問。本名、西川 玲子(にしかわ れいこ)。旧姓、松本(まつもと)。

参議院議員(3期)、経済産業副大臣第3次小泉改造内閣)、公明党副代表、参議院総務委員会常任委員長、政治倫理審査会幹部役員などを歴任。

夫は元新進党衆議院議員の西川知雄で、娘が一人いる[注 2]

来歴[編集]

1964年横浜雙葉学園1年修了時に宝塚音楽学校に合格したため、高校を中退して宝塚音楽学校に入学。

1966年、宝塚歌劇団に入団。同期瀬戸内美八森晴美麻生薫などがいた。当初は星組に配属されたが、のちに花組へ組替え。

1974年甲にしき退団後同期の瀬戸内とともに安奈淳へのつなぎとして花組主演男役を務めた後、安奈・榛名由梨トップ時代の2番手として活躍。1978年、安奈の退団にともない『遥かなるドナウ/エコーズ』で再び花組トップスターに就任。相手役には当初上原まり北原千琴が歴任し、1979年より美雪花代1981年より若葉ひろみが務め、また、1980年からは順みつきとの二人トップ体制を挟み活躍。

1982年、宝塚歌劇団を退団[1]。なお、退団公演『夜明けの序曲』は文化庁芸術祭大賞を受賞した。退団後は、舞台やテレビドラマなど女優業を中心に活動[1]

1995年7月、第17回参議院議員通常選挙にて新進党から神奈川県選挙区に立候補し、初当選した[1]。同期当選に、元花組組長の但馬久美がいた。なお、政界進出を機に芸能活動は休止状態となった。

1996年10月、夫の西川知雄が新進党から第41回衆議院議員総選挙に立候補し、落下傘候補ながら当選を果たす。しかし、4年後の2000年に西川は改革クラブから立候補し、落選。

2001年3月22日、国会審議にて江本勝の著書『水は語る Water,it tells us precious things.』を肯定的に取り上げて教育の重要性を訴えたため、ビリーバーとして話題となる。

2001年7月、第19回参議院議員通常選挙にて公明党から立候補し、再選を果たす。2003年参議院行政監視委員会にて委員長に就任。また、第1次小泉内閣にて経済産業大臣政務官に、第3次小泉改造内閣にて経済産業副大臣に任命された。

2007年7月、第21回参議院議員通常選挙に公明党から立候補するが、自由民主党から立候補した小林温に破れ次点で落選。しかし、当選した小林の秘書らが日当買収容疑で逮捕され有罪となり、小林が参議院議員を辞職したため、公職選挙法の規定に基づき松が繰り上げ当選を果たした[1]

2012年8月、翌年の参議院選挙には出馬せず政界から引退することを表明[1][注 3]

2013年8月、公明党顧問に就任する。

人物[編集]

  • 宗教法人創価学会の会員である[要出典]
  • 政治家として、子育て支援、高等学校卒業程度認定試験創設などの教育改革、アレルギー対策などを展開した。
  • 公称身長167センチ、血液型:AB型、宝塚時代の愛称はマッちゃん(旧姓に由来)。宝塚時代は日本舞踊と、それを生かした日本物の芝居やショーを得意とした。
  • 幼少時代松の自宅至近に坂本九が居住しており、坂本に遊び相手になってもらうなど交流があった。

政策[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度に賛同する。「国民の選択肢を広げるために必要」と述べる[2]

主な舞台[編集]

宝塚歌劇団所属時代[編集]

初舞台・星組時代[編集]

