松あきら

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日本の旗参議院議員 松 あきら
生年月日 1947年12月3日(62歳)
出生地 神奈川県川崎市中原区
出身校 宝塚音楽学校
前職 女優
所属委員会
経済産業委員会委員
決算委員会委員
国民生活・経済に関する調査会委員
世襲
選出選挙区 神奈川県選挙区
当選回数 3回
所属党派 公明党
党役職 副代表、女性委員長
ウェブサイト 松あきら:参議院議員
  

松 あきら(まつ あきら、本名:西川 玲子(にしかわ れいこ、旧姓:松本(まつもと)、1947年12月3日 - )は、日本政治家公明党所属の参議院議員(3期)。女優(活動休止中)。元宝塚歌劇団花組男役トップスター。夫は西川知雄で女児ひとり[1]があることを公表している。

目次

[編集] 概要

[編集] 略歴

  • 1947年12月 川崎市に出生。
  • 1964年 横浜雙葉学園中退。宝塚音楽学校入学。
  • 1966年 宝塚歌劇団入団。
  • 1978年 花組男役トップスター就任。
  • 1982年 宝塚歌劇団退団。
  • 1995年7月 第17回参議院議員通常選挙(神奈川県選挙区)で初当選(新進党)。
  • 2001年7月 第19回参議院議員通常選挙(神奈川県選挙区)で再選(公明党)。
  • 2002年1月 小泉純一郎内閣の経済産業大臣政務官に就任。
  • 2003年 参議院行政監視委員長に就任。
  • 2005年11月 経済産業副大臣に就任。
  • 2007年7月 第21回参議院議員通常選挙(神奈川県選挙区)で落選。
  • 2007年9月 小林温の参議院議員辞職にともない、繰り上げ当選。

[編集] 出生~宝塚時代~女優転身まで

1947年12月、神奈川県川崎市にて生まれる。

1964年横浜雙葉学園1年修了時に宝塚音楽学校に合格したため、高校を中退して宝塚音楽学校に入学した。

1966年、宝塚歌劇団に入団した。同期瀬戸内美八森晴美、麻生薫(川地民夫夫人、1988年死去。麻愛めぐるの名付け親)らがいた。当初は星組に配属されたが、のちに花組へ組替。

1978年安奈淳の退団にともない、後任として『遥かなるドナウ/エコーズ』で花組男役トップスターに就任した(1974年甲にしきの退団で1度だけ就任しており、再び返り咲く形となった)。以降、順みつきとの二人トップ体制(1980年~)への移行を挟みトップとして活躍した。

1982年、宝塚歌劇団を退団。

なお、退団公演『夜明けの序曲』が芸術祭大賞を受賞している。

退団後は、舞台やドラマなど女優業を中心に活動していた。

[編集] 宝塚時代の公演

[編集] テレビ番組

[編集] 政治家に転身

左から、鰐淵洋子、松あきら、太田昭宏、駐日アメリカ大使シーファー浜四津敏子丸谷佳織

1995年7月、第17回参議院議員通常選挙にて、新進党から神奈川県選挙区に立候補し初当選した。同期当選に、元花組組長の但馬久美がいた。なお、政界進出を機に芸能活動は停止状態となった。

1996年10月、夫の西川知雄が新進党から第41回衆議院議員総選挙に立候補し、落下傘候補ながら当選を果たす。しかし、その4年後、西川は改革クラブから立候補し落選した。

2001年3月22日、国会審議にて 江本勝の著書『水は語る Water,it tells us precious things.』を肯定的に取り上げ教育の重要性を訴えたため、ビリーバーとして話題となる。

2001年7月、第19回参議院議員通常選挙にて公明党から立候補し再選を果たす。

2003年参議院行政監視委員会にて委員長に就任した。また、第1次小泉内閣にて経済産業大臣政務官に、第3次小泉改造内閣にて経済産業副大臣に任命された。

2007年7月、第21回参議院議員通常選挙に公明党から立候補するが、自由民主党から立候補した小林温に破れ次点で落選した。しかし、当選した小林温の秘書らが日当買収容疑で逮捕、有罪となり、小林が参議院議員を辞職した。これにより、公職選挙法の規定に基づき松が繰り上げ当選を果たした。

[編集] 人物・雑記

  • 子育て支援・高等学校卒業程度認定試験創設などの教育改革・アレルギー対策など女性の視点を生かした議員活動を展開する。
  • 公称身長167センチ、血液型:AB型、宝塚時代の愛称はマッちゃん(旧姓に由来)。宝塚時代は日本舞踊と、それを生かした日本物の芝居やショーを得意とした。
  • 幼少時代松の自宅至近に坂本九が居住しており、坂本に遊び相手になってもらうなど交流があった。