  • 『日本の四季』/『ファンタジア』(1966年4月) ※初舞台
  • 『花風流』/『世界はひとつ』(1967年4月)
  • 『赤毛のあまっこ』/『虹を追って』(1968年2月)
  • 『千姫』新人公演 本多平次郎 役(本役:南原美佐保)/『7-セブン-』(1968年10月)
  • シルクロード』(1969年4月)
  • オネーギン』レンスキー 役(芸術劇場、1969年10月)
  • 『僕は君』パヌーズ 役、新人公演:パット 役(本役:安奈淳)(1970年8月)
  • ジブシー伯爵』(1970年12月)
  • 『星の牧場』山内、フルート 役、新人公演:一郎、クラリネット 役(本役:安奈淳)/『オー!ビューティフル』(1971年2月) 
  • 『いのちある限り』為吉 役、新人公演:新次郎(本役:鳳蘭)/『ノバ・ボサ・ノバ』ボールソ(1971年6月)
  • 『いつの日か逢わん』鳥丸 役、新人公演:高山右近 役(本役:春日野八千代)/『愛のコンチェルト』(1972年1月)
  • 『ザ・フラワー』(東京雪組、1972年8月)
  • 『花の若武者』平知盛 役/『アラベスク』(1972年11月)

参考文献:「歌劇」1982年11月 p.92-93(宝塚歌劇団)

花組時代[編集]

参考文献:「歌劇」1982年11月 p.94-95(宝塚歌劇団)

花組トップ時代[編集]

  • 『ヴェロニック』フロレスタン 役(宝塚バウホール、1978年8月)
  • 『遥かなるドナウ』ハンス 役/『エコーズ』(1978年10月)
  • 『花影記』小平太 役/『紅はこべ』パーシー・ブレイクニー 役(1979年3月)
  • 舞え舞え蝸牛』右近少将藤原道頼 役/『ビューティフル・シティ』(1979年11月)
  • 刀を抜いて』三五郎 役(宝塚バウホール、1980年1月)
  • 『花小袖』禅竹氏信 役/『プレンティフル・ジョイ』(1980年5月)
  • 『アナトール』アナトール(宝塚バウホール、1980年10月)
  • 『友よこの胸に熱き涙を』フランツ(前半)、ハンス(後半)/『ザ・スピリット』(1980年11月)※この公演より順みつきと二人トップ
  • 『宝塚春の踊り〜花の子供風土記〜』/『ファースト・ラブ』(1981年3月)
  • 『YOU・ME -松あきらの世界-』(宝塚、1981年8月)
  • 『エストレリータ』アントリーオ 役/『ジュエリー・メルヘン』(1981年10月)
  • 『春の踊り〜花と夢と愛と〜』/『アルカディアよ永遠に』ジョー 役(1982年3月)
  • 夜明けの序曲川上音二郎 役(1982年8月)

参考文献:「歌劇」1982年11月 p.95-96(宝塚歌劇団)

宝塚歌劇団退団後[編集]

  • 『大奥最後の日』(1983年、帝国劇場) 
  • 御宿かわせみ』(1984年、帝国劇場)

テレビ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ番組[編集]

宝塚歌劇団時代の受賞歴[編集]

星組賞

  • 『世界はひとつ』(1967年4月)

新人賞

  • 『虹を追って』(1968年2月)

努力賞

  • 『千姫』(1968年10月)
  • 『星の牧場』(1971年2月) 
  • 『いのちある限り』(1971年6月)
  • 『この恋は雲の涯まで』(1973年8月)
  • 『アン・ドゥ・トロワ』(1974年10月)
  • 『ボン・バランス』(1975年3月)
  • 『ベルサイユのばら〜アンドレとオスカル〜』(1975年7月)
  • 『あかねさす紫の花』(1976年2月)

新人賞

  • 『僕は君』(1970年8月)

演技賞

  • 『虞美人』(1974年5月)

参考文献:「歌劇」1982年11月 p.92-95(宝塚歌劇団)

発言[編集]

疑似科学[編集]

  • 国会審議において、似非科学と批判の強い[3][4][5]江本のの『水からの伝言』などの著書に対し、肯定的な発言を度々行っている[6]2000年11月2日、第150回国会の参議院文教・科学委員会にて、質問に立った松は、江本の著書『水は語る――Water, it tells us precious things』の実験内容を詳細に語り、持参した水の結晶の写真を委員会室で回覧させ、「やはり水も言葉がわかる」[7]「私もこのお水の実験を実際してみたいなと思う」[7]「授業の中で子供たちに、こういう人がいてこういう実験をしたらこうなったんだってよと、水でもわかるのかしら、このクラスでも一遍やってみようかとか、そういうことも子供たちが心というものを考える、あるいは命というものを考える一つの手助け」[7]と発言している。答弁に立った文部大臣(兼科学技術庁長官)の大島理森は「写真でございますが、拝見してみて、これはボトルに貼るだけでこういうふうに変わるというのは……」と発言したが、松はさらに科学技術庁に対し「ぜひ実験してみてください」[7]と要請した。2001年3月22日、第151回国会の参議院文教科学委員会にて、松は江本を「何十年も研究なさっていらっしゃる方」[8]と評している。そして、江本の著書『水は語る--Water, it tells us precious things』の内容について実験内容を再び詳細に語っている。そのうえで、松は「水にも心がわかる」[8]と発言し「人間の体、70%が水分であると。ですから、そういうことも含めて」[8]「環境ホルモン等々、ダイオキシンの問題もありますけれども、心の面と、そして科学的な面、両方の面からこの教育というのをしっかり考えていただきたい」[8]との主張を文部科学大臣町村信孝に対し要望した。なお、実際に、江本の説を日本の一部小学校道徳教材として取り上げたため、「非科学的なことが『事実』として教えられている」[5]として「疑似科学の拡大助長」との議論が起こっている[6]

役職歴[編集]

内閣[編集]

参議院[編集]

公明党[編集]

  • 副代表
  • 経済産業部会長
  • がん対策推進本部長
  • 中央幹事
  • 女性委員長
  • 経済産業部会長代理
  • 女性副委員長
  • 神奈川県本部代表代行
  • 東海道方面副議長

議員連盟[編集]

脚注[編集]

出典
  1. ^ a b c d e f “公明・松あきら議員が引退表明 来夏の参院選出馬せず”. イザ! (産経デジタル). (2012年8月20日). http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/585089/ 2013年8月14日閲覧。 
  2. ^ 第154回国会 参議院 - 国民生活・経済に関する調査会 - 7号 平成14年05月22日
  3. ^ 菊池誠「『ニセ科学』入門」『ニセ科学入門』大阪大学サイバーメディアセンター。
  4. ^ 安井至『「水からの伝言」と科学立国』(『化学と工業』2006年12月号、日本化学会)
  5. ^ a b 「ニセ科学:1(菊池教授)」『asahi.com:ニセ科学:1(菊池教授) - 紙上特別講義 - 大学 - 教育』朝日新聞社、2007年5月7日
  6. ^ a b 元村有希子・西川拓「第1部科学と非科学/2教室にニセ科学」『理系白書'07:第1部 科学と非科学/2 教室にニセ科学 - 毎日jp(毎日新聞)』毎日新聞社、2007年2月7日。記事中に「参議院文教科学委員会では、松あきら議員(公明)が肯定的に引用している」と実名で記載。
  7. ^ a b c d 「第150回国会--文教・科学委員会--第2号」『参議院会議録情報 第150回国会 文教・科学委員会 第2号』国立国会図書館、2000年11月2日。
  8. ^ a b c d 「第151回国会--文教科学委員会--第3号」『参議院会議録情報 第151回国会 文教科学委員会 第3号』国立国会図書館、2001年3月22日
注釈
  1. ^ ただし、政界入りして以降は活動を休止している。
  2. ^ 西川と早世した西川の初妻との間の子。松・西川の間に子はない。
  3. ^ 松の神奈川県選挙区からは、翌2013年7月の第23回参議院議員通常選挙では、弁護士で新人の佐々木さやか公明党公認として後継出馬し、3位で当選。

参考文献[編集]

  • 江本勝『水は語る--Water, it tells us precious things』成星出版、2000年。ISBN 9784883980239

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

議会
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日本の旗 参議院総務委員長
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