[編集] 発言

  • 擬似科学
    • 似非科学と批判の強い[2][3][4]江本勝の『水からの伝言』説を信奉しており、国会審議において江本の著書に対し肯定的な発言を度々行っている[5]
    • 2000年11月2日、第150回国会の参議院文教・科学委員会にて、質問に立った松は、江本の著書『水は語る――Water, it tells us precious things』の実験内容を詳細に語り、持参した水の結晶の写真を委員会室で回覧させ、「やはり水も言葉がわかる」[6]「私もこのお水の実験を実際してみたいなと思う」[6]「授業の中で子供たちに、こういう人がいてこういう実験をしたらこうなったんだってよと、水でもわかるのかしら、このクラスでも一遍やってみようかとか、そういうことも子供たちが心というものを考える、あるいは命というものを考える一つの手助け」[6]と発言している。答弁に立った文部大臣(兼科学技術庁長官)の大島理森は「写真でございますが、拝見してみて、これはボトルに張るだけでこういうふうに変わるというのは……」と発言したが、松はさらに科学技術庁に対し「ぜひ実験してみてください」[6]と要請した。
    • 2001年3月22日、第151回国会の参議院文教科学委員会にて、松は江本を「何十年も研究なさっていらっしゃる方」[7]と評している。そして、江本の著書『水は語る――Water, it tells us precious things』の内容について実験内容を再び詳細に語っている。そのうえで、松は「水にも心がわかる」[7]と発言し「人間の体、70%が水分であると。ですから、そういうことも含めて」[7]「環境ホルモン等々、ダイオキシンの問題もありますけれども、心の面と、そして科学的な面、両方の面からこの教育というのをしっかり考えていただきたい」[7]との主張を文部科学大臣町村信孝に対し要望した。なお、実際に、江本の説を日本の一部小学校道徳教材として取り上げたため、「非科学的なことが『事実』として教えられている」[4]として「疑似科学の拡大助長」との議論が起こっている[5]

疑似科学」、「水からの伝言」、「江本勝」、「TOSS」、および「波動」も参照

[編集] 行動

  • 国道の歩道橋架け替え工事
    • 神奈川県横浜市国道に架かる歩道橋架け替え工事を巡り、松に関する報道がなされている。管轄する横浜国道事務所は架け替えに否定的だった[8]。しかし、横浜市神奈川区の町内会長が公明党の神奈川県議会議員に相談したところ、松が国土交通大臣冬柴鐵三に連絡を取り、2006年11月国土交通省大臣室にて冬柴、町内会長、松の会談をセッティングした[8]。その際、町内会長は冬柴に直接陳情し要望書を渡したところ、冬柴は「わかりました」[8]と発言し、2007年度の国土交通省予算に「エレベーター付き歩道橋」[8]の建設費として「3億円弱」[8]が計上された。

[編集] 主な所属議員連盟

[編集] 役職歴

  • 内閣
    • 経済産業副大臣
  • 公明党
    • 中央幹事
    • 女性委員会委員長
    • 経済産業部会長代理
    • 東海道方面副議長
    • 神奈川県本部代表代行

[編集] 脚注

  1. ^ 西川と早世した西川の初妻との間の子。松・西川の間に子はない。
  2. ^ 菊池誠「『ニセ科学』入門」『ニセ科学入門』大阪大学サイバーメディアセンター。
  3. ^ 安井至『「水からの伝言」と科学立国』(『化学と工業』2006年12月号、日本化学会)。
  4. ^ a b 「ニセ科学:1(菊池教授)」『asahi.com:ニセ科学:1(菊池教授) - 紙上特別講義 - 大学 - 教育』朝日新聞社、2007年5月7日
  5. ^ a b 元村有希子・西川拓「第1部科学と非科学/2教室にニセ科学」『理系白書’07:第1部 科学と非科学/2 教室にニセ科学 - 毎日jp(毎日新聞)』毎日新聞社、2007年2月7日。記事中に「参議院文教科学委員会では、松あきら議員(公明)が肯定的に引用している」と実名で記載。
  6. ^ a b c d 「第150回国会――文教・科学委員会――第2号」『参議院会議録情報 第150回国会 文教・科学委員会 第2号』国立国会図書館、2000年11月2日。
  7. ^ a b c d 「第151回国会――文教科学委員会――第3号」『参議院会議録情報 第151回国会 文教科学委員会 第3号』国立国会図書館、2001年3月22日
  8. ^ a b c d e 「〈決戦の現場から:3〉『身内』で奪い合い」『asahi.com:〈決戦の現場から:3〉「身内」で奪い合い - 朝日新聞 2007参院選:特集』朝日新聞社、2007年7月18日

[編集] 参考文献

  • 江本勝『水は語る――Water, it tells us precious things』成星出版、2000年。ISBN 9784883980239

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


宝塚歌劇団花組トップ男役
先代
1974年4月26日 - 1978年7月30日
安奈淳
1978年7月31日 - 1982年12月5日
松あきら[1]
次代
1980年3月31日 - 1983年7月31日
順みつき
  1. ^ ※1980年3月31日~1982年12月5日は順みつきと二人トップ体制


議会
先代:
澤雄二
日本の旗 参議院法務委員長
2009年 -
次代:
現職
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